大変な時代・・・ホント!?

大変な時代です。

もう聞き飽きましたか、それともまだまだ聞きたいですか? 口に出したら何かが変わる、良くなるというのであれば、いくらでも「大変だ、大変だ」とわめき散らし、愚痴をこぼせばいいでしょうけど。

何も変わりませんよね、それどころか口に出せば出すほど、悪くなるという人もいます。実は私もそう思っている1人です。「言霊(ことだま)」が働いてしまうんです、見事に。

つまり、大変だということを辛く苦しく思っていると、その状況を打ち破ろうとする脳力ではなく、その状況から逃れようとする脳力の方が働いてしまいます。

いや、別に大変だと思っても良いんです。実際に大変なんですから、無理をすることはないのですよ。その現実を「今はこれで良い」と素直に受け容れて、「ようし、ここから前向きにいこう」と決心を口にすることです。

こうすれば前向きな脳力が働き、行動のための脳回路が構成されるのです。動けば変えていけるのです、自ら変わっていけるのですという方が正解かな。

そうなんです、変化している時代の流れに自分が合うように、思考と行動を変えていくことなのです。そのための決心をしっかり口に出して下さい。

どこやらの国のトップのように、もぞもぞと言い訳を繰り返したり、他人の言葉を借りてしゃべるのでは何事も解決してはいきません。でもそれを嘆いてもしょうがない。これをも自分で変えていくことを考え、実行しましょう。

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「新」でなかった銀行

新銀行東京問題が大揺れだ。石原都知事の肝いりでスタートした時には、それなりの見通しと波及効果への期待があったようなのだが、それらがほとんど「絵に描いた餅」あるいは「砂上の楼閣」だということが、明らかになってきた。財界推薦で当初トップに座った方は、実は銀行業務には素人同然だったとか、こlれまでに役員が次々に辞めていたとか、とにかく信じられないような事柄が浮き彫りにされている。

貸付審査などもザルというよりは、基準が無きに等しいものだった。貸し付けたのは良いが、一度も返済されずに貸付先が破綻したとか、今後も返済見込みがほとんど無い先がたくさんあるという話だ。大手銀行から貸し出しを受けられない、中小企業を救うためという目標を掲げたが、一時的に延命させただけに過ぎないとか、とりあえず痛み止めを打っておきましたというに等しい状況らしい。

救わなければならないのはそういった中小零細企業ではなく、新銀行東京そのものだというところに、今回の悲喜劇がある。その責任は自分にはない、旧経営陣にあるのだと石原は声を荒げる。もはや進むも地獄、退くも地獄の状況だという。だから進まなければならないのだと、石原は言っている。ストレートで分かりやすいが、なぜ退くという選択肢を選べないのかという理由は明確でない。もちろん、石原自身の責任も不明確だ。

責任がないなどと言える立場でないことは、石原自身も知っているに違いない。だがそれを言った途端に、知事の座さえ危うくなる。そのことも重々承知しているらしい。それ故に目が曇っているとしか思えない。

石原よ、決断せよ。新銀行東京を撤退するべきだ。退くことは、進むことの何倍も難しいという。しかし、今は退くべき時だ。タイミングを誤って失敗した例はあまたある、太平洋戦争の日本軍から近くはダイエーに至るまで、すべて撤退のタイミングを失したが故の破綻だった。それを知らない石原ではあるまいに。まさか自分の歴史に汚点が着く、等と思っているのではあるまいな。

それにしても、使い古された経営の仕方で崩壊の危機に至った新銀行である事よ。

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仏の顔は何度まで?

