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今日は福岡で脳力開発講座

昨日の午後から九州遠征、新潟出発の時には雨が強く降っていましたが、空の上は晴れ。途中は雲の垂れ込めているところも多かったようですが、到着した福岡は明るい薄曇り。


今朝は青空が広がって気持ちの良い朝ですが、日中は暑くなるのでしょう。


先日の大雨被害を受けた地域では、復旧に向けての作業がこの暑さの中でなされるのでしょう。くれぐれも熱中症に倒れないようにと祈るばかりです。私も水害地にボランティアで行ったことがありますが、とにかく大変です。


1日も早い復旧を祈りつつ、私は自分のミッションに全力投球です。


今日1日は、脳力開発講座の福岡講座第2講で前回より多い16名の受講者をお迎えします。テーマはズバリ『現状打破』で、いつも進歩発展を目指す姿勢についての学びと実践です。


昨日の内に会場の準備は済ませましたので、講座スタート30分前までに着けるように出発します。今朝も忘れ物がないかを点検しましたが、今のところはなさそうです。


問題は頭の中の忘れ物(ど忘れ?)でしょうか。事例など、お話しする内容は始まって皆さんの反応を確かめながらですので、さてさてどうなりますでしょうか。


夜は参加者たちと交流会、今日も楽しく美味しいお酒がいただけるよう、氣愛を入れていきます。

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連載・『脳力開発と私』こぼれ話(26)

九州北部水害とでもいうのでしょうか、特に佐賀県や長崎県の一部地域に大きな被害が出ています。


実は今日の午後からその九州に向かうのです。明日土曜日に福岡市内でセミナー(脳力開発講座・福岡第2講)を予定しており、日曜日に今回の水害地方面に移動します。
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ですから今回も、天候や状況を見ながら予定の変更もやむ無しという心構えをして、遠征に出発します。例えば昨日現在は、JRの佐世保線の一部区間が不通になっているようでした。今日以降のことは未定ですが、今のところ回復を前提に予定を立てています。


それがダメになった時にはどうするか、代替輸送手段(バスなど)があるのか、それとも不通区間の代行バスがあるのかとかはネットでも調べられますが、やはり現地での情報入手が確実です。


そのあたりのことも、せっかく脳力開発を通じて学んだのですから、行動実践することで体験知識として磨き上げます。


何しろ、大袈裟な表現ですが天変地異のことは人知の及ばない次元ですので、可能な行動を自ら探してやるしかありません。つまり、いくら天気のせいにして嘆いてみても始まらない、可能な手段・方法を探してやることが肝心です。


ということで、土曜日が自身がインストラクターとしての脳力開発講座(セミナー)、講師としてこれまでの体験知識を語る場になります。さらに、翌日(以降)は新たな体験知識を加えていくという、実践の場を与えられるわけです。


まさに学びの実践者冥利に尽きるということです。


もっとも、現実に直面したらそんなのんびりしたことを言っているわけにはいかないかも知れません。これまた大袈裟な表現ですが、それなりの覚悟を持って臨まねばならないですね。


予定通りに進むことができれば、日曜日は嬉野温泉でセミナーの疲れを癒やせるでしょうし、月曜日の午後には佐世保でシーガル仲間との交流を楽しめるでしょう。


さらには火曜日の朝には大村で、同地の倫理法人会モーニングセミナーに参加して倫友との交流を楽しめます。昼前には水曜日からの長崎MGセミナーを主催する仲間や講師の西先生と合流、前夜祭から参加できるでしょう。


その後も今回の遠征スケジュールが続きますが、変更なく結果を刻んでいけることを、今はただ祈るばかりです。


おかげさまで、どんな事態に遭遇しても「人頼り」にしないで、自らの行動で対応していく心(気構え)と実行力は持っています。状況にただ流されることなく、悪ければ悪いなりに望ましい結果に結びつけていきます。


一般論ですが、「人頼り」の姿勢でない人は、色んな状況を予め頭の中に入れた上で計算と行動を組んでいますから、そのどれを選択していけば良いのかを判断することができて、もちろん実際に色んな手を打っていくでしょう。


それができるのが人間の脳なのであり、脳が指示命令する体なのですから。大事なのは「自分でやる姿勢」です。もちろん、他人の手すなわち周囲の協力などを借りる必要があれば、こちらから積極的にお願いをしていくでしょう。


明日からの遠征出張、大いにワクワクします。と同時に、被災地の皆さんに心よりお見舞い申し上げます。

明日から西へ遠征なのですが

今朝も未明からの雨がずっと降り続いています。


九州北部、特に佐賀県や長崎県には相当の被害が出ているようで、心が痛みます。しかもこれからもまだしばらく、雨の日が続きそうだとのこと、ますます心配ですね。


実は明日の午後から九州方面に遠征を予定しています。


この土曜日は福岡市内でのセミナーですが、佐世保から参加されている方がいらっしゃいます。交通機関が大丈夫でしょうか、今のところは出欠の連絡は入っていないのですが。余り無理はしていただかないようにと思っています。


そのセミナーの後は、長崎でのセミナー(MQ戦略ゲーム)に参加する予定で、さらに西に向かうスケジュールを立てているのですが、予定通りに進むことができるのか、ちょっと厳しい状況になっているかも知れません。


その場合は状況を見極めて判断しなければなりません。


先日の台風の時と言い、ここ数年そういうケースが増えているように感じています。台風にしろ雨にしろ、あるいはまた地震などにしろ、発生が増えているのかなと。


いずれにしても無理をしてでも進めていかねばならないことはありますが、それでも無茶なことは控えなければいけませんね。


大雨に見舞われている地域の皆さまも、心して対処していただきますよう。

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志(こころざし)と想い

週間予報にずっと雨マークが並んでいる越後。昨夜からもう降り出し始めて、夜中は一時強く降っていたようです。今この時間は小康状態ですが、県内でもゲリラ豪雨的に降るところもあるようです。


そして九州、特に長崎・佐賀・福岡あたりは「線状降水帯」というのでしょうか、ゲリラ雨がしかも長い時間続くらしいということで、かなりひどいことになっりつつあるところもあるようです。まだ安否云々の段階ではないとしても、仲間たちが心配です。


実は私も週末から福岡、佐賀、長崎と遠征を予定していますので、これからの天候を気に掛けながら「無理をしてもやるべきこと」と、「無茶をしてはいけない」ことを区別しながら、しっかり判断して行動しようと思っています。


さて、先週の長岡・米百俵MGには、地元はもちろん全国からたくさんの皆さんに長岡の地に集っていただき、心から感謝です。というよりも、感謝の言葉以外には思いつきません。


本当にありがとうございます。
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皆さんの感想文を読ませていただいて、ずっと続けてきて、さらに今回も開催することができて佳かったなと強く感じています。


正直なところ、途中で挫折しそうになったこともありました。心が折れそうになったこともあります。


参加者が思うように集まらず、半数以上が(当時の)当社の社員さんや地元メンバーで後は数名だったこと。中越地震の翌年で、復興途上の中で開催して良いのかと悩んだこと。


親会社に戻れと命じられ、今後の長岡開催がどうなるかと憂えていた時に、「(長岡で)続けていけよ」と背中を叩いてくれた山ちゃん、そしてたくさんのシーガル仲間たち。


長岡に不在の年には柏崎の皆さんが「長岡MG」の名で開催を引き受けてくれて、しかも開催1ヶ月前に中越沖地震が起こって甚大な被害を受けた中で、開催を意思決定し火を消さないでいただいたこと。


どんな時にも支えてくれたのはMGという素敵な学びを共有してくれる仲間であり、何といっても開発者である西順一郎先生でした。


その西先生の講義のお話がじんと心に響きました。


中でも、MGはゲームと経営学と会計学との融合体だけれども、そのベースに思想がなければならないというお話がズシンときました。頭の中では感じていたこと、分かっていたつもりだったことですが、本当に分かっているのかとガツンときました。


西先生の旧著である『知的戦略の時代』あるいは『思想ある経営』の中でも、さりげなく書かれていたことを思いだしていました。


さらに私の頭の中では、その「思想」という言葉が志想」、すなわち『こころざし』と『おもい』に聞こえていました。自分は本当にその二つをキチンともって歩んできたのか。重い問いかけでもありました。



でも、やってきたよと答えていました。自信を持って答えていけるように、これからも学び続けます。もっとたくさんの方とも交流していきます。新たな決意、志と想いを新たにしてくれた2日間でした。


感謝。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(25)

 先週金曜日にスタートしたイベント&セミナー、無事に終わりました。全国各地から長岡の地にお越しいただいた皆さん、そして支えていただいた地元の皆さん、本当に心から感謝です。


心の片隅にでも、小さくても良いから佳い想い出を残していただけたら嬉しいです。おそらくいちばんの想い出は、あの時あの人とお話ししたことなんだろうなと思っています。あるいは同じ卓でゲームを愉しんだあの人のこととか。
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人との出会い、時間の共有、私の体験でもそれらが最も記憶に残っていることですね。脳力開発でも、「人と人とのつながり」が生きたパワーになると教えています。どんな「つながり」を作っていただけましたか?


