青春の街神戸とは縁が深かった

先週の金曜日から神戸に来ています。本拠地の新潟よりも関西での仕事が多く、神戸のMG仲間の事務所を「居候オフィス」としています。

 

実はこの街・神戸は、私の青春の街です。生まれは大阪の市内ですが、小さい頃は大阪と神戸の中間にある甲子園の浜で海水浴をしました。また小学校時代は六甲山に遊びました。

 

そして大学は神戸大学に進学をして、大阪郊外の自宅から1時間半くらいかけて通学をしていました。入学当時は「70年安保」の学生運動がまだ残っていて、家を離れる許可を親Photo_2 から与えられませんでしたが、運動の鎮静化でようやく下宿を許されました。

 

下宿は、学部のあった大学本部から歩いて20~30分のところにありました。時間の幅があるのは行きは上り坂が主体、帰りは下り坂が主体だったからです。

 
ちょうど六甲山系の山すそに当たり、頂上を眺めつつ、海(神戸港)を見ることもできるという、絶好のロケーションでした。しかも南に張り出した部屋で、三方が窓、明るくてよかったのですが、夏の暑さは半端ではなかったです。

 
大学に入ったのが1970年、ちょうど大阪万博の年でしたが、その下宿にいたのは70年の秋から2年余りで、72年の夏ごろからは岡山に「移住」して、その年の暮れで下宿は引き払いました。

 
卒業前の1年半は岡山市内のユースホステルにヘルパーとして住み、授業やゼミのある日だけ、月に数回電車で(3時間近くかけて)神戸に通学していました。

 
下宿時代を軸に、神戸の街を山も海・港も暇さえあれば歩き回りました。貧乏学生でお金がなくて贅沢はできませんでしたが、心の栄養はたくさんいただきました。

 
現役時代は、仕事で神戸を訪れることはほとんどなかったのですが、独立開業をしてからは出会った方とのつながりの中で、神戸で仕事をする機会に恵まれました。

 
2015年までは大阪に拠点もありましたが、その少し前からセミナーを神戸で開催することが多くなり、今年も関西での活動の8割は神戸の地で行う予定です。

 
阪神大震災でかつて下宿した家も半壊で取り壊され、周辺の景色も変わりました。大学本部はかつての建物も残っていますが、新しい建物が増えました。「べっぴんさん」でロケ地に選ばれたのは、記憶に新しいところです。

 
気候がよくなったら、時間を作ってかつて青春を過ごしたキャンパスを、ゆっくり歩いてみたいと思います。

病に罹らないことが大事なのだけど

今週は体調を狂わせてしまった。風邪を引いたということだが、「風邪」は病名ではないので、おそらく上気道炎とか気管支炎というべきなのだろう。

 

幸いに検査の結果インフルエンザではなかった。体がだるかったり、節々に痛みを感じていたのでもしかしたらと案じたが、陰性と言われてほっとした。ちなみに、予防注射は秋11月に受けていた。

 

水曜日に、とある薬を処方いただいている内科医に診てもらい、薬をいただいたが、そのPhoto 中には抗生物質もあった。ということは細菌性の「風邪」症状ということなのだろう。

 

その薬のせいだとは言えないが、体温が平熱よりも下がってしまっている。常は36.5度±0.1度くらいなのだが、しばらく36度ジャストが続いていた。

 

症状が出た火曜日には37.6度あったので体がだるかったのだが、体が冷えすぎてもだるさを感じるものらしい。血圧も普段より下がった状態だ(もちろん正常の範囲内だが)。

 

ふだん、余り病気になることがないので、こうやって(常備薬以外の)薬の厄介になるとどうも効きすぎるらしい。と言って、自分の判断でやめるわけにもいかないので厄介だ。

 

まぁ、だるさを感じなくなったら、最低限抗生物質薬だけはやめることにして、金曜日で打ち切った。幸いに、それ以降は次第に体調が戻ってきているようだ。

 

何しろ、体が資本のしかも「1馬力」の仕事なので、正常な体調を保つことが第一だ。来週後半からは、今月の長い遠征が始まる。その時にはピークにもっていくことが肝心だ。

 

それまで1週間、徐々にセットアップしていくことにしよう。焦ってはいけない、気持ちだけ先走ってもいいことはない。

 

病を得ると教えられることが多いなぁ。むろん、病に罹らないことが大事なのだけど。

年賀はがきのあと始末はどうする?

