早春の飯山線を川の流れに遡行して

昨日は今月最終の遠征移動日で、新潟から長野・佐久平に向かった。通常であれば、上越新幹線で高崎に行き、そこで北陸新幹線に乗り換えるのが早い。
 

しかし、せっかく丸1日の余裕があるので、今回(昨年は上記のコース)はローカル線の旅を楽しむことにした。つまり新潟から長岡に行き、上越線電車に乗り換えて越後川口、そこから飯山線のディーゼルカーにさらに乗り換えた。

飯山線は、長野の北豊野を起点に飯山、十日町を通り越後川口に至る「超ローカル線」である。前身は飯山鉄道という私設鉄道が国に買収されたもの、千曲川・信濃川に沿って走る。

大変な豪雪地帯で、長野・新潟県境にある森宮野原駅では、かつて7mを超える積雪を記録した。これが日本の鉄道では、積雪の最深記録であり、それを示す柱が立っている。

この飯山線、長野寄りの区間は比較的乗客も多く、列車も2~3両連結で本数も多い。しかし、戸狩野沢温泉を過ぎて県境を越える区間は2~4時間に1本くらいしか走らない。

越後川口で乗り換えた列車は1両だけ、ただ「おいこっと」という観光イベント車両に改装された、キハ110-235が運用に入っていた。乗るのは2度目だが、前回は夜の闇の中だった。

飯山線は、信濃川の河岸段丘を走るところが多く、雪の他にも水害などにも度々襲われている。この季節桜も咲いているが、山陰には雪も残っているし、ふきのとうが花を咲かせたりT__20170421_15_11_02 している。木々の新芽は、そろそろ芽吹きの季節だ。

そういった景色を楽しみながら、信濃川を遡っていく。新潟県側を「妻有(つまり)路」と呼んでいる。もちろん路線は単線で、合理化で行き違いのできる駅はずいぶん減ってしまった。主要駅にはラッセル車も置かれているが、冬の豪雪時には除雪のため運休の日も少なくない。

並行するバス路線も含めて、過疎と高齢化で赤字路線であることは言うまでもない。昨日も、中間区間では乗客の数が5~6名程度だった。かつては急行列車も走ったが、これも2~3両でもガラガラ、鈍足急行だったのを記憶している。

それでも沿線に観光地は少なくないし、豪雪もまた都会の人たちには魅力的かも知れない。信濃川(長野県では千曲川)や、遠くの雪山を観ながらの旅もなかなかいいものだ。リゾート列車も、シーズンには走っているし、地酒や今の季節は山菜も美味しい。魅力を活かす鉄道利用企画が望まれる。

乗り鉄ファンとしては、季節を変えての旅がこれからも続くようにと望んでやまない

車両の窓はきれいにしてほしいもの

乗り鉄旅の好きな私は、時間が許せばローカル列車に揺られたいのですが、遠方への遠征ではなかなかそうもいきません。時間に制約があれば、新幹線や時には飛行機の旅もやむをえません。

 

在来線の旅でも、特急列車を利用することが少なくありませんが、その際には混雑する季節や期間を除いては、自由席を利用します。一つには、その沿線ならではの景色を楽しめる座席に座りたいこと、時にはまた乗り鉄ファンの常として右側座席に座る為です。

 

特に景色を楽しむ旅は、日本に四季があることの素晴らしさをいつも感じさせてくれます。同じところを走っていても、春夏秋冬ではそれぞれ違う表情を見せてくれるからです。

 

いくつか好きな沿線景色がありますが、中でも日本海を眺められる信越本線の柏崎-柿崎間や、羽越本線の村上-あつみ温泉間はいつも楽しみにしています。特に後者は距離も長く、途中に「笹川流れ」と呼ばれる名勝もあります。

 

うまく夕暮れの時間帯にかかりますと、日本海に沈む夕日と、その前1時間くらいのえも言えぬ色彩の空を堪能できます。ハッと息を呑むこともしばしばです。

 

そんなわけで羽越本線では海側に座りますが、あつみ温泉を過ぎると、空いていれば右側に移ることがあります。出羽三山や鳥海山を観ることができるからで、とくに雪を被った季節は圧巻です。

 

ところが今回もそうでしたが、がっかり残念ということがあるのです。それは、車両の窓の汚れ・曇りです。JRの車両は、基地(羽越本線の特急「いなほ」は新潟)での洗浄、窓拭きT_485701_17 のサイクルが決まっています。

 

どうもサイクルの最後の方にかかった車両なのか、せっかくの景色を台無しにするような汚れ・曇りでした。編成ごと洗浄しますので、7両編成のどの車両もほぼ同じような程度でした。

