連載・『脳力開発と私』こぼれ話(68)

前回まで両面思考ということについて述べてきましたが、さらに一歩進めて多角度思考ということを考えてみましょう。


あなたもこういうことを言われたことがないでしょう、「頼むからオレの立場にもなってくれよ」と。


あるいは仕事をしている時に、「経営者の立場になって考えてみてほしい」という言葉に腕組みしたことはありませんか。


自分自身を見ても、会社の中では一人の社員であり、例えば課長とか係長という肩書きを持っていたりしますね。

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家に帰るとどうでしょうか、奥さんがおられれば夫という立場であり、子供さんがいれば父親という立場が加わります。


近所ではどうでしょうか、地域社会の一員であり、もしかしたら町内会やPTAでも役割を担われているかも知れませんね。


普段はそういうことを余り意識していないでしょう、この時はどういう立場で接するかなどと改めて考えないと思います。


立場という言葉は余りに当たり前のことであって、それがどうしたということかも。


でも例えば重要な場面で、「私(の立場)としましては」とか「個人的には」と断りの言葉を挟んで発言していませんか。


小さい頃に「あなたももうお兄ちゃんなんだから(小さい子をいじめてはダメですよ)」と言われて、戸惑いませんでしたでしょうか。


この『立場』という言葉を、当たり前の決まり文句として捉えないで、具体的な思考の元になる言葉として捉えてみませんか。


考え方の整理をするためには、実は立場ということがとっても重要な要素になっているのです。


しかも立場というものは、それだけが単独に存在しているわけではありません。夫という立場は妻が対極にいるからですし、一つだけ切り離しても意味がないのです。


脳力開発では、立場というのは「複数の要素の間の相互関係」を整理して考えることが大切だと言っています。


これが分かっていると一方から考えて答を出すのではなく、関連するいくつかの立場からのアプローチをして考え行動するという、土台習慣ができるのです。


そうでないと、一方からだけ考えて行動してしまい、周りとぶつかってしまう、対立してしまうということになりかねませんから。


商売でも売り手の立場だけでなく、買い手(お客様)の立場からも考えないといけないと言われるでしょう。さらにそこを掘り下げていきましょう。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(67)

報道などマスコミは少数例を扱う、このことは常に頭に入れておく必要があります。


なぜ少数例つまり目立つところを扱うのか、それはまぁ当然といえば当然でしょう。


たとえば、「人間が犬を蹴飛ばした」というニュースよりは、「犬が人間を蹴飛ばした」(笑)方がニュース性があるということです。


圧倒的に多数の例とかありふれたことを取り上げてみても、商売にはならない、見てもらえない、本が売れないということですね。


そのことをけしからんとかトンデモナイと怒ってみたところで仕方のないことです。


読んだり見たりするこちらの方が、そのことを十分に承知しておれば良いことです。目先のニュースに振り回されなければ良いのです。


というよりは、常にそのような意識を持ってニュース報道なり週刊誌などを見る訓練をしておけば良いのです。


卑近な例でいいますと、東日本大震災の時に津波来襲の様子や福島第一原発水素爆発のニュース映像が、全世界に流れましPhoto_20200213130201 た。


この時、世界の多くの(というより大多数の)人たちは、日本全体が大津波に襲われ、原発から漏れ出した放射性物質で汚染されたと受け止めました。


そうでしょうね、あれだけ悲惨で無惨な状況が映像事実として紹介されれば、日本全体があのようになっていると錯覚しても無理はないのです。


被害の事実があたかも全体を示すように感じてしまう、実はこれが片面思考であるわけですが、反対の事実にはなかなか意識が向かわないのです。


反対の事実とは上記の例でいえば、津波に襲われなかったあるいは原発周辺ではなかった「多くの日本」は、そういった被害もなく無事であったということです。


実際に、海外の駐在員が慌てて出国したという事実も報道されました。でもこれもまた部分的な真実報道で、大部分の外国人は平穏に日本で暮らしていました。


しかしながら、9年経った未だに福島県やその周辺の農産品や魚などは買わない、輸入をしないということも続いています。


いずれにしても、目立つ方の事実が示されているのであれば、その反対側(反面)の方が目立たない側の事実ですから、そちらを主流部分と見当をつければ良いのです。


こうすることによって、大事な事実とか普遍的な事実を見逃すことなく読み取ることができます。


では次回からはさらに広く、多角度思考ということを考えて参りましょう。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(66)

