選挙を通して国民が議論などできるか!?

明日28日に開かれる臨時国会の冒頭で、衆議院が解散されることが確実だ。任期は来年12月までだそうだから、14ヶ月ほど短縮となる。

 

で、話題に上がっているのが解散の「大義」だが、そもそも解散に大義など要るのかという意見もある。首相の専権事項など憲法のどこに書いてあるのか、といったことはともかくとして、これまでの慣行は「首相の好きな時に解散する(できる)」だった。

 

だから、大義などと大上段に振りかぶらなくても、要するにアベが「自分の都合のいい時だから解散する」のだろう。

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でもそうなると格好がつかないから、世の中の人たちが「大義」と勘違いしてくれそうなお題目をいくつか並べたらしい。それを突っ込まれたら、自分は「大義」だなどと名付けたことはないと開き直るのか。

 

衆議院選挙は言うまでもなく、政権選択の選挙だ。衆議院の多数党(一党の場合もあるが、連立多数の場合もある)が以後の政権を担う。我々国民はその選択を選挙に託すわけだ。

 

だから、この選挙は『戦略』すなわちこれからの国家戦略を選ぶもののはずだ。

 

アベは、この選挙で消費税の使い道や北朝鮮を念頭に置いた安全保障について、国民の信任を得たいと言っているが、そのどちらも戦略ではなく戦術レベルの話だ。

 

第一、解散するという発表の中では、憲法改正のケの字にも触れなかった。それってアベの最も重要なポイント、核ではなかったのか。まぁ、それはおいておくとしよう。

 

何より訳の分からないのは、選挙を通して「国民が議論する」のだという発言だ。アホも休み休み言うものだ。いったいどうやって、国民が議論するというのか。

 

議論するのだというなら、国民の代表たる議員が国会という場で議論するのが当の然だろう。そのくらい、子供でも知っている常識じゃなかろうか。

 

それを臨時国会は開くが、議論を一つもやることなく、解散のセレモニーだけをやるというのは、国民を馬鹿にしているとしか思えないのだがどうだろう。

 

この選挙、10日の公示で22日の投票になるようだが、その12日間の選挙戦の期間中に、どこでどのように国民が議論するというのか。政党や候補者の一方的な主張を聞いたり読んだりはできても、それ以上のことはほとんどの国民ができるまい。

 

その主張も、途中からはほとんど名前の連呼だろうよ。

 

結果は22日の深夜までには明らかになるだろう。多分今のところ、そうなる公算が強いが政権与党側が勝つだろう。少なくとも第一党は自民党であろう。

 

つまりアベが『勝つ』シナリオができていくのだろう。勝ったら、自分の「大義」が支持された、信任を受けたと大きな声で叫ぶに違いない。

 

「大義」の最後の方に付けたりのようにくっついていた「モリカケ」問題も、みそぎを受けたということにしてしまうのだろう。

 

戦術的勝利だろう、しかし相変わらず戦略は置き去りにされたままだ。それが見えていて、投票に迷う国民の身にもなってみろというもんだ。

お彼岸入りなのにまた怒っちゃいました

お彼岸入りですね、もうすぐ秋分の日。

 

世の中はもう選挙モードに突入、「正式決定」前だというのにお忙しいことです。

 

そんな中で、余裕のヨ党は毎回恒例の失言ラッシュになってきそうな予感。

 

早速に党の要の幹事長がやっちゃいました。曰く、「モリカケ問題なんて小さいこと」って言っちゃいましたね。

 
あらら、小さいことだったんですか。だから、閉会中審議とやらにも後ろ向きだったし、ヤ党の臨時国会開会要求にも梨の礫だったんだ。

 
何億も何十億も不明朗な税金の使い方をやっていて、それが小さな問題ですと。責任あるヨ党の幹事長とは思えぬ無責任発言。

 
ところがこの発言が、ちっとも「炎上」しないんだなぁ。庶民感覚もおかしくなってきているのかなぁ。不倫には大騒ぎしても、税金には無関心?

 
狂ってきているんじゃないの、日本が、日本人が。

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だいたい、内閣ってこの間改造をやったところでしょう。何ですって、「仕事師内閣」だそうでしたね。でも仕事らしい仕事をやったの?

