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2019年3月30日 (土)

「いい会社」をつくろう

昨日は、新潟西倫理法人会のモーニングセミナーで講話をさせていただいた。自単会でお話をするのは、2年半ぶりである。前回は新潟に転居してきてすぐの頃の近況話、今回は本業の中からテーマを選んだ。

テーマは「『人を大切にする経営』のすすめ」とした。40分ほどの限られた時間なので、エキスだけの内容にはなったと思うが、伝えたいことは伝わったと思う。

前職を自主退職して、現在のヴァンガード経営研究所を立ち上げたのは、2008年の6月(仕事は前職時代から継続していた)のことだ。娘の誕生日である6日に開業届を提出した。

それまでにも15年以上、セミナー(MGと脳力開発)の開催を中心に副業的にやってきたのだが、そこでいよいよ本業として、人財づくりを核とした経営のサポート・コンサルティングも事業の柱としたのだった。

地元商工会議所から声をかけていただき、地域の中小企業からの相談に応じたり、専門家をコーディネイトする仕事を3年間やらせてもらったが、これも以前からのネットワーク、出会いのご縁の賜物だった。

それから11年になるが、5年くらい前から「3S経営」を経営指導のポリシーとした。3Sとは従業員満足(ES)とお客様満足(CS)、そして地域社会満足(SS)と定義して、クライアント社に提案を始めた。

それからすぐ、坂本光司先生が主宰されている「人を大切にする経営学会」の存在を知った。以前から先生の著書、とくに『日本でいちばん大切にしたい会社』を読んで興味は持っていたのだ。

そこに地元の(株)大谷さんが取り上げられていたのを知り、大谷会長の推薦をいただき学会に入会した。会長はかつて中小企業家同友会で、ご一緒することが多かった。

それから何度か学会のイベントに出て行ったり、坂本先生の著書を手当たり次第に読み進めた。本当はそこに紹介されている会社を現地訪問するのがいいのだが、今のところはほとんど実現できていない。

今のところセミナー開催やクライアント社などのサポートでなかなか時間が取れないが、近くへ行くことがあれば少しの時間でも立ち寄らせていただこうと思っている。Photo_5

そんなわけで、昨日のモーニングセミナーでは、最後に伊那食品工業さんのことを取り上げた。伊那食品工業さんは、何年か前に企業見学もしたし、家族ドライブ旅行の途中に立ち寄ったこともあった。

ちなみに、伊那食品工業さんの社是(企業理念)は、

『いい会社をつくりましょう ~たくましく そして やさしく~』である。

塚越会長は「いい会社」を次のように定義されている。「いい会社」とは、単に経営上の数字が良いというだけでなく、会社をとりまくすべての人々が、日常会話の中で「いい会社だね」と言ってくださるような会社のことです。

そして、「いい会社」は自分たちを含め、すべての人々をハッピーにします。そこに、「いい会社」をつくる真の意味があるのです。

あなたの会社は「いい会社」を目指しておられますか?

2019年3月29日 (金)

利益感度分析から検証・実践へ

■連載『MG&脳開企業革命』(38)


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実際の数値を元に、自社の利益感度分析を行いました。社員達はまだMG12度しか、しかもワンデー研修しかやっていませんでしたので、最初は私一人で行って求めた数値をプリントアウトしました。


まずは営業(販売)メンバー全員を集めて、ホワイトボードを使って実際の計算をもう一度やってみて、結果シートを改めて配布しました。その数値(利益感度)がどういう意味を持っているのかを解説したわけです。


一番感度の低かった(鈍感)のは「Q感度」で4%でした。この時代、私たちの最も主となるお客様であった中学校新入生の数は、年々減り始めていました。Photo_4


つまりQ(客数)ダウンですが、それは地域差があるものの2ないし3%で、Q感度の4%よりは小さい。ですから、必要以上に気にすることはない、実情だけをしっかり押さえておけばいいという指示を行いました。


次にF(固定費)感度、これは38%でした。これは逆にしっかり上げていくことを宣言しました。Fを少々上げていっても最終(経常)利益には大きく影響しない、むしろ給与改善などを進めていくという宣言です。


3つめのV(コスト)感度は1%でしたから、かなり敏感です。しかしながら、当時は親会社からの仕入が95%を超えていましたし、基本的に(とくにプロパー商品は)Vをコントールできません。


親会社から大幅な値上げを通知してきた場合は、見返りを含めて交渉する必要はあっても、むしろそれをバネに別の戦術を推進しようと確認しました。


そしてポイントは、やはりP(売価=卸価格)でした。なんとP感度はたったの08%でした。そこまで敏感だとは想像していませんでしたが、まずは「値引きは相当の覚悟」でやらねばという意識が共有されます。


その上で、ガイドラインを作るとともに、基本的に戦略的値引き以外は極力行わない。お客様の強い要望やライバルとの駆け引きでやむを得ず行う祭には、他の商品、周辺商品でMQを稼ぐことを確認です。


さらに私は、こんなに感度が高い(敏感だ)ということは、逆発想で「ホンの少しPを上げられたら」、大幅に利益を伸ばすことも夢ではないと説明しました。たった1%のP改定でも、大幅なMQアップになるのだと。


そこでMQアップの五戦術について、商品別あるいは得意先別に一つ一つ分析していこうということになりました。これにはかなりの時間を要します。そこでまず最多販売商品群とアイテム、今後の重点商品。


さらには地域一番店の中でも、最も主力になっている販売先を数店ピックアップして、実際の営業活動に入る8月下旬までの間に個々に具体的な作戦を練りました。


考えたことはそれほど高度なことでもなければ、難しいことでもありません。大事なことは、決めたことをやってやり抜くことです。その意味では、期待以上のことをやってのけた素晴らしい社員達でした、


小さな積み上げであっても、それが集まれば大きな成果となっていきます。一つ成果が積み上がる度に、お互いにいいぞいいぞと評価し合ったことも良かったはずです。最繁忙期前には、笑顔が日常になりました。

2019年3月28日 (木)

江戸の武士道が幕府を滅ぼした

新大関貴景勝が誕生した、平成最後の大関昇進となる、おめでたいことだ。伝達の使者への口上に「武士道精神」が使われたことで、にわかに「武士道」への関心が高まっているようだ。

私などは、「武士道精神」よりもその後に続いた「感謝と思いやり」の方に耳が傾いたのだが。まぁ、考えてみれば感謝と思いやりもまた、武士道の具体的なカタチ・表れではあろうね。

武士道と聞くと、皆さんは何を連想されるだろうか。佐賀鍋島家の山本常朝が著した『葉隠』だろうか、それとも新渡戸稲造の『武士道』だろうか。私は上杉謙信を思い浮かべた。Photo_3

もっとも、謙信の生きた時代である戦国の世には、まだカタチとしてのハッキリした武士道の定義はなかったらしい。武士道の心(精神)や姿勢自体は鎌倉時代からあったようなのだが、明確になったのは江戸時代だ。

江戸時代と言っても前半はまだ戦国のスタイルを残していたわけで、よって謙信もまた当時の武士の心を体現していたのだろう。義を重んじる姿勢、常に先頭に立って戦う勇の精神が謙信の特長であった。

また、戦国から江戸初期の頃の武士は「主君を代える」ことに躊躇はなかった。最終的に家康に仕え、家康から絶大な信頼を得て幕府成立に大きな力を発揮した、藤堂高虎を見れば分かるとおりだ。

その時代の武士道が変化してきたのは、家康が儒学とくに朱子学を重視したせいだろう。その集大成は5代将軍の徳川綱吉であり、このころから醸成された武士道が今に伝わるものになったのだと推測している。

もっとも、綱吉の少し後の時代に書かれた山本常朝の『葉隠』だが、そこには藩政批判も書かれていたので鍋島家中では広がらなかったらしい(禁書だったという話も伝わる)。

さて、朱子学的武士道は「忠孝」重視、とくに主君への忠義が第一だ。その以前の「忠孝」ではむしろ「孝義」の方が重んじられていたらしい。

それが反対になったのは、綱吉の将軍時代だ。日本的朱子学と言われる所以で、何よりも主君への忠義が重んじられるようになったわけだ。だからこそ、赤穂浪士達は評価され、切腹という名誉の死を与えられたのだ。

それを決定したのが綱吉であることを、無視してはならないだろう。ところが幕末には、この「忠義」という考え方が幕府の崩壊に繋がったことは皮肉なことだ。幕府の基本哲学が、幕府自身を滅ぼしたわけだ。

つまり、忠義の対象たる主君を突き詰めていけば、日本では「天皇」に行き着くことになるわけだから。しかも幕末のそういう哲学のベースになったのは水戸学、すなわち徳川光圀を源とする「大日本史」の思想哲学だ。

黄門様も、まさか自分が推奨した考え方が結果的に「徳川」(幕府)を滅ぼすとは考えてもいなかっただろう。しかも、最後の将軍徳川慶喜は水戸家の出であった。

貴景勝の口上の話から、かなり話題が飛び抜けてしまったが、新大関にはますます精進してがんばってほしい。こうなったら、ぜひ「新年号」で最初の横綱を目指してもらいたいものだ。

2019年3月27日 (水)

新元号はどうなるのかなぁ

次の日曜日で3月が終わると、平成も残り1ヶ月となる。41日には、新しい元号も発表されるそうだ。どんな元号になるのか、マスコミ始め色んなところで予想や、ズバリ当てる懸賞などが花盛りだ。