「赤福」が完全復活に向かっている。直営店での営業というニュースがついこの間だったが、今日はもう駅売店での販売というニュースだ。いや、それをとやかく言うつもりはない。私も「赤福」ファンだったから、早く駅に並んでくれないかと待っていた1人だからだ。それでもまだ、なんだか心に引っかかってしまうんだなぁ、相変わらずのへそ曲がりだけれど。お土産に買って帰れるなと思いつつも、当分はまだ買わないでおくかなと・・・とか。

ちまたにささやかれる裏情報など別にどうでもいいけれど、比較的短期間の間にここまできちゃったんだなぁと。そういう思いが抜けない、ホントにもう完璧なのかと。五十鈴川には近いけど、ホントにみそぎはできたのか。お伊勢さんの神前だが、二度と過ちは犯さないと誓ったのか。まさか、神罰の下ることはあるまいね。

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作戦行動中?

あってはならない事故が起きた。最新鋭のイージス艦「あたご」が漁船に衝突して沈没させ、乗り組んでいた親子が冬の冷たい海に行方不明という。捜査・調査が進むにつれて、どうもイージス艦に非がありそうな状況が明らかになりつつある。

最新鋭の科学・軍事技術の粋が集められた軍艦がなぜに?という疑問は誰しも持つだろう。船の事故の8割は人為的な原因だというが、今回もそうなんだろうか。そうなると基本訓練ができていなかった、緊急時の対応が身に付いていなかったということになる。

それにも増して首を傾げるのは、この事故情報が防衛大臣や首相に伝わったのが、事故発生から1時間半とか2時間後という不可思議さだ。というよりは、そんなことがあるのだろうか!?という素朴な疑問だ。本当なら(本当らしい)危機管理の体制が全くできていない、ということではないか。企業にもリスク発生の際の連絡体制がきめ細かく作られているが、自衛隊にそれがないわけがない。

しかし、現実に機能していなかった。しかも「あたご」は作戦行動中だったのではないか。いわば常に危機管理状況にあるということだ。何をか言わんやである、とんでもない。昔なら軍法会議で厳罰ものだし、自衛隊内での規程でも当然そうだろう。それがあいまいになるようなら、自衛隊そのものの存在価値がゼロになる。

現場は「本部」に連絡したなら、そこから先への連絡を怠った幕僚たちは事故を軽く考えていたのだろうか。いくつも疑問が溢れ出てくる。そんな危機意識の薄い組織にこの国の防衛を任せて良いのか!? という声さえ聞こえてくるかも知れない。ゴルフはうまいが、本来の仕事はダメナンテことのないように願いたいが。

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たまたまの時間差

また沖縄における米軍兵士の少女暴行事件が発生した。今回のような重大事件でなくても、刑事に関わる事件は日常茶飯事とはいわないが、結構起こっている(起こしているというべきか)のが現状だそうだ。そのことが基地の島・沖縄から遠い我々にはなかなか実感としては感じられないのだが、当然に沖縄県民にとっては深刻かつ今日的な問題なのだろう。

本土の基地の町・岩国市では、事件が公になるホンの少し前に市長選挙が行われ、岩国基地への空母艦載機受け入れ容認派の候補が当選した。しかも反対派の前市長との票差はたったの1800票だった。上記米兵の逮捕が11日未明、そして市長選挙はその半日前に投票が終わっていた。まさか、その時間差は意図的に作られたものではないと思うが、何とも微妙なタイミングではなかったか。

もし、これが1日前の10日未明に起こって逮捕されていたのだとしたら、その報道が市長選挙前あるいは投票のさなかに為されたとしたら、票の行方を左右しかねなかった。ありていにいえば逆の結果が出たと思うのは、考えすぎなのだろうか。そのくらい、微妙な時間差であった。

いずれにしても、米軍基地の町はいずれも同様のリスクを抱えている。全島のかなりの面積を米軍基地が占める沖縄では、そのリスクの大きさは想像を絶する。世界(軍事)戦略の中における沖縄の位置付けは理解できるとしても、このような事件があっては決してならない。誰かが言っていたが、米軍兵士は基地内から外に出すなと。現実的には無理なことでも、そうしないと根底が崩れることになりかねない。