 

これでは旅の楽しみも半減以下です。まさか人手不足で、自動機械洗浄だけを行い、ブラシにより人手の洗浄には力を入れていないわけではないのでしょうけど。せっかくの観光路線だけに極めて残念なことです。

 
羽越本線には観光列車「きらきらうえつ」(写真)も運転されていますが、窓の大きなこの車両は、しっかり磨いているのでしょうか。そうでなければ、お客様をがっかりさせてしまいますよね。

私の鉄道趣味のことを少しご紹介

鉄道趣味誌、月刊で発行されているのはかなりありますが、主要な雑誌といえば「鉄道ピクトリアル」、「鉄道ファン」そして「鉄道ジャーナル」の3つです。他にも歴史のあるものでは、「鉄道模型趣味」もあります。

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中でも私と同じ年に誕生したのが「鉄道ピクトリアル」で、私自身小学生の頃から読み始め、大学生の頃からはほとんど毎号買い始めて、この20年以上は年間購読登録しています。

 

昨年長岡市から新潟市に引越をした際には、バックナンバー誌をストックしておくスペースがなく、涙を呑んで他の鉄道関係書の多くとともに売却、あるいは廃棄しました。バックナンバーは古書店で買ったものを含め、550冊くらいはあったでしょうか。

 

最近20年くらいのものは、主要部分のみPDFでスキャニングして、いつでも読める状態にしましたが、古いものは思い切って処分しました。別冊本と特輯本は、希少本である「世界の鉄道」とともに残しましたが。

 

「鉄道ピクトリアル」誌は毎月20日頃に、店頭に並ぶ前に郵送されてきます。今週の特集は郵便・荷物電車。私がカメラ小僧であった時代には、どこでも郵便・荷物客車とともに、ポピュラーな存在でしたが、国鉄のJR化前に列車が廃止されました。

 

当然車両もその多くがお払い箱になりましたが、違う用途で残された車両や、電車の中には旅客用に改造された幸運なヤツもあります。

 

また私鉄でも60~70年代には、大手私鉄でも荷物電車があったりして、古い歴史的車両が生き残っている事例もあったことを思い出します。

 

そんな昔を思い浮かべながら、当時の写真を懐かしく見返し、私のコレクションの中にもいくつか残っているのを確認しました。いつかまた、フェイスブックの中に作っている『鉄道ファンページ』で、紹介していこうと思っています。

早春の房総半島をぐるり旅

仕事の遠征の移動は、私にとっては楽しい乗り鉄の時間です。でも普段は特急や新幹線、あるいは飛行機での移動が多く、ローカル鈍行の好きな私にはいささか残念な感じです。

 

ところが今回の遠征では、なんとぽっかり1日が空いたのです。この機会を逃してはならないと、いろいろな企画を頭の中で組み立ててみました。

 
たとえば、一区間切符で首都圏の一筆書き旅、鶴見線をゆっくり乗ったり降りたりの旅、都内フリー切符の旅。

 
結局、「南房総フリーきっぷ」を使って、房総半島を一周することに決めました。この切符には大人の休日倶楽部割引もあります。

 
当日は品川駅がスタート、総武線直通快速に当初の予定より早めに乗って順調に・・・いかなかったのですね。新橋を出てトンネル内で信号停車。なんでも新小岩と市川駅間で「異音」があり、安全確認のためとのこと。

 
東京地下駅に列車が溜まり、結局15分余り遅れてしまいました。市川で途中下車、これはフリー切符を市川溌にして買うと、都内発よりかなりお得なのです。

 
千葉では後から来た外房線快速に乗り継ぎ、本来上総一ノ宮行きがこの日は茂原行きに変更、茂原で京葉線からの先行快速に接続して上総一ノ宮へ。

 
早めに昼ごはん、、、駅前には一軒だけ食堂がありました。お刺身定食を頼みましたが、さT_2082119_17 すが海に近いと美味しくてコスパもまずまず。

 
ここから先は209系の乗り継ぎ、京浜東北線から改造されてやってきた2000番台、2100番台は両端車がセミクロスシート。車内一部は荷物扱いで締め切られていました。