新年もあっという間に1か月が過ぎ去り、もう2月が始まって4日目、立春という季節の節目になりました。寒さはこれからも繰り返されるようですが、気に掛かるのは花粉ですね。

 

私もここ数年いくらか花粉症気味ですので、花粉のピーク時には点鼻薬などを使いますが、できるだけ頻繁にならぬよう気を付けています。新潟は杉の木も多く大変です、3月頃から始まるのでしょうね。

 

2月と言えば確定申告の季節、今年も16日から受付が始まります。私は事業部分の青色申告がありますので、それと合わせて毎年受付の前に提出しています。

 

今年も自社の内部決算書類・帳票類は1月中に完了させて、2月に入ると同時に申告書作成に取り掛かりました。それも清書が終わり、添付書類も揃えて、来週早々には提出する予定です。

 

その他に恒例の仕事と言えば、いただいた年賀状や寒中見舞い、喪中はがきなどの整理です。転居された方、会社を移転あるいは転職された方もいらっしゃいます。電話番号やメールアドレスの追加や変更もあります。残念ながら亡くなられた方も。

 

そういった情報をチェックし、「住所録」を最新のものにリニューアルするわけです。この住T_mt_df 所録は、セミナーの案内や会社のお知らせ等をお送りする元データになります。

 

データのチェック、変更(追加)に使うのはもちろん「マイツール(MT)」というデータベースソフトです。MTをふだん活用されている方でも、余り馴染みのないのが「DF(Display by Format)」というコマンドですが、これが非常に便利です。

 

作業手順は、DFドン(ドンはEnterです)、JSB(=住所録のデータファイル名)ドン、そしてもう1回ドンで、写真のような画面になり、例えば山田さんのデータを検索する際には、氏名の欄に「山田*」と入力し、上の[F3検索]をクリックするだけで元データが読み込めます。

 

これをデータ修正し、最後に[F6変更]をクリックするだけでOKなのです。簡単でしょう。

 

さて、終わった年賀状はどうしましょうか。基本は「捨てる」です。でも、半年くらいは保管しておきます。中には、PDFにして保存されている方も知っていますが、そこまではやったことがありません。

 

ハガキの連続スキャニングも可能なスキャナーですので、やろうと思えばできますが。皆さんはどうされていますか?

師の後を追う

柏崎MG、例年のように師である西順一郎さんのMG、今年最初の受講です。

 
師のと出会いは1988年(書籍での出会いはその前年でしたが)、それからもう29年を過ぎImg_3631 30年目に入りました。その間、ずっと師の後を追っています。

 
その先生も今年の秋には80歳になられます。でも、今もなお毎週のように全国にキャリーバッグを引いてお出かけになり、週に1~2度の公開MGセミナーをこなされています。

 
その力にはただ頭が下がります。私自身も月の半分近くは遠征に出ていますが、とても先生の移動距離やセミナー回数に及ぶべくもありません。

 
何とかその真似をしようと実行していることは、移動の時間に本を読むということです。先生の読まれるジャンルは広く、これもまた私の及ぶところではありませんが、私は私なりに歴史というジャンルに的を絞って読み続けています。

 
もちろん、MGに関わる本や経営の基礎を学べる本も、これはと感じたものを中心に読んでいます。ハウツウ本はあまり読みません、読んでも斜め読みか拾い読みです。

 
そしてもう一つは、MGの学びにはゴールがないことです。学び始めた頃は、これを極めてやろうという気持ちで、ゴールを目指していました。そして、自分なりのゴールを感じたものの、その時には師はすでに一歩も二歩も先を歩かれていて、愕然としたものです。

 
そうか、MG(には限りませんが)の学びにはゴール、極みというものはないのだと気が付きました。だから、今もなお基本のセミナー(MGジュニア)に「生徒」として参加し、初心者と一緒に学ぶわけです。

 
25年余前に小さな会社ながら、『企業革命』を目指した熱い情熱を忘れず、これからもしっかり学び続け、師の後を追ってまいります。

素晴らしい好天の海を見ながら

1月最後の日曜日、昨日に引き続いて柏崎MGに参加しています。


昨夜は、都合で遅れていた秋田の千葉さんも交流会には間に合い、遅くまで楽しい時間を過ごしました。


さすがに私は午前様までは付き合えず、早めにベッドにもぐりこみましたが、この交流の時間がMGでは講義にも増して大切な時間です。


さて、今朝も大寒の季節には珍しい好天、いつもの年なら荒れている日本海もとっても波静かです。気持ちが穏やかになりますね。


私は、MGだけでなく色んなセミナーを選んで出かけますが、波動の佳い、心穏やかな研修にはなかなか出会えません。


ある講師に懇親会でそのことを話しましたら、それはご自身に課題があるのではと言われ、それもそうだがと思いながら、イヤ〜な気分がしたものでした。


ても、昨日今日はとっても波静か、今朝の海のような静かな、それでいて押し寄せるような波動を感じています。


夕方まで、同じ学びの仲間たちと過ごせる、大げさではなく至福の時間。だからこそ、佳い学びができるのだと確信しています。

遠征を終えていくつかの仕事の完成を目指す

1月の遠征が完了しました。正月明けから3泊4日のミニ遠征が2つ、そして今回は丸1週間の遠征でした。前半は大きな寒波の襲来で、特に交通機関の遅れなどが気懸りでしたが、ほとんど影響されることなく終わりました。

