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連載・『脳力開発と私』こぼれ話(78)

これまでに、多くの企業で経営理念や行動指針などをつくるお手伝いをしてきました。


その中でとくに気を付けたことは、あいまいな、どうにでも解釈できるような文言はできるだけ避けようということでした。


抽象的な言葉が良いとか悪いとかいう問題ではありません。


ことに経営理念については、企業が目指すところを大づかみにする言葉になりますので、抽象的な言葉になることはある程度仕方がありません。


そこで経営理念が抽象化された言葉で方向性を示すものなら、行動指針(やクレドなど)は具体化された言葉を使います。


そうやって、社員の皆さんが理念達成に向けて同質の行動がすぐにできることを目指すわけです。


ある会社では、「お客様のお役に立つ企業を目指そう」といった経営理念を打ち出しました。(写真事例はリッツカールトンのクレドをお借りしました)
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そこで行動指針の中では、まず私たちの会社にとっての「お客様」を具体的な言葉として表しました。


会社の中にはいくつかの部門がありましたので、部門ごとにミーティングをしてお客様を定義していただきました。


そうやって「お客様」の概念を会社全体としても、さらには部門ごとにも共有化することをまず行ったわけです。


その上で、お客様の「役に立つ」とはどういうことをすることなのかを、改めて話し合ってもらいました。


話し合いの中では具体的な行動がいくつも出てきましたが、余りに細部に亘る事柄はストックしておいて、月次の目標行動などに活用してもらいました。


経営理念、すなわち会社の戦略については社長(とアドバイザーである私)を中心に、経営幹部の話し合いで決めました。


それはある意味では『表札』のようなものです。しかし表札だけでは会社を良くしてはいけません。


大事なことは中身、日々の具体的な行動がその表札の元につながり合っていることなのです。


こうすれば『表札』そのものも分かりやすく意味あるものとなり、みんなが理念達成に向けて現場で知恵を働かせ、行動して役割が果たせることになります。


経営理念というと、なにか難しそうな高邁な言葉を掲げてしまうことが往々にしてありますが、自分でもよく分からない言葉や理屈を並べ立てるべきではありません。


実際行動の中でマイナスの結果が出ないように、誰もが分かり合える、お互いに力を合わせていける内容に磨き上げましょう。


次回からは脳力開発の指針その9~11、『実際知識の拡大』について書いていきます。

今こそ「経営の数字」をつかめ

年度末(正確には会計年度末)になります、企業も公的機関に合わせて3月31日を期末としているところが多いようです。


4月が会計年度のスタートになったのはそれほど古い歴史ではなく、明治19年(1886年)で、それまでに試行錯誤がありました。


また、イギリスの制度に倣ったという説もあるようです、当時の世界最強国でしたから。


ちなみに、個人事業主である私の会社(ヴァンガード経営研究所)は暦年と同じく12月末決算です。


さて一般に、会社における経理事務は経理を業務とする担当者が主体で仕事をしています。


大きな会社では経理部門があり、また別に財務部門が別にあるところも少なくありません。


小さな会社では独立部門がある場合や、一人の担当者が経理も財務も引き受けている場合もあるでしょう。


中には顧問税理士さんや会計事務所さんに丸投げというところもあるようですが、まぁこれは論外としておきましょうか。


組織の形やシステムは、ハッキリ言ってどうでもいいのです。大事なことはそこから上がってくる数字の情報です。


その数字は会計情報ですが、経営情報とも言います。ただし情報には3段階があります。


第1段階はデータ情報(生データ)、たいていの会計情報はこの範疇です。月次の試算表が机の上に置かれているというイメージです。


この情報を経営情報として読み取り、大事な意思決定を行うには相当の知識が必要になります。


第2段階の情報はインフォメーション、いくらか加工されて「経営状態を記した資料」として提示されています。


社長自らが生データを処理加工して、自分が使える情報にしている例も見られますが、できればここまで目指したいものです。


そして第3段階はインテリジェンス「社長の数字」として判断し、意思決定に活用できるレベルの情報です。


決して難しい高度な情報ではありません、強いて言うなら分かりやすい、誰でも分かる情報です。


社員さんとチームで共有し、ディスカッションで問題を洗い出し、これからどう行動していくかを決めるための情報です。

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経理や財務のことは担当者任せ、にしていてはここまでの情報は得られません。


結果として気付いた時には会社が崖っぷちにいた、極端に言えばそういう事態をも招きかねません。


経営の数字は時にはそういう警報を鳴らしてくれている場合があります。


そういった警報を的確に感知できるかどうか、それこそが経営者の最も大切な役割です。


なぜなら、社員さんとその家族の幸せのためには、会社を崖から転落させるようなことは絶対にやってはならないからです。


早め早めに危機を感知し、時には社員さんとも危機感を共有し、ピンチを脱する知恵と行動をやっていかねばならないからです。


もしかしたら、今この「コロナ危機(コロナショック)」がその時機なのかも知れません。


少なくとも手元にある「経営の数字」が何を意味し、どういう流れでそうなっているのかをしっかりつかんでいきましょう。


あなた任せはいけない重大な局面にある、そのことを自覚して経営者としてやるべきことを躊躇なく進めて下さい。

自分だけは・・・はない!

弥生3月も残り3日、弥生と言うにはふさわしくない話題が続く今日この頃。


振り返ってみれば、この1ヶ月新型コロナウイルス感染について、ブログやSNSに書かなかった日がない感じ。


前半はクルーズ船における感染者の集団発生に視線が集中し、それが落ち着いても日々発生する感染情報に一喜一憂。


と思ったら、ここに来て一気にその数字が増えて、どうなっているんだろうねと戸惑いさせ覚える。


専門家とか称する人たちがああだのこうだのと御託を述べておられるのだが、どうも憶測推測の類で確証とはいかないように感じる。


事実として、昨日3/28の感染者は1日200人を超えたのだということ、ここ数日一気にその数が増えたということ。


クラスター感染という状況もあるが、そうでないつまり感染経路が不明のものが確実に増えてきている。


これを市中感染と言っていいのかどうかは分からないが、人口の多い都市部に見られることも事実なのだ。


IN-OUT-残、すなわち退院した人の数を差し引いた人数も急激に増加している。


1週間前まではその数は900人から1000人までで、減少傾向にあったものが急増に転じているという事実。


この事実を踏まえてこの土日の外出自粛が強く要請されたのだが、確かにその要請に応える人の数も多いことは分かる。


しかし、そうでない人の割合も少なくないことが感じられる。つまり「自分(だけ)は大丈夫」だと。


正直に白状してしまえば、1ヶ月くらい前の私もそうであった。大騒ぎをするものでもないと口にしていた。


コロナウィルスといっても、それはこれまでにも存在した風邪のウイルスの一つであって、インフルエンザくらいのものだと。


それでも状況は違ってきていることを日々感じ始めて、2月の末までには3月予定の主催セミナーの中止(延期)を決めた。


3月に入った時点では、これは長引くに違いないと思い。4月についても全ての予定を白紙にした。


決めた時にはまだ少し楽観的な見込みを抱いていたが、今になってはその判断、意思決定が正しかったと確信している。


もちろん可能な範囲では、最大限の対応をしながら行動していこうと考えている。縮こまってはいられないことも事実。


だが、少なくとも「自分(だけ)は大丈夫」などいう奢りに似た意識はない。


だから、外出(行動)自粛を言われながら、(多分これまで通りに)動き回っている姿を見るとダメだよと言いたくなる。

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総じて若い人に多いらしい。若い人は感染しても発症する確率が低いからだと。統計的にはその通りだ。


だが、自分は感染しないということと、周りを感染させないということとは全く異なる。


発症するリスクは少ないかも知れないが、あなたの周りにウイルスを発散させて感染、発症させるというリスクがあるということ。


永遠にじっとしていなければならない、ということなどあり得ない。今が辛抱の時間だというだけだ。


これも推測だが、先週の三連休前後の「油断」が今週の感染者増大の引き金になった(恐れがある)といわれている。


この先の結果は、おそらく今の行動が要因となってくるだろう。その結果を確認してから、次の行動に移っても遅くはない。


縮こまっている必要はない、これまでと違うことを考えてやっていけば良い。


これまで時間がなくてやれなかったことを、その中でやれることが可能なものをピックアップしていけばいいだけのことだ。


この1ヶ月、自分に与えられた時間をけっこう有効に使ったが、まだまだ使い方が下手だった。


次に1ヶ月はもっと大切に、そしてより有効に使っていこう。時間はタップリある。

身も心も落ち着いてから

新型コロナウイルス感染のニュースが聞かれない日はありません。


しばらく感染者の出なかった新潟市でも、昨日は8日ぶりに感染者が出たという知らせが駆け巡りました。


しかも今回は持ち込み感染というのか、アメリカ(ニューヨーク州)から帰国した20代の学生でした。


ニュースで伝えられたようにニューヨーク州は22日にロックアウトされましたが、その前に帰国(日本時間20日)されたようです。


新潟市の実家(西区)に戻ったのが23日で翌日に高熱が出たそうですから、標準的な潜伏期間を当てはめるとアメリカで感染したことが疑われます。


本人に悪気はなかったでしょうが、まことにタイミングが悪かったというか、正直そのまま留学先に滞在してくれていたらと、つい思ってしまいます。


東京では週末の外出自粛が知事から要請され、隣接県の首長もそれぞれ同様の声明を出しました。


新潟県も知事名で「東京行き自粛」が打ち出され、職員の東京出張を中止する指令を出した市もありました。


また、西研MGの中心でもある「東京MG」も、4月については平日MG、土日MG、そして三浦海岸のレディスMGの中止を意思決定されました。
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すでにMGを主催されている仲間の何人かも、セミナーを中止あるいは延期されることを決断されています。


