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大晦日のご挨拶に代えて

大晦日、今年もあと16時間余りで新しい暦に変わります。


今年1年の振り返り、総括をしますと点数でいえば85点くらいだったでしょうか。


できたことの方が多かったのですが、いくつかできないままに次繰りになってしまったことも散見されます。


また思い(意識)が足りなかったのか、それとも戦略の立て方が甘かったのか、「沙汰止み」のこともありました。となると85点でもちょっと甘いのかな。Photo_20191230194401


とにかく忙し過ぎました、とくに上半期は。元々早めに決まっていたスケジュールの合間に、あとから決まった仕事を組み込んだもので、土日の休み無しという事態が数ヶ月続いたことも。


心に余裕がなくなると、新しいことをやろうとしても長続きしません。67歳という年齢も関わってきたのかも知れません。


とくに城野宏先生の論文集に今一度キチンと当たること、この大きなテーマが殆ど手つかずで終わり、2020年のテーマに再度組み込むことになりました。


遠征の合間に「旅鉄」するのも、次の予定が迫って準備をしなければということでペンディングにしたこともありました。


これなどは、スケジュールに十分な余裕を作ることで解決できますので、2020年はできるだけ組み込んでいきます。やはり、仮の予定であっても書き込んでおけば良いわけですから。


心に余裕を生むためにも、私にとっては「旅鉄」(とくに乗り鉄)が特効薬ですので、不定期にでもちゃんと服用することにします。


それでは2019年1年間皆さまには大変お世話になり、ありがとうございます。心より感謝を申し上げます。


新しい年も皆さまにとって素敵な年、充実の時間になりますようにお祈りいたします。


来年も、どうぞよろしくお願いします。

お金を大事に使ってこそ経営者

今年もいよいよ今日明日の2日を残すだけになりました。


経営者にとっては「今年も無事に終えることができた」と、有終を迎えて心からの感謝を述べる時ですね。


それは一つには年末のキャッシュが無事に間に合った、支払も決済も滞りなく終わったということです。


ブログ「小さな会社のマネジメント」では、このキャッシュについてのお話で今年を終わりたいと思います。


言うまでもありませんが、キャッシュは企業の血液であり、その血の巡りがキャッシュフローです。キャッシュフローが詰まってくるのが動脈硬化であり、企業の死(倒産)につながります。


キャッシュフローを疑似経営体験(ゲーム)を通して実践的に学んでいただくことを目指して、今年も全国で15回のキャッシュフローMGを開催しました。


そこでは具体的にどこをどうすればという基本をお伝えしていますが、それはささやかですが私自身の16年余の経営体験の中からつかんだことです。


キャッシュフローについてのノウハウ書もたくさん出ていますので、それを読んでいただくことも基本知識としては必要ですが、役に立つのは体験知識です。


実際経営に近いキャッシュフローMGを繰り返しやっていただきたいのは、体験知識を体にしみこませてほしいからです。


大前提は「キャッシュ(お金)を大事に使う」ことだと、私自身は経営の中から学びました。


大事に使うということには、いくつかのポイントがあります。その中で私のキャッシュ理念と言ってもいいものが次の3つです。
 ①人任せにしないこと  ②前向きに使う時はドンと使うこと  ③公私混同しないこと


①人任せにしないことについては、社長自身が日々の経理をやれという意味ではありません。が、少なくともキャッシュの状況と今後の動きを正確に知っておくことです。202000-cfmg


これは私自身が販売会社に出向して1ヶ月余、まだ十分に自社の状況を把握していない時に経理の担当者から「月末キャッシュ不足」を告げられて、慌てた体験に基づきます。


以後は日々の処理は担当者に任せましたが、チェックを怠ることはなく、資金繰り計画は年間計画、半期計画、3ヶ月計画、月間計画まで自ら作成しました。


②前向きに使う時はドンと使うことは、必要なことにはケチケチしないということです。とくに小出しはいけません、それは大東亜戦争での日本軍の失敗を見れば明らかです。


また、目先の利益に振り回されないことと、ここぞという時には集中して使うことも付け加えておきます。


③公私混同しないことは、キャッシュフローにかかわらず社長の行動基本ですので、言を待たないでしょう。上がやれば下が真似る、そうならないことがキャッシュについては最も重要です。


黒字倒産とはPL(損益計算書)上は利益が出ているのに倒産してしまうことです。少し旧いデータですが2015年には、企業倒産の内50%を超える黒字倒産がありました。


昨今は、人手不足によることや事業承継がうまくいかずに黒字倒産する例が増えてきていますが、やはり原因の主たるものはキャッシュフローの行き詰まりです。


多くの経営者はもちろん、現場で仕事をしている社員さん自身もキャッシュフローの基本を身につけていただきたい。それを願って、2020年もキャッシュフローMGを開催します。


今年開催していただいたところはもちろん、新たな地域での開催も願っています。お声かけいただければ幸いです。


では最後に、2020年前半(1~6月)の開催予定を記して起きます。ご参加をお待ちしています。
 ・1/9-10(木金) LR小川会計さん主催/LR小川会計セミナールーム
 ・3/14-15(土日) ビーラブカンパニーさん共催/ビーラブセミナールーム
 ・5/23-24(土日) ウィズアクトさん共催/ウィズアクトセミナールーム
 ・6/13-14(土日) ビーラブカンパニーさん共催/ビーラブセミナールーム
 ・6/20-21(土日) 大王MG(リサイクルさん主催)/(株)リサイクル
 ・6/27-28(土日) 合同会社スマイル主催/河西誠二郎税理士事務所セミナールーム

現実には素直に向き合って

残すところ3日、正確には64時間余りというところとなりました。


今年2019年は、皆さんにとってどんな1年だったでしょうか。良い年、悪い年とバッサリ分けたらいかがだったですか。


私は、胸を張って良い年だったと言えます。もっとも、少なくとも記憶のある限り悪い年だと思ったことはありませんでしたが。


もちろん365日(8760時間)がずっとプラス目であったわけではありません、時には落ち込んだり壁にぶち当たって右往左往もありました。


それでもなべて見れば、平均ではなく中央値として良い年だったなぁと感じられるわけです。


同じことでもその時の気持ちの持ちようで、プラスに感じられるかマイナスの方向に流されてしまうのか、どのようにでもなるとおもわれませんか。


別に私が人よりも楽観的な性格だというわけでもありませんし、あっけらかんとしてもいません。もちろん、目の前の現実から逃げようとも思いません。


ただ、こういう現実になっているのは「それで良い」と受けきれる姿勢、あるいは意識になっているということだけです。


もし悪い状況であれば、それを招き入れたのは他ならぬ私自身であるわけですから、そのことをしっかりと素直に自覚しておけば良いのです。


もしそれが良いことであったのなら、以前いやっていたことやこれまで続けてきたことが間違いのないことだったと、やはり素直に「よし」とうなづくことができます。


脳力開発で学んだ『明元素』の素(素直)、あるいは純粋倫理で学んでいる純情(すなお)ということ。これを肩の力を抜いて実践し続けることだけです。201302_20191228212701


そんなこれまでのスタイルを、来年も続けていくばかり。


大晦日12月31日23時59分59秒が、新年元日1月1日0時0分0秒になっても、時の流れは何の途切れもなく連続しています。だから何の変わりもない。


ひたすら素直にこれまで通り、しかし常に日々の進歩向上を目指して(脳力開発の実践通り)一口ずつ味わい、一歩ずつ歩んでいくのみです。


さぁ、2020年には何が待ち受けているのでしょうね、ワクワクします。

赤穂浪士討ち入りは12月の大雪の日?

