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2019年2月28日 (木)

変化に対応できる自分づくりを

2月も今日が最後の日、アッという間の2ヶ月が過ぎていきます。「平成」も残り60日ちょっとになって、何となく慌ただしくなってきた感がありますね。

 

巷では「平成最後の」というフレーズが溢れていたり、新しい年号は何になるのかという予想がSNSを賑わしていたり、何か大きな転換がやってくるような感覚も。

 

ですが、ホントは4月30日と5月1日とで同じ時間が流れていくだけなのですよね。日めくりカレンダーを1枚めくるように、自然に時が移ろうだけでしょう。

 

それがもしかしたら10連休という長い休みになるからと、色んな計画を立てておられる方も多いようで、そういう人たちは大きな転換にも実は無縁であるようです。

 

我が家はと言うと、多分何もしないということはないでしょうけど、少なくとも遠出、ましてや海外旅行などは無縁であることでしょう。近場をゆったりとといったところでしょうか。

 

だいたい、人が一杯の喧噪が好きではないし、鉄道にしろ道路にしろ混雑しているのは勘弁してほしい人種ですから。Photo

 

そんなわけで、自然体あるいは等身大で暦の変わりを見つめるだけでしょうね。それをつまらないとも思いませんから。

 

さて、明日から3月で、いよいよ今年の脳力開発講座が開講します。昨年までの神戸と東京の2講座に加えて、今年からは福岡講座もスタート。

 

プログラムや講義内容に大きな変化があるわけではありませんが、3年目の今回は各所に見直しをしたり、あるいは私の考えをまとめた小冊子を活用します。

 

その他にも、ゲスト講話や城野先生の論文研究など、新しい切り口も用意しています。変えるべきものは変えていく、それこそが脳力開発の真髄の一つですから。

 

元号が変わるだけでなく、間違いなく大きな転換の時代であることは間違いのないところです。変化の対応できる自分づくり、この辺りが今年の講座のテーマになるのでしょう。

 

共に、そして大いに学び実践していきましょう。

2019年2月27日 (水)

「真摯」という言葉はどっちを向いている?

「真摯」という言葉を辞書で引いてみた。いずれの辞書にも「まじめでひたむきなこと」、あるいは「一所懸命物事に取り組むこと」とある。

 

なるほど、アベの「真摯」というのは、自分が一途に思い目指すことに対して一所懸命になることなのだと理解できた。

 

そこには他人の思いはどうでもいいとまでは言わないけれど、自分とは違う考えや思いを抱く他人とは相容れないのだ、そういう人たちを押しのけても一途にやるのだという意味らしい。Photo

 

沖縄県民投票が終わった。50%を超える有権者が投票行動をして、8割近い人たちが「(基地の)辺野古移設」あるいは「辺野古の海の埋め立て」に反対する気持ちを示した。

 

アベの真摯は、これを無視することが本意らしい。少なくとも、真摯に「受け止める」ことはやらないようだ。アベの言葉の「真摯」は本当だが、「受け止める」はウソだということだ。

 

鉄面皮・スガは、投票の前からその旨の発言をしていた。今回の投票なんぞは、法的な拘束力もないのだから意味がないのだと言わんばかりだった。

 

こういうのを、普通は「民意の無視」というのではないか。私も日本語はそれなりに理解できるつもりだが、アベやスガの使う日本語とは、どうも違うらしい。

 

またスガは鉄面皮で表情からなかなか本意が伺えないが、アベはと言うといつもニヤニヤしている(ように見える)。アソーもそうで、要するに「上から目線」の変形だろう。

 

アベの「真摯」がどっちを向いているかは、すぐにハッキリするだろう。「受け止める」がウソなんだということも、ハッキリと証明されるだろう。

 

沖縄の人たちの思いは、また踏みにじられるのだろう。アベノミクスで積み残される「地方」と通じるところがある。要するに少数者に優しくないのがアベ政権だということだ。

2019年2月26日 (火)

