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上越地方を通らない上越新幹線

一昨日から新潟県の西部、上越市にやってきています。


新潟県は昔、越後国と呼ばれていたのはご承知の通りですが、その広い国内を京都に近い方から上越/中越/下越と称していました。上越市は、その上越地方の中心都市として誕生しました。


元は城下町である高田市と港町・商業町だった直江津市が1971年に合併して、上越市になりました。さらに2005年の平成の大合併により20万超の人口を有する、県内第3の市になりましたが、過疎地も多く人口減もあって今は20万人を割り込んでいます。


この合併前後に一つのことが話題になりました。それは町の名前です。


とくに関東の人たちが「上越」という名を聞くと、真っ先に思う浮かべるのは上越新幹線ではないでしょうか。ところが上越新幹線は、上越地方を通っていません(かすめてもいません)。


上越新幹線開業時から、そのあたりを勘違いする人が多かったそうですが、線名の「上越」は「上」野国と「越」後国を結ぶという意味であったわけなのです。新幹線も元の上越線も、中越下越地方を通りますが、上越地方とは無縁です。
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さらに北陸新幹線の延長開業でまたまた問題が起こりました。市内に駅ができるのですが、この駅名が元々(仮称)上越だったのです。これでは混乱を余計に招くということで、さらには地元の綱引きもあって最終的には「上越妙高」駅となりました。


それでもこの駅が上越新幹線の駅ではないので、間違える人もいるという話も聞きます。ついでに信越本線という路線名もありますが、こちらはギタギタに分断されてしまい、もはや信濃と越後は結んでいません。


すなわち、県内に残る信越本線は直江津ー新潟間ですからすべて越後国内です。さりとて越後線というローカル線もあるので、改名というわけにもいきません。ちなみに両国を結ぶのは、3セクのしなの鉄道とえちごトキめき鉄道です。


さて市の名前も一時は改称してはどうかという意見がでたようで、例えば頸城野市(くびき野市)とか春日山市などのいくつかの案が出たようです。私などは「くびき野市」が良いのではと思ったのですが、結局改称には至りませんでした。


上越(市・地方)を通らない上越(新幹)線、上越を通る北陸新幹線、インバウンドの方向けのガイドブックにはどのように記されているのでしょうかね。


さて、今日も上越市直江津でのMGセミナー、梅雨空の1日ですが前向きに楽しくやりましょう。夕方終わりましたら、上越と下越を中越経由で結ぶ特急「しらゆき」で帰ります。

第4回上越MG開催4卓

台風3号、令和最初の台風でしたが、熱低から変わってそう間のない内に温帯低気圧に変わってしまいました。


それでも熱く湿った空気を日本列島に運んできたようで、台風本体の雲や雨もかなり降ったようですが、梅雨前線を刺激しての大雨が各地を襲っているようです。


新潟県も、一昨日の夜あたりから降り始め、断続的に大雨になったりしています。何しろ東西南北に広い県ですから、地域ごとに天気が違っていて戸惑ってしまいます。
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そんな中で、今日明日の土日は上越市の直江津で第4回「上越MG」を開催しています。かつてこの地では、西先生をお招きしての直江津MGが数年間開催されたり、それ以前にも地元企業を中心に頸城MGをやっていたこともありました。


それがしばらく途切れていたので、数年前から酒屋(かじや)の宮崎さんを中心にしてワンデーMGの開催を始め、ふとしたご縁から私が主催者兼インストラクターに加わらせていただくことになりました。


何度かワンデーセミナーを実施し、時には1卓しか人数が集まらないこともありましたが、それでも継続したおかげで少しずつ参加者も増え、やはりやるならツーデーでということで、今回で4回目を迎えたわけです。


これまでは参加者のほとんどが新潟県内メンバーでしたが、4回目にし遠くは福岡や神戸から、さらに川崎市や石川県、長野県からもシーガルたちが参加してくれています。総勢22名(4卓)での開催です。


体験期数を重ねたベテランが多い中ですが、初MGの方や2~3回目という方、さらには小学校5年生も参加しているという多彩な顔ぶれ。インスト冥利にも尽きますね、もちろん氣愛を入れて臨みます。


午前中の第1期が終わり、これから午後の部に入り、ゲームがスタートしました。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(11)

最近のこと、大阪のとある学校法人で事務職職員等の集合教育での問題が明るみに出ました。

何でも、外部講師が「あなたのような腐ったミカンを追手門の中に置いておくわけにはいかない。まだ少しは可能性があって頑張ろうとしているミカンも腐ってしまう」などと話していたそうです。

結果、受講者の内数人が退職や休職したという話ですが、これはその外部講師が勝手にそういう発言をしたとは思えません。おそらくエンライトニング研修的なものかと思うのですが、裏に何か意図がありそうに思えます。

想像の域を出ませんが、もしかしたら学校側がこうなることを予測していたか、あるいはこうなるように講師に依頼していたか。少なくとも、受講者の成長を促すような内容だったとは、とても思えません。

本来、教育の目的は、学校教育であれ社会人教育や従業員教育であれ、『人間形成』を究極の目的としています。人間形成という概念は幅が広いですが、程度の高い格の高い人間性をつくることと思えば良いでしょう。

脳力開発の目指すところも、どんな困難な問題に直面してもたじろがず、真っ向から立ち向かって良い結果をつくろうとする人間を育み、その成長を促していくことです。

相対するのが難しければ難しいほど、自らを奮い立たせることができ、主体的に考え行動できること。さりながら、思いやりのある相手中心の思考回路を持っていること。そういう人間を作り出したいということに他なりません。

残念ながら、昨今の学校教育には期待ができません。なぜなら明らかに知識偏重であり、しかもその知識面にしたところで、どれだけのことを知っているかという暗記形のスタイルでは、役立つことの方が少ないでしょう。

もっとも私などは、そんな偏った学校教育のおかげで、小中高校と順調に進み、受験勉強には出遅れたにもかかわらず、世の中では一流とも呼ばれていた大学の門をくぐることができました。

知識ではなく精神教育が大事だなどという意見もあります。冒頭に挙げた学校法人の事例などは、これの行きすぎたものだと言えましょうか。言葉での一方的な説教や罰で心理的圧力をかける。
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しかしこの方法はうまくいきません。人間の脳は説教によって、脳回路が変わるようにはできていませんし、当然ながら新しい回路を作ることもありません。つまり本質的な変化は生まれないのです。

私自身、会社の再建に当たろうとした際に、社員の皆さんに危機感を持ってもらおうとして、安易に精神論から入ろうとしたことがありました。しかし、脳力開発の根本を思い出してやめました。

要するに、本質的変化のためには知識教育と精神教育と、そして思考教育の3つをバランス良く行うことが大切なのです。偏重させずに、同時に全体的に推し進める、それが人間教育も根幹だと言えましょう。

私の主宰している脳力開発講座では、『精神的姿勢』を取り上げています。これは決して精神面だけではなく、自主判断という視点で思考力を強化し、また必要な知識を身につけることも強調しています。

その中にあって大事なことは実地体験、実践の繰り返しです。誰がやるのか? もちろん私であり、あなた自身です。

自社の自己資本比率はどのくらい?

自己資本比率は知っていますよね。自己資本を総資本で割った%のことですが、では自己資本ってなんだっけ?では困りものです。


でも、意外と知らない経営者が少なくないのです。税理士(事務所)さんや取引銀行さんから経営分析初なるものを手渡されて、その中にある比率を見ても、一体それが何を表しているか分からないのではしょうがないですね。


でも冗談ではなく、自己資本とはなんなのか、自己資本比率とは何を表しているのか、あるいはまたどのくらいの%であればいいのだろうか。かくいう私もMGを出会う(1987年)以前には、明確に走らなかったし、興味もなかったのです。


当時は一介のサラリーマンに過ぎませんでしたから、一応社員株主の一人であるとは言え、経営にたずさわる仕事もしていませんでしたから、致し方ないところでした。


ところがMGに出会って、自己資本あるいは自己資本比率が大変重要な経営ポイントであることを知りました。しかも2年余後には小さいながらも販売会社の現地経営責任者(のちに代表取締役)になったのですから、今度は知らないでは済みません。


自己資本は平たく言えば「自分のお金(CASHという意味ではなく)」ですが、貸借対照表(BS)が読めなければお話になりません。BSの右側は負債/資本(純資産)の部と言われますが、その資本、つまりBSの右下部分を言います。
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そこにあるるのは資本金を筆頭に、内部留保(準備金、別途積立金等)や当期利益を含む繰越利益です。ここがプラスの数字であることが何よりも必要なことです。マイナスであることを債務超過というわけです。


債務超過になってもすぐ倒産とはなりませんが、倒産の危機に直面していることは確かです。


BSの右側を良くしようと思うならば、BSの左側も見直していくことが必要なのですが、そのことについてはまたいずれ書くことにしたいと思っています。今日は取り急ぎ自己資本(比率)のこと。


自己資本はすなわち会社の実力であり安定力なので、経営者としてこれを高めることが求められます。さりとて、むやみに内部留保を増やすだけでは本当の力は生まれてきません。


毎期キチンと利益(経常利益)を上げていくことが必要不可欠ですし、しかも社員さんへの福利厚生も厚くした上でということが大事です。それなくしてただひたすら内部留保に努めても、社員を幸せにする会社にはなりません。


中には株主への配当を重視する経営者もいらっしゃいますが、配当はこの自己資本の中より行うものですから、がいぶかぶぬしにたいしてならともかく、として、もし社員株主がいらっしゃるなら(同じ金額分)賞与を厚くする方がベターです。


自己資本比率は理想的には50%以上ですが、もしまだ低い状態ならば、まず30%を超えることを目指したいものです。


実は私が販社に出向したとき、その販社の自己資本比率は僅か8%台でした。これを30%以上にすることを私自身の目標にしました。でもなんと16年もかかってしまいました。様々な壁があったからですが、やり遂げたときには強い達成感を感じたものでした。


あなたの会社の自己資本比率は? 将来の目標数値%は?

