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2019年9月19日 (木)

越後線乗り鉄のすすめ

JR越後線、私の自宅のそばを通っているローカル線である。


歴史は古く1912年に全通(白山(旧駅)-柏崎間)しているから、すでに100年以上走り続けている。最初は越後鉄道という私鉄だった。官鉄、現在の信越本線が内陸都市部を経由しているのに対して、海寄りを通って短絡している。


国有化されたのは1927年、当時はまだ信濃川が渡れず白山駅(現在の駅の西寄り)が起点。新潟から新発田を結ぶ路線が「白新線」と呼ばれるのは、当初は白山駅を起点として計画されたからだ。


現在の越後線は柏崎駅が起点、新潟駅が終点である。戦争中に新潟から信濃川を渡って関屋に至る貨物線が敷設され、戦後旅客線化されると共に白山駅も現在地に移転した。新潟ー柏崎間は信越線で100kmだが、それより約17kmも短い。


かつては準急(「よねやま」)や快速も走ったが、現在は全て各駅停車。1984年に全線電化され、その少し前から新潟近郊は住宅化が進み、また新潟大学五十嵐キャンパスなど学校も多く、通勤通学路線になっている。


よって新潟寄りの新潟-内野間は1時間に3本の運転が確保され、日中はほぼ20分毎のネットダイヤを組んでいる。ワンマン2両運転もあるが、大半は4両ないし6両編成で、通勤時は都市部の混雑が見られる。


電車はE129系が主流であるが、一部E127系(弥彦線用・基地との出入り運用)、そして旧国鉄以来の115系が3ないし6両編成で運転されている。新潟地区でも越後線と弥彦線、信越線の快速運用だけになりつつあり、貴重な存在だ。
115_1805  

新潟車両センターには3両編成7本が在籍(N編成)していて、編成毎に旧カラーになっている。今日はどのカラーが来るのかという楽しみもあるし、運用も決まっているので狙って乗る(あるいは撮る)こともできる。


なお、越後線は海寄りを走ると言っても海辺は全く走らない。つまり海の見えるところは殆どない。新潟寄りは海岸段丘のこちら側なので、関屋分水(青山ー関屋間)を渡るところでチラリと海が見えるくらい。運が良いと佐渡島も見える。


あとはずっと山一つ内陸部を淡々と走っているので、海とは全く無縁である。柏崎駅と吉田駅の間は3~4時間運転間隔が空くこともあり、新潟近郊とは全く違う路線の感覚だが、その分ローカル気分が味わえる。


途中吉田駅乗換が多いが、全線直通運転も1往復半ある。また、別列車のようで吉田駅停車中に列車番号が変わって直通している運用もある。全線踏破すると2時間半以上の乗り鉄旅になるが、115系の大きなモーター音に揺られてみませんか。

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