福島県の浪江町に向かっています

昨日までの軽井沢MG、ほぼイメージ通りのゲーム展開ができて、今年28期目を終了、通算の期数も1250期を超えました。「成績より期数」だが、やる限りは全力を尽くす、それが他のメンバーへの礼儀だとも思っています。
 

昨日は佐久平駅前での打ち上げ後、上野まで達して宿泊。やはり疲れが出たのか、ぐっすり休んで朝5時過ぎの起床となりました。今日はMG仲間のまじゅろさんの提案で、福島県の20170424_8_35_14_3 浪江町の現状を見に行くツアーに参加することになり、特急でいわきに向かっています。
 

浪江町には、まじゅろさんが仕事とした水の浄化装置が完成しており、その見学を主体に大震災後6年余り経った町が「実はどうなっているのか」を肌で感じてきます。町役場の方にもご案内いただけるようで、現場の本当の様子もお聞きします。
 

幸い天気は良さそうで、東京出発時は雲がやや多めでしたが、常磐線を北に向かうにつれて青空も次第に広がってきました。いわき駅到着後はレンタカーで現地に向かう予定です。
 

常磐線乗車も久しぶりで、E657系に乗車するのも実は初めてです。筑波山を左に観ながら春と言うより、初夏の趣の田園地帯を快走しています。あちこちで田の代掻きをやっているのが見えています。
 

それはさておき、私たちは震災地のことをどれだけ知っているでしょうか。先週木曜日には、ある方の講演の中で、当時の状況と今日の様子をビデオとスライドで拝見しました。岩手県の大槌町でした。自分は何も知らないということに、申し訳ない思いでした。
 

福島県の浪江町も、現役時代に取引のあった地元のお店を取材に訪れたことがありました。気にはかかっていましたが、どうすることもできず、ただ知らないということはそれだけで「いけないことなのだ」と思います。今日現地に足を踏み入れることは、私にとってすごく意味のあることです。
 

新潟県中越地震から今年10月で13年、私自身も大きな揺れと避難を体験し、旧山古志村では全村避難という出来事もありましたが、おそらく地元の人を除いては記憶に殆どないのではないでしょうか。
 

東日本大震災も、節目の日には報道も増えますが、日常で目にしたり感じたりできることは少なくなりました。福島県の原発と津波の被災地では、帰還が始まっていますが、その真実は断片的にしか伝わってきません。

 
浪江町もその一つです。ほんの一部しか観られませんが、肌で真実を観て参ります。

新潟の桜も各地で満開です

4月も半ばになりますが、気温の乱高下が繰り返されています。例年より北の寒気が強いせいでしょうか、暖かい空気に覆い被さるように寒気が繰り返し降りてきているようです。

 

そんなわけで、桜の開花も早いところがあったり遅いところがあったり、早いところも一気に満開になるかと思ったら、ゆっくりゆっくり開花が進んでいたり。遅く花開いたところがあっという間に満開になってみたり、自然の営みは気まぐれです。

 

3月下旬から土日を挟んだ遠征が続き、のんびりとはお花見どころではない状況でしたが、今週はやっと日曜日の休みが確保でき、今日は家族でお花見に行ってこようと思ってImg_1499 います。

 

もっとも久しぶりに天候が安定する今日は、どの桜の名所も相当の人出が見込まれます。車で出かけたいところですが、駐車場探しも大変でしょうね。というわけで、電車かバスでいけるところを選ぼうと思っています。

 

さらには、今週の週末は長野県・佐久の山里に行く予定ですので、こちらでも桜の花をじっくり見ることができるかなと期待しています。

 
それにしても、日本人は桜の花が好きですね。私もそうなのですが。

 
昨日も大阪からの帰り道、列車の窓の外に見える桜を愉しんで戻りました。快晴の空の下の満開桜も佳かったですし、にわか雨にしっとりとした桜色もきれいでした。

 
さて、今日はどんな桜の花が見えられるでしょうか。
(写真は去年の長岡・福島江の桜)

東京MG会場で徒然に感じたこと

3週連続の土日を挟む遠征がつづいています。期間は短いのですが、移動距離がそこそこ長い上に気温や天候の変化が激しいので、体調には気を遣います。

 

それでも今回の遠征では、大阪・神戸そして東京で満開の桜を楽しめるたびになりました。暖かい雨に葉桜になり始めた木もありましたが、ライトアップされた夜桜も見ることができImg_3935 ました。