分かりやすい、読みやすい言葉であり、漢字の画数は多くない方が良いそうだ。また、これまでに元号として使われたものや、他国(中国、朝鮮、ベトナムなど)で使われたものも採用されないらしい。



また、アルファベットの略号が、M(明治)/T(大正)/S(昭和)/H(平成)とかぶると都合が良くないので、これ以外の中から選ばれるだろうと予測されている。



元号などない方が良いではないかという意見も少なくない。西暦だけを使っていっても何ら支障はないわけだし、日本以外の世界にもそのまま通じて良い、さらには元号があることで面倒なことも多いだろうと。



確かに元号を書類や、とくに伝票・帳票などに使おうとすると、コンピュータなどのシステム・プログラム変更が必要になる。すでに契約書などに使ってしまっている元号を、新元号に読み替える必要も出てくる。



それならば西暦に統一してしまえばいいというのは、確かに正論には違いない。それを望む人たち、企業も少なくないと思う。だがしかし、私は元号があることを望む。元号があって、その上で西暦を使う、使わないは別問題だ。



かつての、まだ青臭い頃の私は天皇制そのものについても反対だった。天皇あるいは天皇制の意味、とくに歴史的な意味を理解していなかったのだと、今は素直に思う。Photo_2



その時に私を諭して下さったのは、Nさんという老人だった。物事には何でも中心となるもの、芯が必要なのであって、日本ではその長い歴史に於いて天皇あるいは天皇制がその『芯』なのだと。



ここで天皇制について論議をするつもりはないが、自分の国の歴史を知る上では天皇という存在を外して捉えることはできない。そしてまた、元号の持つ意味も歴史の流れとして大きな意味を持っていると思うのだ。



新しい元号ができると、私も「昭和・平成・新元号」と「3つの時代」を生きることになる(だろう)。430日の翌日には51日が必然的にやってくる、それには違いないが、やはり感慨を覚えるのではと思う。



これまでの元号は、主として中国古典からの出典だったようだが、今回は日本の古典から選ばれる可能性も高いということだ。そこに込められる意味あるいは歴史的価値を、しっかり考えていこうと思う。



ちなみに、平成最初の日は遠征地(札幌)にいたが、今回は十中八九自宅で迎えることになるだろう。昭和の戦後に生まれ、平成は最も仕事充実の時を過ごし、そして新しい元号の年はどう過ごすのだろう。



それもまた楽しみでワクワクするなぁ。

2019年3月26日 (火)

実行可能な行動を即行する

■連載『MG&脳開企業革命』(37)

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少し時計の針を巻き戻して、決算末の6月を振り返ってみます。前述のように、この年度の決算は辛うじて黒字を確保したということにして、終えることにしました。

しかし累積の赤字はまだしっかりと溜まったままでしたし、不良資産の処理には到底手の付けられない状況のままでした。その上での5カ年計画では、とにもかくにもまず毎年確実に利益を確保することが必須条件です。

利益を確保するというと、たいていの経営者あるいは専門家(税理士や中小企業診断士)の方は、「まず売上を挙げて、コストダウンを図り、そして経費を節減すること」と考えられるでしょう。

もし、それまでにMGをやってこなかったら、私もまた同じようなことを考えて社員に話したでしょう。そして「全員一丸で売上アップ!」といったスローガンを掲げて、新年度に船出をしたことでしょう。

売上は上げる自信もあり、また当時の状況もそれが可能だと判断されました。まだまだ当社のシェアは10%に満たない状況で、新規開拓や深耕開拓の余地が十分にありました。営業マンも粒ぞろいです。

Photo

しかしコストダウンは困難だと分かっていました。なぜなら、当時は仕入の95%以上が親会社からであり、仕入価格ダウンは望めません。しかも、特別契約期間が終わり『特別価格(値引き)設定』がなくなります。

つまりは、主要商品のコストアップを余儀なくされるわけで、逆に卸価格のアップをしなければそれを吸収することができません。そして経費のダウンですが、これをやることも不可能でしたし、やる気は最初からありませんでした。

なぜなら、社員の給与は大きな赤字を出した以前からさほどのベースアップをしていません。手当も十分ではないし、賞与に至っては出せない年度があったり、出せても雀の涙ほどでした。

これを改善しなければ意欲は上がらないと感じました。給与や賞与だけではないとはいえ、現状が余りに最低でした。少なくとも周囲の会社と肩を並べるくらいの待遇にしていかねばと考えました。

普通であれば、「利益が出れば(出せれば)」給与を上げ、賞与を多く出すことができると考え、そのようにしていくでしょう。でもへそ曲がりの私は、とにかく『逆算の経営』、G(経常利益)は社長の決心・覚悟です。

中小企業経営の神様と呼ばれた故・一倉定先生の教えです、一倉先生からも直接学びましたが、何よりMGの中で繰り返し学んできたことでした。ですからまずG(目標利益)を決め、必要経費から考えました。

そのGに必要経費(F)をプラスしたものが必要MQ(粗利益)、そして粗利益率で割り返せば必要PQ(売上)が逆算で求められます。その数字は不可能ではないと思いました、ただし粗利益率の改善が必須です。

しかしそれも可能だと考えました。過去のデータによれば23%を越える粗利益率を出した年もあります。20%を割り込んでいる現状からの巻き返しはできると確信して、そのことを営業マンに伝えました。

でも絵に描いた餅ではいけません、実行可能な行動計画を自分たちで見いだしていかねばなりません。それをMGから学んだ、「MQアップ5つの方法」並びに「利益感度分析」で具体化していったのでした。

初年度から効果は絶大でした。これほどにかと、私自身が驚愕する思いでもありました。

2019年3月25日 (月)

潔さが光った非情の取組

花冷えというのでしょうね、桜開花の地域では。越後では寒の戻り、昨日の朝は1ヶ月ぶりの雪化粧でした。寒暖の差が大きい方が、桜の開花にはプラスになるんだそうですが、新潟のソメイヨシノはまだ堅いつぼみです。

さて、昨日は「平成最後の」大相撲春場所、白鵬の全勝優勝で幕が閉じられました。そんな中で「勝負の非常さ」を感じたのは、栃ノ心と貴景勝の一戦、大関入れ替え戦などとSNSなどには書き込まれていましたが。

栃ノ心は1年足らず前に大関に昇進、上手を引けば強烈な怪力で相手を圧倒、破竹の勢いでしたが昇進した場所でケガ。その負傷が完全に治りきらない中での場所がつづき、ついに今回5場所で大関陥落という厳しい結果となりました。

一方の貴景勝は、一連のタカ騒動の中でも徐々に頭角を現し、先々場所で優勝(小結)して大関候補に名乗りを上げ、今場所10勝すればというところにまできていました。

そして千秋楽、かたや7勝7敗で勝たなければ陥落してしまう大関と、9勝してあと1勝すれば昇進確実となる関脇。番付からいえば千秋楽のこの取り組みは予定通りなのですが、それにしても巡り合わせとはいえ非情な取組になりました。

前日までにどちらももう1勝していれば、いやどちらかでもそうであったなら、こんなに厳しい勝負の一戦にはならなかったかも知れません。そんな中でのガチンコ勝負、かえって清々しい思いがしました。勝った貴景勝も負けた栃ノ心も、潔さが光っていました。

貴景勝には、さらに外連味のない相撲に磨きをかけて横綱を目指してほしいし、栃ノ心にはかつてケガを克服したことを再現して、10勝して大関に戻ってきてほしい。

何かと負の話題が多かった大相撲ですが、新時代にふさわしい形に変わっていってほしいと望むばかりです。

ところで、今場所も気になったのが立ち合い。呼吸を合わせようという気が薄いのか、待ったが余りにも多くて見苦しい取組が目立ちました。お互いに合わせる、相手に合わせても勝てる力を持つ、そうあってほしいものです。
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2019年3月24日 (日)

スイッチバックの二本木駅

スイッチバック駅も数少なくなりました。山岳地帯の上信越にもかつてはたくさんありましたが、現在はJR篠ノ井線の姨捨駅(他に信号場あり)と、えちごトキめき鉄道妙高はねうまラインの二本木駅を残すのみです。


その二本木駅(の駅舎と雪囲いなど)が登録有形文化財に指定する答申が行なわれたそうで、認められると新潟県内でも最初の登録になります。妙高はねうまラインはかつての信越本線で、歴史は古く1911年(明治44年)の開業です。


北陸新幹線の開通で「並行在来線」として三セク化され、妙高高原でやはり三セクのしなの鉄道北しなの線と接続しています。お隣の関山駅もかつてはスイッチバックでしたが、国鉄時代の1985年に勾配途中の棒線駅に改まりました。


さて、妙高はねうまラインはJR貨物も第2種鉄道事業者となっていますが、これは災害時の迂回線として利用するためで現在貨物列車は走っていません。二本木駅にはかつて日本曹達二本木工場が隣接していて、専用線が敷かれていました(現在も線路残存)。


2007年までは専用線発着の貨物列車もあり、到着すると小さな入換機関車が出てきて貨車の移動をしていました。現在はローカル電車のみの発着で、通過列車(駅に立ち寄らない列車)も定期運転ではなくなりました。


つまり妙高はねうまラインの電車に乗れば必ずスイッチバックを体験できるわけで、それを楽しみにやってくる鉄道ファンも少なくないようです。写真は2012年9月、信越本線時代の189系「妙高」号(普通列車)です。

2019年3月23日 (土)

