「はまかぜ」はあと1年

気動車特急はキハ80型「はつかり」を嚆矢としますが、すでにキハ80・82はなく、その後継の高出力勾配専用に投入されたキハ181系も、JR西日本の「はまかぜ」を残すだけになりました。

キハ181は最初の登場(「しなの」)から約40年、高出力とはいえ車体重量もあって、最高速度も120kmと新快速電車や「スーパーはくと」の130kmに及びません。また勾配区間での均衡速度も低く、今や少し時代遅れの感じが否めません。

先月、JR西日本は「はまかぜ」に新型気動車を投入することを発表しました。基本3両編成で、最高速度も勾配均衡速度も向上させ、現在よりも大幅にスピードアップすると共に、客室内のアコモディションも高水準にするようです。T_7080431

投入は来春ということですので、181系「はまかぜ」の姿が見られるのも、あと1年足らずになりました。その後も団体・臨時列車用に残る可能性もありますが、いよいよ終焉が近付いてきました。

なお、写真の余部橋りょうも現在新しい橋梁工事中、こちらも見納めの日が近付いています。

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九州ブルトレ間もなく廃止

既に新聞紙上でも、あるいはTVのニュースでも伝えられている通り、3/14のJRダイヤ改正で特急「はやぶさ」「富士」が廃止になります。

T_5060418 ついにこの日が来るのかということですが、最後の運転は東京駅発3/13の夜です。翌朝の到着をもって、ついに東京駅から九州行きの在来線列車が、そしてブルートレインが姿を消します。

かつては、東京駅発ブルトレは最盛期には「あさかぜ」が3列車、「はやぶさ」「さくら」「みずほ」「富士」、さらには「出雲」「瀬戸」「紀伊」が競うように出発していたものですが、ついに50年間の運転にピリオドを打ちます。

T_5060414 ブルートレイン自体も、残るは「北斗星」「あけぼの」「北陸」「日本海」と急行「はまなす」を加えてもたったの5往復。他には夜行特急の「サンライズ瀬戸・出雲」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」と、夜行急行「きたぐに」「能登」が残るのみとなり、夜行の主役は完全に高速バスに移るようです。

ちなみに快速「ムーンライトながら」と「ムーンライトえちご」も季節列車されて、辛うじて青春18きっぷ使用時の運転は確保されるようですが、夜行の列車旅は限定的なものになってしまいます。

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最新鋭の除雪車

今日の越後はこの冬一番の寒気が入って、朝から時折り吹雪模様です。里の雪はさほどではありませんが、山の方はかなりの積雪になってきたようです。

県内には豪雪地帯を走る上越線、飯山線、そして只見線と名だたる積雪のJR線がありますが、近年は暖冬化の影響か少雪の年が多く、除雪列車の出動回数も減ってきたそうです。

それでも長岡機関区にはDD53、DD15、DD14といった除雪用機関車が配備され、上記各線の冬の守りを担当しています。ただ、出動回数の減少や経年老朽化もあって、最新鋭の除雪車との交代が進みそうです。

写真は新潟トランシス製のENR-1000形除雪機械。そう、これは鉄道車両ではなく、あくまで保守機械と位置づけられているのです。ですから鉄道車両免許を持つ運転手の必要がありまT_8121801せんし、機関区に常駐する必要もありません。

ですから機動性に優れており、しかもラッセルはもちろんロータリー機能も備えている上に、エンジン出力は上記の機関車並みというのですら技術の進歩はすごいものです。

線路(閉塞区間)閉鎖=列車を通さない =という処置が必要ですが、今後急速に除雪専用車両に入れ替わって活躍し始めるでしょう。つまり、除雪列車を見る機会もさらに減ってきますね。写真はぜひお早めに。

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0系よ永遠に

遂に新幹線「0系」が、11月30日をもって定期運転から引退しました。12月に引退運転臨時列車が走るそうですが、それで本線上では見納めです。T_jrw0300030

1964年の開業から数えて44年、我々世代にとっては0系新幹線に乗ることがあこがれであり、ステイタスでもありましたね。

12両編成でスタートし、70年の大阪万博の前頃から16両編成に増強され、やがて働き場所を山陽新幹線にシフトして8両編成の「ウエストひかり」に変身したり、最後は6両編成の「こだま」で後輩たちの間を縫って走っていました。

0系よ、永遠なれ!

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昼行急行ついに廃止へ

現在、JRに残っている急行列車は全国でたった4往復しかありません。

「つやま」(岡山-津山)、「きたぐに」(大阪-新潟)、「能登」(上野-金沢)、「はまなす」(青森-札幌)の4つだけですが、この内昼間走るのは「つやま」だけ。

この「つやま」がついに、次の時刻改正で廃止されることになったようです。何しろ、同じく間を走る快速列車と所要時間は数分しか変わらず(停車駅が1つ少ないだけ)、車両(キハ48)も変わらず、それでいて730円の急行料金が余計にかかるのですから。

残念だなぁと思っているのは、鉄道ファンだけでしょうかねぇ。

せっかく「最後の昼行急行」なんですから、JR西日本の残る急行用気動車=キハ58系車両、それも旧国鉄色に塗り替えられてイベント用に使われている車両を集結して、毎日走らせたらいいのにと思うのは、私くらいかなぁ。

それも特例で、急行料金を300円くらいにしたら「毎日がイベント急行」になって、けっこう人気が出るのでは。せめて、廃止までの期間はそういう企画もやってほしいところです。

これでJRの急行列車は、夜行の3往復を残すだけになります。いずれも、保守更新されているとはいえ車齢が高く、この先どうなるかは予断を許さないところです。共通点は、かつていずれもが特急用車両だったこと。

まぁ、そのうちJRには「(普通)急行」がないのに、「特別急行」だけがあるという不思議な事態になるのではないかなぁ。

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初代新幹線0系車両

新幹線(東海道)が開通したのは1964年なので、すでに今年で44年目。その開業に際して製造さT_jrw0300030れたのが「0系」と呼ばれる車両。いかにも高速が出そうな流線型のスタイルに、早く乗りたいと思った(小生当時中学生)ものでした。

その0系車両が、東海道から姿を消し現在は山陽区間の「こだま」として細々と運用されていますが、いよいよ11月末をもって廃止されることになりました。すでに往年の16両編成ではなく、JR西日本カラーの6両

T_7101101

編成に短縮されていますが、内2編成がオリジナルカラーに塗り替えられて、 1日10本走っています。なかなかお目にかかれませんが、廃止まであと4ヶ月余り、最後の勇姿を記憶の中に刻み込まれませんか?(写真上がオリジナルカラー、下が西日本カラーです)

なお、運用時刻表は下記の通りですが、検査等の関係で変更になる可能性もありますのでご注意。
http://www.jr-odekake.net/navi/shinkansen/0kei/timetable.html

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ブルトレ風前の灯火

ブルートレイン、一時は旅の代名詞とも言われて旅情をかき立てる憧れでもあった。昭和30年代に生まれた「あさかぜ」は既にないが、まだ小学生だった私など、一度で良いから乗ってみたいと熱望したモノである。実際、「あさかぜ」に乗ったのは、それから15年くらい後だっただろうか。

そのブルートレインが風前の灯火である。この3月15日に実施されるJRのダイヤ改正で、山陽・九州特急の老舗である「なは・あかつき」が廃止になる(他にも「日本海」が1往復減など)。これで山陽線を走る夜行特急は東京発着の「はやぶさ・富士」と「サンライズ瀬戸・出雲」だけになる。前者は来春にも廃止の予定だ。すなわち、日本最大の幹線筋から来春には狭義の「ブルートレイン」が消えてしまうことになる。