 

今日はいったん新潟に戻り、1日おいてまた大阪への遠征です。真ん中の12日はマグ(MUG)の上越例会に参加です。例年ですと、夕方からは高田公園の夜桜見物に出かけるのですが、移動時間の関係で残念ながら桜を見ることができません。

 

新潟市内の桜も開花して、今週中頃には満開になってくる予想ですが、今週は気温が下がる日がありますので、次の遠征から戻ってくるまで保ってくれるかも知れませんね。

 

さて、昨日は午後数時間ですが、時間がありましたので西研主催の東京MG会場(大井町きゅりあん)に顔を出してきました。8卓満席ですから50人近い参加者で、熱気ムンムンの盛り上がりぶりを目の当たりにしました。

 

ただ気になりましたのは、いささか守られていないルールがあるなと感じたことで、見渡してみますと100期を超えている、200期300期というベテラン体験者が僅かしか見当たりませんでした。

 

30期から7,80期くらいの方はゲームの面白さが分かり、戦略MQ会計の知識もそれなりに身につき、そしてゲーム後の決算もほぼ独りでできるようになっています。つまりは慣れてきているわけですが、その分自分の知識や体験の範囲で行動してしまいがちです。

 

分からないことはすぐに尋ねる、この基本を忘れてはいけません。自分流の解釈は、初心者のためにも避けてほしいところです。僅か5期だけの間でも、3つくらいルール間違いを指摘しました。

 

あと気になったのは、セミナー修了後みんなあっさりと帰ってしまうことでした。誰も「0.5期」にいきましょうという声が上がらない。参加者ではない私が声をかけるのも変ですので黙っていましたが、寂しいことですね。

 

聞いてみると、初日の会場交流会のあとの「3.5(3.6かな)期」にも、参加者はそれほど多くないともこと。なんだかなぁって感じですね。

 

ちなみに長岡MG(今夏からは米百俵MG)では、前夜祭(0.5期)と0.6期、当日の3.5期(交流会)と3.6期、さらに終了後の5.5期までフルにやっていますよ。ご参考までに。

遠征に備え本日は休養日にします

早いもので、3月も残すところ今週だけで週末土曜日はもう4月です。春は足踏みしながら近づいているようで、桜の開花便りがチラホラと聞かれます。

 

ここ新潟ではまだ山に雪が残り、桜の蕾はまだまだ硬い感じで、来週後半くらいからそろっ1551463_668806469843724_1976896139_ と開花の便りが聞かれるかなと、言ったところです。

 

これからしばらくは、あっちへ行ったりこっちへ赴いたりが続きますが、幸い花粉症は昨年よりも軽めで、ティッシュが手放せないということもありません。

 

もっとも油断してしっぺ返しを食らうといけませんので、点鼻薬はカバンに入れて持ち歩いています。頻繁には使わない方がいいそうですので、余程の場合のみにしていますが。

 

元々アレルギー体質がありますので、注意するに越したことはありませんから。

 

とくに遠征が繰り返されると、どうしても疲れが残ってしまうこともありますので、食を含めて気を付けています。とくに暴飲暴食はいけませんね、何しろお酒は嫌いではありませんから。

 

それでも各地に遠征すると、セミナー仲間との交流が楽しみで、その土地の美味しいお酒がついいただきたくなります。しっかり自制の心を失わぬよう、これからも心がけます。

 

そんなわけで、遠征明けの本日は休養日ということにいたします。

謙譲の美徳なんてありえないもの

この土日は福井市で、西研・福井MGに参加しています。来週も、青森県八戸市で開催されるMGセミナー(うみねこMG)に参加の予定です。実は、今年いっぱいのセミナー(MG)参加予定は、ほぼ全てスケジューリング済みです。

 

そんな先の予定まで良く決められますね、と感心される方がいらっしゃいますが、私などは大したことはなく、3年先までのスケジュールをすでに書き込んでいる方も知っています。T__20170325_16_33_38

 

どうなるか分からない先の予定など決められませんよ、とおっしゃる方もおられます。だからこそ決めるんですよと言うと、目を丸くされます。おそらく、そうおっしゃる方は「どうですか、一緒に行きませんか」と誘うと、色んな答え方で言葉を濁されます。

 

私だって、先の予定を決めて手帳やスマホのスケジュールなどに書き込んでいますが、変更されることも多くはありませんが、いくつかはあります。でも書き込んでおくことで、他の予定との調整もできますし、予定実現のために事前にやることが明確になります。