気になるのは、首相はじめ我が日本のトップが「遺憾の意」を表明するだけで、強行に抗議を行わない、基地幹部の責任を問わない態度だ。全く解せないというか、そこまでアメリカに尻尾を振るのかと嘆かわしくなるばかりだ。情けない。

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問題は食糧自給率だろ

農薬汚染餃子問題が、連日ニュースとして流れている。中国製冷凍餃子やJTFの冷凍食品が店頭から姿を消したり、その他の中国製冷凍食品の売上も激減しているということらしいが、それはいささか矮小な話題ではないか。毎日の食卓を預かる主婦の皆さんには深刻な問題だし、冷食に頼ることの多い独身貴族やチョンガーも大変だ。

でも最も大きな問題は、このようなことが「食糧テロ」として日本を襲うこともあり得るということではないか。そう、大事なポイントは、この国の食糧受給率がカロリーベースでたったの30%前後しかないということだ。あとの7割は、諸外国からの輸入に頼っている。どころか、家畜の飼料まで含めるとこの数字がさらに多くなるということだ。いくつかのメディアでここに触れたところもあったが、大きな声にはなっていかないのは何故か。

それは、余りに深刻な問題だからだろうか、それとも。国民の無関心が非常に怖いと思うのだが、いかがであろうか。札束を積んで食糧を買い漁ってきた過去は、もう昔話だと言わざるを得ない。また、「食糧テロ」だけでなく、輸入のためのシーレーンを守る仕組みさえこの国にはないのだ。極端な話「反日政権」ができ、輸出をストップさせたり輸送を妨害することがあったらどうなるのか。

軍備を増強せよと言っているのではない。食糧自給率を上げよと言っているのだ。米以外は殆どが余っているという状況の中で、どう考えどう実行していくか。農業の工業化も、いつまでも役所(農水省と経産省など)の縄張り争いをせずに、どんどんやるべきではないか。地方が疲弊しているというなら、そこに一大農産物工場(や工業団地)を作って、食糧自給率を上げるべきだろう。日本の技術レベルは十分それができるはずだ。

考えるべきは食糧自給率だ、声を大にして叫びたい。こちらの方こそ大問題だと。

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つなぎ法案の不思議

すんでの所で取り下げられた「つなぎ法案」というウルトラC、これって考えれば考えるほどおかしなおかしな法案だ。いや、法案と呼ぶのもおこがましいじゃないかと、首をかしげてしまう代物だ。こんな法案がまかり通るのだとしたら、もしこれから先乱発されるようなことがあったら、それこそ法治国家の看板を下ろさなければならないだろう。

まぁ、よくぞ取り上げに至ったなと思うが、政府与党はこの恥知らずの手法をこれからもチラチラと見せながら、国会運営を続けていくのではないかと懸念される。聞けば党内でも批判があったというが、批判して当然だろうと思う。批判が党内の一部だというのが気にくわないが、それは与党病とでもいうのだろうし、集団の中にいれば朱に交わって濁ってしまうものだろう。

今回は両院議長裁定という伝家の宝刀が抜かれて決着したが、与野党共にお粗末極まりない、こんな政治家(とも呼びたくないくらい)たちに国を任せていて良いのか。1人良い子ぶっていたのは総理? ため息しか出ないよ。

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仲良しクラブごっこ

新テロ特措法が衆議院であっさり再議決された。筋書きが予め決まった安物のドラマを見ている感じもあったが、あのオザワまでがそう思ったらしく議場から逃亡してしまった。ということを前回書いたのだが、昨日の党大会ではさほどの議論にもならず、記者会見では開き直って「国民も分かってますよ」だと、、、分かってないから困るんだよね。

まあそれはそれとして、衆議院の2/3の賛成とのことなのだが、あの2/3ってのは「郵政民営化」推進のための選挙で選ばれたんではなかったかな。もちろん最長4年の任期があって、選挙での中心課題の議決だけで終わるということはないのだが、新テロ特措法やさらに今度の来年度予算案などの重要法案を、彼らが議決することが正しいのか? しかもその間首相は3人目だ。