そんなわけで、連載・『脳力開発と私』こぼれ話も一回休みで再開です。


前回は販売会社への出向を命じられたことまでお話をしました。なぜ私がとか、なぜ今なのとかということを考えたのですが、今から思えばそれが必然のことだったんですね。いちばん良いタイミングでそれがやってきた、というところでしょう。


敵地に一人で乗り込む、そんな悲壮感はさすがにありませんでしたが、未知の世界に乗り込むということは事実でした。何しろメーカーの企画部門(宣伝企画・マーケティング室そして経営管理室)を歩いてきたので、販売現場は未体験でした。


ただ、販売企画や店舗企画などで直接小売現場と接する機会も多く、間接的にではあれ現場体験はあったわけです。それがどう役立つのかはわかりませんでしたが、ムダなものは一つもないという前向きな思考は身についていました。


また、『知識はすぐに使う習慣をつくろう』という指針が、私の胸にはしっかり刻み込まれていました。もっともその知識は、MG(MQ戦略ゲーム)における知識でしたので、果たして実践現場に使えるのかどうかという一抹の不安がありました。


つまりペーパー知識の部分が多いので、果たしてどうなのかと思っていたわけですが、これは案ずるより産むが易しでした。使ってみればその場で使えるかどうかという結果が分かります。あるいは微調整をすれば使えるようになるということも。


未知の世界だったということは、常に新しいことが私を待ち構えてくれているということです。そういう世界に恵まれたこと、その時には夢中で感じていなかったことですが、振り返ってみればありがたい必然でした。


しかしながら、一人でもできないことが多すぎます。どうやって周囲を、つまり社員さんたちを巻き込んでいくのかが大きな課題です。しかも私以外の全員(といっても10数人でしたが)がプロパー社員、年齢とキャリアの大先輩もおられます。


そこでやはりMG(MQ戦略ゲーム)の導入でした。共通言語を持つことの大切が分かっていましたから、まずはそこからです。タイミングを見計らってのスタートになりますが、その前に大きな壁(事件?)が立ち塞がります。


脳力開発をやっていなかったらと感じたのは、まさにその時でした。では次回に詳しく。

MGは成績より期数、交流から向上へ

新潟県長岡市、今朝の気温は20度ですから、一週間前から7~8度も下がったことになります。日中も30度に届かない日も出てきて、一気に季節が進んでいくようです。もっともまだまだ暑い日もあるでしょうが。


今朝は少し雨が残っていましたが、次第に青空も見えてきています。スッキリした空ではありませんが、しっとりした空気はホッとさせてくれますね。


そんな中で、昨日からMGセミナー(第3回米百俵MGセミナー)が始まりました。北は東北・青森から南は四国・高知まで、県の内外から48名の仲間が集ってくれています。


講師はMGの開発者・西順一郎先生、昨日の講義の中ではMG開発直前のことにも触れられました。MG(MQ戦略ゲーム)の決算に、どうしてマトリックス(MX)会計を取り入れたのか。


私は何度か聴いたお話ですが、初めて聴かれた参加者も多かったことと思います。私も初めて聴く内容もありました。


初日はMG3期まで、私もプレーヤーとして参加しました。これまでと全く戦略を変えて臨みましたが、やり慣れないことをやるというのはなかなか大変です。うーん、もうちょっとできたはずなんだがなぁ。


そういうのが楽しいのです。成績より期数の醍醐味です。


そして夜は大交流会。新潟でしか呑めないお酒もたっぷり集めましたし、各地の銘酒もお土産でいただきました、ありがとうございます。おかげさまで大いに盛り上がり、様々な情報が飛び交っていました。


さて、今日は2日目の4期そして5期。自分のゲームも含めて、共に学びともに向上を目指していきましょう。

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充実の週末が始まりました

昨日から始まった長岡の熱い3日間、幸い夜にちょっと雨は降りましたが今朝は青空も見えています。


急な変更があったりしてバタバタしましたが、昨日は午後からのOA大会で佳いスタートが切れました。夜はセミナーの前夜祭、そして日本酒の二次会と愉しい時間を過ごしました。


そして今日明日はMG(MQ戦略ゲーム)セミナー、1年ぶりの出会う顔もあれば初参加の方もいらっしゃいます。


西先生をお迎えするカタチでスタートしてから27年目、皆さんに支えられてここまで到達です。始まった時にはどれだけの方にお越しいただけるか不安でしたが、ここまで続けてこられて感謝です。


荷物の運び込みは済んでいますが、9時頃からセッティング開始ですので、支度を調えたら出かけます。


この週末が充実の時間になりますように。

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今日から氣愛をさらに込めて

いよいよ今日から熱い3日間が始まります。


今日の午後からがMUGゆきぐに主催の長岡OA大会、午後からスタートで20人くらいの参加になると思いますが、遠方の方々は遅れたりして到着ということもあるでしょう。ワイワイガヤガヤの自由な空気の中で、マイツールの使い方に気付きましょう。


それが終わるとOA大会の打ち上げと明日からのMG(MQ戦略ゲーム)セミナー前夜祭を兼ねての、情報交流会を長岡市内で行います。西先生も参加されますので、『長岡西の会』という名前で26名の参加予定。


そして土日は、MGの開発者・西順一郎遠征をお迎えしての長岡・米百俵MGです。米百俵MGとしては第3回目ですが、長岡で開催を始めてからは35回目(一度だけ柏崎開催)、西先生をお招きして27年目です。


継続は力と言いますが、継続したから力もついてきたと思っています。スタートした頃は25名くらいの参加者、しかも当時の私の会社の社員がその半数以上でした。それから思えば、遠くからお越しいただく方々に心から感謝です。


毎年のように参加いただいている方もおられます。ここ数年で嬉しいのは、新潟県内の参加者が増えてきていることです。力を貸して下さる仲間の方にも感謝です。それでもまだまだと感じるのですが、高望みはいけませんね。


そんなわけで、今日はこれから長岡に向けて出発。セミナー・交流会用の飲み物やお菓子類などを買い出しです。多分たくさんの方がお土産を持ってきて下さるので、余らない程度に調整して購入しておきます。


ではご参加の皆さん、天候がイマイチかも知れませんが、愉しい充実の時間をお過ごし下さい。(下の写真は2014年)

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来月は乗り鉄に行ってくるよ

鉄道趣味というと古くは写真撮影、今流に言えば撮り鉄が主流であったが、その中にも運転風景全体を撮るものと車両を主体に撮るもの、駅などの施設にこだわる写真など様々だった。


私もスタートは撮り鉄で、父親が趣味で凝っていたカメラの中の1台(ペンタックス)を借りて、当時はまだモノクロのフィルムを大事に使いながら列車・車両を追いかけた。大学に入るとバイトをして中古のニコンFを手に入れた。


だが、写真を撮るためには列車に乗る、そうなっていく内に乗り鉄の方が次第に楽しくなってきた。大学の鉄研(鉄道研究会)には様々な趣味人が入っていて、その影響も受けて模型づくり(手作り)に没頭したこともあった。


就職は名古屋で、独身寮に入寮した翌々日に名古屋市電が全廃になった。電車は走らなくなったが、車庫には車両が集められていたのでその様子を眺めに行ったこともある。


以前にも書いたように最近はもっぱら乗り鉄であるが、なかなかその時間を生み出せない。遠征の道程を工夫したり、ミッションの合間を少し活用するくらいだが、それだけでも気分転換にはなる。


乗り鉄の先達といえば亡くなった宮脇俊三さんだが、(当時の)国鉄全線走破を話題にされ、私も挑戦して成し遂げた。その中にはJRには引き継がれず廃線になったところも少なくない。廃線跡を訪ねる「鉄」もあるが、私はパスだなぁ。


中にはJRだけでなく私鉄も含めた全線走破や、全ての駅で下車する「乗ったで降りたで」をやり遂げる人もいるが、私はやる気は無い。それでも鉄道全線に乗るというのは、時間の合間にやってやれないことなはいと思っている。


新線ができたりすると、乗りに行くまではそれとなく気になるものだ。いくつか未乗路線があるが、近くまで行ける時にはなるべく時間を作りたい。最近で言うと、大阪の「おおさか東線」の延長新線区間(新大阪ー放出(実際には鴫野))だ。
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既存の久宝寺-放出間の路線を北に延長した路線だが、元はと言えば城東貨物線という貨物線用の単線だった。淀川を渡る赤川鉄橋は複線用で作られていたが、片側は人道橋になっていたが、それも整備されて複線になっている。


城東貨物線時代にはSL(D51)を追ってカメラを掛けていったものだが、その路線を今度は快適な電車で駆け抜けるわけだ。長く生きていると、色んなことがあるものだナンチャッテ。


実は数日前にも乗りに行こうかと思ったのだが、セミナー後で疲れが残っていたし、猛暑が予想されたのでやめた。もっとも乗ってしまえばクーラーが効いているのだけれど。


そこで9月には改めて乗りに行こうと思っている。今回もセミナー後だが、9日の午前中に時間が取れそうなので、前日神戸に泊まる予定を大阪泊に変更して、移動時間を節約してということにした。


そういうわけで、来月は乗り鉄の話題をお届けできそうだ。

今坂朔久先生の書を熟読

今日のテーマ・カテゴリーは「小さな会社のマネジメント」ですが、ちょうど3年前から書き始めています。週に1回くらいのペースですが、時には間を詰めずに書いていたり、また時にはしばらく日が空くことも。