M9ノートを使い始めよう

MG仲間の中島マヒマヒさんが、素敵なツールを作ってくれた。


マヒマヒさんとは、彼が独立前からのシーガル仲間でMGはもちろん、マイツールの学びも共にしてきた。また、亡くなった松村寧雄さんにマンダラを学んだ学友でもある。


今回、クラウドファンディングを活用して考案を実現してくれたのがM9ノート(写真)である。使い方は自由。


もう15年以上前からマンダラ手帳を使っている。同時に、フリー型のマンダラチャートもずっと愛用している。M9ノートはこれにプラスアルファということになる。


ノートをいただいてから、どう使おうかとずっと考えてきた。既に使い始めている仲間たちの、使い方も見せてもらった。マンダラチャートでやっていることと、大きな変わりはない。チャートはそれくらい使い勝手が良かったことでもある。


そうなると、かつてチャートを使っていたが、今はやっていないことをもう一度、今度はM9ノートを使ってやってみようかと考えた。なぜかと言われると答は別にない。何となくそう思った、ということだ。


それは「読書ノート」としてである。見開きの右側スペースが広いのがいい、しかも方眼になっている。方眼シート(A4)は、これまでも主として企画書を書くときに使っているので、使い勝手が良いことを知っている。


とにかくやってみよう、昨日から読み始めた一冊からまずはやってみることだ。もしかしたら、テーマ別にノートを持つ方が良いのかも知れない。まずは使ってみて、そのあたりも判断してみることにしよう。


まずやる、やりながら(あとで)直す。

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連載・『脳力開発と私』こぼれ話(10)

脳はどんな働きをするのですか、セミナーではこんな問いかけをします。考えることかなぁ、感じることかなぁなど、あるいは論理的に組立をしていくことナンテ答も飛び出します。

情報を取り入れて、その情報を元に判断し、意思決定をして行動に移させる。これが脳の大事な働きであることは、言うまでもありません。目覚めている間、ずっとこのサイクルを続けているわけです。

これを分かりやすく説明したいと、ずうっと願っていたわけですが、ここに素晴らしいMG仲間が現れました。それがテシマヨウさん、すなわちYOさんです。YOさんお得意の「IN-OUT-残」、これだ!と思いました。

脳(みそ)の仕事はまさにこの「IN-OUT-残」だと、直感したわけです。情報を体中からINPUTする、それを活用して判断し意思決定する、そして体中の器官に対して命令を(OUTPUT)するわけです。
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取り込んだ情報はそのまま、あるいは加工して、またあるいは体験を通して環流して「残」とします。これが記憶であり、体験知識といわれるものです。まさに「IN-OUT-残」そのものです。

その記憶ですが、脳に入ってくる情報がすべて「残」になるわけではないことも知りました。体験知識でさえ、場合によっては取り捨てられることがあると。つまり取捨選択されるのだと。

その取捨選択を行うのが、大脳皮質細胞の一角にある海馬というところだそうです。情報は脳を駆け巡った上で、この海馬にやってきます。ちなみに脳細胞の大半は夜休みますが、海馬は24時間操業だそうです。

寝ている間も、海馬は休みなく働き、溜まってくる情報を処理していきます。つまり「残」として記憶の中にストックしておくかどうかを、一つ一つ決めていくのです。

その選択ポイントは、『生命(維持)』に関わっている情報なのかどうかということだそうです。そうなると大半は、捨てられてしまうのではないでしょうか。昨日聞いた面白い話も、翌朝には殆ど忘れている。

私のセミナーで佳い話を聴いても、翌日までの記憶としては殆ど残っていない、それは海馬の仕業でやむを得ないことなのです。決してあなたの責任ではありませんから。

そこで、海馬に「残」として残させるためにはどうしたら良いのか? 色んな方法はありますが、一つは繰り返し繰り返しINPUTすることですね。何度もその情報を海馬の処の送り込むことです。

その内、海馬も「もしかしたらこれは生命にとって大切な情報ではないか」と、思わないとも限りません。同じ情報でも、眼から耳からなど色んな方向からINPUTするという方法もあるようです。

そういうわけで、MGも何度も同じことを繰り返して(行入して)体中から脳に情報を送り込みますが、脳力開発もまた「意識する「行動する」を繰り返して土台となる習慣を作っていくのです。

もはや意識しないでもできるよというレベルになるまで、日々反復するのです。医学的には、しっかりとした脳回路を創り上げてしまうということなんだそうです。ここでは3つのポイントが必要です。

一つ目は、自分の現状を正しく客観的に知ることです。現状はまだまずい、足りないことがあると自覚することです。

次に、その現状を変えたい、良くしたいと決心することです。その決心がないと行動には踏み出せません。

そしていったん行動を開始したら、粘り強く行動し続けることです。実行あるいは実践の継続です。それがないと、元の木阿弥になってしまいます。

時間はかかるかも知れません、何しろ脳力開発は人間づくりなのですから。「行動する人間」、行動できる自分を創っていくことなのですから。

気を遣いすぎずほどほどに

健康に気を付けているか、と言われるとそれなりにと答えるだろう。


これと言って重篤な持病はない。しかし、小さい頃には小児喘息を患っていたので、呼吸器は強い方ではない。特に気管支が弱いので、ある食物アレルギーにかかると真っ先に気管支がやられるので、十分に注意している。


5年前の健康診断ではやや血圧が高めだと指摘され、保健指導を受けて7~8キロの減量を実行した。現在は特に意識はしていないが、ウエイトはすぐに上がる体質なので気を付けている。でも、食事は普通に摂るし、酒もお菓子も人並みだろうと思う。


血圧はその後降圧剤を飲むように言われたので、これは現在も続けている。2ヶ月に一度は通院してチェックをしてもらっている。今朝も行って来たのだが、先日発表された厳しい基準を下回っていた。薬はもらってきたが。


胃カメラ検査も毎年やってもらっている。その時に主治医から逆流性食道炎になりかかっていると指摘されたので、その薬も隔日に服用することにしている。今のところ常備し持ち歩いているのは、以上の二つの薬だ。


その他にもイザという場合の準備はしているが、かといってむやみに気にし過ぎはしていない。必要以上に気を遣いすぎて、ストレスを溜める方がかえって良くないのではないかと思っているからだ。


その他には歯の手入れには気を遣う。歯医者からはまだまだと言われるが、数年前から比べると自分でも良くなったと思っている。4ヶ月に一度はかかりつけの歯医者さんで、歯石の除去などをやってもらっている。


衛生士さんにも、歯磨きが上手になったといわれるようになった。満点にはまだ遠いが、歯間ブラシの使い方も上手になった。「80/20」というのが目標だが、今のところは上下29本(親不知1本含む)の自分の歯が健在だ。これを保っていきたいものだ。


健康に気を遣うのは、これからもしっかりと仕事を続けていきたいからだ。今年は特に土日を中心とした仕事、遠方への遠征も多く、気を付けていても疲れは出てしまう。若い頃は1日あれば、数時間の睡眠だけでも体力は回復したが、今はそうもいかない。20190317-mg8


考えてみれば既に67歳、体力的に無理のできる年齢ではない。空いた時間をうまく休みながら、マイペースでやるしかないだろう。体はもちろん、心の健康にも気を付けていこう。幸いそちらの方は自信を持っている。


なぜなら、共に学ぶ仲間が周りにたくさんいることだし、師である西先生の存在が大きい。今週の土日は上越MG、当面は土日も休みなしが続くが、気持ちが張り詰めすぎないよう気を付けよう。


何より笑顔がいちばんだね。

新潟市内にLRTが走っていたらなぁ

政令都市新潟の中心部には、2015年よりBRTシステムが導入されていますが、かつては路面電車が中心部から新潟駅前を走る計画がありました。


1999年に廃止された新潟交通電車線(新潟電鉄線)には、路面を走る軌道線があって県庁前駅が白山神社のそばまで伸びていました。かつての県庁跡地には、現在新潟市役所や関連の建物が建っています。


軌道線には鉄道線の電車が乗り入れていたほか、一時は路面線の専用電車も走っていたそうです。新潟のシンボルでもある万代橋は、この路面電車が走ることを想定してかなり広い幅をとった頑丈な橋でした。


そのおかげかどうかは分かりませんが、1964年の新潟地震の際にも、新しい昭和大橋は崩壊したのに万代橋はビクともしなかったのです。ただ残念ながら、この橋の上を電車が走ることはありませんでした。


もしその計画が実現していて今につながっていれば、もしかしたら近代的なLRT(軽快路面電車9が走ったのではないかと、鉄道ファンの一人としては夢を見るのです。BRTの連節バスもスマートですが、連接電車ならなおいいですね。


結局電鉄線は吊り掛けモータの旧型電車が最後まで主力で、しかもその機器は戦前製(車体は戦後の更新型)という状態でしたので、時代に取り残された感は否めずじまいでした。騒音や振動も大きく、白山通りを走る路面線は1992年に廃止されました。