 
ヤ党に「しごと、しない、かく」ナンテ揶揄されてますが、どうなんでしょうね。

 
このモード切り替えで分かったこと、2年後の秋に消費税が10%に上がるってこと、再認識しましたよ。

 
その使い方について問うのが今回の争点だって? ボケてんじゃないの、アベは。

 
また、怒ってしまいました。

明白なり!党利党略解散じゃないか

衆議院の解散・総選挙が決まりそうだとのこと。ニューヨークに旅立つアベさんは、戻ってからゆっくり決めるとうそぶいたが、もちろんすべてはもう決まっている。

 

そしてすでに、政界は10月22日選挙に向けて待ったなしに、大きく動き出した。台風が過ぎ去っていくとともに、この解散台風が一気に吹き荒れだした感じだ。

 

つい1ヶ月ちょっと前には、世論調査の数字で内閣支持率が30%前後となり、青息吐息だったのに、とてもその時点では解散など考えられないムードだったのに。

 

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また生き返ったか、しぶといなぁ。内閣改造で支持率が少し戻ったときにも、期待感はあってもアベへの信頼については低い数字だったように思ったが。

 

なんだか、キタのミサイル発射や核実験に救われたように感じてしまうが、どうなんだろうかねぇ。ホラホラ、だんだん言った通りになってきただろう、以前に決めていた安保法制や関連法案が、これから効いてくるんだよってか。(写真はニュース記事より借用)

 

冗談じゃないぜよ。

 

コイケさんは好きではないが、いいこと言ってるじゃないか。今ここで解散するなんて、大義名分はあるんですかって? その通りだよなぁ。

 

どうせ、色々と言いつくろって格好のつく名分を表に出してくるだろうけど、どうみても党利党略解散としか思えないよ。

 

それも相手にとって不足なマエハラ・ミンシン党が、屋台骨が揺らぐやら土台がガタつくやらで、とてもまともな臨戦体制などとれない状況を見越してだ。

 

この国の政界には「武士の情け」なんざねぇだろうけどさ。それなら、武士の心得たる「常在戦場」だなどという言葉は使ってほしくないなぁ。武士道はどこへって感じだ。

 

もっともミンシン党も全くだらしがないしなぁ、国民の多くはあの民主党政権時代のていたらくがトラウマになっているわけだし。

 

10月22日はセミナー遠征で地元にいない。いつもなら喜んで期日前投票へとなるところなんだけど、何となく気が乗らねぇ。そんなこと言っちゃ、国民の義務が果たせないけど。でも本音なんだよなぁ。

 

だいたいこの選挙区に越してきたのが1年半くらい前で、初めての馴染みのない小選挙区で、誰が国会議員で対抗馬は誰だも分かってないんだよ。

 

ヨ党には入れたくない、かといってまともなヤ党はないし、どっちつかずのユ党は論外。

 

あああ、どうすべぇかな。

イナダトモミとレンホーの共通点と相違点

二人の女性が職を辞めた、それもどちらも1年に満たない就任期間だった。それなりに期待も大きかったと思うだけに、いささか残念に思う。

 

稲田朋美(前)防衛大臣と、蓮舫民進党代表。後者は後任が決まるまでは職にとどまるらしいが、もはや代表としての後始末だけのことだろう。アラシックスとアラフィフ、ある意味世代女性の代表だっただけに惜しむ声もあるだろう。

 

しかし、どうも石以て終われた感が強いし、「辞めてくれて良かった」との声の方が多そうだ。私の見る限り、双方共に組織の統率力とか人心の掌握力がなかったようだ。

 

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男優位組織に潰されたという声もあるが、それには与しない。そんなことは、就任前から承知の助だったはずで、また今更そんななくごとを言う二人でもあるまい。ただ、期待された女性(の目線)だからこその部分が、十二分に発揮できなかったことも確かだろう。

 

特にイナダトモミは、その最初から失策続きだったと思える。失策を認める勇気を持たなかったのか、アベの保護に甘えたのかは分からないが、余りに稚拙な言動がつづいた。これでは「将来の主将候補」のレッテルは、剥がさざるを得ないだろう。

 

それは最後の最後までだった。辞任後の記者会見でも、以前からアベに辞任すべきかどうかの相談をしていたといっていたが、少なくともそれは言わずもがなの発言だった。しかも、あくまで自分の失策を認めようとはしなかった。

 