両面思考のポイントは「どちらが主流か、どちらが主たる面か」を見極めることです。


まず気を付けたいことは「両面は(ふつう)対等ではない」ことだと申し上げました、これも大事なことです。


片面思考しかしない人は、そもそも両面が(見えて)ない、片面しか考えてないので主流も何も無いのですが。


ここで注意すべきことは、目立つ方(部分)にどうしても視線や注目が向いてしまうことです。


目立つのはなぜなのでしょうか、それはごく少数の部分であり例外的な部分だからです。


真っ白なボールが山のように積まれた中で目立つのは、たった一つの赤いボールです。白い紙の中で目立つのは、赤い点や染みです。


つまり圧倒的に多数を占める部分は、それだからこそ目立たないのだということを判断する際に忘れてはならないのです。


ここ最近は、新型コロナウィルスの猛威がマスコミで大々的に取り上げられています。確かに大変な出来事であることは間違いありません。
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しかし、日本で25人の感染陽性が出ていることが大いに騒がれているのは、それが目立つ部分であるからです。


目立たない部分、感染陽性者を除く1億2千万人余りの日本人は無事であるということは報道としては取り上げられません。


目立たないニュースにはニュース性がないから、マスコミやジャーナリズムには(「商売にならない」ので)取り上げられないのです。


そのことをけしからんと非難してもしょうがないのであって、私たちはその目立たないことが主流であると承知していれば良いのです。


城野宏先生は、これを「浅草の火事」という例話で私たちに伝えられました。


ニュースで「浅草で大きな火事が起こって燃えている」といわれると、ついつい浅草全体が火事あるいは東京が燃えていると感じてしまいます。


しかし燃えているのは浅草のホンの一角であって、多くの浅草は無事であるし、東京全体は殆ど全て安全であるということです。


だから慌てて荷物をまとめて避難するなどという心配をする必要は、ちっとも無い。しっかりと具体的事実を知って対応すればいい。


仕事においても同じことが言えます。見せられた部分だけを見ないで、まだ見えていない部分もしっかりと見たり考えたりする。


それによって、間違った判断が防げるというものです。局部的事実も重要ですが、全体としてどうなのかということがもっと大切です。


部分最適ではなく全体最適が大事、という所以もここにあります。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(65)

さて、引き続いて両面思考について述べます。


基本の意識や行動は、『両面とも抱き合わせのセットで見たり考えたりする』ということになります。日々の中でもしっかり意識すれば、実践に活きてきます。


例えば、日々流れてくるニュース情報などでもいったんはそのまま受け容れますが、同時に必ず違う点も考えてみるということです。その両方をセットで頭の中に入れるわけです。


誰かが株などの投資で得をしたという情報を聞いたら、その反対に損をした人もいるのではないかと考えるわけです。


余り良い例ではありませんが、最近の新型コロナウィルスの日本における感染者は45人(2/6)だそうですが、それが大変だと考えるのは普通です。


しかし、日本にいる他の(大多数の)人たち、つまり具体的に1億2千万人余りはまだ感染していないということだなと。

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そうすると、インフルエンザの感染者の数と死者の数の方が多いのではないかという情報が気になってきます。


それなのになぜこんなに騒いでいるのか、という理由を探りたくなる。専門家という方が「新型なので分からないことが多い」と言っていることが、騒ぎの大きい要因ではないのか。