その後は東関屋駅でのバス接続となりましたが、これも徐々に利用客の減少、車両の老朽化が進んでしまい、ついに99年に残存鉄道線も廃止されました。新潟市くらいの都市規模だと、LRTによる都市中心部と郊外を結ぶ鉄道が似合うのですがね。


写真はクラシックな県庁前駅に停車する電車。その色から「かぼちゃ電車」と親しまれました。

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売上も利益もムリに上げなくてもいい

NBAのドラフトで、八村塁選手が9位で指名されたという。快挙を通り越して凄いのだという。


バスケットボールに関心を持つ人が、日本でも増えていくのだろう。次のHACHIMURAを目指す少年も増えていくと嬉しい。オリンピックへの秘本の出場も決まっている。NBAが休みの季節なので、日本に戻ってきてプレーしてくれるかも知れない。


経営における快挙というとなんだろう。売上が飛躍的に伸びたことだろうか、それとも利益(経常利益や純利益)が爆発的に増加したことだろうか。トップセールとして圧倒的に他(ライバル)を引き離すことだろうか。


そうじゃないだろうということを、私たちはMG(MQ戦略ゲーム=西研MG)を通じて学んでいる。さらに脳力開発がその後押しをする。これが私が主宰しているヴァンガード経営研究所の提案だ、


そこでは売上も一つの戦術だとしか考えない、利益もそうだ。私たちが目指しているのは、一緒に仕事をしている仲間と幸せになることだ。自分たちだけでなく家族や、縁につながる人たちも含めてだ。


そんな青臭いことをいうのは甘い、とおっしゃる方も少なくない。というより、そちらの方が圧倒的多数だ。相変わらず大多数の企業は売上を上げることに血道を上げ、あるいは高い利益率(売上高経常利益率)を誇ろうとしている。


それがいけないと言っているわけではない、ダメだなどと大口を叩く気もない。ただ、それはたくさんある手段の一つにしか過ぎないよ、と言っているだけだ。でも世の中の大勢は、そちらの方に舵を切っているようだ。
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でも少数でもいい、私たちMGや脳力開発を学ぶ仲間だけでなく、私たちと同じことに気付いた人たちが少なからずいる。アプローチの道は違えども、同じ方向に向かっていることは確かだ。偶然に出会っても共感できる話が通じるから、とっても嬉しい。(左の写真は先日の壱岐MGの仲間たち)


これまでヴァンガード経営研究所では、ES重視の3S経営を推進してきたが、これを五方よし経営に切り換えて行きつつあります。そしてその基本は、MGから学ぶ全社員経営/戦略経営/科学経営の推進とサポートだ。


そこにもう一つ、脳力開発からも学ぶ相手中心主義(哲学)に基づく経営を加えていこう。


ぜひ皆さん、私(たち)と一緒に学んでいきませんか。売上も利益もムリに上げなくてもいい、でも良い会社は創れるのだから。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(9)

城野式(私流の呼び方です)脳力開発の基本は、「当たり前のことを当たり前にやる」ということに尽きます。それが無意識下でも自然にやれるまでは、強く意識してやることを繰り返すのです。

行動するということは、脳からちゃんと「動く」指令が出ているということです。大脳の運動野あるいは小脳から指令は出るそうなのですが、それはあくまで最終出力です。

その出力の始めは情報が脳に入ってくることです。情報は体中の各部から集まってきますが、そういった情報たる刺激は、やはり実践行動によって捕まえることができるのです。

つまり行動は、脳の入力部にも出力部にも重要な要素なのです。その行動と行動との間に思考が存在しますが、この一連の働きが一体サイクルとして機能している人が、脳(力)を使っている人です。

私自身はというと、最初に脳力開発つまり城野さんに出会った当時は、全くではないものの「動かぬ人間」の典型でした。私考える人、などと平気で口にするとんでもない社員でしたし、自分ではそれでいいと思っていました。

企業の中の人材は「2/6/2の原則」があって、卑近な言い方をすれば「良い子、普通の子、悪い子」に分かれるそうですが、それを当てはめれば私などは美事に最後の2割に属していました。

それなりに知識や技能は持ち合わせていましたが、あとで学んだ言い方をすればペーパー知識であったり、体験のない技能だったりしていたわけです。
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つまり基本プラグラムは行動ではなく思考、それも考えているフリをしていることになっていたというわけです。行動を伴わない思考では、とても優れた思考力とは言えない。でも、それには気付いていません。

しかもなんと「笑顔のない」人間でもありました。難しそうな顔をすることはできても、前向きな思考がないものですから意欲に欠ける表情だったことでしょう。それが今から35年くらい前の私でした。

笑顔を含めた表情の重要性も、脳力開発を学んだことで理解できました。つまりそういう意欲だとか、情熱、気分は表情に表れてくるわけで、それらが実は原動力になるのだということです。

原動力が情報獲得にも重要なカギになるということも、後に知りました。そういうものがなかった私を、今は想像することもできませんが、自分で自分にブレーキを掛けていたことはよく分かります。

原動力を軸として、思考のプログラムが働き、データ(情報/知識/技能も含む)を駆使する。この3つがバランス良く働くことが大切なのです。

脳力開発とは、この3つを同時に強化し向上させることである、と定義しています。

改めてそういうことに気付かせてくれたのがMG(研修)であり、城野さんとの出会いから数年後にMGに出会ったことが、私を変えてくれたわけです。それは偶然のようで、実は必然だった、今はそう思っています。

久しぶりの壱岐MG参加

壱岐(島)は、博多港から67kmの玄界灘上にあります。


古代史に興味のある方には、一大國(魏志倭人伝)とか一支国(隋書東夷伝)といえばピンとくるでしょう。福岡市や県庁のある長崎市よりも、韓国のチェジュ島や釜山市の方が近いかも知れませんね。


そんな壱岐島に九州はもとより、全国からMGの仲間(50名を超えるシーガルたち)がたくさん集まりました。第17回の壱岐MG、私自身は2004年の第2回に初参加し、その後2008年、2012年にも参加しています。すなわち今回で4度目の島渡りになります。


今年は脳力開発講座を福岡で初開講し、その流れでマイツール教室を土日に行ったあと、一昨日月曜日の午前便(フェリー)で郷の浦港に到着しました。実はその後に別の港に着く高速船もありましたが、島入りはゆっくりがモットーですのでフェリーを選びました。


着いたその日の午後は「OA大会」、マイツールの事例発表大会です。のんびり皆さんの発表を聴いて楽しもうと思いましたら、いきなり審査員の一人にご指名があり、なおかつ総括講評のトップバッターも務めました。
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OA大会参加者(MG前泊者)たちの前夜祭は29名、地元の魚料理と美味しいお酒、焼酎をメインに大いに盛り上がりました。それに続いて昨日の朝から、西先生を講師にお招きしてのMG研修。9卓の賑やかな学びと交流です。


さて、そんな遠征中に留守家族のいる新潟(と山形)で大きな地震が発生しました。新潟市内は震度4だったようですが、多くの友人がいる県北の村上市では震度6強だったとか。幸いに家族にも、友人たちにも被害はなかったそうでホッとしました。


また、多くの方からメールやFacebookでもお見舞いメッセージをいただき、心より感謝です。こういうご縁のつながり、胸が熱くなりました。本当にありがとうございます。


今回の遠征も今日が実質の最終日、壱岐MGの2日目を終えましたら夕方の高速船で福岡市に戻り、明日の午前中には自宅に戻ります。家族や友人たちの無事も確認できましたので、自分磨きという最終ミッションをしっかり終えたいと思います。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(8)

先週は福岡市で脳力開発講座を開講しました。3回シリーズの講座としては初開催、14名の方に脳力開発の基礎などを学んでいただきました。

シリーズ講座のみならず、社内研修でも必ずこの脳力開発の基礎のお話からスタートします。そもそも脳力は皆が生まれてからずっと持ち続けている固有の力なのに、「脳力とは何か」を知りません。

ここでちょっとおさらいをすることにしましょう。実は私も最初に脳力開発研修に出たときには、ちょっとばかり違った力、多分オカルト的な力を想像していたのではないかと思うのです。

もちろん脳力はそんなものではありません。当たり前のことですが、脳力はその字の通り「脳の発揮する力」のことです。普通の人間が普通に持っているもので、誰もが普通に平等に持っています。

よく使われる「能力」というのは、その脳の力が発揮された結果として発揮されるもので、脳力が根幹であるならば能力の方は枝葉ということになるでしょう。

なんだそんなことなのか、と最初私は思ってしまいました。そんなこと、今さら敢えて学ぶまでもないではないかという気持ちにもなりかけたのですが、その当たり前のことが振り返れば大きな力になったのです。

学生時代、あいつは頭が良いなどといいますと、それは脳の善し悪しではなく勉強ができるかどうか、試験の成績が良いとか悪いとかということだったと思います。0_1

その評価もあながち間違いではありませんが、あくまで結果の一部分というものです。大げさな言い方かも知れませんが、脳力とは人間性も含めた総合的な力と言っていいでしょう。

大脳皮質細胞の数は140億とも150億ともいわれていますが、いずれにしてもこの大きな数は万人平等、誰もが生まれ持っているのです。しかも脳細胞一つ一つの動きにも個人差がない。

