ニッサンには死ぬまで乗らない

今日の「怒ってます」はゴーン容疑者だ。

 

ゴーン(と呼び捨て)に対しても怒りはあるが、それだけではない。一つは日産に対してだし、もう一つは手のひら返しでゴーンを批判する輩どもにだ。

 

後者からいこう。ゴーンが来日して日産の再建を「見事に」成し遂げた時、彼らはどう評したかを忘れたわけではあるまい。コストカッターの手腕を持ち上げ、カリスマ経営者と呼んだ。

 

確かに救世主ではあったと思う。どうしようもなかった当時の日産の財務を立て直し、組織に活を入れたことは確かだった。

 

しかしその手法は、本当に褒められたものだったかと一部の識者は評していた。しかしその声は僅かで、ほとんどの経営者、アナリスト、学者がゴーンを褒め称えた。

 

その裏で2万人とその家族がリストラの憂き目に遭い、5ヶ所の工場閉鎖で企業城下町の経済は沈んだ。その事実は、華々しい結果にかき消されていた。

 

下請け会社も悲惨だった。「見直し」で多くの中小企業がカットされ、残されたところもとてつもないコストダウン要求に泣いた。

 

そのことを今さらに持ち出して、ゴーンの批判をするなどはあきれてものが言えぬ。てめえたち、あれだけゴーンを持ち上げたじゃないか、カリスマ経営者だぜ。

 

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日産も日産だ。「塩路天皇」時代からおかしな会社だなと思っていたが、相変わらず根本体質というか企業風土は、なかなか正常にはならないらしい。

 

その一が今回の社長の会見だった。本気で頭を下げたのか? 何だか、「俺たちもゴーンの被害者だ」という顔をしていた。そう思わなかったかい?

 

内部抗争の結果だという話もある、内部派閥争いだとか。ゴーン派に対する社長派の巻き返しだとよ。余りに古典的な騒動、未来企業とは言えないね。

 

とにかく、社員やその家族、あるいは協力会社を巻き込まないでくれといいたい。雲の上の話は、雲の上だけでけりを付けてくれ。

 

私もホンの僅かではあるが日産の株主ではある、株価が上がろうが下がろうが痛くもないくらいの。どういう弁解を知らせてくるのだろうか。

 

ちなみに、ニッサンの車を所有したことは一度もない、これからも死ぬまで乗ることはないだろう。現在はホンダだ。

障害者雇用水増し問題が意図的でないって!?

中央省庁の障害者雇用水増し問題が発覚して、唖然としたのは私ばかりではないはずで、特に雇用義務の対象となる中小企業などは怒り心頭に発したのではないだろうか。

 

これを調査した第三者検証委員会の委員長が結果を公表したが、33の政府機関の内28の省庁等で不正が行われ、その数なんと3700人だそうだ。

 

何しろその中には、企業の義務違反を取り締まる厚生労働省まで入っているのだから、開いた口が塞がるはずもない。「恣意的に、不適切な基準を用いた」とは役人的表現で、とても納得できない。

 

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地方公共団体や教育委員会などでも4千人近い水増しがあったそうで、一体この国はどうなっているんだとあきれてしまうばかりだ。

 

「意図的にやったのではない」ということにも納得がいかない。意図的でなくて、どうしてこのような不正が8割を超える省庁に広まったというのか。しかも、不正が始まって20年にもなろうとしているのだそうだ。

 

法律を破っているという意識が欠落しているのか、いやいやそもそも法律を知っているからこそ、「意図的」にやり続けてきたのではないのか。

 

しかもその間、誰も不正に対してモノを言わなかったというのだろうか、自浄作用すらないというのはどういうことか。そもそも、おかしいと気付いていなかったことが信じられない。

 

誰かが気付いて声を上げたのか? しかしその声は押しつぶされてしまったのか? どうなんだろう。

 

民間には、障害者を積極的に雇用している企業も多くはないが、ちゃんと存在している。中には、障害者の数が社員の半数にも達する会社もあり、そこでは健常者も障害者も明るく一緒に仕事をしている。

 

そもそも、健常者と障害者とを区分けすること自体がおかしいのだという経営者もいらっしゃる。同じ人間の、ちょっとした違いに過ぎないではないか。それこそお互いの個性であり、それを活かすことができればいいのだと。

 