 
安房鴨川と館山で乗り継いで木更津へ。このフリーきっぷ、実は南房総地区のバスも乗れるのですが(2日間有効)、今回はローカル電車のみの旅。

 
木更津で久留里線のDCを撮り鉄して、再び内房線を引き返して浜金谷へ。駅から10分の金谷港から、東京湾フェリーで40分、久里浜港へ渡りました。

 
この日の目的地は京急の三浦海岸。駅前の河津桜はもう葉桜でしたが、花も残っていて1年ぶりの早めのお花見気分を楽しみ、乗り鉄旅も終わりました。

ローカル旅に越後線をお勧めします

我が家(昨年のGWに移転)は、新潟市西区にあり越後線の小針駅が最寄駅です。新潟駅までは15分、日中は20分間隔で電車が発着しますし、深夜零時近くまで運転されているので至便です。

 

周辺は70万都市新潟のベッドタウンで、新潟大学の五十嵐キャンパスや高校、大学が多く通勤通学時は6両編成の電車がかなり混み合います。

 

さてこの越後線ですが、歴史は古く1912~13年にかけて開通・全通しています。その当時は越後鉄道という私鉄でした。起点は信越本線の柏崎で、本線が山沿いを通るのに対し、T_img_1644 こちらは海寄りを走ります。

 

もっとも、海寄りとはいえかなり内陸を走るために、残念ながら日本海を眺められるのはホンの一部に過ぎません。それも、関屋分水という信濃川の放水路を渡る一瞬だけです。

 

本線が長岡市や三条市、新津市(現在は新潟市秋葉区)などの都市を貫くのに対し、越後線沿いにはあまり大きな町はありません。その為越後鉄道は経営難に陥り、1927年に国有化されます。

 

これには、柏崎から新潟までを短絡し、本線にいざという時があれば代替線として活用できるという意味合いがありました。実際、2007年の中越大震災の時には、新潟-長野間の快速電車(特急の代替)が越後線を経由しました。

 

またかつては、越後線経由の準急・急行も走り、その後電車化(84年)された後に走った快速「やひこ」は、特急と同じくらいの所要時間で新潟-柏崎間を走りました。

 

現在は普通電車のみです。最高速度も85㎞に制限されているほか、一部の区間の電化が低コストの直接吊架式でなされたため、今後も優等列車の設定は難しそうです。

 

沿線は、新潟駅から内野駅(さらに一駅内野西が丘駅)までは住宅地で、大学もあり乗降者も地方都市らしい多さですが、内野駅を過ぎると越後平野の穀倉地帯を走ります。

 

中間駅の吉田駅(弥彦線の乗換駅)で、ほとんどの列車が運転区間を分けられ、全線を直通するのは1往復だけです。吉田以南は丘陵部を走る区間が多く、意外に単調な風景が続きます。全線で2時間ちょっとの旅、ノンビリ揺られてみませんか。

 

車両もE129系の2・4・6両編成に集約されてきており、写真の115系(他に湘南色・旧新潟色もあり)3・6両編成は次第に運用が減ってきています。また一部には、希少存在となったE127系運用もあります。

 

115系最後の雄姿を撮りにおいで下さい。

福井鉄道にゆっくり乗りました

冬晴れの貴重な1日だった昨日は、神戸から北陸・福井までの移動。神戸駅から新快速で、一気に敦賀まで移動。



早朝、湖西線で電車と小動物との接触事故があったようですが、幸い大事には至らずほとんど遅れもなく済みました。琵琶湖の西岸を北上すると次第に雪景色に変わり、陽射しに輝いて眩しい車窓でした。



敦賀で途中下車して駅前の通りを少し歩きましたが、シャッターを閉めたままの店も多く、ちょうど昼ご飯時でしたが、食べるところを見つけるのにも一苦労でした。最近の駅前は、そういうところが少なくないですね。



敦賀からは福井まで直行してもよかったのですが、せっかく時間がありましたので武生でImg_3585


また途中下車、越前武生駅から福井鉄道のトラムに乗り換えました。



6,7年間には福井市内から武生に向けて乗りましたが、今日は反対に武生から田原町まで急行に乗りました。車両は元名鉄美濃町線の複電圧車両だった880形、郊外線では最高時速65km/hで飛ばしてくれます。



日中は急行と普通電車で10~20分間隔くらいの頻繁運転でがんばってますが、乗客の乗降はあまり多くなかったなぁというのが印象。速度ではJRに敵いませんから、フリークエンシーや料金面で努力されていますね。もっと利用が増えますように。



というわけで田原町までの乗り鉄旅を堪能しました。現在はここからえちぜん鉄道への乗り入れもあり、実際に乗客の数が増えてきているというデータもあります。今回はF1000形「ふくらむ(FUKURAM)」には乗れませんでしたが、えち鉄共々増備も進んでいるようです。