「サンライズ瀬戸・出雲」はともかく、現在の「なは・あかつき」や「はやぶさ・富士」は乗りたいという気が起こらないのではないか。せめて、「カシオペア」や「トワイライトエクスプレス」並の車輌設備があれば、生き残れたのではないかと思うのは鉄道ファンくらいかな。新幹線、航空機、そして高速バスの発達に使命を譲って・・・だろうが、旅情の一つが消えてしまうのは悲しいことである。

※写真は2002年頃の大阪駅、T_jrw2080201 「あかつき・彗星」号。

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急行「みよし」あと僅か

全国のJRに、「急行」と名のつく定期列車は現在いくつあるか? 北から「はまなす」「きたぐに」「能登」「銀河」「つやま」そして「みよし」の、たった6つしかない。というより、特急全盛時代によくぞ生き残っているものだ、いう感じもしないではない。この内の5つは1往復だけの運転で、複数往復(4往復)は「みよし」だけだ。6091607

この「みよし」号、芸備線の広島-三次間を急行運転しているが、たったの2両編成で運用されているキハ58型ディーゼルカーもすでに老朽化し、最高速度は100kmに満たず、勾配区間では悲しいまでに速度が落ちる。

そんなわけで、ついに来月6月末をもって引退することに決まった。引退後は快速が現在より本数を増やして新設される予定らしいが、車両が新しい高速型になるのかどうかはわからない。いずれはそうなるだろう。

残る急行「つやま」(岡山-津山間)の引退情報はまだ聞いていないので、夜行列車でない(つまり昼行の)急行は「つやま」を残すのみとなりそうである。なおこちらは、快速列車と同じ一般型のキハ40型を使用しているから、キハ58型は急行からも引退となるわけだ。昭和40~50年代に全国を網羅した、キハ58型急行もこれで終焉となる。あとはイベント時に臨時で設定されるくらいになるのだろうな。

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保存車両に思う

日本に鉄道関係の保存車両はどのくらいあるのだろうか。とあるデータベースで調べてみると、蒸気機関車(SL)だけで590両(私鉄等も含む)くらいあるらしい。その内動く状態、つまり動態保存となるとわずか30両足らずになる。

その中には梅小路SL博物館や、明治村などのように毎日煙を上げているところもあれば、大井川鉄道のように定期運行されているところもある。いずれにしても多くの方の労力とお金によって維持されていることは、感謝の限りだ。

しかし、動かない車両すなわち静態保存車両の多くは、維持管理が大変で年々減少しているのが現状だ。歴史的遺産、あるいは地域交通のシンボルとして廃止後保存されても、相手は元々「生きていた」機械なのだ。整備しなければ錆び付いてしまう、管理状態が悪ければ部品盗難や破損も防げない。

そうやって見るも無惨になった車両が、SLだけでなく多くの種類の保存車両に見られる。最後には、残念ながら撤去されてしまう運命が待っている。時間と共に、その保存の意味を知る人が少なくなっていくという現実もある。

この春もくりはら田園鉄道と鹿島鉄道が廃止になったほか、JRのダイヤ改正や新車両投入で廃止になった車両もある。それらの殆どはスクラップになるが、幸い保存された車両も何年か後に撤去解体の運命になるのは忍びないことだ。

そんな中にあって、松本電鉄に保存されていた「国電の始祖」ハニフ1(現在の中央線、当時の甲武鉄道を走った最初の電車)が復元され、大宮に建設中の鉄道博物館にて永久保存されるようになったことは嬉しいことだ。これを機に、多くの保存資料が今一度見直され、今後も歴史を語ってくれることを祈りたい。

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キテツよがんばれ!

青春18きっぷを持って鈍行の旅に出かけた。岡山を朝一番の電車で出発、3回の乗り継ぎで和歌山県の御坊に到着。ホームの隅っこから紀州鉄道のレールバスが発着する。営業距離僅か2.7km、チャリでも15分くらいの距離を8分かけて、のんびりと走る。T_7032110

学門駅は近くに学校があることから改称され、入場券が「入学」につながるということで売れている。これも営業・販売拡大政策の一つで涙ぐましい。次の紀伊御坊には車庫があるが、営業車は2両だけの小所帯、それも普段は小型のレールバスが機織り運転。留置線には廃車が1両、これは部品確保車。製造から50年くらい経っているかな。

4つめが終点の西御坊で、かつてはまだ先まで線路は延びていた。今はぶち切れている感じで、なんだか場末の倉庫の横にポツンと車両が取り残されたって感じ。

会社そのものは「鉄道会社」ではなく、「不動産会社」あるいは「観光業」と言った方がいいのだろうけど、このミニ私鉄にいつまでも幸あれ。

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オフィスシート

新幹線、特に山陽・東海道新幹線をよく移用する。とくに山陽区間では、もっぱら「ひかりレールスター」に乗ることにしている。「のぞみ」に比べて指定席のシートがゆったりして、グリーン車並であることと、オフィスシートがあることだ。

仕事であれ何であれ、パソコンは殆ど常に携行している。しかしオフィス以外で使うとなるとバッテリーの保ち具合が気になるところだ。カタログ仕様書では2時間くらいは十分大丈夫だと書いてあっても、実際には使用するアプリやカスタマイズの内容によって持ち時間がかなり短くなる。僕のPCの場合は1時間半をメドとしている。

しかも車中だけで使うだけではないから、できれば列車内に電源があることが望ましいことになる。その点、「レールスター」には各指定席車両の前後端面にオフィスシート(1両当たり8席)が用意されている。AC電源が使え、しかもテーブルがPCを載せても十分な広さがある。一部の「のぞみ」にも電源のある車両が出てきたが、うまく当たるかどうかは分からない。この点オフィスシートならネットでの指定予約ができる。

今日は博多からの帰り道、ゆっくりとPCの中に入れていたDVDの映画を見ながら戻ってきた。バッテリーを気にする必要がないのがありがたい。間もなく登場のN700系「のぞみ」には同様のシート、あるいは窓際席に電源が用意されるらしいが、3列シートではいささか窮屈だ。できれば、全席にAC電源を装備してほしいところだが、それは無理でも窓際にはすべて付けてほしいものだ。

東京までの長い乗車時間、気兼ねなくPCを使え、あるいは映画を楽しめると旅もゆったりとした休養時間になるのだけれど。

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「東海」あと50日足らず

3月18日にJRのダイヤ改正が行われるが、それを機会に(前日の3/17)伝統の列車名「東海」が消える。「東海」は1955年に客車準急として登場、その後80系湘南電車に模様替え、これは電車準急としては初の長距離運転であった。

次いで1958年に91系(→153系)新性能電車に代わり、その故もあって153系急行型電車は「東海型」と呼ばれることとなった。後に165系に代わり、新幹線の開T_7012822業・発展で縮小されたが、1996年に特急に格上げされ373系に変わって今日に至っている。

これが今回廃止されるわけだが、「ムーンライトながら」は残るので373系は以後も東京駅に姿を見せる。折り返しの東京-静岡間の普通電車も残るんだろうな。

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「懐かしの写真」(Rail Photo Collection)

昔撮った「鉄道写真」がかなりの量に上っています。若い頃から引越が多かったので、その途中に誤って捨ててしまったり散逸してしまったモノもかなりありますが、それでも相当数のポジやプリントが未整理のままに残っているのです。