時は元禄15年12月14日、といえば「赤穂浪士の討ち入りの日だな」と多くの日本人が反応するでしょう。


この時期になると(今年はやったかどうかは知りませんが)、歴史特集か時代劇かは別として、テレビ番組の中にほとんど必ずこの事件が登場します。


事件の内容を改めて触れることはしませんが、先に書いた年月日をキチッと言える方も少なくないはずです。そして12月14日の江戸が大雪だったと聞いて、昔は寒かったのかなナンテ。


歴史が余り好きでない方はもちろんのことですが、歴史好きの方にしてもこのように年月日をキチッと言える事件は他にあるでしょうか。


私もけっこう歴史好きですが、この他に年月日をキチッと言える歴史的事実(事件)は、パッとは思い浮かびません。


脳力開発で講話の中でお話しする本能寺の変、これは何度も話をしていますので、天正10年6月2日とそらんじています。


あるいは、事件そのものに年月日の入った「文久3年8月18日の政変」くらいでしょうか。


ではここで問題です。冒頭の討ち入り事件は西暦では何年でしょうか? これはかなり難問で、正確に答えられる方に出会ったことはないと言ってもいいですね。


最近はスマホなどを使いこなす方が多いと思いますが、ネットで元禄15年を検索してみるとたちどころに「(西暦)1702年」と出てきます。


そこで討ち入りがあったのは「(西暦)1702年12月14日」だと答えますと、これは大間違いなのです。えっ!?どうしてなの?


実のところ、私もかつてはこういう間違いをあちこちでやっていました。上記の本能寺の変も「1582年6月2日」とパワポなどに書いてしまっていました。実はこれも間違い。


和暦だけでしゃべれば問題がないのですが、分かりやすいように西暦を併用すると間違いを起こしてしまうのです。


つまり「天正10年(1582年)6月2日」と書くのは良いのですが、「1582年(天正10年)6月2日」に本能寺の変が勃発したと記すのは誤りなのです。


勘の良い方はお気づきかと思いますが、当時の日本の暦である和暦は陰暦です。そして西暦はグレゴリオ暦なのですが、さらに言えば本能寺の変の辺りまではユリウス暦だったそうなのです。


そこでグレゴリオ暦で言うと1582年7月1日が正解、ユリウス暦だと1582年6月21日なんだそうです。当然日本に来ていた宣教師たちは、ユリウス暦を使っていたはずです。Photo_20191227154601


冒頭に戻って討ち入りは12月の事件だけにさらに面倒。「元禄15年(1702年)12月14日」は正解ですが、「1702年(元禄15年)12月14日」は間違いになるのです。


なぜなら元禄15年12月14日は、西暦では「1703年」1月30日に当たるんですから。これなら江戸の街に大雪が降っていたというのも、納得できるのではないでしょうか。


歴史を語る時には、こういうことに十分気を付けないといけませんね。教科書の表記にも間違いが散見されるようです。


年の途中で(つまり今年のように)元号が変わることもありますので、こちらも要注意です。

今日が今年の仕事納め

12月27日、明日28日が土曜日なので今日が仕事納めという会社も多いはずですね。


そういうところは新年も5日の日曜日までお休みが続き、都合9連休だということになるのでしょうか。


かくいう個人事業主の私はそういうお休みには殆ど無関係、それもまたよしってことですね。建前は「365日・24時間営業」にしていますが、おそらく開店休業でしょう。


コンサルティングやセミナー・研修関連の仕事は年内にやっておくことが完了、経理締めを前倒しでやっておくことにします。


このブログはどうしようかなと考えたのですが、「書きたい時には書く」というゆる~い感じで年末年始は過ごします。連休にはしないつもりですが、その日の気分によって変わるかもです。


今年は年賀状(マンダラ賀状)を作って送ることもやめました。その旨は毎年コンスタントにやりとりしている方には、暑中見舞いにてお知らせしました。


親族にだけは年賀状を出し終え、年末状・クリスマスカード、あるいは年賀欠礼ハガキをいただいた方には、年末ハガキをお出ししました。2019-xmas-fbb


そして、クリスマスカード・マンダラをFacebook(個人のタイムラインとFBページ)にアップしました。それで年賀状に代えるということです。


多分お正月に年賀状が届くでしょう。ご返事はその方によってハガキ、もしくはメール(メッセージ)で失礼のないようにします。


そんなわけで、MGで言えば「あと5行」になりました。


いつもの通り、我が家では正月らしい飾りも特別にはありませんし、鏡餅もおせちも特別には用意しません。


正月用のお酒や食べ物はいただき物と、この土日で買っておく物だけで質素に新年を迎えます。


長岡時代には、毎年のように寺泊に出かけて大晦日・正月用の魚やカニなどを買ってきたものですが、人出に揉まれるのはどうもねぇ。


年末年始は寒波の襲来で新潟市でもみぞれや雪になりそうですので、のんびりと過ごして参ります。


ゆるゆるが最上ですね。

なぜ同じ学びを繰り返すのか

今年もあと6日、ホントに時の過ぎるのは早いものだと感じる。


もっとも、余りに早すぎるように感じるのはさほど良いことではなさそうだ。


「チコちゃん」でやっていたのだが、歳をとると毎日が早く過ぎるように感じるのは、日々の感動が少なくなっているからだそうだ。


小さな子供や青春まっただ中の諸君は、言ってみれば毎日が新鮮な感動の渦の中にいるわけで、時間を短く感じることはないそうだ。


そんな中で、今年もけっこう多くの感動をいただいた(と思っている)。それはほとんどが人との出会いであった。


11月の仙台MGでは、西研MGに参加して32年余りで1400期という節目に到達することができた。


MGは通常2日間で5期の経営(ゲーム)を行うわけだから、単純計算で言えば280回研修に参加したということになる。


もっとも、シニア研修のようにゲームは4期ということもあるし、ワンデー(3期)参加や、中途で参加ということもあったので、実際の研修参加は300回を超えていたはずだ。20190216-cfmg9_20191225225501


さらに自分がインストラクターとして研修指導をしたのは、少なくとも自ら参加したよりもかなり多いはずだ。


そんなわけで、MGをよく知らない方からは何でそんなにやり続けるんですかと、怪訝そうな顔をされることがある。


それどころか、MGを始めてもう何10期か体験している方からも、いつも同じことなのに続けておられますねと感心される。


確かにその通りだ。毎回「第1期シミュレーション」という、基本的には同じことから始まるわけで、インストも含めると700回以上はやっていることになる。


実は同じことを聞いても、あるいは同じことをしゃべっていても、その時の心つまり意識は毎回異なっている。あるいはその時々の自分の置かれている状況が違う。


現役社長の頃はなおさらだった、伸び盛りの時、落ち込んでいる時、壁にぶつかっている時、様々な違いがあると、同じ話を聞いても違ったことに気付かされる。


同じことを耳にしても、それならこうしようという次の行動意識に違いが出てくるものなのだ。


だから続けてきたし、これからも続けていくに違いない。今度は何に気付くのかとワクワクしながら、MG研修に出かけていくのだ。


来年も正月明けのキャッシュフローMGのインストからスタートする。今度は何に気付かされるのか、今から楽しみなのである。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(56)

脳力開発では「戦略と戦術」の区別が重要なことだと教えています。


この話題はブログの中でも何度か書いてきましたが、MGセミナーに参加したりインストをしていて、MGを何期も体験している方でも区別がキチンとできていないことに気付きます。


例えばセミナー初日が終わってスピーチの際に、「今日は青チップ『戦略』でやろうと思いましたが、うまくいかないので明日は赤チップ『戦略』に切り換えます」とか。


あるいは「ぜひとも今回はハイP『戦略』を続けて行こうと思います」などというのもありますね。


巷に溢れている本のタイトルを見ても、「ニッチ市場『戦略』」とか「ドメイン棲み分け『戦略』」、「ラ●チェ●ター弱者の『戦略』」などいっぱい溢れています。


十把ひとからげで申し訳ないのですが、上にいう『戦略』は総じて『戦術』レベルだということです。


あるいは戦略を目的とか目標という表現で書いたものも多いのですが、こちらはあながち間違いではないものの、目的とか目標といった小さなレベルでは戦略を言い表されないのです。


戦略は戦略としか言いようがないわけですが、敢えて言えば、戦略とは「根本方向」であり「統一方向」です。


この辺りのことは、脳力開発の指針第4条で学ぶところですが、第4条のみならず全体のベースとしてまさしく根本になっているわけです。Photo_20191223202101


織田信長の話を、私は自分の講座の中で取り上げます(城野先生もされていたので真似ですが、話の素材は自ら集めたものです)。


例えば、信長は今川義元が(公称)3万の兵を率いて尾張に攻めて来るという時に、どう決断したでしょうか。決断、つまり根本方向を決めるということです。


信長には2つの選択肢がありました。1つの方向は「戦わず降伏する(今川に膝を屈する)」ことであり、もう1つは「(真っ向から)戦う」ということでした。


大将(リーダー)たる信長は、そのどちらにするかを決定しなければなりませんでした。信長は「戦う」ことを戦略としました。


私たちは歴史としての結果を知っていますから、信長の決断を英断と考えますが、もし逆の結果になっていたとしたら英断どころか、無思慮の悪判断とでも評するのでしょうか。


一つ言えることは、戦略は決めなければいけないということであり、しかも二者択一であるということです。つまり信長は、「戦う」か「戦わない(降伏する)」かのどちらかを選ばざるを得なかったのです。


つまり根本方向の二者択一であり、それを決めなければどちらにも進めないことになります。


人生の戦略は、「楽しみの人生」か「悲しみの人生」かの二者択一。そんなこと当たり前じゃないか、前者に決まっている。


ホントですか? ちゃんと戦略意思決定して決めていますか?