大多数はなんともない、何か起こる確率は極めて低いことは分かっていても、何事にも絶対ということはないのです。


ましてや学びの場には、同じ会社の仲間たちに、そして何より家族に快く送り出してほしいじゃありませんか。


なぁに、どんなことにも終わりのないことはありません。「終わり方」には色々ありますが、この出来事もいつかは終わります。


こんな言い方は叱られるかも知れませんが、コレラもペストも、そしてインフルエンザも決して完全駆逐されてはいませんが、ある意味人間たちと「共存」しています。


翻って私(ヴァンガード経営研究所)が主催しています脳力開発、あるいはCFMGは5月下旬の開催を目指しています。


これも今後の状況がどうなるかによっては、中止(延期)という判断・意思決定をしなければならないかも知れません。


まだ50日以上ありますよと言っても、先のことなど誰も確信して決めつけることはできませんから。


今はひたすら、無事に、できれば平穏に(普通に)開催できればと願っているところです。


でも学びはどこにも逃げません。必ず皆さんや私に最も良いタイミングで学びの時間がやってきます。


そのタイミングを逃がさないように、今からしっかりと準備を整えていきましょう。


この3月1ヶ月は学びに徹しました。幸いに、殆どスケジュールが真っ白になったおかげで、時間をタップリいただきました。


遠征やセミナーという時間は皆無でしたが、資料づくりやセミナーの活用できるデータベースづくりがたくさんできました。


おそらく4月も同様の時間の流れになるでしょう。でも3月と同じ流れでは勿体ない、少し切り口を変えたりしてみようと思います。


5月に復活・復帰できるのだと信じながら、それをもっと多くの人に伝える準備を整えていきます。


身も心も落ち着いたら、一緒に学んで参りましょう。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(77)

東京圏のコロナ感染がここ一両日で一気に加速しています。


小池都知事が一昨日の夜に、急遽記者会見を開いていくつかの強い要請を行いましたが、果たしてどれだけの効果を生むでしょうか。


私は都民でも首都圏民でもありませんが、もしそうであったとしたらかなり戸惑いを覚えるのではないかと感じました。


例えば(週末は)不要不急の外出は控えて下さいと言っていますが、「不要不急」とはどういうことなんでしょうか。


あるいは「控えて」くださいというのは、どの程度のことをいうのでしょうか。


もちろん全てを網羅して、逐一事例を挙げるなどということ(例えば都市におけるゴミの分別のように細かく例示すること)は無理でしょう。


それにしても余りに抽象的で、つまるところ、あとは皆さんの常識や良識の範囲内でやって下さいって言われているように聞こえました。


要するに、もう少し具体的なガイドラインのようなことが同時に発表されておれば、良かったのではないかと思うわけです。

 

例えば大勢での会食は自粛して、少人数なら良いのではと言われても、大勢とは何人くらい、少人数とはとみんな見解が違いませんか。


大勢と聞くと私は100人とか200人を思い浮かべますが、中には500人や1000人くらいと考える人もいるでしょう。


少人数ということでも3~4人で多くても5人以内と考えるのか、それとも10人くらいいても少人数ではないかとか。


ある人は、恋人同士なら2人でも「濃厚接触だ」だ、「密」はダメだなどといちゃもんを付けるかも知れません。


そこまでいってしまうと極論になりますし、細かすぎる例示をされてもかえってウロウロしてしまいます。


それでもある程度具体的なガイドライン(線引き)がないと、困るなとは思われませんか。


会社の中の会議などでは、このことが問題となって議論が紛糾してしまうことがあります。


一方はAが正しいと言い、もう一方は対立するBの方が正しいと主張して意見がすれ違い、一向に結論が出てこない。


そのAとBが抽象的な事柄であればあるほど、まとまるわけがなく「会議は踊る」状態が続いてしまいます。
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一つの例として仕事をする環境整備を取り上げ、美しい職場環境をと言ったとしましょうか。


ところが「美しい職場環境」と言う抽象的な言葉の解釈を巡って、堂々巡りが始まったりする。


美しくするということはどういう行動をとることなのか、その中身が一向に出てこないで美しいの解釈ばかりの空論になる。


脳力開発の指針、その8つめに『行動のつながりで、具体的に考える習慣をつくろう』とあります。


つまり具体的な行動を積み上げていくことが大事なのであって、その行動を一つ一つ点検していくディスカッションが必要なのです。


積み上がったら担当を決め、順番(優先順位)を決め、いつからいつまでに実行するかを決めていけば良いのです。

会社の中に潜在するキケン

昨日は東京のコロナ感染者が1日最高(41人)を記録した。厚労省の週内51人の予想を大きく上回り、知事が慌てて警告を発した。


警告ではあったが、内容はこれまで様々なところで言われてきたことのつなぎ合わせみたいで、切迫感が足りなく感じた。

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しかも中身は要請や自粛、つまり自分(たち)で考えてやってよね、というお願いのレベルを少し上げただけ。


こういう言い方では「やらなきゃ」という人と、「やらんでもいいかも」という人と、完全無視(あるいは無知)に三分する。


いや、ほんとうはその間に「どうしようかな」という多数の層があることを忘れてはならない。


この層は強い方、というよりも声の大きな方に引っ張られ、流されていきがちになる。


完全無視(無知)層の人はいつも我関せずなので、とうめんはどうでもいい、考慮に入れる必要がない。


さて、どういうことが起こるだろうか。何も無ければ、つまり大事が発生しなければそれで自然と収まってしまう。


大事が起こったら、「それみたことか」と言う声が断然大きく強くなっていく。


とたんに「どうしようかな」層が雪崩を起こし始める。当然だが、大きな声の方に寄りかかっていく、流れていく。


それどころか、まだ寄りかかろうとしない人たちに対して一気に攻撃的になって、非難が始まる。物理的な攻撃さえ起こす。


怖いことだよね、でも会社の中では常にこういうキケンが潜在していることを知っておいた方が良い。


いわゆる「2-6-2」の原則なのだが、真ん中の「6」の層の意識や動きには常に心を配っておかないといけない。


企業組織の中では上(左)の「2」の層は優秀有能であるとされていて、それに多数層が引っ張られると良いのだと教える。


だが、ホントにそうなんだろうか。これもまたキケンを孕んでいるのだと考えられないだろうか。


新型コロナウイルス感染という「危機」が、多かれ少なかれ御社にも襲いかかっていると思うのだが、危機は常に(平時にも)組織内にあるということを忘れないことだ。


危機感がどういう方向に向かう力を生んでいくのか、経営トップあるいは組織のリーダーは、しっかり目を見開いて注視していなければならない。


優秀有能な「2」の力だけでなく、多数派の「6」の力をどう巻き込んでいくのか、残る「2」の力も活用できないか。


現状は待ったなしだからこそ、トップやリーダーの力が験されるところだ。


もちろん戦略を見失ってはいけない、社員とその家族のために会社を守るという戦略を。

コロナが五輪を押し出した

春爛漫の季節、各地から桜(ソメイヨシノ)の開花が伝えられています。


新潟市の開花は早ければ今週末くらい、遅くとも週明けには美しい花が見られることでしょう。


もっとも今春は「花より団子(美酒)」とはいかないようですが、かえって花をゆっくり眺められそうです。


そんな中で東京オリンピックが来年夏までに開催ということが決まり、延期されることが確定しました。

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年内の開催はないと断言がありましたから、丸々1年延期なのか、あるいはもう少し季節が前倒しになるのかはこれからです。


現状の世界状況を見れば、いやいや世界を見るまでもなく日本の現状を見ても、とても今夏開催は無理でしょうとは自明の理。


私自身もこの問題の最初の頃はそこまで深刻に考えていませんでしたので、反省をしているところです。


春頃には落ち着いてきて、というのはかなり希望的な観測だったなと感じています。


ここまできますと、あと4ヶ月での開催などはとても困難だということは誰でも頷けることでしょう。


たとえ日本が収束状況に向かったとしても、他の国はどうなんだろうと思いをいたせば、今回の延期決定は決して早い決定とは言えないなとも。


直接の関係者、とくにアスリートの方々は大変だろうなと思いますが、延期が決まればリセットも可能でしょう。


問題は自分だけではどうにもならない部分でしょうが、たとえば会場や多くの施設の問題だとか様々なネックが洗い出されますね。


あるいはすでに発売された入場券は? 旅行業者や宿泊業者が予約を受け付けている観戦ツアーなどは?