人に大切にする経営は相手中心主義

20190322-140616今週、niftyココログのロケーション、投稿方法がリニューアルされて、まだそれに慣れていないというか(私から見れば)不具合という感じで、投稿が遅れたり写真や段落が乱れたりしています。ご容赦の程。
 

リニューアルされたおかげ(?)で、ログインも初期化されてしまいアカウントのPWを思い出すのにも一苦労。何とか無事に入ることができましたが、正直「ありがた迷惑」なリニューアルです。
 

若い人なら何でもスイスイとこなしていくのでしょうけど、准高齢者の私にとっては少し変更があるだけでもドキドキしてしまいます。その内少しは慣れると思いますので、しばらくは広い心でお付き合い下さい。
 

さて、昨日は東京日帰り出張で市ヶ谷の法政大学に出向きました。市ヶ谷キャンパスのホールで開催された、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の表彰式アワードに参加してきました。
 

毎年この時期に開催されていて、私もここのところ3年間は続けて参加しています。今年も、素晴らしい会社が受賞され、その一つ一つをご紹介はできませんが、いずれ単行本が発刊されますのでぜひお読み下さい。
 

今年は全部で20社が表彰されますが、多くの企業が社員教育に積極的に取り組まれていることは、私自身がコンサルティングに於いて常に強調していることであり、力強いバックグラウンドを得たものと感じています。
 

とくに受賞社の中の数社は、年間の社員教育費が一人あたり3040万円とのこと。かつての私の会社も1520万円くらいをかけていることに自信を持っていましたが、上には上があるものです。

 

色んなお話を聞いていて、自分の現役時代を振り返ってみると、受賞企業の経営者の足下にも及んでいなかったことを痛感させられます。ひと言で言えば、私は利益第一主義の経営者でした。
 

もちろん、利益を出すことで社員にもしっかりと還元できると思い、実際にそうしてきたのですが、根本的な考えというか経営哲学が誤っていたことに気付かされます。
 

ですから、当時のことを振り返ってみながらその経営をコラムに書いていますが、確かに「良い会社」にはなったものの、「いい会社」にはなれなかった、創ることができなかったと反省しています。
 

果たして、私の経営の元で社員とその家族は幸せだったか、協力会社や外注先の皆さんは幸せだったか。お客様を本当に大切にしていたか、地域社会に存在を認められていたかなどなど。
 

上記の教育投資を始めとして、「5方よし」の経営や実質定年なし経営、あるいは離職率ゼロの経営、さらに障がい者雇用など、これからもコラム『小さな会社のマネジメント』でアピールしていきたいポイントに溢れています。
 

今後もその実際の経営を我が目で確かめながら、皆さんにもお伝えしていきたいと考えています。なお、表彰された企業・法人の中には、スタッフの方がMGを学んでおられるところもあったことを、特記しておきます。
 

今回の受賞の中には、比較的規模の大きな会社もありました。小さな会社だけではない、大きな会社も基本を確実に守り続ければ「いい会社」となれることを証明されています。
 

その心は、『相手のことを考える』(相手中心主義)ということに尽きるのではないか、その思いをさらに強くした1日でした。

2019年3月22日 (金)

博多シーガルMGに初参加しました

18日の午後に福岡空港に降り立ち、1920日は「博多シーガルMG」に参加しました。春のような暖かさだと思いましたら、20日には長崎から桜(ソメイヨシノ)開花の報せが聞かれました。

さて、ここのところはインストラクターの役割が多く、自分が参加者としてMGをやるのは昨年の11月下旬の仙台MG以来、4ヶ月ぶりになります。これだけ間が空いたのも久しぶりのことです。


博多シーガルクラブのMG(MQ戦略ゲーム)セミナーに参加するのも、何年か前の志賀島シニア以来でしょう。というか、通常のMGに参加は初めてです。今回の会場は福岡市の郊外にある久山温泉です。


普段各地でよくお会いしている顔ぶれもたくさんいらっしゃいますし、しばらくお目にかかっていなかった方とも再会ができました。中には、先週土日の私が主催している上越MGに参加されていたメンバーも。


久しぶりのゲーム参加となりますと、もう30年以上もやり続けてきているのに、やはりワクワクするものです。今回が今年の初MGになりますし、この先何度か参加する予定も組んでいます。


戦略は常に自己資本を高めて終わることです、これは常に不動の戦略ですが、決してトップを目指すことではありません。昨年も何度かトップになりましたが、それは結果に過ぎないと考えています。



さらに一昨年までは、「単年度でも赤字にしない」ことを目標にしていましたが、これは昨年から外しました。これもまた一つの結果だなということであり、戦略的に必要なら単年度赤字も良しと思うからです。


そんなわけで本来ですと、どういう戦術を展開しようかを考えてゲームに参加するのですが、今年はまだ何も決めずにやってきました。昨年は前半が「青チップで圧倒する」ことを戦術の第一に挙げていました。


そして中盤からは「教育(黄)チップだけでやってみる」ことを目指しました。時にはそこに赤チップを少し加えたり、人材を増やしていくこともやりましたが、あくまで基本は「教育」です。

昨年うまくいったことが今年もうまくいくとは限らない、これが基本的な私の考えですので、自在に意思決定することを第一義にしました。とはいっても成り行きに合わせたり迎合するのではない、そこは守っていきます。


ある意味格好良くいえば、独自路線を貫くと言ってもいいのでしょう。で、実際のところ初日の状況はどうだったのでしょうか。ひと言で言えば、戦略ロスによる意思決定ミスとタイミングロスでした。


これで完全に出遅れて、4期はそのリカバリーで終わり、5期は何とか当初頭に描いていた戦略にそってゲームを進められましたが、やはり期数を重ねていてもブランクが長いと勘も鈍るものです。


それでも「状況の変化に速やかに対応する」ことだけは、2日目にはちゃんとやれたようです。次のゲーム参加は4月の伊勢MGになりますが、今度は迷いのないようにしていきましょう。
20190319


なお、2日目の朝には西先生からのご指名をいただき、1時間の戦略MQ会計と利益感度(分析)の講義をいたしました。具体的な話で面白かった、佳かったという声をもらえましたので、ホッとしました。ありがとうございます。

2019年3月19日 (火)

MG用語が社内の共通用語になる

■連載『MG&脳開企業革命』(36)

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MGMQ戦略ゲーム)を通じて社員みんなで学んだことは、利益感度(分析)だけではありません。一番のポイントであるMQ(一般には売上総利益・粗利益・限界利益)をいかに伸ばすかです。

 

ちなみに、多くの会社では利益目標として経常利益(G)あるいは営業利益を挙げています。中には経常利益率を目標にされているところも、少なからずあります。各社の考え方なので、善し悪しは申しません。

 

ただ、営業利益はMQから固定費(F)=一般的には販売費及び一般管理費=を引いて求めます。Fの中身は複雑多岐で、現場の人たちには直接関わりのないものも多数含まれています。Photo_2

 

要するに現場で仕事をしている人たちが、自分たちで考え使う、管理できる費用だけではないということです。経常利益の場合には、さらに営業外の収益や費用までもがプラスマイナスされます。

 

こうなってくると現場からますますかけ離れてくるのです。ですから、私たちはMQを最も必要、重要なものとして、仕事はいかにMQを効率よく確保し、伸ばしていくかということに学びと実践をシフトしていったのです。

 

ですから、年間の経営計画にはもちろんPQ(売上高)が設定されていますが、毎月の営業活動でも決してPQを目標とはしないことを確認しました。

 

ですからまずやったことは、社内の共通用語をMGの用語で統一することでした。これは単に売上をPQと置き換えたり、粗利益をMQと言い直すということではありません。その中身を学び取ることが肝要です。

 

つまり大事なことはPQP×Qなのであり、MQM×Qであるという原理原則です。そしてこういうように考えると、MQアップの方法はPQアップとコストダウンだけではない、ということが分かってくるのです。

 

そのことを徹底的にMGの場で実践体験してもらいました。私自身も社員の皆さんと一緒にMGをやり、なかんずくわざと「安売り競争」を仕掛けてみたり、色々と刺激を与え続けたのです。

 

共通用語が定着するのは年明けの繁忙期を迎える頃でした。P/V/Q/F/Gが会議でも飛び交い、そして戦略チップである赤チップ、青チップ、(のちに)黄チップなども次第に使われるようになってきました。

 

こうなると相互の理解が早くなります。自ずとコミュニケーションも良くなり、レベルも上がってきます。それでもなかなか改善されなかったのは会議の多さと、会議時間の長さでした。

 

会議はMQを産まないということがしっかり理解されるまでにはまだしばらくの時間を要しました。少しずつは改善され、会議の数も少しずつ減っていくのですが、「会議をしていると安心する」傾向は抜けません。

 

それはまた別の機会に譲ることにして、次第に活用されるようになってきたのはマイツール(MT)でした。夏を過ぎる頃にはそろそろ3台のMTでは足りなくなってきたようにも感じました。

 

しかも、親会社からはそろそろ借りていた1台を返してくれという指示も来ましたので、思い切ってリース台数を増やすことにしました。親会社の社長にリースの保証人をお願いし、2台新規増設です。

 

これでプラス1台の4台になり、年明けにさらに2台の増設を実施しました。これで6台、でもまだ社員の人数の40%です。しかし、当初予算でリース料を設定していましたので、まずはそこまでとなります。

 

2019年3月18日 (月)

就活インターンシップにひと言

 
既に来春に向けての採用活動が解禁になった。引き続いて「売り手市場」という状況が続くというのだが、そうなると中小企業とくに小さな会社は、さらに学卒の新人採用が厳しくなると思われている。