ということは皆が生まれたときから持っている脳力には、差がないということになりませんか?ところが能力という結果には差が出てくる、人生もまた千差万別、どうしてそういう差が出るのでしょうか。

こういった基本を学んでいたからでしょうか、MGを社内全員で取り組もうと意思決定したときも、迷いはありませんでした。必ずや、それぞれの立場の中でこの研修が必要だということに気付いてくれると。

(MGの)成績には確かに大きな差がつきます。しかし大事なことは体験の期数であることを、理解してくれればいいのです。目標を持って研修に臨む習慣づくりだけで、仕事にもちゃんと好影響が出てきます。

さらに自分の持つ潜在能力に気が付いてくれれば、以前に紹介した営業を希望して成果を出した女性のような事例も出てきます。これなどはMG効果でもあり、同時に脳力開発効果だったと言えましょう。

何よりも自分の中に、「やればできる」という気持ちが強くなったことがいちばんです。これは「やらなければ効果は出ない」の裏返しであり、思考と行動は一体であるという脳力開発そのものです。

では次回からも、もう少し脳力開発の基本のところをお話ししていきます。

これから壱岐島に渡ります

福岡市でのセミナーが無事に終わりました。


14日の金曜日が終日脳力開発講座、福岡では初の開催講座でした。14名の方にご参加をいただき、ゲスト講話も含めて人間行動学について学んでいただきました。


土日は前半後半と分けてマイツール教室、延べで20名の方にキーボードを叩きながらマイツールの面白さを体験していただきました。1人でも2人でも、実際の仕事で使えると感じてもらえる人が増えれば良いなと思っています。


セミナー終了後の交流会も盛り上がり、前向きな話も出てきて良かったです。今年の福岡ではこのあと2回の脳力開発講座を予定していますが、もう1回マイツール教室をという声もいただきました。


セミナーが終わって、今日からは海を渡って壱岐に向かいます。午後からマイツールのOA大会、そして明日明後日は壱岐MGに参加です。壱岐MGへの参加は2012年以来ですから7年ぶりになりますが、多分3度目だと思います。


主催されていている市山さんも、第1回開催の頃はまだ独身でしたが、現在は自社の後継社長としてがんばっていますし、すでに2児(だったかな)の父です。


福岡港から高速船でも1時間余の離島ですが、そこに九州だけでなく全国かもら仲間がやってきます(私もその一人ですが)。


ホントに楽しみです。いい船旅(往路はフェリー、復路は高速船です)になりますように。

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五方よし経営に向けて

ヴァンガード経営研究所では、かねてより「3S経営」を提唱してきました。


3Sとは、ES(従業員満足)/CS(顧客満足)/SS(地域満足)のことで、とりわけESを重視する経営を目指していこうと、クライアント会社やセミナーに参加していただける方々に強調してきました。


そんな中で4年前に坂本光司先生(当時は法政大学大学院教授)との出会いがあり、著書は以前から拝見していましたが、直接にお話を伺うことで意を強くしました。先生が主宰されている「人を大切にする経営学会」にも、早速入会しました。


人を大切にする、とりわけ社員とその家族を大切にする経営ということが、大いに琴線に触れたのでした。私自身の16年余の経営で、やるべきと気付いていて十分にはやれなかったことの反省も踏まえてでした。
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また、30数年来学び続けてきたMGと脳力開発、この基礎にある「相手中心主義」(あるいはY理論)とも共通するものとして、さらに学びを深めていくのがこれからやるべきことと気付いたからでした。


天命だとか人生の使命だとか、そういう高尚な気持ちはありません。今これを成すべきと気が付いた、くらいの感覚でしょうか。でも、少なくともこれまでやってきたことに間違いはなかった、だからさらに磨き込んで皆さんに伝えていこうと。


そこで「3S経営」から「五方よし経営」に、舵を切ることにしましたが、大きな幹の部分は変わらないと思っています。


五方よし経営とはすなわち、
 1)社員とその家族を大切にする経営
 2)仕入先や協力先の社員とその家族を大切にする経営
 3)お客様を大切にする経営
 4)地域社会を大切にする経営
 5)株主を大切にする経営  以上の5つです。


これを自分が主催あるいは共催するセミナー(MGと脳力開発)の場で、必ずお話ししてお伝えして生きます。裏を返せば、MGを学ぶ目的、脳力開発を学ぶ目的はそこにこそある、ということです。


つまりは新たな戦略決定、これを貫いて参ります。共感していただける皆さん、一緒に学び実践して参りましょう。

この指止まれ!脳力開発仲間

福岡市内は雨の朝です。梅雨入りの発表はまだ出ていないようですが、九州南部の方は激しく降っているそうです。


そんな曇り空の昨日、こちらで脳力開発講座を初開講しました。厳密には、数年前までおよそ10年間、MG仲間の後援をもらって1泊2日の脳力開発セミナーを開催していました。それに区切りを付けてからの初開催です。


このセミナーは昨年から神戸と東京でスタートしたものですが、九州でもぜひにという声をいただいて開催を意思決定しました。今のところは他の講座も含めて、MGを受講している仲間に呼びかけていますので、今回もそういう人たちが参加してくれました。


3ヶ所の講座がこれで全て開講したわけですが、今年は合わせて40名の方が学びと交流の輪の中に加わっていただきました。そして、福岡講座では初めての試みとしてゲストによる特別講話をプログラムに加えました。
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昨日は、城野宏さんから直接脳力開発を学び実践されてこられた、田上康朗さんをお招きしました。脳力開発では私の大先輩でもあり、また30年近くお付き合いをいただいています。


今回は2時間たっぷりの力強いお話をいただきました。9月の神戸講座第3講にもお招きする予定ですのでお楽しみに。また、東京講座の第3講にはやはり友人でピアニストの鈴木敬さんにおいでいただきます。


さて、城野宏さんが亡くなられてすでに33年余り、当時城野さんに学ばれていた方々も皆さんお年をとられました。すでに鬼籍に入られた方もたくさんいらっしゃいます。また、セミナーや講演をされる方も少なくなりました。


昨夜もセミナー後に田上さんとお話をしましたが、没後30余年で城野さんの思想・哲学をキチッと伝えていく人が極めて少なくなってしまったのが現実だと、改めて認識しました。


そんな中でなんとかしなければという思いでスタートした脳力開発講座ですが、今のところは上記のように参加される方がMG仲間というところに留まっています。もっと多くの方、もっと広いジャンルの方々にも参加をしていただける講座を目指します。


ただやはり一人では限界があります。心ある友に、仲間に共催を呼びかけて行きます。本来なら、脳力開発インストラクターの養成なども考えていくべきところでしょう。ザンネンながら、まだ私自身にはその力がありません。


共に学び共感していただき、そして仕事や人生の中で脳力開発の基本を実践して、それを語れる方と一緒にやりたいと考えているところです。


この指止まれ!の感覚で、これからもやっていきますのでよろしくお願いします。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(7)

「老後2000万円」という話題が、世間を駆け回っています。金融担当大臣あるいは政府与党が、懸命に火消しを図ればはかるほど炎上していきそうな感じです。

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事は、生きていくために「キャッシュが足りるか」足りないかという切実な問題です。いくら大臣や与党が隠蔽しようとしても、なんとかごまかそうとしてもムダであり、ハッキリと現れた事実は認めなければなりません。

 

ついに数値を提示したはずの厚労省までが、逃げ腰になってしまっていては年金(制度)への不信は高まるばかりでしょう。都合の悪いものは「なかったことにする」ナンテことは許されません。

 

それはともかくとして、販売会社に出向して1ヶ月経過した頃、ちょうどゴールデンウィークが終わって会社は「夏服販売」の繁忙期準備、納品作業に追われ始めていました。

 

そんな時に経理の担当者から、「もしかしたら月末の支払・決済が厳しいかも知れません」という話がありました。営業会議が終わったタイミングでしたので、集金などの月次計画も集計が終わっていました。

 

どのくらい足りないのかと聞きましたら、なんと7~800万円不足するとのこと、慌てて資金繰り収支表を作成してみましたら、確かにそのくらい足りないことが明らかになりました。

 

時間がありません、現実は現実として確認した上で、できることをチェックしてやっていくしかありません。どうしてそういう状況に追い込まれたのか、その追求は必要ですが、まずは直面している状況をクリアしてからです。

 

細かいことは前回の連載コラムに記しましたので、ここでは省きます。なんとかギリギリのギリで、最悪は免れたということですが、まずはそのことに経理担当者から当月初めに言われて始めて分かったことが問題です。

 

その原因は言わずもがなです、何よりも「資金繰り計画書(表)」がなかったということ、予算実績チェックがちゃんとなされていなかったという2点です。たまたまそれまではお金が足りていた、運が良かった???