最初から主張が一貫していたといえば聞こえはいいが、要は最初にいってしまったウソを最後まで変える勇気がなかったという、政治家としても人間としても最低のレベルだということを露呈してしまっている。それに気付かないのは哀れだ。

 

一方のレンホーだが、代表就任から日増しに色褪せてきたのは、これまた違う意味で哀れに感じた。二重国籍問題も、最初にキチッと認めておれば良かったものを、否定したことで泥沼に落ちてしまった。

 

舌鋒鋭く質問をぶつける凜々しい姿勢が、党の運営では発揮されなくなってしまった。所詮はそれまでの力だったかという感じだが、こちらは自滅プラス周囲からの圧力のせいとも言えて、いささか同情に値する。

 

もっとも、こちらの方はまだ復活の余地ありだろう。少なくとも、アベに切り込む姿はまた見られることだろう。「女だから」などと言わせぬように、気迫を強く持ってもらいたい。

 

いずれにしても、二人の先端女性がその職を全うできなかった。もう一人、東京のトップのコイケはどうだろう。まだ結果は未知数だが、こちらは今のところ大きな失策や、ウソはないようだ。

 

しかし、明日のことは分からない。

拝啓、ジャーナリストS・Y様(戯言です)

拝啓、ジャーナリストS・Y様。

 

あなたの主張・ご意見については、かねてより私も素晴らしいことと感銘することが多く、その大半について支持しております。現実をしっかり見据えた上で、日本の将来について毅然とした姿勢を貫かれていることには非常に尊敬をしております。

 

何度か講演会にも参加させていただき、あまつさえ20数年過ごした土地にもご縁のある方であり、また多くの知人・先輩人との縁でお目にかかる機会もありました。

 

もちろん、あなたの目には私のことなど多数の中の一人としか映っておいでではないでしょうが、そんな私にも、ホンのちょっぴりではありますが、どうしてもあなたと相容れないところがございます。

 

国際的にも著名なあなたと私とではその言葉の重みも比較にはなりませんし、私はただこのようなブログの中で囁いているに過ぎませんので、あなたにはその言葉も届かぬ事でしょう。それでもどうしても書かざるをえないのです。

 

あなたの主宰されている団体にも、知人たちからお誘いをいただいておりますが、入会に踏み切れないのもこの一点です。

 

すなわち、あれだけ聡明で賢明なあなたが、どうしてこれまでずっと(そしておそらくこれからも)、アベを大いに支持されているのでしょうか。アベの主張とあなたのご意見が一致するところが多いことは、私自身も認識しているところです。Photo

 

またアベであれば、あなたの意見を取り入れ実現の方向に向かっていくことも可能であろうなと、漠然と感じていることも事実です。

 

しかしアベは、根っからの長州人として(そのことはさほど問題にはしていませんが)、吉田松陰という「過激派の元祖」のような煽動者に学んだ数多くの人たちの血を引く一人であります。

 

彼らが150有余年前に、「明治維新」と称する殺戮行動を通して、しかもそれを為政者として正当化し、越後長岡や庄内や会津でやってことを正義とした欺瞞を「良し」としてきた人たちの、末裔ではありませんか。

 

しかも煽動者である吉田松陰を「先生」として崇め奉り、その思想を(オブラートに包みつつも)道徳教育にまで盛り込もうという、とんでもないことを目指しているではありませんか。

 

あなたは、逆に彼らに蹂躙された弱き人々の血を引いておられるのではなかったのですか。それとも、大義のためにはそんな過去のことなどは気にもとめられないのでしょうか。

 

あなた方が尊崇されているヤスクニには、自分たちの国のために血を流した越後長岡の祖先も、会津の祖先も祀られていないではありませんか。辛うじて片隅に言い訳がましく印だけが設けられたのに至っては、明治新政府とやらの流れをくむ欺瞞の表れでしょうね。

 

あなたはそれでも、そんなことは古くさいどうでもいいことで、もはやこだわるべき事ではないとおっしゃるのでしょうか。歴史に学ぶことの大切さをおっしゃるあなたが、明治維新という欺瞞の流れを正当化している歴史を、良しとされるのでしょうか。

 
そして虐げられた歴史の方には、目を瞑られたままなのでしょうか。それは、『偉大な』明治維新の中では些細な出来事に過ぎないと。

 