その時々の思いつきが多いのですが、たまたまテレビや本、ネットなどで目にしたことを取り上げることもあります。テーマや内容が何度か同じ類で繰り返されることもありますが、何しろ無計画で書いていますのでお許し下さい。


以前に書いたものを見て、これは違ったいたなと感じることもありますが、その時はそのように思って書いたわけですので訂正したりはしません。新たに異なるテーマで書いて、さりげなく変更することで自分の進化向上と捉えています。


さて、今ちょうど今坂朔久先生の『改訂 新原価の魔術』(1985年改訂)を読んでいます。先生は「行動会計」を提唱され、直接原価についても「原価の魔術にかからぬ法」として推奨されています。
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かつてMGセミナーの中で、西順一郎先生からも何度かその名前をお聴きして学ぼうとしたことがありながら、いつもその概要の範囲に留まっていました。今回は自分の本として手に入れましたので、じっくり学び直しているわけです。


まだその学びの内容を詳細にご紹介するには、私自身がまだ十分に咀嚼していませんので、それはまた機会を後に譲ります。ただ、読み進めていく中で、なるほどMGを通じて学んでいることは正しいし、ぜひ製造業などの方にも伝えたいと強く思った次第です。


それは、かつて一倉定先生がおっしゃった言葉「全部原価があなたの会社をダメにする」にも直結します。そうはいってもと斯業の方々はおっしゃるでしょう、法律でそうなっているのだからしょうが無い。


その通りです、税法や証券取引法でがんじがらめの中では致し方ないわけですが、それは税務会計あるいは制度会計上のことで、言わば静的会計というものであり、今坂先生の言われる行動会計、経営者の行動・意思決定に直結しないのです。


動的会計、あるいは行動会計は経営者のための会計あるいは経営の数字であり、合理的であり科学的なものです。


例えば、全部原価の原価に含まれる要素は3つあって、材料費(と副材料費)と労務費と製造経費です。労務費は直接的には機械を動かすワーカーさんの人件費ですが、では機械に直接タッチしない工場で働く人の人件費はどうなるのでしょう?


そこで、労務費を直接労務費と間接労務費に分けて前者のみを原価の要素とする仕組みもあるようですが、では一人のワーカーが機械も動かせば、間接的な仕事をしている場合はどうなんるのでしょう。時間で案分して「配賦」しますか?


工場の照明電気代は直接経費、工場に付設してある事務所の照明電気代は間接経費でしょうか。その境目はどこで、配電盤も厳密に分けてあるのでしょうか、等々。


しょうがありませんね、法律がそうしろというのですから。でも、経営者の判断・意思決定は法律とは関係ありません。実質あるいは実態が分かることが大事なので、数字のマジックは必要ないのです。


MGのセミナーでも、製造業や土木建設業の方がいらっしゃると、可能な限りでこういう話もするのですが時間に限りがあって、詳細を伝えられないのが残念です。私の体験知識も乏しいということもありますから。


これから今坂先生の本を通じて、また関連の本やネット情報などをしっかり集めて学び直します。より正確な情報を、一緒に学ぶ皆さんにお届けできることを念じて。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(24)

これから書くことも、もうこれまで何度かお話ししたりブログやコラム、あるいは小冊子などにも紹介してきたことです。またか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、しばらくお付き合い下さい。


私が脳力開発に出会ったのは、正直に言いますとあんまり強い記憶が無くて、おそらく1983年頃だったんではなかったかなと。と言いますのは、城野先生が亡くなられたのが1985年の12月で、そこから逆算をしてその頃だったじゃないかなと思っているわけです。


城野(宏)先生の印象はかなり強烈だったのですが、ただ他にも何人かの講師(講演者)の方がおられて、そちらからの刺激の方が当時の私には強かったのだろうと振り返っています。


かなりもったいないことをしたなと思うわけですが、今からでは遅きに失すということにしかなりません。しかも、その次の年にもお目にかかっているはずなのですが、その時もまだ脳力開発への理解は中途半端なまま終わってしまいました。


それは多分、当時の私が人頼りの姿勢の典型とも言うべき人間であり、口では進歩発展を唱えていながら自分では進んで行動できないタイプであったからでしょう。さらには自分だけ良しというか、ハッキリ言えば自己中心的な発想・行動の人間でした。


つまりは、脳力開発の基本中の基本である『精神的姿勢の確立』の第1指針から第3指針の、全てが逆ベクトルであったということでした。そのベクトルを揺り戻してくれたのがMGでした。MGでの体験の積み重ねが、基本に戻らせてくれたわけでした。


そのきっかけになったのが1988年1月に、西(順一郎)先生に出会ったことでした。まとめの講義の中で城野先生の名前に触れられたこと、それが私に脳力開発を思い出させてくれました。
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お恥ずかしい話ですが、当時の私は城野先生が亡くなっていたことすら知りませんでした。まずは手元に残っていた城野さんの本を読み直すところから始め、本屋通いで次々にまだ在庫のあった本を買い占めていきました。


本を読んで感じたことが、MGをやりながら感じていることと同じだということに気付くのに、時間はかかりませんでした。特に、成績の悪いことをリスクカードのせいにしていたり、同じ卓の方の安売りに目くじら立てている自分に気付かされたわけです。


脳力開発の本の中に書いてある、指針と逆の行動姿勢が全部何もかも自分に当てはまる。でも表があれば裏もあると城野さんは書いています、ならば今と反対のことを意識してやれば良いのだと。


そう気付くのに時間はかかりませんでしたが、かなりの期数を要しました。頭では分かっていても、その通り行動できるかどうかということは違うのです。まずは意識を強めることから始め、まずはやってみようでした。


やってみて初めて色んなこと、それまで分からなかったこと、気付かなかったことが次々に見えてきました。両面思考や多角度思考も、MGを通じて実際知識、体験知識として身につけていくことができたわけです。


MG100期を超え、そこから10期また10期と積み上げていく中でようやく『人頼りの姿勢』をクリアできたように感じました。ですが、MGではできても、実際の仕事の中でできるまでにはもう少し時間がかかりました。


仕事の中で、自分が社内評論家ではなくなったと感じたちょうどその時に、販売会社への出向を内示されたのは偶然ではなかったように感じています。

週末はさらに熱い長岡市です

お盆休みも終わって、再び世の中には通常の空気が流れてきました。中には9連休や10連休の方もいたようですが、昨日も交通機関はどこもかなり混み合っていたようです。


鉄道の駅や空港などは、普段余り旅慣れていない人たちが多いせいか、荷物を抱えたり子どもを連れてなど右往左往している様子も多々見られました。怖いのはまだ小さいこの手を離す母親の多いこと、端で見ていてヒヤヒヤします。


赤信号無視も気にかかりますね、子どもの教育にも良くありません。座席をめがけて走る子どもを制止しなかったり、譲り合いの席に腰を下ろす子どもに注意をしない親、「お里が知れる」とはよく言ったモノです。


さて、そんな喧噪の休みが終わって新しい週が始まりましたが、いよいよ今週末は私のヴァンガード経営研究所主催では、1年で最大のイベント・セミナーが開催されます。


23日の金曜日はOA大会、こちらはMUGゆきぐにが主催ですが、私のところで事務局をやらせていただいています。20名少しくらいの小さなセミナーで、それぞれが自分のやっている仕事を紹介しながら共に学ぼうという集まりです。


開会と閉会のあいさつ以外は何もプログラムが決まっていないという、ゆる~いセミナーですが、そこがいいところです。皆さんが仕事で使っているPCソフトはマイツール(MT)、もうできて40年近くになる日本人による日本人の為のデータベースソフトです。


詳細は実際に見ていただくのがいちばん、ご見学も自由です。会場は新潟県長岡市のまちなかキャンパス長岡、お近くの方はどうぞいらっしゃって下さい。発表メンバーも当日自薦&他薦、時には指名もあるかも。
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そして翌日からの土日2日間は、第3回長岡・米百俵MGセミナー。MGの開発者である西順一郎先生を1992年からお招きして、通算では今回が33回目ということにもなっています。


全国からMGを学ぶ「シーガルたち」が長岡の地に集まります。県内のシーガルたちももちろん参加、学び合いと交流の2日間です。新潟県内で西先生に直接指導いただける機会は、他に柏崎MG(11月)しかなく貴重な機会でもあります。


OA大会から続けて参加される方、前夜祭・西の会から来られる方もあり、熱い3日間になります。もちろん、MGセミナーもご見学は自由、会場は長岡駅から歩いて10分のアトリウム長岡です。


県内でMGを、そしてマイツールをやるメンバーも少しずつ増えていて、このほかにも上越市や長岡市、あるいは新潟市でもセミナーが定期開催されるようになっています。


これからも学びの仲間が増えていきますように心から願いつつ、今年も来られた皆さんに「良かった」と言っていただける充実した時間をお届けします。美味しい新潟の酒もたっぷりと用意して。

今日は短めのブログで

台風10号への対応から始まった今回の遠征も、無事にセミナーも終わり、今日は地元・新潟に戻ります。


留守にしていた間に、新潟では連日40度を超えるような暑さが続いたらしく、これも台風がもたらしたフェーン現象のなせる気象だったようです。遠征先の神戸でも暑さは変わらず、強い日射しを見上げていました。