十二指腸潰瘍なんだとさ

■連載『MG&脳開企業革命』(30)

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まずは少しお断りです。この連載コラムですが、できるだけ具体的に書いていきたいのですが、それでも何もかも表に出すというわけにはいきません。人や会社・店の固有名詞はもちろん、数字についてもです。

 

出せる範囲では出して参りますが、いくら30年近く経っているとしても公開されているデータ以外は、お許しをいただきたいと思っています。私自身に関わることなど、できるだけ出せる範囲でということでご了承下さい。

 

さて、マイツール(MT)の導入でもたついているところに、長く当社の経理をやってくれているベテランの女性係長から、衝撃的な情報が伝えられました。

 

このままいくと、今月(19905月)末の支払い・決済にお金が足りないように思われるとのこと。そこで一緒に資料を見ながら電卓(私はMT)を入れてみたのですが、確かに足りそうにありません。それも2000万円ちょっと。

 

何度やり直しても、予測結果が変わろうはずがありません。そこでやれることは何かを考えます。借入の枠は残っていないのか、まずはメインバンク他数行に当たってみましたが、いい反応はありませんでした。

 

メインバンク(当時は新潟中央銀行)の融資担当者は、「今以上には無理ですね」と申し訳なさそうな返事。他の銀行は、どちらかといえばけんもほろろでした。「雨降りには傘を貸さない」ことが、身に染みて分かりました。

 

最後の砦は、加盟している卸組合の転貸融資ですが、万が一のために残しているなけなしの枠を使うことにしましたが、これは500万しかありません。次に取り立てに出している受取手形の組み戻し。

 

金額の大きな2社の手形を戻していただき、さらにそれを割引に回します。二重に手数料を取られ、もちろん割引料という利息もかかりますがやむを得ません。これで1000万ほどを調達し、残りは約500万円。

 

ここから先は売掛金回収、つまり集金に頼るしか手立てはありません。しかし、500万円以上集金を増やせというのは、5月の「回収月」とはいえなかなか大変です。でも、それしかありません。

 

ただ悲しいかな、私は大きなミスをしていました。それは現場の仕事をまだよく知っていなかったからでしょう。つまり集金といっても、「現金回収」が第一ですし、もし小切手なら取り立ての日数余裕が必要なのです。Photo

 

その指示が抜け落ちていました。どれほど集金してきても受取手形では論外、ギリギリに小切手をもらってきても、現金化できないケースが出てきます。

 

そうなったら自分でも腹をくくるしかありません。禁じ手ではありますが、自分の定期預金などを解約してでも支払いに充てる、そう決心しました。カミさんに冗談混じりで「覚悟しておいて」と告げました。

 

20日の締め日に請求書が発送された頃から、腹の痛みが激しくなってきました。どうにも我慢ができず紹介された医者に行きましたら、十二指腸潰瘍だと診断、すぐに入院した方が良いと。

 

冗談じゃない、「今入院したら会社が潰れます」と訳の分からぬことを言って、薬を処方してもらいました。それでもキリキリと痛むばかり、しかし弱音は吐けません、日々の集金データを見ながら一喜一憂です。

 

月末に向けてのカウントダウンが始まりました。

2019年2月25日 (月)

脳力開発講座2019今週スタート

昨日の日曜日は、長岡新産業卸事業協同組合のワンデーMG研修でした。

 

この組合には、長岡の販社に赴任して以来16年余りお世話になりました。その間には青年部会の会長や組合の副組合長も務めました。

 

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その時代にもMG研修を青年部会のメンバー中心にやってきましたが、昨年から「復活」というわけでもないのですが、中小企業団体中央会の後押しでやることになりました。

 

元々この土日はMGフェスティバル参加を予定していたのですが、昨秋の段階で開催のオファーがあり、どうしてもこのタイミングしか難しいということで、涙を呑みました。

 

