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連載・『脳力開発と私』こぼれ話(72)

新型コロナウイルス感染による混乱、不安がさらに拡がりつつあります。


これは確定的要素の情報が少なすぎることによるものだと思っています。


確かに政府発表からも、マスコミからも様々な情報が日々流れてきますが、事実情報以外のものがどこまで信じられるのかという不信が混乱や、不安を増幅させています。


本来なら政府発表が信頼できる確定的要素として理解されて良いのですが、一連の流れを見ていると、また朝令暮改的な要請の連発で、今ひとつ信頼できないということになっているようです。


そこにデマ(とくにSNS上のデマ・フェイク情報)が拍車を掛けています。


デマも最初の内は「そんなバカなことがあるか」と信じない人が多数派です。しかし徐々に拡散されてくると、もしかしたらという気持ちが強くなります。それがSNSの怖さでもあります。


やがてその情報を信じた人が、例えばトイレットペーパーなどの買いだめに走り出します(写真は1973年オイルショック時のもの)。Photo_20200302120101


それを視認した人たちが、半信半疑ながら同様の行動に走り出します。噂が噂を呼んで、さらに広がっていくことは明らかです。


その内に、デマを信じていなかった人たちにも、(信じた人たちが)買いだめに走ると物がなくなるという推測が生まれてきます。


こうなると冷静に考える前に「手と口と足」が動いてしまいます。自分もまた急がなければという気分になって、買いだめ行動に走ります。


結果としてあっという間に店頭から物が消えていくことになります。その様子が放映され、SNSにアップされるとさらに火が点くわけです。


本来の行動としては「確定的要素」に基づくものであってほしいわけですが、心理的に揺れ動くと例えそれが結果的に間違った行動でも、自らはそれを正当化します。


物が戻ってきて落ち着いてしまえば、アレは何だったんだろうと言うことになるのでしょうが、その為には今ひとつの確定的要素が必要です。


すなわち、この「新型コロナウイルス感染」騒動がいつになったら収まってくるかという要素(情報)です。


今現在はそういう確定的要素がほとんどないので、しばらくは混乱が続くのだと覚悟しておきましょう。


では、次回は「確定的でない要素」について検討していくことにします。

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