コンサルティングの面談、社内の社員研修、公開セミナー、そして今後の打ち合わせや新年会など、あわただしい日程が続きましたが、体調も良くすべてを良好に済ませました。

新しい年に向ける各社の意気込み、セミナー参加者の進化向上意識など、世の中の大きな変化にもこれで大丈夫だという感触を得ることができました。
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また、余裕のある移動日には趣味である乗り鉄の旅も楽しめました。

何より今回も多くの新たな出会いがありました。フェイスブックの友達も、さらにリアルな方々とのご縁を結ぶことができました。多くの皆さんから新たな刺激もいっぱいいただけました。

まだ進行の遅れているプランニングもありますが、それも今月末には決定できると思います。一つは私自身がやるべきことなので、今週と来週がキーになりますね。

セミナーの案内も、ちょっと引っ掛かっていたポイントを修正し、「これで佳い」というものが出来上がり、いよいよ本格的なPR活動にかかっていきます。

自分自身としては70歳を大きなターニングポイントと位置付けていますので、残された時間は5年足らず、その間に天命と意識したことをやり遂げることができるかどうか、その思いを込めてより多くの方に伝えて参ります。

今週はまた、決算・申告処理のスタートでもあります。昨年度の経理処理は完了していますので、これから総勘定元帳、そしてBS/PLの作成、申告書記帳と続きます。今年も2月の上旬には提出を目指します。

スケジュール目標を設定して、一つずつ確実に仕上げて参ります。

新年の豪雪まだまだ続きますか

新年も七草が明け、鏡開きから小正月行事の季節ですが、ここにきてこの冬最大の寒波が襲来です。年末年始の新潟は雪が少なく、初詣にはありがたい天候でしたが、スキー場は悲鳴を上げていました。それが一転、ドカ雪に見舞われています。

新潟の新居に移転して初めての冬、これまで住んでいた長岡市に比べると積雪の量は半分から1/3といったところですが、消雪・融雪設備の整っていた長岡とは違います。マンション住まいでしたし、機械式駐車場でしたから出入り口も水が出て雪を消してくれていまImg_3548 した。

ここではそれもありません。土曜日朝には30㎝余の積雪、駐車場や車に積もった雪を除雪しましたが、消雪設備がない道路には捨てられません。しょうがなく、敷地の中の邪魔にならないところに積み上げていきます。

結局1時間半くらいかかって、駐車や家への出入りに支障がないように除雪を終えましたが、さすがに足腰が痛くなりました。長岡でも平地に駐車していた時や、会社の駐車場の除雪はよくやりましたが、何しろ久しぶりでしたから(苦笑)。

幹線道路はラッセル車も出動していますが、やっぱり新潟市は台数が少ないのでしょうか、なかなか行き届いてない感じです。そのせいでもないのでしょうが、スリップしたりして事故っている車が目立ちます。

まさかこの季節にスタッドレスタイヤに替えていない・・・車もあるかも。除雪が行き届かないと、轍(わだち)ができたりしてしまうので、余計に危ないですね。

去年の国道8号線大渋滞のようなことは、今のところないようですが、急に大雪になりましたので気を付けたいですね。

そして鉄道の方も、除雪のための運休区間・運休時間が出ていて、私も今日から遠征に出かけますが、予定通りに行けるかどうか心配なところです。とくに鉄道は風による運休がありますので、情報はこまめに取らなければです。

箱根駅伝が箱根で終わることのないように

一昨日の箱根駅伝は、青山学院の3連覇&3冠達成で幕を閉じた。7区でちょっとしたアクシデントはあったが大事には至らず、その後は独走が続いて圧倒的な勝利であった。

私の娘の母校や、高校時代の陸上部顧問の母校は上位には入ったが、トップ争いにはほとんど関われなかった。当分はフレッシュグリーンの時代がつづくのであろうか。しかし、箱根駅伝に対しては様々な「異論」があることも事実らしい。東京オリンピックまで、残り3年(と7ヶ月)に迫っているが、男女ともマラソンのメダルが望める選手がいない。

