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越後路を疾走した485系

北陸・東北西部路を日本海に沿って走る鉄路を日本海縦貫線と称します。


新潟県内の路線名で言うと、西から北陸本線(現在はえちごトキめき鉄道)、信越本線、白新線、羽越本線です。


ただし直通の貨物列車の多くは、信越本線の新津駅からすぐに(新潟駅方面に行かずに)羽越本線に直通します。


この日本海縦貫線を走り抜けたかつての急行列車(大阪ー青森間)には、「日本海」というふさわしい愛称がつきました。


やがて同じ区間をキハ82系の特急が走り出し、「白鳥」という優雅な愛称で呼ばれることになりました。


この「白鳥」は気動車時代のあとに電車化されて、485系特急電車の12両編成が海外沿いを疾走しました。


しかし時代の流れの中、新潟駅で2つに分けられることになり、新潟以西は「雷鳥」グループの一員になります。

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当初は大阪ー新潟間を走る長距離特急でしたが、やがてこれもまた金沢駅で東西に分かれることになり、


金沢ー新潟間の特急には「北越」という愛称が定着しました。  


北越とは「北の越の国」の意味で、加賀国と越中国そして越後国を結ぶローカル特急(6両編成)となったわけです。


この間ずっと特急用として全国を駆け抜けた485系車両が用いられ、様々なバリエーションが越後路を走りました。


16年前の中越地震の時には、大きな被害に遭った長岡周辺を避けて越後線を「快速」として走ったこともありました。


そして2015年3月14日に北陸新幹線が全通すると同時に「北越」号は廃止されて、


永年がんばった485系車両とともに、過去帳入りして歴史の幕を閉じました。

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