昨年は12名の参加、今回は17名の参加でしたが、ワンデー研修ですのでポイントの部分をじっくりと学んでいただくことに注力しました。

 

よってゲームは3期まで、3期の決算も途中までという形でしたが、その分戦略MQ会計の基礎部分はしっかり理解いただけたかと思います。

 

そんなわけで2月のセミナーは全て終了、週末の3月1日からは神戸でのセミナーがスタートします。1日は脳力開発講座2019年の最初の講座。

 

基本的なプログラムはここ2年間の講座と同じですが、レジメや資料はリニューアル、また演習の一部を違う形に変えます。各講座で1回は、ゲスト講話を予定します。

 

今回は従来の神戸、東京の他に福岡講座も立ち上がります。福岡講座は何年か前にも企画しましたが、その時には企画倒れに終わり、今回はそのリベンジです。

 

幸いに3つの講座とも9~10名の参加エントリーをいただいており、11月の最終講座まで充実の学び時間を共有できそうです。

 

講座に備えて、城野宏先生の論文集をじっくり読み返し始めました。これまで気付かなかったことにも、いくつか「これだ!」と感じるところがあります。

 

私の考えをまとめた小冊子『MGと脳力開発』にも、活躍の場を作ります。各講座ともスポット参加が可能ですので、お気軽にお訪ね下さい。

2019年2月24日 (日)

最近の乗り鉄旅に想うこと

フェイスブックに『鉄道ファン』というページを作って、撮り溜めてきた写真や最新情報などを毎日アップしています。

 

月刊誌の『鉄道ファン』(交友社)のページかと勘違いをする方もいらっしゃいますが、全く無関係のページであることをお断りしておきます。

 
自慢するわけではありませんが、この月刊誌の発刊は1961年ですが、私が鉄道ファンを自認したのはその以前です。ちなみに『鉄道ピクトリアル』の誕生が、私の生年と同じです。

 
さて、学生時代までは長い休みもありましたので、色んな鉄道旅を楽しみましたし、大学では鉄道研究会にも入って活動していました。昨今は時々OB会に参加しています。

 
社会人になってからは、出張の合間に短時間の乗り鉄を楽しむのが主流になっています。以前は本格的なカメラも抱えていましたが、現在はスマホのカメラで十分です。

 
昨年末の12月には、久しぶりに丸2日間の四国乗り鉄旅をやりましたが、そんなに時間が取れることは稀になりました。遠征の前後、あるいは中抜きの時間の活用がやっとです。

 
それでも乗り鉄している時には十二分に楽しんでいます。日本に四季があることをありがたく思うのは、車窓の移りゆく景色をボンヤリ眺めている初めて時ですね。

 
初めて乗るという路線は殆どありませんので、過去に乗ったことを振り返りながら、季節の違いを楽しんだり、地域の「栄枯盛衰」(大げさかな)などを眺めています。

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便利になった路線もあれば、極め不便になったところもあります。何より長距離の鈍行列車が殆どなくなったことは、乗換の面倒を感じてしまいます。

 
乗り換え時間に余裕がなかったり、あるいは乗り継ぎの手間、とくに階段の上り下りが大変だったり。食事も様変わりです。

 
駅弁をホームで販売している駅は大幅に減り、主体は駅ナカや駅前のコンビニに変わってしまいました。駅弁自体も業者も種類も大幅に減っています。

 
夜などは駅前の居酒屋などで乗り継ぎの間に一杯といきたいところですが、そんな店がなくなりつつあります。土地の肴を土地の酒でいただく、そういう楽しみが大幅減少です。

 
中には駅周辺に極端に言えば何も無い、そんな町の駅も増えてきました。仕方なくコンビニのおにぎりや弁当でお茶を濁してしまうことも。

 
乗り鉄の車両も窓が開く車両はほぼ皆無、冷房もいいですが、自然の風がなおいいのですね。ローカル線でもロングシートの車両が多くなり、弁当を広げるのも一苦労です。

 
それでも旅はいいモノです。ネットを通じてあらかじめ情報を得てというのも悪くないですが、行き当たりばったりの旅には味があります。

 
今年も、できるだけ時間を見つけて乗り鉄の旅を続けて行きましょう。

2019年2月23日 (土)

経理とは経営管理のことだと思わない?