かのアホウのモリなどは、この2/3再議決がよほど嬉しかったのか快感を感じたのか、「当分解散総選挙をする必要はない」とのたもうている。つまりは選挙をしたら、この素晴らしき(自分たちに都合が良い)状態を維持できないことをハッキリ自覚しているわけだ。自民党にとって都合が良くても、国民にとっては良くないってことがアホウの頭では分からないらしい。

昨日が民主党大会で、今日が自民党大会だそうだが、いずれも国民意識とは離れた「狭い井戸の中の」仲良しクラブごっこみたいな感じだな。いったい、この国はどうなっていくんだろう。

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オザワはKY?

新テロ対策特別措置法案が、57年ぶり2回目という「衆議院再可決」によってようやく決着がついた。それもホームストレッチに入ってからの民主党のふらつき・腰砕けやら、オザワの採決棄権=敵前逃亡?などなど、いささか締まらない幕切れではあった。一方の与党側も、旧来の体制から抜け出せないようなお粗末さがつづき、解散総選挙を恐れる余りに腰が引けたままだった。

しかも、守屋某の問題が噴出して相当の荒れ模様が「期待」されたのに、盛り上がりかけた寸前に検察による逮捕という中幕が下りてしまった。もっとも攻める野党側にも材料が乏しくて、検察任せの状態になってホッとしたのではないかという雰囲気もあった。他にも防衛省を巡る問題があれこれ噴出したようだが、何だかいつの間にかうやむやになってしまい、何だか省内では守屋シンパを外す人事が行われているようだ。

それにしても、最後の最後でのオザワの行動は腑に落ちない。「本当は(法案に)賛成なんじゃないか」と与党席からヤジが飛んだらしいが、もしかしたら正鵠を得ているのかもとは考え過ぎか。(大阪行きの)飛行機に間に合わないからと、採決5分前にサヨナラするなんてのは無責任というか空気が読めないというか。オザワ支持者の僕でさえ、なんちゅうこっちゃ!?と唖然としたほど。

KYオザワと言われてもしょうがないよ、全く。

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キリスト教から神道へ

日本人が総クリスチャン化する年1回のお祭りが終わった。イブが今年最後の連休に重なっただけに、さらに街も家庭も盛り上がったようだ。にわかサンタさんも、来年までは衣を脱ぎ捨てたようだ。もちろん、純粋にサンタさんのプレゼントを喜ぶ子供たちは可愛いし、いつまでもその純真さを持ち続けて欲しいなと思うのだが。

実はクリスチャンである。でも怠け者なのでクリスマス・ミサにも行かず、もちろん特別なお祝いをするでもなく、いつもの日常と同じように時間が過ぎていった。ただ、心の中で今年1年を深く感謝し、来たる新年の平穏を祈ったばかりだ。

で、1週間もしない内に今度は総神道化するわけである。この変わり身の速さについて言えば、肝心の日本人は全く無頓着である。ホンの1週間前に西洋の神様のお誕生祝いをしたことなどすっかり忘れて、今度は八百万の神に祈るわけである。それも特にこだわる人以外は近所の神様で済ませてしまう。諏訪大明神であろうが、八幡大菩薩であろうが、大国主命でも素戔嗚尊でも、あるいは産土の神でも何でもこいだ。

こういう日本人に、中東各地を始め世界各地で繰り広げられている地域紛争の本質は、永遠に分かるまいなといつも思うのだ。だからこそ、「憲法9条を守り抜くことが護憲だ」なんて言うとぼけた意見も出るのだろうし、「武器よさらば」というような空想が実現できるとも思うのだろうなぁ。その平和日本も最近はちょっと怪しくなってきたみたいだ。好むと好まざるとに関わらず、地球全体の空気が日本にも流れ込んでいるのだから。

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