インフルエンザには予防接種ワクチンもあるし、感染の検査もたやすいし、感染していても特効薬がいくつかあります。


さらに展開していくと、それなのにインフルエンザでも大騒ぎになるのはなぜなのか、といったように考えや行動が展開していくわけです。


さて、こんな風に両面思考を展開していくわけですが、そこでとても重要な要点があるのです。


つまり、両面が考える場合には、必ず「どちら(側)が主流なのか」というポイントも考えることが大切になります。


最初から片面しか考えていない人には、どちらが主流かという考え方がそもそも最初からありません。両面とも考えると、ここが重要になるわけです。


そして判断する、どちらが主流だと決めなければなりません。そうしないと行動に結びついていかないからです、手足口をどう動かすかの指令が出せなくなるからです。


次回はどちらが主流かを考え、決める際の注意点についてです。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(64)

どんなものにも両面があることを前回書きましたが、その両面とも「事実である」ことを知っておくことが大事です。


昨今はテレビのニュース映像やネットなどで情報が直ちに、そして大量に入ってきますが、そこで注意が大いに必要です。


つまり何かの情報を耳にしたり目にすると、とくに一部の印象を強く受けると、それがホンの一面的なことや局所的なことであるのに、あたかも全体あるいは前面を示しているように受け取ってしまいがちです。

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そうして一喜一憂してしまう、あるいは盲信して行動してしまう、そういう習慣に自分がなってしまってはいないでしょうか。


会社の中の会議においても、白熱の議論が交わされていることがありますが、第三者として聴いていると「らちがあかない」やりとりをしていることの多いのに気が付きます。


つまりお互いに自分の立場から意見を述べているだけ、言い換えれば互いに「1つの物事の片面事実だけを言い張っている」のです。これではいつまで経っても平行線です。


自分の意見がその対象のものや事実の全体を表していると思い込み、相手の言っていること(もう片面の事実)を否定しようとして、議論が空回りしているのです。


双方共に事実を語っているのですが、同じものや事の異なった面を指しているだけのことに、気が付いていないのです。


こういう行動は日常の中で頻繁に見られることで、かなり強く意識していないとあらゆる側面で同じ誤りを繰り返してしまっています。


ですから「必ず両面を見る」という両面思考の習慣を、土台習慣としてがっちり築いておかねばならないのです。


その為には、何に対しても「その両面とも必ずセットとして見たり考えたりする」習慣づくりが必要で、これは普段から意識すると同時に行動訓練が欠かせません。


ある方向からの見方を示されたら、あるいは自分でまず思ったことがあったら、必ずその反対、違う点も考えて両方ともセットにして頭の中に入れるのです。


良い面を示されたら、悪い方の面はないのかをすぐに考える。成功するイメージを持つことは大事だとしても、まずは失敗する局面はないのかも考えてみる。


周りの人に「あいつは天邪鬼だなぁ」と思わせるくらいでも、ちょうど良いのです。


もっともそれが嵩じてしまい、「あいつは何でもかんでも反対してくる」と思われた私は、企業組織の中でははじき出されかねませんでしたが。


結局それも形を変えた片面思考だということに気が付いて、行動の仕方を少し工夫しました。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(63)

名刺、あなたもいつも持ち歩いておられるでしょう。その名刺は片面にだけ名前が入っていますか、それとも両面に入っていますか。


仕事柄、色んな職業の方や肩書きの方から名刺をいただきますが、中にはどちらが表かなと思えるものもあります。


あるいは片面は日本語で、もう一方の面は英語表記でというように分けておられるケースも。これなどはどちらが表なんでしょうか。
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さて、名刺にも顔写真を入れておられる例もありますが、それは真正面から見た顔の写真ですよね。確かに、私も真正面顔以外の名刺写真は見たことがありません。


