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B/Sが読めますか(3)

経理のことなどは、税理士や社内の経理担当者にお任せという経営者がたくさんいらっしゃいます。


財務諸表などはその経理の中の一つに過ぎないので、ザッと見ていればそれで良いとでも思っておられるのでしょうか。


しかし、ある方などは「経理の分からない経営者は経営をやる資格がない」とまで言い切られます。


私も同感です。でも実際には経理を分かっておられない経営者の何と多いことか。


そもそも「経理」とは何か、いろんな方が書いておられますが、「経営管理」を略したものと私はとらえています。


小さな会社の多くの経営者は、経理とは会計業務に限定した見方をされているようです。


つまり伝票や領収書などを集めて、会計仕訳をして集計して、様々な帳面・帳票類を作成していくことだと。


もちろんそれらも広義の経理の中に含まれていますが、それは経営管理(本質)のための仕事の一部に過ぎません。


何しろ経営管理です、経営の根幹をなす仕事として経営者には必須のものであり、自ら携わるべきものです。


だからといって会計業務などをやれと言ってはいません、それは業務担当者や税理士に任せればよいのです。


そこでは数多くのデータを処理して、それによって経営に必要な情報(インフォメーション)に加工してくれます。


経営者はそれらのインフォメーションを活用して、経営の判断・意思決定に不可欠な高度情報(インテリジェンス)を創ります。


インテリジェンスを創るにおいては、専門家のアドバイスやサポートなども必要によって求めます。

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ちなみに私の本業はそこにこそあります、笑笑。


ちょっと今回は寄り道をしてしまい、BS(貸借対照表)の話まで達しませんでした。


でも、上記に書いたようなことをしっかりと認識、自覚していただくことが大切です。


なにしろ、経営判断をし今の時点の、そして明日に向けての行動意思決定をするのは、経営者自身だからです。


経営者がやらなければ誰がやるというのです。


私のようなコンサルタント(サポーター)が、経営の意思決定などしてあげるわけにはいかないのです。


経営者が全責任を持って意思決定をするのです、社員やその家族の幸せのために。


それこそが本当の「経理」というお仕事です。

『私とMGと経営』こぼれ話(25)

MGをやったらマイツール、西先生が今でもいつもおっしゃていることですが、シニア研修でその思想ベースに触れました。


その頃はまだワードやエクセルもなく、いわゆる表計算ソフトやワープロソフトも素人には敷居が高いものでした。


まだ「ウィンドウズ」や「マック」以前の時代でしたから、カンタンには使いこなせなかったことを私自身も仕事で体験していました。


また当時のマシンもソフトはかなり高価なものでしたから、いくつも使ってというわけにもいきません。


とくにマイツールは、ハード&ソフト一体マシンで、


デスクトップ型マシンとマイツール・ソフト、さらにドットプリンターまで揃えると優に100万円を超えました。


本社の開発部長の上申して買いそろえようとした際の見積額は、確か140万円くらいだったと記憶しています。


そこで、MGシニア研修の場では「マイツールの台数」を聞かれますが、


私は「今現在はゼロ台ですが、間もなく1台になる予定です」と胸を張りました。


そうしたところすかさず西先生から、「それはいかん、1台では動かん」との声が掛かりました。


どういうことですか?と聞く前に、私の口から「分かりました」という言葉が出ていました。

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ちょうど、情報としてマイツールのラップトップ版マシン「LX」が出たということを聞いていたからです。


デスクトップ(Mr.マイツール)をLXに変更すれば2台、もう少し予算が付けば3台が可能になりそうです。


実際のところはLX3台にプリンターということで、見積額も増加しましたが承認してもらえました。


そこで、私の課で2台、もう1台は別の部署で使うことになりました。


結果として2台はよく動き、1台は余り動かなかったので私のところに引き取ったということになりました。


さらにい後日談ですが、私自身がマイマシンを持ちたくなって1台を個人リースで購入しました。


6人の小さな部署に4台のマイツール、仕事への活用が飛躍的に向上したことは言うまでもありません。

脳力開発講座第2講

昨日オンラインでの脳力開発セミナー、第2講を開講しました。


オンラインに移行しての2回目、グループセッションの時間も増やし、「投票」機能も採り入れました。


その分講義時間が若干窮屈にはなりますが、聴講される方も変化があった方が退屈されないでしょう。

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次回第3講からは講義が主体になってきますので、セッション時間に工夫しながら進めていきます。


当初プログラムしていた形から少しずつ変化させていくのも、脳力開発の実践といえますね。


やってみる→検証する→プラン(変更)する→やってみる、Do-See-Do(繰り返す)の実践です。


知識も体験の積み重ねで磨かれていく、ということなのでしょう。


第2講は自己点検、自分の判断・意思決定の指向がどの方向にあるのかを客観的にチェックしていただきます。


どちらが良いとか悪いとかではなく、自分の行動習慣がどちらの方向にあるのかをつかんでいただきます。


その方向が(自分が判断して)間違っていると思えば、意識して修正していくのです。


その為には現状を正しくつかむことが必要であることを、実体験していただくのがチェックシートです。


あとは参加者の皆さんが、日常や仕事の中で昨日感じたこと、つかんだことを意識して実践していただくこと。


来月の第3講も楽しみにしています。

やわやわライフから一歩前へ

すっかり秋モードになりました、季節は人の心とは関わることなく進んでいきます。


さはさりながら、世の中も徐々にではありますが、姿を変えていこうとしています。


少し前のめりではないのかと危ぶむ気持ちもありますが、どこかで割り切らないと前には進めません。

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以前には「そこまでやるか」どころか、殆ど気にしていなかったところまで、