 

そこで企業はあの手この手を探り、どこかで成功したと聞くとそれにすぐに飛びつく。それを指南される経営コンサルタントも存在する。関連書も本屋に行くとずらりと並んでいるはずだ。

 

例え付け焼き刃的であっても、とにかく人を採用しなければならないと人事や、総務の担当者は目の色を変えている。私から言わせれば、「まぁやってみたらよかろう」といったところだ。

 

かつては「人財づくりコンサルタント」と名乗っていたこともあるので、私なんかのところにも相談を持ちかけてこられる経営者もおられた。今でも、何かいい方法はありませんかと問い合わせを受けることがある。

 

いくつかの成功事例も知っている。だがそれをお話ししたところで、そもそもバックグラウンドが違うのだから、どこでもやってうまくいくとは限らない。というより、成功は覚束ないといった方が正解だ。

 

最近はインターンシップを採り入れておられる企業も増えてきた。インターンシップ、すなわち就労体験とでも呼ぶのだろうか、短い期間だが実際に会社の業務に触れることで、興味をつないでもらおうというわけだ。

 

これなども、どこかでやってみて成功したという話が伝わると、我も我もと実施する企業が増える。社長辺りは、最初と最後に顔を出して短い講話でもすればいいのだろうが、付き合わされる現場は大変だ。Photo

 

何しろ相手は目下のところ『お客様』なのだ。仕事の面白さや楽しさが伝えられればいいが、そうでなければマイナスの効果を生んでしまう。易しい、ある意味どうでもいいような仕事をしてもらってお茶を濁す。

 

万が一失敗してもらっても、大事には至らないことを選んでやってもらわねばならない。もしケガでもされた日には大変なことになる。当たり障りのないところで済ませたいが、それでは達成感を与えられないだろう。

 

ただ、特別な業務プログラムを作っても余り意味はない、通常業務の中での就労体験が目的なのだから。もちろん、少しくらいのアレンジは許容されるのだろうけど。そこでこういう提案はどうだろう。

 

会社で年間を通じて実施している研修に、体験参加してもらうというプログラムだ。もちろん、それを核としながら就労体験も盛り込むわけだが、あくまで主体は研修にしておくのだ。

 

実は既にこれをインターンシップとして採り入れている企業は少なくない。問題はその研修の内容であり、インターンシップ用の特別研修では意味がない。全社員が必ず体験する教育プログラムでなければならない。

 

社員教育に力を入れている会社であることを、学生たちに感じてもらうのがポイントであり、当然に社員たちも一緒に参加するわけだが、彼らが積極的に楽しく参加していることを見てもらうことだ。

 

学生たちを囲い込むことばかりを意識してはならないと思う。あくまで自社の良いところ、他社とは違う「オンリーワン」を見てもらうことを主体にしたい。最近の学生たちは、待遇や福利厚生だけを見ているのではない。

 

この会社に身を置いても大丈夫だろうか、自分が働いて達成感を得られるかとか評価をしてもらえるかを、意思決定の基本にしている。それを感じてもらうには、普段やっている社員教育の場が最適だと思うわけだ。

2019年3月17日 (日)

社長のあなたの「責任」ですよ

繰り返しますが、私の本業は経営コンサルタントです。各地に遠征してMGMQ戦略ゲーム)や脳力開発講座のセミナーをやっていますので、「セミナー屋」あるいは講師業かと思われがちですが。

 

そこで名刺にも『よろず経営サポート』と印刷しています。ですから、コンサルタント「も」やっておられるんですねと言われますが、いやいやそっちが本業なんですよ、とは一々応えませんけど。

 

そんなわけで、イベントなどの懇親会の席ではご相談ごとをお話かけられる人もおられます。お酒の席ですから、向こうも軽い気持ちで尋ねかけられているのだろうと、こちらも「なるほどそうですか」と聞き流します。

 

それでは申し訳ないので(せっかく私を選んで聞かれたのですから)、少しだけ見たこと聞いたことなどを参考までにとお話しします。いつもなら、それで終わってしまうことがほとんどです。

 

ところがたまに、少し時間をおいてから「実は先日の件ですが」と電話をかけてこられる方もいらっしゃいます。こちらはすっかり記憶をなくしているので必死に思い出そうとします。話の断片がよみがえります。

 

一度お目にかかってじっくりなどと言われますと、これは仲間内の雑談ではなく「仕事」の範疇になります。もっとも最初はお話を伺うだけです、言わばサービスの範疇です(ホントはサービスも有料ですよ)。

 

そういうことがきっかけで昨年お伺いした会社は、社員さんが15名くらいの製造業でした。代表は50歳くらいでしょうか、先代が創業者で2代目、後を継いで間もなく10年になると言われていました。(写真は本文と関係ありません)Photo

 

先代社長は既に引退されていて、監査役という名前にはなっているが会社には滅多に出てこられないそうです。お年もすでに80歳を超えられているということでした。

 

それで何のご相談かと思いましたら、「先日の話」はそっちのけで、グチと不平不満のオンパレードです。二次あるいは三次下請けで、一次メーカー(名の知れた大企業)から厳しいコストカット要求が出て儲からない。

 

社員がアホで(とは言われませんでしたが)レベルが低い、自分の言うことをなかなか理解しない、動かない。優秀な新人が採用できない。求人広告を出しても効果がない。5S運動をやっているが、効果が上がらない。

 

とまぁ、よくも次々に出てくるものだと感心してというより、ただただアキレて聴いておりました。もっともこれは、ずい分多くの会社でこれまでも何度か聞かされてきた事柄でしたので、ただうなづいておりました。

 

独演会が30分くらい続いたでしょうか、ようやく話が途切れたと思ったら、いきなり「なにかいい方法はないものですか」とこられました。これもいつものパターンですので、「どの案件ですか」と切り返しました。

 

「えっ!?」という顔をされました。これまで累々と話してきたじゃないですか、という表情です。「聞いてなかったんですか?」とは言われませんでしたが。

 

答は出ているんです。全部、社長のあなたの「責任」というか、招いていることじゃないですかと。「一番良いのはあなたが『変わる(もしかしたら代わる)』ことですよ」とは言えませんので、ムニャムニャ。

 

適当に事例の一端をお話しして早々に退散しましたが、いやいや時間のムダをさせられました。時間給分くらいは請求してみるかなと思いましたが、帰りの車を運転しながらそれも忘れてしまいました。

2019年3月16日 (土)

今日からダイヤ改正です

今日3月16日は、全国のJRグループが一斉にダイヤ改正を行います。

 

今回は新線の開通は「おおさか東線」のみで、規模からいうと中規模の改正になりましたが、大きな変化のあった地域・路線もいくつかあります。Photo

 

毎月のように遠征が多い私ですから、ダイヤ改正のチェックをしなければなりません。幸いに大きく変わるところはほとんどなく、数分以内の改定でした。

 

乗り鉄愛好者としては、今回開通する新線や開業新駅などにいつどうやって乗りに行くかがポイントですが、一方ではローカル線における改正が気にかかります。

 

これまで毎回のようにローカル線の本数減などが繰り返されてきました。その度に、その路線の今後が心配されたのですが、今回の改正でもいくつかその傾向はありました。

 

全体としては本数増なのですが、やはり地方ローカル線の、とくに末端区間などでは利用しにくくなっているケースもあるようです。

 

利用実態・実績に合わせているとJR各社はいいますが、本数減が利用しにくさを招いてさらに減便となるような、負のスパイラルがこれまでも繰り返されてきました。

 

また、「お金を出せば快適に」といった傾向が少しずつ、これはJRだけでなく私鉄にも広がっています。それは悪いことだとは言いませんが、ベースの底上げなしというのではね。

 

サービスは有料なりということは承知しています。だが、少なくとも運賃という対価を払って乗車する車両設備が、お粗末なものでは困りものです。

 

まぁ、各地での改正に対する評価がどうなるのか、しばらくは注視しつつ乗り鉄の旅を引き続き楽しみます。

2019年3月15日 (金)

在庫が合いませ~ん!!

■連載『MG&脳開企業革命』(35)

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さて、期末の棚卸となりました。6月末の2日間を出荷停止にして、全員総出で二人1組になって実地の棚卸開始です。前日までにオフコンから出力されていた在庫明細表が棚に貼られ、集計表の表も用意されました。

 

在庫の金額はざっと15千万円、アイテムが多い上に各商品のほとんどがサイズものです。多いものでは一つの商品で30サイズくらいあるものもあって、数えるのも大変です。

 

一通り数え終わるのに1日半たっぷり掛かり、女性社員が2人キーボードの前に座り続けて数を打ち込んでいきます。差違表が打ち出されて、今度はそれを持って再び数え直しを行います。Photo_2

 

もちろん2日間では終わらず、7月がスタートして新年度に入ると、少ないながらも出荷作業が始まります。差違が埋まらないものは、最終的には実際在庫に合わすのですが、実はその差異が異常に大きいのです。

 

しかもその差異がマイナスに振れています、ということは実際の数に合わせてしまうとそれだけ粗利益を減らすことになります。前期在庫金額+今期の仕入金額-期末在庫金額(Z2)=今期の売上原価(VQ)です。

 

Z2の金額がコンピュータ(帳面)在庫より少なくなれば、当然ですがVQが増えてその分MQ(粗利益)が減るわけです(PQ-VQ=MQ)。それが数百万円ですから、これは大問題です。

 