いや、実は一度だけいただいたことがあって、それには横顔が印刷してありました。


では、人間の「表(面)」というのは真正面顔なのでしょうか。おそらく殆どの方がそうだと言われることでしょう。でも誰がそう決めたのでしょう。


ある人が私を見てこのように言いました。「板東秀行という人は目が2つで鼻と口は1つ、耳は2つでめがねを掛けていて、髪は少し薄くなりかけているが黒くて少し白髪が見える」


ところがある人はそうでないとおっしゃる。「いやいや、目も鼻も口もない。耳は確かに2つ見えているが、髪は割合ふさふさしていて白髪も余り見えない」だと。


ではどちらが本当の板東秀行なのか、どちらが正しいのか。


どちらも正しいのですよね、前の人は私を真正面から見ているのだし、後の人はちょうど反対側すなわち後ろから見ているわけです。


これを脳力開発では、「両面とも事実」なのだと言います。人間の見方で対立することはないと思いますが、仕事の中ではこのような対立点が意外に多いのではないですか。


例えば新開発商品1つを見ても、ある人は「売れる」局面を考えたり描いたりして主張する。一方ある人は「売れない」面からアプローチする意見を述べて対立する。


でもどちらのことも事実であったりする。これはお互いが片面思考なのでぶつかり合っている、に過ぎません。


自分の主張していることが全てであると考えたり思い込んだりして、対立する相手の言っている事実は「それは違う」と否定する。それではどこまでいっても対立するばかりです。


結局のところは、双方とも客観的事実を述べているのですが、互いに一方からしか物事を見ていないだけのことなのです。


物事には表があれば裏もある、上があれば下もあるし右があって左もある。押す方がいれば引く方もいる、一方が勝てばもう一方は負けるわけです。プラスがあればマイナスもある。


これらはすべて、物事の根本的性質であり構造上の法則でもあります。その一歩からだけ見るのが片面思考、両方から見ようというのが両面思考です。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(62)

社員が10名そこそこの、とある会社のものがたりです(実話を少し脚色)。


家族的経営といった雰囲気で、業績もそこそこに推移してきた会社ですが、社長には気懸かりがありました。その内の一つがヒトの問題です。


つまり年々社員の平均年齢が高くなると共に、数年以内に定年を迎えるベテラン社員も何人かいます。もちろん、定年後の雇用も本人からの希望があれば実施するつもりです。


それでもやはり若い社員が必要だろうということは、社長自身だけでなく社員も感じていることでした。そこで、中途採用のPhoto_20200123145701 募集をハローワークを通じて掛けてみました。


何人かの応募がありましたが、期待した20代から30代の若い人の応募はなく、いずれも40代後半から50代でした。


求人では原則として年齢や性別を限定することはできませんので、応募者とは一人一人面接した上で断りの連絡を入れました。


ウチのような小さな会社にはやっぱり若い人は来てくれないのかなと、半ばアキラメの気持ちになった頃ハローワークから電話があり、一人の青年が履歴書を持って訪ねてきました。


大学を中退して就職したモノの、2つ3つの会社でアルバイトやパートとして働いてきたそうです。長続きしないで転職していたことは気になりましたが、面談してみるとなかなかハキハキしていて礼儀も正しい青年でした。


社長は話している内に採用を決めたくなりましたが、念のために古参の社員である営業部長にも面談に立ち合ってもらいました。


部長が色々と質問を投げてもそつの無い答をします。社長がその気になっていると気付いた部長も、いいんじゃないですかと言うので採用OKを出しました。


現在無職だというので翌週初めから出社してもらうことにしました。ただ一つ気になったのは、彼が帰る姿をずっと眺めていたのですが、見えなくなる直前にタバコをくわえて高そうなライターで火を点けたことでした。


週が明けてそのK君が出社、朝礼でみんなに紹介して当分は内勤、倉庫での出荷作業の一員としました。商品や得意先を覚えた頃には営業に出そうと考えていました。


最初の一週間余りは何事もなく過ぎていき、K君も一生懸命働いているように見えました。なかなかやるじゃないか、いい社員が雇えたなと社長は部長たちにも話していました。


ところが最初の給料日の日のことです。振込でしたから渡すのは封筒に入った明細書だけです。K君も受け取って社屋の外に出、陰に隠れるようにして明細を見ていたようですが、チェッとつばを吐き捨てました。