 

私自身、親会社時代に資金繰り計画表などはもちろん作ったことがありません。それは経理部が作るものという、その程度の意識でしたから。しかし、今度はそうはいきません。

 

お金が足りない根本原因は別のところにあるとしても、まずやることを上げていくのが先決です。直面する状況をクリア、その次はこれ、それからというように優先順位を決めて実行するのも、脳力開発の基本行動です。

 

しかも、まず自分でやれることをやるということが重要です。当然ながら根本原因を潰していくためには、営業のメンバーに指示命令することが必要になります。しかしその前にやることがあるということです。

 

まず自分がやれることがないのか、やるべき事はなんなのか、そこから確実に進めていくことが必要なのです。この場合は、資金繰り計画表の作成と月次の予実チェックです。

 

副次的には売掛金の管理や、手形(受取手形・支払手形)の管理、支払(買入債務)管理のOAデータ化を、早急に進めることです。ここでは、マイツールの活用が決め手になりました。

 

私自身がデータを作る実際を示し、フォームができたところで担当者にやってもらう。蓄積できたデータの集計や管理チェック表の作成は、私自身がやりました。

 

頭の中で考えていただけでは、こうやればいいと分かっているだけでは改革・改善は進みません。実際にやること、行動することがポイントです。それが脳力開発を通じて学んだことで、行動がなければ変わらないということです。

 

一度できてしまえば、後は続けることです。そして、情報はみんなで共有することです。それによって、今度は現場の人たちにどう動くべきか、何をすればよいのかを示し、彼ら自身に決めてもらうわけです。

 

こうしてピンチはチャンスになり、大きく一歩も二歩も前進することができました。

意識のリセットが必要ですね

今日から週末のセミナー遠征です。今日は晴れそうですが、週末はもしかしたら雨、そのまま梅雨入りになることもあるのでしょうか。


今回もゆっくり乗り鉄を愉しむ時間はなさそうですが、空旅と海旅が愉しめそうです。


昨日は県央の三条市で、MUGゆきぐにの三条セミナー・マイツール勉強会を開催しました。『マイツール・逆引き辞典』の佐藤雅栄(Mヒデ)さんを講師にお迎えして、じっくり「リテラシーの楽しみ」を体験しながら学びました。
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私自身、MGを学び始め頃からマイツールも使い始めましたので、30年以上仕事に遊びに使い続けていますが、それでもいつもいつも新たなことを知ることがあり、奥の深さを感じます。


昨日もやはりそうで、普段使っていることに慣れてしまって、新しいことをやってみようかという意識がセッティングされていないことを自覚しました。「もっとうまく、楽にやれないか」と意識してみることが必要です。


そういう気持ち体験を、週末の福岡での「MT教室」でも参加して下さる皆さんに伝えましょう。


そしてMT教室に先立って、明日は今年から初開催の「脳力開発講座(シニア)」です。数年前まで、地元の河合製氷冷蔵さんのバックアップをいただいて、毎年九州各地で脳力開発セミナーを開催していましたが、今回はより基礎的な講座です。


すでに神戸と東京で昨年から開催している講座の福岡版、おかげさまでたくさんの方に受講いただくことになります。また、初回にはゲスト講話者として田上康朗さんをお招きします。田上さんとは同じ脳力開発を学ぶ同士として、永いご縁を結んでいます。


そんな楽しみ一杯の九州に出発します。新しい出会いと学びを楽しみに。

真に「人を大切にする経営」に向かって舵を切れ

3日、3ヶ月、3年というのは、春に入社した新入社員が会社を辞めていくポイントなんだそうですね。3日はともかく、3ヶ月目が今まさにやってきています。皆さんの会社は大丈夫かと思いますが。

それとは別に、毎年100人以上のフレッシュマン・フレッシュレディが入社する会社があります。私の友人が、数年間ですが彼ら新人の集合教育プログラムの一つを担当していました。

その彼が今年は引き受けないんだと言っています。理由は聞いていませんが、きっと嫌気がさしたんだろうなと推察しています。教育のしがいがないというのか、それとも彼自身のポリシーとは合わない会社だからか。

私も過去に話をいただいたことがありました。けっこう「美味しい」仕事でしたが、でも私は即座にお断りしました。スケジュールが取れない的な適当な理由を付けて。

なぜなら。

その会社のことはかなり以前から知っています。流通サービス業としては、地域では名を知られた会社ですし、表に現れている売上などの業績も毎年伸びてきているようでした。
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ところが私は首をかしげてしまったのです。毎年100人以上が入社しているということは、例えばこの10年でも1千人を超える社員が増えたはずなのに、どうもそれは違うらしい。

各地にお店が増えてドンドンと社員がそちらに振り向けられているとしたらいいのですが、10年間では数店舗しか増えた様子がない。本社も大きくなったような感じではない。新社屋は建てたようですが。

回りくどい書き方をしましたが、要はたくさん入社したけれども、たくさん退社してしまったんだと。新人教育はやっているけれど、そのフォロー教育とか幹部社員教育といった話は持ち込まれない。

少なく見積もってみても、毎年新人として入った社員の8割以上が1年以内に辞めて、残った社員も数年を経ぬ内にほとんどいなくなってしまっている。そのように推測しています。

それは一体なぜなのでしょう。ホームページの採用コンテンツを見ても、またリクルート広告を見ても、給与水準や休日などは周辺の企業と比べても遜色なく、むしろその上を行く感じです。

なのに新人社員が定着しない、長続きしないで辞めてしまう。憶測でモノを言ってはいけませんが、「働きがいを感じられる」会社ではないのだろうと思います。

「人を大切にする経営学会」の坂本(光司)先生流に言えば、きっと『この会社にいては幸せなれない』と彼ら、彼女らが考えたからでしょう。

高い給与や休みが多いだけでは人が定着しない、大きな変化が世の中には起こっています。ですから、この会社もそろそろ「使い捨て人材」を採用できる時代が終わるだろうと予想しています。

学生たちも、入社前にそのことにもう気づき始めているだろうと思います。それでなくても、先輩たちの評価は学校などを通じて伝わってきているはずです。

根本を変えなければ、この会社は企業の存続すら危うくなるでしょう。社長はそのことに気が付いているのでしょうか。それとも、「自分はちゃんとやっている」とまだうそぶいているのでしょうか。

危うい、危うい、そんな会社が全国各地にあるようです。大企業の中にも、中小企業の中にも、そして小さな会社の中にも。舵を切れ、正しい方向に、真に「人を大切にする経営」に向かって。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(6)

どん底状態に陥っていた自社(販売会社)の再建に乗り出した時のお話は、前のシリーズコラムにも書いてきましたし、私のセミナー(MG/CFMGなど)でも講義の中で紹介してきました。

そこで、今回のコラムでは具体的な細かな紹介は省きますが、前回も書きましたように既存のプロパーの社員さんたちに、今ひとつ覇気というか危機感が薄いのではないかと感じたわけです。

そこのところをどうにかしなければいけない、ですが、ただ単に「危機感を持てよ」と言うだけでは、人間は簡単に行動モードに切り替わらない。このことを私は脳力開発の学びを通して分かっていました。

それでも言わないわけにはいきません。とにもかくにも会社が直面している現実について、実際数字(移動平均グラフ)を見せて説明しました。さすがに、このまま進めば倒産するとは言いませんでしたが。

いったんここで、脳力開発について述べるのですが、ここで言う「のうりょくかいはつ」は脳力開発であって能力開発とは異なります。西先生は脳開(のうかい)と略して話されます。

また「NK」と略してお話しすることもあります。これはMG(MQ戦略ゲーム)やMT(マイツール)と並べて、解説するのに適しています。もっとも、最近の若いMGシーガルたちは余り良く分からないようです。

脳力というものは、我われ、すなわち全ての人間が平等に生まれ持って与えられている天分です。生まれてから死ぬまで持ち続けている固有の力です。東西古今の人間全てが持って生まれてきたパワーです。

城野先生は特に大脳(皮質)を取り上げられて解説されましたが、要はその細胞の数が誰でも一緒だということ、さらに脳神経細胞同士がつながる速さも誰でも同じだということを強調されました。

最近の脳科学はもっと進んでいて、大脳皮質のメカニズムもより細かく解明されていますが、根本は変わっていません。しかも、小脳もより大きな役割をしていることが分かっています。
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この小脳、重量からいうと脳全体の15%くらいなんだそうですが、その細胞の数はおおよそ半分を占めるそうで、大脳皮質細胞とも密接につながり、人間の意識と行動に大きく関わっていることが分かってきました。

そういった脳医学的なメカニズムについて、私にはよく分かりませんが、意識を高めて行動することとか土台習慣を作るという脳力開発の考え方が当てはまっていると感じています。

動機付け(モチベーション)という言葉も使われますが、常に意識を持つ習慣をつくることは、誰にも簡単にできることです。裏返せば「やろう」としなければ、やれないということでもあるのです。

私たちは、普段の生活行動(活動)の中では、僅か数%の脳細胞しか使っていないと言われています。ですが、その多くは無意識の行動として小脳の働きに帰されています。

つまり意識して行動することは大脳皮質細胞を大いに刺激し、その積み重ねによって小脳細胞の中に「無意識でも行動できる」プログラムを組み込む(埋め込む)ことになるようです。

そこで私も、社員の皆さんたちに現実をハッキリと見せることで、自然に意識を切り換えるように誘いました。悪い情報(最悪に近い情報)を隠さないことで、私の本気度を感じてほしかったのです。

どこまで効果があったかは、その時点では分かりませんでしたが、少なくともこれから「何かが始まる」ということだけは、理解してくれたのだろうと思います。つまり第一歩を踏み出したわけです。

そんな中で、もっと厳しい現実が突きつけられるのです。再び私は青ざめました。

先週は充実のミッションでした

先週後半4日間は、学びのセミナーで充実の時間でした。


木曜日の午後はクライアントの会社でマイツール教室。操作技術ではなく利用技術(リテラシー)を学ぶことが前提、今回も住所録のデータベースを作成し、年齢を計算して並べ替え(ソート)してグラフ化して見る体験をしていおたきました。