そんな中ですから水分補給は欠かせず、私もやや小さめですが保冷ボトルを愛用しています。遠征先ではホテルで氷とお茶などを補給していますが、たいていのホテルが製氷機を置いてくれているのはありがたいです。


以前は製氷機がなかったり、朝食会場に氷がなくてフロントに頼んだこともありましたが、その意味ではサービス向上に感謝しています。今日も朝食会場で、氷とお茶とをいただきました。


さぁ、今日も暑い1日になりますが、氣愛を入れて出かけることにしましょうか。

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心配りを自然に意識して

台風10号が去って行っても、猛暑は相変わらずです。


この週末も連日猛暑日になるようで、熱中症で倒れる人も増えるのではと懸念されます。


自分もそうなってはいけない、ならば外に出なければ佳いと短絡的に考えるのはともかく、あれもこれもと心配してしまうのはいかがなものでしょうか。健康などもその類で、書物やネットで得た情報に振り回されるのも現代人ならではでしょうか。


心配、これに「性」をつけると心配性になり、さらに「症」をつけると心配症になってしまい、こうなるともう病気そのものです。昔から言うではないですか、過ぎたるは及ばざるがごとしと。


そうならないようにしたいものですが、意識していないとついつい過度の心配をしてしまうものです。


その点私は楽天的というか、少なくとも過度に心配してしまうことはないようです。


で、心がけているのは「り」をつけること、すなわち心配りです。MGや脳力開発で学んでいる相手中心主義にもつながります。「り」は「理」や「利」にもつながりますね。意識を少し変えるだけで、自分にも周りにもプラス効果があるものです。


今日もこれからセミナーのインスト、ここで大事なことはもちろん心配りです。参加全員にというのはなかなか困難ですが、一人に的を絞って心配りをすれば、それは全体にも通じていくものです。


でもあくまで自然体で、今日もその意識でセミナーに臨んできます。

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連載・『脳力開発と私』こぼれ話(23)

一昨日から神戸に来ています。台風10号はゆっくり進んで上陸し、未明には日本海に出たようです。まだまだ吹き返しの風や雨に警戒が必要ということですが、ピークはそろそろ過ぎそうです。


実は今日明日は、ここ神戸でMQ戦略ゲーム(MG)セミナーが開催され、私がインストラクターを務めます。そんなわけでナントカ昨日の内には神戸に着いておかねばならないということで、先週後半からは集められる情報をできるだけ集めて最終判断しました。


結局は当初の予定(新潟発15日の初発ANA便)ではリスクが大きいと判断して、14日に東京・羽田経由のANA便で伊丹空港に降り立ちました。新潟からの便は満席・空席待ち状態でしたのやむを得ませんでした。


13日の朝から航空会社のHPを確認して関連情報を集め、昼の時点で15日の伊丹空港は「運行に影響あり」に指定されましたので、14日出発を判断・意思決定しました。※結果的には当初予定便は定刻に飛んだようですが。
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幸い新潟から東京への新幹線も、お盆の戻り客のピーク前ということもあって指定席が確保でき、羽田発の空便も予約。さらには、15日から宿泊予定のホテルも前日からの宿泊に切換OKでした。



このあたりのリスク対応というか、いざという時にどうするかという事前準備は脳力開発でイヤというほど学んだことでした。戦略は「15日には神戸に着いておく」ことですから、その為の戦術(手段・方法)はいくつもあります。


元々のスケジュールルートは最も時間もコストもかかりませんが、台風の影響をまともに受けそうだと判断し、二の矢、三の矢の戦術を予め計画しておきました。また、夜遅くに着くよりも早めの移動が得策です。


はからずも、脳力開発の実践トレーニングのようになったと笑って言えるのも、無事に戦略が達成されたからですが。


このように場当たり的ではなく、しっかりと戦略・戦術の組立をしておくというのは行動の基本です。確かに台風、自然の猛威というどうしようもない条件ではありますが、その条件を可能な限り避けるという動きは自分でやることができます。


もちろん、万が一に備えてセミナー主催者には連絡を入れておきました。そこでは「15日中に到着しておく」という、戦略のみをお伝えしました。


そして変更が確定してから
、結果としてどうなったかということもキッチリと伝えました。連絡が遅れて余計な心配をさせてはいけませんから。


上述しましたように当初のスケジュールに随っていても、大阪そして神戸には昨日の午前中には到着できたのですが、それはあくまで結果論で、台風の進み方や暴風域の大きさなどは人知でどうしようもありませんから。


自分ができることは何か、それが全ての基本です。リスクが限りなくゼロに近いのと、半々くらいのリスクがあるとしたら、やはり前者を選ぶ方がベターだと思います。


そんなわけで、今日はこれからセミナー会場に向かいます。参加者の皆さんが無事に顔を揃えられるか、その心配はありますが、今日は次第に天候も回復(強風は残りますが)してくるようですので、明日の夕方まで楽しく学び合いましょう。

成功に学ぶより失敗に学ぼう

企業の倒産が増えてきているという。今年の春頃までは前年比を件数でも下回っていたのが、増加の傾向にあるらしい。大型倒産は目立つが、小さな会社の倒産は余りニュースにもならない。

 

昔から倒産といえば、他の要因が引き金ではあっても資金の行き詰まりというのが主要な理由であった。もちろん今でもそれが主流長岡・米百俵MGではあるのだが、違う要素が徐々に拡大してきている。

 

資金の行き詰まりは、経営者の放漫経営とか投資の失敗とか、あるいは得意先倒産による売掛金回収不能などが引き金になるが、昨今は黒字倒産が増えてきているという。

 

黒字倒産というのは、損益計算書(PL)上は利益が出ているのだが、キャッシュフローが回らなくなって起こる。急激に売上が伸びている会社や、急成長のベンチャー企業にも少なくない事例だ。

 

これについての話は、これまでもキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)などの解説コラムで書いてきているので、そちらをご覧いただきたい。

 

それとともに増えている倒産(事業の行き詰まり)の要因は、人手不足と事業承継である。どちらもかなり深刻な問題で、これから先もさらに深刻さを増して広がっていきそうだ。

 

人手不足、つまり人が足りないので採用したいがいくら募集をかけても集まらない。待遇改善(給与アップや休日増、残業減)などをアピールしても応募がない。例え採用できても定着してくれない。

 

悩みや相談を持ち込まれる社長の話を聴いていると、こういったないないづくしばかりで、聴いている方がうんざりしてしまう。何か良い方法はありませんかと問われても、こんな「ないない」社長につける薬はない。

 

有効求人倍率が上がり、中には1,5倍とか2倍といった地域もあるので、嘆いている理由も分からないではないが、それでもちゃんと採用ができて人が充足している会社が事実としてある。

 

それは大企業のことでしょうと口を尖らせるが、小さな会社だってちゃんとやっているところはやっている。人不足を嘆く前に、今いる人たちのレベルやスキルをアップすることも考えてほしいが、それはやらない。

 

一方、事業承継がうまくいかない、見通しが立たないというのも、実は要因の根っこは共通している。要するに会社の体質や状態・現状、あるいはまた社長自身に問題の本質がある。

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細かいことについてはまた別の機会に書いていこうと思うのだが、そういった根本的要因に早く気付いてくれることが先決だ。目先の戦術をいくら繰り出したところで結果は見えている。ムダな鉄砲という類だ。

 

だから「どうしたらいいですか」と尋ねられた時に、半分冗談でこういうことがある。一番良い方法は、社長さん、あなたがお代わりになることですねと。もっとも代わりの人財が育っていないことも多いのだが。

 

さらに多いのが、成功事例を教えてほしいという社長だ。教えて上げてもいいのだが、同じことをやられたとしてもうまくいく確率は1/10以下だろうと思う。全く同条件だということはあり得ないからだ。

 

数学や物理の法則とは違い、会社を取り巻く環境や条件、企業風土などが全く同じであっても、同じ結果が生まれるとは限らない。ましてや環境条件などが異なれば、結果が異なるのは至極当然だ。

 

成功法則というものは無きに等しい、と私は思っている。一つだけあるとしたら、社長自身が変わることだろう。それができないから、首をすげ替えたらどうだといっているわけだ。

 

ところで、企業の成功法則はほとんどゼロなのだが、失敗の法則は間違いなくある。だから、成功に学ぶよりも失敗に学んだ方が良いのだ。そこには法則があるのだから、反面教師としてしっかり学べば良い。

 

そうならないようにするにはどうしたらいいのかを、自分の頭で知恵を働かせ、実際の行動に移せば良い。そうすれば少なくとも失敗のテツを踏む確率は、ずいぶんと小さくなるはずだ。

 

幸か不幸か、失敗の事例あるいは倒産の事例は数多くある。それらをざっと眺めていれば、失敗に至る法則性が自ずと見えてくる。少なくとも自分がそこに陥っていないかくらいはチェックできるはずだ。

 

成功よりも失敗に学ぶ方が効果が高いはずだ。

見積書を出す時にMQが決まる

私は1974年に大学を卒業して、とある一部上場企業に就職することができた。そこは製造業で二次素材が主力商品だった。一次素材製造に触手を伸ばしたが失敗して撤退した。ただそれは私が体を壊して辞めた、ずうっと後であった。


その会社では短い期間ではあったが、社内報企画制作とワーカー教育を担当した。社内報は毎月発行のカラー版だったが、折からのオイルショックで会社の業績も下降し、カラーがモノクロに、さらには隔月発行に急速に変化した。