それこそ、本当に「社員を大切にする」会社だ。いや、人間そのものを大事に考え、実際に大切にしているのだといえよう。

 

もちろん、仕事柄どうしてもできないこともある。それでもなんとかならないかとみんなで考え、仕事に人を就ける発想から、人に就ける仕事を考えて創り出すことまで高めている、素晴らしい企業もある。

 

なのになんだ、国の省庁どものていたらくは。早速に対応策を発表しているが、そこには反省もなければ、まず第一に戦略が感じられない泥縄的なモノとしか思えない代物だ。

 

「障害者雇用の推進に全力で取り組むよう指導を徹底したい」とは、厚労大臣の記者会見発言だが、こんな官僚的発言で何が変わるのだろうか。期待するだけムダかなぁ。

不正と詐欺を絶賛した金融庁長官って?

秋雨前線が停滞しているそうだ。そのせいで、行く先々で雨に遭いそうだ。雨は降ってくれても佳いのだが、大雨になって列車が動かなくなるというのは願い下げだ。





今日は久しぶりに新潟から北陸路を西下する。金沢までは特急「しらゆき」と新幹線「はくたか」を乗り継ぎ、昼ご飯を済ませた後、金沢からは普通電車と新快速電車の乗り継ぎで神戸(三宮)までの予定。





先日の大雨、さらに台風21号による大雨でも、北陸本線は運休が相次いだ。今回の雨はそこまでひどくないと思うが、出たとこ勝負という感もある。無事にたどり着きますようにと、祈るしかないな。





というわけで、新潟始発の特急に乗り込んだ。温かい珈琲をポットマグに詰めてスタートする。目下のところは、不通になっているところはなさそうだ。





ところで、昨今は「第三者委員会」なるものがあちこちに見られる。不祥事を起こした企業だけかと思いきや、スポーツの世界でも日大にプロボクシング界、そしてさらに体操界とつづく。





第三者というと、基本的に利害関係が無いことが条件になると思うのだが、さりとてその世界のことを全く知らないでは話にならない。それでは単なる傍観者の懇談会になってしまうだろう。





スポーツ界のことはいざ知らず、企業における第三者委員会はけっこう厳しい報告を出してくるようだ。もっとも、そういうことが日々の業務の中で、企業内で分からなかったのかと暗澹たる思いにもなる。Photo






とりわけ今回のスルガ銀行における第三者委員会の報告には、戦慄するというか、あきれてものが言えない内容が次から次にと語られていた。この報告書、何と300ページをはるかに超すボリュームだ。





目次を見ているだけで「おなかいっぱいになる」くらい、よくもこれだけのことをやっていたなという感じ。とても本文まで読んでいる時間はないので、あとはニュースからの受け売り情報で間に合わせるが。





興味ある方はネットで検索できるので見てほしい。それとは別に、このスルガ銀行を「地銀の優等生」として絶賛していた方もいらっしゃるのだ。あろうことか、それが金融庁の森信親長官。





森長官は、「特異なビジネスモデルで継続して高収益を上げている」と、スルガ銀行のビジネスモデルを高く評価していたのだ。その真実が違法行為の積み重ねだったことを、一体どう言い訳するのだろうか。





不正と詐欺行為を見抜けなかったと言えば済む問題ではない。そのお粗末もまた問題だが、ただ表面の数字ずらだけを眺めて評価を下すという、余りに安易な脳みそにもレッドカードだ。





何でも地方銀行に対して、スルガ銀行を見習えとまで言ったのだそうだ。これだから、高級官僚とやらは信用ならんわけだ。もちろん、責任の取り方などもご存じないのだろうよ。





数字ずらの表面だけを眺めて云々というのは、現政権やその配下の連中にも言えそうだな。失業率や有効求人倍率の『好転』なども、言ってみればその類だろう。





どうつじつま合わせをするのか、お手並み拝見とするか。

心のこもらない謝罪会見なんてやるな!