ようやくこれらの整理を始めました。原則として残す写真をスキャナでPCに取り込むこととしました。もちろん、ポジやプリントもできるだけ残すのですが、不要分は思い切って捨てることにしました。

また、一部の写真はホームページ上で公開することにしました。中にはそれなりに貴重な映像もあると思います、もちろん「鉄道」に興味のある人以外には殆ど無意味・無価値でしょうけど。

興味のある方は、下記のアドレスからご一覧をいただきますように。もっともまだ掲載を始めたところですので、これからボチボチなのですが、できるだけ週に1度くらいのアップ・更新を考えているところです。

http://homepage3.nifty.com/vanchan/
上記を開いて、「懐かしの写真」(Rail Photo Collection)からお入り下さい。

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三度び「銚子電鉄」

今朝の報道番組でも取り上げていたが、銚子電鉄(千葉県)を支援するサポータークラブができた。千葉ロッテのリリーフエースも参加するということでも話題になっているようだが、一方先日、別の新聞には全国の3セク鉄道の危機が伝えられていた。

3セク鉄道とは、国鉄からJRに代わる際に廃止されようとしたローカル線を、地元が支援して残すという取り組みから生まれた鉄道だ。

3セク転換の際に色々な特典を受け、さらに1kmにつき数千万円の転換交付金などをもらってこれを車両の新製資金や運営基金とした。その運営基金が赤字続きの補填に回されて枯渇状態、あるいは枯渇寸前にある。長く続いた低金利も影響している。

3セク化に当たっては、地元が存続を望み「おらが鉄道」として活用を意思決定した。しかし現実は厳しく、特に最大顧客である中高校生の減少が重たくのしかかっている。

しかし人口減少、生徒激減は最初から分かっていたことで、それを踏まえて存続を選択したはずではないか。何を今さらって思いもある。

確かに転換後列車の増発や駅の新設など企業努力もなされてきたが、長期的な経営計画が甘くはなかったのだろうか。当初に優遇措置に甘えるような姿勢はなかったか、見直し材料も少なくない。

また地元でも本当に鉄道を存続させるなら、もっと利用しなければ無理な話だ。もちろん利用に足る利便性がなければダメだが、今後も残そうとするなら「希望」だけではなく利用「実践」が不可欠だ。

既に施設の老朽化や車両の耐用年数が限界にきている鉄道もある。昨年は3つの3セク鉄道が廃止されたが、今年も数社が廃止の危機にあり、2010年には現在の半数がなくなる可能性がある。

銚子電鉄(ここは3セクではないが)のサポーター制も良いアイディアだが、本来は「乗って残す」ことだと思う。鉄道側も利便性をさらに高める工夫をし、10年20年先を見た経営を行うことだし、地域住民も積極的に利用をしなければ続かない。

失ってからでは遅い、ということも考えておくべきだろう。なくなった後で、やっぱりレールがあった方が良かったでは済まない。

バスへの転換も良いが、かつて転換したバス自体も赤字で存亡の危機にあったり、既に民間バス会社が撤退したところも多いことを知っておかねばならないだろう。

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パリ市内に路面電車復活

新聞及びネット情報で恐縮だが、先月中旬フランスのパリ市内に新しい路面電車「トラムウェイ」が開業したという。かつて第2次世界大戦前のパリには路面電車があったそうだが、バスや特に地下鉄に取って代わられて廃止され、今回70年ぶりに復活ということになったそうだ。

残念ながら中心街ではなく、また距離も7.9kmと短いのだが、最新のシステムと車両を導入し、合わせてバリアフリーにも配慮している。いわゆるLRT(ライト・レールウェイ・トランジット)であり、これまでのバスに比べて連接車による輸送人員増、スピードアップも実現している。

日本でもかつて路面電車を廃止してしまった都市での「復活」が話題に上るようになったが、まだまだ実現への道のりは遠いようだ。地方都市でも、昨年開業した富山ライトレール(JR岩瀬浜線を活用)や、数都市での低床車両導入くらいだ。しかし今回のパリのように、大都市でもLRTの導入は可能という事例が出た今、真剣に実現に向かって動きを早めてほしいものだ。

都市内輸送だけではなく、郊外とも有機的に結ぶ、可能であれば既存鉄道路線とも相互乗り入れする。そういった発想の本格的なLRTが日本にも誕生することを、願いたいし夢見ている。ここ岡山市でも市内循環線構想やJR吉備線のLRT化などが構想に取り上げられているが、その後は進展の様子がない。地球温暖化防止や省エネといった観点からも、今一度強く提起していきたいものだ。

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多度津の保存SL

『四国再発見切符』のミニ旅も今回が4回目、その途中に多度津駅で途中下車した。多度津は四国の2大幹線、予讃線と土讃線の分岐駅で、JR四国唯一の車両工場・多度津工場もあって「鉄道の町」である。実は余り知られていない広島県・福山港への航路との連絡駅でもある。

この多度津駅前広場に、1両のSLが保存されている。大正の名機8620型の586T_701080585号、大正11年汽車会社製で四国で活躍した。四国は線路規格がかつて乙~丙線規格だったこともあって、SLは8620型やC58型が主力だった。

今日訪れたところ、新年の飾りが付けられ保存状態も良かった。動態機に整備して四国路を走ってくれたらと願うSLファンも多いそうだが、誕生から85年も経つわけで、さすがに難しいだろうな。

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宮地岳線一部廃止決定

西鉄宮地岳線の一部、西鉄新宮から先終点の津屋崎までの廃止が決定的になった。これは代替バスの運行が決まったことによる。1年前の9月に乗りに行ったのだが、確かに終点に近付くにつれて乗客の数が減り、これでは厳しいだろうなというのが印象だった。

貝塚駅T_5090902で福岡地下鉄と乗換接続しているほか、乗り入れ構想もあるのだが一向に実現に向けて歩み出さない。それでも貝塚起点側は高架化が完成し、単線ながら運転本数も増加しているから、当面は安泰なのだろうと思われる。

しかしやはり地下鉄乗り入れをしなければ、市内に直通するバス路線との対抗はキツイと思われる。地下鉄並みの大型車が直通することが難しくても、軌間(1067mm)は同じなのだから西鉄側の片乗り入れだとか、何らかの方法はありそうだが。

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琴電のレトロ電車

岡山に戻ってきて4回目の四国行き、高知の土電、松山の伊予鉄ときて今回は高松の琴電。高松築港駅で1日フリーきっぷ(1200円)を買い求めて、長尾線(往復)→志度線→(JR→)琴平線の順に完全乗車した。

駅のポスターでレトロ電車(300+120+65)の特別運転を知ったが、ちょうど長尾T_6122410から引き返す途中の水田駅で交換(写真)した。他にも志度線の屋島駅で旧京浜急行の27+28にも出会うことができた。いずれの車両も過去に何度か乗ったり写真を撮ったことがあるが、おそらくこれが見納めになるのだろう。

これら旧型車が廃車になると、琴電から釣り掛けモーターの音が消えることになる。旧型電車の宝庫だった琴電も、中古車とは言え京急、京王、そして名古屋市(地下鉄)の新性能車で揃うことになる。

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銚子電鉄だけじゃないよ

銚子電鉄がマスコミにも取り上げられて話題になっている。電車の「車検」料が不足してこのままでは存続が困難、ぜひ名物「ぬれ煎餅」を買ってほしいとHPで呼びかけたところ、全国から注文が殺到してついに売り切れが続出の大盛況、ついに701号電車の検査が無事終了したという。