ただそこで学び身につけた知識やスキル(コピーライトやレイアウト等)が、次の仕事に役立った。次の会社はアパレルメーカー、スクールユニフォーム分野では常にトップを伺う企業だった。そこでは宣伝企画や販促、営業開発といった仕事を担当した。


正直なところ腰掛けくらいの気持ちだったが、様々な事情もあって腰を落ち着けることになった。そのおかげでじっくり「戦略と戦術」、あるいはマーケティング知識とスキルを実務の中で実践的に身につけることができた。


通算して32年間(1976~2008年)在籍することになったが、その内後半の16年半(1990~2006年)を販売会社で過ごした。親会社に籍を置いたままの出向だったが、現地責任者としてとくに後半9年間は代表取締役社長を務めた。


MG(MQ戦略ゲーム)と出会ったのは親会社時代の1987年だが、実務と並行して実践的に学んだのは出向時代である。本当の経営とリンクしたわけだから、学びも大きかったのだと言える。


途中からは、他社の研修や時には経営相談まで引き受けることがあった。親会社の社長には暗黙に了解をもらっていたが、昨今話題になっている副業についての先駆者だったなと思っている。副業というにはいささか不定期で、副収入も僅かだったが。


副業で稼ぐことよりも、様々な業種業態に出会ったことが大きな特典だった。自社(アパレル製造と販売)とは異なる中で考えを巡らせ、現場でやってもらうということで違った分野の体験を積み重ねられたわけだ。


最終的には1年半だけ親会社に戻り、グループの連結決算の仕組みを仕上げてから自主退職した。すでに56歳になっていたが、仕上げの仕事をやり遂げることで親会社や、すでに亡くなられていた入社当時の社長に恩返しを終えたという気持ちだった。


さて、そんなわけで当初は製造メーカーであったのが、途中から販売会社すなわち流通・サービス業に転じたおかげで、その2つの違いを強く体験することができた。その大きなポイントは原価計算である。
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そして、今ひとつ大きなことは「企業の利益は会社の外にある」ということを知ったことであり、また「見積書を出す瞬間にMQ(売上総利益=粗利益)が決まる」ということだった。


親会社(メーカー)で仕事をしている時には、製造利益や生産部利益という言葉を常に耳にしていた。生産性が上がれば、つまり定められた時間内に多くの生産ができれば利益が上がるということを教えられていた。


そのことを疑ったことはなかった、理屈はともかくそんなものだと思っていた。確かに、製造でやっている全部原価計算によればそうなる。生産工場にある今日の生産目標数値のパネルを見ながら、工場の皆さんはがんばっているなと思ったものだった。


しかし販社に移って分かった、それまでもおぼろげに分かっていたことだが、「全部原価のウソ」ということを身に沁みて知ることができた。それはある商品(別註商品)で親会社から見積もりをとった時のことだった。


余りに高い見積だった、なぜかと尋ねたら作る量が少ないからと言われたわけだ。それはおかしいだろう、同じ商品を100作るのと200作るので見積価格が違うということ、それは市場と向かい合っている販売会社の考えとは違っていた。


正確に言うと販売会社のではなく、お客様の目と感覚だ。同じ商品(素材・デザイン)であれば、100枚中の1枚であろうと200枚中の1枚であろうと、同じ値段であるのが当然というのがお客様の感覚だろう。


この感覚が製造現場では分からないらしい、全部原価で計算すれば彼らのいうとおりのコストになるからだ。で、コストを下げると彼らは製造利益が増えるというがそれは間違いだ。なぜなら、お客様が買われて始めて利益が生まれる。


お客様に売れないものは私たちは(メーカーから)買わない、そうなるとメーカーはいくら作ろうとも利益が稼げない。計算上の利益、架空の利益は上がっても、本当の利益は出てこないのだ。これが、彼らにはどうしても分からないらしい。


あなたの会社がもし製造業なら、こういう間違い意識や感覚をもっていないか、冷静に見つめ直してほしい。繰り返していう、製造利益だの生産部利益というのは幻なのだということを。


販売会社にとって見積書を出す瞬間、正確には見積書がOKされた時にMQが出るのだ。その見積価格が、市場価格として正確なものでなければいけない、ということを強調しておきたい。

浅野川線をゆっくり乗り鉄

浅野川線(浅電)といっても、余程の鉄道ファンしか知らないでしょうね。


正確に言うと北陸鉄道浅野川線、金沢駅の地下にある北鉄金沢駅と内灘駅間、僅か6,4kmのローカルラインです。金沢市内の東側を流れる浅野川に沿って、1924年に浅野川電気鉄道として開業しました。ですから95年の歴史を刻んでいる路線です。


先月の後半、金沢に出かけた際に全線を往復(と言ってもたったの1時間足らず)して来ましたが、乗り鉄は1972年以来ですから47年ぶりということになります。当時はまだ金沢駅の脇にあった地上駅からの発車で、もちろん吊り掛け式の旧型車でした。(写真は1982年の地上駅時代)  3301_82


内灘といえば、我われ世代には「内灘闘争」として記憶に刻まれています。と言っても、私は五木寛之さんの『内灘夫人』を読んでその歴史を知っただけですが。その後、内田康夫さんの『砂瞑宮』でも、その闘争が殺人事件のベースになっていました。


今も目をこらせば闘争当時の遺蹟が残っているそうですが、72年当時も今回もその跡はたどりませんでした。ひたすら電車に乗っての往復で、北陸は梅雨が明けて暑い太陽がギラギラでした。


地下線と地下駅(北鉄金沢)の開業は2001年で、その以前の96年に1500Vに昇圧、この際に旧京王井の頭線3000系の8000型8000形に置き換えられ、旧型車は全車廃車となりました。元々は制御車(Tc)で、導入に際して電動車(Mc)化されています。


また、前面のFRP部分は全車北陸鉄道色のオレンジ、雪国らしくスノープラウも取り付けられています。


現在もこの8000系2両編成5本、計10両で日中は30分間隔(朝夕は増発)で運転されています。駅間がいずれも500m前後ですので、最高速度は60kmですが、速度を上げるとすぐにノッチオフとなります。もちろんワンマン運転。


中間の三ツ屋駅のみで列車の行き違いを行いますので、ラッシュ時は北鉄金沢駅の2つのホームで交互発車し、少し間隔を詰めているようです。内灘駅はホーム1線だけですが、車庫が置かれています。


そんなわけで、の~んびりとした往復時間を過ごしました。

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リスク回避は明日朝に判断しよう

盆ジュール!!です。残暑お見舞い申し上げます。


今日は山の日、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」人いうことで、2016年に制定されました。ちなみに来年だけは東京五輪閉会式の翌日、8月10日に変更されるのだとか。


昨日からお盆休みに入られている方もいらっしゃるでしょう、中には金曜日から10日間の長いお休みという会社も。というわけで、酷暑の中での民族大移動が始まっています。土曜日だった昨日は行楽も重なって、高速道は各地で大渋滞。


ただ警戒すべきは台風10号ですね、何しろ動きがゆっくりゆっくりなので進路が掴みがたいそうですが、どうも水曜か木曜日頃に西日本を襲うことが確実になってきました。ということは、帰省の帰り日程を直撃しそうなわけですね。
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それでもまずは予定通り出発なのか、大渋滞が起こっているわけです。帰り道を少しは心配はするけれど、何とかなるだろうという感じなのでしょう、いいのかなぁそれで。確かに自然のことですから、なるようにしかならないということには違いありませんが。


横並びの民族大移動、つまりはこれも止められない社会現象というわけです。とにもかくにも、帰り道であわてないようにだけはここ心づもりをしておくべきでしょうけど。


実は私も15日からセミナー遠征で、15日朝の空便で新潟から大阪に飛ぶ予定です。それで台風10号の動きが気になっているわけですが、まだ予想円が大きい上に動きがゆっくりなので判断に迷うところです。


14~15日がポイントだということは分かってきましたが、今の情報では14日中の大阪発着空便はOK印、ところが15日の午前中は半々といったところです。これが明日にはどう変わるか、それによって意思決定をしなければと考えています。


もっと動きがゆっくりになれば15日の朝便は大丈夫かなと思えるのですが、最近は過剰なまでに危険回避をやりますので、前日に動いてしまう方がベターかとも判断しうるわけです。


そこで情報をこまめにチェックしていますが、14日の大阪行き空便はほぼ満席、ただ東京羽田発ならまだまだ大丈夫です。東京へは新幹線自由席でも臨時便を選べば、始発で座っていけるでしょう。宿もまだ取れそうです。


ただそうなると、15日の便が予定通り動いた場合はその運賃を無駄にし、宿泊費も1泊分増えることになります。それでもリスク回避としては必要経費でしょうね。何より周囲に迷惑を代かけないでしょうし。


判断・意思決定は明日の朝ということにして、情報だけはさらにこまめに集めておくことにしましょう。

おめでとう!祝100期!