今ではしっかり気を配り、最善の準備を整えてなおかつ慎重に歩を進め始めています。


ただやはり、ちょっと拙速なのではないかと思えるところもあり、それをみると逆にブレーキをかけてしまいます。


事実を見れば、数字的には新型コロナウイルス感染が収束しているとは、お世辞にも言えない状況でしょう。


様々な条件の違いがあり単純に比較することはできませんが、収束していると断言はできません。


だからこそ、みんなが慎重に歩を進めようとしているわけです。


その背中を無闇に押すようなことをして、本当に大丈夫でしょうか。


やってみたが何も無かったよというのは、本当に「何も無かった」事実を表しているのでしょうか。


幸か不幸か「分からなかった」ままに過ぎてしまい、「ああ良かった」で済ませているのかも知れません。


そのくらい無症状感染(陽性)者が多いという事実があります。


無症状でも感染する、そういう専門家・学者もいますが、まだまだ分かっていないことが多すぎます。


秋冬のダブル感染が懸念される中で、より慎重にならざるを得ないのではありませんか。


2月の下旬以来、私のやわやわライフは200日をとうに超えてしまっていますが、


年内は少しずつ境界線を拡げながら、ペースは保っていこうと思っています。


でもその先、年が明けての2021年からのことについては、来月以降の状況を見極めながら判断します。


この間は決して巣籠もりだけではありませんでしたので、新たな展開を考えながら進めていきます。


意思決定は正しい情報により、(短期)戦略・方向を見据えた判断で。

『私とMGと経営』こぼれ話(24)

初めてMGシニア研修に参加したことのお話に移ります。


時は1988年7月22日から3日間、場所は神戸市垂水区の舞子ヴィラでした。


その直前には姫路で平日MGが開催されていて、私は仕事の都合もあって2日目だけ参加させていただきました。


その中のお一人、確か富山から参加されている方は姫路で初MGを体験し、そのままシニアへという流れでした。


当時でも西先生は「ジュニアを15期やったらシニア」へと言われていましたので、異例のことでしたが。


正確に参加者数を憶えていないのですが、3卓であったことは確かで、最近のように4卓24人満杯ではありませんでした。


シニア・プログラムの基本は今も変わりませんから、初日はMG3期やって夕方からポケコン・プログラムでした。


ポケコンは初めての体験で最初は借り物(PC-1251)でやるつもりでしたが、


ちょうど新しいポケコン(PC-1800だったかな?)が出たというので、その場で購入しました。


これは黒色のマシンで二つ折りになるものでしたが、当たりが悪かったのか、その後故障続きに悩まされました。


結局その後に出たPC-1261を改めて買い求め、以後は今に至るまでそれを使い続けています。


BASICは会社のパソコン研修で何度か勉強し、社内にあったMZ-80BというPCでプログラムを組んだりしていました。


馴れているつもりでしたが、さすがに小さなポケコンは使い勝手が違い、


STRAC-1から始まり、T-STRAC、H-STRAC、MQ-STRACまで終えるのに2時間半くらいかかりました。


それでもメンバーの中では早かった方で、夜の10時には風呂にはいってビールが呑めました。


2日目はポケコン経営計画と第4期、そして午後は昼食を兼ねて近くの五色塚古墳へ知的散策に出かけました。

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つい先日、NHKの番組に五色塚古墳が出てきて、本当に久しぶりでしたので懐かしく感じました。


兵庫県では最大規模の古墳 (前方後円墳)で、現在では背景に明石海峡大橋を望むことができます。


知的散策から戻るとマイツール、その数ヶ月前に神戸の兵庫MG会事務所でMGの合間に少し触っていました。


会社のPC(MZ-5521)でマルチプランを使い、部門別損益計算をやり始めて四苦八苦していた時で、


マイツールを使えば、それがあっという間にできてしまうのに感動してすぐのことでした。


会社(上司である開発部長)にマイツール購入を上申し、OKがもらえそうなタイミングでのシニア研修だったのです。

B/Sが読めますか(2)

復習になりますが、BS(貸借対照表)が表しているのは、会社の「ある日」の「残り物」です。


ですからBSのことを残り表ともいうわけで、むしろこちらの言葉の方がずっと分かりやすいですね。


決算書(財務諸表)では期末(年度末)の残り表を指して、期末貸借対照表と呼んでいるわけです。


例えば3月末が年度末であれば、20××年3月31日に会社に残っているものの一覧表ということになります。


この残ったものについてお金に直して、その金額を記載してあります。


BSには左と右があり、左側を借方、右側を貸方と呼んでいますが、経営管理つまり社長にはどうでもいいことです。


左側に書いてあるのを資産といい、主として目に見えるものですが、中には見えないものもあります。


右側に書いてあるのを負債と資本(純資産)といい、主として目に見えないものを扱っています。


目に見えないままでは困りますので、お金という見える数字(残高)にして記載しているということになります。


合計金額が一番下に書いてありますが、左側の合計が総資産で右側の合計が総資本です。


もちろん当然ながら、総資産の数字と総資本の数字はイコールです。


左側(資産)は三つの部屋に湧かれています、流動資産と固定資産、そして繰延資産ですが繰延資産はない場合も多いです。。

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右側は三つの部屋で、上から順位流動負債、固定負債、そして純資産(自己資本)となっています。


一般的には、左側のお金は「運用」と呼ばれており、右側はそのお金をどこから「調達」しているかを表しています。


そして、左側は逆三角形を目指し、右側は二等辺三角形(あるいは正三角形)を目指します。


具体的にいえば、流動資産の方が固定資産より大きいことが経営上は有利です。


つまり資金(お金)は流動性を高めておきましょうと、税理士さんなどからはアドバイスされると思います。


一方右側については土台ともいうべき純資産を増やすことが大切です。


総資産(総資本)に対する純資産の割合を「自己資本比率」と言いますが、


この比率を高めるには毎年キチッとした利益(純利益)を出し、利益(別途積立金項目等)の積増しを計るに尽きます。


同族企業やオーナー企業などでは、自己資本比率が比較的高いところが多いですが、


通常企業でも30%は一つの目安で、それより高いことが望まれます。


無借金経営も一つの目指す形ですが、これは一概に絶対よしとは言い切れません、それはまたいずれ。


それでは、次回はさらに具体的な科目について見ていくことにしましょう。

新潟駅が変わります

新潟駅の現在の駅舎が取り壊されて、新しい駅舎建設工事が始まっています。


現在の駅舎は「3代目」で1963年の竣工、その直後の翌年に新潟地震にも見舞われました。

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その後の風雪にもしっかり生き延びて現在に至りますが、高架工事も最終局面に入りいよいよ4代目駅舎が造られます。


一連の立体化工事は2007年の南口整備から始まり、いよいよ最終局面に入っていくようです。


私が始めて新潟駅に降り立ったのは確か1971年頃だと思いますが、


もちろんその頃は新幹線も開通しておらず、越後線や白新線も非電化で気動車が多く見られました。


信越本線・上越線の白眉は特急「とき」で、181系の大きなボンネットが目立っていました。

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高架ホームは来年度には全て完成し、新駅ビルを含めた工事も数年先には完了の予定です。


