来年もまたMGシニアを受講します

来年6月末のMGシニア研修(三浦海岸)に、参加の申込をした。

 

前回の受講が昨年の10(11)月だったので、1年半ちょっとになる予定だ。3年に1度は受講のことということになっているが、機会を作れればそのチャンスは逃さないと決めている。

 

シニア研修のフル参加は多分、13か14回目になるはずだ。1日とか2日だけの参加も含めると、おそらく20回は超えているだろう。それだけやっても、いつも新たな発見がある。

 

だからこそ何度でも「門を叩く」わけだが、それにはやはり理由がある。

 

最初のシニア研修受講は、1988年の7月(神戸)だった。まだMGも50期体験前後の頃だ。いくらか分かった気になっていた頭を、思いっきり殴られた気分だったのを思い出す。

 

以来、ゴールを目指して突き進んできたわけだが、やればやるほどゴールが、いつも一歩向こうにあることを感じる。前回、昨年もそうだった。だからこそ、また参加するのだ。

 

最初のシニア研修を受講した後すぐに、自社内の社員研修MGのインストラクターをやったのだが、ハッキリ言って散々だった。

 

なぜか、「分かっていない」自分を発見して愕然としたわけだ。分かった気になっていた自分が恥ずかしかった。そんな自分が、人を教えられるのかと思った。

 

だから、それからも時間があれば、西先生を追いかけてジュニアコースを繰り返し受講した。当時は今のように各地で盛んにはやっていなかったので、可能なところへ出かけた。

 

おかげで先生からは「全国銘柄」とまで呼ばれるようになったが、学べば学ぶほどに、まだまだインストする力のないことを思い知らされた。

 

20180615_mg9

社内MGでは、徹底的に西先生の真似をした、口まねまでも。各地のMGで、先生の代わりに色々とやらせていただくことができたのは、とてもラッキーだった。

 

その体験があるからこそ、今もそのペースを崩していないわけだ。正しいMGを、MGの考え方、思想と哲学を伝えていきたい。そこに自分の体験を付け加えて。

 

例えば、MGとMT(マイツール)との両輪を回し続けること、ポケコンもただプログラムを入れるだけで終わらせては惜しい。

 

これからMGシニアを受講する方は、そこのところもしっかり考え実行してほしい。そうでなければ、正法のMGは伝えられないと、私は思うわけだ。

売上高で比較しても始まらない


売上高は役に立たない。

 
これは、MGの開発者である西順一郎さんの言葉ですが、ドラッカーも一倉定さんも表現は違え、同様のことを言われています。

 
ところが企業の大半は相変わらず売上を追いかけ、(売上)規模の拡大こそが第一だという考えを基本に経営をされているようです。

 
昔、そんな話をあるセミナーでやりましたところ、ある経営者の方が「そうはいっても売上がなければダメでしょう」とおっしゃいました。

 
余りにポイントのずれた発言に一瞬返す言葉も思いつかなかったのですが、とりあえずは「その通りですね」とお答えしました。

 
要は売上の中身だということをお話ししたいのですが、その当時まだ若くて学びが足りなかった私は、反論の言葉を飲み込んでしまったのでした。

 
考えてみれば反論することでもありません。売上ゼロであることを前提としているわけでもなければ、形としては「売上」として表示されるだけのことですから。

 
「売上100万円」といっても、中身は全ての会社で異なります。100円の商品を1万個売って100万円、あるいは100万円のダイヤモンド1個を売っても100万円。

 
私の会社でも5万円のセミナーに20人参加いただければ100万円、50万円の企業研修を2つ実施すれば100万円。

 
問題はその中身です。100円の商品の原価が50円なら粗利益が50万円、ダイヤモンドの原価が70万円なら粗利益は30万円。ちなみに当社の場合は売上イコール粗利益。

 
だから、売上で比較してみたところで始まらないというわけです。視点を粗利益に移してみてはいかがでしょうか、しかしこれも『絶対』ではない。

 
詳しいことは、MG(MQ戦略ゲーム)セミナーの中で、ということにしておきましょうか。

T_20181118_10

次の連載コラムに向けて

連載コラム『MGと脳力開発』も、一昨日で完載となりました。まだまだ完全ではありませんが、私の考え方を包み隠すことなく書いて参りました。

 