あなたの会社の経理は、どなたが見られていますか?

 

家業的な小さな会社では、とくに創業から余り間もない会社の場合は身内の方、たとえば創業者(社長)の奥様やお母様が、経理を見られることが多いようだ。

 

一緒に会社を立ち上げた仲間に、お金周りのことができる人間がいるという例は少ないようで、上記のように金庫の管理はやはり身内の人間がやられる例が多いようだ。

 

それ自体は特段悪いことではないし、社長にとっても身内がやってくれれば安心であるわけだ。しっかり者の奥様やお母様なら、無駄遣いを抑えてくれる役割も果たしてくれることが期待できる。

 

しかしいつまでもそればかりではいけないと、私などは思っている。現金の出入りが中心であれば、家計簿感覚でもやっていけるだろうが、事業が大きくなっていけばそれでは済まなくなってくる。

 

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しっかりした会計(処理)の知識も必要になってくる。ある程度は税理士(事務所)さんのフォローでもできるが、それはあくまで日常の処理業務に限られる。

 

最近はパソコンソフトも充実し、クラウド会計も使い勝手がよくなってきているので、日常の処理業務で齟齬をきたすことは余りないでしょう。でもそれだけでは、終わった数字を記録し計算するだけのこと。

 

経理とは「経営管理」の略だともいう。管理とはマネジメント、そこには未来志向が求められる。未来を考えるために現状をしっかりとらえ、ここに至っている要因(原因)を探り出すことが大切だ。

 

当然ながら、社長のあなたがマネジメントの主役でなければならない。だが、その為には(経理)データをインフォメーション、さらにインテリジェンスに加工して活用しなければならない。

 

多忙なあなたはそれをやりきれるか? だったら、その加工をしてくれるスタッフあるいはパートナーが必要だ。現在の経理担当者は、そこまでやりきる能力を持っているのだろうか。

 

少なくともあなたの求めるモノ、意図を理解して対応してくれるだろうか。経理は単なる会計(処理)ではないことを、しっかりと理解しておかねばならない。そして必要なら、その為の人材を育てることだ。

 

奥様やお母様にその役が務まる、可能性がゼロとはいわない。だが多くの会社を見ていて、それができたところは皆無に近い。さらに「身内同士は甘さが出る」リスクも、考えていた方が良い。

 

コンサルタントなどの外部スタッフに、お願いする手があると言われるかも知れない。コストパフォーマンスが合えば、それもまた一つの方法だろう。

 

コンサルタントの私が言うのも変だが、多くの会社がうまくいっていない。もし、外部人材を使うのであれば、あくまで内部人材を育てるための手段であり、育つまでの「つなぎ」と考えた方が良い。

 

あなたが、会社をこれから未来永劫発展させていこうとするならば、以上のようなことをじっくり考えて、遅くならない内に行動を起こしていただきたい。

2019年2月22日 (金)

せっかく貼った資料を剥がされた

■連載『MG&脳開企業革命』(29)

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4月の下旬、連休前に親会社(の社長と担当常務)に赴任からの状況報告、そしてMTをリースするための社長個人保証印の了解を得るために岡山に戻りました。

 

この頃にはもちろん家族も新潟(長岡)での新生活を始めており、小学校6年生になった娘は市内で最も古い、伝統のある小学校(明治初期の国漢学校の後身)に通い出していました。Photo_2

 