どんなことにもプラスとマイナスがありますから、大変でしょうがそこは知恵の見せ所で乗り切っていかねばなりません。


さて問題は、現状が今後どのように推移していくのかです。


こちらは自分の問題でもあり、しっかりと事実情報を見極めながら戦術を決めていきます。


いずれにしても心がめげないこと、必ず道は開けてくることを信じて、常に最大努力を傾けていきましょう。


もちろん健康第一で。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(76)

確定的でない要素、印象、仮定や仮説、空想や夢想、想像、評価などなど、これらも実は人間の脳の働きです。


時には重要な役割をしてくれることもあり、欠かせない重要な部分であることも事実です。


例えば仮説といった要素は、学問を深めていく上では大事なポイントであり、科学は仮説から始まるとさえ言われます。


想像をたくましくすることは、新しい発想を生み出していき、現世とか現状に囚われない自由なアイディアを膨らませていきます。Img_1424


あるいは気分を安定させるといった意味でも、脳力を積極的に強力に発揮することへの影響力は強いものがあります。


しかし、これら確定的でない要素によって振り回されてしまい、悩んだり困ったりしてしまってはいけません。


ましてや判断や意思決定の際に、気分を支配されて一喜一憂してしまうようでは、正しい判断ができません。


また、生まれつき直感力の優れた方もいらっしゃいます。脳力開発を学んで、判断力が増強される方もおられます。


たとえば洞察力が深まっていくとか、読みが鋭くなる方も少なくありません。


ところが、そういうものだけに頼っていては正しい判断ができません。肝心なのは事実材料(確定事実要素)です。


実は事実材料が足りないために、洞察や読みなどが上滑りになってしまい、正しい判断に結びついていかにことが多いのです。


そこで脳力開発では、「分からないことはすぐに調べよ」と教えています。さらには「知ったかぶりはやめよ」とも言っています。


知ったかぶりや勝手な決め込みなどは、脳力開発の大敵です。


よくこんな人がいるでしょう、誰かが意見やアイディアを述べた時に「あ、オレ、それ知ってる」と言う人はいませんか。


あるいは、「そのことは私も以前から考えていたんですよ」とも。これは、見栄とか怠慢という内部ブレーキが現れたものです。


この内部ブレーキを潰していく努力も、脳力開発では必要な思考と行動になるのです。

明元素で脳力発揮を

世界的な新型コロナウイルス感染、とくに欧州ではパンデミック状態になっている昨今です。


日本では「辛うじて押さえ込めている」状態なんだそうですが、毎日のように感染者発生の情報が伝えられています。


いわゆる「IN-OUT-残」でいうと入院中の感染者は900名前後ですが、気が緩むとオーバーシュートが起こると警告されています。


危機感を持ち続けるということは必要なことですが、さりとて必要以上にあおり立てることはどうなんでしょうか。


自粛ということについても何だか「言いっ放し」の感が強く、結局こちら側に責任を丸投げをされているなぁと。


もちろん、強制力を持たれて押し付けられるというのも是としませんが、やはり適切なガイドラインがないのは困りますね。


昨日もK-1グランプリが強い自粛要請を押しのけて開催され、非難が集中している感があります。


ただ、おそらく「(開催も)いいんじゃない」という声もそれなりにあったはずで、その声が殆ど放映されないのはどうですかね。


大阪と兵庫地域では、相互移動も自主という要請は出ましたが、それより人口が多い首都圏で要請が出されないのはなぜ?



人の密集を避けろといいながら、五輪の聖火を見に来る人が殺到しているのはいいのかな。


卒業式がまともにできない学校が多い中で、防衛大学の卒業式には首相や多くの来賓も出席して挙行されている。


まぁ、世の中は矛盾だらけですね。


さて、企業経営者にとっては、まだしばらくは悩ましい状況が続くわけですが、社員さんの健康第一という視点をしっかり保って生きましょう。


そういう意味では仕事のやり方そのものを見直す機会でもあるでしょう。


無駄を省き、無理な部分を是正する。適切なバッファを持つことや、残業も減らす方向で知恵を巡らす。

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それも経営者だけでなく、社員さんも含めた全員で考え実行していく。危機感というのは、そちらの方向に使いたいものです。


亀のように縮こまっていてはいけません、良い機会だ、チャンスだと前向きな発想を持たなくては。


必ず何処かに突破口があるのですから、ただ流されているだけではもったいないことです。


小さな会社だからこそできることがあるはずと、柔軟な脳力発揮をめざしていきましょう。


こんな時だからこそ、企業としての真価が発揮されるのだと思います。底力が験される絶好の機会だと思われませんか。


今週も明元素で乗り切っていきましょう、この先に光明を求めて。

ノンアルコール

3月も後半になっても、まだ収束という言葉が遠い新型コロナウイルス感染問題です。


広がっていく感染もそうですが、停滞どころか下降している経済問題の方がもっと深刻なのかも知れません。


まぁ、暗い話題ばっかり並べてみても気持ちがますます落ち込みますので、ちょっとは明るい話題がありませんかね。

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各地で桜の開花、どんちゃん騒ぎをしない分ゆっくり花見ができる、これもプラスの部分かも知れません。


花より団子だなんてのも悪くはありませんが、やっぱり美しい咲いた花を眺めて春を愉しみたいものです。


私も3月と4月はほぼ全面的に予定を消去、セミナー開催も5月と照準を絞りました。


5月がどうなるかという気懸かりはまだ続いてはいますが、気を揉みすぎてもしょうがありません。


行動再開に向けてしっかりと、着実に準備を進めていくのみですから。


ところで、意外なプラス面もあいります、それもホントに意外なところで。


前回の遠征(MGフェスティバル)から自宅に戻ったのが2月の23日でした。


翌日からなんと昨日に至るまで、一滴のアルコールも口にしていないのです。


間違いなく今日も吞みませんから、今夜が過ぎるとちょうど4週間お酒をいただいていないことになります。


おそらく、お酒を呑める年齢になってから(その前から吞んでいましたが笑笑)初めてのことではないかと。


最近は遠征から戻った翌日とかはお酒を呑まず、また週に2~3日は休肝日にするとかはしていましたが。


昨秋頃からは自宅ではお酒を呑まない(お正月は例外)ことに決めたのですが、これが続いているということです。


別に禁酒しているわけではありませんので、無理矢理というわけではありません。


お酒を呑まないでいると、食事の量が若干減るような感じです。おかげでウエイトコントロールが楽にできています。


今年年初のウエイト目標が65kg(年初は66.6kg)、現在これを軽くクリアしています。


一時は63kgまで落ちたのですが、それはどうかなということで64kg前後のところに落ち着かせています。


体重が減れば膝への負担も減りますので、良いことばかりです。


次に美味しくお酒をいただくまで、さらにノンアルコール日数記録を伸ばしていきましょうか。

1971年九州の旅より

たまには少し昔を振り返ってみようかなということで、かなり以前の乗り鉄アルバムから。


小中学生の頃は大阪市内といっても、淀川を渡った北側に住んでいました。


この頃は夏休みとかに、岡山県の西の外れにある母の実家に行く時に山陽本線の普通列車に乗れるのが楽しみでした。


60年代は電化も姫路付近までで、姫路駅で電気機関車から蒸気機関車への付け替えを見ることができました。


姫路を出てしばらく行くと県境の長めのトンネル(帆坂トンネル)があり、煙が一気に入るので開けていた窓を閉めさせられました。


その内に電化が伸びて、EF58形電気機関車で母の実家の最寄り駅まで行けて、煙からは解放されました。


その駅からは、母の故郷の町まで軽便鉄道(井笠鉄道)が出ていたのですが、バスが家の前に停まるのでキシャには乗せてもらえませんでした。


中学生になると1人で列車に乗って出かけるようになり、これが遠くへの乗り鉄の最初だったわけです。


さらに中学3年生の春に東京への修学旅行、大阪駅から修学旅行専用電車(155系「きぼう」)に揺られました。


一番後ろの車両と記憶しています。父親から借りたカメラを抱えて撮り鉄をやったのですが、フィルム(モノクロ)交換を失敗してもったいないことをしました。

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本格的に1人で旅程を決め旅鉄(乗り鉄&撮り鉄)をしたのは、大学2年(1971年)の夏の九州一周でした。もちろん均一周遊券を握りしめての旅。


それまでも近畿一円や北海道にも出かけましたが、これは大学の鉄道研究会の仲間との旅が主でした。


九州旅は全くの独り旅、この後は殆ど1人だけの乗り鉄旅が続いて今に至っています。


大阪から夜行列車で九州入りして、日中はあちらこちらを乗り回り、夜は門司港駅に戻ってまた夜行列車。時々YH(ユースホステル)に泊まるという2週間の旅でした。
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さすがに2週間では全線を踏破できませんでしたが、それでも現在は廃止されている路線を含めてかなり乗り潰しました。