さらにタバコをくわえて、くだんのライターで火を点けスパスパ吸ってから投げ捨てました。それが社長の目に入ったのです。


社長はとっても嫌な気分に襲われ、その瞬間からK君への好意的な見方は一変したのです。そうなると、仕事をする態度も何となくだらしなく見えてきますし、丁寧さが足りないように思えます。


そうです、好感から嫌悪感へと180度転換してしまったのです。


最初は相手の良い面だけが目について、それが相手の全人格のように感じていた。今度は反対に悪い点が目につき始めると、それが相手の全人格であるような思い方をしている。


こいうのが片面思考(の傾向)です。一方の都合の良い面ばかりを見てしまうか、あるいは逆に都合の悪いところばかりを考えてしまうようになる。いずれにしてもキチンとものを見ていないということになります。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(61)

城野宏先生が、セミナーの都度投げかけられた質問は「ハイライトの箱は何色か?」でした。


私も初めて(講演会の時だったかな)その質問を投げかけられた時、「青です」と心の中で答えていました。

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当時私はスモーカーでピースを吸っていましたが、一時期ハイライトを愛煙していたこともありましたので、青のイメージはすぐに浮かびました。


おそらく多くの参加者が同じ答を頭の中に刻んだことでしょう。この質問は、今現在私のセミナー(脳力開発講座)でもやっていますから、一度体験してみられませんか。


これはモノ(あるいは物事)は一方からではなく、多方面から見なければならないということ。あるいは近づいて、できることなら必ず手に取って見ることが大事だということです。


脳力開発11の指針の中では第5指針、『常に両面とも考え、どちらが主流かも考える習慣をつくろう』です。


まずはこの両面思考、その反対である片面思考について考えてみることにしましょう。ポイントは、油断していると(漫然としていると)片面思考になっているということです。


ハイライトの箱にしても、見せられたところだけ見てしまっていたら、なるほど青い部分が強く目に入ります。しかしよく目を凝らしてみると、白いところもありますし、薄い緑のシールに赤のテープ、文字は黒ですし銀紙も見えています。


しかもそれらは表の今見えている部分です。青がたくさん見えている箱紙の裏側は、、、白ですよね。さらに箱から取り出した銀紙、かなり大きな面積ですし、その裏はやはり白でした。


もう一ついえば、箱が入っていた透明の包みもありました。


では一番多い色は? 表面だけ見ていますと青が主流のように見えますが、断然白が多いことは一目瞭然です。次は銀色で、青は3番目。


物事や事象でいうと、目立つ部分を主流だと思ってしまうのが人間の常です。マスコミなどは、この目立つ部分を取り上げて、さらに膨らませて報道します。


ですから報道その他「目立つ部分」に振り回されないように、意識を持っていないといけないということです。


では次回からさらに、この片面思考&両面思考について掘り下げて参ります。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(60)

前回までに「戦略を決める」ということ、さらにその戦略は二者択一ということを書いてきました。


戦略は容易に変えるものではありません、別の言葉では決心あるいは覚悟というべきことですから、ころころと変えるものではありません。


一方戦術というのは、その戦略達成のための手段・方法あるいは道具(ツール)などです。戦略達成のために細心に考えて綿密に組み立て、そして実行の行動を着実に重ねていくのです。
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企業経営者の方から相談をいただいて出向きますと、まず最初にその会社の経営理念を確かめます。この経営理念がその会社の戦略というべきもので、中心点ですから。