妻は新潟の出身でしたが、長岡には余り縁がなく戸惑いもあったようです。後から知るのですが、新潟と長岡では少し方言も違います。もとより長岡藩と、幕府天領(開港地)という違いがあります。

 

娘も出生地は確かに新潟県ですが、岡山で育っていましたので言葉の壁にまずは突き当たったようでした。それでもさすがに子供は順応性が高く、早くも友達ができたようでした。

 

さて、親会社への出張では、首尾良くMT1台(ラップトップタイプのLX)借りて帰りました。GW直前には、リースで導入したMTのセッティングも完了しました。私のMTを含めて3台、これで体制がひとまず整いました。

 

まずは基本的な使い方と基本コマンドをまとめた資料を作成し、GW明けに社員を2グループに分けて、就業時間後にMT教室を開講しました。これで使い始めてくれるだろう、いやいやとんでもないことでした。

 

誰も使おうとはしません。根気よく待つことにしました、必ず使ってくれるだろう、一度使えば便利さが分かるはずだと。甘かったですね。朝は私が電源を入れ、使える状態にしておくのですが、一向に誰も使いません。

 

これには参りましたね、使わなければ机の一角を占拠するただの箱なんですから。そんな状態がしばらく続きました。その間に、大変なことが持ち上がったので、MTの話はいったんここまでにしておきます。

 

いずれにしても私はMTで次々に色んな資料を作成しました。会社の現状が大変な状況であることを知ってほしいので、移動平均のグラフはもちろん、こうすればいいという資料も作成しました。

 

特に利益感度分析のデータ・資料は役立つだろうと思い、いくつかのシミュレーションをまとめて作成し、これを全員が目を通してくれそうな場所に掲示することにしました。

 

必ず目に入るところ、思いついたのはトイレ(特に男子トイレ)でした。ここならイヤでも目に入るはずと、わざわざマーカーで色を付けて貼り出しました。ところが、次にトイレに入ると剥がされていました。

 

誰が剥がしたんだ!と頭にきて事務所に戻りますと、剥がされた資料がデスクの上にあり、営業担当部長が「私が剥がしました」と言います。どうして?と当然聞きますね。

 

その返事は、「あのトイレは来店されるお客様も使われますので」でした。これには私の方が赤面です。現場のことをちっとも知らないことを、自ら白状したようなものでした。

 

現場をもっと知らなければならない、事務所にいてキーボードを叩いているばかりではダメだ。外に出てお客様のところに足を運ぶ、会社内にいれば倉庫や出荷場にも足を向けて実際状況を肌で知ることだ。

 

そんな時です、経理の担当女性から思わぬ報告を聞かされたのは。

2019年2月21日 (木)

確定申告期間前に申告書を提出する

今週の初め、18日から確定申告の受付が始まりました。最近は、いわゆるサラリーマンの方も確定申告をされる方が増えているのだそうですね。

 

私も販社に出向して後、不動産(住居)の賃貸を行い始めましたので、会社の税理士さんにお願いして確定申告を始めました。

 

また1998年頃から今で言う副業、すなわちセミナー講師や講演あるいは研修会主催などを行い始めましたので、これも含めて申告書作成を依頼することにしました。

 

2008年に独立してからも、賃貸していた不動産を全て手放してしまうまでは、特に最後の処分を伴う際には間違いがあってはいけませんので、専門家に申告書類作成を委ねていました。

 

しかし、それらのややこしい事案もなくなってしまってからは、個人事業の青色申告書も含めて自分でやることにしました。やってみれば、それほど面倒ではありませんでした。

 

最初の年は申告書の受付が始まってから税務署に出向きましたが、それはやはり間違いがないかを当日の担当税理士さんにチェックをいただくためでした。

 

しかしながら、待ち時間の方が長すぎてうんざりでした。会場の方に聞いてみると、期間中は波はあるが多くの日が同じ状況だと言います。

 

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なんとかならないのかなと思いましたら、「還付申告」であれば受付日前から受け付けてくれるとのことです。それじゃあと思ったのですが、毎年還付申告になるとは限りません。

