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『私とMGと経営』こぼれ話(1)

さて今日から週に2回くらいのペースで、標題のテーマでのコラムをスタートします。


今日現在、緊急事態宣言の解除そして東京なども含めた移動自粛解除が出され、環境条件の変化が改まりました。



MG(MQ戦略ゲーム)についても、3月の下旬頃から4月5月はセミナー開催中止が相次ぎました。


6月についても多くのセミナー中止がありましたが、少しずつですが復活していこうという動きも出てきています。


中にはオンラインでやれないかという試行も始まり、MG(西研)シーガルたちの情熱を感じます。


東京での西研MGも7月から再開されますし、これから少しずつ開催するところも増えていくだろうと期待しています。


私はといえば、2月の下旬に開催されたMGフェスティバル以来、地元から一歩も出ることがなく、年内に予定していたセミナースケジュールも全て中止にしました。


私には私の考えがありますが、それを他の仲間たちに押しつけるつもりも全くありません。


MGよ永遠であれ、なぜならMGが(小さな会社の)企業経営の救世主だから。


STRAC(戦略会計)とMX(マトリックス)会計をものにすれば、「人を大切にする経営」も必ず実現しますから。


そんなMGとの出会い(1987年9月)から書き始めるのですが、その前にではMG以前の私はどうだったんでしょうか。


ひと言で言ってしまうと、「数字に余り強くない」人間でした。


小学生の頃に親に言われるまま「おこづかい帳」を付け始めましたが、三日坊主(3ヶ月)でした。


算数は決してキライではありませんでしたが、単純な計算や、いわゆる幾何学的なものは苦手でした。

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大学では法律を専攻しましたが、どうも第何条はどうのこうのというのが好きになれなくて、徐々に道を外れました。


大学入学時には司法試験を目指してみるかなどと考えもしましたが、すぐに現実の我に返りました。


たまたま法学部のそばに経済学部と経営学部もあり、乗り入れ受講も認められていました。


しかし経営学原論ですぐに挫折、今から思えば経営学部の講座には学んでおけば良いものが並んでいたのですが。


ギリギリのところで卒業単位を獲得して、無事法学士として卒業はしましたが、就職はごく普通の上場企業に。


3ヶ月間の新人研修を終えて工場の人事教育課(後に労務部)に配属、社内報とワーカー教育が最初の仕事でした。


研修の時に経理講習もあり、BS/PLなどについても学んだのですが、数日の内にはすっかり忘れていました。


結局その会社には1年半在籍しただけで、病気を理由に自己都合退職し、半年ほどは体力回復に努めました。


そして人とのご縁に助けられて2番目の会社に拾われ、4月1日途中入社の形で与えられた仕事が開発・宣伝販促企画。


こうしてしばらくは、経営や経理・会計どころか数字とはほとんど無縁の仕事に就くことになりました。

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