次はどのようなことを書いていこうかと、ただ今思案中ですが、いずれにしてもMGあるいは脳力開発に関わる内容になります。

 

201406
私がMGに出会ったのは31年前の1987年、そして脳力開発やマイツール(MT)との出会いは翌年の1988年でした。

 

その辺りの「歴史」を、振り返ってみようかと思っています。それらの出会いはまだ親会社で仕事をしている時代でしたが、学んだことを実際にやる機会は1990年になります。

 

すなわち、販売小会社に出向した時から始まります。ただ、「始まった」程度の生やさしいものではなかったことも事実です。苦闘とまではいいませんが、試行錯誤でした。

 

何もかもありのままとは参りませんが、もはや30年近く前のことですから、できるだけ事実に沿って自分(たち)がやってきたことを、書いていこうと考えています。

 

とりもなおさずそれが自分の体験史、企業人としての自分史にもなりますし、今の仕事にどうつながってきたのかという、自分自身の見直しでもありますから。

 

ただ事実をそのまま、たとえば数字などをストレートには出せませんので、そこのところはご了承下さい。可能なものは出して参りますので。

 

そんなわけで、来週から週2回くらいのペースで連載して参ります。タイトルもこれから考えます。またしばらく、お付き合い下さい。

 

よろしくお願いします。

MGはスパルタ(教育)である

MG(MQ戦略ゲーム)では、研修の最終プログラムとして参加者全員に感想文を書いてもらう。よほどの場合を除いて、必ずその場で書いていただくことになっている。

 

それを読むのもインストラクターの楽しみではあるが、時には厳しい意見や批判をいただくこともある。中には、こちらが気付かないようなポイントを指摘するものもあり、素直に取り上げて次に活かすこともある。

 

初心者の参加が多い公開セミナーで、よく書かれることがいくつかある。その一つは、「初心者とベテランの方の席を分けてほしい」であり、「決算の記入見本を配ってほしい」などである。

 

あるいは、「もう少しゆっくり進行してほしかった」というのがあり、同様に「(ルールなどは)ゆっくり丁寧に説明してほしい」というのもある。

 

一方で、「実際に(ゲームを)やってみれば分かると言われたが、その通りだった」という意見もある。決算書などの作成では、「ひとりで(独力で)最後までやれて嬉しかった」というのもある。

20180324_mg2

これらの意見のベースにある共通のポイントは、表題にもある『MGはスパルタである』ということである。スパルタ教育というと、古代ギリシャの都市国家スパルタで行われていた厳格な(軍事)教育が語源だ。

 

MGもそうなのか? ハイ、そうなんです。

 

まず何よりも、MGの基本になっているのは「教えない、教え合う、紙は自分で」の三つである。最後の言葉は、自分のことは自分でやるということだと分かるだろう。人に寄りかかるのではなく、自ら動くということに他ならない。

 

教えない、つまりインストラクターはどうやったら売上が上がり、利益が確保でき、自己資本が上がるかということを、一切教えないことになっている。あるいは決算を、参加者に代わってやってあげるのは特別な場合に限られる。

 

その代わり、参加者同士で教え合ってほしいというわけだ。そんなこと言っても、全員が初心者ばかりでそんなことは無理だろうと、おっしゃる人も少なくない。ところがその認識は間違っている。

 

先日、ほぼ初心者ばかり156名のMG研修を行った。どうなるかと心配もあったが、とにかく参加者に任せてみようと臨んだわけだが、最初からもう「教え合い」が始まっていた。これは現場を見ていただくしかない。

 

ゲームにおいても、時には私を呼んで「これは何か」とか「こういうときにはどうしたらいいか」を聞くことはあるが、一度聞けば情報は共有され、別のメンバーと一緒になれば同じ場面が出れば、ちゃんと教えられるのだ。

 