当時は国鉄乗りつぶしやSL写真が主で、私鉄は車窓からや短い途中下車の際での駅構内撮影、振り返れば勿体ないことでした。


それでも時刻表やたまに読む趣味誌だけでは知り得ない鉄道や車両に偶然であったり、フィルム消費枚数を絶えず気にかけながらの旅でした。


夏の暑い日々でしたが、20才前の若さは猛暑などものともしなかったようです。


新型コロナ問題が収束に向かい、またのんびりと乗り鉄できる日を楽しみに待っています。

ガイドラインに沿って戦術を徹底

春分の日、お彼岸の中日ですね。大阪でのお墓参りは、先月済ませてきました。


その大阪、兵庫との間で新型コロナウイルス感染を巡る「行き交い(往来)自粛」とかで、場外乱闘という感じです。


そんなこと誰が考えても不可能ですが、それならばどうして「三連休は外に出るな」と言わないんでしょうか。


その方が不可能で現実的でないと言われればそれまでですが、こちらの方が分かりやすいと思われませんか。


そうなんです、今回の「専門家会議」の記者会見発表も期待外れの抽象的、専門語を使って訳を分かりにくくしたというイメージ。


正論とは思いますが、「オーバーシュート」など余りに刺激的な(言いかえれば)悲観的な推測が先に立ってしまい、あとが霞んだように私には思えました。


まぁ、「専門家」の話っていうのはそういうものと相場が決まっていますから、期待する方が間違っていましたか。


それはそれとして、私(ヴァンガード経営研究所)としてもこの先のことを意思決定していかなければなりません。


現在のところは市中感染率は高くありませんし、日本人は「清潔」に対する意識も高いということを前提として考えます。


その上で、主催者あるいはインストラクターとして、具体的な基準のない中でもそのリスク判断をしていこうということです。


脳力開発講座MG(CFMG)研修も10名から20名前後、最大でも50名まで、大規模イベントという範疇には入りません。


会場もこれまでの例からいって空調や換気は十分ですし、これからもできるだけ窓の開閉可能という会場を選びます。
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人の密集は参加人数を絞ることでクリア可能ですし、MGゲーム中は(テーブル単位では)狭い空間ということになりますが、全体としては広い空間です。


座り方を工夫すれば、さほど問題が出てくることもないでしょう。会場を広く使うのも、マイクを使えば可能です。


近距離での会話と発声、脳力開発講座のグループセッションやMGゲームではありますが、これも工夫の範囲でしょう。


すでに開催されておられるところで、現在までに何かが起こったという話もありません。


今後も起こらないということは神様でも分かりませんので、推測や推論を議論しても始まりません。


つまり戦略は「やる」という方向、戦術(やりかた、手段方法、道具の整備)を駆使していけるはず。


これが私の結論です。5月のセミナーから開催する、この方向で準備を進めていきます。


ただ、もう1ヶ月くらいはじっくり(1週間単位で)状況を確認します。好転を期待しています。


まずは5/15の社員研修、翌週の東京開催セミナー(脳力開発講座とキャッシュフローMG)です。


もちろん参加者の皆さんのご判断が最優先だということも、付け加えておきます。

三寒四温閑話

3月も19日、彼岸の入りをして明日は春分の日(彼岸の中日)です。


春を目の前に気温の乱高下、天候の猫の目変化など、季節の変わり目を思わせる天候が続いています。


新潟でも梅の花が満開、早咲きの桜の花も開花が伝えられており、ソメイヨシノの開花も平年より早めになりそうです。


もっともこの春はお花見もイベント自粛で、茣蓙を敷き詰めての花見宴会とはならないようで、その分ゆっくり桜を愛でることができるのではと思います。
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そんな3月、私もほぼ全てのスケジュールをキャンセルして、毎日デスクワークとネット活用ワーク、そして読書にいそしんでいます。


テレワークなどという今時のしゃれたものではありませんが、考えてみればiPhoneでFacebookを使っている仲間であれば、Facetimeを使ったビデオ打合せ、あるいはメッセンジャーを使っての対話が可能です。


やってみれば、少し慣れないところもお互いにありましたが、リアルタイムで意思が伝わりますからメールのやりとりよりもいいものです。


しかもWifi経由(我が家は光回線でテーブルWifi)であれば、通常の毎月料金の範囲内で十分可能ですからね。


クライアントへのサポート仕事、あるいは再開するセミナーに向けての資料づくりは順調に進んでいるわけです。


それでもリアルに顔を見て言葉を交わす、あるいは現場や現物を確かめながらという仕事ができないのはもどかしさがあります。


また、前回の遠征から戻った先月23日以降は遠出をすることもなく、旅鉄(乗り鉄)趣味からも寂しい時間を過ごしています。


あと1ヶ月以上についても、同じような状況が続く予定ですので、ストレスを溜めないように心の平衡を保つ努力も必要です。


私自身は悲観的ではなく、さりとて楽観的でもありません。ただ冷静に知りうる事実をしっかりと見て判断するのみです。


しかし、その判断を周囲にまで理解してもらうタイミングは、まだ今ではないとも感じています。


そのタイミングが半月くらい先になるのか、さらにもう少し時間が必要なのか、焦ることなく時を待ちたいものです。


桜の散る頃にはメドが付いてきますように祈っています。何よりも心も体も健康であることを第一に。

5月から再開予定です

以前にも書きましたが、この3月と4月は外に出る仕事をほぼ全てキャンセルしました。


先週神戸開催の講座からスタートするはずであった脳力開発講座2020は、4月の福岡講座も順延することにしました。


キャッシュフロー経営セミナー(キャッシュフローMG)マイツール教室も、無理に開催することはないと考え取りやめました。


開催することにやぶさかではなかったのですが、おそらくキャンセルされる方も何人かおられたでしょう。


換気の悪い密閉空間はダメ、人が接近して(大声で)言葉を交わすのもNG、大人数(500人以上?)は自粛。


3つの条件に1つ、ないし1つ半くらいがかかるかも知れない、マスクや消毒液など主催者として準備することが可能か?


そんなことを色々と考えてきましたが、いちばん大切なのは周囲の、とくに家族の理解ではないかと考えました。


脳力開発的に考えてみても、セミナーを開催することについての諸条件はクリアできます。


クラスター感染ではなく、感染経路が今ひとつ特定できないケースも出てきてはいますが、広がりはさほど考えられません。


確かに感染者総数は日々増えていますが、退院者数を差し引くと900人を超えたところで少し漸減しています。


また、現在は陽性の出た方々は原則として入院されていますが、その8割以上は軽症かもしくはほとんど症状無しと言われています。
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こういう事実(確定事実)を重ねていくと、私が企画している10数名から20名前後のセミナーは、開催可能ではないか。


上述の条件の逆、換気の良い会場(頻繁に窓も開ける)で少人数で、座り方もすき間を空けてとすれば大丈夫(だろう)。


しかし、世の中の空気とか見方はまだそうではありません。だからどうなんだ、とそれを吹き飛ばせる裏付けがまだありません。


他人頼りなってしまいますが、世の中の気運がもう少し変わらないといけないなと考えるわけです。


ですから、私の決断は間違いではなかったと思っていますし、参加予定の皆さんに迷惑は掛けましたがそれはこの先に取り返せます。


何事も起こりません、世の中には100%はどんな時にもありません。でも、100%に近い確信が必要です。


もう少し確定的要素を積み重ねるまで時間をかけ、その間に再開後に皆さんにお伝えできる内容の充実を図ります。


今のところ5月からセミナー、社員研修を含めてこれまで通り再開していきます。


もうしばらくお待ち下さい。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(75)

確定的でない要素のもう一つに「評価」があります。実はこれもかなり厄介なものと言えるのです。


こんな事例が脳力開発の教科書(脳力開発入門)に載っておりますので、そのまま引用します。


例えば、Yさんが「X氏は、私から金を借りたまま返そうとしない」「X氏は腹黒い人ですよ」と言ったとしましょう。


この場合、Y氏がそう言ったという点は確定事実です。しかし「金を・・」という内容についてはまだ確定事実とは言えません。間違っているかも知れないのです。


ここで、「腹黒い人」というのは、実は「評価」の方の種類であって、「事実」の方の種類ではないのです。(ここまで引用)


ここで出てくる評価というもの、意外にこれを鵜呑みにして物事が決定されてしまうことが少なくありません。


とくにトップやリーダーが下す評価、あるいは自分の意見を強くいう人の評価は、事実以上に反映されることがあります。


他人の評価はあくまで評価であって、私(自分)が確かめた事実ではないということですし、時には自分で下した評価で判断してしまうケースもあります。


以上、これまで書いてきましたように、「印象」「仮定」「仮説」「空想」「夢想」「想像」「評価」などは、すべてが確定的でない要素です。


ただ、それらは全て人間の脳の働きとしては欠かせないものですから、それらを頭から否定するわけではありません。


そういうものが必要になる場面もありますし、時には重要なポイントとして意識して良いこともあります。


ただ、確定事実(法則・可能性)とは切り離して、必ず区別して判断、そして意思決定に至るようにするべきと言っているのです。


とくに確定的でない要素は、気分を不安定にすることが往々にしてあります。振り回されてしまう、といった感じでしょうか。


そういったものが強く気持ちや意識の中にあると、脳力発揮にはマイナスになってしまうのです。


つまり心の安定を保ち、正しく明瞭に脳力を使っていくには、確定要素とくに事実の積み重ねが不可欠だということになります。


昨今の新型コロナウイルス感染についても、事実情報をたくさん確実に集め、くれぐれも確定的でない要素に振り回されないようにしたいものです。
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借りた金は返さねばならない