もっとも、引き続いてまだ次の2両の車検が来年早々に迫っているほか、国交省からは枕木や踏切等の施設改善命令が出ていて、その分の目途は十分には経っておらず今後どうなるかは不透明。

(銚子電鉄ホームページはこちら) http://www.choshi-dentetsu.jp/

ところで銚子電鉄が注目されるのは結構なことなのだが、地方の鉄道はいずこも存亡の岐路にあると言って良い。つい先月末には岐阜県の第3セクター鉄道・神岡鉄道(旧国鉄神岡線)がひっそりと歴史を閉じた。来春には茨城県の鹿島鉄道や宮城県のくりはら田園鉄道が廃止を予定している他、各地で廃止の検討や地元との協議に入っている所も少なくない。

地方ばかりでなく都市部でも、例えば阪堺電軌の堺市内部については廃線が話題に上り、利用アップのための社会実験(料金ダウン・全線一本化)が始まった。廃止にはならないが、大阪市始め都市部の地下鉄や新交通システムは多くが大赤字を抱えている。

車社会が進んだ上に若年、特に鉄道利用頻度の多い学生・生徒人口減が利用減に拍車をかけている。これは民間鉄道側だけで解決できる問題ではない。また、鉄道が地球環境に優しいシステムだという面にも目を向けなければならないと思う。

銚子電鉄を救うのは大変けっこうなことだが、本当に救うべきは日本という社会(構造)や意識構造そのものであることも、この際頭に入れた方がいいのではないか。

まぁ、一人の鉄道ファンとしては銚子電鉄が将来もずうっと残ってくれることを祈っているのだが。 新年には初日の出見物のための臨時電車も走るそうで、「乗って残そう」に共鳴する多くの方が出かけてほしいものだ。

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岡山電軌KURO

岡山電気軌道の人気者3007、通称KUROは元東武鉄道日光軌道線の100型、夏場を除いて日中の東山線と清輝橋線を隔日に走っているが、今月は12/5から「クリスマス電車」として東山線のみの特別運用に付いている。

T_6121701 前面にはクリスマスリースが取り付けられて、これが黒い車体に見事にマッチしている。また前面やサイドにも金色のクリスマスベルなどの飾りが付けられて鮮やかだ。

東山発が10:40、岡山駅前発が10:58から40分毎に5往復、25日までの運行予定だそうである。

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キハ65型と出会う

昨日18日に四国・高徳線を南下中に、キハ65型に久方ぶりに出会った。場所は讃岐津田駅、キハ40+キハ58+キハ65の3連・高松行き。松山運転所の所属で、高徳線の高松-引田間でも運用しているようだ。

キハ65型は58系の冷房化電源車として全部で104両製造されたが、すでに廃車が進んでオリジナルスタイルは四国と九州に僅かに残るのみ。JR四国でT_6111806も松山に6両残るだけとのこと、それも新造車の増備で風前の灯火。

なお、松山の1両がキハ58型1両と共に旧国鉄急行色に塗り替えられて臨時運用されているとのこと。

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鹿島鉄道石岡駅へ

鹿島鉄道は鹿島参宮鉄道として開業し、一時は関東鉄道鹿島線となったがその後分社して現在に至る。航空自衛隊百里基地への燃料輸送終了と共に貨物輸送がなくなり、赤字の累積が年々増えているということで、2007年3月末での廃止が申請されている。

3セクでの存続も模索されているが、このまま廃線になってしまう可能性も高い。そこで最後の訪問ということで出かけてみる。時間的に乗車はできないが、幸い機関区は石岡にあるので主な車両の撮影も可能だろう。T_6111108

今日は雨が降ったりやんだりの1日、常磐線の普通で石岡に着いた時も冷たい雨だった。鹿島鉄道は地元では「かしてつ」と呼ばれているらしい、廃止の予告貼り紙と共に、存続を求めるポスターもあったり、車両にもメッセージが書かれたものがある。

廃線が決まって訪ねる人も増えたのか、休日ともあって機関区を開放して撮影をする鉄道ファンの姿もかなり見られた。なお、同じ3月末には宮城県のくりこま田園鉄道も廃止されるが、こちらを訪ねる時間は残念ながらなさそうだ。

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松山の超低床電車

全国の路面電車が元気になってきた。環境問題やバリアフリーに対しての意識が高まってきたという「追い風」もあるだろうが、それぞれの路線の経営努力も成果を上げてきたということだろう。

松山市(伊予鉄道)もその一つである。昨日紹介した「坊ちゃん列車」も目玉ではあるが、ここでも低床電車2100型の導入が進んでいる。台車をできるだけ両端に近づけ、台車間のスペースを低床にしている。もちろん車輪も可能な限り小さくしている。

その為にT_6110446通常床下取付の機器が床上あるいは屋根上に乗っかることになり、その為に特に運転室周りの窮屈さが目立つ。さらには定員が通常の車両より少なくなってしまった。このために同じ乗客数でも混雑が目立つ。まぁこれは致し方のないところだろうが、できることなら連接車にしてほしかったところ。

松山市内線には既に製造から55年経った車両も、冷房を取付けて元気に活躍している。元京都市電も健在。ますますの長寿と活躍を祈りたい。

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坊ちゃん列車の機回し

今回は伊予・松山まで鈍行列車乗り継ぎの旅。早朝のマリンライナーで岡山を出て坂出に渡り、そこで途中下車して四国版青春18きっぷ「四国再発見きっぷ」を買って、あとは松山まで4時間の鈍行(乗り継ぎ2回)の旅。

松山に着くとすぐ伊予鉄道の1DAY切符(300円)を買って、路面電車を乗り回る。この切符は駅の観光案内所で求めたが、もちろん市内電車の中でも買える。市内電車は1回150円だから、2回乗れば元が取れる。結局乗換も含めると5回乗った。

「坊ちゃん列車」をゆっくり撮したのは松山市駅。この列車SLのかっこう(レプリカ)だが、実は本体はディーゼル機関車というのは鉄道ファンなら周知のところ。でもかつて坊ちゃんが乗った列車を忠実に再現している。 ホンモノは今でも梅津寺公園にある(静態保存)のかな?

レプリカとはいえ、これが街中を少しだけだが煙も吐いて汽笛を鳴らして走るのだから愉快だ。けっこうスピードも出ている。今回は乗らなかったが、いつか乗ってみよう。

面白いのは終T_6110441点での機回しだ。まずは機関車だけ切り離して、機回り線の転線途中で立ち止まり、内蔵(?)の油圧ジャッキで自ら持ち上がる。そして人力でよいしょと本体部を回すのだ。客車も人力で入換・転線を行う。最後に再度連結して、市内電車に先を譲るために留置線にバックで戻る。

帰り道も鈍行と快速を3本乗り継いで、岡山まで5時間余りののんびり旅を楽しんできた。(詳細はホームページをご覧下さい)

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南国土佐・路面電車の旅

南国土佐・高知に行ってきた。例によって電車に乗りに行ったのだが、結局今日はゆっくり時間があったので土佐電鉄の全線を乗り潰した。 岡山から伊野までは特急「南風」で、伊野から土電に乗るのは実に30数年ぶり、大学生の時以来だった。200型や600型などの電車は、そのころから今もなお活躍しているから素晴らしい。

他にも土電T_6102129には海外から輸入した電車もあって、今日はポルトガルのリスボン市電が走っていて、乗ることができた。ワンマン化はしていなくて、女性の車掌が乗っていた。「次降ります」と声を掛けないといけないところが、アナログ的でヒューマンでよい。大いにぜいたくすぎる時間を楽しんできた。