多くのというよりほとんどの中央官庁が、障害者雇用の水増しを白昼堂々と行っていたことが、今頃になって明らかになった。なんとその水増し数は、3460人(201761日現在)にも上る。

 

国の33機関のうち27機関で行われていたというから、全体の8割を超えるわけだ。公的機関における法定雇用率は23%だから、差し引きで3396人が必要数より不足していたことになる。

 

そうなると障害者雇用率は119%にまで落ち込む。省庁別の不足人数は国税庁の946人が最多で、次いで国土交通省(6595人)、法務省と続いている。

 

中央官庁がそうなら、当然ながら地方官庁まで右へ習へであろうから、これからどんどん芋ずる式に実態が明らかになっていくだろう。水増しの仕方もいろいろだが、当然省庁間で情報のやりとりがあったに違いない。

 

障害者手帳や医師の診断書をキチンと見ていなかった、つまり自己申告での採用はまだしも、ガンや心臓疾患、その他の持病についても障害者として雇い入れた例もある。

 

それがダメだという認識がなかったとしたら、それも当然にあきれてものが言えない部類だが、どうもダメだと認識していて雇用したと疑われても仕方の無い事例が目立つ。

 

こういうことが何年もずっと見逃されたままであったということもそうだが、それによって多くの障害者が雇用の場を失ったという事実も、決して許されるべきではない。

 

官公庁がこんな目の粗すぎるザルになっているのに反して、民間は厳しく見張られている。法定雇用率は、常用雇用者がいる事業所では、今年の4月から20%が22%に引き上げられた。

 

つまり46人以上の常用雇用者がいる企業は、1人以上の障害者雇用が義務づけられている。しかも、民間企業にはペナルティが科せられる。法定雇用数に達しない場合、不足する人数一人につき月額5万円だ。

 

国や地方公共団体も、今年の4月から25%に引き上げられたわけだが、このようなていたらくではとても達成はできまい。達成できなくても、官公庁役所にはペナルティは課されない。

 

しかし未達成という状態、しかもこれまで誤魔化しをしてきた状況では、民間企業に対し大手を振って「指導する」ことなどできようもないだろう。どの面下げて、と面罵されても文句は言えまい。

 

私の知っている多くの企業は、そのほとんど全部は中小企業だが、いずれも法定雇用数を大きく超えた人数の障害者雇用を行っている。中には、障害者が重度の障害者も含めて半数を超えるようなところもある。Photo

 

そんな会社の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。今日一日は大臣たちのお詫び、遺憾会見がひっきりなしだったが、その謝罪会見を聞いていても、ちっとも心がこもっていない。ただ原稿を棒読みの大臣もいた。

 

全く反省がないようにも感じた。とくに相変わらずの発言をやっちまったのは、口のゆがんだ財務大臣だった。申し訳ないという感覚は、あの人にはねぇんだろうな。

 

実は民間でも未達成企業は半数近い、中には納付金を納めればそれで良しという経営者もいるようだ。だが、それを上回るひどい中央官庁の現状には目を疑った。しっかり監視の目を向けなければ。

言いたいことだけは言っておかなくては

Facebook(FB)を始めたのは2010年頃だったと記憶しています。

 

それまでもミクシィやツィッターをやったり、ビジネスSNSにもアプローチしたりしました。最近はFBが主体で、LINEとツィッターを少しだけ続けています。

 

FBでは、ビジネスのページとして『よろず経営サポート・ヴァンガード経営研究所』を持ち、趣味のページとして『鉄道ファン』を主宰しています。

 

後者の方が歴史も古く、そのおかげもあって現在では1万4千人余りの「いいね!」をいただいています。ビジネスページの方は、何とか800人を超えたところです。

 

その他にもう一つFBページを持っていて、当初はビジネス用に使っていたのですが、途中から目的を変えて、倫理研究所が会員向けに発行している小冊子「職場の教養」の紹介を始めました。Img20180814_13532068

 

個人事業という一人会社ですので、10年以上前から「職場の教養」を使って毎朝「一人朝礼」を行っているのですが、それをFB上でやってみようと考えたわけです。

 

私自身はもちろん言葉に出してやっていますが、FBページを読んで下さる方と一緒にやっているという意識で、ずっと毎朝、おそらく7、8年くらい続けてきました。

 

その日のページを読んでの感想を書き加えて、ご縁につながる方々に紹介を続けてきたわけですが、8月14日をもって中止することになりました。

 

それは今月(?)、倫理研究所から出された通達で、「SNSに掲載することはダメ」ということが明記されたからです。「職場の教養」は会員だけに配布されるモノだからということ。

 