そこのところが、どうしても私は我慢なりません。

教育勅語に対する私論私見

教育勅語(教育ニ関スル勅語)について、様々な角度からの議論が始まっている。それ自体は悪いことではないし、新憲法あるいは教育基本法の下で、教育勅語の存在は現在の教育とは相容れないから「議論の必要がない」とも思わない。

 

以前にも実は書いたことがあって、私は教育勅語の内容を否定するものではないし、書かれている内容の、特に徳目部分は日本(人)の基本道徳として活かしたいとも思っている。

 

さりとて、全面的にOKだとか、復活すべしなどというのは余りに暴論で、歴史的意義をないがしろにしてしまうものだと思う立場だ。

 

そもそも、皆さんは教育勅語を読んだことがありますか?原文ではとても無理なので、読み下し文を明治神宮のサイトから転載する(漢字の読みは一部のみ)。

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朕(ちん)惟(おも)うに 我が皇祖皇宗 國(国)を肇(はじ)むること宏遠(こうえん)に 德を樹(た)つること深厚なり
我が臣民 克(よ)く忠に 克く孝に 億兆心を一(いつ)にして 世世厥(そ)の美を濟(な)せるは 此れ我が國體(国体)の精華にして 教育の淵源(えんげん)亦(また)實(実)に此に存す
爾(なんじ)臣民 父母に孝に 兄弟(けいてい)に友(ゆう)に 夫婦相和し 朋友相信じ 恭儉(きょうけん)己れを持し 博愛衆に及ぼし 學(学)を修め 業を習い 以て智能を啓發(啓発)し 德噐(とくき)を成就し 進んで公益を廣(広)め 世務(せいむ)を開き 常に國憲(こくけん)を重んじ 國法(国法)にニ遵(したが)い 一旦緩急あれば 義勇公に奉じ 以て天壤(てんじょう)無窮の皇運(こううん)を扶翼(ふよく)すべし 是(かく)の如きは 獨(独)り朕(ちん)が忠良の臣民たるのみならず 又以て爾(なんじ)祖先の遺風を顯彰(けんしょう)するに足らん
斯(こ)の道は 實(実)に我が皇祖皇宗の遺訓にして 子孫臣民の倶(とも)に遵守すべきキ所 之を古今に通じて謬(あやま)らず 之を中外に施して悖(もと)らず 朕(ちん)爾(なんじ)臣民と倶(とも)に 拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)して 咸(みな)其(その)德を一にせんことを庶(こい)幾(ねが)う

 
いかがでしょうか。確かに表現は古く、また天皇から国民(臣民)に下された勅語の形ですから、現代人には違和感があるでしょう、それはいたしかたありません。

 
しかし、その内容には頷けるところも少なくないでしょう。というよりも、大方のところは普遍的に通じるものだと思われませんか。ですから、例えば「道徳教育の基本戦略」といった形で取り入れていくことは可能かとも思うのです。

 
全面的に否定するのではなく、さりとてまるごと肯定するのでもなく、是は是、否は否として組み立て直せば良いのではと思うのです。

 
少なくとも戦前のものは何でもダメだと言った意見も、また精神や内容が良ければ歴史的背景は無視して良い、などという考え方はしてはならぬと考えます。

 
皆さんはどう考えられますか?

平成の薩長土肥連合なるものにもの申す

ある本を読んで、その冒頭に書かれていた文字にただただ唖然とした。昨年3月頃、もう1年も前から、とんでもないイベント企画が進んでいたと言うことを知って。

 

イベントの名は『平成の薩長土肥連合』、明治維新150年(2018年)の記念イベントとして展開されているのだが、もちろんただの観光キャンペーンだから目くじらを立てることもないと通り過ぎてもいいのだが、なんでこんなタイトルなのだと引っかかってしまった。

 

薩長土肥、歴史に疎い人には分からぬかも知れないが、幕末に「雄藩」と呼ばれた4つの藩、すなわち薩摩藩、長州(正確には周防・長門)藩、土佐藩、肥前藩のことだ。この4藩が結束して「明治維新」を実現したのだと歴史には記してある。

 

歴史を正しく学ばなければならない、日本人として「国」を知るためには歴史を学ぶことだと、私も強く思っている。今の日本(人)に足りないものの一つが、歴史教育であるとも。

 