決算書づくりも同じことだ。周りより先に分かった人が、そうでない人をフォローするのだ。たまには煩わしいなと感じても、尋ねられるのは「頼りにされる」ことで嬉しいことだ。それがまた励みになる。

 

初心者とベテランを区分けせずに、同じところ(ゲーム卓)でやらせるのも同様の理屈だ。初心者は最初はウロウロするだけだが、その内にベテランのやり方を見て気付く、時には真似をする。これが「芋洗い」教育だ。

 

社内研修でも、階層や役職で区分しない。上司も部下も、社長も新人も同じ場の中で磨き合うのだ。MGとは、そういうスパルタ教育なのだ。だからこそ面白く、苦楽を共有でき、お互いを知り合えると言えるのだ。

MGと脳力開発とはセットで理解して

友だち追加 ←ヴァンガード経営研究所・LINE@フォロワー募集中

<連載コラム(102)>

 
 MGと脳力開発、私がなぜこのことにこだわるのか、単にそこに共通の思想・哲学(真理真髄)を見出しているだけではありません。

 
 会社再建という実務の中で、この両輪がキチンと機能しなかったら実現はなかったことを、自ら体験したからです。

 
 もちろん、西先生がMGを開発され発展させていかれるプロセスの中で、城野先生と出会われ、脳力開発を学ばれたことも一つの要因でしょう。

 
 だからこそ、MGの中には脳力開発の要素が至るところに盛り込まれている、そう考えているのです。

 
 そのことを伝える方が少なくなったなと感じています。私が城野宏さんに出会ったのはMGを体験する前でしたが、脳力開発を学び直すきっかけになったのは西先生でした。

 
 さらに具体的な学びに導いていただいたのは黒田さん(当時日本コロンビア)や、四国・瀬戸塾のMG仲間たちでした。

 
 城野宏さんが亡くなったのが1985年、もうそれから間もなく33年です。

 
 当時一緒に脳力開発を学んだ方も、年齢を重ねて実務から引退された方が多くなり、鬼籍に入られた方もおられます。そんな中で私が意識したことは、「伝えなければ」ということでした。

 
 このままでは、MGを知る人はなお増えていくだろうけど、脳力開発とセットで理解しようとする人はいなくなる。微力ではあっても自分にできることは何だろうかと。そんな思いで、日々キーボードを叩いています。
 
0

MG(と脳力開発)だけで効果が出たのか?

台風24号が予想された進路を順調に(?)やってきている。先だっての21号と似たようなコースを辿ってくるようで、大阪は月に2回も大きな嵐にみまわれそうな気配だ。

 

早々と滑走路の閉鎖を決めた関空、計画運休に踏み切る鉄道など、教訓を活かした対応は素早そうだが、自然は人知を超えている、くれぐれも油断をしないことだ。

 

警察署から脱走した犯人も48日目にようやく捕まったらしい、それにしてもここまで逃亡を許すとはどうしたことだという思いだ。「間抜け」が重なった、気の緩みとしか思えないことの連続だった。

 

そんな中で明日からはもう10月だ、今年も残るところ3ヶ月、まだまだやり残していることもあるだろうから気を引き締めて最終四半期に向かうとしよう。

 

年末までには、新たなご縁をいただいた企業や団体の研修・セミナーがいくつかある。MGを初めて体験する人も多いだろうから、いかに伝えられるか私自身の真価も問われるところだ。

 

もちろん肩肘など張る気はないし、あくまで自然体かつ等身大ではあるが、伝えなければならないことについてはキチッと自分の言葉で伝えていく。20180929_135415

 

ある方からこんな質問をいただいた。

 

あなたは「MG(と脳力開発)で会社を建て直した、良くした」とおっしゃっているが、MGだけではないのでしょうと。その辺りのことを詳しく話してほしいと。

 

なるほど、質問の趣旨はよく分かる。確かにMG(と脳力開発)だけで赤字会社が立ち直ったわけではない。色んな要素がプラスに働いて実現したことも間違いない。様々な幸運もあっただろう。

 