そうでなくても、前期決算予測では損益分岐点スレスレなのですから、どうするかという腹を決めねばなりません。顧問税理士さんとじっくりと相談をし、この際在庫には目をつぶって経常利益をプラスで終わることにしました。

 

PQは前期対比102%でしたが、MQは大幅にダウンし、その上F(固定費)も増えていました。G(経常利益)は何とか150万円でしたが、上記のように実質は赤字決算で終わりました。

 

赴任して3ヶ月ですから、もちろん私の経営責任ではないとしても、この会社を盛り返していかねばならない責任はずっしりと感じました。自己資本比率は9%を下回り、借入も多く余力はないという状況でした。

 

4月の時点での移動平均(MAV)分析をさらに3ヶ月プラスして行い、辛うじて下げ止まりには近づいていたものの、MQは底だろうなと思われました。粗利益率(m%)は20%を割り込み、危機的状態でした。

 

何から手を付けるか、優先順位を決めてなどと悠長なことは言っておられません。やれるところからやっていく、という以外にはありません。とはいえ、どこに手を付けていくか、メスを入れるかは決めなければなりません。

 

私は、まず利益感度分析だと直感しました。当社の現状での利益感度を社員全員が知れば、自ずと方向が見えてきて全社一丸となることが可能だと。その為にはMGを繰り返してやるのが一番だと。

 

利益感度のテキストも作成しました。まずは自社の状況を知り、どこが重要ポイントかということを肌感覚で知ってほしいと。だからこそMGをやるのだ、朝礼の中で毎回表現を変えて説明しました。

 

56人での1卓ワンデーMG、半日MG7月は繰り返し行い、8月には社外からゲストを招いて全員でワンデー研修を行いました。ゲストの方からは、それなりに刺激は受けたようでした。

2019年3月14日 (木)

チラシはもうやめたらどうでしょう

数ヶ月前のこと、ある方からご相談を受けた。

 

曰く、毎週のようにチラシを出しているのだけれど、どうも効果が感じられない。近くの大型スーパーがもっと多い頻度で、しかも大きなチラシをカラー刷りで出していてインパクトが強い、完全に負けている。

 

そこで、どうしたらいいだろうかということだった。

 

我が家は新聞をとっていないので、ネットで近隣の店が出しているチラシを見てみた。相談を受けた方とは地域がもちろん違うのだが、きっと同じような状況なのだろうと想像できた。

 

確かに全国規模の大型店が、毎週のように大きなチラシを出しているし、その他周辺の店も定期的に出している。そのほとんどがカラーのきれいなものだし、中にはクーポンとやらが付いているのもある。

 

共通しているのは価格訴求ということだ、その日の特売目玉商品を含めてとにかくこれでもかというくらい、価格強調の印刷が並んでいる。中にはカラーでないチラシもあったが、中身は大同小異だ。Photo

 

新聞をとっている家の人たち、とくに主婦層は毎日こういうチラシの洪水を眺めているのだろうか。中にはその中から「今日(どうしても)買う商品」をセレクトしている人もいるのだろう。

 

でもそれはごく少数ではないのかと思ったりする。チラシを見なくても、毎週何曜日にどこの店に目玉商品があるのか、「プロの主婦」は分かっているような気がする。我が家のカミ様もそういう情報には詳しいようだ。

 

だからその店に行くのかというと、決してそれだけが理由ではないらしい。その特売日だけに行くのかと聞くと、そうではないと言う。その店が買いやすい、どこに何があるのか頭の中に入っていてムダがないのだと言う。

 

もちろん時々はネットで調べているようだが、それはとくに買いたい商品がある時らしい。ついでに他の店のチラシも見ているようだが、あくまで参考程度にらしい。

 

そういったことを参考にして、相談をされた方に回答することにした。『チラシを止めてみませんか』と。ホームページも持っておられるので、そのページを毎日活用するように申し上げた。

 

なぜなら、くだんのお店で週一制作しておられたチラシも、他の店と中身は大同小異であったからだ。メインはあくまで価格訴求、高いか安いかの比較材料に過ぎなかった。

 

昨今のお客様が、それだけの情報をネタに買い回りをするだろうか。そう考えていたとしたら、余りにお客様をバカにしてはいませんか。もちろん、当日の目玉を当てにして来店されるお客様もおられるだろうけど。

 

他店と同じレベルの競争をしていては、より金をかけたきれいな(見栄えがする)チラシ、大きな(つまり情報量が多い)チラシ、そういったものには勝てないだろう。別の次元で「勝つ」にはどうしたらいいだろうか?

 

「勝つ」とは、お客様に来店いただけることの他にはない。お客様の求めていること・情報、まずはそれに応えることが肝心だ。それはチラシだけではない、他の方法(戦術)でも構わないのではないか。

 

何よりも、お客様のお役に立つというしっかりとした『戦略』を、持つことに尽きると思うのだが、いかが。

2019年3月13日 (水)

経理の丸投げと公私混同には要注意

今日は3月の13日、確定申告の受付もそろそろ申告期限(15日)です。遅れても期限後申告として受け付けてもらえますが、場合によってはペナルティもありますのでご注意。

 

さて、申告書とは正確には税務申告書、即ちこれだけ税金を払います(あるいは戻して下さい)というもので、その裏付けとしてこの1年間の「実績」はこうでしたというもの。

 

では実績はというと1年間の仕事の結果であって、期末貸借対照表(BS)は別名が残り表、つまりは1年間の最終日=期末に何がどれだけ残っているかを一覧にしたもの。

 

期間損益計算書(PL)は、1年間にまとめて何をどれだけ費消したかというもの。いずれも、日々の帳票に基づいて集計され、期末の棚卸によって確認するものです。

 

ですから、日々の帳票(あるいは伝票)処理が大切なのであって、それをいい加減にしていると手間取るばかりではなく、正しい数値を把握することもできません。

 

小さな会社の場合、専門の経理担当者を雇用するのはなかなか大変なことですし、奥様やお母様がタッチされている例も少なくありませんね。個人事業ならそれでもいいでしょうが、そこそこの規模になってもというのは?

 

私は、お金のことは例え家業の域を出ない状態でも、家から離しなさいと言っています。かといって、税理士(事務所)さんなどに丸投げというのはもちろん感心しません。Photo

 

日々の伝票・帳票の整理などは、1ヶ月あるいは1年の中で何日かは集中しても、毎日キチンとやっておれば処理に半日もかかりません。たぶん、12時間もあれば仕訳入力もできて、ファイリングも終わるでしょう。

 

領収書(レシート含む)などはA4のコピー用紙や、コンピュータの出力用紙の裏面を活用して貼り込んでいけば、時系列でまとめられます。月別(あるいは4半期毎)にファイリングすれば完璧です。

 

仕入の納品書、請求書、販売の伝票なども、それぞれ時系列にファイリングしていくだけです。注文書やFAXなどは、現場ごとにファイルすることを日々徹底すればいいのです。

 

それをまとめてやろうと思ったり、サボったり手を抜いたりして数日分を溜め込むと、次第に厄介になります。今日できることは今日の内に、というのが基本中の基本です。

 

私はどうしてもその日の内にできない場合は、翌朝早く起きて朝食前に片付けることにしています。遠征出張中はほとんどが領収書類ですから、それらは時系列で順番に透明袋の中に納めていきます。

 

小さな会社も大きな会社も基本は同じです。そして規模が大きくなるほどに、公私混同に決してならないように気を配ることです。社長の交際費は、社員みんながしっかり見ています。

 

家族以外の人が経理をやってほしいというのも、ついつい脇が甘くなってしまいがちになるのを防ぐためです。交際費の多い社長は、多めに社長報酬をもらっておいて、普段は「自分のカネ」を使った方が無難ですよ。

 

そうした管理、ファイリングがキチンとできていれば、税務署が調査に来られても堂々と対処できますし、係官の見方も善方向になるはずです。くれぐれも痛くない腹を探られませんように。

2019年3月12日 (火)

中小企業家同友会に入会しました

■連載『MG&脳開企業革命』(34)

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さて、年度末(6月)が近づいてようやく忙しさも一段落、マイツール教室も希望者のみを対象でしたが2回目を行って、少しキーボードに触ってみようかという社員も現れてきました。

 

私は、やっぱり若い人が触ってくれるだろうなと考えていたのですが、実際には60歳に近い取締役2人が手を出してくれていました。もちろん最初は試行錯誤、操作エラー音が四六時中鳴っている状態でした。

 

それでも、互いにマニュアルを見ながらやっているようでしたので、私も聞かれること以外は口を出しませんでした。その内に他のメンバーも加わってきました。そうなると、マイツールの台数を早めに増やしたいと思うようになります。

 

MGもワンデー研修を是非期中にということで、土曜日休みに開催しました。社員はもちろん全員参加です。親会社に行った際に、ゲーム盤を3台しばらく借りる旨をお願いしてきて、既に届いていました。

 

殆どの社員が、1年ぶりのMGでしかも2回目ということで、2期の決算が終わったのが5時前、3期の決算は8時過ぎまでかかりました。辛うじてMQ会計の解説だけを入れることが出来ましたが。

 

おそらくこの時点では、「MGは好きだ」という社員はいなかったことでしょう。それどころか、「もうやりたくない」オーラが出ている感じもありました。

 

さて、そんな中で中小企業同友会(以下同友会)とのつながりができました。

 

長岡に突然に出向して来ましたので、妻の親族以外にはほとんど知っている人がいません。仕事のつながりも、自社の仕事の関係以外にはありません。

 