その通りです、よく理解しています。私自身も倫理法人会に入会して18年半、「約束事を守る」を人生の理念としていますので、提示されたルールは守ることにします。

 

ただひと言だけ言わせていただければ、殻に閉じこめているだけでは「佳いモノ」でも広がらないよなぁ、ということです。この何年か、倫理法人会が自ら枠組みを狭めているんじゃないかと、懸念を抱いているのです。

 

私のそういう考えが間違っているのであれば、単なる懸念であれば、それはそれでいいのです。間違いなら正しますから。

 

ただ、例えば以前にも、「県や単位法人会の三役は『社員のいる会社』の会員を原則にする」というようなことが言われたり、会員数を増やすことが手段でなく目的化していないかと気になったりしています。

 

確かにSNSでの拡散などは、控えるべきは控えた方がいいのでしょう。ただ、一律に規制しようというのはいかがなものでしょうか。

 

「職場の教養」は会費を払っている会員会社だけの「特典」と言われると、そうではないだろうと言いたくもなるのです。

 

もしそうなら、毎月無料で未会員会社に送って差し上げていること、欲しいと言われる個人の方にお渡ししていることもダメにならない? 屁理屈ですか?

 

まぁ、それ以上は言いません。ただただ残念な思いです。

青年の過失ではなくて老人の跋扈である

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事業の進歩発達に最も害をするものは、青年の過失ではなくて、老人の跋扈(ばっこ)である。

 

これは、明治時代に総理事として住友財閥を率いて発展させた、伊庭貞剛の名言である。この時伊庭は50代の後半、現代に当てはめるとざっと65歳から70歳くらいだろうか。

 

もちろん、伊庭自身はこの名言を記した書を残して現役をスパッと引退している。平均寿命が格段に延びたとは言え、こういう潔い経営トップを見ることが少なくなってきた。

 

中小企業、小さな会社の場合は経営トップ自身がオーナーであり、資本家であるから長くその地位に留まることもあるだろうが、それとて後継者がハッキリしているのなら、地位に恋々としているのは見場の良いものではない。

 

後継者が決まっているのであれば、じっかりした「事業承継プログラム」を作成し、そこに描いたスケジュールの下に粛々と実行していくのみである。ためらう理由などはない、ためらっては後継者にも周囲にも失礼だ。

 

後継者が決まっていない、これは良くない。それも後継候補はいるのだが、経営トップが決められないで迷っているのであれば、そこは速やかに意志決定をするべきだ。なぜなら「老い」は確実に進んでいくのだから。

 

候補もいないというのは、小さな会社には致命的なことになる。だが、現実には小さな会社の約半数はこの状態にあるらしい。それもオーナー社長が70歳をはるかに超えてその状態、という事例も少なくない。

 

でも今日は、そういうことをいいたいわけではない。こういった後継者問題については、またいつか日を改めて書くことにしよう。

 

そう、老人の跋扈について書こうと思ったのだ。

 

実業界だけの話ではない、ありとあらゆるところのこの「老害」というヤツがはびこっている。政界はいうまでもない、官界は定年があるからそうでもないだろうと思ったら、OBとしてにらみを利かす元ボスがいるらしい。

 

そして驚いたことにスポーツ界にも、この老害がまるで梅雨時のカビのようにはびこっている。一つは日大のタナカ(元は相撲部)理事長であり、もう一つは日本ボクシング連盟のヤマネ会長だ。2018080200077_2

 

もっとも、この2人も実は氷山の一角というか、たまたま顕在化しただけなのだろうとも思える。ただまぁ、このタナカとヤマネとはよく似ているなと思う、スポーツマンらしい潔い姿勢の無さと子供たちへの愛情の欠如だ。

 

よくもまぁ、こんなオトナの風上にも置けない輩をトップに抱いているものだ。正に老人の跋扈以外の何物でもないと思える。ヤクザでさえ、本物の渡世ヤクザは義理人情に厚いはずだが、それさえも感じられない。

 

ただ、この2人を見ていて思う、どちらも小心者なんだということを。第一自分の進退を、どう身を処したら良いのかが分からないのだから。

 

私もいろんな場面で老害にならないように、しっかり気をつけよう。その意味では、良い反面教師(という教材)を見せてもらっているわけだ。彼らの価値は、せいぜいそんなものかな。