新型コロナ問題で、多くの業種業態が少なからぬ影響を受けています。


目立つところは旅行業者や宿泊業者ですが、テーマパークの休園やイベントの中止により、その周辺もまた大きなマイナスになっているようです。


プロスポーツの開催延期、高校野球など学校スポーツの大会中止などは、これからも大きな影響をもたらすでしょう。


鉄道など交通関係も、出張の減少や団体。企画旅行などのキャンセルで、ついに新幹線や航空便の減便も現実になっています。


一方でドラッグストアやホームセンターなどは売上を伸ばしており、食品販売関係も一部は品薄状況になったりしています。


これに対して政府は企業への支援などを打ち出していますが、その支援内容の過半は「緊急融資」といった類のようです。


もちろん、貸し出し基準や金利、返済条件などで通常の融資に比べれば有利です。緊急対応ということですから、すでに問い合わせをしたり資料をいただいた企業も少なくないと思います。

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売上が大きく減少すれば、多くの業種業態では仕入が先行していますから、仕入の決済資金が苦しくなるのが目に見えています。また、社員さんの給与などは待ったなしです、


当座間に合うだけの、よく言われるのが月次必要資金の1.5~2倍くらい手持ちキャッシュがあればナントカしのげますが。そうでなければ運転資金を借り入れなければしのげません。


どちらにしても借入をしなければならないとなれば躊躇はできません。二の足を踏んでいて、遅れてしまっては元も子もありませんから。


ただし忘れていけないことは、借りたお金は何であれ(いつかは)返済しなければならないということです。


少し先延ばしをしていただいたとしても。そのタイミングからは毎月返済をすることが求められます。


返済原資はキャッシュです、これも忘れてはいけません。つまりしっかりとBS(バランスシート)を見ていなければいけないということです。


PLは分かるけれどもBSはちょっと、などと言っている経営者はダメですよ。借金は右側にありますが、その返済原資は左側にしか、それも実際には「現金」しかないのですから。


時々、借入金の返済を他の銀行借入でやれるのではと考える経営者もおられますが、それは禁じ手にしかなりません。


BSの左側(とくに現金)で右側の借入金を返す、これが原理原則です。お忘れなきように。


その上で、キチンと返すことができるのかどうかの見通しを立てた上で、今がいざという時だと決心してタイミング良く、できれば先行できるようにしてキャッシュを増やしておきましょう。


政府も窓口となる銀行も、しばらくは財布のひもを緩めて、貸しても良いであろう企業を待ってくれていますから。


さらには「給付」となる支援金や補助金もありますので、会議所や専門家に詳しく尋ねてみることをお奨めします。


こちらは返さなくていいのですから。そういうものを探し出すのも経営者の役割ですよ。

主体を取り戻そう

有り余るほどの時間をいただいている。リストアップしているタスクの数も少なくない。


ところがイザやろうとすると、もう一つ氣が入らない。エンジンの始動まで随分と時間がかかる。


なぜなんだろうな、エンジンにカツを入れてみようとするが、これはお門違いのことで、エンジンには責任がない。


エンジンはフルチューンされていて、いつでもOK状態でスタンバっているはずだ。Photo_20200314091301


その証拠に、いったんエンジンがかかれば、それまでの停滞がウソのようにフル回転してくれる。


アッという間に仕事は仕上がってしまう、内容も十分に。だからエンジンのせいではない。


今朝もそんな感じのまま、目覚めてからすでに数時間、氣の具合は相変わらずボンヤリとしたままだ。


今日中にやろうという目標のタスクはある。ここまでに仕上げたいという到達点も見えている。


昔はこういうのをスランプと呼んだものだが、そういうことでもなさそうだ。


楽観的ではある、エンジンの始動に向かう自分の氣が充実してくれば解決するのだから。


ではなかなかそうならない理由はなんだろう。


多分、おそらく的は外していないと思うのだが、「自粛気分」というヤツが自分自身の中でモヤモヤしているせいだろう。


分かっている、本来なら今月からの始まっているはずの昨日のセミナーを延期した。


今日明日に予定されていたセミナーを中止した。いずれも自分で判断したことで、間違いない意思決定だった。


だが、心の何処かに自粛気分に押された自分を感じている。この先の予定キャンセルもそうだ。


その代わりにやるべきことを、新たなタスクとしてリストアップしたはずなのだ。


それなのに。


自粛せよということを決め、発表したこの国のトップは気楽だなぁ。少なくともキチンと収入は入ってくるのだから。


それに比べて私(たち)は、やってナンボだ、動いてナンボだ。


いやいや、そんなことはどうでもいいのだ。羨む気も、妬む気もない。他人のことなんだから。


だが最初の自粛要請はその期限前に「あと10日」と延長された、きっとまた延長されるだろう。


その予測が氣を削いでいるらしい。それを決めるのは他人であることが気に入らない、私という主体が消えている。


立て直そう、ついグチになってしまった。今は目の前にあるタスクと、真摯に向かい合おう。


エンジンを始動しよう、かかるまでじっくり向かい合おう。やることはあるのだ。

「毎日が平日」の日々

WHOが「新型コロナ(COVID-19)はパンデミック」という声明を出した。


パンデミックとは「感染爆発」と和訳されているが、感染症や伝染病が世界的に大流行し、非常に多くの感染者や患者を発生することを指すそうだ。
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今頃になって声明かよと言いたくもなるが、大きなイベント自粛がさらに延長されるくらいはまだしも、株価の暴落が今日も続きそうだ。


まさにコロナショックと言うべき景気動向だが、終息はおろか収束傾向もまだ見えないところに不安が増幅するようだ。


そんななかで私もいわゆる「毎日が日曜日」の状態を続けている。


もっとも、普段は週末の土曜に曜日の方が忙しく、前後の4~5日間がむしろ仕事(や遠征移動)なので、「毎日が平日」と言うべきなのだろうか。


3月及び4月の主催・共催セミナーはすべて中止にした。コンサルティング訪問も延期にしてもらったので、ずっと自宅事務所にいる。


新潟西倫理法人会のモーニングセミナーも今週まで自粛、その後も月末まで予定がないので外出の機会は日々の買い物くらいだ。


そういう生活が早くも半月以上になるが、これもまたそんなに悪くはない。


溜まっていた、あるいは積ん読していた本を片っ端から読み始めることができているし、新しいジャンルの本にも手を伸ばしている。


これという本は「M9ノート」を使って要旨を記録している。新しい発見や気付きもあって、今後のセミナーでの講話などに使えそうだ。


悪いこともあるけれど、そればかりではない。つまりは思いの方向なんだろうな。


サポートしているクライアントとは、電話やメールでやりとりができる。課題についてもゆっくり考えられる。


優先順位を決めるまでもなく、時間はタップリあるので逆に「いつまでに」を決めておかないと締まりがなくなる。


今日からはその課題に本格的に取り組む。


さらには5月以降のセミナーをどのようにグレードアップしていこうか、それについてもアイディアをまとめていきましょう。


後半に向けてのスケジュールも、延期したセミナーの他に少しずつ増えてきました。


もっとも、余り忙しさに振り回されないよう工夫をしていかなければならない。心してかかろう。

寂しいダイヤ改正

明後日3月14日はJRグループの、ダイヤ改正が予定されています。


高輪ゲートウェイ駅の開業とか、他にも様々なエポックが予定されているのですが、今年は新型コロナの影響もあって華々しさは影を潜めそうです。


14日に改正されるということは、13日で運転を終える列車もあるということになります。


700系新幹線車両やスーパービュー踊り子などがそうですし、本来であれば終幕のセレモニーや企画イベントがあるのですが、ことごとく中止の憂き目です。


その分お祭り騒ぎ的な「葬(式)鉄」(私はこの言葉がキライです)がないなら、それはそれでいいのかなとも思います。


鉄道ファンの一人としては、長い間ごくろうさんと心だけで送り出してあげようというところです。


さてダイヤ改正というと、かつての国鉄では戦後何度か大きな改正、いわゆる白紙ダイヤ改正が行われました。


白紙ダイヤ改正、つまり列車の運行はダイヤグラムという縦横表に示されるのですが、それを白紙にしてスジ(列車運行ダイヤ)を弾き直すという意味です。


その代表的なダイヤ改正が、サンロクトオとヨンサントオでした。


サンロクトオは昭和36年(1961年)10月1日改正、この時にはかつての名車キハ82形などが投入され、全国の非電化区間に特急が走り出しました。


もちろんその他にも電車特急、急行や当時あった準急も地方のローカル区間も含めて大量に誕生しました。


残念ながら私はまだ10歳になろうかというところでしたので、微かな記憶しかありません。


ヨンサントオは昭和43年(1968年)10月1日、これはしっかりと記憶に乗っていますし、カメラを抱えて写真を撮りに出かけました。Photo_20200312083101


この時には東北本線の全線電化・複線化が完成し、特急が大増発されました。それでもまだ急行が庶民の為の優等列車でしたね。


大阪駅でカメラを構えていると、次々に特急や急行が着発していき、1日いても飽きることがありませんでした。当時は入場券1枚で終日駅に滞在できたのです。


我が家の近所を走る越後線は、今はローカル電車しか走っていませんが、急行「ひめかわ」(新潟ー柏崎ー糸魚川)が1往復設定されていました。


全国にまだローカル私鉄や路面電車もたくさん走っていて、鉄道が旅客移動の主体という時期でもありました。


あれから50年余、国鉄はJRグループに再編され、ローカル私鉄や路面電車も次々に姿を消していきました。


今回のダイヤ改正は、さらに新型コロナが直撃したために余計に寂しいものになりそうです。


それでも、各地には色んな「鉄」人が押しかけるかも知れませんね。中にはマナーの悪い、鉄の端くれにもかからぬ輩も少なくないようです。


オールドファンは、ただ静かに去りゆく列車や車両を送り、新たな列車や車両を迎えようと思います。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(74)