幸いに、それまでのMGで知り合った方がお一人おられました。それが当時()点塾の社長をやられていた清水信博さんでした。現在のソフトパワー研究所の前社長です。
 

 

Photo

清水さんの紹介で同友会の例会に参加、その場で入会を決めました。当時はまだ長岡市内の会員は少なく、毎週の例会場は新潟市内でしたので、毎週車で往復しました。

 

例会は夜でしたので、例会後には毎回親睦会もありました。車でしたのでお酒は呑めません、そこで34回に一度は新幹線で往復しました。美味しいお酒に酔ってしまい、長岡駅で乗り過ごしてしまったことも。

 

同友会では、地元の企業の方との交流を深めることができました。何よりもそれまでは自社の業界、あるいはその関連くらいの会社しか知らなかったので、ありがたいことでした。

 

結局同友会とは2006年に社長を退任する時まで、16年間お世話になりました(会社としては今も会員のはずです)。その間、長岡地区会(現支部)立ち上げを行い、初代地区長もやらせていただきました。

 

また、全県の副代表理事を都合4年間務め、その間には青年経営者全国交流会(青全交)もあり、全体集会の司会もやりました。お世話になった方の中には既に鬼籍に入られた方もおられます、ご冥福を祈ります。

 

そんな中で、いよいよ中期5カ年(会社再建)計画の最初の年度を迎えることになります。

2019年3月11日 (月)

あれから8年に想うこと

夜半からの雨、春の暖かさも今週は足踏みというところでしょうか。東日本大震災から8年、あの日は確か晴れていたように記憶しています。

 

ここ数日、TVでは震災特集の番組がいくつも放映されていますが、それを見ていると復興はまだ道半ばという感を強くしています。

 

被災地には何度か足を運びましたが、確かに町の中心の移転とか鉄道の復旧などインフラの整備は進んでいるかに見えますが、ではそこに人が戻ってきているのかはちょっとね。Daisinsai12 (写真は震災直後の釜石市)

 

とくに福島原発の影響を強く受けた(受けている=進行形)地域は、元通りにはならないという気持ちを強く持ってしまいます。風評被害は今も続いています。

 

実際に現地を見てきた時にも、そこには除染された土砂が黒い袋に入れられたまま、放置されたままでした。しかもそれらの多くはまだ、そこに残ったままなのだそうです。

 

直接には当事者でない私にできることは、記憶を風化させないでいること、少なくとも気持ちだけはずっと被災地に向けていたいということだけです。

 

実際、当地(新潟県)には震災地から避難したまま、今もまだ戻れない方もたくさんいらっしゃいます。もしかしたら戻ることを諦めた方もいらっしゃることでしょう。

 

学校でのイジメなどという悲しい、腹立たしいニュースも伝えられたことがありましたが、それらは今どうなっているのでしょう。

 

そして、今なお震災による(その多くが津波による)不明者が2500人以上いるという事実も、忘れてはならないと思います。

 

犠牲になった多くの皆さんに、心からの哀悼を捧げます。

2019年3月10日 (日)

今日の研修、朝からワクワクしてます

昨日から都内で企業研修、MG(MQ戦略ゲーム)をやっています。

 

4回シリーズの今回が2回目、といっても前回の研修が昨秋11月でしたので、4ヶ月ぶりとあってニアリー初MGという感覚でしょう。前回欠席の方も1名加わりました。

 

20190309_110540
それでも2回目でしたから進行はスムースで、前回に比べると内容も少し増やしてまとめることもできました。ルール説明も前回は45分、今回は35分と短く終えました。

 

さてゲームが始まると、さすがに感覚は戻るものです。殆どそばから口を出さずとも、順調に進行している感じでした。さらに、価格競争が熱を帯びてきました。

 

期数を重ねたベテランの方が一人でも混じっていると、価格競争つまり安売り合戦はいくらか緩和されるのですが、期数の浅い人たちだけですとますます激しくなります。

 

それでいいのです、いやもっと激しくなってもらってもいいのです。それこそ最低の20円市場でも競争入札をしてほしいと思うくらい(実際にやっていました)。

 

なぜか、価格競争をしていて利益が上がってこないことを肌感覚で知ってほしいからです。また、あるいはそんな中でも利益を出すとしたら、どのくらいの量が必要かなども。

 

今のところ、「あいつが安売りして、下をくぐってくるから」という声が聞かれます。これもまた、狙っていたところです。これをネタに、まとめの講義ができます。

 

そんなわけで、初心者(期数ゼロあるいは少ない期数)の多いMGは、私にとっても学びの宝庫です。こうしたらいい、ああしたらいいとは一切申しません。

 

それは自ら考え、ゲームの中でやってみてほしいのです。うまくいくかどうかは別問題、どうやって現状を打破していくのか、自ら考えやってみることが大事なのです。

 

それがMGの基本である「教えない、教え合う、紙は自分で」ということです。

 

さて今日1日はどういう展開になっていくのか、気付く人が出てくるか、やってみようという人が現れるか。楽しみで今からワクワクします。

2019年3月 9日 (土)

損益分岐点は4つあるという事実

朝は冷え込みましたが、日中は気温が上がって春の陽気になるようです。昨日の夕方、東京は上野公園のそばを通りましたが、早咲きの桜がきれいでした。

 

晴空が広がってのんびり散策したいところですが、この土日は企業内研修です。今回のテーマは、『損益分岐点と利益感度』です。

 

損益分岐点、経営者なら何度も耳に目にしておられる数字ですね。これが一番大事な数字なんだとおっしゃる専門家、あるいはコンサルタントの方もいらっしゃいます。

 

その割には、損益分岐点の本質を知らない方が多いと言うより、殆ど知っていないのではないかと思えるのですが、いかがでしょう。

 

そんなことはない、当社では毎年税理士さんから経営分析をしてもらい、その都度損益分岐点についてもしっかりと把握している。きっとそのように言われることだと思います。

 

ではその「損益分岐点」は一つですか?と尋ねますと、怪訝そうな顔をされます。ほらほら、そんな顔をされるということは「分かっていない」ということなんですよ。

 

普段皆さん方が目にされているのは、正確に言いますと「損益分岐点売上高」という計算数値ですね。あるいは、損益分岐点比率という率も見られているかも知れません。

 

でもそれは一つだけですね。経営の教科書にも、損益分岐点の計算の仕方が書いてあり、その答は一つです。201402_sabcd

 

そもそも損益分岐点とは、この売上高になると「損益がゼロ」になるというポイントです。損益ゼロの損益とは、経常利益のことをいいますが、それがゼロということです。(写真は西研MGより)

 

赤字ではないが黒字でもない、すれすれのところの売上高はこれこれだからこれより下がらないように、あるいは赤字会社はこの売上高まで伸ばしていこうということです。

 

それは違いますとは申しません。でも、それだけで良いのかということをいいたいわけです。ハッキリ言えば、その売上高になっても赤字になるかも知れません。

 

あるいはそこまで売上高を上げなくても、会社を黒字にできるとも言っているのです。そう申し上げると、殆どの経営者は???です。そんなこと税理士さんは教えてくれてない。

 

結論から言いましょう、基本になる数字を使って解説すれば『損益分岐点は4つある』のです。同時に利益感度も4つあり、会社を黒字にする方法は一つではありません。

 

そのことを今日は研修参加の皆さんに学んでいただきます。言われてみれば、実はコロンブスの卵ですが、知っているだけで効果は絶大です。

 

もちろん、企業の現場に落とし込むことができればサイコーです。殆どの経営書には書いていない、この『秘法』をあなたも学びたいと思われませんか!?

2019年3月 8日 (金)

中期5カ年計画が認められた

■連載『MG&脳開企業革命』(33)

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年度末(6月)が迫っていました。今期の最終PL見込みは損益分岐スレスレ状態、やや赤字に振れそうでした。肝心の粗利益率はまだ改善の兆しが見えていません。

 

BSも不良資産の大きさに唖然としている状態で、なんとかしたいと思っていても利益が出せない状態では、ハッキリとした見通しが立てられない。大きな山崩しの現場をただ見つめているだけの状況。Photo_2

 

繁忙期が新学期商戦、そして夏物商戦と続いてきていたので、MGをやりたくてもまだやれない情勢。マイツール(MT)も3台設置してイントロ教室はやったものの、一向に使う兆しが見えない。

 

いわば八方塞がりの状況でしたが、立ち止まっているわけにはいきません。まずは今期の終わりを見据えながら、次期の計画を練っていかねばなりません。何よりも、その前に将来戦略を固めねば。

 

まずは深呼吸、現状は分かりすぎるくらい明らかでした。言ってみれば、これがどん底というんだなと思いました。ただ朗報もあります。あれだけ痛みのあった十二指腸潰瘍は、ウソのように治っていました。

 

現金なものですね、月末の支払・決済キャッシュが間に合った途端に、痛みが消えてしまったのですから。つまりはストレスによる病だったのでしょう、不思議なものです。

 

体調が回復すれば、頭の冴えも元に戻ってきます。数日で中期戦略を仕上げることができました。本当は長期戦略、さらにその上位である経営理念を創らなければなりませんが、それには時間が足りません。

 

中期経営計画(5カ年)、そして年度(第27期)経営計画・資金繰り計画を案としてまとめました。年度計画は営業担当者からそれぞれ出してもらい、MTの力を借りて修正を加えながら一気に集計しました。

 

それをベースに中期計画を微修正し、まとめた案を抱えて親会社に出張しました。正直に言えば、実現ができるかどうかは自信が持てない案でした。それでも、夜行列車に揺られる中で「できる」と自分に言い聞かせました。

 

と言うより、やらなければいけないということが第一でした。やろうと決めている手法には確信には至らないまでも、やれば必ず効果が上がることは自信がありました。ただその為には、まずMGをやることが必要条件です。

 

中期5カ年の初年度から1千万前後の経常利益を出すことを、計画していました。累積赤字を抱えていますからあと2年は法人税免除です、その間に不良資産もできるだけ処理する。

 

絵に描いた餅に終わらないよう、戦術もかなり具体的にラインナップしていました。だがしかし、まずは親会社の社長から計画にOKをもらうことが先決です。社長がOKでも、担当常務はどうか?