今年もあと9行です

12月23日、上皇陛下のお誕生日ですね。


カレンダーによっては赤文字(祝日)になったままだったり、手元の手帳には「平成の天皇誕生日」とあります。


心より上皇陛下のご健勝、弥栄をお祈りします。


今年もアッという間に残る日数は9日間、MGならば「あと9行」といったところ、いやもう「あと5行」をとうに過ぎた頃かも知れません。20190722-111751


今年中に、年末までに終えておく仕事がまだいくつか残っています。


先週中にチェックして、優先順位を決めておきましたので、気も朝起きして早速取りかかっています。


年末で引っ張ることなく、今週中には終えてしまいます。他にはないかなと、再度見直しも必要でしょうね。


年明け、正月が明けたら決算仕事が始まります。主要科目については11月までにほぼ完了していますので、こちらはあと数行です。


先憂後楽、何事も面倒なことは前倒しでやっておくことです。


もちろん、2020年もその覚悟で仕事に当たっていきます。目標もほぼ固まりましたので、新年早々からスタートできるはずです。


そうそう、今年の年末は年賀状は出さないことにしました。主要な方には暑中見舞い状でその旨をお伝えしています。


多くの皆さんには、フェイスブックの「クリスマスカード」投稿に代えさせてもらいます。


ただいただいた年賀状にはご返事がしたいので、その準備だけはしておきます。これも一種の断捨離でしょうか。


忘年会もあとはカミさんとの年忘れ会を残すのみ、この週末くらいかな。


では1年のやり残しがありませんように。

来年のMG目標は40期

冬至です来年の戦略。夜が一番長い1日、そしてこともあと残り10行(仕事納めまではもう少し少ないかな)。

来年の方向(戦略)もほぼ決まり、具体的な行動についてまとめを進めています。一両日中には「一年の計」完成です。


その中に『学習』という項目があります。


来年の私のテーマは『天命を意識して』です。


『仕事』の項目とも連動しますが、脳力開発講座とMG/CFMGを通じてその思想と哲学を伝えていくことです。


脳力開発については城野宏先生の、MG/CFMGについては西順一郎先生の、2人の師の言葉をキチンと伝えることですが、できるだけ自分の言葉で伝えたい。20191117-mg8


その為にはこれまでの30有余年の積み重ねた体験がありますが、それらが色褪せないためにはこれからも体験を積み上げていく必要があります。


コンサルティング&サポートという仕事、そしてセミナー主催(共催)を通じての体験がその一つです。


それと共に、MGや人を大切にする経営学会のフォーラム、倫理法人会活動、その他機会を作ってまだまだ学び続けることがその2です。


MGについては、今年はMGシニア研修を含めて11回参加、54期を積み重ねることができましたので、1400期という節目に到達することができました。


もちろんその全てが、西先生のインストによるMGの受講でした。受講する度に新たな発見、気付きがありました。


来年の行動予定、既に参加を決めている(予定している)MGは6ないし7回ですが、何とか8回(40期)参加をと考えています。


「いつか必ず行きます」という約束手形を出しているところを優先しながら、参加を決めていきます。


脳力開発については、改めて城野先生の論文集に取り組んでいきます。30冊ありますから、1ヶ月に2.5冊になりますね。ケーススタディ集にも再度アプローチです。


方向(戦略)を決めれば、後は戦術の組立です。柔軟に、二の矢三の矢を用意しながら目標に向かっていきます。


色んなところで出会いましたら、共に学び合いましょう。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(55)

12月21日、この日は城野宏さんの祥月命日です。


1985年(昭和60年)12月21日午前11時9分、呼吸不全により永眠。


経歴をザッと記しますと、1913年(大正2年)8月長崎県の生まれ、東京の府立4中、旧制八高(名古屋)を経て東京帝国大学法学部へ進まれ、1938年(昭和13年)卒業。


野村合名会社(現野村グループ)に入るもすぐに招集されて、中国大陸に渡る(陸軍)。敗戦まで一貫して中華民国山西省政府の指導に当たる。Img20191220_21253716


戦後は故国復興のための資源確保を目的に、山西野戦軍を組織(副司令)して、日本人残留部隊と共に50万の兵を擁して、中共(毛沢東)軍と戦う。


1949年(昭和24年)、首都太原落城により中共軍の捕虜となる。のちに特別軍事法廷で禁固18年の判決を受けて、監獄生活を送る。


1964年(昭和39年)恩赦により釈放、4月に「最後の戦犯」として帰国。


帰国後すぐに情勢判断の方法を提唱、多方面に亘って活躍される。その著書は40数冊、脳力開発や情勢判断学はもちろん、中国関係、日本経済、農業問題、人間学、護身道、古事記、三国志に至るまで幅広い。


脳力開発教育は1979年(昭和54年)頃から亡くなる少し前まで、全国各地での講演や研修を重ねておられた。


私自身の出会いは1983年(昭和58年)頃で、講演の聴講が最初であったが、その後の機会は僅かなままだった。


1985年11月のバリューム検査に引っかかり、精密再検査で胃がんが判明、11月末に胃の全摘出手術。12月10日頃から容態が悪化し一進一退ののち、21日心停止。永眠。


蛇足ながら、2年後1987年の同じ日(12月21日)に、佐々木隆さんが急逝された。

純粋倫理と脳力開発について

昨夜は倫理基礎講座の帰り道から、雨に降られました。幸いフード付きのジャンパーでしたので、余り気にはなりませんでしたが。


今日も朝からシトシト雨、気温が上がらずむしろ下がってきている感じです。空は明るめではありますが。


倫理法人会もこの12月末で、入会から丸19年を終えることになります。


最初に入会したのは新潟県長岡市倫理法人会、何度か勧誘(普及活動といいます)されて決断。


せっかく入ったのならしっかりやるかということで、1月から毎週朝のモーニングセミナーにはほぼ欠かさず出ることにしました。早起きには自身がありましたので、セミナーに行かない日はウォーキング。


入会して2ヶ月くらいで感じになってほしいといわれ受諾、何しろ返事は「ハイかイエスだ」と言われましたので(笑)。


その年の12月に、長岡市から長岡西が分封して設立されることになり、会社の所在地からそちらに移ることに。その際には専任幹事を引き受けることになりました。


入会1年足らずで三役の一角は荷が重いと思ったのですが、やはりハイかイエスでしたので。


2年後には副会長になるのですが、数ヶ月間事情があって会長代理も体験しました。


それから仕事の関係で逆単身赴任した時期は、岡山市倫理法人会に所属、ここでもいきなりの副会長を拝命しました。


そして2008年春に長岡に戻って、長岡市倫理法人会に復帰、ここではその9月から2年間会長職を拝命しました。法人レクチャラーも長岡西の時代に引き続いてやっておりましたが、仕事の都合でやがて辞退。


そして現在は2016年9月より新潟西倫理法人会に所属を変わり(引っ越ししたのです)、監査というお役と広報委員長も拝命しています。20191220-055621


カミさんからは「長い間やっているけどどうなのかなぁ」ナンテいわれておりますが、少なくとも入会した19年前よりはマシになっているのではないかと思ってます。


どうなのかなぁというのは、きっとまだ時おり「わがまま」が顔を出すからということなのでしょう。自覚もありますので、わりに早めに修正ができるのですが、最初から出ないことが大切です。