新型コロナウイルス感染を巡る動きは、いい意味でも悪い意味でも脳力開発のケーススタディになっています。


冷静な目、客観的な視線で見ていると、片面思考が主体になっていることが気懸かりです。


右とか左とか与党とか野党とか、そういう見方ではない確定的事実をしっかり追って判断するという思考に欠けています。


自分(たち)の目指したい方向の情報・データだけを集めて、そこから判断していくという片面思考ではよい結果を招かないでしょう。


あるいは専門家と言われる人たちもまた、自分の専門という視点からだけ物事を見ているのではないかと。

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それがそういう方々の役割なのだと言ってしまえばそれまでですが、ならば、それとは異なった視点の役割の人がいなければ片手落ちになります。


しかも、さらに問題なのはその判断の中に「仮定」が混じってきてしまうことです。


この仮定というのは、前回も書きましたように「確定的でない要素」の一つ、あるいは最たるものと言ってもよいものです。


もちろん、仮定あるいは仮説を立ててそこからアプローチしていく方法は科学的な思考法ではあります。


あとから具体的な事実と照合して確認していくという方法は、様々なジャンルで応用され成果も上げています。


しかし仮定の段階では確定的要素ではない、このことはしっかりと分かっていなければなりません。


あるいは過去の振り返りの中で、「もしあの時こうしておけば」とか「自分にもしもっと時間があったなら」とかいう仮定は、これはグチにしかならないでしょう。


百害あって一利なし、言ってみれば時間のムダです。


さらにそこに「空想」や「夢想」が加わってくると、もう手に負えません。現実との境目がつかなくなってしまっているのですから、何をかいわんやです。


さらにそれが嵩じて、思い込みとか決め込みの段階に入ってしまう人がいます。そういう意見は聴く価値もないものです。


昨今の為政者や識者の意見もまた、そういうところがないのか、よく聞き耳を立ててじっくりと判断していきたいものです。


何しろ、勘違いしていましたでは済まされませんからね。

コロナショックに耐えうるか

今回の新型コロナウイルス感染の影響、世間では「コロナショック」という言葉も使われるようになってきた。


週明けの昨日は日経平均株価の暴落、一気の円高、原油先物相場も大幅安など。GDP速報はコロナを反映する前だが、さらに下降してきている。


1970年代のオイルショック、90年代のバブル崩壊、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災。


それらと並ぶ、いやもしかしたらもっと大きな影響を与えるかも知れない今回のコロナショック。影響が加速してきそうだ。


まだそれほど表には出てきていないが、これから企業倒産が増えていくであろうことは容易に想像できる。


直撃を受けている旅行業や旅行者運送業、宿泊業や飲食業関連などのほか、中国と関連の深い業種なども大きな影響を受け始めている。


そんな中で3月末決算が迫ってきている。年間でみれば最後の1~2ヶ月ということになるが、それでも年間売上が10%落ちる会社もあるだろう。


あなたの会社はどうだろう、残すところ今月は20日ほどだが最終の売上見通しもつく頃だろう。


もしその見通しが「売上10%ダウン」確実としたら、利益(経常利益)はどのくらいダウンするのであろうか。


例えばあなたの会社が売上高1億円で、経常利益が500万円(利益率5%)の実績がある小売業の会社だと仮定してみよう。


ではその会社が10%ダウン、売上高が9000万円になりそうな見通しであるとして、経常利益はどのくらいになるだろうか。


売上高が10%ダウンするのだから、利益もそれに比例して10%ダウン(450万円)になるだろうと予想された方は、もう少し経営や会計の番強をやり直した方が良いだろう(というか、すぐにやるべしだ)。


では試算してみようではないか。小売業だとすると、この会社の粗利益率(売上高総利益率)は30%前後だろう、30%と仮定しよう。


なお、ご存じと思うが粗利益(売上総利益)は、売上高から変動費(変動単価×販売数量)を引いたものだ。変動費は、販売原価(コスト)の総額といったところだ。201608-5


売上高が1億円で粗利率が30%なら、粗利益額は3000万円だ。そこから銀行金利(営業外費用)などを含む経費を引いたものが経常利益だ。


経常利益が500万円ということは経費(固定費)が2500万円かかっているということになる。


そこで3月末の年間売上高が9000万円(10%ダウン)になると仮定しよう、粗利益はそれに30%を掛けて2700万円だ。


そこから経費を差し引く、この経費は「固定費」というがごとく、売上の上下には余り関係がない、つまり連動しないのだ。


そうなると、2700-2500で経常利益は200万と計算できる。何と当初予測(予算)の500万と比べると60%の大幅ダウンとなる。10%ダウンどころではないのだ。


さらにもっと売上高が減ってしまうとなると、利益が吹っ飛んでしまう。ではどこまで減るとそうなるのか?


粗利益から経費を引くと経常利益だから、経常利益(ゼロ)に経費を足したものが粗利益、つまり2500万円となる。


売上高の30%(粗利益率)が粗利益だから、2500万円を30%で割り返した売上高を求めると8333万円となる。つまり16.7%売上が落ちると利益が飛んでしまうことになる。つまりそこが限界(損益分岐点)だ。


さて、実際のあなたの会社はどうだろう。残り20日間、どれだけの最終売上、粗利益、経常利益が確保できるのだろうか。


キチンと見通しを立てて、できる限りの知恵と工夫で乗り切ってほしいものだ。

3~4月セミナー開催中止

ヴァンガード経営研究所では、今月下旬に予定していました上越MGセミナーと、来月中旬の脳力開発講座・福岡第1講マイツール教室セミナーを中止することを決めました。
(3月は他に3つのセミナーを中止しました)

今日はその経緯について、今回の状況への私の考えも含めて書いていくことにします。


おそらく今週も、引き続き新型コロナウイルス感染の話題がニュース報道の中心になりそうです。以前にも書きましたが、正しい情報が乏しいのが不安を募らせますね。


安倍首相は「要請」とやらを、専門家会議などに諮らずに独断で出してしまい、それをまた翌日には朝令暮改的に内容を変えてします。


イベント(主として大規模、大人数のもの)の自粛要請、そして小中学校などの休校要請などです。


朝令暮改が悪いとは言いません、刻々と変化する状況に対応する為ならやむを得ませんが、それがどういう土台要素から発せられるのかそこがイマイチ分からない。


これでは言葉を発するごとに、信頼が薄らいでいってもしょうがないと言えましょう。一国の首相としては情けないことです。


それに輪を掛けて、正しい科学的で合理的な情報をキチンと流す役割のはずの厚労省が、こちらもまた信頼できる、あるいは本当にほしい情報を流してこない。


メディアからは「フェイク情報」とまで指摘される有様で、それに対して「これが正しい情報だ」というのを出せばいいのに、「そういうメディアはけしからん」とくる。


一時は厚労省のツィッター情報を毎日見ていましたが、余り信頼がおけないなと思ってしまうと、どれもがウソではないかと疑ってしまいます。


そういうわけで、ようやく事実についての公的情報と民間情報をつなぎ合わせながら、自分で判断し意思決定を下さなければいけない状況です。


事実として国内では、クルーズ船を含めて1千人を超える感染者が発生しています。その内の重症者が約2割以下、死亡者は7名、退院者は300名超ということです。

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世界的な統計でも陽性感染者の8割は軽症だとも言われています。だからといって大したウイルスだとは言えず、その感染力は相当なものです。


ここ数日の発生感染者数は30~50名前後で推移しているようですが、これが落ち着いてきているのかどうか、素人では判断不可能です。


少なくとも信頼できる筋からも、また政府からもそのような判断は出てきていません。


最初に「自粛」要請が出てから来週半ばで2週間、その前に新たな要請などが出る、あるいは前回の要請が更新・延長される可能性もあります。私は高いと感じています。


とくにスポーツジムやライブハウスなど、いわゆる人が多く集まる閉鎖空間、接触感染のリスクが多いところにクラスター感染が目立ちますので、それに類するところへの出入りには慎重にならざるを得ません。


この状況はいつまで続くのか、今月末には収まっていくのか、4月もまだ同様の状況が続くのか、これもまだ不確定です。


そんななかで、私が主催するセミナーは少人数ですし、会場の工夫(換気、衛生面など)をすれば大丈夫だという判断もできます。


しかしどんなことにも100%はありません。99%大丈夫ですと言ってみたところで、残り1%のリスクを懸念される人も少なくありません。


ご家族や、もしかしたら会社の社員さんから心配や懸念をもたれることもあるはずです。こういう状況の中で絶対大丈夫です、と言い切る自信は私にはありません。


思い悩みました、セミナーを「やる」方向で準備はずっと進めてきました。「やる」と決めて、対応方法を可能な限り完璧に準備する。


実際にやられている同業の方が多いと思います。先週も楽しくセミナーで学んでいる様子が、SNS上にもたくさん載せられていました。


共催の方にも相談したり、親しい仲間にも考えを聞いたりしました。でも最終的に決めるのは私自身です。


万に一つも何も起こらないと思っていますが、もし万に一つがあったらどうなるのでしょう。


予想もしない範囲にまで迷惑を変えてしまう可能性がある、例え万分の一、百万分の一にしても。


決めました、ここは退くことにしよう、セミナーを中止しよう。


幸い、上越MGは次回10月の開催が決まっています。参加者の多くが「じゃぁ10月に」と声をかけてくれます。それまでにも地元でMGセミナーを開催する予定があります。


脳力開発講座は、第2講以降(福岡は7月)に順送りして、最終講の日程を追加すれば整います。スタートが3ヶ月遅れるだけです。


まぁ、おかげさまというか、3月から4月、私のスケジュール表はほとんど真っ白になりました。これはリーマンショック以来あるいは東日本大震災以来です。


もっとも、そのあいたたっぷりの時間に、MGや脳力開発のセミナー材料を増やしていくことが可能になります。


溜まっていた本や城野先生の論文もしっかり読み込むことができます、今月末までだけでもかなりの「読書ノート」が仕上がるでしょう。


それを5月以降のセミナーの中でお伝えしていくことができるはずです。


5月、ゴールデンウィークの後には少なくとも収束に向かい、平常が取り戻せていますように。


明元素から樂喜健へ!