古いものが消えゆくのは寂しいですが、駅が新たな拠点として町が発展していくのは楽しみです。


地上は自由通路と南北道路になり、駅で分断されていた交通も便利になります。

『私とMGと経営』こぼれ話(23)

前回お話しした「8回連続DoNothing」のMG結果ですが、実は黒字で終えることができました。


最終の第4期はそのような「リスク」はなく、最終的自己資本も400近くまで達したのではなかったかと記憶しています。


さすがにA卓とかB卓といった上位卓は、まだまだはるか遠い手の届かないところでしたが、


そこに常に座っておられる、当時の「名人」クラスのシーガルさんの会社盤をじっくり見ることができました。


今とはルールも違い、ゲームは制限時間制で時間内なら第1表をテープでつないでいくことができました。


よってトップクラスの方は、おそらく70~80行(紙1枚が30行)使っていたはずで、


PQも5000円どころか6~7000円代というケースも、不思議ではありませんでした。


何しろ倉庫は使い放題(2台の制限なし)でしたし、「不良在庫」ルールもまだできる前でしたから、


途中経過の時間帯では、会社盤の上に材料・仕掛品・製品が合わせて60個以上ある(現在は最大でも54個)のに、目を丸くしました。
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私でも、同じルールが続いている内には最高で6000円くらい売ったことがあります。


また、P=20円(つまりプライス固定)で売り続けて260個、つまり5200円売ったこともありました。


100人MGの頃は、ようやくどうやったら売れるかのポイントを掴んだところでしたが、


その後は単年度赤字になることもほとんどなく、期数を重ねていくことになります。


まさしく文字通りエポックメイキングであった「あさま100人MG」、大きな学びを得て山を下りました。

B/Sが読めますか(1)

財務三表は、貸借対照表(BS)、損益計算書(PL)、そしてキャッシュフロー計算書(CF)です。


最後のCFは基本的には上場企業のみが義務づけられていますが、


実際には税理士さん(税理士事務所)が作成して会社に届けておられるでしょう。


会計ソフトを使って自社で決算されている場合には、基本ソフトに組み込まれているはずです。


経営者はこの三つのどれもキチンと目通しすることが必要ですが、実際にはどうなのでしょう。


月次の残高試算表も含めて、まず目を通されるのはPLだと思いますが、それは「利益」が記されているからですね。


もっとも利益といっても、PLの中には5つの利益が示されています。


上から順に売上総利益、営業利益、経常利益、税引前当期利益、当期純利益の5つです。


ではこの内、どの「利益」をしっかり見ている必要があるのか、そこのところはその理由と共に理解されていますか?


あるいは経営者と、現場の経営幹部とではみる利益が違う、と言いましたらそのことがお分かりになりますでしょうか。


そのあたりのことはまたの機会に譲って、今日はBSのことについてです。


PLが「期間」損益計算書と言われるのに対して、BSは通常「期末」貸借対照表と呼ばれています。


つまりPLが一定の期間(決算書では当該年度の1年間)の集計数字であるのに対して、


BSはある日、ある時刻の数字、決算書では年度の最終日最終時刻の「残高」数値ということになります。

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言ってみれば、BSは毎日毎日「昨日とは違った数値(本日のBS)」が示されています。


PLとBSに共通している数字は、どちらも最終行に記載されている「当期(分)純利益」です。


ここでちゃんと2つの数値がつながっている、ということが大切なポイントです。


多くの専門家の方は、『BSをキチンと読めること』が良き経営者の条件であり、


BSを正しく呼んで理解することが、「会社を強くする」ことにつながると言われます。


私も同感ですが、でもなぜそうなのかということは余り説明されていませんし、


多くのハウツウ本を読んでみても、なかなか理解できない経営者が多いのではないでしょうか。


ただ、経営者の中には頭では理解できなくても、肌感覚でBSが分かる方も少なくないのだと思っています。


それは「経験と勘」と名付けられるものでしょう、大切で欠かせないものです。


ただし、そこに科学的な裏付けというか週も納得できる合理性という理由が必要です。


BSの中には経営者(の経験と勘)を後押しする数字、あるいは行間の意味が詰まっています。


しばらくはそんなポイントについて、思いつくままに書いていきます。

新たな行動ライフスタイルに向けて

ずいぶん涼しくなりました。今朝の気温は20度、すっかり秋モードです。


つい10日や2週間前には、真夏日どころか猛暑日の暑さにうんざりしていたのに。

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日中はまだ夏日の気温に上がる妃も多いですが、長袖シャツの登場もそろそろ近いですね。


秋のお彼岸、今日が彼岸の入りで24日まで。お墓参りには天候を確かめて、ということになりそうです。


世の中は今日から4連休ですが、やわやわライフの私は毎日が曜日の確認です、笑笑。


リズムを大きく変える気はありませんが、そろそろ先を見た構えもしていかねばなと思っているところです。


もちろん今年いっぱいは、やわやわライフを続けていくわけですが、年明けからは地元での動きを始めていくようにする予定です。


しかしながらそれは、決して「元のライフスタイルに戻す」ことではありません。


新しいライフスタイルを創るといえば格好良いですが、そこまで前のめりにはなっていません。


これまでとは違う、基本的なウイルス対策を守りながら可能な範囲を徐々に拡げていく、といったところです。


行動の土台は『正しく怖れる』ということでしょうか。


いつまでも巣籠もりではいけないので、オンライン講座を始めていますが、


それだけではもったいないぞと思い始めているわけです。強いて言えばハイブリッド。


2021年まではあと100日余り、その間に地に足を着けた新たな行動ライフスタイルを創っていきましょう。


ただし、状況をしっかり見据えていかねばなりません。秋冬の感染拡大も視野に入れておく必要があるでしょう。


もちろん今はあくまで仮定の見通しですが、1ヶ月後には現実として見えてくるはずです。


その時に柔軟な対応、動きができるように身も心も整えていきます。

『私とMGと経営』こぼれ話(22)