ちなみに倫理(正確には純粋倫理)は道徳ではありません、生活の法則(くらしみち)です。しかも人だけでなく、物や自然に対することも含めた法則なのです。法則ですから本来「絶対」で「普遍的」です。


これは以前から学んできていた脳力開発と共通する、そう感じたから入会したわけです。その法則を意識するのか、それともただ無意識のうちに流されるのか。これもまた脳力開発とイコールです。


そんなわけで、倫理の実践は私の中では脳力開発の実践でもあるわけです。


来年からは20年目、引き続きしっかりと法則に沿って実践をして参ります。

来年も乗り鉄するよ

先日12日に68歳の誕生日を迎えました。


誕生日のプレゼントでいちばん印象に残っているのは、小学校入学前の誕生日に買ってもらった電気機関車EB58のセットでした。直径2mくらいの丸いOゲージ線路と機関車1両、トランス(コントローラー)付き。


小さい(3歳くらい)頃から鉄道好きだった私に、父が奮発してくれたのでしょう、クリスマスや入学祝いも兼ねたものだったのでしょう。


それまでは積み木を並べたり、障子の敷居を使って「連結運転」して遊んでいました。


写真好きだった親父のカメラを持ち出し始めたのは小学校4年生頃からで、親父のモノクロフィルムを数枚拝借して撮影していました。


そのカメラの中の1台、ペンタックスを自分専用としてもらったのが中学3年生の時。修学旅行に早速持って出たのですが、1本目を撮り終わって巻き戻す際に失敗し、思わず裏蓋を開けてしまい撮った写真が全てパーに。


そんな失敗も今は懐かしい想い出です。高校時代は勉強と陸上競技に励んでいましたので、再び撮り鉄に戻ったのは大学1年の時。鉄道研究会にも入りました。


当時のことですからSLを追いかけるのが主でしたが、天橋立合宿、加太越、北海道旅行、そして単独での九州旅行など。


そんな中で、撮り鉄も楽しいけれど乗り鉄の愉しさを強く感じたわけです。以降は殆どが独り旅で、全国を駆け回りました。もっとも、バイトでしっかりカネ稼ぎをしてからですが。


それから歳を重ねて気が付いたら68歳、今も旅鉄と称して乗り鉄ときどき撮り鉄を楽しんでいます。撮り鉄は、大きなカメラを持つことはなく、もっぱらiPhone撮影です。Img_8979


乗り鉄も、ただその為だけに出かけることは殆どなくなり、仕事(セミナー等)で各地に出かける際の往復や、余った時間の活用が主体。たまには1~2日「休み」と称して旅していますが。


今年もあちこちを旅できました。その殆どが列車での旅、たまにはバスに揺られることもありますが。


2020年も、ヒマを作って各地に足を伸ばしていきます。さっそく1月は、九州大分でのセミナー参加の帰途に山陰を旅します。


その後はまだ未定ですが、スケジュールを組むのも旅の楽しみの一つ。最低限の情報だけで、そこでの邂逅を楽しみに。


それが私の元気の源ですから。

『変える』の4段階を考察する

脳力開発では現状打破という。その反対はもちろん現状維持である。


これまでたくさんの会社のサポートをやってきた。現在進行形のクライアントさんも、セミナー・研修まで含めるとかなり多い。


ザッと何人の経営者に会ってきただろうか、単に話を聞いたという方を含めると1千人は下らないと思う。


その経営者の方々の大半が『変える』ということをテーマ、問題・課題として上げられていた。ズバリ、現状打破ということをおっしゃった経営者もおられる。


さらには改革とか変革という言葉を使われた方もおられる。私自身も「企業革命」を標榜したことがある。かつてラジオ短波さんで録音したタイトルは『企業革命ナウ』であった。Photo_20191217111401


ところで「変える」ということには4つの段階があると、私は考えている。それは次の4つの段階だ。
 ① 調整  ② 改良・改善  ③ 改革  ④変革


①の調整は、例えてみると機械などの緩んだネジを締め直すようなもので、場合によっては部品交換をすることもあるという感覚だ。よって基本というか根底は変えないわけなので、現状維持に属するものだ。


②の改良あるいは改善は、調整よりも一歩進んで仕組みを変えたり、もし同じ仕組みを用いる場合でも使い方を変えていくわけである。


5Sの推進やQCなどもこれに属すると思うわけだ。ただまだ根底は変えない、いってみれば戦術レベルの「変える」に当たる。


そこからさらに一歩進めた段階が③の改革だ。ここに至ると、基本や根底を見直すことを伴う。多くの経営者が目指したいと思っているのは、おそらくこの段階ではないだろうか。


私も自社の企業革命を唱えていたが、おそらくこの段階での試行錯誤をやっていたのだと思う。MGや脳力開発による社員教育、マイツールを活用した仕事の改革を行って所期の効果を得ることができた。


でも、さらに④の変革があることを、企業をサポートする立場になって知ることになった。


端的に言えば③の段階でもなお、現状維持の部分があるということだ。それは経営者も含めて、社員も含めた経営資源がなお現状あるモノだということだ。


②や③の段階では、経営コンサルタントあるいは社外のアドバイザーを求めることも少なくない。今の私もそんな経営者の付託に応えることを業としている。


④の変革は異なる。場合によっては経営者を変えるということまで、あるいは社外スタッフを社員として加えることも伴う。そのくらいの覚悟だということだ。


小さな会社の場合、社長すなわち経営者はその殆どがオーナーである、資本家であり出資者である。


だから彼の意識は「私の会社」なのであり、これは現状維持の最たるモノと断じざるを得ない。


純粋倫理では『捨我得全(しゃがとくぜん)』とも言う。(我を)捨て去ることで、全きを得るというわけだ。その勇気があなたにあるだろうか。


少なくとも、そういう立ち位置に立つことができなければ、本当に「変える」ことは不可能ではないか。


社員とその家族の幸せを実現するために、あなたは腹が括れるか!?

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(54)

今年ももう残り15日です。慌ただしさんを感じておられる方も多いのでしょう。そういう方は「あともう15日しかない」と感じて、気が急くのではないかと思われます。


一方反対に、それは私のことでもあるのですが、「まだ今年は15日も残っている」と思っている人もいるでしょう。


私は昨日で今年のセミナー遠征を全て終わり、後はもう少し来年に向けてのセミナー準備などが残っているだけなので、気持ちにも余裕があります。20191214-181717


同じ事象に出くわしても、プラスの方向にとらえられるか、それともマイナスの方向に見てしまうのか、そのことが次の思考や行動に影響を与えてしまうことがあります。


若い頃の私は、自分では積極的な行動派だと自認していたのですが、ところがいざという時にどうしてもマイナスの方向に捉えてしまうキライがあり、そのことが躊躇や失敗を招いていたようです。


楽観的か悲観的かという分け方をすれば、後者の方だったのかも知れません。ただ行動しているときは比較的がむしゃらにやり抜く方でしたので、それが功を奏していたのでしょう。


ところがイザ壁にぶつかると、悲観症の方が表に出てしまい、自分で自分にブレーキを掛けることが少なくなかったようです。


脳力開発に出会ったことで、その辺りの気持ちの切換ができるようになりましたと言いたいところですが、実のところはかなりの時間を要しました。自分を変えるということは大変だなと実感したモノです。


それでも、徐々にではありましたが体験を重ねることによって、自分の気持ちをどうコントロールすればよいのかが、掴めてきたようでした。


時には悲観的に、マイナス方向に考えてしまうこともありましたが、「あ、いかん」と気が付いて軌道修正することもしばしばでした。


そんな時に意識したのが「戦略と戦術」、とくに戦略の部分でした。自分の目指している方向をしっかりと確認し、見失わないこと。マイナス方向に行きかける自分を引き戻す、戦略の確認・再確認でした。


MGでのゲーム体験(疑似体験)が、それを推進してくれました。私にとっては脳力開発で学んだことを、実践するテスト場がMGという土俵でした。


だからこそ、MGの区数を重ねて行かれる皆さんにも、脳力開発(講座)の受講をお奨めするのです。自分の会社でも、これを研修の両輪としていたことで相乗効果が出たからです。


2020年の脳力開発講座も、今年と同様に3月の神戸を皮切りに、福岡と東京の3つの会場で講座を開講します。いずれかの講座を登録していただきますが、学び方は自由です。


すなわち、3会場で各講をクロス受講することも可能ですし、何でしたら9回(3×3)の講座全てを受講いただいても構いません。今年受講された方の「復習受講」も歓迎です。


城野宏さんが提唱された脳力開発・戦略行動学を、一緒に学び実践して行かれませんか。

「機会があれば参加したい」とは?