色があせた自民党総裁選に興味薄

西日本大水害の被害が広がる中で、通常国会が最後の追い込み審議を経て終了した。これで、政局の焦点は自民党総裁選に移ったかっこうだが、それも早々と先が見えてきた感じがする。

 

安倍一強などと言われる昨今の状況下だが、せめて自民党の中でしっかりと将来を見据えた総裁選の論戦を期待していたのだが、それも淡い期待に終わりそうだ。

 

そう、岸田政調会長が戦線を離脱してしまったからだ。安倍政権を支える政調会長だということを差し引いても、ここは打って出てもらいたかったところだ。Photo

 

岸田派といえば言わずと知れた宏池会の流れを受け継ぎ、自民党内では良い意味でハト派、あるいは良識派と呼ばれてきたはずだった。

 

それが、バリバリの改憲論者で「富国強兵」政策も辞さないようなアベにすり寄るなど、がっかりとしか言いようがない。どうせ勝ち目はないと踏んだのだろうか。

 

アベの次は自分、あわよくば禅譲のようなことになるかという思いがあるなら、キシダはとんでもない甘ちゃんで、バカの三代目とやらを地でいっているところだろう。

 

政権なぞは勝ち取っていくものだ、という気迫あるいは気概を失ってはしょうがいないな。期待したオイラが悪かった、いやいや最初から期待はしていませんがね。

 

それでも、アベとイシバとキシダの3人で(もう一人ノダもいたっけや?)争えば、それなりの論戦も期待できるかなと思ったのだが、それはもう望めそうもないな。

 

岸田派が安倍政権を支持したことで、国会議員票の34はアベに流れるだろう。地方票も同数はあるようだが、イシバも前々回のような得票には及ばないだろうから、もう決まったも同然だ。

 

どうせ、自民党という「井戸の中」の争いではあろうが、その総裁がほぼ(100%)確実に総理大臣に指名されるわけだから、これはもう国民にとっても残念至極だ。

 

アベに逆らったら、党内の要職や内閣の大臣・副大臣・政務官からもスポイルされる、そんな気持ちが働いているのだろうか。それにしたって、ポストはそれほど多くはないので、大半は餌にはありつけない。

 

「魔の三回生」を中心にトンデモ発言が頻発しているし、どうみても自民党内のタガは緩んでいそうだ。骨のありそうな人材を感じないのも嘆かわしい。個々にはイイヤツもいるんだろうけど。

 

国民もヤル気が失せているのかな。野党の結束など見込めない中では、来年の参院選も自民党が過半数を確保していくのだろう。

 

この秋10月には新潟市長選がある。現職引退で、今のところ混戦模様だそうだ。投票率が低いなんてことだけは避けていきたいものだなぁ。

「産めよ増やせよ」発言が容認される世の中が怖い

少子高齢化と言われますが、本例的に言えば少子化と高齢化とは全く別物です。それを十把一絡げで論じるところにこそ、問題があるのではないかとさえ思えてしまいます。

 

どちらも問題も、ある日突然に発生したことではありません。地震や水害のように、想定をしていなかったのに起こってしまったというわけではありません。もとより、ずいぶん前から予測され警告がされていたことです。

 

ところが場当たり的なその場しのぎの対策が出ては、効果の薄いままでたち消えになることが続き、有効な抜本策はほとんど打たれないままに、少子化も高齢化もどんどんと加速していっています。

 

相変わらず「大変だ、大変だ」と騒いでいるばかりで、それどころか、昨今問題をすり替えたような発言が飛び出してくるのは、何とも恥ずかしい限りです。

 

例えば、「女性はたくさん(3人以上)子供を産むべきだ」とか、「そのために早く(若い内に)結婚した方が良い」など、問題点をすり替えたような発言が飛び出してくるのはいかがなものでしょう。Photo

 

それも政権与党の国会議員がですから、あきれてものが言えません。自分たちの責任を転嫁するような、しかもとくに女性を蔑視するような姿勢は許せないと思いませんか。

 

何だかかつての「産めよ増やせよ」を奨励するかのような雰囲気で、その内結婚しない男や女、子供を産まない女性などは「非国民」と呼ばれかねません。

 

私たち夫婦なども、たった1人しか子供が産まれませんでしたので、つまり「縮小再生産」ですので、非国民となるのでしょうかね。

 