困難な時期にある友に贈る詩

50年近く前に心が苦しかった時に、ある先輩からいただいた一編の詩。
今朝はこれをブログのコラム代わりに。

「困難な時期にある友に贈る詩」(「ヘルマン・ヘッセ詩集より」 )
    

    この暗い時期にも

    いとしい友よ、私のことばを容れよ、

    人生を明るいと思うときも、暗いと思うときも、

    私は決して人生をののしるまい。

 

    日の輝きと暴風雨とは

    同じ空の違った表情に過ぎない。

    運命は甘いものにせよ、にがいものにせよ、

    好ましい糧として役立てよう。

 

    魂は曲がりくねった小道を行く。

    魂のことばを読むことを学びたまえ!

    今日、魂にとって苦悩であったものを

    明日はもう魂は恵みとしてたたえる。

 

    未熟なものだけが死ぬ。

    他のものには神性が教えようとする。

    低いものからも、高いものからも、

    魂のこもった心を養うために。

 

    あの最後の段階に達して始めて

    私たちは自己に安らいを与えることできる。

    その境に至って、父に呼ばれつつ

    早くも天を見ることができる。

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今一度『浅草の火事』を

毎日うんざりするような新型コロナウイルス感染の報道。


昨日はこれまでで最多の感染者が出たようですが、これはクラスターを絞って呼びかけた結果、検査を受けた数が増えたことによるようです。


これはかなり前から識者が指摘していたことですが、やはりそうだったという感想です。


ですから、これまでも同様の処置を講じていれば、もう少しなだらかなカーブでの感染者上昇を目にしたのではないかと感じています。


この推移を見て「ますます大変だ」と思うのか、それとも「かなり(クラスターが)絞られてきたな」と思うのか。


思いによって行動が変わってくるのではないでしょうか。Photo_20200307081701


ますます大変だと感じている方は、これまで以上に抑制的になって「君子危うきに近寄らず」の姿勢を強めるでしょう。


自分だけがそう意識し行動していくのであればいいのですが、周囲にも強くそれを求めていく人も少なくありません。


過半数以上の都道府県で感染者が発生している現状、どこへ行ってもアブナイ、だから行動しないというのではどうなのでしょう。


できるだけ情報をたくさん集めて、どういうところに行ってはいけないのか、一層の注意を払ってどう行動するかを考える方。


今のところかなり絞られたクラスターの周辺はリスクが大きい、しかしそれ以外のところは大丈夫だと判断してもよい。


絶対つまり100%安全だというところはないとしても、まさか家の中に縮こまっているわけにはいきません。


できることを限りなくキチンとやること、リスクが高いところはできるだけ避けるとしても、必要以上に恐れることはない。


城野先生が言われた『浅草の火事』の話が、ビンビンと心に響いてきます。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(73)

確定的でない要素の話をしたいと思います。


つまり人間の脳に伝えられる様々な情報には、「確定的要素」と「確定的でない要素」の2種類があるということです。


確定的要素は次の3つです。
 ・確定事実  ・確定的法則  ・確定的可能性202003


確定事実は問題ありませんね。正確に言えば、自分の目で耳で、あるいは肌などで得ることのできた事実情報(甲情報)です。


自分の信頼する人(仲間、部下、先生など)からの事実情報(乙情報)も確定事実に入れていいでしょう。しかしマスコミ情報などは、慎重な取り扱いが必要です。


確定的法則は、こうなれば絶対に(100%)このようになるという科学的法則、自然法則などを指します。


さらに確定的可能性も、法則までは至っていないがやはり100%そうなるということを指します。ある毒キノコを食べれば食中毒に罹る、といった可能性です。


それ以外のものが確定的でない要素ということになります。どんなものがあるでしょうか。


ザッと上げてみれば、憶測、推測、印象、仮定、思い込み、空想、夢想、未確認情報、評価など。


伝聞情報なども大多数は確定的でない要素に入りますが、上記の乙情報のように確定事実に入れてよいものもあります。


ただし、例えば昨今の新型コロナウイルス感染騒動の中での専門家情報などは、やはり甲乙ではない情報(丙情報)として扱うのが無難です。


こういった確定的でない要素に基づいてしまうと、判断や実際行動がよい結果になりません。気分状態もきっとマイナスになることでしょう。


憶測あるいは推測は、確定的でない要素の典型と呼ばれるものです。身勝手な想定や推論で話を組み立てるもので、気分や感情がベースになることが多いのです。


ですから当然のように客観的ではありませんし、科学的な根拠も乏しいわけで、実際とは食い違うことも多いのです。しかし、この情報は世の中には溢れているというのが実際です。


それは、今回の新型コロナウイルス感染騒動を見ていても分かる通りです。とくに事実と混線してしまうので要注意です。


次に印象、こちらも気分や感情といった感覚的な受け止めをそのまま膨らませることで生まれます。よく第一印象とかいいますが、第一印象事態は悪いものではありません。


その印象を、判断なり意思決定に使ってしまう習慣が付いてしまっていることが問題です。


客観的に思考を整理して、つまり印象部分は外してみて初めて正しい認識につながり、的確な判断につながっていくのです。

マスクとトイパーとの違い

毎日のように新型コロナウイルス感染騒動のニュース、こちらもコラムまでそうなってしまいすみません。


物が足りなくなるニュースが連日テレビやSNSに流れていますが、マスクや消毒液類とトイレットペーパーやティッシュペーパー類とは、ちょっと内容が違うと感じています。


店頭の棚から消えたということは間違いのない事実ですが、ここではマスクとトイレットペーパーに絞って考えてみます。


まずマスクですが、昨今は花粉症の方が増えて需要は以前に比べてかなり増えてはいますが、日本人みんなが毎日必要であるわけではありません。


花粉症などのアレルギーをお持ちの方や呼吸器疾患の方、そして医療従事者や介護関係の方などが主たる需要者だと言えますね。


それなのに、この新型コロナウイルス感染が広がるにつれて一般人もマスクをつけるようになり、加速度的に需要が増えてきました。


ところがメーカーの生産キャパはそれほど大きいわけではなく、しかも7割以上が中国からの輸入品だと聞いています。


その中国がしばらくの間生産機能が停止するという事態でしたので、日本国内の在庫絶対量が一気に減少したわけです。


政府も慌てて国内メーカーに増産を要望し、新規に参入する業者も出ていますが、原料の多くも輸入品ということになると限界があります。


つまりマスクについては今後もしばらくの間は在庫が膨らむことはなく、店頭にほとんどない状況が続いていくでしょう。


一方のトイレットペーパーは、つまらぬSNSの書き込み(デマ情報)から火が点きました。本人は罪の意識もなく書き込んだのでしょうが、とんでもない話です。Photo_20200304133101