今年1年の開催(主催&共催セミナー)が、全て無事に終了しました。


参加者が多かったセミナーもあれば、予期していたよりも少なかったセミナーもありました。まぁ、それは致し方ないことですが、一つには以前よりも集客に執着しなくなったからでしょう。


その分、参加して下さった方に可能な限り伝えていきたいという気持ちが、強くなりました。


昨年までは、案内を郵送して集客をすることも大あったのですが、今年そして来年に向けても郵送は脳力開発講座に、また地域を絞ってやることにしています。20180225-mg1


もっぱらは、ホームページやFacebookなどSNSでのPR(赤チップ)ですが、自分から色んなセミナーなどに参加しても直接のお声かけにも力を入れています。


これは一番効果があるようで、自分自身も振り返ってみればそんな形でのセミナー参加が少なくなかったですね。


さて、お声を掛けたりSNSでのお誘いに対して、もちろん全く無視される方も多いのですが、きちんとご返信を下さる方もいらっしゃいます。それだけでも感謝です。


ただ、こういう返事が参りますと、ちょっと残念に思うことがあります。


たとえば、「機会があればぜひ参加したいです」とか、「今は●●が忙しいので、それが片付いたら」というものです。


こういう返事が届きますと、この人は9分9厘参加しないなと思いますし、本当はこういう方ほど参加してほしいとも思うのです。


機会があれば・・・ですが、機会はただ待っているだけではやってきません。本来機会というモノは自分で作るものですし、実はお声かけこそが「機会」なんですよね。


そのことには気付いていないというか、ただ断りをするのに婉曲に言った方が良いくらいに思われているのでしょう。


次に●●が忙しいので・・・ですが、●●とセミナーと何のつながりもありません。というより、全く別物ですから分けて考える。それが本来の思考方法ではないのでしょうか。


まぁ、これもまた断りを入れるために婉曲表現だと思えば、可愛らしいなと感じると共に、そんなに気を遣ってもらわなくてもいいですよ。


こちらもぜひ出ていただきたいなと思っている反面、参加される確率が低いことは承知していますから。私だって、お誘いいただいたセミナーに全部は参加できません。


お断りすることも多いですが、その時には正面からお断りします。


でもどうしても出たいと思うセミナーも必ずあります。その時には、前後のスケジュールを見て、少しくらい無理をしてでも参加を意思決定します。


今年はそういうスケジュールが後からはめ込みの形になって、体力的にも厳しい日程もありましたが、気持ちは満足MAXでした。


さてと、次はどの方にお声を掛けましょうか。

ルミナリエで賑わう街

一昨日から神戸に来ている。毎年恒例、1年締めくくりのキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)だ。


神戸の街は私にとっては青春の1ページでもある。大学時代の4年間神戸の大学に在籍していた。もっとも、4年間で実際に神戸の街に住んでいたのは2年間くらいだ。


前半は大阪郊外の親の家に住んで、片道2時間近い時間をかけて通学していた。その時間が勿体なくて、大学まで歩いて30分足らずの住宅地にあった下宿屋に住んだ。


その間は神戸三宮のスナックでバイトをしながら、時にはパチンコで金を稼ぎつつ大学に、割と真面目に通った。


坂の多い神戸の街で、谷を2つくらい越さなければならない六甲中腹の道で、特に学部にたどり着くには一気に上り坂が待ち構えていた。登り切れば神戸の海が見渡せる高台で心が癒やされた。


下宿はやはり中腹の緑に囲まれた中にあった。母屋の南側に張り出した長細い4畳の部屋で、真夏は温室以上に暑かったが冬の日中はぽかぽかと心地よかった。


大きな南側の窓からは港が見えた。時には大きな船(貨物船)が入ってくるのも見ることができた。


そんな思い出の下宿屋も、阪神淡路大震災で大きな被害を受けて取り壊されてしまった。平成7年(1995年)1月17日未明のことだった。


犠牲者は6,434人に達し、戦後に発生した自然災害全体でも東日本大震災が発生するまでは最悪のものであった。 Photo_20191214164801


犠牲者の鎮魂と追悼、さらに街の復興による観光客の呼び戻しを祈念して、旧居留地界隈でその年の暮れから開催されているのが神戸ルミナリエだ。


今年でちょうど25回目になる。一時は開催を止める声が上がったこともあるし、規模や期間も縮小された。しかし参加者からの募金も募りながら、今年も続けて開催されている。


昨日の夜は元町界隈に泊まっていたが、人の流れは遅くまで続いていた。四半世紀経って一つの節目になる時期ではあるが、神戸の街の風物詩として、そして震災の歴史を風化させないためにも続けてほしいと思う。


実質的にはたった2年間だけしか住まなかった街ではあるが、私の青春の街である神戸、永遠であってほしいと願うモノだ。

「五方よし経営」を掲げて

新しい年まで残すところ18日となりました。仕事納めはその少し前ですから、ホントに残り僅かです。


私のところ(ヴァンガード経営研究所)も、この土日のセミナー(キャッシュフローMG・神戸)が今年の最終セミナーとなり、あとは決算に向けての準備と来年に向けての整備です。


そんなわけでまずは、新しい企業案内を改訂・作成しました。基本レイアウトは殆ど変わらずですから、補訂と言ってもいいのですが、基本のところを変えましたので改訂としました。


大きな改訂は、提唱する経営の基本をこれまでの『3S経営』から、『五方よし経営』に衣替えしたことです。


すでに今年の半ばくらいからは、3S経営に加えて五方よし経営も紹介し、セミナーなどでは「3S経営から五方よし経営202000 へ」という流れでお話をしてきました。


今回はそれを全面的に前に押し出したことになります。


さて五方よし経営は、坂本光司先生(人を大切にする経営学会会長)が以前からおっしゃっている「5人のお客様」を大切にする経営のあり方を、私なりに表現したものです。


お気づきかと思いますがベースとなっているのは、近江商人(商法)でお馴染みの三方よしです。


三方よしとは、「売り手よし/買い手よし/世間よし」ですが、これを「5人のお客様」に応用した形です。


その五方よし経営とは次のようになります。
 1) 社員とその家族を大切にする経営
 2) 仕入先社員とその家族を大切にする経営
 3) お客様を大切にする経営
 4) 地域社会を大切にする経営
 5) 株主・出資者を大切にする経営

 ※2)の仕入先には協力先を付記することもあります。


もちろん大切にする順番は1)から5)への順です。


そうすると中には、お客様第一ではないのかと言われる方もあるでしょう。もちろん、私もお客様第一が大切なことだと言っています。だからこそ、社員を大切にするのが先だということです。


お客様にいちばん、直接に接する社員さんがいつもニコニコしてお客様のための仕事をする。それには社員さん自身が大切にされて、幸せであることが基本軸ではないかと。


そして順にキチンと実現していけば、5)は自ずと達成されます。中小企業の場合は、経営者自身が株主であり出資者であることが殆どですから、経営者が率先して社員を大切にすることが第一です。