 

おかげさまで仕事が順調になってくると、最終的には税金を納付することになるわけで、それだと受付期間にしか受理してもらえないのかと思い、念のため尋ねてみますと、確かに規則(原則)はそうなっていると。

 

ただ、受付開始日前でも提出は可能で、別の規則によれば事前に提出した申告書も、申告期間開始当日に受理したものと見なしてくれるというのです。

 

そこで、少しでも早く提出してやろうという挑戦を始めました。少なくとも、前年よりも1日でも早く提出することを目標にしようと。その為には、まず事業決算を早く終わらさねばならない。

 

そんなわけで毎年少しずつ提出日を早めてきたわけで、昨年は25日の提出でした。では今年は4日にしようとスケジュール表を見ると、131日から4日まで遠征(出張)。

 

そこで出発当日31日の朝、新潟税務署に持参しようと目標設定しました。事業決算は正月明けには完了、青色申告書もさっさと書き上げました。確定申告書は添付書類や通知が来ないと仕上がりません。

 

結局、健康保険料の納付額通知が最後に届いて必要なものが全て揃い、29日に申告書完成。翌日には間違いがないかをチェックして、予定通り31日朝提出ができました。

 

さていつもの年なら、申告書のお手伝いをするのですが、今年は事前にお手伝いの断りを入れていたので、時間の余裕があって自分のやりたいことができています。蛇足ながら。

2019年2月20日 (水)

定年制などやめてしまわない?

いつだったか、会社の「定年」について書いたことがありますが、ちょっと間違っていることを書いたかも知れません。

 

つまり、「定年とは何歳ですか」ということについて法律で定めがある、というようなことを書いていたと思います。これは正確ではありません。

 

法律では、定年を定めたら就業規則に書かなければならないということを定めているだけで、具体的に何歳(以上)にせよ、などとは書いてありません。

 

つまり定年制(度)については、会社が自由に決めていいことになります。だから「定年なし」であっても、もちろん違法ではありません。

 

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ただ、もし定年制を定めるのであれば、高年齢者の雇用の安定に関する法律で、60歳を下回らないことと定められています(第8条)。

 

この高齢者雇用安定法により、さらに60歳「定年」後も希望する場合には、65歳までの雇用を行わなければならないとなっています。

 

とまぁ、法律は色々と細かいところまで「余計なお世話」をしてくれるわけですが、それもそもそも定年制を定めているからであり、定年制がなければ気にすることもないわけです。

 

企業が自由に決めていいわけです(もちろん公序良俗に反しない限り)ですし、世の中の標準を下回らなければ問題はありません。

 

この際、小さな会社はいっそのこと定年制なるものはやめてはどうですか。賃金規程だとか、周辺の事柄については一緒に働く人たちが納得する形に改めればいい。

 

近い将来70歳くらいにならないとフル年金はもらえないわけですし、まだまだきっと体力もあるわけですから、一緒に愉しく仕事をできる仕組みを考えましょうよ。

 

とくに永年続けてきた好きな仕事であれば、気力体力の続く限りはやり続けたいはず。技術・技能なども若い人に受け継いでもらう時間をたっぷり取れます。

 

小さな会社なら、社員の皆さんとゆっくり膝詰めで話し合えばいい、みんなが無理なら社員代表の数人とでも。

 

それこそ、自分の定年は自分で決めるくらいの感覚で。もちろん、役職についてなどは今とは違う仕組みで対処した方が良くなるでしょうね。

 

給与に直結する役職・資格は厳密に定めるとしても、お互いに呼び合う役割名などは、規則に定める必要もありませんよね。

 

小さな会社だからこそ、やれることを考えて宇合っていきましょう。何度も言ってますが、大きな会社の真似なんかする必要なないのですから。

2019年2月19日 (火)