もっとも、それによって福鉄オリジナルの200形は、残り1編成になったと聞いていますが、いつまでもがんばってほしいものです。



田原町からは市内軌道線を市役所前までバックし、ホテルにチェックインしました。

初めての「ジパング」割引の乗り鉄旅

今年初めての遠征(仕事です)は東北、八戸市。帰り道は、新青森へ北上して、奥羽線・羽越線を経由して日本海沿いに新潟まで戻った。距離の関係上各駅停車でとは行かず、新幹線~特急つがる~特急いなほを乗り継いだ。

八戸から乗り込んだ新幹線の車両はH5系、パープルの帯に出会うのもなかなかの確率だ。特急「つがる」は秋田車両センターのE751系4連、秋田行き先頭車両は一部グリーン車で、自由席は3と4号車、3連休の中日だが込んではいない。

昨年のダイヤ改正で5往復から3往復に減便されたが、このままでは前途もあまり明るくない感じがする。青森-秋田間の特急は、キハ82系「白鳥」(大阪-青森)に始まるのだが、当時はまさに特急そのものだったが、現在は車両こそ特急用だが、停車駅は当時の準急並み。

それでも結構俊足で、乗り心地はまずまず。車内販売がないのは仕方がないところ。

沿線には3つの私鉄・3セク鉄があり、秋田行きだと左側に座るのがいい。だが今日は晴れていて、せっかくだから雪の津軽富士・岩木山を観たいので右に座る。期待通りだった。

T_img_3513 空いているので大鰐温泉手前で左側に移り、弘南鉄道大鰐線を写す。期待通り除雪車キ100を引く電機ED221の姿が見えた。7000形もちょうど発車前で、全体を撮り鉄。

そんなわけで退屈をすることもなく秋田へ。「いなほ」へは1時間以上の待ち合わせで、ゆっくり昼ご飯を食べ、スタバのコーヒーも呑む。

「いなほ」は新潟車両センターのE653系1000番台、かつて常磐線を疾走した車両だが、リニューアルされて沿線に溶け込んでいる。7連は空席も目立ったが、酒田、余目、鶴岡で満席になり、その多くが上越新幹線に乗り継ぐようだ。

首都圏と庄内地方を結ぶ役割が大きいので、新潟から秋田直通は3往復だけ、あとは酒田で折り返す。ここまでが守備範囲というところか。

「いなほ」はもちろん海側に座るのがいいが、山側に座っても鳥海山や出羽三山を眺めることができる。今日の鳥海山は雲もなくベストだった。

今回の旅では、初めて「ジパング」割引を活用した。年もとるのも好いことがあるもんだ。

「ジパング会員」証が届きました

この12月に65歳の誕生日を迎えました。世の中では、いわゆる(前期)高齢者というすみ分けに入ったわけですが、いくつかの特典も付与されるプラスの部分もあります。その一Entry102a つがJRグループの「ジパング倶楽部」です。

これまでも10数年間、JR東日本の大人の休日倶楽部ミドル会員でありましたので、JR東日本(一部北海道や北陸地区を含む)の特典チケットは利用できました。通常の乗車券(片道か往復で201㎞以上か)や特急券なども基本5%割引ですから、エリア内での出張遠征には便利でした。

これがジパングではエリアが全国に広がり、しかも盆や年末年始などを除けば30%割引になりますし、何しろ関西での仕事が全体の4~5割ですのでありがたいことです。もちろん、乗り鉄の立場としても嬉しいことで、時間の余裕があればもう少し足を伸ばそうかという気持ちにもなるわけです。

ところでこのジパング倶楽部、女性は60歳から入会資格がありますので、昨今は女性の列車旅が増えているというのもうなづけます。我が家のカミさんも、すでに会員になっており、来夏前には晴れて「家族会員」としての登録もできる予定です。

ところで、鉄道の他にも航空機にもシニア割引という制度があるということなので、こちらも利用前にちゃんとチェックしておくことにしましょう。自宅から新潟空港までは車で30分くらいですので、長岡時代よりも活用はしやすくなりました。また、東京と大阪・神戸便は毎月のように利用しています。自ら探すことが大事ですね。

そんなわけで、来年は旅の幅も広げて楽しんでいきます。その旅で観たこと、感じたことをこちらのブログにも書き散らかして参りますので、よろしくお付き合いください。

来年はもっと乗り鉄旅を楽しもう

一昨日の19日で、今年の仕事遠征もすべて完了しました。ということで、乗り鉄旅も一応の終止符です。いったいどのくらいの距離を、鉄道で移動したでしょうか。クライアントの会社訪問が多いので、一定の路線を利用するケースがほとんどで、暇を見つけてミニ旅を試みたり、時間の余裕があれば違う経路を通ることもありました。