失敗も積み重ねたが、その失敗を体験として活かしたことも数多くあった。逆にうまくいきそうであったのに、途中で断念せざるを得ないこともいくつかあった。しかし、挫折したとは考えていない。

 

それもまた過程の中では必要だったのだと前向きにとらえられた、私だけではない、一緒に「闘った」社員の皆さんもそうだった。一緒に苦楽をともにしたということが、もしかしたら一番だったと言えるだろう。

 

だから確かにMG(と脳力開発)だけで、会社が良くなったり赤字が解消できたりしたわけではない。しかし、MGを社員さんたちと一緒にやらなかったら、脳力開発で自分の行動をチェックしなかったら、できなかっただろう。

 

つまりMG(と脳力開発)は必要条件、必要な戦術だったことは間違いない。それこそ「使用前・使用後」ではないが、やる前と後とでは劇的に変わったのだ。社員さんの意識も行動も、そして会社の風土自体が。

 

私の会社には間違いなく特効薬だったが、あなたの会社にも劇的に効くとは言っていない。だが、試してみる価値は大いにあると言っているわけだ。やりもしないで、効能の有無を議論してみても始まらない。

 

だが、私の会社と同じような体験効果を実感された実例も、決して少なくは無いということを付け加えておこう。だまされたと思って、まずは一歩前に足を踏み出すことだ。

MG研修を通して全員経営を実現する

友だち追加 ←ヴァンガード経営研究所・LINE@フォロワー募集中

 
ちょっと以前のことだが、ある会社から社員研修についてのご相談をいただいた。私も昔からよく知っている会社で、その当時から社員教育にはかなり熱心な会社だということで知られていた。

 

もっとも、当時から比べると社員の数も倍くらいになっているそうで、新入社員の導入教育はしっかりとやっているのだが、中堅社員や幹部社員の教育は外部の会社に任せることが多いという。

 

会社の規模が大きくなって仕事量が増えたことで、教育に割ける時間が年々少なくなってきているという。本来教育を担当させたい現場の幹部社員も、プレイングマネジャーとしてとても手が回らないのだそうだ。

 

その結果ということでもないのだろうが、ここ数年は売上も横ばいで利益の減少から、赤字になる年もあるという。前期3月末の決算も残念ながら赤字に終わったのだという。

 

ところが、幹部社員も含めて現場の社員たちにイマイチ危機感が乏しいようだと、社長はおっしゃった。赤字を出していてもこれまでの蓄積があるので、昇給や賞与もそれなりに出せているためなのか。

 

しかしこのままでは、いつか近い将来これまで累積してきた利益を食い尽くしてしまうだろう。そうなる前に手を打ちたい、それには幹部社員から意識を鍛え直すことが必要ではないかと。

 

たまたま、社長があるところで私の講演を聴かれたそうで、その話の中に出てきたMGや脳力開発という研修に興味を持たれたのだそうだ。

 

企画提案のオファーだったので、早速「幹部研修」としてのMG研修を提案することにした。とくにMGの人間教育的側面を打ち出し、そこに脳力開発の精神的姿勢の強化を盛り込んだ内容での提案を行った。

 

MGの人間教育的側面は『全員経営』というテーマに集約される。単に経営感覚を養うとか、経理計数に強くなるための研修ではないということだ。経営戦略の下で、自分で考え自ら行動する人材を作ることが目的だ。Img_8914

 

つまりこういうことだ。脳力開発では、人にはそれぞれ立場がある。たとえば、普段の生活の中では夫(妻)であったり、親であったり子であったり、会社では社長だったり課長だったり、というような立場だ。

 

その立場には必ず「役割」がある、付随している。会社の中の立場についてももちろん同様で、役割を果たしてくれることを会社は期待している。100%果たすことが基本だが、可能ならそれ以上の結果を望みたい。

 

理想的には自ら考えて、すぐに行動してほしい。もちろん、経営理念すなわち企業の(最高)戦略の「旗の下」にである。戦略をしっかりと理解した上で、チームや個々人が戦術を自由に駆使していく。

 