リースが組めない、どうしよう

■連載『MG&脳開企業革命』(28)

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さて、MGをすぐにでも会社の中でやりたかったのですが、まだ繁忙期(新学期商戦の次は夏の衣替え商戦)が続いていましたので、それが一段落するまではお預けです。

 

気は逸りましたが、焦ってみてもしょうがないと自分をセーブしました。とにもかくにも、完全な納品を達成することが先決です。現場はそれに向けて、大忙しの日々が続いていました。

 

となれば、すぐにできることはマイツールです。出社してみて真っ先に気が付いたのは、この会社が「手書きと電卓」の会社だということでした。親会社払い下げのオフコンが1台ありました。

 

このオフコンが仕入・販売の要になっていて、伝票や帳票類の全てはここから吐き出されていました。年代物ではありましたが、まだまだ十二分に稼働しておりました。

 

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その他にと見渡すと、古いワープロ機がありました。こちらはさらにかなりの年代物で縦型、メーカーがどこであったかは忘れてしまいましたが、仕事の速さはかなりゆっくりでした。(写真はイメージです)

 

それ以外には何も無い、ですから会議用の資料や計画表などはすべて集計用紙に手書き、縦横計は電卓で計算するという状況でした。一見して大変な作業と思えました、とくに全員分の集計作業などは。

 

前任の方はその辺りが非常にこまめで、細かい字で行間に注釈を入れられたりしておられましたが、私はとてもそれはできないなと感じました。そこでマイツール(以下MTと書きます)の登場です。

 

各担当者には当面、今まで通り手書きで資料を作ってもらうとして、その数字の部分(予算と実績、月次修正計画)だけは私が改めてMTに打ち込み、縦横集計と串刺し集計をやることにしました。

 

少なくとも、これで計算ミスは皆無になりました。とくに串刺し集計については、アッという間にできるので重宝したものです。しかし、西先生に言われた「(MT1台だけでは動かない」という言葉が、耳に響きました。

 

実は会社に持ってきた1台は、私が個人で購入(リース)したMTで、他にいささか内緒でプリンター(大型のドットプリンター)だけは、お借りして持ってきました。これしはオートシートフィーダーも付属していました。

 

あくまで内緒で、前職の部下である副課長だけには断りを入れていましたが、いずれ見つかって返還を余儀なくされるだろうとは思っていました。当面のつなぎ役です。

 

ではもう1台はどうするか、さらに営業と仕入に1台ずつはほしいところでした。しかしここで、難問が降りかかりました。リースでの調達を意図したのですが、リース会社がウンと言ってくれないのです。

 

つまり赤字会社であるという理由、すでに車やオフコンのリース残高がかなりあるので、これ以上はということでした。何しろ今では10万円ちょっとのマシンも、当時は50万円前後しましたから。

 

リースが組めなければMTの追加導入が困難になる、リース会社の担当者に頼み込んで策を授かりました。親会社の社長から個人保証をもらえればと言う条件で、1台分のリースが可能になると。

 

もちろん早速頼みました。さらに秘策を考えました。親会社に報告等で出かける時に、もう1台かつての職場のMT1台、半年から1年という期限付きで借りて帰ろうということです。

2019年2月18日 (月)

キャッシュフロー経営セミナーに思うこと

この土日は京都・嵯峨野でキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)でした。CFMGは1988年頃に、MQ戦略ゲームをベースに名古屋の横田真さんによって考案されたものだ。

 

通常のMQ戦略ゲームに売掛と買掛、つまり信用取引を加えることによって、より現実の経営に近い疑似体験ができるというもの。

 

そればかりかやってみると分かるのだが、意思決定の幅が広がるのだ。幅が広がる分、リスクも大きくなるということだし、先のことをさらに考えておかないといけない。

 

そう、目先のキャッシュだけを見ていては、必ずそのしっぺ返しがくる。信用取引は、先延ばしというイメージがあるが、それを頼りにしていると結果として行き詰まる。

 

