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最北の路面電車

最北の路面電車といえば、現在では札幌市電になるでしょうね。


数年前に途切れていた区間が新規開通して、ループ状(環状)運転になり、利便性が向上しました。


新規路線延長の構想もあるようですが、さすがにそれは将来の夢ってところでしょう。


私が初めて札幌市を訪れたのは1971年の初夏(7月)でしたが、その頃は路線系統もいくつかありました。


車両もバラエティに富み、とくにヨーロッパ風の日本離れした前面スタイル、連結・連接車などフィルムの枚数を気にしながらの撮影でした。254_71



当時はまだ1日乗車券などもなかったと思いますので、さすがに全線踏破とはいかず、主要路線を乗っただけでした。


その後なかなか訪れる機会も少なく、その間に次々に路線が廃止されたのは残念でした。


ところで、当時は札幌の北にまだ「最北の路面電車」がありました。


それが旭川電気軌道でした。中心部と連絡していた旭川市街軌道はもうありませんでしたが、旭川電軌も現在は鬼籍入りしています。


旭川から宗谷本線(または石北本線)の普通列車で、次の駅が旭川四条駅です。


現在は駅に昇格していますが、訪れた71年当時は仮乗降場で道内時刻表にしか掲載がなく、通過列車もありました。


そこから出ていたのが旭川電気軌道で、次の旭川追分駅で東川線と東旭川線が分かれ、どちらも1時間に1本の運転でした。


四条駅から追分駅までは路面上を走り、そこから先は道路の端を専用軌道で走っていました。102_71



またl国鉄連絡での貨物運輸もあり、電車が貨車を引いていた(東川線)ようです。


東旭川線の終点は旭山公園で、残っていれば(72年末閉業)旭山動物園への乗り入れで・・・ナンテ考えてしまいます。


追分には車庫もあり、古典車両の廃車体などもあって雑然としていました。


また車庫内はポール集電で、近代的な電車にもパンタグラフとともにポールが付設されていました。


それでは今朝は、札幌市電の連接車と旭川電気軌道の車両を掲載します。


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