詳しい旅紀行についてはHPの方へ。
http://homepage3.nifty.com/vanchan/tabi061021.htm

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KUROに出会う

岡山には路面電車が走っている。東山本線と清輝橋線の2路線あるが、日本でも一、二を争う営業距離の短さを誇っている。が、元気で活気に満ちている。岡山駅から市役所方面への路線延長とか、JR吉備線との直通運転(LRT)なども将来の構想に挙げられている。

その岡電(オカデン)の人気者は低床電車のMOMOと、そして最古参の3007号・KUROである。数年前は新鋭車が次々に登場して廃車寸前だったが、2年前に今後もずうっと走り続けられるよう機器も外観もリニューアルされた。愛称はKURO、外観も岡山城(烏城)をイメージしたカラスの濡れ羽色である。元々は東武鉄道日光軌道線の100型、宇都宮車両で誕生してもう50数年T_200610171247だが健在である。

冷房がないので残念ながら夏場は走らないが、今は日中(昼前後)に東山線で5往復くらい しているようだ。今日はたまたま、県立図書館に出かけている時に出会った。これからも、何度か出会いたいものだ。

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キハ120型のトイレ

10月7日にぐるり1周(岡山→米子→鳥取→岡山)の鈍行列車旅をしてきたが、因美線の智頭から県境越えの津山までの区間はキハ120のお世話になった。300番台の車両はステンレス製のセミクロスシート、出力アップ車だが、以前から指摘されていたのは「トイレがない!」ことだった。

キハ120は閑散地区のけっこう距離の長い区間を走ることもあるので、かねてからトイレのないことについてはクレームも多かった。僕も以前木次線でそういう場面に出くわし、途中の三井野原駅(スイッチバック駅)に着くや何人かのT_6100730乗客が一目散にトイレに向かったのを見ている。

今回乗った340号車にはトイレが設置されていた。調べてみると、既に全車両の2/3以上に改造が施行されているようだ。JR西日本ローカル線の主役だけに、オールロングシートのセミクロス化も願いたいところだが、こちらはなかなか難しいようだ。

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鈍行列車の一周旅

10月14日は鉄道記念日である。今年も乗り放題切符企画が出され、しかも今月1日T_6100732から15日まで使えるという。そこで、早速JR西日本乗り放題切符を買って、鈍行列車の旅に出ることにした。特急や新幹線には乗れないのだが、そんなことはどうでもいい。

岡山発早朝5:34の伯備線米子行きに乗り込んで、米子→倉吉→鳥取→郡家→智頭→津山と回って岡山に戻ってきた。途中は雨が降ったり、突風が吹いたりとやや荒れ模様ではあったが、傘を使う必要もなく、のんびり旅を楽しんでくることができた。鳥取では美味しいサンマの刺身で、生ビールを2杯ものんでしまった。おかげで、鳥取から先は居眠りしている時間が長かったかも知れない。

大山は残念ながら雲の中だったが、山陰の海も見ることができたし、宿場町・智頭の町も少しだけ散策できた。彼岸花やコスモス、そして色づき始めた柿を車窓に見ながら、本もしっかり読めた。

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MOMOと再会

岡山に来て2週間余りが経った。岡山といえば路面電車、だが路線が通勤経路からは離れているので、町中に足を伸ばしたときだけしか出会うことがない。岡山電気軌道の誇る低床連接車のMOMOは、1編成しかないものだからなかなか出会う機会がなかった。たまたますれ違った時にはカメラを持っていなかったりする。

これまでは東山車庫と岡山駅前電停での写真しかなかったが、ようやく走行中のT_6092201MOMOをとらえることができた。場所は東山線の県庁通り電停、県立図書館に向かう途中だった。

ただ、残念ながらまだ乗車したことがない。まぁその内に乗る機会も来ることだろう。

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「やくも」塗り替え進む

伯備線の「やくも」381系は今もなお陰陽連絡の要だが、いわゆる「スーパー」がなくなり、パープル系の塗色も徐々に塗り替えられつつある。その過渡期は当然ながら混色編成も出てくるわけで、写真の前3両と後3両でそれぞれ半々ずつの塗色編成。

今のところT_6091627は後継車両の話は出てこないが、初期の振り子車両特有の難点が解消されているわけでもない。お隣JR四国が性能アップ・乗り心地改善に意欲的なだけに、また「スーパーはくと」が人気なだけに次世代車両の投入も待たれるところ。

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急行「みよし」

久しぶりに広島を訪れた。乗り継ぎの合間に、全国でももうほとんど見られなくなった「急行」の一つをカメラに納めた。ちなみに現在残っている急行列車は、夜行の「銀河」「きたぐに」「能登」「はまなす」と昼行の「つやま」「みよし」のみとなっている。

そして「T_6091607みよし」は、広島-三次(一部普通で備後落合)間に4往復も設定されている。複数設定は今や唯一の存在である。通常はキハ58系の2連(キハ58系急行としても唯一になってしまった)というミニ急行だが、これも老朽化でやがては消えていくのだろうか。平坦区間でも最高速度95km、勾配区間ではスピードも出ないわけだし、ぜひとも新型DC投入を望みたいところなのだが。

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特急「白山」

T_0608251 8月26日に「懐かしの特急『白山』」が走るらしい。昨年は東京側、つまり上野-横川間で企画されたようだが、今年は金沢-長野間で走るようだ。昨今はこういう「懐かしの」企画も増えてきたようだが、残念ながら完全復活というところまではいかない。当時と車両が違ったり、今回のように走る区間が(新幹線ができたり碓氷峠が廃止されたりで)違ったり。
それはまぁしょうがいないことだが、「白山」で走らせるなら「白山色」で走ってほしいものだなと、ついつい思ってしまう。そこで自分のライブラリを探してみたが、ようやく1枚だけ「白山色」を発見した。廃止1年前の上野駅で撮ったものだが、ちょっとピントが甘いのは複写故勘弁していただきたい。

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100系健在

東海道・山陽新幹線の100系といえば、一世を風靡し300系(のぞみ)登場前の主力車両であったが、すでに東海道から撤退して久しい。かつては2階建てT_6072401車両や、食堂車なども存在したのだが、時代の趨勢で短編成化された生き残りだけが山陽筋に残っている。
座席は2-2化されてゆったりしているが、実のところはそれだけ利用者が少ないということでもある。同じく短編成化された0系と共に、今しばらく活躍してくれることを祈っている。

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EF1628号機

5/4に水上温泉(みなかみ町)に行ったが、温泉街を抜けた国道沿いに道の駅・水上水紀行館があり、その駐車場の一画にEF1628号機が静態保存されていた。EF16といえば上越線のシェルパとして、水上-石打(-長岡)間を、客車列車、貨物列車の補機として活躍したのは周知の通り。
EF15からのT_6050404改造で、発電回生ブレーキを装備していた。配置区は水上機関区と長岡第二機関区だったと記憶しているが、残念ながら写真を撮る機会はなく、夜行で通った時や昼間の石打駅で見かけたことがあるくらい。
ところで28号機だが、残念ながら保存状態は余り良くない。サイドの窓ガラスの破損や、塗色の退色でいささかみすぼらしい。屋根があって雨ざらしでないのが幸いなのだが。

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N700系新幹線

東海道・山陽新幹線の新しい車両、N700系の概要が発表された。それによると全車が禁煙車両になり、別に喫煙室が設けられるようだ。すでに7-8割の車両が禁煙席になっているが、これは世の中の流れからいっても当然だろう。空気清浄装置も強化されるようでより快適さが実現しそうだ。

