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『私とMGと経営』こぼれ話(26)

1988年に(西研MG)インストラクターの資格をいただいてから、今日までにどれだけインストしたか、


実はハッキリとした記録がありません。


MG受講であれば100回帳に記帳しますが、とくにインストの記録を残してはいなかったのです。


社内研修として集中的にやった(ただし主としてワンデー3期)時期もありますが、


昨今のように主催や共催セミナーでのインストが本格化したのは、独立した2008年から後のこの10数年です。


マイツールの中にインスト記録(成績表)がキッチリ残っているのは、やはり独立後の2008年からです。


一部消去してしまったものもありますが、以前のものを推測するとしてざっと2000期以上はインストした計算になります。


MG受講と同様、インストにも「最初の1期」というものがあるわけで、その時の記憶を思いおこしています。


7月(1988年)の神戸シニアでは、無条件での新ストラクター免許状をいただくことができました。


その時の「テスト」は確か2つ不正解だったと思うのですが、それでもお情け(?)で免許をいただきました。


期数が60期を超えていたこともあったのでしょうか、「ジュニアをあと★★期」という条件はつきませんでした。



免許をいただいたタイミングでは、すでに新年度(7月~)の教育計画ができていて、


「社内インストラクター」による、部門・部署別社員研修が秋からスタートする旨が記載されていました。


その時点でMGシニアを受講していたのは、インスト候補3人の内では私だけでした。

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さっそく教育担当課長から呼び出しがあり、「よろしく頼むよ」とのお達しがありました。


新しいMGゲーム盤の2台購入が決まっていて、夏が過ぎる頃には届きました。


これで12名ずつの部門別研修がやれることになり、営業部門のいくつかからスケジュール打診がありました。


もちろん通常の業務をやりながら、そのスケジュールを加えていくことになり、中には休みの土曜日にという要望も。


担当の業務については、部下の副課長やスタッフに手伝ってもらえばナントカなると腹を括りました。


問題は、果たして自分にやれるのかということですので、スタート前に数回MGに参加して先輩インストのやっていることをじっくり観察しました。


それでいよいよ初インスト研修(ワンデー3期)に臨むことになりました。

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