 

案の定、常務からは何点かの疑問点が指摘されました。粗利益の改善がこれほど一気にできるのか、あるいは経費の計画が「赤字会社なのに上げていく」とはどういうことか、しかも上げ幅が大きい。

 

もちろん、私は反論しました。心の中では、「あなた方は当社がこういう瀕死状態だということにすら、気付いていなかったではないか」と思っていましたから、思い切ったことが言えました。

 

結局、社長の「まぁ、これでやらせてみてどうか」のひと言で決まりました。その分、『経営責任』とやらがズシンとのしかかってきたわけですが。

2019年3月 7日 (木)

月月火水木金金

「月月火水木金金」という言葉をご存じですか。若い人たちは知らないでしょうが、私くらいの年代だと少しくらい実際体験したかも知れませんね。

 

元々は旧日本海軍の、休日を返上しての猛訓練を称した言葉で、とくに日露戦争後から太平洋戦争開戦時までの様子を表し、軍歌にも歌われました。

 

ちなみにその軍歌1番の歌詞はこんな感じです。
『朝だ夜明けだ 潮(うしお)の息吹 うんと吸い込む あかがね色の 胸に若さの みなぎる誇り 海の男の艦隊勤務
 月月火水木金金』
 

 

Photo

なかなか勇ましい歌ですが、実際に常識を越える訓練が課されているようでした。つまり「世界の常識」を超えるような成果を出していかないと、敵を圧倒することは出来ないという敢闘精神でした。

 

その訓練成果が緒戦の真珠湾攻撃で早速活かされたことは、世界に衝撃を与えました。また零戦の性能・攻撃能力の高さは、他を圧倒するものでした。敵を完全粉砕し、被害ゼロという戦果も記録されています。

 

しかし、そんな常識を越えるような成果を出したことが、その後の進歩発展の足かせになったことは皮肉であると共に、私たちへの大事な警告を与えてくれています。

 

さらには、敢闘精神というヒステリックで、ある意味ストイックなものが、合理性や科学性を阻害することによって、大きな悲劇を生んだことは枚挙のいとまがありません。

 

企業もまた、同じような陥穽にはまってしまう危険性を常に持っている、そのことを忘れてはなりません。成功体験あるいはヒット商品というものが、その後の企業の進路を「妨害」してしまうことを知っておくべきです。

 

一世を風靡した企業が、いつの間にか世の中から姿を消してしまった事例は、ここに敢えて記すまでもないと思います。あなたの会社がいつそのようになるか、ヒットの大小や成功の度合いには無関係とも言えます。

 

どんな会社にだってそういう危険が常に、そして社内外のどこにでも潜んでいることを知っておきましょう。もちろん、会社の大小にも関係がありません。小さな会社ほど「効き目」が大きいのかも知れませんが。

 

MQ戦略ゲーム(MG)の中でも、そういったシミュレーションが出来ます。それなりに体験期数を重ねてくると、勝てるパターンがあるように感じます。それが数回続くと確信に(近いものに)なっていきます。
 


次回もまた、同じパターン(のゲーム展開)でやって成功すると、あるいはさらに良い結果が得られると、もう完全に虜になってしまうかも知れません。そこに落とし穴があることを、知ることも必要でしょうね。

 

そのためには、、、その先は自分で考えて下さい。答は無数にあるはずですから。ただし、手遅れにならない内にということだけは、付け加えておきます。

2019年3月 6日 (水)

脳力開発講座のまとめは歴史講義

今年の脳力開発講座が、今月神戸の第1回講座から始まりました。来月は東京でスタート、新たに開講する福岡は少し遅れて6月から始まります。

 

基本的なプログラムはこれまでの2年間と大きくは変わりませんが、少しずつではありますが新しい試みも加えて(ということは何かを削って)います。

 

まとめの講話について、それぞれ1回はゲストの方をお招きすることを考えているわけですが、後は従来通り私の歴史講話で締めくくります。

 

今回の神戸講座では、定番の織田信長の話でした。これは、脳力開発の提唱者である城野宏先生が、セミナーの中で繰り返しやられた内容でしたから。

 

もちろん、城野先生と同じストーリーではありません。私は私なりに信長を学び、自分の足で足跡を辿り(例えば桶狭間など)、そしてそれを脳力開発に当てはめてお話しします。

 

Photo
歴史の事実は一つですが、その時その人(つまり信長)がどのように考えて行動したかということは、私の想像の産物です。

 

普遍性で、すなわちその条件の中なら人はどう動くかには共通性がある、というところから心を推し量り、そこに信長という特殊性(個性)を加えていくのです。

 

その意味では、信長は普遍性を越えたところに多くの個性があったとも言えるわけで、そこに加えるのは実は「私の個性(特殊性)」なのかも知れません。

 

『信長公記』(太田牛一)をベースにしながら、たくさんの信長研究家の分析を参考にしながら、というよりはそれらに私なりの是非を加えて、皆さんにお話しします。

 

オリジナルを加えているとすれば、そこに「戦略と戦術」という形での盛り付けを工夫していることでしょうか。

 

次回の東京(4月19日)でも、まとめの講義では信長を取り上げます。

2019年3月 5日 (火)

不良資産がキャッシュフローを詰まらせていた

■連載『MG&脳開企業革命』(32)

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キャッシュの苦労はその後も繰り返し続きましたが、その月末のようにあわや崖っぷちという事態こそありませんでしたが、かなり厳しいスレスレ状態は繰り返されました。

 

しばらく経って経常収支上はしっかり利益の出せる状態になっていくのですが、それでもキャッシュについてはなかなか状況が改善されませんでした。なぜそうなるのか、その原因がおぼろげに分かってきました。

 

まずはその問題点を書くことにしますが、これについては大きな赤字を出した数年前に遡る要因が大きかったのです。そんな時のことなど私には関係ない、と逃げるわけにいかないが経営者の辛いところです。

 

私たちは、会社の(経営の)数字というと、まずは損益計算書(PL)に目を向けます。何しろ分かりやすいからです、財務諸表あるいは試算表が余り理解できなかった私ですら、PLは分かりました。

 

分かりましたといっても、利益と名の付く項目に「▲」がついていないから赤字ではないのだな、と思う程度です。間違いではありませんが、底の浅い理解であったことは確かです。

 

MGの期数を重ねても、経営感覚が普通程度ならそこで留まってしまうでしょう。幸いなことに、200期を超えてさらに期数を重ねていきますと、なぜか期末貸借対照表(BS)が気になり始めます。

 

何も確信があったわけではありませんが、どうも当社の問題点は、PLはもちろんではあるけれど、もしかしたらBSの方にも大きな課題があるのではないか、そういう直感が沸き起こりました。

 

そこで税理士のTさんにそれとなく尋ねてみたのです、問題点を指摘してくれませんかと。そうしましたら、我が意を得たりと言わんばかりに、T先生はいくつかの問題点を列挙してくれました。Photo

 

集約してひと言で言えば『不良資産』、大きく分けて不良売掛金、不良在庫、そして不良貸付金の3つが当社の財務の足を引っ張っているのだと、率直に教えていただきました。

 

そんなこと、親会社で販社から送られてくる決算書や試算表を眺めている時は、全く想像もしませんでした。しかし、当社の重い病巣がそこにあるのだということをハッキリと自覚しました。

 

これが足を引っ張っている内は、会社は良くならいのだとT先生は指摘されました。流動資産、すなわちその中で「1年以内にキャッシュになる」はずの中に、そうはならない膿が溜まり溜まっているのだと。

 

総額ざっと5千万円。この数字は正確ではありませんが、私の経営セミナーの中では、この5千万円という数字で解説していますので、ここでもその数字で押し通させていただきます。

 

とてつもない数字です。当時の総資産(総資本)がざっと47千万円でしたから、10数%に当たります。そんな不良資産があったら、つまり会社は瀕死状態といってもあながち間違いではなかったわけです。

 

再建という二文字がどっかと私の方に押し掛かってきました。何とかしなければならない、下降傾向のPL業績を上向きにしていかねばならない、と同時にBSも改善していかねばならない。

 

重い役割を感じました。同時に果たしてできるのだろうかとも思いました。しかしやらなければなりません。出向当初の役割がそうでなかったのだとしても、こうなったらやるしかないのです。

2019年3月 4日 (月)

セミナー遠征が続きます

昨日までの3日間、神戸でのセミナー(脳力開発講座/キャッシュフロー経営セミナー)にご参加いただきました皆さん、ありがとうございます。おかげさまでご一緒に愉しく学ぶことができました。

 

初日にはかなり重症気味だった花粉症も、日ごとに体が慣れていくせいか、日曜日の講義はまともな話ができたのではと思っています。同じセミナーでも、毎回少し違うことを話すことで、自分が鍛えられます。

 

そんなわけで、今日はブログも休養日にしようかなと思っていたのですが、やはり何か書いた方が良いよと、後ろの方から囁かれましたので、移動中の電車の中でキーボードを叩いています。