西研MG(MQ戦略ゲーム)をやっている仲間のことを、MGシーガル(たち)と称する。シーガルとはカモメのことで、それは「より速く、より高く、より遠くへ」という『カモメのジョナサン(Jonathan Livingston Seagull) 』=リチャード・バック著=に由来する。


MGシーガルたちは交流を大切にしている、「MGは成績より期数、期数より交流、交流から向上へ」という基本姿勢を持っている。交流の一つの手段としてのSNS、とくにFacebookでつながる仲間も多い。


そのFacebookには西先生インストの他、各地のインストラクターによる西研MG(正確には西圏MGかな)も紹介される。特に、100期あるいは100期ごとのキリ番を迎える仲間がいると、大きくクローズアップして祝福する。


西研MGを始めると、その第1回目つまり初MGの際に「100回帳」をもらう。かつてはMG100回帳だったが、途中からMQ戦略ゲーム100回帳と名前を変えた。ちょうど夏休みのラジオ体操カードと思えばいい、参加スタンプを貯めていくというイメージだ。Img397


通常の研修では2日間で5年分の経営をやる、これで5期だ。これを標準で20回継続して体験すれば100期に達する。毎月やったとして2年近くかかるわけだが、最近は一気に1年で達成するシーガルもいるようだ。


ちなみに私がMGを始めたのは1987年9月、100期到達は89年の1月だから1年4ヶ月くらいかかったが、当時としては早い方だった。その次の100期、つまり200期到達は90年の3月でこれは1年2ヶ月で到達している(なお現在は1372期)。


さて100回帳だが、そこには25期ごとに節目としての「着地点」が明示してある。つまりこうだ。
 ●MG25期 : 経理がわかる
 ●MG50期 : 経営が分かる
 ●MG75期 : 戦略が分かる
 ●MG100期 : 人間が変わる、戦略マンバンザイ!


MGを始めた方、これからやろうとしている方には必ず「だまされたと思って5回25期まで続けてみてください」と言っている。25期やれば経理がわかる。いやいや、分かる人もいれば分からない人もいる、それで当たり前だ。


分かった気にはなるかな、私はNOだった、分からないことだらけだったがアレコレ考えないようになった。考える前に手を動かして決算を進めていき、計数力が誰よりも早くなることに注力した。その内に分からないことが、自然と分かってきた。


少なくとも、仲間たちとあるいは一緒に学ぶ社員たちとP/V/Q/F/Gという共通言葉で話すようになった。実務でも会話はそれだし、会議もMG言葉ですべてが進むようになった。MQ管理グラフや利益感度分析も見よう見まねでやった。


50期で経営が分かる、分かろうはずもない。ゲームの中でのMG経営すら思い通りにいかないのに、なんぞ実務の経営がうまくいくか。だが、うまくいかない原因がつかめるようになっていった。マクロでもミクロでも、会社を見ることができるようになった。


50期までくると、一気に100期を目指したい気持ちがふつふつと湧いて来て、加速していく人も少なくない。


自分で機会を作り、スケジューリングできるようになってくる、そしてついに目標の100期に到達(達成)する。大勢の仲間たちから、おめでとうの言葉で祝福される。みんなが色紙に寄せ書きする。ちなみに私は100期でも200期でも色紙はもらわなかった。


100期やると本当に自分が変わったのかと、周りに聞いてみたくなる。仲間たちも色んな言葉で「君は変わったよ」と言ってくれる。そうか、オレは変わったんだなとナットクする。


ちょっと待ってくれ、何か忘れてはいないかい? そう、75期ってなんだったけね、確か戦略が分かるじゃなかったな。相変わらず「青チップ戦略」だの「ハイP戦略」だのと言っている100期君、それじゃまだ戦略と戦術の区別も付いてない。


だいたい、75期をあっさり通り過ごしてしまうとはねぇ。意識してたか、戦略が分かるってことを。それなくして100期で「戦略マンバンザイ!」って叫んでも、オイオイ大丈夫かい。


だったらさ、100期でNEWドンでないかい? 新たにまた第1期から100期を目指していくのがいいよ。そうしたらきっと、第1期がどれだけ大切かということや、初心者と一緒に学ぶということの素晴らしさが分かるに違いない。


100期は目標(道しるべ)ではあっても、目的ではなかったことに気が付いたかな。もちろん、MGのゴールなんかじゃない。それも分かっていないのに、免許証をもらったからインストをやっているの? やってもいいよ、やって学べることもあるから。


おめでとう、100期到達。私は色紙にいつもあえて「達成」とは書かないよ。だってゴールじゃないんだからサ、100期は。


どこかで一緒にMGやろうね、ホンモノの100期を目指して。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(22)

脳力開発の土台習慣づくり指針の第一は、『自分で主体的にやる姿勢をつくろう』です。


前回も書きましたように脳力開発では常に対比思考で考えるので、上記指針の対比となるのは『人頼りの姿勢をやめよう』ということになります。そこでまず、人頼りの姿勢ってどんなものなのかを考えていくことにしましょう。


その前に自分を振り返りますと、私はまさに「人頼りの人」でありましたので、自分の過去のことを振り返ってみればいいのかと(笑)。


脳(みそ)の構造・機能は以前にも書いたことがありますが、要するに情報をINPUTして判断し、意思決定をして行動するのに必要な指令・命令をOUTPUTするということです。行動はもちろん、自分が動くことです。


脳は、他人の行動への指令・命令を出すことはしません。せいぜい自分の口に命令して、他人にどうしてくれ、こうしてくれと言うだけのことしかできません。ですが、自分に対してはどんな命令でも出すことができます。


ところが脳も、自分がその気にならなければ指令・命令を出しませんから、行動も生まれてきません。それを一般的には「ヤル気」とも言っていますが、脳力開発では思考と行動とは一体だと言っています。あるいは行動がなければ本当の思考も停止しているのだと。


実は私は、1980年代ですから親会社時代のことになりますが、「私は考える人です」などとうそぶいていたのです。開発企画部門に所属していた私は、新商品や営業開発についてのアイディアを出すのはけっこう得意で、会議などでも積極発言をしていました。


あるいはまた、誰かが出した企画提案に対してああではないか、こうではないかと評論を加えることも得意としていました。相手を論破することに快感を感じていたかも知れないという、まことにイヤ~な社員だったでしょう。


プロジェクトチームに加わっても、どちらかといえば後ろに控えて意見を出したり、評価を加えたりということが主でした。それもどちらかというと後ろ向きに、マイナスの意見を述べることが多かったと記憶しています。
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やがてそのことに気が付いて、そういう社員のことを「社内評論家」だと批判し始めるわけですが、脳力開発でいう「人頼りの心構え」の典型であったと自分を断じました。


とにかくうまくいかないことは何でも人のせいです。社長が悪い、部長が認めてくれない、同僚が頼りにならない、部下が動いてくれない、家族の協力がない。頼むから何とかしてくれよ、さすがにもみ手はしませんでしたが、それに近い気分でした。


今日のゴルフのスコアが悪いのは天気のせいくらいなら笑って済ませられますが、仕事が思い通りにいかないのを周囲の人のせいにしていたら、進むものも進んでいきません。周りの人のせいにしながら、実はその人たちに頼っている自分に気が付いて愕然としました。


脳の使い方は人頼り、そのことに気付いたのはMGをやり、脳力開発を学び直してからだったですね。

残暑見舞いの雰囲気ではないけど

今日は立秋です。朝夕が涼しくなり、秋の気配が感じられる季節ですが、さりとてまだ残暑が厳しい頃でもありますね。


特に今年の夏は、これからまだまだ厳しい猛暑が続くようです。台風の動きも気になるわけで、平穏なお盆休みになりますかどうか。


明るいニュースはスマイルシンデレラ。渋野日向子さんの快挙、42年前の樋口久子さんの優勝の頃には私はまだGOLFをやっていませんでしたので、そのニュースの記憶は微かでしかありません。


とにかく笑顔が素晴らしかったですね。プレー中も、終了後の表彰式でも、そして記者会見でも。久しぶりにいいニュースだなぁと、心が和みました。これからも注目されるはずでプレッシャーも大きいでしょうが、あの笑顔なら大丈夫に思えます。


その後に注目されたのが小泉進次郎氏と滝川クリステルさんの結婚、いやできちゃった婚ですか。これも明るいニュースではあるけれど、NHKがニュース速報で流したり、メインのニュースで取り上げるかねぇ。


しかも最初の会見が首相官邸でのぶら下がり、それもけっこう長々とやってましたねぇ。インタビューが政治部記者なので質問がどうもしっくりしなかったのはご愛敬でしたが。あれって「公私混同」とはいわないんだ。


まぁ、誰が誰とクッツコウガアッシには関わりはありませんがねぇ。そんなわけで、本日のブログは短めでおしまい。

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ウズク(UZK)が分かっていますか

キャッシュフロー経営セミナー(CFMG)の受講お勧めの中で、「売掛と買掛」と書きましたが、正確には売上債権と買入債務です。これに在庫を含めた3つがキャッシュフローに大きな影響を与えます。


この3つを総合してCFMGではウズク(UZK)と呼んでいます。上記3つの頭文字、すなわち売上債権の「U」と在庫の「Z」、そして買入債務の「K」をとってUZKです。


それぞれの前期末数値(当期期首数値)のことを、U1/Z1/K1と言います。同様に期末の数値がU2/Z2/K2です。その差額のことをUU/ZZ/KKとすると次のような式が成り立ちます。
 UU=U2ーU1
 ZZ=Z2ーZ1
 KK=K2ーK1

