« オンライン講座への道 | トップページ | 連載・『脳力開発と私』こぼれ話(99) »

新潟の私鉄思い出話

私が縁あって新潟県(長岡市)に住まいを移したのは1990年の春でした。


それ以前にも学生時代から何度か足を運んでいましたが、


90年までは1日か数日滞在するだけで、ゆっくりと乗り鉄や撮り鉄を楽しむことも多くはありませんでした。


それでも国鉄線はJR化を待つことなく、全線を踏破し終わっていました。


既に廃止されてしまった魚沼線、越後線(東三条ー越後長沢間)、赤谷線にも乗車済でした。


しかし私鉄にはなかなか乗る機会はなく、乗る前に廃線になってしまったところも少なくありません。

12_71_20200617225201
全線に乗れたのは、新潟交通(新潟電鉄線)と越後交通の長岡線くらいでした。


大雪の長岡駅に降り立って越後交通栃尾線を見たものの、滞在時間が短く長岡線を優先したのは心残りです。


蒲原鉄道も、結局一部区間の五泉-村松間に廃線直前に乗れただけでした。


越後交通来迎寺線は私が長岡に来た時にも残っていましたが、すでに旅客列車はなく貨物専業になっていました。


会社が線路の近くにあり、またセメントサイロがあって貨物を牽引する機関車の汽笛を聞くのが楽しみでした。


新潟交通線は狭い道路上を走る区間(県庁前から東関屋駅手前の鉄軌道分岐点)があり、30kmくらいの低速電車でした。


現在は純然たる私鉄は一つもなくなり、新幹線の並行在来線(えちごトキめき鉄道)とほくほく線(北越急行)が三セクで残るのみとなりました。


これらも赤字が大きく、コロナ後に観光列車に活路を見いだしていくようですが、いつまで過疎地域の足としてがんばれるか厳しい状況が続きます。


では今日は、新潟交通の県庁前駅に停車中の電車(1972年)と越後交通の電気機関車(1990年)を掲載しておきます。

Ed5102_90

« オンライン講座への道 | トップページ | 連載・『脳力開発と私』こぼれ話(99) »

VANちゃんの乗り鉄旅日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« オンライン講座への道 | トップページ | 連載・『脳力開発と私』こぼれ話(99) »