少子化、出生数の減少問題などは、私が仕事の現役時代である何十年も前に企業としての対策をどうするか、知恵の限りを尽くして考え実行したものでした。

 

一企業(の担当者)でもなんとかしなければと思ったことが、政府や自治体でどうして考えられなかったのでしょうか。20年も30年も前から、抜本的な施策がなされていたら、少しは変わっていたのではないかと。

 

高齢化にしても打つ手が皆無だったわけではないはずなのに、今になってバタバタとしているとは嘆かわしい。准高齢者などと呼ばれる私たち夫婦には、現実問題として立ち塞がっていることです。

 

それでも高齢者問題には、目先の対策でも効果の上がるものもありますが、少子化についてはスパンの永い問題ですので、今すぐ手を打ったところで効果が上がってくるのはそれこそ何年、何十年も先のことです。

 

その間、子供や孫世代に大きな負担をさせ続けることに、政治家や高級官僚どもは痛みや申し訳なさなど、なにも感じないのでしょうか。官僚はともかく、そんな政治家を選んでしまったのは一体誰なのでしょう。

 

厚顔で「産めよ増やせよ」を叫ぶような愚かな政治家に、日本の将来を任せているなんて、とても耐えられないこととは思われませんか。それとも、あなたも一緒になって「産めよ増やせよ」と叫ぶのですか?

今回の西日本大水害に思うこと

西日本豪雨(正式名称は別にあるようだが)は、平成に入って最大に被害をもたらしたようだ。死者と行方不明者を含めて200名を超えるとのこと、梅雨明けの猛暑で捜索も難航しているようだ。

 

私も通算で20年近く岡山県南部に住んだので、よく知っている地名が報道されるたびに心が痛んだ。倉敷市の真備町にはかつての同僚や友人が住んでいるはずだし、車で何度か通ったところでもある。

 

決壊した小田川、その上流の地に亡母の生まれ故郷があり、小さい頃にはお盆の帰省について行き、従兄弟たちと小田川で泳いだという思い出もある。親戚も何軒か、川沿いに住んでおられたはずだ。

 

小田川自体は平野を流れるゆったりした、さほど水量も多くない川なのだが、今回は不運が重なったらしい。水かさが増えたのは事実だが、決壊場所の先で高梁川と合流するのだ。Photo_3

 

その高梁川は中国山地に流れを発する急流で、中流域は何度も蛇行していて流れが詰まりやすい。この度も小田川との合流地域で蛇行する流れが大幅に増水し、合流しようという小田川の流れを押し返したらしい。

 

何でも「バックウォーター現象」というらしい。合流地点から本流から溢れた水が逆流し、小田川の流れをせき止めてしまった感じで、その結果堤防が一気に決壊してしまったようだ。

 

洪水と聞くと、14年前のちょうど今頃に新潟県(と福島県)で起こった「713水害」を思い出します。この時も梅雨前線に暖かな南風が吹き込んで、集中豪雨になり五十嵐川はじめ信濃川水系の多くの河川が切れました。

 

この時にはまだ線状降水帯という言葉は知られていなくて、ゲリラ豪雨という呼び方だったと記憶しています。私が住んでいた長岡市の隣、旧中之島町の被害は相当なものでした。

 

数日後に復旧ボランティアに参加して、水害に見舞われた家屋の片付けや土砂のかき出しなどを行いましたが、やはり真夏日の気温には閉口しました。臭いもすさまじいものでした。

 

今回の被災地も、復旧までにはかなりの時間を要することでしょう。当面は足りないものがたくさんあって大変なのですが、全国から支援物資がたくさん届きます。ところがそれを整理する人出がない、保管場所もない。

 

ありがた迷惑という言葉がありますが、かつて水害に襲われた地域からのアドバイスや情報に耳を傾けて、送り手の側もしっかりタイミングを図ると共に、本当に必要なものを見極める必要もあります。

 

さて、今回の災害では気象庁の警告情報が比較的早めに出たにもかかわらず、それが活かしきれなかったという反省もあるようです。過去の体験は目安にはなるでしょうが、それを大きく飛び越えることも予測すべきです。

 

行政側だけでなく、住民の側にもその意味では油断があったのでしょう。避難勧告にしろ避難指示にしろ、どこまでの強制力が可能なのか。そのタイミングと、それに従う気持ち、双方に問題があったようです。