また、PCユーザーには朗報で、普通車窓際の席全席と壁際席およびグリーン車全席にコンセントが付くとのこと。これでバッテリーの減りを気にせずにPCが使えることになる。窓際席でなかった場合は隣の方にお願いして・・・という事態も起こるかも知れないが。テーブルもA4PC対応の大きさになるそうだ。
現在はJR西日本の「ひかりレールスター」の壁際席のみだから、大きなサービス進歩である。もっとも、そこら中でPCを使うということになるといささか抵抗のある向きもあるかも知れないし、ユーザーは音を切るなどの心遣いも必要だろう。

インターネット接続もできるように考えているようだが、これは来年の量産化までに間に合うかどうか分からない。間に合ったとしても、当面は東京-新大阪間らしい。いずれにしても、ようやく国際レベルに近付いたということだろうか。

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湘南色が東京駅から消える

湘南電車が東海道線の東京口から、今日を以て消えるという。正確に言うと昭和25年に80系湘南t_JRE4060501電車が登場して、数年を経て東海道線の主役になった。その後登場したのが今回東京口から消える111・113系(新)湘南色電車だが、中距離運転の主役として40年余り活躍したことになる。
沿線の緑とミカンの色という通説もあるが、それまでほとんど茶系だけだった当時の国鉄としてはとにかく画期的なデザインだった。遠方からでもよく見えるという視認性が、この色の採用理由だったとも言う。湘南色自体はまだ各地で活躍するのだが、その範囲は少しずつ狭まるだろう。僕も案外写真を撮っていないものだと改めて気付いたところ。

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「とき」の写真

昔の写真を整理していたら181系の「とき」が何枚か出てきた。78年5月とあるのでたぶん、親会社にt_0-603111いて新潟に出張してきたときに撮ったスナップだと思われる。新潟駅の1番線ホームだと思うが、右の2番ホームにはちょっと小さいが新潟色の70系電車が停まっているのが見える。
ヘッドマークも絵入りではなく、「とき」の文字の下には漢字で「朱鷺」と記されている。考えてみると「とき」に乗った体験は1度か2度しかない。北陸線経由が多かったせいもあるだろう。この日がどうだったのかという記憶はない。

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2段窓205系

t_6030801今日は東京出張でビッグサイトの展示会に行ってきた。送迎バスの出る新木場まで京葉線で言ったが、ちょうど着いたところに2段窓の205系がやってきた。山手線に最初に投入された先行量産車4編成の1つで、山手線がE231系に統一された際にどうなるかと気を揉んだが、全編成が京葉線に転属になったそうだ。製造から20年ちょっとしか経っていないから、当然と言えば当然かな。
今夜は富士吉田泊まり。大月からは10数年ぶりに富士急行に乗った。その時には確か旧小田急車だったが、今日は旧京王500系。明日はせっかくだから「フジサン特急」に乗ってみようと思っている。

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キハニ151

今日整理していた写真の中に、面白い車両がいくつかあった。その内の1両、新潟に縁があるということで載せてみた。
キハニt_0-60307115というと10系の半室荷物合造車、もちろん改造車である。それも運転台のない中間車キハ18(最初はキハ46000)からの改造で、仲間は他にいないたった1両だけの異端児。写真のように、片側運転台だがもちろん改造によって後から取り付けられたもので、完全切り妻の前面を持つ。
写真は1978年、廃車になる直前の撮影で、場所は新潟駅の側線。後方では上越新幹線の建設工事が進んでいるのが分かる。

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30年前の「かすが」

 写真を整理していて見つけた1枚、3月18日のダイヤ改正で廃止になる関西線の急行キハ58系「かずが」の、昭和50年代の写真。残念ながら当時はヘッドサインの「急行」だけしかなくて、ヘッドマークがt_0-603027なかったので、「かすが」だという証明がない。
 証明があるとすれば、後方に見えるウグイス色の電車、いうまでもなく関西線大阪近郊区間の103系。そう、駅は奈良駅だが、この駅も現在建て替え工事中で写真のホームも今はなくなってしまった。さてこの「かずが」だが、当時はもちろんグリーン車も連結されていた。ついでにいうと、先頭の車両は信越線・碓氷峠越え用に製作されたキハ57なんですよね。

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未整理の鉄道写真

昨日掲載した写真のように、たくさんの鉄道写真が未整理のままで引き出しや、箱の中に溜まっている。ざっと1970年頃から30年間分くらいだろうか、プリントとスライドで溜め込んである。最近のはもっぱらデジカメで撮っているので、これは時系列にパソコンの中に並んでいるが、未整理状態には変わりがない。
少しずつスキャナしていこうかなと思ってはいるが、全部をというわけにはいかない。まぁボチボチ進めながら、ときおりこのブログ日記に貼り付けていくつもりである。さりとて古いだけで、そんなにキチッと撮ってはいないし、大して価値あるものでもない。

とりあえず、廃止になった路線や廃車になった車両等を時々掲載していこうと思う。ホームページの中にも「アーカイブ」なるページを作ったが、こちらでそれも引き継いでいこう。新旧情報が混じるわけだが、のんびりお付き合いいただこう。

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懐かしい写真

引き出しの中をかき回していたら懐かしい写真が出てきた。11年前(1995年)の3月末で廃線になった越後交通の電機(EL)、ED311(旧西武鉄道E32)。うしろにED5100(旧定山渓鉄道→長野t_0-602281電鉄)もチラッと見えている。1973年に旅客営業が廃止されて後も貨物専業でがんばっていたが、僕が長岡に来て丸5年で廃止された。
会社の近くに線路があったので、時々走行中を目にすることがあったが、本数も少なく運休もあったりで、なかなか走行中の写真は撮れなかったのが残念。
このED311は廃止後も近くの長岡技術科学大学構内に保存されていたが、腐蝕も烈しくなってきて、数年前に解体されてしまった。

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惜別・富山港線

 JR富山港線(富山-岩瀬浜間)が間もなく廃止される。といっても、これは発展的廃止ということt_5102909であって、全線がなくなってしまうわけではない。2/28をもっていったん廃止され、2ヶ月間バス代行をしている間に整備をして、『富山ライトレール』に生まれ変わるのだ。(写真は昨秋の岩瀬浜駅)
 富山寄りの一部区間が廃線になるが、そこ(奥田中学校前)から富山駅前(北口)までは路面併用軌道となる。電車も路面電車タイプに生まれ変わるが、低床式のLRTが導入され、人に優しいライトレールが誕生する予定。開業は4/29と聞いている。

 既存のJR鉄道線をLRTに転換するのは、もちろん初めてのことだが、この成功で各地に気運が盛り上がってくることを望みたい。例えば岡山県の吉備線もライトレール化構想があるという。既存の岡山電気軌道と結ばれれば、もっと便利になるだろうが、駅前の道路整備はそういうことにはお構いなしに進められているのは残念だ。
 幸い富山では、JRが高架になった暁には、南口(正面口)の富山地方鉄道市内線と結ぶ計画もあるという。少し先の話ではあるが、ぜひ実現してほしいものだし、地方都市にもっとLRT・路面電車が普及してほしいものだと思う。

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思い出の蒲原鉄道

 先週ある方と話をしていて蒲原鉄道(1999.10.4廃止)の話がちらりと出た。高校時代にけっこう利用していたということだが、その当時であれば全線(五泉-村松-加茂間)で営業運転がされていたはずである。