移動時間を稼ぐための空旅も、月に1、2度、多くても3度程度ですが、来年はもう少し増えるかもしれません。東京から神戸へ(あるいはその反対)の移動が主で、もっぱらスカイマーク便を利用しました。予定が早めに決まるので、お得な料金を活用できますが、急な変更や天候急変によるドタバタもありました。

夜行バスも何度か使いました。若い頃のようにはいきませんが、時間の有効活用が必要な場合は重宝します。最近は3列シート・フルリクライニングや、コンセント付き、Wifi付きの車両もあるので、うまく使えば安い料金とともに魅力です。

そんなわけで、乗り鉄旅にはこだわらない1年でしたが、やっぱりのんびりと鈍行列車にゆT_img_2600 られる旅が一番であることは、言うまでもありません。来年はもっとうまく時間を使って、乗り鉄するだけでなく、途中下車して街歩きをたのしむことも増やしたいものです。やっぱり気持ちの余裕を持った旅が良いですから。

今年もJR北海道の留萌線末端区間(留萌-増毛)が廃止になったり、おそらく来年にはやはりJR北海道の夕張支線(新夕張-夕張)、やJR西日本の三江線(三次-江津)が廃止になるようです。そこまで足を伸ばすことは難しいでしょうけど、地方のローカル線にもできるだけ乗り鉄の旅に行きましょう。

かと思えば、新線も誕生します。厳密には復活ですが、広島県の可部線が二駅延伸されます。また、ここ数年の都市部の新線はなかなか乗る機会がなく、「未乗」l区間がいくつかありますから、これもできるだけクリアしていきます。

そんな乗り鉄旅のお話も、来年はもっとできればいいなと思っています。

鉄路を守りませんかという訴え!

今日12月5日、北海道の一つのローカル線が廃止(運転は昨日まで)になりました。日本海側を走る留萌線の末端区間の留萌-増毛間。100円稼ぐのに4500円以上もかかるという、赤字のJR北海道の中で最も営Photo業係数の悪い路線でした。

留萌線はかつて本線の名が付き、石炭車をたくさんつないだ貨物列車が次々にに走っていたこともあります。それだけ沿線には炭鉱が盛業だったわけですし、留萌からはさらに日本海沿岸を北上する羽幌線が伸びて、札幌や旭川から準急・急行が直通していました。

今は沿線の炭鉱はすべて閉山、1999年には貨物列車もなくなって多くの駅が無人化されたほか、JR化に合わせて羽幌線も廃止になり、急行も快速化された後に廃止、1~2両編成の普通列車のみが走る路線になりました。

今回廃止の区間もかつてはニシン漁などで賑わった時期もあり、人は貨物の輸送の動脈となっていた時期もありました。しかし道路の整備も進んで、車時代に入って鉄道の存在意義が薄れてくるところに、最大のお客様である中学・高校生の人口減がとどめを打ち込んだ感じです。

JR北海道は、そのすべての路線が赤字であり、札幌周辺を除けば今後とも大きな赤字を計上する路線ばかりです。すでに石勝線の旧夕張線区間(新夕張-夕張間)の廃止が具体化されようとしているほか、多くの路線・区間で国や道などの支援がなければ廃止も検討せざるを得ないことが明らかにされています。

確かに車社会の現代、もはや鉄道は時代遅れという見方もありますが、しかしここにきて高齢運転手による高齢事故が相次ぐ現実を見ると、それでいいのかという気もします。また、自分では運転ができなくなって公共交通機関に頼らざるを得ない、いわゆる交通弱者も今後どんどん増えていくでしょう。

また、赤字であるがゆえに線路の保守にかける経費を圧縮する方向が進めば、安全に運転するという基本土台が揺らいでしまいます。すでにJR北海道の多くの車両が、近い将来耐用年数を超えたり、保守更新に多額の出費を余儀なくされることが明らかになっています。

しかし新車が投入されるのは、一部の優等列車用車両かもしくは札幌圏の通勤用車両だけに、なりかねない状況です。特急用車両ですら、新たな開発が中止されるような厳しい現状であり、増してやローカル用の車両は更新ができずに休車になり、その分列車本数を減らさざるを得ないことが現実化されています。

鉄道ファンだから、乗り鉄だから廃止に反対というのではありません。鉄道の使命はなんであるのか、高齢者や子供たちなど弱者にやさしい交通インフラの在り方などの中に、どうやって鉄道を活かしていけるのか、ローカルの人だけの問題ではないはずです。

鉄道が好きだから、心から訴えたいのです。鉄路を守りませんかと。

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