しかし繰り返すが、それは本当の正しい歴史すなわち真実でなければならない。正しい歴史とは何だ、我々はハッキリと問い直さねばならないはずだ。少なくとも一方からだけの観点から書かれた歴史は、正しい歴史とはいえまい。それは中韓を見れば明らかだ。

 

戦後教育が間違っていると叫ぶ人たちはたくさんいるが、実は日本の教育の誤りは「明治維新」とやらから始まっていると言っていい。というよりは、明治維新のとらえ方に問題があるのだ。

 

歴史は為政者の都合によっていかようにでも書かれ、書き換えられる。それを地でいってPhoto いるのが明治初年以降の日本の教育だ。それは薩長土肥、とりわけ長州に非常に都合よく作られ、語られ、教えられてきた。

 

しかし長州の「志士」たちは幕末に何をやったか、暗殺というテロ活動、シンパの公家を利用して作らせた偽勅の数々、あろうことか禁門の変では御所に大砲を撃ち込んで、孝明天皇から明確に「朝敵」とされたではないか。

 

やがて朝敵については「公式」には取り消されたが、実権を握って強引に行ったに過ぎない。そして偽の錦旗を作り、「官軍」と自称して、本来なら江戸城開城で戊辰戦争は終わっているのに、東北へ進軍し、そして越後で、会津で、庄内などで何をやったのか。

 

会津攻めなど、朝敵にさせられた過去の恨みを晴らすだけの戦いに過ぎなかった、という思いが東北人には根強い。会津若松市も、長岡市も、よくは知らないが「明治維新150年」を心から祝う気持ちにはなれないのではないか。

 

幕末の歴史を双方の記録から公平に眺め、きちっと追いかけていけば、「維新」などという名前は恥ずかしくて付けられまい。西郷がなにをやったか、大久保は、木戸は、岩倉は、伊藤は? 三井の大番頭とまであだ名(そう呼んだのは西郷だ)された井上(馨)はどうだ。

 
そんな中での『平成の薩長土肥連合』イベントだ。関連4県の知事が連携協定を作って、このイベントを活用した観光推進をやっているという。それに、時の総理大臣殿がしゃしゃり出て活性化を煽っている(未確認情報だが)とも。

 
その総理大臣は長州の出身、長州人としては9人目の総理大臣だ。越後は田中角栄という傑物を総理大臣として出したが、会津は一人も総理を出していない。なぜか、人物がいなかったわけではない。戦前は薩長土肥、とりわけ長州閥が押さえつけてきたからだ。

 
なのに、『平成の薩長土肥連合』なる恥知らずな名称をつけてはしゃいでいる。越後や、会津や、東北人の心を慮ったら、こんな名前は付けられないはずだ。

 
恥知らずめ!

窮鼠猫をかまして見せたら面白かろうぜ

2つの「豊」によって、世の中が放浪されている。一つは「豊」洲で、もう一つは「豊」中である。前者の方は来週、都議会の100条委員会が開かれるので、少し動きがありそうな感じもするが、くれぐれも選挙前のパフォーマンスにならぬように願いたい。

 

後者の方は、ますます混乱が広がっていくようで、真実が今一つ見えてこない。当事者どもが自己保全に走って、本当のところを胡麻化しているからだろう。昨日、小学校の認可申請を取り下げ、学園理事長も辞任と伝えられたが、、、

 

この当事者たちが本当のことをしゃべっているのかどうか不明の上に、言い逃れ的に、早い話が責任が自分にはなくて他者にあるという話し方なので、歯車が噛み合うわけもないか。

 

国の官僚どもは、いわゆる官僚的発言というのかどうかは知らぬが、のらりくらりと真実のポイントをうまく避けながら、それでいて決して自分の不利にならぬように、肝心なところはボカシてしまっている。

 

そして、最も真実を知っているはずであろう学園の前理事長(夫妻)は、嘘が多くて「オオカミ少年」化しているので、果たして何が真実なのかのつかみようがない。

 

それをまた取材能力に乏しいマスコミどもが、面白おかしいところだけをピックアップして語Photo り合うものだから、さっぱり本質のところに話が届かない。不可思議さが日々倍加していくだけで、全くらちが明かない。

 

こうなれば、前理事長オッサンが国会に参考人で出てきて、たっぷり時間を上げるから何でも言いたいことを言え、とやった方がいいと思えるのだが、政権政党は拒否姿勢だ。なんで逃げるか!?