次回は営業データを色々な角度から加工してみて、そこから何を見るのか、次の仕事にどう生かすのかを体験してもらう予定です。このパターンは、今週末の福岡でのマイツール教室でもやります。


金曜日は脳力開発講座の第2講、梅雨入りを思わせるような激しい雨の降っていましたが、セミナーが終わる頃には雨も上がり、情報交流会も盛り上がりました。


さらに土日はキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)、神戸ではコンスタントに3ヶ月おきの開催がずっと続いています。今回は参加者の半数以上がCFMGは初体験。MGの期数を重ねている方でも、初CFMGの時にはまた新鮮な思いがよみがえるそうです。


いつものMG(MQ戦略ゲーム)に、売掛と買掛の2つ要素が加わるだけですが、たったそれだけのことで全く変わってくるのです。それを味わっていただけるだけでも大きな効果があると思うわけです。


初日(土曜日)の交流会も、中には二次会以降まで行かれた方があったようでした。私はさすがに一次会で帰りましたが。


神戸の梅雨入りはまだだったようですが、自宅のある新潟は金曜日に梅雨入りが宣言されたとのこと。当分は曇り空で時々雨の天気が続くようです。気分をリフレッシュして、また木曜日からの遠征に備えましょう。


そして今日は春以来のお墓参りです。幸い雨は午前中は大丈夫そうですし。

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紫陽花の季節に亡き母を思う

東日本の関東甲信越地域は梅雨入りしたようですが、関西地域は雲の多い空模様ですが、まだ梅雨入りは発表されていません。


昨日の気象番組では、太平洋高気圧の張り出しがまだ強くないとかで、梅雨前線もとくに西の方では南に下がっているそうです。この高気圧が徐々に上がってくると本格的な雨になるのでしょうが、それはいつ頃かな。


エルニーニョ現象が強まってきて梅雨が長引くといった予報もあって、ちょっと気になるところです。


そしていったん雨が降ると集中豪雨のように降るということなので、やっぱり日本を取り巻く気象状況が異常になってきているのでしょうか。世界的にも異常気象が出ているという情報もあり、やはり環境問題が起因になっていると考えられますね。


環境への国際会議もそれぞれの国もエゴが丸出しになっていたり、すなわち「我々は地球人だ」という意識がまだまだ小さいのかとがっかりしてしまいます。


それはともかく紫陽花の美しい季節です。紫陽花には雨が似合うといいますが、遠征中は雨には降られたくないなとも思います、大きな荷物を抱えていますからね、でもわがままですか。


今日は夕方まで神戸・元町でセミナー、その後は大阪に移動します。明日は両親の墓参り、とくに去る2日が母の祥月命日でしたので、念入りにお掃除をしてきます。


母が亡くなって丸4年、今でもその日のことを鮮明に思い出します。明日はゆっくりお参りして、近況を報告して安心してもらおうと思っています。紫陽花の花をお供えしたいところですが、花屋がまだ開いていないかも知れませんね。その時は気持ちだけでも。

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脳力開発は実践行動学・人間行動学です

脳力開発講座、昨年の講座から「シニア講座」と名付けていますが、要は最も重要なポイントをキチッと学んでほしいという命名です。そんなわけで、神戸講座の参加メンバーは皆さん初参加です。

案内を減退限定したメンバーに送っていますので、今回も殆どはMGを学んでいるメンバーたちです。別にMGをやっていない人を拒んではいませんが、毎年MGをやっておられる方が集まります。

脳力開発で学んだことをMGで実践(験して確認)する、あるいはMGでこれまでやってきたことを脳力開発の視点で振り返る、確認をすることが私の狙いでもあるからでしょう。
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ですから「このようにしたら良いですよ」という講義はしません。こんなようにやれば成功します、儲かります、確かに実際事例もいくつかありますが、そのことは殆ど伝えません。

むしろ私自身がやってみてうまくいかなかった、失敗したことについては伝えることにしています。それは同じような失敗を誰もがやってしまう、それは普遍的なことなのだという意味で伝えます。

逆に成功するということは普遍性というよりも、特殊性の部分が大きいので、確かに参考にしていただけると思えるものだけはお話をしますが、それはごく僅かです。

第一に、それぞれの方(あるいは会社の)置かれている環境や条件が全て異なるからです。同じ環境条件にあってさえ、同じような成功が得られるとは限りません。なおさら条件が違えば、事例はあくまで参考事例です。

さらに、「分かる」ということからそれなら自分にも「できる」と思えるまでは、かなりの落差があります。その上にさらに「やる(実践する)」というステップがあるわけで、そこまでいかなければ学んだ知識はあくまでペーパー知識です。

昨日の第2講テーマは、ひと言で言えば『現状打破』です。おそらく殆どの方は、今現在よりも進歩発展・向上を目指そうと思っていることでしょう。少なくとも、今よりレベルダウンすることなど考えていないはずです。

ところが、果たしてその思いの通りに体が動いているでしょうか、常に進歩発展を実現するように日々の行動をやっているでしょうか。結果として停滞あるいはダウンすることはあるかも知れませんが、あくまでそれは結果。

まぁ、そのように進歩発展を目指している、意識しているということについては評価できますが、現実に具体的に動いているのかというと、どうなのでしょう。言うは易し、行うは難しになってはいないでしょうか。

口では現状打破を唱えているが、やっていることは現状維持のことが多い。それは現状維持の行動の方が、優しいと勘違いしているからです。実は現状打破の行動も、現状維持の行動もどちらも優しいのです。

今日の講義では、そのことを知ってもらいたかったのです。少なくとも質的には同じ、量的すなわち時間や費用については違うかも知れないけれど、根本は同じなんだと。それが分かれば、動きが変わってくるのです。

そこから「分かる」、つぎに「できる」、さらに「やる」までのステップをしっかりと歩んでほしい、脳力開発を学ぶ意味もそこにあります。脳力開発は単なる座学ではなく、実践行動(学)・人間行動学です。

実践行動を日々積み重ねることで、自分を変え、意識を変えて行動を変えていくことに他なりません。行動を変えていくことで、人生そのものが変わっていくのです。

実践の積み重ね、ただそれだけです。誰でもできるのが脳力開発です。学んだことを実践する、ただ手と足と口を今まで以上に動かす、それだけです。

あなたにも必ずできるはずです。なぜなら私とあなたには「脳力」差がありませんから。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(5)

いよいよ今回から脳力開発で私自身が学んだことを書いていこうと思います。

ただし、体系的にキチンと整理して書くわけではありませんので、話が飛び飛びになったり、何度か同じことを繰り返すようなことも起きるでしょう。その旨ご了承下さい。

既に多くの方には釈迦に説法のことですが、ここで書いていく「脳力開発(・情勢判断学)」は、1987年12月に亡くなった城野宏さんが提唱された、人間学&行動学です。人間行動学と私は勝手に名付けています。

前4回で書きましたように、私と城野さんとの出会いは小さな点、それも僅かな回数にしか過ぎず、学問的な内容についてはその著書や、講演のテープ、あるいは城野さんのお弟子さんから見聞きしたものです。

それをお経のように繰り返したところで、皆さまの役にはちっとも立ちません。もちろんそれがベースにはなっていますので、概要はその都度触れていきます。

ここで書いていく内容は、私自身が体験、実践した事柄です。それをあとから気付けば、脳力開発の基礎に当てはめてこうだったんだなと気付いたことが大半です。

中にはイザ行動に移す前に、脳力開発的に考え組立をして始めたこともあります。しかし、ではその通りにうまくいったのかというと、必ずしもそうではありません。むしろ途中で変更した例の方が多いでしょう。

そういうわけですから、時には支離滅裂になってしまうかも知れませんが、寛容な心でお許し下さい。

ではまず何から書き始めましょうか。前回、販売会社への出向が告げられて「覚悟を決めた」話まで書きました。ですが、この時点ではまだ非常に楽観的な心境でした。

もちろん様々な不安を感じてはいましたが、なるようにしかならないよなといった開き直りの気持ちだったでしょう。営業のプロたちが揃っている販社なんだからという軽いノリだったかも知れません。

脳力開発で教わった「まずやること」は、現状の分析です。今どうなっているのか、確定的事実をできるだけたくさん把握することです。ですからまず、集められるデータを手元に集めました。

経営分析資料もその中には含まれていましたが、それはあとからの参考にということにして、まずは自分で分析資料を作ってみました。道具はもちろんマイツールです。
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いくつか作成した中の一つ、移動平均分析(MAV)を見てサッと顔が青ざめました。え、どうしてこんな・・・冷や汗が腋下を流れるのが分かりました。楽観気分が一気に吹き飛びました。

「(親会社の社長に)だまされた!」と瞬間思いました。声を上げて叫ばなかったのは、周りに社員さんが何人かいたから。そうでなければ絶叫していたでしょう。

ですが、気持ちの切り換えも早いものでした。まず、人のせいにしてはいけない、ここでは社長のせいにしても始まらないということでした。むしろ、経営管理室長としてこの現状を見抜けていなかった自分への反省でした。

そうです、手元には同じ資料があったはずなのです。その時にキチンと分析を行っていたら、ここで驚愕することもなかったはず。そしてさらに事前準備が何かできたはず。でも今さらそれを嘆いても始まらない。

そうなると次は要因分析、原因(真因)追求です。なぜ、ここまでひどい状況になっているのか、内因と外因に分けて精査することが先決でした。

今から思えば、MGと脳力開発をやってきていて良かったなと、ある意味胸をなで下ろしました。やっていなかったら完全に立ち往生、いや厳しすぎる状況にも気付くことなく絶体絶命に陥るところでした。