 残念ながら、僕は五泉-村松間しか乗る機会がなかったが、信越本線の列車の中からは何度か加茂駅に停車中や、加茂川を渡る姿などを見たことがある。その内に乗ろうと思っている内に部分廃止になってしまったのは悔やまれる。

 蒲原鉄道の車両は比較的多く保存されているし、保存状態も良い。旧村松駅構内や村松城趾、そしてt_KBR2041302冬鳥越スキー場の傍ら(旧冬鳥越駅辺り)などであるが、冬鳥越には開業時に使われた1923年製の木造電車モハ1(←デハ1)が復元されている。

 隣には西武鉄道から譲り受けたモハ61(製造時は武蔵野鉄道)が保存されているが、雪の多い今年は大丈夫だろうかと気に懸かるところ。村松町の文化財に指定されていたのだが、この1月に五泉市に合併した(当然新市に引き継がれるのだろうが)。これからも美しい姿でいてほしいもの。

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羽越線開通

 年末の脱線転覆死亡事故から20数日、ようやく羽越線の不通区間が復旧・開通した。僕自身も何度か特急で通過したことのある区間だ。それこそ事故を起こした列車に秋田駅から新潟まで乗り通したこともある。
 事故原因t_4112001は予測を超える強い突風だという。鉄道アナリストを始め多くの識者、そして門外漢からもこの事故への指摘が数多くなされていたが、中にはトンチンカンなものもいくつか散見できた。事故を起こした485系特急車両は交直流標準車両で、国鉄時代に作られた。当該車両は数年前に内外が更新され、3000番台という枝番を持つ車両だが、最新車両に比べても重い。(写真は信越線で快速使用のもの)
 なのに風で車体が浮いたという。複合要因であろうけれど、すごい力だ。線路の幅が(国際標準より)狭いからという指摘があったが、これは重量バランスと軸重の問題で標準軌とJR標準軌の幅が云々ではないと思っている。(標準幅を採用している私営鉄道でも、JRの路線より軸重が小さい路線も多い)

 問題は無防備なハードウェアだろうと思うのだ。それこそ想定外の風だったのかもしれないが、吹きさらしの土盛り軌道、防風施設や測定システム、そしてデータを活かすソフトウェアが十分ではなかったことは確かだ。鉄道をこよなく愛する者として、あの事故は本当に悲しい事故だった。1両目に乗ることをためらいはしないが、人がためらうのは止められない。
二度と起こらない事故であることを祈りたい。

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「出雲」ついに廃止へ

 3月18日にJR西日本中心のダイヤ改正が予定されている。その中でまた伝統ある列車が姿を消す。ブルートレインの「出雲」、東京と出雲市を結ぶ老舗列車、京都-出雲市間は山陰本線(城崎-伯耆大山間は非電化単線)を走り抜く。同じ「出雲」でも、「サンライズ出雲」はオール2階建て寝台電車で東京発は本家「出雲」より50分遅く東京を出るが、出雲市には逆に50分早く到着する。t_5060417
 車両も本家の客車は製造からかなりの年が経って老朽化が目立っていて、最近は閑散時は編成両数を減らして運転しても定員の1/4程度の乗客数だという。深夜京都駅での機関車付け替え作業も面倒なことから廃止が決まった。でも、考えてみれば利用客減は魅力ある列車への努力を怠ったが故ではないか。カシオペア並みとは言わないが、乗りたくなる列車にしていれば・・・とも思うのである。
 他にも関西線の急行「かずが」も廃止になるという。こちらはキハ75型2両編成のミニ急行で、名古屋-奈良間という中途半端な設定で、今まで生き残ってきたのが不思議なくらい。「かすが」と言えば気動車急行(初めは準急)の先駆者とも言うべき名列車、工夫次第でまだ活躍できると思うのだが。

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雑誌のバックナンバー

 鉄道ファンである、少なくとも自称している。物心ついたときには「電車ごっこ」で遊んでいたし、電車に乗ったら運転台の見えるところにかぶりつきが常だった。父親のカメラを持ちだして写真を撮り始めたのは小学校3年生くらいから。母親の実家まで国鉄の普通列車に1人で5時間余り揺られて行ったのは、小学校5年生だったから年期が入っている。

 大学時代から雑誌の購読も始めて、それは今も続いている。「鉄道ピクトリアル」誌だが、一時は古本屋でバックナンバーを買い漁ったこともあって、今では多分400冊をはるかに超えているだろう。狭い我が家の押し入れや本棚などに納めてはあるが、家族からは邪魔物扱いである。実際、毎月確実に1冊ずつ増えていくのだから、どうしたら良いかと悩むところである。
 まさかここまできて売り払うわけにもいかない。いずれ老後には(まだまだ先のことだが)じっくり読み返してみたい。スキャナや写真でDVDなどに保存するとしても、気の遠くなるような作業になるだろう。当面はこのままなのかな。

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懐かしの急行塗色

 昨日富山を通った時の情報をもう一つ。

 かつての交流急行用電車(471・475系)も、昨今はローカル電車運用が主体で、北陸線運用の車両もホワイトにt_5102902ブルー帯にすべて塗り替えられてしまっている。それが今回、イベント用に使うのであろうか、その内の1編成3両が懐かしい急行塗色に塗り替えられていた。
 30日はどうも、富山港線の運用に入っていたらしいが詳細は分からない。間もなくLRT化される富山港線だが、たぶん急行塗色が入線するのは最初で最後ではなかろうか。

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JR富山港線

 富山港線は、富山から岩瀬浜に至る短い盲腸線だ。元々は臨港鉄道(私鉄)として開業して戦前国鉄に買収されたもの、そしてもうすぐLRTタイプの路面電車に変わるというユニークな路線だ。しかも電化路線でありながら、日中閑散時はワンマンのディーゼルカーがたった1両で走る。電化も交流電化の北陸本線の片隅で、直流1500Vである。富山駅構内に短い交直切替線があって、電車はそこを通って車庫に戻っていく。
 すでにt_IMG_2260何度か乗ってはいるが、ディーゼルカーでの往復は初めてだった。ビデオを持って乗り込んでいる、見るからに鉄ちゃんもいる。路線として廃止されるわけではない(富山寄りの一部は廃線となって新設の路面軌道に移る)が、多分JRとしての乗車は最後になろう。
 富山駅や岩瀬浜駅では写真展示もやっていた。社線時代の車両写真もあって、記念乗車券も売っていたようだ。

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『彗星』追憶

 この10月のJRダイヤ改正で、1つの「名門」列車が姿を消した。京都-南宮崎間を走っていたブルートレイン『彗星』t_JRW2080201、昭和40年代からずうっと走り続けた寝台特急が時代の流れに抗しきれず引退。『彗星』の名は東京-大阪間の夜行急行としてデビューし、新幹線開業後しばらくして大阪からの九州寝台特急として蘇った。
 最盛期には5往復の『彗星』が山陽・日豊路を雁行したが、徐々に廃止されて新大阪-都城間の1往復に減少、さらに南宮崎までに短縮。長崎行き「あかつき」との併結運転となって、閑散時期は僅か4両編成となってしまい終焉を迎えた。これで関西発九州行きブルートレインは「あかつき・なは」の1往復になり、東京発着も含めて南九州行きがなくなった。これも時代の流れか。