 

セミナーにお誘いすると、そんな先の予定まで決められませんよと言われる方も。でもそういう方って、目前の予定に対しても、なかなか決められないようですよ。むしろ、先々の予定だから決められる、少なくとも入れておくことができるものです。

 

半年先の予定、もうすでに前後左右ともに埋まってしまっていてどうしようもない、まさか売れっ子タレントさんでもなければ、滅多にいらっしゃいませんよね。

 

直前のお誘いであれば、そこはもう別のスケジュールが入っていてなどとお断りされることも、さもありなんだなと思いますが、半年も1年も先の予定に対しても、同じような姿勢。つまりは、(セミナーに)参加したくないんだなと「顔に書いて」ありますよ。

 

もっともそういう人でも、大好きなゴルフに誘われたら、どうにかして出られないかと頭を巡らせ、すでに入っている予定をずらすなどの調整を試みるのでは。

 

スケジュールを決めることが戦略なのだ、と私の師は常におっしゃいます。つまり、自分にとって何(どんな学びと交流)が必要なのか、それが分かっているから先々の予定も次々に決めていける。

 

ですから、行きたくないお誘いはハッキリとその場でお断りします。日本人はYESかNOを明確にしないことが美徳のように思うことが多いようですが、私はそれはむしろ相手に対し非礼であると考えています。

 
まぁ、いずれにしても予定はどんどん決めていきましょう。

一昨日の心に残るイベント

一昨日は雨の中を東京へ、法政大学の市ヶ谷キャンパスで開催された、「第7回日本でいちばん大切にしたい会社大賞」アワードに参加してきました。

 

昨年秋に入会させていただいた、人を大切にする経営学会が主催するイベントで、会長でもある坂本光司先生(法政大学大学院教授)の著書でも知られています。この日は全国から、700名を超える方々が参加されたようでした。

 

実は法政大学のキャンパスに来るのは初めてで、外堀に沿った市ヶ谷キャンパスにはそろそろ桜の花もチラホラ見えていましたが、冷たい雨はちょっとザンネン。

 

市ヶ谷と言えば、かつてはMGシーガル立ちが集う「西の会忘年会」が、私学会館を会場に毎年開かれていて、私も何度か参加したことを思い出しました。

 

今回の表彰式では、経産大臣賞、厚労大臣賞ほか17社が表彰され、大賞の4社からはそれぞれの企業紹介もありました。表彰のハードルは非常に高く、日本にある数百万社の中でも大賞となれるのはホントに一握り、だからこそ価値があるのでしょう。

 

人(社員)を大切にする、その一つの表れが人財教育ということもよく分かります。かける費用もさることながら、時間をしっかりかけていることがポイントです。たとえば全労働時間の5%あるいは10%を教育に費やしています。私の仕事に対しても、エールをいただいた感じです。

 

しかしこれまでに80社以上が表彰され、坂本先生の著書でも紹介されていますが、企業として本当にやるべきことを、愚直に、経営者も社員さんも一緒になって地道に取り組んでおられる、そういうことだということが感じられます。

 

それらの企業に共通していることは、当然に業績がよいことはもちろんですが、会社の中にも地域にも笑顔がみなぎっていて、そしてご家族には子供も多いのだそうです。高齢者20170321_5 や障害者の方も、ニコニコ働いている。

 

日本中の企業がそうなってほしいという願いは難しいとしても、1%がそうなってくれるとざっと4万社ですから、世の中が素晴らしく変わってくるでしょうね。夢かも知れませんが、私も夢を心に刻んで、クライアントのサポートをしていこうと思います。

 

当日の記念講演は安倍昭恵さんでした。考え方、やろうとされていること、やっておられること、賛同できることや頷けることも多々ありました。様々な意見や批判も、まっすぐに受けていらっしゃるように感じました。

 

帰りの列車時間の関係で、懇親会の途中で退座したのがとっても残念でした。

国が自然死しても蠢き回るモノ

春分の日が目前となり、夜明けが早くなってきました。もちろん日の入りも遅くなってきているわけで、春が確実に近づいています。そろそろ桜(ソメイヨシノ)の開花予報が出始め、来週には各地で開花のニュースが発信されそうです。

 