真っ白になっている会社盤を見ても、それほど焦りはしませんでした。


同卓の方は皆さんベテランの方ばかり、ガマンをしていれば材料も廻ってきて、売るチャンスも巡ってくる。


確かにその通りで、活気のある卓でしたのですぐにチャンスをものにしてやろうと虎視眈々でした。


ところがところが、その見通しは大変甘かったことをすぐに思い知らされました。


売り買いは、間違いなく順調に行われていました。


でも私のところには全く材料が廻ってこなかったのです。


私の左隣のお2人が、出てくる材料をことごとく買いさらっていかれるのでした。


左隣のIさんは、バランス良く材料、仕掛品、製品と持たれていたのですが、さらに材料を買い増しされていきます。


それも根こそぎ買える「製造能力」をもたれていましたので、私には1個たりとも廻ってこなかったのです。


そこからついに始まりました、「8回連続のDo Nothing」が。


こういう時には、普段は余り引きたいないと思っているリスクカードが来ないかなと願ってしまいます。


リスクカードなら、そこに書いてあることを(たとえ本意でなくとも)何かやることができますから。


しかしこういう時はなぜか、引けども引けども意思決定カード、それまではけっこうリスクを引いていたのに。


3回連続何もせずにスルーして、さすがに4回目には何とかしなければと思いました。


そこで4枚目の意思決定カードを引いた際には、大きな声で「消しゴム掃除します!」と。

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5枚目は「(ゲーム盤の)カードを片付けます!」、6枚目は、、、


ついに8枚目を引き終わって次は何を言おうかと半ば開き直って隣を見ると、Iさん、そろそろ売る気配です。


ようし、この時を待っていたんだと気を引き締めました。


しかしIさんが引いたのはリスクカード、しかも何と「景気変動・逆回り」とな、天を仰ぎました。


もはや万事休す、と天を仰ぎました。天は我を見捨てたり!

急行用名車キハ58系

キハ58系といえば、気動車の中でも最大量数を誇った急行用車両です。


エンジンを2台積んだのがキハ58、1台エンジンがキハ28、碓氷峠越え専用のキハ57、
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北海道向けに二重窓など耐寒構造のキハ27など、バリエーションも多彩でした。


年次によっても細かい違いがあり、全国津々浦々でその姿を見ることができました。


地方のローカル線に急行列車が走るようになったのも、この58系の功績と言って良かったでしょう。


気動車の特性を活かした多層立て、すなわち都会から地方への急行はいくつもの行き先があり、


主要駅での解結(解放連結併合)作業も、ファンにとってはたまらないものでした。ファンにとってはたまらないものでした。


中には駅における神業的な解結もあり、二方向から来て別の二方向に連結し直す列車とか、


途中で別かれた編成が、その先の駅で再び連結されるという「再婚列車」なるものまでありました。


誕生の頃には冷房は搭載されておらず、夏場などは窓を全開にしていましたが、


やがてグリーン車(一等車)から冷房化が始まり、夏の旅も快適になりました。


今日は私のアルバムから2枚の写真を紹介します
(上:キハ5733 急行「越後」 下:キハ58229 急行「うわじま」)。

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歴楽人さろん

脳力開発講座の中で、時おり歴史の話をします。


1日フルに講話と演習を積み重ねるリアル講座シリーズにおいては、


毎回歴史上の人物(英傑と呼ばれる人たち)を取り上げて、「歴史に学ぶ人間学」と題して講話をしています。


今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響もあってリアル講座は中止のやむなきになり、


オンラインに切り替えて、この日曜日13日より8回のシリーズで4ヶ月間の講座を開講しました。


毎回が90~120分の講座ですので、その中に「歴史に学ぶ人間学」を組み込むことはなかなか至難のことです。


そこで一つの講座だけはそれに集中することにして、YouTubeでのサブ講座をつくることにしました。


最初の企画プランをマンダラに記したのは5月の下旬ですが、


それから何度かマンダラを書き換えていく内に、当初の方向とは少しイメージが変わっていきました。


そして行き着いたのは、とにかく毎回短い時間で「歴史と人」を語ろうということです。


歴史の流れの中で、その都度の人間を取り上げて私自身の思いの言葉で語ってみようかと。


このシリーズ動画には『歴楽人(れきがくじん)サロン』と名付けてみました。


書きながら思いつきました、「サロン」は「さろん」と書き直すべきですね。

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語るために調べていると、一人の人間には様々な「解釈」がついているんだということに、気が付かされました。


これはまさに、脳力開発でいうところの多角度思考に他ならないなと。


とりあえず神代の昔からと思いましたが、少なくとも実在の確かなところから初めていくことにしました。


一つの動画で基本は一人ですが、そうでないことも出てくる予感です。


二人以上が登場することもあるでしょうし、逆に一人が数回登場してくることもあるでしょう。


編年体ということでもないですが、時代順にと考えていても、


きっとあっちへ行ったりこっちへ戻ったりと、観ていただける方をウロウロさせてしまうでしょうね。


またあくまで私自身の解釈なども出てくるので、腹を立てる方も出てくることでしょう。


私は学者ではなく単なる趣味人ですので、そのあたりは鷹揚な広い心でよろしくお願いいたします。


ではぜひ『歴楽人さろん』にお越し下さい。

『私とMGと経営』こぼれ話(21)

伝説のあさま100人MG、1988年7月7日、長野県茅野市白樺湖。


白樺湖池ノ平ホテルで開催された、文字通り100人を超える参加者でのワンデーMG(4期)でした。

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講師は西先生でしたが、決算チェックにはかつてのSCT(故佐々木隆さんの会社)のメンバーたちも並び、