また、この考え方は脳力開発の第三指針『他人の利益もはかる(他人もよし自分もよしの)姿勢をつくろう』でもあります。


この五方よし経営、とくに1)の社員とその家族を大切にする経営とは具体的に何を実施推進していくことなのか、これをクライアント企業と一緒に考え実行していきます。


その社員さんの心と意識、行動のレベル向上を育てるための研修にも力を入れます。基本はもちろんMGと脳力開発です。


新しい年2020年を共に歩んでいきましょう。

素敵な無駄な時間をありがとう

昨日はたくさんの方から誕生日へのお祝いメッセージをいただき、心よりの感謝を申し上げます。


そんなわけで今日はいつもの連載コラムはお休み、感謝とちょっとした思いを書かせていただきます。


SNSとくにFacebookでは、たくさんのメッセージや投稿をいただきました。ざっと250人くらいの方からでした。


同じFB仲間でも様々な考え方をしている方がおられます。


ある方は、自分のタイムラインに書き込むことを拒否されています。いつもそうならそれはポリシーですが、誕生日の日だけ門を閉じるというのはなぁと感じたモノでした。


またある方は、メッセージや投稿に対して返事は書かないのだそうです。時間のムダなんだとか。きっとその方の場合は、何千人も書き込みやメッセージがあるのでしょう。


実のところ私もまだ、全ての方に感謝の返信ができておりません。今日も昼前から遠征なので、それまでに終えることも難しいでしょうね。


先の方にいわせれば、「何でそんな無駄な時間を使うのよ?」って感じでしょう。でもねぇ。


私はちっとも無駄な時間だとは覆わないからです。むしろ素敵なムダ(な時間)だと思っていますから。


私とFBでつながっていおられる方は、その8割以上がリアルで出会った方だからです。セミナーや倫理のイベントなどでお目にかかった方が大半、私のセミナーに出られた方も多いのです。


だから、お一人お一人の顔を思い浮かべながらご返事が書けます。

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しばらくお会いしていない方なら、最近のご無沙汰をお詫びしています。


相手の顔が見えますから、「またセミナーに来て下さいね」とも素直に書くことができます。どうして無駄な時間なものですか。最高のときを過ごしています。


でもムダだという方を非難はしません。その人にとっては、もっと素敵な時間(の使い方)があるのでしょうから。


私のタイムラインにお祝い投稿していただいた方、私の朝のメッセージやその後の投稿にコメントして下さった方、そしてメッセージをわざわざ送って下さった方。


全ての皆さまに心から感謝です。ありがとうございます。

心より感謝の12月12日

おはようございます。満月の朝なんですが、朝から雨と風です。


68年前の大阪市(天王寺区)はどんな天気だったのでしょうか。


おかげさまで大過なく感謝の日を迎えました。何よりもまず、亡父恒雄さんと亡母愛子さんに心よりの感謝を捧げます。


父は(確か)2度目の招集で大陸の戦地に赴き、内蒙古で敗戦を迎えそのままシベリアに抑留されました。帰国できたのは昭和23年だったと聞いています。


母は、大阪で郵便局勤めを続けていて、空襲の火の中を逃げた体験を話してくれました。


私がお二人の子として生を受けたのは、まことに幸運の賜物だったことを噛みしめています。少しの運命の変化があったら、今の私はここにいないわけですから。


また、生まれたのは昭和26年12月12日午後9時半頃だったそうですが、実は予定日よりも1ヶ月くらい早かったのです。別に、1日でも早く世の中を見たかったわけではないのでしょうけど。


早産、しかもまだ栄養不足の時代だったこともあって、1650gほどの未熟児として誕生しました。

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黄疸症状が出たりして、医者からも長くは保たないかもしれないと言われたらしいのですが、幸いに回復して今もここに立っています。


運が良いのでしょう、きっと。


その運の良さをもたらせてくれた両親と、それにつながる無限の人たちに心から感謝です。


両親は、姓名学博士に頼んで「秀行」という名をつけてくれました。


そんな両親に親孝行をキチンとすることもなかったことをお詫びします。


さらには、68年の人生の中で出会ったご縁ある皆さまに感謝を申し上げます、ありがとうございます。


これからもどうぞよろしくお願いします。


ありがとうございます。

「素直」ということについて

明元素という、脳力開発でも学ぶ言葉の一つだ。


明元素(めいげんそ)、それぞれ「明るく、元気に、素直に」ということだ。その反対は暗病反(あんびょうたん)という。


明るく元気にというこの二つは、非常に分かりやすいし実行できる人も多い。やろうと思えばすぐにでもできる。


明るさや陽気さ、ニコニコ笑顔、積極的な行動といったことは周りからも推奨される。誰もがこの「明・元」二つの大切さが分かり、実行している人は褒められる。


ところが三つ目の「素」が、ネックになってしまう人が少なくないと言うより、とっても多いのだ。


素は「素直」であることだが。前の二つとは違って外形的にこうだというものがあるわけではない。客観的にこうだといえる様式、態度といっても、受け取る人の主観によっても異なるかも知れない。


君は「素直じゃないね」と言われたとしても、「イヤイヤそんなことはありません、私はいたって素直です」と抗弁されたら、その抗弁が素直じゃないと非難するのだろうか。それもまたどうなのか。


順境の時、特に何も無い時には素直になれるが、逆境で離れないというのはどうなのだろう。むしろ逆境の時ほど、素直に現状を受け止めたいものだ。Photo_20191210152201


松下幸之助さんはこう言っている(「道をひらく」より)。


『素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境は自惚を生む。』


順境も逆境もその時の与えられた、その人自身の運命なのだから、ただ素直に受け容れて生きるのが良いのだと。


純粋倫理では素直を「純情(すなお)」といい、常に「これがいい」と受けきるのがいいのだと教えてくれている。


素直に今この定めや状況を受け止め、受け容れるからこそ人は強くなれるのだ。


そう教えを受けて久しい、日々実践できているのかどうか今年を振り返ってみることにしよう。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(53)

戦略というと、中には「戦(い)」という文字に拒否反応する人がおられるようです。


そこで目的とか目標という言葉に置き換えられるようですが、戦略はあくまで戦略です。他の言葉で置き換えることはできません。


戦略という言葉を回避する人も、ストラテジー(Strategy)ならいいようで、こういうのを横文字崇拝とでもいうのでしょうか。


クラウゼヴィッツは、まさに戦争論の展開の中で戦略ということを使い、戦略と戦術の体系立てを完成させたのです。


私自身も脳力開発に出会うまでは、そんな「偏見」に囚われていたかも知れませんが、出会ってからは素直に戦略という言葉の持つ本質を受け容れました。


城野(宏)さんがおっしゃった「戦略は大胆に、戦術は細心に」ということは、人生にはもちろん、企業経営にも当てはまります。201301


もしかしたら、というより私の学びが足りないので断言することはできませんが、「孫子」も同じことを違う言葉で表現しているように感じています。


さて、あなたは人生の戦略を持っておられますか?


私自身を振り返れば、すでに67歳(間もなく68歳)になんなんとしていますが、その人生の半ばはおろか50歳を過ぎてもなお戦略と言い切れるモノは持っていませんでした。


まだまだ生き方がぶれていたのは、自分の中に戦略と呼べる確かなモノがなかったからでしょう。


戦略が明確でないのに、あれをやろうこれをやろうと戦術ばかりを考えていて、結局のところ中途半端に右往左往していたわけです。


微かに「50歳で独立する」という意識を持っていましたが、ではなんのためにとか、どこを向いて何をやりたいのかが固まっておらず、実際に独立するまでにさらに年数を必要としました。


その意味では、独立するタイミング(2008年・56歳)でようやく戦略と戦術が腑に落ちたということだったのでしょう。


ですから、独立して間もなく起こったリーマンショックや、その3年後の東日本大震災によって受けた大きな影響も、速やかに乗り越えることができました。


さらにピンチをチャンスに変えていくことも実践ができました。私自身の脳力開発(学び)の成果と言っていいでしょう。


そこで学び気付き、身につけた体験知識を一人でも多くの方に伝えること、それが私の天命です。


来年2020年も共に学んでいただける方を求め続けます。ご一緒にやりませんか。

5回目の熊本CFMG

昨日から、熊本でのCFMGです。


九州で初めてCFMGを開催していただいたのは、2013年2月の久留米、四ヶ所さんのご支援でした。


それからちょっと間が空いて、2016年の7月に熊本のプレジャーさんが主催してくださり、2018年まで毎年1回の学びの機会がありました。


そして今年は、同じ熊本のさくら優和税理士法人・未来創造さんが引き継いで下さり、2月そして12月の2回開催していただいています。


3卓で14名(お一人はザンネンながらインフルエンザで急遽欠席)のご参加をいただいています。初MGはなく、ベテランの方が多いMGですが、CF体験者は1/3です。


女性はお一人、中学生と大学生がお一人ずつ、熊本県外の方が6名と多彩な顔ぶれです。20191207-153558


CFMGも日々進化しています。昨今は以前のように毎回ルールを微調整するということこそなくなりましたが、それでも毎回終わるごとに見直しを加えるようにしています。


基本は殆ど変えていませんが、久しぶりに参加された方は前回とのルールの違いに気が付かれたことでしょう。


CFMGをやってみると、売掛や買掛の意味がうっすらと理解できてきます。


売掛つまり掛け売りとは、お客様には商品をお渡ししますが、その対価(売上額)は当面受け取らないということで、受け取るまで(集金するまで)はお客様に「代金分をお貸ししておく」ということです。