そして、この危機を乗り切るにはまず自分が意識を持って行動すること、さらには一人の力では到底ダメで、社員さんをいかに巻き込むかがカギになることを確信しました。だからこそ、MGそして脳力開発とマイツールだと。

次回はその立ち上げ初期、いかにみんなに危機感を持ってもらうかということ。現状正しく認識し、なぜ今こういう状態かを知ることが(改革=企業革命の)原動力になる。その紆余曲折です。

ミッションは3プラス1です

今日から遠征です、目的地は神戸。


ミッションは3つ、その他に私的なミッションも1つ。後者は墓参りで、6月2日が4年前に亡くなった母の祥月命日だったので、遅ればせながらの墓参りです。フライト時刻が決まっているので、その前にやや急ぎ足で。


前者の3つのミッション、まずは今日の午後神戸についてすぐ、クライアント会社での「マイツール」研修。操作技術ではなく、利用技術の基本を学んでいただきます。もちろん、キーボードを実際に叩いての行入です。


金曜日は脳力開発講座、3月にスタートした講座の明日は第2講です。テーマはひと言で表せば『現状打破』の姿勢、口で言うのは誰でも言えますが、実際行動が伴わなければ効果も成果も出てきません。でも難しくはありません、誰でもできますから。
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そして週末土日はキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)、参加メンバーは11名(2卓)の予定。今回はいつも使う間接法の第6表に加えて、先日西先生に監修していただいた「直接法」による表とCF分析を、初めて使います。良ければ、正式版として今後も活用します。


以上のミッションで、毎日充実の遠征になるでしょう。先週は乗り鉄旅付きの遠征でしたが、今回はその時間はなく往復も空便です。どうも途中は曇り空のようで、見晴らしも今ひとつかも知れません。


そうなれば、移動時間は貴重な読書時間。セミナーの中でも使えそうな内容を見つけられるとラッキーですが。


セミナー後の交流会も楽しみの一つ、セミナーの中では語り尽くせなかったことも話せることがありますし、また本音の感想を聴くこともできます。交流会での雑談が、新たなセミナー開催のきっかけになることもあります。敢えて期待はしませんが。


いつものように氣愛を込めていきましょう、全身全霊で。

『会社はみんなのもの』という意識

MG仲間のUさんが亡くなった、心不全だったという。4月の伊勢MGで会ったのが最後になってしまった。私よりも一回り半も若い、いよいよこれからだという時だったと思う。本人もさぞ無念ではなかっただろうか。


最近はMGだけでなく、2年前に私が紹介した「人を大切にする経営学会」(会長・坂本光司氏)にも入会され、五方よしの経営を実践していこうと意気込んでおられたところだ。
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健康に見えた若い彼でさえ突然の終末を防げなかったのだから、私も気を付けることにしよう。当分まだ週末を中心に地元での研修・セミナーや遠征セミナーが続いている。節制を心がけよう。


さて、話題は変わるが「労使」という言葉がある。労使関係とか、労使紛争、あるいは労使協定などの言葉が一般的に広く使われている。中小企業家同友会は「労使見解」で、信頼関係と人を生かす経営を上げている。


それはいいのだが、私は労使という言葉そのものにいつも違和感を覚えてしまう。どうしても「働者と使用者」という対比が気にかかるというか、気にくわないのだ。


つまり、使う側と使われる側という分ける意識がどうしても根底にあるように感じてしまうのだ。そういうものをなくしていくのだというのが労使見解の主旨だとも、かつて教わった。会社は家族なんだと。


そうだろうな、大企業と中小企業は違う(はず)、小さな会社はもっとそのはずだというより、そうあるべきだと。坂本光司先生も、いつも言われている「使う側と使われる側という考え方をしないこと」だと。


小さな会社は運命共同体そのものだ。船に船長がいるように、会社には社長がいる。みんながそれぞれの役割を持っていて、誰かが一人欠けても、誰かと誰かが対立しても船はちゃんと動かない。


最近は労使関係という言い方を捨てて、雇用関係という言葉を使う会社もあるそうだ。いくらかは進歩だと思う、さらにもう一歩進められないかな。


もっとも、そうはいっても社長という存在は大きいわけで、その分、社長の役割と責任も大きい。小さな会社の社長は、最後まで船と運命を共にする存在でもあるのだから。


そんな社長が最もやってはいけないこと、裏を返して必ず厳格に守るべきことは、それは言うまでもないことだが公私混同を絶対にやらないことだ。


小さな会社の社長だった時代の自分自身がどうだったか、正直に言えば100%完璧だったとは言えない。ただ、全てを社員にも公開していたことだけは胸を張れる。


当時の私に足らなかったもの、それは会社はみんなのもの』という意識だっただろう。みんなとは、社長と社員だけではなく、その家族も含まれるし、仕入先・協力先、お客様、地域の皆さん、そして株主。


それが大切にすべき「みんな」であるという経営、すなわち坂本先生の言われる『五方よしの経営』を心に、自分の仕事である経営サポート、人財づくりに邁進していこう。


若くして夢に向かう途中で亡くなった仲間の心を、我が心として引き継ぎつつ。心から冥福を祈る、合掌。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(4)

前回までに私と脳力開発との邂逅について書いてきましたが、あの時点ではMGと脳力開発との密接なつながりには、あまり気付いていませんでした。西先生が城野先生に学んでいたという事実だけが、つながりの全てでした。


その時を振り返れば、脳力開発の本質をまだ分かっていなかったということです。まだまだ理入の段階、著書を読んだり講演テープを聴いたりして、頭で理解しようとしていたわけでした。


MGを通じて「行入」ということをたたき込まれてきていたはずでしたが、脳力開発もまた同じキーワード上にあるのだということを気付くのには、今少し時間が必要だったのかもしれません。


ある時ふと原点に立ち返ることがあって、西さんと初めてお会いしたセミナーで、なぜ城野さんの話、脳力開発の話が出てきたのだろうと思ったのです。

そんな思いで見つめ直したとき、MGは脳力開発ではないかとひらめいたのです。ルール説明では「説明を聞いていてもよく分からないけれど、やってみればすぐに分かる」、これはまさに脳力開発そのもの。


第1表には「作戦シナリオ」と書いてありますが、これって戦術のこと?第4期前に経営計画を立てる、これは意識付けには欠かせない。そして意識を高めると行動が変わってくる。


他にも色々気付くことがありました。参加したMGの中でも、次々に気付くことがありました。これはどうも間違いなさそうだ。MGと脳力開発は切っても切れないつながりで結ばれているのだと。


そんな時です、MGもあと少しで200期到達が見えてくるという1990年の冬でした。直接の上司である社長から呼ばれ、「販売会社に出向する」よう内示を伝えられたのです。赴任地は新潟県長岡市にある販売会社。


内示は赴任の2ヶ月近く前でした。繁忙期のまっただ中の時期に住まいを探したり、娘の学校の手続きをしたり、諸々のことを自分でやる必要もありましたので、かなり前に内示が出されるのが通例でした。


その赴任先が新潟であることにまず驚きました。新潟は家内の出身地であり、娘もまた新潟の病院で生まれていたからでした。それらのことを専務はご存じでしたから、社長も耳にされていたのかも知れません。


実を言うと、内示の1ヶ月前の正月明けに、社長からは「もしかしたら販社に出向してもらうことになる」と、心づもりをしておけと言われていました。ただその時点ではどこになるのかは、決まっていなかったようでした。
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周囲の驚きは、私以上に大きかったようでした。何しろそれまで、ずっと企画部門を歩いてきて、一度も営業部門で仕事をしていない人間でしたから、それが販社出向というのはそれまで例がありませんでした。


支店や営業所への配転は例がありましたが、全くの別会社ですから。幸い2年半ばかり、経営管理室長という役割を与えられて、全国販社の経営数字をチェックする仕事はやっていました。


だが、それが単なるデスクワークに過ぎなかったことを、このあとイヤと言うほど知らされるわけですが。しかし、私自身は前向きに捉えていました。これでMGを通じて学んだことを生かす場が与えられたと。


家族(家内と娘)も驚いたようでした。家内には社長の耳打ちのことも言っておりましたので、赴任地が新潟であることへの驚きでしたが、娘は春から小学校6年生でしたからショックだったようです。


2月には任地へ行って家族が暮らせる住居探し、雪国ですので一軒家ではなくマンションを探しました。目星を付けて、次には家内と一緒に出かけ丸1日探してようやく仮契約ができました。


販社については、それまでも年に2~3回は出張していましたし、メンバーたちも展示会や会議で親会社に来た際に顔を合わせていました。それでも、企画屋の私であったことはやはり驚きのようでした。


ここから脳力開発の本番が始まり出すわけですが、そこからは次回に。これまでは「序の序」でした。

MGは奥が深いとつくづく思う

6月は研修の中で迎えた。青森県八戸市で開催された「うみねこMG」に、今年も参加してきた。

 

5月は連休明けから毎週、研修(MQ戦略ゲーム)のインストラクターが続いていたので、ゲーム参加の研修は4月以来であった。

 

実はこのMGでは昨年、一昨年と「優勝」しているので、心秘かに三連覇をもくろんでいた。ただそれは目標ではなく、あくまで結果としてそうなればということであった。

 