もっとも、古代日本人にとっての「春の花」は梅であったようで、雪月花でいうところの花はもちろん梅の花です。この雪月花の名所が日本三名園、雪の兼六園(金沢)、月の後楽園(岡山)、そして花の偕楽園(水戸)です。

 
とはいえ、日本人にとっての春を感じさせる花は、やはり桜のようです。河津桜など早咲きの桜に始まり、ソメイヨシノからしだれ桜、さらに山桜に終わるまでしばらくは桜の名所がTVのニュースでつづきます。

 
とくにソメイヨシノは葉が開く前から咲き、そのまま散りそめることから「潔さ」とともに、「はかなさ」も想起させるようで、日本人の心に強く響くようです。

 
私個人でいえば、色の鮮やかな八重桜が好きなのですが、これは幼少期を過ごした大阪で名高い、造幣局の通り抜けの桜のイメージが強いせいでしょう。あるいは新緑が始まる寸前に山を染める、山桜の孤高の美しさに惹かれるからでしょう。

 
そんな桜花に比して何とも鮮やかでないというか、ザワザワ感満載なのが国会。もっとやPhoto るべきことがあるだろう!という、原理原則論を語る気はありません。

 
喉元に刺さっているような「骨」を取らずして、何をしようというのでしょうか。というより、表面で波立っていることではなく、その裏に隠された本質を、質していくことこそ本当にやるべきことだと思うのですが。

 
防衛省の「隠蔽体質」にしても、官僚たちや現場の人間たちの国民を欺くような動きこそ、戦後日本の体質を物語っているではありませんか。いや、もしかしたらそれこそ戦前の体質、「お上」意識が尾を引いていると思われませんか。

 
役人体質、自分たちが国を動かしているという間違ったエリート意識、それこそが「豊中」にも「豊洲」のことにも共通した「病巣」であるようです。思い切った外科手術が必要に思えますが、今の政治家たちにはそこを切除する勇気はないようです。

 
国が自然死しても、自分たち(だけ)は生き残れるとでも考えているのでしょうか。どっちが寄生生物なのかは知りませんが。

教育勅語よりも「挨拶、返事、後始末」だ

昨日は東日本大震災から丸6年だった、故に報道番組もそこに焦点を当てたものが多かったが、ふと感じたのは「風化」というどうしようもない現象だ。

 

科学的根拠も何もないが、出来事から1年たつと記憶が1/2になり、毎年その割合で風化していくとしたら。丸2年で1/4、3年で1/8、、、6年では1/64になってしまう。映像が再現されても、おそらく一過性の甦りで翌朝には忘れてしまう。

 

阪神大震災からは20年、新潟県中越地震からは12年余り、どちらも地元の人以外にはほとんど記憶に残っていないのではなかろうか。東日本の被害は大規模かつ甚大で、しかも原発事故という過去にない出来事があった。

 

その故に風化の速度も遅いかもしれない。だが、一方では心無いいじめや中傷といった、心の痛い出来事もまだ起っている。つらい悲しいことだけが、風化しないとは嘆かわしい。

 

風化と言えば、戦後71年を経過しても亡霊のごとく風化しないものが蠢き始めている。教育勅語、森友学園問題で妙な具合にクローズアップされてきている。教育勅語にとってもさぞ不本意なことだろう。

 

私も、実は教育勅語(の中身)については決して否定的ではない。一部を除き、その道徳的ないわゆる徳目については、守ってしかるべしだと思っている。法的にはすでに「存在しPhoto ないものだから」ということだが。

 

しかし、この120年前に登場した教育勅語が戦前に果たした役割や、その歴史的・思想的背景を鑑みれば、このまま塩漬けにすべきものだとも考えている。それは上記のプラス面を考慮したとしても、余りにマイナス面が大きすぎる。

 

また、道徳あるいは倫理というものは強制すべきものではない。頭を押さえつけて、さあやれ、やらなければだめだと強いるものではない。ましてや、守らなければ「非国民だ」などという攻撃はご免被る。

 

ましてや、意味の分からぬ幼児や児童に読ませることは、いくら「素読」が学びになるとはいっても限度があろう。「大学」や「論語」(私は「論語」の素読には反対だが)ならまだしも、教育勅語はなぁ。それは洗脳の類だ。

 

やるのであれば、森信三先生の「あいさつ、返事、あとしまつ」を記した文章を、子供たちに読ませ実行させるのがよい。もし私が子供たちを教育する立場なら、そちらを選ぶだろう。