もちろん金利はゼロです。


これをお客様側から見てみれば、買い入れた代金を払わないで、しばらくの間(支払日まで)金利ゼロで借りておくという形になります。


借りた方すなわち賭けで借りた側は、その分で浮いたキャッシュを他の用途に使えるということになります。


これは手形で支払った場合も同じことで、買い入れた相手先に手形の決済日まで額面分のお金を貸していただく形になるのです。


ただし「借りたお金は返す」ことが信義則ですから、賭けで仕入れた代金も、手形の額面金額もその期日にはキチッと決済しなければなりません。CFMGではそこのところはルールで「必ずやる」ことになります。


実務では、お金がないから払えないから集金を伸ばしてもらうとか、時には手形の期日を書き換えてもらう(ジャンプする)といった、「悪手」が見られますが、CFMGでは高金利の金を借りてでも決済してもらいます。


それだけ、お金を借りて返すことがいかに大事か、信用ということの大切さを身を以て学ぶことになります。


同時に、売掛金も必ずキチッと回収(集金)することがいかに大切なことか、堂々と胸を張って請求して集金するということもゲームを通じて体験します。


キャッシュフローMGを通じて、商道の信義ということも学べるのだということを、お伝えして生きます。


販売(営業)会社の皆さん、社員研修としてのMGあるいはCFMGをそういう観点から採用して、やってみられませんか。

熊本で乗り鉄を楽しみました

熊本に足を伸ばしてくるのは、今年の2月から10ヶ月ぶり。下から眺めた熊本城の修復もかなり進んでいるようだ。


前回はホテルもセミナー会場も熊本の駅前だったこともあって、市電を部屋から眺めるだけだった。


今回は1日余裕をとって、しかも5日の昼過ぎには熊本に入ることができたので、熊本電鉄(熊電)と熊本市電を乗り鉄することにした。どちらも過去に全線踏破していたが、この10数年は無縁だったので大きな変化もあった。


熊電の車両は大きく変わった、最近も東京の銀座線の車両や、日比谷線の車両が入線してきている。市電も、低床の連接車が増備されて見ているだけでも楽しい。

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というわけでホテルに荷物を預けて、歩いて15分くらいの熊電藤崎宮前駅に急いだ。藤崎宮前駅は大通りや商店街から離れた、言わば場末のようなところにある。


市街地への延伸なども検討されたことがあるが、道幅の狭いことや巨額の費用を誰が負担するかなど問題も多く、流産したままになっている。中心地へは今も徒歩かバス連絡。


その藤崎宮前駅から御代志行きに乗り込む、元都営三田線の車両。一駅目の黒髪町駅までには路面軌道区間もあって、20m2連の大型車両もノロノロ走る。


路線は御代志駅(合志市)で途切れるが、1986年までは菊池市まで路線があった。ここで折り返し、北熊本駅で降りて上熊本行きの電車に乗り換える。こちらは元営団の03系車両(2連)。


上熊本駅は高架になって駅も立派になった。熊電は相変わらずホーム1本だが、始めて降りた70年代には国鉄との連絡線があり、貨物車両の中継もあった(電車が牽引)。


市電とも徒歩1分で乗り継げる。車庫もここに移ってきた。ここから健軍町行きに乗り、途中の通町筋で途中下車して旅貯金を1局。再び健軍町行きで終点まで行き、そこからレトロ風電車(101号)で引き返し、本日終了とした。

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連載・『脳力開発と私』こぼれ話(52)

昨日から九州・熊本に来ています。この週末は当地でキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)です。


その前日の今日は、かねてからのお約束で仲間たちと親睦のGOLF会です。


GOLFは20歳代後半から始めていますので、もう40年もやっていますが余り上手にはなりません。一時はオフィシャルハンディも20を切れそうなところまで来ましたが、そこかたはまた下がり気味。


メンタルなスポーツ、あるいは戦略性を試されるとも言われますが、確かに心の持ちようが反映されます。


ただ、それもウデ(技術)が伴ってこそですから、私などのレベルではただひたすら楽しむことが「戦略」です。


その戦略と対比して使われるワードが戦術。戦略と戦術はペアで用いられることが多いのですが、問題はこの二つが混線して使われているということにあります。


そんなことどうでもいいじゃないと言われますが、これが大きな問題だとおっしゃったのが城野宏さんでした。


そう、戦略と戦術を区別できないところに間違いの元があり、区別ができたら脳力が発揮できて効果が上がるのです。


そもそも戦略と戦術という言葉はさほど旧いキーワードではないようで、体系的に使われたのは19世紀初め、ドイツ(当時はプロシア)のクラウゼヴィッツが著した『戦争論』の中だと言われます。Photo_20191204064301


孫子は兵法について書いていますが、戦略とか戦術という言葉は使っていません(当時はなかったのでしょう)。


城野さんは、戦略とは「打撃の方向」であると定義されました。方向を決めなければ、例えば(戦争において)大砲や鉄砲を撃つことができません。


その大砲や鉄砲が戦術です。どういう大砲を使い、どの角度で何発撃つのかということ、平たく言えば手段や方法、道具といったモノが戦術だというわけです。


私たちは道具を選ぶこと、会社内で問題が発生した時にはそれに対する対策に一所懸命になります。それはそれでいいのですが、先ずは戦略をキチッと明確にすることが大事なのです。


戦略(方向)を決めなければ、どんなに素晴らしい戦術を並べてみても無意味だとさえ言うのです。


社内会議が戦術会議に終始している、しかもその戦術の良否が話の中心になっている。これは私自身も自分の会社の中で体験してきました。それを交通整理したら、ちゃんと効果(良い結果)が出てきたのです。


次回ももう少し戦略と戦術について書いていきます。

お奨め社員研修②MG/その2

社内研修としてのMGについて、まとめてみます。


私自身もMGを始めて10ヶ月目に、MGシニア研修(神戸・2泊3日)に参加してインストラクター免許をいただきました。


そして9月から、社内での部門別MG研修(ワンデー)のインストラクターをいきなり始めました。まだ、MG期数でいえばようやく50期を過ぎた頃でした。


若葉マークも極まれりといったところで、とにかくそれまでにインストを受けた西先生や、先輩であるFさんのやり方を思い出しながら、いわばテープレコーダー的にやっていたものでした。T_20181117-mg5


大汗をかいてやっていたことは確かです。なんとか、ゲームのインストあるいは決算チェックはできたという程度で、戦略MQ会計(当時は戦略会計=STRAC)の解説などは、表面的なことだけでした。


しかも、部課長は最低一度は受講済であったものの、一般社員はMG初体験でしたから、最大でも3卓の研修でしたが、もう少しで立ち往生しそうな感じだったと、思い出しても汗顔の至りです。


それでも何度かインスト体験を重ねていくと、「習うより慣れろ」で板についてくるものです。


1年近く経つ頃には、どうにかまとめの講義までこぎ着けられるようになりました。


ただ、社内での部門別研修をやる際には、部門長ときには担当役員のコメントも研修のスタート時にもらうようにしていました。なぜこのMGをやるのかということを、5~10分くらいで語ってもらったのです。