参加メンバーも名前を聞いたことのある「名人」たちが、ずらりと顔を揃えておられました。


もちろん、その人たちと同じ卓になることなどということはあり得ず、だいたい真ん中の卓(H卓周辺)でした。


そこにはその後「MGクイーン」と称されることになる、JUNKOさんもおられて、そのやり方に目を見張りました。


さすがに最初は雰囲気に呑まれてしまい、そうは負けない自信のあった決算も最初の期は10番以内に入るのがやっと、


それはそうでしょう、超ベテラン揃いでしたから。


もっとも、「負けるものか」の気持ちに火が付いたのも確かでした。


結果から言えば、決算順位トップにはなれませんでしたが、最終期には2位で「ことがら表彰」に名を連ねました。


そしてここで、私の記憶にもっとも残る『8回連続DoNothing』のゲーム展開があったのでした。


その日は2期からのスタートで確か4期目だったかと記憶しています。


私は50期をようやく超えたところでしたが、他の5人の方は100期前後というところだったでしょうか。


もちろん誓いを立てていましたから青チップ(次繰り)はゼロ、特急買い増しも意中にはありません。


前半は順調でそれなりのPQ/MQも上がって、このままいけば確実に自己資本300超をキープできそうでした。


しかし前半の終わり頃から入札がかなり厳しくなってきて、少なくとも販売Qを確保するのが難しくなりました。


しかも売れる時に売ってしまったおかげで、気が付いてみると会社盤の上は空っぽになっていました。


材料も仕掛品も、そしてもちろん製品もすっかりなくなっていました。


それでも回り方が早かったので順調に材料仕入ができれば問題ない、とタカをくくっていたわけです。


それが甘かったということに気付くには、どうも遅かったようです。


では後半へ。

行動を変えるということ

9月もそろそろ半ば、来週はもう秋の彼岸がやってきて「今年もあと100日」が近づきます。


全体の傾向としては新型コロナウイルス感染も減少傾向だということですが、目に見えて減ってはいません。


GoToキャンペーンに東京が加わる(10/1以降)としたら、新たな拡がりが懸念されないのか。


あるいはインフルエンザの流行期と重なり始めると、医療現場だけでなく色んなところで混乱が起こるのではないか。


自分が心配性(心配症?)だとは思わないけれど、ごく常識的に考えて私の懸念は間違ってはいないと思うわけです。


むやみに、そして必要以上に怖れることはないというのが私の考えで、


その上で必要最低限に少しプラスアルファの用意周到をし、実際行動すれば良いのではないだろうか。


いずれにしても、以前とは違うライフスタイルと行動に変えざるを得ないし、仕事についても切り口を変えること。


そのスタートへの助走をしばらく続けてきて、いよいよ昨日から「脳力開発オンライン講座」が始まりました。


北は青森から南は熊本まで、27名の方にエントリーをいただき第1講は23名が顔を揃えました。


これから12月の末まで全8回のコース、講義だけでなくミニセッションや感想スピーチなどもあります。202001-02


宿題ではないですが演習シートも用意するほかに、YouTubeに動画をアップします。


これは欠席された方が自習されるのに、そして参加者もあとから復習されるのに活用していただきます。


私も編集を兼ねて通して視聴してみると、ここでこうやったら良かったということに気付かされます。


Do(行動)のあとには必ずSee(検証)すること、これも脳力開発の学びや実践の一つです。


まだ第1講がすんだところですが、少し自信を得ることもできました。


やればできる、案ずるより産むが易しです。


検証したことを次に活かせるように、2週間後の準備を進めていきます。

支払遅延への対処はどうする

GoToトラベルキャンペーンが、東京都民や東京発着トラベルにも対象が広がるとか。


さらにはGoToイートキャンペーンも始まるとかで、宿泊業、飲食業にも光が差すのでしょうか。


反面で感染拡大を助長してしまわないかという声もあり、どうバランスするのか難しいところです。


さてそういったコロナ禍の中で、小さな会社はキャッシュフロー(資金繰り)に毎月頭が痛いことと思います。


平常時には1ヶ月分、厳しい状況でも3ヶ月分の売上高に相当するキャッシュがあれば乗り切れると言われていました。


ところが新型コロナウイルス感染の拡大が終息どころか、終息についても見えない状況では様子が変わっています。


すなわち、半年や1年先、さらにはその先まで想定した運転資金の準備が必要という声も聞かれます。


そういう相談に対する答はなかなか一概にこうだというのは難しく、また業種業態でも大きな差があります。


相談の2番目は売掛金の回収で、これは平時にも少なくない相談事ですが、コロナ禍の影響で増えているのが実態です。


有り体に言えば「取引先からの支払遅延」が増えているということで、


相談側も資金繰りには苦労している状況ですので、相手の状況は分かっても手は抜けないということでしょう。


ところが、こんなことも知らないんですか?といったような事実があるのです。


それは「請求書には時効がある」ということで(民法173条)、しかも2年間です。


いやぁ当社は大丈夫ですよ、毎月請求書を出していますからと言われる経営者や経理部長がおられるのです。


債権は取引時点で発生しますが、最初の請求書を送ったところから時効期限が始まると思って間違いありません。


そしてその時点から2年間「債権を行使」しないと、時効が成立して債権そのものが消滅してしまいます。


その債権行使は、請求書を送って済むものではありません。


ではどうしたらよいのか、そのくらいことは知っていていて下さいよとも言いたくなります、何しろ「非常時」なんですから。

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通常行うのは催告で、一つは内容証明郵便で請求書を送ること、それでも埒があかねば裁判所から督促状を送ってもらうことです。


その他にも面倒な法的措置はありますが、まずは社長自ら先方に電話するなり、訪問してみることです。


取引先に「支払う意思」があるのかないのか、また経営状況はどうなのかをしっかり確認することです。


その上で粘り強くアクション(催告)を繰り返すこと、たとえ1円でも相手が支払えば「支払意思がある」と見なされ、その時点で2年の時効は中断します。


そういうことを知らなかった、では済まされないことですので社長の役割をしっかり果たして下さい。


また平時に戻った際には、取引先との支払についての書面約束、あるいは保証人や担保請求など少し厳しいと思われる措置も必要ですよ。


何しろ、自社の社員の幸せ(平穏)な生活も懸かっていることをお忘れなきように。


あくまで「自分もよし、他人もよしの姿勢(心)」を保ち続けることを土台として。

『私とMGと経営』こぼれ話(20)