しかしその戦略=経営理念=が単に言葉だけで、ただ額に入っているだけであると、つまり社長はじめ社員の皆さんの活動、行動が正しい方向で実行されているかが問題です。


経営理念の無い会社は論外として、たいていの場合その戦術のどこかに問題や課題があるということになります。戦略が言葉だけ、お題目だけになっていることが少なくありません。


また、中心点がズレてしまっていることもあります。ズレたところからの行動では、実効を伴いません。こういう場合には、当然ながら根本である経営理念の見直しも視野に入れます。


どこの会社でも会社を創業した時に描いた未来像とか、創業者の思いなどが必ずあるはずで、そういう原点に戻りながらもう一度中心点を明らかにしていきます。


戦略は変えてはいけないのか?とたまに聞かれることがあります。基本的には変えないものです。


しかし絶対ではありません。たとえば、会社を取り巻く環境条件が大きく変わってしまった時、社会構造や業界構造が変化しているのであれば、経営理念を思い切って変えることも必要です。


その為にはどういった思考・行動が必要なのか、次にはその辺りを見ていきましょう。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(59)

さて、ここで一つ質問してみましょうか。


あなたは学校時代、例えば中学とか高校時代を思い浮かべていただければ良いのですが、先生がいない自習時間にキチッと勉強していましたか。


中には先生のいる授業中でも居眠りしたり、あるいは他の科目の勉強をしていたという人もいるかも知れませんが、先生不在の時には概してどうだったでしょうか。
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私はというと、正直に申せばとくに中学時代は、授業中もあんまりいい生徒ではありませんでした。


つまらないと感じる授業では、時には机に突っ伏していたかも知れません。メモをとるフリをしながら、他の科目の本を開いていたこともあります。


自習時間ともなれば、当然のことに課題科目の勉強などはしなかったと記憶しています。


ただ、騒ぎ廻ったり教室の外を歩き回ったり、あるいは郊外に出て遊び回ることはなかったようです。それなりの自制くらいはもっていたのでしょう。


いずれにしても良い生徒ではなかったわけですし、脳力開発的に申せば、周りの雰囲気に流されやすかったということです。


それと共に、将来に向けての目標とかいうもの、広い意味での戦略が固まっておらずフラついていたということでしょう。


将来目標という戦略が少しでも自覚できていたら、その時に何をすることが最適なのかが分かり、その通りに行動していたはずです。


なのに、周りの雰囲気に引きずられるように、授業中こそまぁまぁ真面目に勉強していたものの、先生というタガがはずれると怠け意識が顔を出していました。


幸いなことに、高校時代に入るとそこは文武両道を伝統とする進学校でしたから、周囲もそれなりに目標を持った生徒で溢れていました。


そうなると自分もやらなければと思うことになりました。もっとも、高校3年生の秋の終わりまで部活をやっていたので、受験勉強に入るのは誰よりも遅かったのですが。


何が言いたいのか、そういう学生時代の性向というのは意外に大人になっても、ずっと引きずっているものです。


会社の中でも、社長や上司の姿が見えている時と、そうでない時の仕事に向かう姿勢が違ったりはしていませんか。


戦略をしっかりともっている人は、どんな時にも決してブレないものです。環境がどうであろうと、自分をキチッと貫いていきます。


その環境(雰囲気や企業の風土など)が自分に合わなければ、環境そのものを変える努力を始めますし、それがムダだと悟ったら別の環境を求めていきます。


戦略とは行動のベース、原点ともいうべきものです。戦略がしっかりしているから、先日の組立に齟齬やムダがありません。イザという時の準備もできています。


脳力開発指針の第一にある「主体性」を揺るぎなく発揮して、環境条件を自ら創り出すことまでやってのけます。


たとえ現在の状況が自分にそぐわなくても、グチや不平不満を口にはしないはずです。その中でやれることは何かを、考えて行動するはずです。


戦略も持つ意味、その重要性を知っていますか。その答は行動の中にこそ現れると言えるでしょう。


行動のできていないあなた、ただ流されるだけの人生はつまらないですよ.

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