次に運転資金のことをWと表します、これはWorking Capitalの略です。そうすると次のような式が成り立ちます。
 W1(期首の運転資金)=U1+Z1ーK1
 W2(期末の運転資金)=U2+Z2ーK2

そしてこのように変化させます。W2ーW1、つまり期首と期末の運転資金の増減(増分または減分)、これをWWと表します。
 WW=W2ーW1
   =(U2+Z2ーK2)ー(U1+Z1ーK1)
   =(U2ーU1)+(Z2ーZ1)ー(K2ーK1)
   =UU+ZZーKKPhoto_20190806154601

日本語に直しますと、運転資金の増分は「売上債権の増分と在庫の増分から買入債務の増分を引いたもの」となるわけです。もちろん、運転資金の増減要素はほかにもありますが、このUZKの3つの要素でその大半なのです。


すなわち、特に小さな会社のキャッシュフローはこの3つをしっかり把握しておればよい、ということになります。この3つを正確につかめておれば、上手にコントロールできれば資金繰りに悩むこともないということです。


では、経営者たるあなたはこの3つの要素、今一度挙げますと売上債権(主として売掛金と受取手形)、在庫(商品在庫、製造業では材料・仕掛品・製品在庫)、買入債務(主として買掛金と支払手形)をチェックしていますか。


それは経理の担当者がやることだよなではどうなのでしょう。細かいことは担当者がやっても大枠の情報を手元にもらい、この先のキャッシュフローがどう動くのかを把握しておかねばならないでしょう。


あるいは、資金繰りが窮屈だとすればこのどこかに問題があるわけですから、的確に要因をつかみだし、正確な指示を担当者に与えるなり、もし必要であれば金融機関とも折衝も経営者の役割です。


UZK、ウズク。まさにこの3つの要素は経営者を「うずかせる」のです。致命的な「うずき」になる前にしっかりと手を打っておく、では次回はこのUZKのそれぞれにスポットを当てていくことにしますか。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(21)

脳力開発には、3つの面に11の指針(土台習慣づくりのための指針)があります。


【基礎部第1面 精神的姿勢の確立0_20190805131601
  1. 自分で主体的にやる姿勢をつくろう
  2. いつも進歩発展を目指す姿勢をつくろう
  3. 他人の利益もはかる姿勢をつくろう

【基礎部第2面 思考方法の整備
  1. 常に中心点を明らかにし、中心・骨組で考える習慣をつくろう
  2. 常に両面とも考え、どちらが主流かも考える習慣をつくろう
  3. 立場・観点を整理し、多角度から考える習慣をつくろう
  4. 確定的要素から出発して考える習慣をつくろう
  5. 行動のつながりで、具体的に考える習慣をつくろう

【基礎部第3面 実際知識の拡大
  1. 知識はすぐに使う習慣をつくろう
  2. できるだけたくさんの物事に首を突っ込む習慣をつくろう
  3. できるだけたくさんの人に接触する習慣をつくろう


これをこれから一つずつ、私自身の体験の学びからアプローチしていこうと思っています。その前提になっている一つが対比思考です。上に上げた項目には、実はそれぞれに対比する事項があります。言うなれば、表と裏と言ってもいいでしょう。


行動の習慣から言えば、上に上げた面は表の面、できるだけそうでありたいねという側面です。


かといってその反対の面を否定しようというわけではありません。反対の面、裏の面も重要な要素であり、そこを分かっていることが表にある項目の実現につながっていくのです。


人間だからどちらか片方に偏るということはむしろ少なく、少なからずどちらの面も持ち合わせています。そのどちらの面が主流であるのか、普段の性格や仕事の中で顔を出すのは主としてどちらの面か、それを知っておきたいのです。


ですから、常に対比思考で両面ともに目を向けていただきたいのです。時々顔を出す別の面も知っておけば、それにどう対処していくのか、自分の行動を常に冷静にチェックしていくこともできるでしょう。


では早速、第一の指針から入っていくことにしましょう。

CFMGに参加されませんか

台風がダブル(8号・9号)で西日本を狙ってきています。何でも8月に上陸する数が一番多いそうで、今回も九州を直撃しそうなコースです。


それよりも何よりも猛暑続きで頭がおかしくなりそうな感じですが、9月以降のセミナー準備を始めています。まずは9月の頭に、神戸での脳力開発講座があり、こちらは3回シリーズの最終講、田上康朗さんの特別講演も予定しています。


それに連続してキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)、こちらの集客もちょっとがんばらなければなりませんね。


CFMGは通常のMG(MQ戦略ゲーム)に、売掛及び買掛という信用取引を加えたものです。MGの中でもキャッシュフローは十分に学べます、なにしろすべてが現金でのやりとりですから、キャッシュが足りるか足りないかは完全にオープンです。


手元にお金があれば仕入や投資も積極的にできますし、資金不足が心配ならまずは製品を売って売上を確保すれば、手元のキャッシュが増やせます。ただ、MGをやっている場面を観ていますと、あまりキャッシュフローのことは意識していないように感じられます。


つまり財布の中にあるキャッシュを見てさえいればいいわけで、在庫はおカネ(流動資産)であるとかという意識も希薄です。もちろん期数を兼ねた方は、そのこともキチッと頭に置きながらゲームをやられているでしょう。


ところで現実の世界は、現金仕入よりも掛け仕入の方が多いと思います。また、せっかく売上が計上されてもキャッシュが手元に入ってくるのは、かなり後からになることが一般的です。ですが、そのキャッシュの流れを確実に捕まえているでしょうか。


けっこう成り行きに任せていることが多いように感じます。私自身を振り返っても、販社の経営に携わった時にはすでにMG期数は200期に達していましたが、キャッシュフローについては実践体験が希薄(ほぼ皆無)でした。


CFMG(当時名古屋のマスト21さんが開催)も受け、ポケコンにはCF-STRACのプログラムが入っていましたが、現実目の前のキャッシュフロー(資金不足に直面)の体験までは、脳力開発でいうペーパー知識でしたね。
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それでもCFMGをやっていたのが少し役に立ちました。そこで分かっていた知識と実際の体験が積み重なって相乗効果、アッという間に年間資金計画に行き着いたり、いざという時の際の行動が見えてきました。


手形小切手の知識も体験版に変化、何より資金の先行管理ができるようになれば、BSの問題にも一歩も二歩も踏み込めます。5年以上かかると思っていたBSの問題、特に不良資産問題が3~4年で解消できたのはMG、そしてCFMGのおかげでした。


その上に、買掛を上手に利用することも分かりました。CFMGでも、実際の経営でも基本は同じです。


そのキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)、今年もあと6回各地で開催します。9月は神戸と岐阜、10月が東京と伊勢、そして12月は熊本と神戸です。詳細はヴァンガード経営研究所のホームページ、またはフェイスブックイベントでご確認下さい。


良い会社を目指してのキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)、皆さまのご参加を心よりお待ちしております。

長岡・米百俵MGことはじめ話

今月後半の24日と25日は、第3回長岡・米百俵MGを開催します。


今回が3回目ですが、その前年までは「長岡MG」として1981年から32回(年2回の年もあり)の開催を数えていました。それを通算すると35回目ということになります。


そのスタート、前身は前年1990年夏に開催したワンデーMGでした。これは自社のメンバーを対象としたワンデー研修で、ゲストとして社外のシーガル仲間に3人参加していただきました。さらに2回くらい社内研修として開催後、翌年にツーデーを企画しました。


それが第1回長岡MGになるわけですが、その翌1992年からMG開発者の西先生にお越しいただくことにしました。実は、社員を東京MGほか社外研修に派遣したかったのですが、貧乏会社で費用の捻出に限度があったのです。


ホントは社外MGにどんどん出て行って、シーガル仲間とたくさん交流してほしいところですが、それがままならない。だったら、自分たちで西先生を講師に招いて開催し、外からどんどん来ていただけるようにしようという目論見でした。


自社で私も含めて15名、社外から15名くらい参加していただければ5卓が確保できます。幸いに、親会社がほとんど使わなくなったMG盤が5台あって、それを当社の研修で使うからとずっと借りた状態でした。


実際には25名くらいでの開催になったかと記憶していますが、安く貸していただける会場も確保できてとにもかくにも第1回目が開催できました。その後も数年、1回は西先生を講師に、もう1回は私のインストで数回行いました。
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運営は社員さんもいくらかは手伝ってくれましたが、基本は私一人で会場確保から食事(弁当)、県外の方々の宿泊確保などをやりました。その体験の積み重ねが、今の各地での開催準備・運営に活きています。まさに実践体験こそが、本当の知識となるというわけです。


もちろん失敗も多々やりました。弁当の数の間違いなどは可愛いもので、ホテルの予約間違い、交流会の人数違いや事前変更、MG用紙の発注ミス(これは今でも時々)などなど、枚挙にいとまがありません。


その後税理さんのアドバイスもあって、会社の経理とは切り離すことにして、長岡MG研究会を立ち上げました。実のところはこれが、現在のヴァンガード経営研究所の前身ともなっています。


自社社員というベースがありましたが、集客に苦労して20名ちょっとでの開催もありましたが、次第に増えていって30名を超えることも珍しくなくなりました。それが今では当時の会社社員がいなくて8卓という盛況、ホントにありがたいことです。