MGの第4期(ちょうど50期目)に大倒産をして、逆分社という後にも先にも唯一の体験をしたわけですが、


さすがにどうしてそういう羽目になってしまったのか、セミナーが終わって戻る新幹線の中でアレコレと考えました。


いかにゲームの中だとは言え、余りにひどい成績であったわけですし、


自己資本グラフのポスターを貼り足してもなお床に近いところまでグラフが伸びたのは、やはり屈辱的でした。


要するに売れなかったこと、売れてもほとんどが一番安い価格(P=20円)でしか売れなかったことが最大要因でした。


ではなぜそのような状況に陥ってしまったのか、どこに誤りがあったのだろうか。


入札の8~9割がたは負けていた、なぜ? 青チップの枚数で後れをとっていた。


特急チップを買い増しして最大12枚を並べていたにもかかわらず、それでも負けたのは13枚のライバルが3人もいたから。


いざという時に悪いリスクカードが巡ってきたのに、研究開発成功などのラッキーカードにはほとんど恵まれなかった。Card


たまに引いた時には、売り切ったあとで商品が手元になかったりした。


様々な事柄が反省事項として出てきましたが、当時はまだ「(周りの)人のせい」にしていたようです。


それでも、やり方を変えてみた方が良い、これまでと反対のことを考えてやったらどうか、くらいのところまでは至りました。


電車の中で心を決めました。


これから先(次回が52期目)、100期を迎えるまでは「青チップを絶対に使わない」ということでした。


何しろ青チップをガンガンと使って、目一杯青チップ合戦に対抗していってそれで負けたわけですから。


こうなったらその真反対の「青チップは一切使わない」ことに、運命を委ねてみようではないかと。


その為にはどうやって戦ったら良いのか、ゲーム展開を思い出していました。


自分が売れた時はどうだったか、あるいは私より青チップが少なかった人でも売れていたが、その時の状況はどうだったか。


その時に脳みその中で何かがひらめいたように感じました、ピカッと光った感じ。


次のMGは遠征でした、長野県の白樺湖へ。そう、「伝説の浅間100人MG」に参加することにしていたのです。


気持ちを切り替える、やり方を変える良いチャンスだと思いました、どこまでできるか分からないままに。

新潟のキハ40型よ永遠に

国鉄形気動車キハ40形(キハ40、キハ47、キハ48)は、1977年から全部で888両製造されました。


地域ごとにきめの細かい仕様で、全国のローカル幹線やローカル線で活躍をして、どこでも見られたものでした。


戦後の気動車発展の礎となったキハ10系を淘汰し、改良版のキハ20系も老朽化によって置き換えていきました。


基本は21mの大型車体で普通鋼、エンジンも従来型よりも高出力としましたが、重量があって加速力には難がありました。


このため、後にはさらに出力の大きなエンジンに換装された車両も登場しています。

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また北日本の一部の地域を除いて冷房化も実施され、現在残っている車両はもちろん全て冷房車です。


中には急行用や特急用に改造されたものも現れて、各地で活躍している姿を見ることができます。


この内JR東日本では運用範囲がドンドン少なくなって、青森・秋田県の五能線や男鹿線、津軽線などのみとなり、


これも間もなく新型の電気式ディーゼルカーに置き換えられる予定で、まさしく最後の活躍です。


また、新潟・福島県の只見線(小出ー只見間)では暫定使用も最終局面で、キハ110形に置き換わります。


北海道や西日本、あるいは九州では今しばらく活躍する姿が見られますが、いずれ消えゆく運命です。


新潟地区(新津運輸区)は、数年前までキハ40形の牙城と言える地域でしたが、


急速に新型ディーゼルカーに置き換わってしまい、カラーバラエティに富んだ編成も見られなくなりました。


今日はその中から2種類のカラーバラエティ(新潟色と国鉄急行色)を載せることにいたします。

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オンラインサポート会員募集

今日は短いブログの更新、それも自社のコマーシャルです、笑笑。


実にですね、本業はというか看板は「経営コンサルタント」なんです。


これは個人事業届にもそう書いてありますので、法律上も(?)確かなことなのです。


ヴァンガード経営研究所の創業は2008年6月ですが、コンサル仕事はその10年前から細々と始めていました。


創業の年から数年間は商工会議所からの依頼もあり、スポット相談も受けましたので実績だけは十分です、笑笑。


おそらくその3年間で100社以上の相談事にタッチし、アドバイスしたことでしょう、しかも業種業態多様で。


ただそれ以来は、あくまで「こだわり」の中でやってきましたので10年間で10数社と、限られた範囲です。


ただし社員研修企画実施まで含めると、50社くらいになるでしょうね。


というのは実際に訪問しお話を聞いてとなると、なかなかたくさんのサポートは難しいからです。


しかし状況が変化し、オンラインでのサポートもやり方次第でできることが分かりました。


そこでまず、「オンラインサポート会員」を新たに創設していこうというわけなのです。

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長くなった前置きはさておき、よろずサポート・VAN-KEIEIでは「オンラインサポート会員」募集します。




詳細お尋ねの方、入会希望の方はメッセンジャーまたはホームページの<お問合せ>からどうぞ。


ZOOMやSNS(Facebook、LINE)でのスポット面談もお気軽に。


《オンライン会員/月額税込 11,000円》

・月1回のサポートレポート、3回の経営等資料お届け
・リモート面談 ※経営支援サポートは有料
・社員研修 ※有料講習/特別見積にて対応
・セミナー参加、有料コンテンツ特典利用 等々


そういうわけで、PR動画も作成しました。ここには動画は晴れませんので、YouTubeでご覧下さい。
https://youtu.be/h9OESLEPxCA


なお、お試し会員制もあるかも知れませんので、そのあたりは臨機応変です、笑笑。


何でも言ってみようかなとか、雑談でも良いかと思われましたら、何より先ずはご一報を。

『私とMGと経営』こぼれ話(19)

通算48期目、MG2日目の第4期で記録した自己資本▲467円


PQが720円に対してFが880円では、これはもうどうしようもないですね。


Fがどうしてそうなったのか、要するに青チップの特急を10枚(次繰りは2枚でした)買い増ししたことと、


それを可能にするために周りの人から20%(あるいは25%)の金利で、短期借入を借りまくったことによります。


もちろんたくさん売るためにセールスマンは3人で、赤チップ(当時は10円)を3~4枚使ったでしょうか。

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それだけやってP=20円でも売り負けたりして、平均Pも21円がやっとこさというところ、


Mはたったの5円足らずですからお話になりません。空前絶後の▲Gという結果でした。


決算を仕上げて提出しましたら、西先生に「次は逆分社だね」と言われました。


えっ!?逆分社って何でしょうか?