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EF64型1000番台

 JR東日本・長岡運転所のEF64型1000番台は、寝台特急「北陸」牽引の定期運用(上野-長岡間)をもっているが、夜間の運転の為に昼間は休んでいる。長岡所では、ここのところ最も奥まったところに留置されるようにt_5092802なり、そばを走る道路からの撮影ができる。しかも上野方にヘッドマークを付け替えているので、写真のようにばっちりの姿を撮影することができる。
 「北陸」の他には臨時列車等の運用しかない長岡所のEF64型1000番台、まだまだ活躍が見られるとは思うが何しろ走行中は夜間か早朝になるため、撮影が難しい。もっとも、臨時列車運用では、新津で製造された首都圏用の電車を回送する運用があり、これは最近の「狙い目」になっているようだ。

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JR西日本事故から5ヶ月

 JR西日本・福知山線(宝塚線)の大事故から5ヶ月が経過した。今日は合同慰霊祭が行われたようだが、何よりもまず大勢の犠牲者のご冥福を祈りたい。
 t_jr207ところで事故を起こした207系の電車だが、新系列電車が今秋から登場してくるが、なお関西圏の通勤電車の主流として今後も活躍するに違いない。そこで、この先頭車両のデザインを変えようという動きがあるそうだ。確かに事故のイメージが色濃く残る先頭車では、事故に遭われた方のみならず利用者としても気分が良いものではない。
 ところが、このデザイン変更に異を唱えるJR西日本の首脳がいるらしい。これまでそういう前例がなかったし、また多大の費用がかかるからとのことだろうが、何をかいわんやである。信頼回復を願い、安全運転への誓いを強調するなら、そのくらいのことは当然やるべきではないか。事故原因の追及が甘いとも言われているが、どうも根が同じような気がする。鉄道ファンとして非常に残念だ。107名の霊もそういうことでは本当に慰められないのではないかと思うのである。

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赤煉瓦機関庫

 北陸本t_JRW1123102線糸魚川駅(新潟県)には、真っ赤な煉瓦造りの機関庫が残っている。大正元年に建てられたそうで、今年でもう80年近くになるが、この機関庫が解体の危機に瀕している。というのも北陸新幹線(2014年開業予定)の工事が本格的に進み、新幹線の糸魚川駅が建設されるため。移設・保存を目指す市民の運動も始まっているが、移設の場所や資金の問題などで崖っぷちに立たされている。

 今年末くらいが保存か否かの意思決定のリミットだとも言われており、このまま惜しくも解体されてしまう可能性も大きい。歴史遺産だけに、また鉄道ファンとしてもぜひ残してほしい気もするが。

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宮地岳線に乗る

 今日は休暇を取って九州・博多に。台風も過ぎ去り、残暑を感じながら福岡空港に到着。ホテルに荷物を預けて、川端で博多ラーメンを食べ、地下鉄で貝塚駅へ。ここから西鉄宮地岳線に乗り込む。数年ぶり、以前は大牟田線にいた600型が現在の主力、300型もラッシュ時を中心に活躍中のよう。

 名島から先は高架工事も完成したところがあるが、香椎付近はまだ継続中。単線なのでだいたい2駅ごとに対向列車との交換あり。一番前の席に座ってそれを楽しむのも鉄道ファンの習性。古賀を過ぎると2両編成の乗客はほとんど1両目に。無人駅が多く、ワンマン車なので切t_5090902符の回収も運転士の役割。なかなか大変ですね。

 終点の津屋崎は少し歩けば海、海水浴場で景色も良い。帰り道はバスで福間駅に回ってJRの快速電車に乗る。往路の半分以下の時間で博多駅着、ミニトリップも終了。

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庄内交通デハ3

 山形県のあつみ温泉に出かけたついでに、ちょっと足を伸ばして鶴岡市の「善宝寺鉄道記念館」まで足を伸ばしてきt_5082108ました。この記念館は鶴岡-湯野浜温泉間を結んでいた庄内交通電車の、善宝寺駅跡を活用して作られたもの。ところが、殆ど閉鎖状態になってしまっていて中に入ることはできず、静態保存の車両・デハ3も錆がひどく下回りは雑草に埋もれているといった状態でした。いささか寂しい思いを抱いて帰りましたが、せっかくの歴史的記念物が末永く残ってほしいものです。

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18時間の青春18きっぷの旅

t_5081201 大阪への帰郷を「青春18きっぷ」でのんびり行こうと計画、長岡を夜中の1:10に出発する「ムーンライトえちご」に乗車。かつては165系の専用車両で前との座席の距離も長く、しかもリクライニングも良かったのに、481系特急車両に変更になってサービスは大いに低下。リクライニングは中途半端、足を伸ばせるスペースも狭く窮屈。それでも満員でした。
 新宿に5:10着、8分の連絡で201系普通電車に乗り継いで高尾へ。高尾では2分連絡ですが、同じホームなので乗り継ぎはスムース、115系6連の普通で中央線を北上、この頃から雨がひどくなり霧も。おかげで楽しみにしていた夏山の山並みは殆ど見えませんでした。t_5081207
 上諏訪で3度目の乗り継ぎ、ここから飯田線を全線走破する「長距離鈍行」115系3連の豊橋行きに乗り込みました。同行の士らしき男性の姿も約1名。6時間半の鈍行旅、今日のハイライトでした。飯田線の全線走破は20年ぶり以上だったかも。さすがにお尻が痛くなりましたが、移り変わる車窓の景色を楽しみながらのんびり旅するのはいいものです。
 豊橋からは新快速を乗り継いで、夜8時前には大阪に到着しました。串カツ屋さんで、生ビールで1人乾杯しました。

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鉄研OB会参加

 実は大学時代に鉄道研究会というサークルに入っていまして、そのOB会が毎年開催されているのですが、ようやく今年初参加することができました。私を含めて7人の参加、初めてであった後輩の方もおられましたが、いずれにしても30年ぶりの再会でした。私のようにのんびり列車に乗るだけの楽しみの方、模型に情熱を燃やしている方、写t_5080615真を撮り続けている方などなど、それぞれの趣味で大いに盛り上がりました。t_5080701

 初日の6日は静岡駅に降り立ち、新静岡駅から新清水駅までの静岡鉄道に乗車、次いで吉原に向かい岳南鉄道=写真左=(吉原-岳南江尾)を往復、さらに三島-修善寺間の伊豆箱根鉄道に乗ってきました。2日目は小田原から箱根登山鉄道=写真右=を終点強羅まで往復、藤沢に回って江ノ島電鉄を鎌倉まで完乗してきました。

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青春18きっぷの旅

t_5073106   急遽決まった岡山出張(8/1)の前日がちょうど日曜日、ということで7/31(日)久し振りに「青春18きっぷ」を使った鈍行列車の旅を楽しむことにしました。当日夜は大阪の実家に泊まるということで、長岡を信越線始発(6:42)で出発。途中、直江津、富山、金沢、福井、(敦賀)、米原で乗り換えて大阪まで。推理小説2冊がちょうど読めましたし、途中の名物弁当も食べられました。

 富山あたりから天気があやしくなって、やがて雨になり、「敦賀付近で大雨のため運転見合わせ」というハプニングがあったり、電車の遅れもありましたが、それなりに面白い旅でした。なお、直江津から福井までの間では419系車両に3回乗車しました。老兵まだがんばってるなぁって感じです。まだしばらくは残るのかな、でもかなり色あせ汚れも目立ってますね。

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東京駅の113系

 山手線t_5060413から205系が消えて、E231系が首都圏を席巻する時代に入りましたが、東京駅の湘南色113系もだんだんと見納めの日が近付いています。初代「高性能車」もいよいよ最終局面なんでしょうか、一部はまだローカルでは残るのでしょうけど。

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