でも初めの頃のMGで育てられた社員さんたちが、その力を発揮してくれて赤字会社を再建してくれたこと。それは全国から来てくれた仲間のおかげだと感謝しています。これからも、長岡の地でしっかり続けていきます。


今年はもう満席のエントリーですが、ぜひまた来年のお越しをお待ちしています。ちなみに来年の日程は、8月22-23日で決定しております。

鎮魂と復興・長岡花火の思い

日本列島が真っ赤っか、そこそこに紫色の猛暑地域が連日増えていくような感じです。


新潟市内も郊外の秋葉区では35度を突破、中央区でも猛暑日寸前の暑さが続いています。日中もそうですが、堪えるのは夜中の気温が高い(熱中夜)ことですね。寝入る前にはクーラーは点けていますが、タイマーで切れた後がね。


そんな真夏の風物詩は夏祭りであり花火ですね。小さい頃私は大阪で育ちましたが、都会の真ん中でも神社の夏祭りや地区の盆踊り、あるいは花火大会などに胸ワクワクで参加していました。10円玉をいくつかもらって屋台で遊ぶのも非日常の楽しみでした。


そういう行事がだんだんと少なくなってきているそうです。子ども達が少なくなってきてるのはもちろん、そういう行事を担える人口そのものが減ってしまっている、軒並み高齢者で中核となる若者がいない。


一説には、そういう夏休みの祭などは最盛期の1割くらいになってしまっているという話すらあります。花火大会では、警備の人員が集まらずに中止のやむ無しに至ったところの例が紹介されていました。


花火大会といえば、昨日と今日は長岡大花火大会。昨夜の観客は52万人だったとか、今日は土曜日なのでもっと人出が多いのかも知れません。私が在住していた5年前頃に2日間で100万人突破といっていましたが、さらに増えているようです。


長岡花火は元々慰霊の花火でした。1945年8月1日、新潟県長岡市はアメリカ軍の都市爆撃(焼夷弾攻撃)に襲われ1500名近い命が失われ、街は廃墟の状態になりました。
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長岡市には機械製造など軍需産業が集中していたということがあったようですが、中には「真珠湾攻撃を指揮した山本元帥の故郷だから」という都市伝説もまことしやかに語られていました。いずれにしろ無差別の焼夷弾攻撃は国際法違反じゃないかなと。


犠牲者への鎮魂と、被災に打ちひしがれていた長岡の街や市民を奮い立たせる為に立ち上がったのが、長岡の芸妓さんたちだったといいます。花火を打ち上げて平和と復興を祈る「長岡大花火」が始まったのは、翌年の1946年でした。


それがずっと継続されてきていますが、大きな転機は2004年(10月23日)の中越大震災でした。翌年は企画段階で中止も考えられたようですが、復興という言葉に後押しされて開催が決まりました。そこで生まれたのが「フェニックス花火」でした。


私が初めて長岡大花火を観たのは1990年の夏、当時は信濃川の河原はフリーでしたので、午後からシートを持ち込んで席取りをする光景が一般的でした。私も仕事を早めに切り上げて3時過ぎに行きましたが、狭いスペースがやっと確保できました。


そのド迫力にはとにかく圧倒されました。これが花火なんだと思いましたね、今まで観てきた花火ってなんだったんだろうって。長岡の花火をすぐそばで観た人は、他の花火は観れなくなるといいますがホントです。


それからは毎年2日間の内1日は必ず河原で観賞を続け、もう1日はマンションの部屋から眺めることにしました。2016年に新潟に引っ越しする前年2015年夏は、河原の自由席も激減していたので自宅マンションからだけの観賞でした。


今年はチケット販売でかなり混乱したような話も伝わっていますが、市民が自由に河原に腰を下ろして花火を愉しむ、というスタイルも変わってきているのでしょう。時代の流れだからやむを得ませんが、少し寂しいですね。


もちろん今年も、遠い新潟からテレビ鑑賞です。新潟の花火も信濃川に上がりますが、今年も観にはいかないでしょうね。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(20)

今日は新潟三大花火の一つ、長岡の大花火大会(今夜と明日夜)です。4年前の夏までは長岡に住んでいましたので、毎年何らかの形で花火を観ていました。


長岡大花火を初めて見たのは1990年の夏、販売会社に出向してきて5ヶ月目のことでした。噂には聞いたり、ビデオを観たりしていましたが、実際に打ち上げ場所の対面にある河原で観たときの驚愕と感動は、半端なものではなかったですね。
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それまでも大阪の水都祭花火や、岡山・旭川河原で上がる花火を近くで見たことはありましたが、長岡の花火は桁が違いました。何しろ、この大会で使う花火の火薬量がずば抜けて日本一だというのです。


それまではせいぜい尺玉の花火ですごいなぁと言っていたのが、尺玉は当たり前、2尺玉や3尺玉の迫力に圧倒されました。数分毎にあがる超大型スターマインなどには、それまでの花火に持っていたイメージが覆されました。


脳力開発流に言えば「価値の整理」でした。それまでの価値観が完璧に崩壊して、新しい価値観がしっかりとベースに落ち着きました。脳力開発でも、新しい意識づけによってそれまでの価値観を整理し直すということが求められます。


新たな価値観、あるいは人生観や、大げさに言えば使命感とか死生観まで新たに構築する事態が、時として起こるのです。それにおびえていてはいけないわけで、むしろ積極的に土台を変えることを行って「行動を変える」のです。


私がラッキーだったのは、特に仕事の面で前後で全く異なる舞台(ステージ)に歩を進められたことです。確かに自分の意思ではなく、思いとは別にという事態ではありましたが、前向きに受け容れた自分がいたことも確かです。


メーカーであり親会社、その中でも企画や戦略といったスタッフ部門から、販社という子会社、しかも小さな世帯ですからラインというより小さな行動体(球体)という方が正解だったでしょう。


否応なくそういうステージに足を踏み入れたときに、それまでとは違う価値観に直面し、ともかく新しい土台習慣をつけるしかないという「回路の変更」を迫られたわけです。幸か不幸か、会社は最悪の状態でしたので、逡巡しているヒマがありませんでした。


おかげさまで、これ以上悪いことは起こらないとか今がどん底で上がるしかないという、開き直りの気持ちでしたから良かったのでしょう。火事場の馬鹿力でもないですが、その分意識が強く働いたのでしょう。


さて次回からは、指針の実践編に入ります。

年間10万円とたったの5%

今日のタイトルは、坂本光司先生(人を大切にする経営学会会長)が繰り返し言われている数字です。


10万円は一人の社員にかける年間の教育費、そして5%は教育に充てる時間のことです。あなたの会社は、この数字以上でしょうか、それとも以下でしょうか。
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ちなみに5%は年間の所定労働時間の5%という意味で、例えば年間2000時間(週40時間×52週で2080時間)が所定時間だとすれば、その5%は100時間ということになります。12ヶ月で割ってみたとしたら、月に8時間余ですから月に1日ということにもなります。


自慢じゃありませんが、かつての私の会社はその倍以上の費用と時間を社員教育に充てていました。累積赤字を抱えて再建途上にある時から、何を置いても社員教育に発展向上を賭けてきました。



その10数年の体験を活かす形で、現在は人財教育を主たるテーマとしての企業サポート・コンサルティングを業としているわけですが、ザンネンながら上記の数字を超える企業は一握りに過ぎません。


中には会社が儲かったら、利益が出たら教育にもお金をかけますよという社長もいらっしゃいます。申し訳ありませんが、こういう会社は例え利益が出ても社員教育にはおカネを惜しんでしまうでしょう。


会社の利益が出たら社員を教育するのではなくて、社員を教育するからその結果として会社が成長し利益が出るのです。第一、経営者の役割の最たるものは「人財を育てる」ことに他なりません。その意味では社長自身も「教育者」なのですから。


会社の発展向上のために先頭に立っている、そんな社長の後ろ姿を見て社員も成長していくのですから。坂本先生は、社長自らが「背中で教える」のだとおっしゃいます。人が育てば、企業力が高まり強くなっていきます。


ところが多くの経営者、社長は「当社には人材がいないし、採用活動をしても良い人が集まらない」と嘆いておられます。どちらにも共通している原因の一つが、社員教育(人財づくり)に力を入れていないということです。


嘆きたいのは社長、あなたではなく社員の方ではないのでしょうか。なかにはもう諦めている社員もいるかも知れませんが、それでもまだ何とかしたいと思っている人間もいるのではありませんか。彼らを絶望させてはいけません。


大上段に社員教育と振りかぶらなくても、まずやれるところから、それこそ費用も時間も最小限のところからでもスタートすることです。その一つが朝礼です。やり方に工夫をすれば、朝礼の場は社員教育の場に変わります。


一人一人がその気になれば、情報の共有だけでなくリーダーシップを磨く場にも変わっていくでしょう。朝礼から一気に、社員教育の花が開いた会社も何社も見て参りました。まさに上からやる、下からやる、そしてみんなでやるところから始めるのです。


ある会社のスローガンは「日本一の学び合い」会社にしよう!でした。まず足下(朝礼)から始めて10数年、今では表題の目標数字も大きく突破し、着実な利益を挙げて福利厚生も他に負けない会社に成長されています。


あなたの会社の年間計画には、ちゃんと「社員教育」計画が入っていますか?

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