もう1回300円からやり直し、その代わり会社盤も真っさらだからと言われ、首をかしげました。


そうすると▲467円は棒引きなのかというと、単に凍結するだけだからとわけの分からないまま。


その時に自己資本が600を超えると「分社」になり、▲300になると「逆分社」になることを知りました。


分社の場合は、自己資本分を新たな資本金払い込みにして「会社盤真っさら」でスタートする。


逆分社の場合はマイナス分は凍結してしまって、新たな会社を(資本金300円で)立ち上げるということ。


前回も書きましたが、この体験が逆分社の最初で最後でした。というより債務超過(自己資本ゼロ未満)も最後でした。


では根本原因は何か、それを検証することが大きな課題になりました。

オンライン100日経過

台風10号は北上を続けてそろそろ玄界灘に達し、朝鮮半島に向かっている頃なのでしょうか。


台風の暴風域に入ったところもかなり広範囲で、しかも夜中でしたから不安で大変だったことでしょう。


ことに停電があった地域などは、それこそ眠れぬ夜を過ごされたのはと察せられます。


都市部でも観光地でも、自宅を出てホテルに泊まられた人が多かったようですね。


交通機関が計画運休を決めたりすることが多いということもありますが、



新型コロナウイルス感染というリスクもあって、避難所の三密を避けようという意識が強く働いたのでしょう。


さて、この土日は本来なら神戸でキャッシュフローMGでしたが、すでにお話いたように講義だけのリモート参加でした。

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自分の講座(脳力開発講座)や社員研修ではすでに何度か体験をしてきていますが、


リアル研修セミナーの一部を、リモートで担当させていただくのは初めての体験でした(写真はビーラブさんから)。


PC内蔵カメラで参加者の姿も、会場全体像として映していただいたのですが、


さすがの映像が小さくて、こちらの話の反応を確認しながらというわけにはいきませんでした。


音(話し声など)もさほどは拾えませんので、自分の話が受けたのかどうかなどしかとは分かりません。


それでもうなづいて下さる方や、笑い声を上げて下さる方がいますと、反応を感じて話にも寄り身が入るものです。


パワーポイントの資料もフルに準備はしていたのですが、やはりこちらの表情を見せた方が良いと思いましたので、


よって共有画面(ZOOM)でのパワポ解説は必要最小限に抑えました。


レジメをあらかじめ送って、それを配付していただいていましたのでそれが役立ちました。


でもやはり、リアル講義で板書を使う方がずっとやりやすいですね。


パワポでは、PC画面への手書きなども使ってみましたが、いくらか補えた程度でしょうか、工夫が必要です。


いずれにしても、オンラインでやるのだと決めてから3ヶ月余り(100日)、色んなことを試してきました。


これからも周りの方から教えや刺激をいただいて、自分でもやれることを模索し試していきます。


この次の日曜日からは、いよいよ脳力開発オンライン講座がスタートします。


参加していただいた方に「参加して良かった」と言っていただけるよう、全力投球していきます。


明日から最終準備、点検整備を進めると共に、その先への準備も先行しながら進めていきましょう。

モンスター台風接近ちう

今日と明日は本来のスケジュールでは、神戸でキャッシュフローMGを共催する予定だった。
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新型コロナウイルス感染拡大で早々と遠征中止を決めたが、CFMGについては開催して下さる。(右は昨年のCFMG)


そして私は初めてのことだが、リモートで参加し両日の講義部分を担当させていただくことになった。


新たな試みを企画していただいたビーラブさん、西よおこさん、参加者の皆さんに感謝である。


さて台風だ。


今週北上した台風9号も、かなり大きな影響を与えて大陸へ向かっていった。



本来であれば直接の影響を受けない新潟県では、台風に吹き込む南風によるフェーン現象で観測地点2ヶ所(三条市、胎内市中条)で気温40度を超えた。


これは9月としては日本最高気温だったそうだが、県内の他の観測地点のほとんどで猛暑日だった。


そしてとんでもない台風(10号)がやってきている。


昨日は970ヘクトパスカルだと言っていたのが、今夕には925ヘクトパスカルと大きく気圧を下げている。


当然強風域が大きく拡がり、直径1千キロを超えているのだというし、もちろん暴風域も強烈だ。


大東島を暴風域に巻き込み、さらに真っ直ぐ北上して奄美大島を直撃するらしい。


この間水温の高い海域を通っていくので勢力が衰えないままだというから、まさにモンスターと表現されるだろう。


北上する台風はその東側が、台風に吹き込む南風と北上していくエネルギーとが混じり合うので、とくに激しい雨風になるという。


しかもかなり離れた地域でも、とくに大雨に見舞われるのだという、心配だ。


すでに昨日も愛知県で大雨が降って、新幹線が一時運転を見合わせたくらいだった。


そして新潟は再び猛暑に見舞われるらしい、それも週明けから3日間くらい続くらしい。


地球環境が変化してきているのだということが、台風の性質にも変化をもたらしているのだろうか。


そんな難しいことはよく分からないし、昔だって大きなモンスター級の台風はあった。


しかし「これまでに経験したことのない」と表現されると、何かが変わったのではないかと考えたくなるモノだ。


心して気を付けるに越したことはない。

『私とMGと経営』こぼれ話(18)

1988年最初のMG(姫路MG)で15期を終了、開発者の西順一郎さんにも会えました。


このあとは繁忙期の合間の土日を利用するしかありませんので、月に1~2回神戸に通って受講する許可を得ました。


その他、同じ岡山市内でMGを社員研修に取り入れられていたS社をご紹介いただき、ゲスト参加させていただきました。


その結果、5月の下旬には50期が目前になりました。7月のMGシニアまでに50期をという目標もクリア目前でした。

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ところでMGのゲーム成績はというと、たまに瞬間風速で自己資本が300円を超えることがありましたが、


それはラッキーカードに恵まれた時であって、実力で勝ち得た成績ではありませんでした。


よって毎回最終自己資本は「水中散歩」、あるいは「激しく上下」状態が続いていました。


ですから目標はいつも決算順位で、これは4回目のMG頃からはほぼほぼトップがキープできるようになりました。


そうなると決算時間が目標になり、20分を切って10分台に突入して、最速時間は確か12分台だったと記憶しています。


決算だけが目標ではなぁということで、青チップをたくさん使うとか機械を大きくするとか目標をつくるのですが、成績はパッとしません。


それどころが債務超過も何度かあり、ついに「その日」を迎えることになるのです。


この日は「ドツボにはまった」という表現がピッタリきたMGでした。


やることなすことが裏目裏目に出ることがありますが、まさにそれを絵に描いたような。


40期を超えたこの頃になるとそれなりにPQを上げて、上位卓にいることが多くなっていたのですが。


その日のA卓あるいはB卓は「青チップ合戦」全面展開、しかも20円カードを握りしめ、でした。


2日目の第4期、私にとっては48期目でしたが、次繰りの青チップ2枚からお金を借りまくって特急青チップを並べていき、


気が付いたら9枚、10枚に達していました。他のメンバーもほぼ同じかそれ以上。


ゲーム前半の途中から「ゼロ円コール」が出始め、ついには「マイナスコール」が。


現実の世界でも『1円入札』ということが新聞紙上に乗り始めた頃で、「これか!?」と思ったモノでした。


売れません、ことごとく入札にて叩かれまくり、見事に散りました。


自己資本「マイナス467円」、なんやそれ?


