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2020年11月 7日 (土)

社名に残る鉄道線の残影

かつて戦中戦後の新潟県には、いくつかの私営鉄道がありました。


新潟電鉄(→新潟交通)、長岡鉄道・栃尾鉄道(→越後交通)、頸城鉄道、そして蒲原鉄道。


現在でも鉄道社名がそのまま残っているのが蒲原鉄道です。


なお現在は、3セク鉄道として北越急行(ほくほく線)と、えちごトキめき鉄道があります。

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1999年に最後に残った区間(村松-五泉)が廃線になった蒲原鉄道、最初の開業は1930年(昭和5年)でした。


最盛期には信越本線の加茂駅から、地域の中心・村松駅を経て、磐越西線の五泉駅まで約22kmの路線でした。


村松は3万石の城下町で、陸軍歩兵30連隊が駐屯する軍都でもありました。


途中の山中にはスキー場などもあって季節的な需要はあり、貨物列車も設定されていましたが、


沿線人口が希薄な加茂駅ー村松駅間は1985年に廃止され、僅か4km余の短区間だけが残りました。
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最後に残った区間はそれなりに需要もありましたが、朝の通勤時を除くと1両だけのワンマン運転でした。


磐越西線の列車に接続して、新津や新潟に通勤・通学する人も少なくありませんでしたが、


村松からは新潟市内の中心部への直通高速バスも走り、乗換が必要なローカル鉄道では太刀打ちできなくなっていました。


さて廃止の直前に最後の乗り鉄に出かけましたが、五泉駅を出ると右に大きくカーブした後は、


村松駅までほぼ一直線に、道路と田んぼの間をのんびりと左右に車体を揺らしながら進んでいきました。


村松駅は車庫もあり、すでに廃車されたものも含めてたくさんの車両が並び、すぐ近くでの撮影もOKでした。


現在も駅跡などは残っていますし、また幸いなことに多くの車両が各地に保存されているのは嬉しい限りです。


落ち着いたら今一度、それらを訪ねてみようと思っています。

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