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『私とMGと経営』こぼれ話(18)

1988年最初のMG(姫路MG)で15期を終了、開発者の西順一郎さんにも会えました。


このあとは繁忙期の合間の土日を利用するしかありませんので、月に1~2回神戸に通って受講する許可を得ました。


その他、同じ岡山市内でMGを社員研修に取り入れられていたS社をご紹介いただき、ゲスト参加させていただきました。


その結果、5月の下旬には50期が目前になりました。7月のMGシニアまでに50期をという目標もクリア目前でした。

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ところでMGのゲーム成績はというと、たまに瞬間風速で自己資本が300円を超えることがありましたが、


それはラッキーカードに恵まれた時であって、実力で勝ち得た成績ではありませんでした。


よって毎回最終自己資本は「水中散歩」、あるいは「激しく上下」状態が続いていました。


ですから目標はいつも決算順位で、これは4回目のMG頃からはほぼほぼトップがキープできるようになりました。


そうなると決算時間が目標になり、20分を切って10分台に突入して、最速時間は確か12分台だったと記憶しています。


決算だけが目標ではなぁということで、青チップをたくさん使うとか機械を大きくするとか目標をつくるのですが、成績はパッとしません。


それどころが債務超過も何度かあり、ついに「その日」を迎えることになるのです。


この日は「ドツボにはまった」という表現がピッタリきたMGでした。


やることなすことが裏目裏目に出ることがありますが、まさにそれを絵に描いたような。


40期を超えたこの頃になるとそれなりにPQを上げて、上位卓にいることが多くなっていたのですが。


その日のA卓あるいはB卓は「青チップ合戦」全面展開、しかも20円カードを握りしめ、でした。


2日目の第4期、私にとっては48期目でしたが、次繰りの青チップ2枚からお金を借りまくって特急青チップを並べていき、


気が付いたら9枚、10枚に達していました。他のメンバーもほぼ同じかそれ以上。


ゲーム前半の途中から「ゼロ円コール」が出始め、ついには「マイナスコール」が。


現実の世界でも『1円入札』ということが新聞紙上に乗り始めた頃で、「これか!?」と思ったモノでした。


売れません、ことごとく入札にて叩かれまくり、見事に散りました。


自己資本「マイナス467円」、なんやそれ?


壁のグラフに紙を貼り足していただきました、記念写真は取り損ねました、くやしくて。

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