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『私とMGと経営』こぼれ話(30)

タイトルが『私とMGと経営』こぼれ話となっていますが、経営の話がとんと出てきませんね。


すみません、まだしばらくは一介の社員時代の話が続いていきますので、致し方がないのです。


MGを学ぶことによって、ゲームの中で(擬似的に)経営者になってみて初めて、その大変さを感じました。


経営は「絶え間ない意思決定」であると本の中に書いてあったことが、ゲームではあれ実感して感じることはできました。


しかし一方では、「経営者感覚や意識を持て」と言われることに違和感を感じ始めてもいました。


当時はまだ単なる天邪鬼社員としての感覚でしたが、経営を学べば学ぶほどにその思いが強くなっていきました。


確かに一般の社員でも、ましてや幹部社員なら経営者感覚や意識を持つことは必要なのかも知れません。

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現場においては、経営者に代わって判断し意思決定をした上に、責任もとらなければなりませんから。


しかし、あくまで経営者と「同じような」感覚や意識は持てても、ズバリ経営者とイコールはムリです。


なぜなら責任の取り方が全く違うのですから、つまり立場が違うわけですから「同じ」にはなりません。


このことは、脳力開発を学び進めていく中で確信になっていきました。


ならば、自分の役割としての経営者感覚や意識という範囲(ドメイン)でなら可能であり、役割を果たすことが大切だと。


そのように感じた中でMG100期が徐々に近づいて来て、ちょうど99期をもって1988年が終わりました。


明けて1989年、どんな年であるかは分かる人には分かりますね。


昭和天皇が病に臥せられ、余り盛り上がらないままの年末から正月明け、昭和という時代の終焉でした。


まさにその昭和が終わる1日前の1月6日、私は大阪から函館行きの寝台特急「日本海」に揺られていました。


目指すは北海道、暦が変わって列車が青函トンネルを抜けているさなかに昭和天皇崩御のニュースを知りました。


ラジオを聞いていた隣の寝台の方が起き出してきて、トンネルの車窓を眺めていた私に声をかけてくれました。


昭和が終わった実感は余りありませんでした。やがて雪に覆われた北の大地が、ほの暗い中で目に入ってきました。


函館で特急に乗り換え、札幌駅に着いた時に「そうか、昭和が終わったんだ」という思いが襲ってきました。

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