元々箱根駅伝は、金栗四三翁が世界に通用する、オリンピックを目指せる選手を育てようと呼びかけたのがスタートであった。その目的は今もなお生きているはずだと思うのだが、Photo_2 残念ながらそれに見合う選手は育っていない。今回のリオ五輪に出場できた箱根駅伝現役選手は、たったの1人であったという。それもマラソンではなく、3千m障害だ。

箱根駅伝シンドロームではないが、「箱根」で燃え尽きてしまう、そんなことは余りないと信じたいのだが、OBたちはせいぜい実業団の駅伝で活躍できる程度で、マラソンに出場しても世界の強豪、とくにアフリカ勢には全く歯が立たない。日本人最高という程度で、満足してもらっては困るなぁと感じているのは、私だけではないはず。

その要因が箱根駅伝にあるなどとは言わないが、要因の一つ、あるいは遠因になっているかも知れないかとも感じる。大学駅伝というと、本来は伊勢路の全日本大学駅伝が頂上であるはずなのだが、イメージとしてではなく明らかに箱根が頂点に君臨している。全日本は、つい最近までTV中継がなかったくらいだ。

そのためでもなかろうが、全国各地の高校中長距離トップランナーたちは関東学連の所属大学をめざし、シード校を中心にスカウト合戦・優待入学も公然と行われていると聞く。私も高校時代は駅伝を走ったし、大学も当初陸上部に入り長中距離部に籍を置いていたが、関西の大学だったので箱根などは無縁の世界の話だった。

その結果として、全日本や出雲駅伝では関東以外の大学が上位に食い込むことさえ困難、という状態が続いている。しかし、箱根に出られるのはわずかに20校であり、多くの高いレベルの選手が「ザンネン」な気持ちに陥る(のかどうかは知らないが)。そこで燃え尽きずに、来年をめざす気持ちが維持できればいいのだが。

箱根出場20校の部内でも激しい競争がある、実際に本戦出場できるのは10人だから。競争それ自体はいいのだが、究極の目的を忘れないでもらいたいものだ。それは選手だけでなく、監督コーチ、あるいはOBたちや学校関係者に対しても警鐘を鳴らしておきたい。

まぁ、いずれにしても青山学院の3連覇は見事だった。大いに祝勝し、心から讃えたい。

新年ご挨拶・2017年のテーマ

新年あけましておめでとうございます。穏やかな元日を迎えられたことでしょう。
今年は酉の年、さらに大きく羽ばたければいいですね。


Photoヴァンガード経営研究所は正月4日から仕事始めですが、5日から早くもコンサルティング&サポート遠征に出発です。今年もクライアント会社の皆さんはもちろん、セミナーに参加くださる方とのご縁を大切にしながら、企業発展と皆さんの幸せの後押しができるよう努めて参ります。

今年のコンサルティング&サポートテーマは、『経営のアンチエイジング』です。そのキーポイントはもちろん、人づくり=人材の人財化に尽きますね。このテーマに沿っての仕事を、我が天命として歩み続けていきます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

年賀状も出し終えます

クリスマスの狂騒が終わり、今年も残すところ5日半くらいになりました。仕事も28日が納めの日というところが多いのでしょう。金融機関は30日までですので、会社によっては、ギリギリまで仕事をされるところがあるかも知れませんし、小売・サービス業は業種によっては書き入れ時ですね。

私の方は先週の19日にはコンサルティングやセミナーの仕事が完了し、次年度への準備があと少し残っているくらいになりました。もっとも年末が年度末ですので、決算や申告に向けての準備をボチボチ始めるじきでもありますが。

年賀状も書き終えて、今日には投函も済ませます。25日までに投函すれば元日に届きますとのCMが流れていましたので、何とか間に合いました。勤務会社の現役時代には相当Photo 枚数を送っていましたが、そのピークから言えば1/3くらいになったでしょうか。

昨今はSNSでの発信もやっていますから、直接会わない方でもつながりの深い方は少なくありませんが、毎年「マンダラ年賀状」を楽しみにしていただいている方もいらっしゃいます。しばらくは(相手の)手元に残る、ご家族の方も見るなどというのも、メリットだと思っています。

またメールでの年賀状発信も、年々増えていますね。画像も複数枚送れますし、中にはビデオレターなどもあるようです。お孫さんのビデオを実家に家族に送る、ということも若い人達の家庭では少なくないようです。

それでも私はアナログにこだわってしまうのです。表書きを筆で書いているとき、一言コメントを付け加えているときに、相手の(家族や会社の)ことを思い浮かべます。ぜひ会って一杯やりたいなと思うこともありますし。映像メッセージでも届きますが、文字から送られる情感がいいじゃないですか。

そんなわけで、今年も感謝を込めて送らせていただきました。

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