 

金沢を出て能登半島の付け根辺りを北上して参りますが、あいにく外は雨、その分花粉は飛んでいないので体調に影響がないのはありがたいです。プラスあればマイナスあり、表裏は一体ですから。

 

今回の脳力開発講座では、特に新しいことを試したわけではありませんが、レジメをリニューアルしたりして気分を一新してみました。再びパワポを活用してみたり、何かを変えることで伝わることも変わるようでした。

 

一つ変えてみたことは、原点に返って城野宏さんの論文を取り上げてみたことです。もちろん、毎回一部しか紹介はできませんが、城野さんが伝えたいことはここに集約されていることを感じます。

 

それをどのように味付けするか、本来の素材の真髄を変えずにどう伝えられるかが私にとっては、非常に大きな学びになります。無難にという言葉は余り好きではありませんが、まずは及第点だったかと思っています。

 

土日のキャッシュフロー経営セミナー、CFMGは体験者と未体験者がバランス良く参加して下さり、教え合い・学び合いがうまく機能していたかなと感じました。

 

脳力開発では、人にはそれぞれの立場があり役割があると言いますが、その役割を見つけることや、役割をどう果たすかということを体験していけるのが、このセミナーの大きなポイントです。

 

『成績より期数』とは、そのことを本当に的確に言い当てています。「100期で人間が変わる」とも言いますが、本人は気が付かなくても、確かに変わっていることを感じることができます。

 

3月はこの後も、今週末は東京での企業セミナー、そして次の週は上越市(直江津)でのセミナーと続きます。上越の後、私自身が一人の参加者としてようやくセミナーを受講できます。

 

それが何と4ヶ月ぶりの受講になります。こんなに間が空いたのが、久しくありませんでした。その意味では、心と意識のリハビリテーションになることでしょう、楽しみです。

 

では、これから今回の遠征最後のミッション、しっかり努めて参ります。
 
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2019年3月 3日 (日)

キャッシュフロー経営セミナーも間もなく10年

神戸の町は早春の陽気に、その分スギ花粉もかなり飛んでいますが。そんな中脳力開発講座に続いて、昨日からキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)が始まりました。

 

「復活」と題してキャッシュフローMGをセミナーとして始めて、そろそろ10年を迎えます。最初は定期的ではなく、年に数回開催しながらルールや記帳についても試行錯誤でした。

 

ありがたいのは、参加して下さったMG仲間が色んなアドバイスや指摘、あるいはアイディアを出してくれたことです。これによって、数年でほぼ完成形に近づきました。

 

ベースであるMQ戦略ゲームの基本は崩さない、あまり現実経営にはこだわらないが、できるだけ実際に近づける。少なくとも感覚的には現実経営を目指す。

 

そんなわけで、ほぼ毎年のように微調整を加えて10年近く、まだまだ足りないところもあると思いますが、皆さんに学んでいただける形になってきました。

 

定期開催地も神戸と東京が定着し、熊本、高知、京都、岐阜、伊勢などでも毎年開催が続き始めています。おかげさまでたくさんの方にCF経営をお伝えしています。

 

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CF経営とPL経営、その違いを理解していただくことから始めています。その基本は、『PLは意見、CFは現実』というキーワードです。

 

もともとCFMGの復活を目指したのは、せっかくの技術やサービスをもったベンチャー企業が、数年で壁に突き当たり、中には継続できない事例が多いという背景からです。

 

PL的には好業績に見えるのですが、その実態は危うさが常にちらつく、それはなぜだろうかというクエスチョンです。それでは余りにもったいないではないかと。

 

今のところはまだ、そういった方に学んでいただける状況にまでは至っていませんが、10年でベースができれば、そういった経営者、企業へのアプローチも強めていきます。

 

その為にも、もうしばらく自ら学び、共に学ぶ仲間と切磋琢磨していきます。幸い、素晴らしい経営者や会計の専門家の方も一緒に学んでくれています。

 

次の局面に大きくキックオフできるよう、今日のセミナーも氣愛を入れていきます。

2019年3月 2日 (土)

誰でもすばらしい頭になれる

MG/CFMGと並んで、当ヴァンガード経営研究所(VAN研)が主催している2大セミナーの一つ、脳力開発講座の今年最初のセミナーを、昨日神戸で開講(第1講)しました。

 

脳力開発は、1985年の12月に亡くなった城野宏さんが提唱された、『脳力開発・情勢判断学』をベースとしたVAN研独自の行動学セミナーです。

 

城野先生はその著『脳力開発のすすめ』(1977年)の中で、「誰でもすばらしい頭になれる」と書かれたいます。なぜなら、脳力が全ての人に平等に与えられているからです。

 

しかし、人はせっかく生まれながらにもっているその脳力の、わずか2~3%しか日常生活の中では使っていません。それでも普通に生活ができ、何の問題もないからです。

 

しかし、そのスタイル(行動習慣)が、人生のキーポイントや仕事のターニングポイントに於いても、そのままの習慣で行動してしまうことで、とてももったいない結果になっています。

 

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その肝心なところで、普段の10倍20倍の脳力が使えるとしたら、きっと素晴らしい結果が伴ってくることでしょう。普段から、そういう行動習慣にしませんかというのが脳力開発です。

 

身につけて、普段から意識して行動した行動習慣が11あります(11の指針)が、私の脳力開発講座ではその中の3つ、『精神的姿勢の確立』の3か条を学んでいただきます。

 

とにかく、普段は休んでいる脳力を叩き起こしてやるわけですが、物理的に何かをするというわけではありません。他力でもありません、自分自身で刺激を加えるだけです。

 

つまり、常に意識すること、それだけで行動習慣が変わっていくのです。そんな簡単にいくんですかと聞かれますが、だからこそ「誰にでもできる」のです。

 

だって、皆さんちゃんと生まれながらにその脳力を持っているのですから、普段休んでいる意識を目覚めさせることだけでいいのです。

 

具体的には、普段よりも手と足と口を使うというだけのことです。なぜなら、脳力を使った結果が『行動』なのですから。しかも意識して自由に使えるのは、手と足と口だけですから。

 
この当たり前のことを、キチッと習慣づけることができれば良い。あとは、日々の生活や仕事の中で実践して参りましょう。

2019年3月 1日 (金)

小切手はすぐにキャッシュにならない

■連載『MG&脳開企業革命』(31)

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1990年の月末、2627日が土日でしたので、営業社員たちは28日からの4日間を集金日として行動予定に入れていました。お客様にも支払予定日がありますから、早く伺っても無駄骨のことがあります。

 

それでも逸る私は、20日締め日後のミーティングで24日頃からの早めの集金を指示しました。どうせ、支払う予定のものだから、お客様に事前にお願いすれば大丈夫だろうとも思っていました。

 

要するに、現場のことを余り知らなかった私は、非常に困難な指示を出していたことになります。それでも、専務の言うことですから表向きには文句も言わないで聞いていましたが、内心はそれは無理だよと感じていたはずです。

 

それでも、24日から26日の間でいくらかの集金が集まりました。最初からの予定よりは若干多かったようですが、現金あり、小切手あり、手形ありと内容も様々です。

 

ところが、そこで私の現場知らずというより無知が露呈されました。それは小切手についてでした。大学時代法学部だった私は、手形小切手法という課目を受講していましたが、それが全く役に立たないものでした。

 

無知な私は、小切手はどこの銀行の窓口に持っていっても、即座に現金に代わると思っていました。現金と同等のものだという学問的知識が、現場では役立たないのです。

 

確かに、その小切手をそのまま支払に回すことは可能ですので、それをやれば「現金と同等」ということも是だったかも知れません。また、「銀行渡り」あるいは「線引き」と称する小切手も中にありました。Photo_2

 

いずれにしても、自分の取引銀行の取引支店以外の振出小切手は、銀行取り立てに出さなければいけない、しかもそれが「現金化」(つかえるようになる)には数日かかるのだと。

 

ならば、小切手は振り出しの銀行・支店の窓口で現金化して持ち帰るように、改めて指示をしました。ところが前述の「銀行渡り(線引き)小切手」は、それができないことも初めて知りました。

 

以上のような知識は、日曜日に本屋に走って見つけた手形・小切手の「実際知識」なる本で読んで、初めて「そうなんだ」と分かりました。本が見つかっただけ幸いだったわけですが、危機はまだ去っていません。

 

月曜日(28日)と火曜日(29日)の集金では、高額の小切手が何枚かありました。銀行渡りでないものは、担当営業マンに現金化を指示しましたが、問題は銀行渡り小切手です。取り立てに出しては間に合いません。

 

窓口で現金化する方法、本を読みかじりましたら出ていました。振出人、つまりお得意先の社長にお願いして、浦に代表印(銀行印)を押していただき、その上でその銀行・支店の窓口に持参する。

 

担当者に頼みましたら、色んな理由をつけて断られました。もうそちらの地域には行かないからとか、他の納品があるからとか、要するに「イヤだ」ということだったのです。なぜイヤなのか、その理由も後で分かりました。

 

仕方がないので、私自身が得意先に出向いて頭を下げ印をいただき、窓口に走って現金化してきました。それが最終の31日ギリギリでした。銀行には16時まで待ってくれとお願いしました。

 

辛うじて間に合いました。結果的には、小口現金と当座残高を足して150万円くらいは月末に残りましたが、危ういところでした。こんなキャッシュの苦労は二度としたくない、と強く意識しました。

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