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『私とMGと経営』こぼれ話(11)

初MGが終わった翌月、会社の研修派遣メンバーの最終グループが完了したあと、社内研修実施が告げられました。


インストラクターは、同じく兵庫MG会の藤原さんでした。


研修派遣メンバー中心、今度はみんな顔なじみでしたので気は楽でした。


東京や福岡といった支店のメンバーや工場幹部も、毎月のように顔を合わせていたので和気藹々ムードです。


それでも営業部長や経理部長も参加されるということで、会社もかなり本気なんだなと感じたものでした。


会社のある岡山市の郊外にある研修施設、一部の幹部を除いて全員が宿泊という合宿研修でした。

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もちろんほぼ全員が2回目のMG、今回初参加も数名いましたので、全員初心者といってもよい研修でした。


社長も初日の朝には顔を出され、この研修の意義を語られました。


そして2日目のまとめの講義が終わったあとに、MG導入を提起されたY専務から話がありました。


曰く、社内研修の一環としてMGを継続実施していくこと、


また幹部社員だけではなく、総合職の一般社員も部署や男女にかかわらず体験してもらう。


ついては社内インストラクターを3名養成することにするので、自薦他薦で誰かやってくれないかと。


手を挙げたのは生産管理の課長だけでしたが、人事の係長も役割として他薦で選ばれました。


あと一人ということで専務から直接指名されたのは、何と私でした。これも経営管理室長という役割のせいだったでしょう。


こうして3名が選ばれ、翌年(1988年)春以降のMGインストラクターコース(MGシニア)を目指すことになりました。


シニアに参加する前にあと数回MGを体験すること、社外の研修に参加するように告げられました。


藤原さんからは、早めに開発者である西先生が来られるMGに参加した方が良いともいわれました。


その日程をお尋ねして、年明け1月の姫路開催MGなら行けそうだと分かり、すぐに専務に申告して了解を得ました。


ゲーム成績は再び落ち込んだ社内MGでしたが、目標の決算トップは獲得、所要時間も短縮できました。


同時にインストラクターへの道がひらかれ、それが後半人生に大きくつながることになるのです。


ちなみにこの時、私はあと少しで36歳の誕生日を迎えることになる頃でした。

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