 

私の友人も、「避難した方が良いのでは」という私のメールに「多分大丈夫だよ」と返信してきました。幸いその地域では堤防の決壊は起こりませんでしたが、一歩間違えばとヒヤリとします。

 

あえて、気象庁の警告情報が出た夜にアベさんが呑み会をやっていたとか、対策本部立ち上げ前日の関係閣僚会議がたった15分で終わったとか、それについては馬鹿馬鹿しいので追求はしませんが。

西野采配を感情的に批判することへの反論

サッカーワールドカップ、西野・サムライジャパンが決勝トーナメントに駒を進めた。まずはよくやったと、健闘を讃えたいと思う。

 

何しろ下馬評では予選敗退が濃厚という評価だった。開催2ヶ月前の監督交代から始まり、経験があるとは言えオールドメンバーが選出された。しかも事前の親善試合は1勝2敗と余り振るわなかった。

 

マスコミの右顧左眄は今に始まったことではないが、そこまで言わなくてもいいではないかというような事前の報道であり、評価であった。

 

それが初戦のコロンビア戦に勝利した途端に、論調がガラリと変わった。冷静な分析をする人は後ろに追いやられた感があり、威勢の良い、お祭りムードの連中が表に出てきた。

 

まるで、戦前から実力が備わっており、それが十分に発揮されたかのような物言いにはいささか辟易した。2試合目は引き分け、それでも最後の試合に勝つか引き分けで決勝トーナメント進出だ。

 

相手は強敵ポーランド、大会前には「歯が立たないから引き分けがやっと」の事前評だったのが、もしかするともしかするぞという言い方に変わっていた。難敵何するものぞ、まるで太平洋戦争の世論を思わせる。

 

そして第3戦、やや押し気味にやれたところもあったが、次第に相手の強さが発揮され初めて来た。キーパー始めディフェンスががんばっていたが、ついにその扉をこじ開けられた。

 

こうなってくるとどうしても同点にはしたいと攻めかかっていくのだが、そうなると相手の反転攻勢に対するディフェンスが心配になってくる。そんなさなかにもう一方の試合が動いたという情報が伝わってくる。Photo

 

コロンビアがついに得点を上げ、セネガルをリードする。セネガルがそのまま敗戦となれば、勝ち点や得点差で並び直接対決は引き分け。最後のキーポイント、フェアプレーポイントなら上回れる。

 

そのためにはこのまま01で負けても良い、もちろんこれ以上の失点は許されないし、イエローカードをもらうことも避けなければならない。

 

セネガルが同点に追いついたり、あるいは逆転するというリスクはないわけではないが、指揮官はより可能性がある着地点を選択した。胃の痛くなる、しかももどかしい判断と意思決定であっただろう。

 

マスコミ論調の多くは否定的であり、消極戦術へのブーイングが渦巻いた。相手方のみならず、日本のサポーターですらブーイングをしていた。指揮官や選手への思いが強ければ、ホントにそれができたのか。

 

私は評価する。「決勝トーナメントに(2大会振りに)進出する」という戦略目標に対して、こういう戦術展開もありなのだという強い意思決定だと考える。積極的に攻め込んでいくのは格好良い、武士の意気込みだとも。

 
正確に言うと、真の戦略目標はその先にある。すなわち「ベスト8に進出する」ことが本当の戦略であり、そのためには絶対に予選リーグを勝ち抜けねばならなかったのだ。

 

だからどうなんだ。もちろん「勝てば良いのだ」とは考えないが、こういう戦術の選択もあるということを示してくれた。苦渋の決断だと思う、だからこそそれは指揮官にしかできない選択だったのだ。もし失敗すればボロクソだ。

 
素晴らしかったのは、選手がキチッと戦略を理解して戦術を誤らなかったことだ。実は私には苦い記憶がある。ここでは触れないが、だからこそ選手のすごさが分かる。

 

戦略と戦術ということを今一度しっかり思い直した。あの選択は正しかった、結果オーライだからではない。指揮官としての姿勢を貫いたからだ、それを批判してはならない。戦術への批判、とくに感情的批判はナンセンスだ。

 
あなたがリーダーで、あのような判断そして意思決定ができるのか。私にはおそらくできないだろう。だからこそ、西野さんの苦渋も理解できるのだ。

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