こういう姿が「全員経営」ということであり、その実現にはMG(と脳力開発)が有効な研修であることを提案した。ただし、じっくりと時間をかけて取り組んでいただきたいと。

 

昨今、いくつかの提案オファーをいただいているが、基本はこの時に組み立てた内容に沿って提案先企業の状況に合わせてアレンジしている。基礎に据えているのは『人間』だ。

 

MG自体が人間教育であるということ、人間主義とくに相手中心主義であることを理解した上で、社員教育に取り入れていただきたいと考えているところだ。

成績よりも期数そして交流から向上へ

友だち追加 ←LINE仲間を募集中です。

今週は仙台に移動して、月曜日の夜は当地のMG仲間たちと交流。久々にお目にかかった方もお元気そうで、愉しい時間を過ごしました。

 

そして火曜日と水曜日は、宮城蔵王の山麓にある青根温泉でMGセミナーに参加。

 

昨秋三浦海岸で行われたMGシニアセミナーでご一緒した、この温泉宿の支配人さんから開催のご案内をいただき、早くからエントリーしていました。

 

青根温泉は、かつて山本周五郎さんの「樅の木は残った」の序章の舞台になったところ、これまでもカミさんと訪れたことがありました。

 

そこでゆっくりMGと温泉を楽しめるというので、早くに参加の意思決定をしたわけです。今月はMGのインストが多い中でしたが、月初めの八戸に続いての参加でした。20180627_154310

 

いつもどういう形でMGを組み立てていくのかを考えて臨みますが、今回はとりあえずあまり大きな会社にはしない、いわゆる「中くらいの製造会社」を目指しました。

 

で、今回もスタートはいきなりのリスクカード。今年に入って参加したMGの内、1回を除いて必ずリスクカードからのスタートになっています。

 

その後も比較的リスクカードに出くわすことが多かったものの、まずは順調に進めていくことができました。もちろん、2期は小型機械にセールス1人、教育チップのみ。

 

ただ、周りの状況を見て「今日は研究開発で攻めるべきかな」と意思決定。つまりは、ユニークな商品開発型の中小企業というイメージです。

 

3期目に製造4個に販売5個の体制を整え、これで最後まで押し切りました。資金に余裕があった4期あるいは5期に大型化の選択肢もありましたが、初志貫徹。

 

最終的にはA卓を守り切り(4A)、計数力も自己資本もトップでした。

 

今回の収穫は、『情報のSTUV』の話を千葉サンと西先生のお二人から合わせて聞くことができ、その中から重要なヒントをいただいたことです。

 

今週末の上越MGの中で、そのことをしっかりと参加者に伝えていこうと考えています。よって、レジュメを少し修正です。

 

何か必ず得るものがある、学びと交流のどちらも。それが私自身のMG参加、継続の理由です。

 

あなたもご一緒にMGをやりませんか。

MG社内定着への紆余曲折を語る

この土日は、青森県八戸市で開催されているうみねこMGに参加しています。

 

今年で第6回、毎年MG開発者の西順一郎さんをお迎えして開催しています。クライアントである(株)岩岡さんが主催されていますので、私も毎年参加しています。

 

かつて私の会社が、「社員全員を東京MGほか各地の研修に参加させたい。でも経費がバカにならない、それなら地元で開催し、全国から参加してもらおう」と考えて「長岡MG」を立ち上げたのと同じ思いでのスタートでした。

 

そんなわけで、参加者(34名)の半数以上が岩岡さんの社員さんです。全国から来られている皆さんの元気や笑顔、それを体で感じて欲しいというのが社長の思いです。

 

正直言って社員さんの中には、「業務(社長の)命令だから」仕方なく参加している人もいますし、もしかしたらまだ主流なのかも知れません。20180602_193640

 

私のかつての会社もまたそうでした。最初の頃は、イヤイヤながらという表情が顔に出ている状況でした。

 

もちろん朝礼やアフターファイブの飲み会などで、MG研修をやる意味や目的を熱く語り続けましたが、中には「MGをやるなら(会社を)辞める」と訴える社員も。

 