壁のグラフに紙を貼り足していただきました、記念写真は取り損ねました、くやしくて。

北三陸海辺を走る八戸線

コロナ禍が収まらない中、旅鉄もままならないので今昔の写真をアップしてきました。


それも一段落ということで、ここからはここ10年くらいの間の各地鉄道線、車両をランダムに載せて参ります。


その最初はJR東日本八戸線、なぜという理由はありませんが、列車の冷房化が日本で最後になったローカル線です。


八戸線は、東北新幹線の八戸駅(青森県)を起点に、三陸沿岸を南下し久慈駅(岩手県)に至る64.9kmの非電化路線です。

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JR東日本とは新幹線で接続していますが、旧東北本線は青い森鉄道に移管されて、在来線としては孤立路線となっています。


また、八戸駅はかつては尻内駅でしたが71年に改称され、かつての八戸駅は本八戸駅となりました。(右写真は八戸駅)


本八戸駅の方が市の中心街には近く、このあたりは都市計画で高架線が続いています。


75年に久慈駅から先、普代までの久慈線が開通しましたが、84年に三陸鉄道(北リアス線)に移管されました。


上記に書きましたようにずっと「リゾートうみねこ」(下写真)を除いて非冷房車(キハ40系)ばかりでしたが、


2018年に最新のキハE130系気動車に置き換えられて、「リゾートうみねこ」と合わせて全列車が冷房車になりました。


かつては準急や急行列車も運転され、一時は上の直通の急行「三陸」もありましたが、現在は全て普通列車です。


なお、八戸駅に近い八戸貨物駅からは八戸臨海鉄道が一部並行し、貨物列車も運転されています。

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ハイブリッドセミナーにも挑戦

9月がスタートし、今月は私(VAN-KEIEI)にとってもエポックメイキングの月になります。


既にお知らせしていますように今月の13日より、遅れに遅れていた今年の脳力開発講座を開講します。


ただしリアル講座ではなく、オンラインでのプログラムとなります。


これは従来のオフライン講座をソックリそのままオンラインに置き換えるのではないというところがポイントです。


これまでオフラインのリアル研修では板書を主体に進めていましたが、


オンライン講座ではパワーポイントをフルに使った、しかも進行に合わせた書き込みを加えた形で進行します。

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さらには、ZOOMの機能であるブレークアウトセッションを使ってのグループセッションや、共同作業も試みます。


また課題演習は次回までの「宿題」として、次回の中でグループチェックなどを行うことにしています。


これまでのセッションでは限られた人数になってしまいましたが、


全国から参加していただけるオンラインでは、グループメンバーも自在に変えることで多彩なセッションが可能です。


そして実は今週はもう一つ新しい試みが始まります。


すでに倫理法人会のモーニングセミナーでは、リアル講座とZOOMを組み合わせた「ハイブリッド」講座が各地で開かれています。


これに範を得て、MG(キャッシュフローMG)でも同様のハイブリッド展開をやってみることになりました。


すなわち、実際のゲーム展開や講義の主要部分は会場のインストラクターが行いますが、


これに加えて「ゲスト講師」による講義を、ZOOMとプロジェクターを使って行うことにしています。


果たしてどのようになるか、うまくいくのかは「やってみてのお楽しみ」というところです。


すでに倫理法人会では、メインの講師の講話を同様の形でやられた例がいくつもありますので、きっとうまくいくはずです。


このようなスタイルがうまくいくようであれば、MGはもちろん脳力開発でもゲスト講師による講話を組み込むことができます。


講師にわざわざ会場まで足を運んでいただかなくても、「本拠地から中継」のような雰囲気でやってみることができます。


今年の講座でやれるかどうかは今のところ検討中ですが、来年はそういった試みも混ぜて幅広い展開を考えます。


つまり、これまでとは全く違う講座の展開、セミナーのプログラムが可能になるということです。


さらにもっと面白いことができるかも知れません、私もどんどんとチャレンジすることにワクワクしています。


現在のところは、YouTubeで脳力開発関連の動画を公開していますが、


今月からのオンライン講座は有料限定公開として、上記と連動しながら少しずつコンテンツも増やしていきます。


他にもできること、まだまだいっぱいありそうですね、探しましょう。

『私とMGと経営』こぼれ話(17)

姫路MG2日目、西順一郎先生のまとめの講話。


そこでいきなり飛び出したのが、佐々木隆さんという名前でしかも1ヶ月前(12月)に急死されたとのこと。


電話で一度お話ししたきり、お目にかかることができなかったかと少し落胆していました。


やがて西先生が語られたのは、「同じ12月21日にもう1人すごい人が亡くなられた」ということでした。


2年前の同じ日(12/21)に、「脳力開発の城野宏さんも亡くなられている」と。


脳力開発!? 城野宏!?


参加されていた方の中で、この2つの言葉を完全に理解していたのは数人ではなかったでしょうか。


私もまた、その名前をどこかで聞いたな、どこだっけなと思い出しながら話を聞いていました。


思い出しました。4、5年間の講演会で話を聞いたことがある、その後も確か一度は話を聞いたことがあると。


だが、なぜ西先生の話の中に城野さんが出てくるのだろう、脳力開発とMGは関係があるのか?


関係があるどころか、西先生は城野先生の『経営ゼミ』に出られて脳力開発を学ばれたことを知りました。


しかもその時に1年間話された『三国志の人間学』を、城野さんの承認を得てテープアップし編著されたこと。

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その著書が『城野宏の戦略三国志(上中下)』であることを知りました。


不思議な縁を感じるとともに、これが私をしてMGと変更して脳力開発を学ばせるきっかけにつながったのです。


もっともこの段階では、まだMGと脳力開発とのつながりを強く意識していたわけではありません。


MGの開発者である新居順一郎さんが、城野宏さんに学ばれていたというそのつながりに気が付いたというだけです。


MGの中に脳力開発の考え方が色濃く反映されている、そのことに気付くのはまだしばらく後のことです。

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