 

風化に戻るが、今回の(森友学園)事件はこのまま風化していくのかどうか、その辺りも大いに気にかかるところではある。

町屋の人形さま巡り・村上

昨日の土曜日は孫ちゃんも遊びに来ないので、カミさんとドライブがてら県北・村上で開催されている「町屋の人形さま巡り」に出かけてきました。

 

新潟を出発するときには春の日差しで、車の中では防寒コートは暑いだろうと少し薄めのジャンパーを羽織って出たのですが、これが見事に失敗。

 

村上市は我が家からざっと65㎞、北上していくとだんだん曇ってくるではありませんか。しかもどうも雪雲が広がってきているようでした。

 

土日は一般に解放されている市役所の駐車場に車を止め、歩き出すと風が冷たい。しまったと感じましたが、こうなったらやせ我慢です。何しろ自分の読みが甘かったせいですから。

 

この人形さまめぐり、中心市街地の町屋の皆さんの好意で、ご自分の家のお雛様を初めとするお人形さまを展示し、開放して見せていただけるいうもの。市内のお店が多いのですT_20170304_4 が、食堂もあったり銀行や一般のおうちもあります。

 

人形さまは季節柄お雛様が多いのですが、五月人形や武者人形、あるいは土人形やフランス人形も見せていただけます。古いものは江戸時代のものもあり、代々受け継がれてきた大切なものです。

 

大町の中心から歩き始め、主だったところを選んで見せてもらいました。何しろ全部で80軒くらいありますので、とても全部は見られません。

 

中にはお茶までふるまって下さるところがあったり、謂れなどを語って下さる方もいらっしゃいました。このイベントは1か月余り続きますから、大変だろうなと感じました。

 

また、村上は城下町ですが、昔ながらの「黒塀」の復活事業、あるいは町屋そのものを復活させることにも町ぐるみで取り組んでいて、ゆっくり歩いて回るといろんな発見ができる街です。

 

また近くの三面川や日本海でとれるサケを利用した料理、美味しい地酒、さらには北限のお茶などもあります。海岸の瀬波温泉で、日本海に沈む夕日を見ながらゆっくり湯につかるのもいいでしょう。

 

途中からは冷たい小雨が降り始めましたが、心温かい街の人たちと触れ合い、いろんな人形さまにも出会えてとってもいい休日でした。

似非教育者は教育を語るなかれ

ムッシュ(・かまやつ)が亡くなった。小さい頃に音楽に興味を持った初め、聞いていたのはムッシュのお父さん(ディープ)のジャズソングだった。

 

そのあとGS時代に入って、スパイダーズ時代のムッシュに魅かれた。楽器を持ちだした頃だったので、歌い方などを真似てみたものだった。

 

ソロ時代の歌「我が良き友よ」は、風呂場での愛唱歌だった。バンカラに憧れたが、学生を卒業して社会人になってそうもいかなくなった頃だ。何となくシャイで、照れ笑いのような顔が思い出される。ご冥福を祈る。

 

大阪・豊中市の国有地払い下げ問題が、連日国会でもTV報道でも続いている。くだんの土地には記憶がある。大阪に亡母の家があったが、車ですぐ近くを走っていた。

 

いやもっと以前に関りがあったかも知れなかった。幼稚園に入った5歳の頃だから、もう60年も前の話だ。親の転勤で引っ越して間もなく幼稚園に通うことになったが、近所に3つのPhoto 幼稚園があった(子供の記憶なので)。

 

その一つが今話題の塚本幼稚園だった。戦後にできたそうだが、昭和30年頃にはもう存在していた。もしかしたらそこに通うことになっていたかもしれないが、家から少し遠かったので、より近い幼稚園(ひかり幼稚園)に入園した。

 

そこはお寺さんの幼稚園で、訳の分からぬまま「のんののののさま」ナンて歌っていた。でも、「教育勅語」を読まされるよりは良かったかも。

 

素読を否定するものではないし、むしろ小さいころから素読を通じて古典に親しむのはいいことだと考えている一人なのだが、「過ぎたるは」はいけないよなぁ。

 

「論語」や「大学」、あるいは「言志四録」(佐藤一斎)くらいまでだろうなぁ。この事件で、素読にまで白い眼が向けられるのは困ったものだ。

 

断言できることは、かのカゴイケとかいう輩は教育者とは言えないということだな。

より以前の記事一覧