そう、社員研修をやられる際には、ご自身が経営者ならあなた自身が、そしてそうでなければ社長や部門長のスピーチをぜひ入れられると良いでしょう。


インストラクターとして気を付けることはたくさんありますが、その中でも大事なことを一つあげれば、ゲームだけの研修に終わらぬことですし、決して馴れ合いにならないように気を付けることです。


ゲームが白熱化するのは構いません、安売り合戦になろうともそれはそれでいいのです。ルール逸脱がないようにだけは、しっかり目配りせねばなりません。


また、「教えない、教え合う、紙は自分で」でという基本原則を守らせる、インストとしても厳格に守ることです。


ついつい同じ会社のメンバーだからと、たがを緩めてしまうと研修の効果は一気に下がってしまいます。


中には成績を「賭け」の対象にするような事件を起こした事例も聞いていますが、もちろん言語道断です。


ゲームを通じての経営疑似体験であり、遊びではありませんから。また、マトリックス決算まで含めての総合的研修ですから、手抜きのないように願いたいモノです。


さらにもう少し伝えたいこともありますが、それはまた次回に。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(51)

連載コラム、前回節目の50回目を越えたところです。


それに合わせるわけではありませんが、新しい脳力開発講座・社内研修プログラムを作っていくことにしました。


これまでの社員研修用プログラムは、11ある指針の中の主要指針、「精神的姿勢の確立」指針3つに絞り込んでいましたが、他の指針についてもピックアップしてアプローチする内容を工夫します。


とくに戦略と戦術、もう一つ立場と希望というポイントについては、指針の組み合わせという内容でとらえていきます。200_20191203074101


それと共に、より実践性を出していきたいと考えています。方法としては、バズセッションをケーススタディだけでなく、論文やコラムなどの輪読からのセッションをやろうかと思います。


これは以前にもある会社の研修でやってみたことがあるのですが、その際にはやや時間が少なくて十分なセッションができなかったキライがありますので、ケーススタディ同様たっぷり時間をとるようにします。


また、マンダラ(MY法あるいは戦略マンダラ)を手法としての中心に据えて、現場の業務やミーティング等の中で使えるスキルを身につけていただきます。M9ノートももしかしたら使うかも知れません。


M9ノートについては、数ヶ月前から自分でも使い始め、書き留めた事柄について自分のセミナー使うという「実験」をやってみて、効果を確かめています。


そのノートに、これから来年講座の開講までに城野先生の論文集を読みながら、お話しできることや気付いたことをメモしていきます。


論文集の何冊を読み切ることができるのかも、目標を立てながら。


合間には講演のテープも聴きながら。

師走、誕生月に思うこと

昨日から12月、今年も今日を含めて30日になりました。


師走、僧侶がお経をあちこちで読むためには走り回る月だから名付けられたという説が有力なようですが。いずれにしても1年の締めくくりの月ですし、しかも正月準備などもあり忙しいことには変わりありません。12


個人事業主である私も今月が締めの月、正月が明ければ決算そして申告という仕事が待ち構えています。


幸い経理関係は日々キチンとデータ入力していますので、間違いがないかどうかをチェックすれば(主要な科目は10月分までチェック済)、あとは集計と必要な帳票を作成するだけです。


独立して以来12回目の決算になりますが、最初の数年だけは親しい税理士さんに申告書作成をお願いしていましたが、それは不動産関連の処理が必要だったからで、その処分が済んだ次の年からは自分でやっています。


幸いにややこしい償却処理もほとんどなく(車とパソコンくらいです)、個人事業特有の処理も要領が分かったので、税理士さんの手を煩わせることもなくなりました。


例年1月中には申告書への記入も終わり、2月に入るとすぐに届け出を行っています。


来年も1月上旬の遠征後に取りかかり、下旬の遠征前には完了して2月初めに税務署に出向こうと思っています。


これも日々の経理データ入力、そして領収書や帳票類の整理を毎月確実にやれている賜物です。


小さな会社の経営者時代にも、遅くとも第3営業日までには前月の処理を完了して概算の試算表を作り、営業会議に間に合わす。


税理士さんに資料を早めにお渡しして、残高試算表を月の半ばにはいただくように仕事を進めてきたことが役立っています。


このブログでも何度か書きましたが、「溜めて」おいてまとめて処理するのは効率的なように見えて、実は面倒になるものです。TOC(制約条件)でもむやみに溜めないことが言われていますね。


早めに処理すれば、間違いも過ぎに発見できて修正もすませることができ、いつも正確な数字を使った経営ができます。


そして12月はセミナーについても1年の締めくくりです。昨年1月上旬に今年のセミナー遠征(東京)がスタートし、全国各地を回らせていただきました。


それも今月の熊本、神戸のキャッシュフローMGで終了します。


今年は空いていた土日を、急遽受けた企業研修で産めていくことが必要でしたが、来年はその必要もなくなるので余裕を持った遠征もできるはずです。


当然ながら、自分自身のための学び時間もゆったりととることができるでしょう。セミナー参加者に、これまで以上に実践的な事柄をお伝えしていくこともできます。


何より健康であること、その為には休養もしっかりとらなければなりません。


そう、今月は誕生月なのです。12日には満68歳になります。今のところ心身共に健康ですが、昨夏に膝を痛め少し後遺症が残っています。



若い頃のように無理はできません、しかし瞬発力だけは確保しておきます。


では皆さまも、1年の最終月を有意義に過ごされますように。

お奨め社員研修②MG/その1

私がMG(MQ戦略ゲーム)に出会ったのは1987年の9月、ですからもう32年が経過しました。


西順一郎さんによって、現在につながるMGが開発されて43年半ですから、その歴史の2/3以上にお付き合いしてきたことになります。


最初は会社からの派遣研修としての出会いでした。正直、ここまで続けることになるとは思いもしなかったことです。


その辺りの経緯についてはまた別稿に譲るとして、当時勤めていた会社で社内研修としてMGをやることになり、まずはインストラクターとしてのスタートを切りました。


MGは「25期で経理が分かる、50期で経営が分かる、75期で戦略が分かる」、そして100期で「戦略マンになれる」とありPhoto_20191130152701 ます。


私はその通りにいったとは自分では感じないまま、100期そして200期を超えました。


そのタイミングで販売会社販売会社への出向が命じられました。なんと、本当の経営者になれというのです。


当初は専務(社長は親会社の社長が兼務)でしたが、7年後に代表取締役、名実ともに社長になりました。


ご存じの方も多いので釈迦に説法になりますが、MGでは参加者一人一人が社長になります。そして資本金の払い込みから始まり、設備投資、社員の採用、材料購入、製造販売と続き、さらに決算まで自分で仕上げます。


最初はほとんど何も分かりません。ゲームは楽しいものの、決算については理解しようともがくほど、わけが分からない状況になったりします。


分からなくて良いから、とにかく順番に素直にやったらいいんだよというアドバイスが分かるのには、かなり時間がかかりました。


それでも自力でやり遂げることができた時は、とっても嬉しかったものです。


私は販社に出向と時を同じくして、その会社の社員研修にMGをやろうと決心しました。


というのも、当時の会社は累積赤字を抱えて青息吐息の状態であり、しかも親会社からの支援も打ち切られて自力で再建する必要がありました。


社員がMGを通じて「利益を出す」とはどういうことなのかを学んでほしいというのが直接的な理由、さらには人間関係を深めつつ元気な会社にしていこうというのが第二の理由。


そんなわけで、最初は有無を言わせることなく(つまりは強制的に)全員で受講することにしたわけです。おそらく半数以上のメンバーは「やりたくない」と思っていたことでしょう。


ですから、ことあるごとになぜ「MGをやるのか」を語り、必ず成果が出ること、成果が出たらみんなで分け合おうと励ましました。


長々と私の会社のことを書いてしまいましたが、要するにMGとは単なる経営ゲームではない、会社の良き(元気な)風土を作り、メンバーの相互信頼関係が深まり、コミュニケーションがよくなるということです。


なぜなら、そこには共通言葉があるからです。共通の法則(企業方程式)がある、戦略の共有に結びついていく。


だから、MGをお奨めするのです。社内のメンバーが同じ時間を過ごす、互いに教え合いサポートする、その空気感が貴重なのです。


そんなわけで、次回は社内MG研修について私見を混じえて書いて参ります。

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