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『私とMGと経営』こぼれ話(2)

前回は転職した会社での仕事について書き始めましたが、企画開発部門にずっと腰を据えることになります。


1976年4月の入社で4日目には配属、88年の3月末まで12年間(最後の半年は兼務)同じ部署にいたことになります。


もっとも部署の名称は何度か変わり(最終時は開発部マーケティング室)、仕事場も3回ほど移動しました。


当初は宣伝企画室でグラフィックデザイナーさんたちと一緒に机を並べていましたので、


門前の小僧というか、見よう見まねでDMやチラシのデザイン、店舗設計のパース絵なども覚えました。


また前職で社内報作成などをやっていたことを買われて、コピーライター的な仕事も任されました。


あるいはモデル撮影やタレントを使ったCM撮影現場にも立ち合い、けっこう楽しんで仕事をしていました。


数字とは無縁といいながら、宣伝販促の予算管理はそれなりに電卓を片手にやっていました。


とくに展示会で使う工作物や什器などが「資産」にならない(10万円未満)ようにする工夫だとか、


期末(6月末)をまたぐ販促宣伝物、提供什器などの期間計算など、面倒な仕事もありました。

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とくに2年に一度国税局による定期税務調査が入る際には、1週間くらい禁足を経理部長から申し渡されていました。


販促宣伝物は「目を付けられやすい」ことを知りましたが、とにかくその期間は仕事にならないくらい質問攻めでした。


もっとも、そういう費用が会社(経理)の中でどういう位置づけなのかなどということは、全く知らないままでした。


そんな時に、突然「数字を扱う」部門への異動が命じられました(半年間はマーケティング室兼務で)。


直属の上司であった開発部長(常務)が社長に就任され、10年一緒に仕事をして来た「縁」で引っ張られたのです。


それまでの小さな部門2つを統合して、新たに「経営管理室」が生まれたのでした。


たった6人の職場、私が室長(課長)で少し年上の副課長(男)とあとは妙齢の女性が4人。


本社や支店・営業所、販社、本社工場と物流センター、衛星工場などの経営数値管理が主たる業務です。


それらの数字(データ・資料)を整理整頓して、常務会に資料として提出する。


得意先との売買契約についての管理とチェック、信用調査やマーケットリサーチ。


そういう部署に配置された、まさにその時にMG(MQ戦略ゲーム)と出会うことになったのです。

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