SNSはそれがデマであろうが、真偽を確かめることもないままに、拡散が始まります。そしてまずSNS情報を見た人が買いだめ行動に出ます。


まだ少数派ですが、それでも一時期集中的に動き出しますので目立ってしまいます。それをマスコミが面白がって伝えます。


そのニュースを見た人が半信半疑に行動を始めますが、こちらは多数派ですのでアッという間に拡大していきます。


この時点ではまだ店頭にはそれなりの在庫はあるのですが、早めに買っておかないと大変だという心理が働いてきます。その行動を見た人が自分もと動き、結果として棚は空に。


その空になった棚の様子がニュースやSNSで伝えられ、さらに状況がひどくなり、本当に必要な人にも物が回らない状況が生まれます(私も共犯者かも)。


ただこちらは、国内生産が98%であり主原料である古紙なども大量にあります。生産量も増えていますので、遠くないうちに元には戻るでしょう。


そういう状況が正しく、しかも信頼できるところから発信されればいいのですが、今のところそこに問題があるように思われます。


慌てないで確定的情報をしっかりとつかみ、正しい判断して行動する。口で言うのは易しいですが、実際にはなかなか困難です。


だからこそ、自分が験されているのだということもできますね。


少なくとも、マスクは本当に必要な人たちに行き届きますよう、優しい心で行動したいものです。

新幹線700系の引退

東海道・山陽新幹線の700系という車両、一度は乗られたこともあるだろう。


試作車は1997年に製造され、2年後の1999年から量産車が次々に登場して16両編成「のぞみ」の主力車両になった。


前頭部の形状から「カモノハシ」というニックネームが付いたが、風力(空力)抵抗をいかに躱すかということを主眼としたものであった。

700
全部で1300両余り製造されて、当時の初代「のぞみ」であった300系車両をアッという間に引退に追い込んだ。


JR東海車だけでなく、JR西日本でも一部修正された同じ車両が作られたほか、「ひかりレールスター」用の8両編成も製造された。


それがもう引退なのだという。新幹線車両は、1列車がかなりの長距離を走ると共に、1日で東京ー博多間などを1往復以上走行する。


走行距離に応じた点検がその走行距離数によってなされるのだが、やはり寿命が短くなるのはやむを得ないのだろう。


また、登場当時には最先端技術だったものが、新しい技術がさらに開発されていくとどうしても陳腐化してくるのは当然だ。


新幹線車両はその時代の最先端技術の中の、安定技術をもって製造されるものではあるが、15年、20年も経つとそれがもう古くなるというわけだ。


また、700系は最高速度こそ285km/hとその後の車両にひけはとらないが、カーブを通過する速度(制限が付く)などで一歩後れをとっている。


つまり現在主力の700A系、あるいは今後間もなく登場する700S系に比べると、1世代いや2世代前の車両の位置づけになる。


というわけでこの3月14日のダイヤ改正を機に引退することが決まっている(ただし西日本の8両編成はまだ少し残る)。


その引退記念運転が3月8日に行われることになっていた。ところが一連の新型コロナウイルス感染騒動で、イベント運転が中止になってしまった。


鉄道ファンにとっても非常に残念なことであるが、引退の花道を飾れない700系車両にとっても悔しいことだろう。


最終の13日には最後の「ひかり」1往復が運転されて、それが実質的な引退の花道になる。


わずか20年余りであったが、日本の大動脈である東海道・山陽新幹線を走り抜いた700系車両にエールを捧げたい。


そして、ありがとう。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(72)

新型コロナウイルス感染による混乱、不安がさらに拡がりつつあります。


これは確定的要素の情報が少なすぎることによるものだと思っています。


確かに政府発表からも、マスコミからも様々な情報が日々流れてきますが、事実情報以外のものがどこまで信じられるのかという不信が混乱や、不安を増幅させています。


本来なら政府発表が信頼できる確定的要素として理解されて良いのですが、一連の流れを見ていると、また朝令暮改的な要請の連発で、今ひとつ信頼できないということになっているようです。


そこにデマ(とくにSNS上のデマ・フェイク情報)が拍車を掛けています。


デマも最初の内は「そんなバカなことがあるか」と信じない人が多数派です。しかし徐々に拡散されてくると、もしかしたらという気持ちが強くなります。それがSNSの怖さでもあります。


やがてその情報を信じた人が、例えばトイレットペーパーなどの買いだめに走り出します(写真は1973年オイルショック時のもの)。Photo_20200302120101


それを視認した人たちが、半信半疑ながら同様の行動に走り出します。噂が噂を呼んで、さらに広がっていくことは明らかです。


その内に、デマを信じていなかった人たちにも、(信じた人たちが)買いだめに走ると物がなくなるという推測が生まれてきます。


こうなると冷静に考える前に「手と口と足」が動いてしまいます。自分もまた急がなければという気分になって、買いだめ行動に走ります。


結果としてあっという間に店頭から物が消えていくことになります。その様子が放映され、SNSにアップされるとさらに火が点くわけです。


本来の行動としては「確定的要素」に基づくものであってほしいわけですが、心理的に揺れ動くと例えそれが結果的に間違った行動でも、自らはそれを正当化します。


物が戻ってきて落ち着いてしまえば、アレは何だったんだろうと言うことになるのでしょうが、その為には今ひとつの確定的要素が必要です。


すなわち、この「新型コロナウイルス感染」騒動がいつになったら収まってくるかという要素(情報)です。


今現在はそういう確定的要素がほとんどないので、しばらくは混乱が続くのだと覚悟しておきましょう。


では、次回は「確定的でない要素」について検討していくことにします。

終わりが来ないモノはない

新潟市では、今日から小中学校、県立高校、支援学校の一斉休校、私立幼稚園の休園が始まりました。


県内の各市町村の対応はややまちまちですが、今週中には県内全部の学校などがお休みになってしまうようです。


我が家の孫が通う私立幼稚園も右にならえで今日から休園、孫を預かるカミさんも心身を休める暇がなくなりそうです。


Photo_20200302085501
さて、専門家によってもこの措置に対する評価がまちまちなように、巷が混乱しているのは「本当のこと」がよく分からないからです。


テレビや新聞の報道を見ていても識者の意見が種々雑多、しかもどちらかと言えばマイナス情報が多いのが不安を助長します。


ましてやSNSなどのネット情報はまさに玉石混交、ウソや憶測なども混じり合っていますから、さらっと読み流す程度でいいのです。


政府もただ自粛を要請するとだけしか言わず、具体的にどうすれば良いのかは個々の判断によるって感じで他人任せ。


挙げ句の果てには精神論的な抽象的な言葉を持ち出してしまう有様で、これで不安を解消しろと言われても無理な話です。


新型コロナウィルス・COVID-19への正しい(だろう)知識、これまで起こった事実やその統計的なデータ、それらをつなぎ合わせながら自分で判断して行動しなければならないのが現実です。


正直なところ、私も今のところここまでしか書けません。冷静に情報を分析すれば、パニックになる必要もないと思いますが、人間の感情というのはその制御を越えたところにあります。


そんなことを言えば、何をのんきなことを言っているのだと責められそうな雰囲気もあります。


とにかく、誰もが共通して【それはダメだ】と主張していることは、今現在守るべきことと判断して行動するしかなさそうです。


終わりが見えないどころか、収束の方向さえ見えていないことが不安の根源だと言えましょう。


それが1~2週間で収束あるいは小康の方向が見えてくれば、人の心も少し落ち着いてくるに違いないと思っています。


色んな助成措置もこれから決まってくるようですが、いずれも私のような一人だけの個人事業主には無関係かも知れません。


慌てることはありません、終わりが来ないモノは絶対にないのですから。

今日から3月だ

連日連夜のように新型コロナウイルスの話題が、テレビやネットに溢れている、もうオーバーフロー状態だ。


その影響はジワジワと私のところもやってきて、能動受動を合わせてスケジュール表から予定を削り取っていってくれた。


おかげさまで、今月は20日過ぎまで真っ白になった。いや、1つだけひっかき傷のような予定が残っていた。


歯医者にメンテナンス(歯石除去)に通院する予定だけが、ポツンと残っていた。ついでに常備薬をいただきに、内科に行く予定も入れておこうか。


こういうスケジュール表を見るのは、独立してから久しぶりだ。


独立開業したのが2008年(6月1日)だから、あの時にはリーマンショックとやらのとばっちりを受けた。


もっとも、元々大した数の予定が入っていなかったのと、週に2回商工会議所の「中小企業応援コーディネーター」としての仕事があったので、それなりだったが。


それに比べても、この3月は見事なモノだ。ほとんどは自分から予定を削った(主催セミナーなど)ので、全ては自分の責任でやったこと。


その分、有り余るだけの時間を与えられたのだと思えば良い。しかし、私ばかりがそれでは不公平だとカミさんは言う。


そりゃぁそうだろう。幼稚園が2月末で急遽終わってしまい、昼間の孫の面倒を娘たちに代わって見なければならないからだ。


これまでは朝幼稚園に送り出すまでと、迎えに行ってから娘たちが戻って来るまでで良かったのが、時間帯が広がってしまった。


でも、我が家は全体的に見れば恵まれた方だろうか、子供さんがずっと家にいることになり困っている家庭も多いだろう。


思うにつけこの国の首相とやら、あるいは与党の重鎮たちはそういう庶民の現実をほとんど知らないらしい。


口でさも知ったかぶりのことをしゃべっているが、どうも、①この国(の仕事)は男が支えている、②女は家庭を守るべき存在だ、③女の仕事は男の補助に過ぎない、とでも思っているらしい。

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そうでなければ、ある日突然に「小中学校、高校、支援学校は春休みまで休校に」要請など、唐突に出せるわけがない。


頭がおかしいというしかない。でなければ、逆風が吹き荒れてきたので起死回生の一撃でも放った気分なのだろう。


迷惑するのは庶民の家庭だ、それもおそらく圧倒的に女性がわりを食うに違いない。


人口の15%足らずの小中学生、高校生を家の中に縛り付けても、満員電車に揺られ通勤する多数の労働者を野放しにしていてどうなる?


在宅テレワークが望ましいとか、時差通勤とか、今こそ働き方改革の験し時だなんてアホなことを考えているのではないだろうな。


そんなのは限られた大企業の正社員だけができることで、多くの民は大半が今まで通りに暮らしていくしかないのだ。


今はただ、早くこの異常事態が収まることを祈るしかないのか。


いずれにしても、天からもらったこの貴重な時間を無駄遣いしないようにしよう。

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