 

逃げるとは言っていないのだろうが、要するに国会の場で「爆弾」を投げつけられないかとビクビクしているのだろう。どうみてもそうとしか思えない。野党も野党で切り込む情報を持っていないから、それ以上どうしようもない。

 

そこでアベの「切れた(ように見せている)」パフォーマンスに振り回され、せいぜい「なんでむきになっているのか」と切り返しにもならない言葉を吐くだけ。

 

そうだよ、オッサンに「1時間やるから何でもしゃべれよ」と言えばいいのだ。国会の場でなくてもいい、TV局はどうせつまらん番組を並べているのだから、「特別ゲスト」に呼んで独演会をやらせばいい。

 

何が出てくるかワクワクしないか。窮鼠猫を噛むってこともあろよなぁ。まさか、それを恐れているのか? アベや政権与党は。隠すからややこしいんだよ。コウノイケのオッサンも、役者としては大根だったなぁ。

 

もう、ええ加減にせえや。

とてつもなく「頭の悪い」連中が決めた!?

先月の24日、最初のプレミアムフライデーが実施されましたが、皆さんの会社ではどうされたでしょうか。テレビ報道などでは、ちょっとはしゃいでいたようですが。

 

実際に個人消費が伸びたのかどうかはわかりませんが、いくらか恩恵を受けたお店などもあったようですね。とはいえ、それは『純増』だったんでしょうかねぇ。

 

遠征中の私は、その日だけ朝から休暇日にしていましたが、例えば15時過ぎのローカル電車に勤め帰りの人たちが多かったという感じはしませんでした。

 

夕方乗り込んだフェリーには、ゴルフや観光帰りと思われる人たちが乗り込んできましたが、この人たちは明らかに私と同様、朝からお休みだったのでしょう。

 

サービス業の会社では、お店もそうですが、全員が15時で退社というわけにはもちろんいPhoto かなかったでしょう。普通の会社でも、全員は無理、ということが多かったのでは。

 

では、15時で退社できた人と、提示まで仕事をしていた人との給料は違いが出るのでしょうか。15時退社の人は2時間分給与カット、、、なんてことはなかったでしょうね。

 

でも「不公平だ!」ってことにはならないのでしょうか。15時以降働くと割増賃金とすると、企業負担が増えますからとんでもないってことになりますかね。

 

いずれにしても、経営者トップ連中と国とが結託して「いい加減に」決めたもので、別に守る必要もないわけですが。それでも、「できる」会社がいい会社で、「できない」会社は悪い会社だなんて評価が生まれるのはどうかな。

 

ところで、次回の実施日は3月31日です。多くの会社が年度末でしょう、金融機関のみならず、実施できる会社や店がどれだけあるのでしょう。

 

ちなみにその次が4月の28日、ゴールデンウィーク突入の前日です。プレミアムフライデーを決めた連中は、それも分かっていてきめたのでしょうか?

 

となると、とてつもなく「頭の悪い」連中だなと思いませんか。

プレミアム・フライデーまで秒読みだぁ

いよいよ、明後日が始めてやってくる例の日です。

 

プレミアム・フライデー、月末の(最終)金曜日に定時より早めに退社し、買い物や旅行を楽しんでもらい、結果として個人消費を増やそうという試み。

 

今月24日がその最初だが、企業側の対応もどうもまちまちな様に思える。というより、戸惑っているといったところか。どうもな

 

その狙いはというと、こうである。

 

個人が幸せや楽しさを感じられる体験(買物や家族との外食、観光等)や、そのための時間の創出を促すことで、

 

 (1) 充実感・満足感を実感できる生活スタイルの変革への機会になる
 (2) 地域等のコミュニティ機能強化や一体感の醸成につながる
 (3)(単なる安売りではなく)デフレ的傾向を変えていくきっかけとなる

 
どうもなぁというのが、私の正直な感想だ。確かにプラスの影響もあるだろうが、それって広がりを持つとは思えないんだなぁ。
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今回の第1回目は、何となく最初だからというので少し盛り上がるのかもしれないけれど、3月4月となっていくと、どうなんだろうか。

 
びっくりするほどの個人消費アップは、とてもないんじゃないか。

 
尻すぼみにならないことを祈ってはいるけれど。

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