それでも、(当時赤字だった)会社を建て直して、みんなが幸せや働きがいを感じる会社にするためにはMGが必要なんだと、言い続けました。

 

残念ながらお辞めになった社員さんもいましたが、ほぼ全員がついてきてくれ、会社も赤字体質を脱皮し「良い会社」になることができました。

 

ですから、岩岡さんの社員さんも必ずついてきてくれに違いない、と信じているのです。社長の思いもそうでしょう。私の役割はそれをしっかりサポートしていくこと。

 

MGを会社に取り入れている会社の多くも、おそらく同じ悩みや苦心をされていることだと思います。でも「思いは叶う」という信念を持ち続けましょう。

 

MGを好きになって欲しい、MGをやって会社を良くしよう、そしてみんなが幸せになろうよという思いを共有してくれることを願っています。

 

必ず思いは実ります、必ず。

 

そんな思いを込めて研修2日目、社員の皆さんに前向きのエネルギーを感じていただけるよう、私も氣愛を込めてセミナーに臨みます。

再び「全員経営」についての私感


MG
MQ戦略ゲーム)を通してめざす全員経営ということについて再考。

 

前回いつ書いたかは忘れましたが、MGCFMG)セミナーのまとめ講義では、私は全員経営とは「社員全員が同じ経営者意識を持って仕事に臨むことでは決してない」と語っています。

 

もちろんそれは理想であり、そうなってくれると素晴らしいと思います。私のような一人会社は極めて簡単ですが、相棒や社員が別に一人でもいれば、意識や思考が完全一致とはいかないでしょう。

 

社員数が増えれば増えるほどに理想からは離れていきますので、せめて「戦略だけは一致させようよ」というわけで、経営理念とか経営指針を作成して迷走するのを避けるのです。

 

そこで全員経営ですが、「企業内の全員が同じ経営(者)意識を持って仕事に臨む」ことなどと固定的に定義せずに、各人がそれぞれの立場で与えられた役割をキチッと果たしていくこと、くらいで捉えてはいかがですか。

 

つまり前提はベクトルの一致です。企業を船に例えることが多いですが、この船がめざしていく港は全員が一致して知っている、仕事をしている日常において必ず頭の中に入っている。

 

船が目的の港に向かっていくためには様々な仕事があり、仕事ごとに役割が生まれ、その役割を誰かが果たしていくことになります。役割には軽重が無く、一つでも欠けると支障が出ます。Photo

 

組織の中の歯車になどなりたくないなどと粋がる向きもありますが、その歯車一つが無いと困るとことも場合によってはあるわけです。ジグソーパズルを思い浮かべると分かりやすいでしょう。

 

社長には社長の、部長には部長の、社員には社員の、パートさんにはパートさんの、それぞれの立場があり役割があります。そうした役割を確実に果たすことが、自分自身の存在理由であり存在価値です。

 

脳力開発で、立場と役割とは一体不可分だと教えられたのですが、改めて自分を振り返ってみると、確かに大企業の新入社員時代、転職して中企業の途中社員時代、中間管理職時代と異なる立場の自分がいました。

 

そして小さな会社の経営者時代がやってきて、専務、代表取締役社長と立場が変わり、逆に社員さんたちの立場を考えることが必要になりました。その時に、全員経営の意味を考え直したわけです。

 

単純に、同じ経営意識を持つとか、経営者と同じ立場の思考で行動するとか、それには違和感を感じたのです。つまり、自分自身はそんなことはできなかったじゃないかという思いです。

 

自分ができなかったことを他人に強要することはどうなんだと考えた時に、そうだ、それぞれの立場に沿っている役割を果たしていけば良いんじゃないかと気がついたわけです。

 

これについては、小さな会社も大きな会社でも変わりはありません。立場や役割の数が違う、人の数だけあるというだけのことです。

 

しかもまた、人は一人でもいろんな立場をもっていることにも思い至りました。例えば家庭ではどうですか。どこでもその役割をキチンと果たしていく、それこそが人として目指すことなのだと確信するのです。