すなわち、今回の戦略はいつもと同様に「単年度であっても一度も赤字を出さない」ことであり、今年の入ってもこの戦略達成はずっと続いている。

 

その戦略の下で戦術を組み立てるわけだが、いつもならあまり明確な戦術は(手段方法)立てずに状況の流れで決めるのだが、今回は気分を変える意味もあって戦術を3つに絞った。

 

1つめは研究開発(青)チップを使わないということであり、その裏返しとしてその2、広告宣伝(赤)チップを使うということだった。さらに3つめとして、人(従業員)を2人に絞って増やさないということにした。

 

MG(MQ戦略ゲーム)は、青チップが有利に働くように作られている。これはMGの開発者である西順一郎氏がソニーの人であったことにも関係しているとも言われ、1つのビジネスモデルでもある。

 

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差別化という言葉があるが、価格競争力で差を付けるという意味でもあり、実際の仕事の中では自社に有利に働く付加価値を増大するという意味も大きい。

 

それに対して私の採った戦術は、真っ向から対抗することではなく「すき間」を狙って売る、それもあわよくば高い値段付けで売ることを目指すというわけだ。

 

結果をここで細かく紹介することはしないが、最終成績で言えば第3位であり、ザンネンながら三連覇はならなかった。単年度赤字はもちろん一度も出すことはなかったが、副次的な戦術で弱気になったことが「敗因」だった。

 

2日目の第4期は、こちらの意図通りにゲームが展開してずっと「28円」のプライスを維持して売り続けた。あともう少し販売数量を増やしたいところであったが、行数制限に阻まれた形だった。

 

最終の第5期、もちろん戦術はそのままで「9個売り」態勢を整えて臨むことにした。ここでも行数制限が加えられたので、生産体制を増大するかどうかを考えた。そのままでは「6個製造・9個売り」だ。

 

在庫はしっかりと持っていたので、設備投資をする余裕もあった。しかしここで迷ってしまったことが、結果論だが敗因につながった。やるべきだったと思う。販売数量にリンクすべきであった。

 

その結果として、材料供給がタイトになる時期が途中で2回あった。その為に売るタイミングを逸することにつながった。この期は大阪市場「23円」に特化することを選んだので、販売数量をもっと増やすべきだった。

 

もちろん全ては結果論で、機械を1台増やせば経費が人件費も含めてかなり増大する。それを果たしてまかなえたかとなると厳しかったかもしれない。だがやるべきだったと思う、意思決定を迷うべきではなかった。

 

逆転勝利は難しかったと思う、もしかしたら経費倒れでもっと悪い結果になったのかもしれない。それでも、「しまった」と思うことはなかっただろう。

 

判断と意思決定、ホントに難しいと思う。実際経営ならなおさらで、たった一つの判断ミス、意思決定の躊躇が最悪の結果を招くことも少なくない。そういうことを疑似体験で学べるのがMGだ。

 

明日から昨日の体験を生かすことにしよう、それが学んだことへの回答だ。つくづくMGは奥が深いと思う。

6月1日は創業記念日

実は昨日が創業記念日でした。創業を長岡税務署に届け出たのは6/6ですが、これは娘の誕生日に届け出ようと思ったからです。


2008年の3月末で前職の会社を退職し、翌日4月1日から実質的には仕事を始めていましたし、長岡商工会議所の中小企業応援コーディネーターの仕事を始めたのは、やはり4月の半ばからでした。


でもやはりどこかハッキリした区切りの日を設けたいと思いましたので、6月1日を創業の日として選んだのでした。その以前の「長岡MG研究会」という個人の任意団体の終結処理を行い、新創業社に引き継ぐ形を整えるのに2ヶ月必要という意味もありました。
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それから早いもので11年が経ちました。創業した途端にリーマンショックが起こって、スタートの勢いに急ブレーキを掛けられてしまいましたが、まだ足下をしっかり固めていなかったことを反省する機会になりました。「慌てるなよ」ということだったのでしょう。


おかげさまで、応援コーディネーターという仕事を通じて多種多様な会社と接する機会をいただき、また創業を目指す人たちとの気持ちの共有もできました。もし、その3年間がなかったら、それまでに自分が体験した狭い世界しか知らないままだったでしょう。


そしてコーディネーターの仕事が満了する直前には東日本大震災、これもまた新たにセミナーや講演中心の事業をメインにしようという矢先でしたが、拙速はいかんよという天の声だったのかもしれません。まだまだ深く学ぶべきという警告だったかな。


それを機会に、スケジュール表を埋めていくという気持ちを捨てました。その時までは、スケジュール表に空白が多いことが不安だったり、開催するセミナーに参加申込が少ないと焦りを感じていたのです。


でも大震災をきっかけとして、感謝の気持ちを強くしていこうと切り換えました。現役社長時代に起こった中越地震の記憶も蘇り、自分は幸運に支えられてきているんだ、これからも「生かされている」感謝の気持ちを忘れずにいこうと。


何よりも感謝は、安定した仕事の最後の何年かを捨てて独立した私を、いちばん支えてくれた家族とりわけカミさんに対してです。年収も激減した中でもバックアップしてくれた彼女に、心からありがとうという言葉を伝えます。


さて、昨日から12年目がスタートしたことになります。コンサルティングの仕事、人財づくり・企業研修という仕事、セミナーの開催と運営という3つの柱も確立できました。これからも、小さくても色んな企業の力になれればと思います。


独立当初は会社を大きくしたい、いずれ法人化もしようなどとも考えていましたが、今は身の丈の自然体で進めていくのが私の戦略です。


今後ともよろしくお願いします。感謝。

羽越・奥羽路をのんびりと

新潟から青森・八戸市への旅、普通のコースでお急ぎの場合は新幹線から新幹線へ大宮での乗り継ぎ、待ち合わせがうまくはまれば4時間ちょっとで駆け抜けられます。

ぐっと大回りで日本海縦貫線(羽越本線・奥羽本線)を新青森まで特急を乗り継ぎ、新幹線で下ってくると8時間ほどの景色の素晴らしい旅を堪能できます。

今回はそのどちらでもなく、次のようなコースをとりました。新潟からは特急で日本海岸を北上し、鶴岡で途中下車してから余目で、最上川に沿う陸羽西線の各駅停車に揺られます。

終点の新庄からは奥羽本線に乗り換えて(こちらも各駅停車)花火の町・大曲へ。そこから秋田新幹線、盛岡からは東北新幹線にて最終目的地八戸まで、ゆっくり9時間の旅です。

新潟から鶴岡までは何度も乗車していますので、ここでは早くもハイボールの朝酒をいただき、読書と居眠りの内に早くも鶴岡で下車。そのまま余目に直行しても良いのですが、旅貯金を一つ増やしたいので。
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旅貯金は一昨年の秋から再開し、今日の鶴岡と余目を含めて63局になりました。乗り継ぎの時間が30~40分あれば、駅から歩いて10分くらいの郵便局までは往復可能です。

駅前にズバリあれば良いのですが、「駅前郵便局」を名乗っていても意外と離れている局も存在します。それでも大きな町ならば、散歩代わりに歩いて数局をゲット可能です。

そんなわけで、昨日はまず鶴岡駅前郵便局に足を向けました。ここは絵入りの局印、最近は増えてきているのでしょうか。観光地に多いようです。駅に戻って気付いたのは、駅ナカ以外のコンビニが見えないことでした。

次の余目駅周辺にもこれまたコンビニが見えません。少し離れた町の中心、役場のある周辺や国道沿いにはあるのでしょうけど。小さな駅ナカカフェではPayPayが使えました。

余目からは陸羽西線、キハ111形の2両ワンマン編成です。空に雲が広がってきましたが、途中しばらくは最上川の景色を堪能できます。山の緑と花も目を楽しませてくれます。

この陸羽西線もかつては急行列車が行き来し、東京から福島・山形経由で庄内地方を結ぶ準幹線でした。しかしメイン経路が上越新幹線・新潟経由に変わり、庄内空港への空路も開設されてすっかり今ではローカル線です。

「最上川」という愛称のついた快速列車もありますが、それも含めて殆どが2両編成のワンマン列車。昼間は2時間に1本といった閑散線になってしまいました。

私の初乗りは1972年の秋だと記憶していますが、この時はキハ55系の急行だったかもしれません。就職して酒田市への出張に夜行の急行「出羽」に乗りましたが、この時にはグリーン車(キロ28か58)に乗りました。

新庄では5~6分の待ち合わせで秋田行きの普通電車に。こちらは701系のロングシート車、やはり2両編成のワンマン列車です。ロングシート、いわゆるタテ型シートは通勤通学にはいいですが、旅の情緒はねぇ。

車窓の景色を愉しむにもいささか不自由ですが、何と言っても弁当を頬張ったり美味しいお酒をいただくのにも、いささか不便です。空いているときにはともかく、混んでいてはその気にもなれません。

奥羽本線の新庄以北は、今ではローカル電車(701系)だけしか走っていません。かつて特急や急行、貨物列車が走った名残は各駅の長いホームや側線に見られますが、それがかえって侘しいですね。

ローカル旅も大曲まで。もっとも秋田新幹線「こまち」も、盛岡までのルートは田沢湖線というローカル線。最高時速も130kmですが、山の中に分け入る時には速度もグンと落ちます。

この頃から雨が少し降ってきましたが、本降りではありませんでした。今日は朝から晴れ空に戻っています。遠征合間の乗り鉄旅、心の洗濯ができました。

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