私がCFMGを西研MGの中で復活しようと思ったのは、自分の会社で苦労を強いられたからだし、その時の体験がきっとたくさんの方に伝えることで役立つと感じたからだ。

 

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通常のMQ戦略ゲームの中でもキャッシュフローは学べるし、分かりやすい。しかし、現実の仕事、経営の中では見えないところを見えるために何がポイントかが重要になる。

 

だから復活を期してから10年になるのだが、西先生をはじめとして参加した多くの方からも意見やアドバイスをいただき、ルールを微修正しながらやってきた。

 

これで完成形というものはないと思っている。昨日も、貴重な意見を一ついただいた。そのことについても、少しばかり悩んでみることにしよう。

 

そうやって、また一つステップアップして行ければ幸いだ。ただ、あくまでシンプルであることが大事なので、ややこしいルールや仕組みはNGだ。

 

次回のCFMGは3月の神戸、アイディアが試せるかどうかは微妙なところだが。これからも多くの方に、参加し体験していただけることを祈っている。

2019年2月17日 (日)

嵯峨嵐山にて経営セミナー

今週の土日もセミナーのインスト、キャッシュフロー経営セミナーです。会場は京都の嵐山、JR嵯峨嵐山駅のすぐ傍らです。

 

土日ごとのセミナーが続きますので、周りの人たちからは「大変ですね」と言われますが、そう思ったことはありませんね。

 

確かに普通の生活は土日が休みというのでしょうが、私の場合は例えば火曜水曜日が休みです、というだけのことですから。というより、自由に休みも設定できますから。

 

時にはセミナーの帰り道、移動日を「乗り鉄の日」に設定して、ある意味「心の休日」にしてしまうというようなことも、自分で決められます。

 

平日は、カミさんと一緒に孫の幼稚園送迎や日々の買い物などもありますが、その辺りは調整しながら可能な範囲でという感じです。

 

多くの人の場合はカレンダーが月曜日から始まり、土日の休みでクロージングするということでしょうが、私の場合は「好きな曜日からスタートできる」わけですから。

 

遠方に出かける場合は、その移動中にやれること、例えば読書やセミナー資料づくりなども組み込むことが可能です。時間を上手に使う、それがキーワードですね。

 

そんなわけで、今日はセミナーの2日目。夕方17時にはピタッと終われるように、氣を引き締めていくことにしますかね。

 

せっかくの嵐山ですが、観光気分はお預け。もっとも、この地は学生時代に目をつむっても歩けるくらい散策したところです。50年近く前のその頃の方が嵯峨野らしかったし。

 

さて、今日伝えるべきことを整理しながら、朝ごはんをいただきますか。
 
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2019年2月16日 (土)

気が重かったサポートの実例

ずいぶん前のことですが、ある機関を通じて企業サポートの話がきました。社員20名くらいの中堅卸業ということで、元卸業(業種は違いますが)の私に声がかかったようです。

 

かつては地域でもマーケットリーダー的だったそうですが、数年前から停滞気味になり、売上高が下がり始めたので相談が持ち込まれたようです。

 

3期間の決算書を渡されましたが、確かに売上は横ばいから下降へ、直近の経常利益も赤字寸前になっていました。もっとも、停滞はかなり前から始まっていたのではないかと。

 

どちらかと言えば、70歳代オーナー社長(2代目)のワンマン会社だそうで、経営幹部も若手はまだ育っておらず、社長のイエスマンだと注釈が付いていました。

 

これは厄介だなと思いながら、アポを取って訪問しました。あんまり先入観は良くないだろうと思い、取引銀行や同業者などからの情報は省略して伺いました。

 

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会社は3階建ての小ぶりのビルでしたが、看板がやや薄汚れているのが気に掛かりました。1階の左半分が事務所、右手が倉庫を兼ねた出荷場のようでした。

 

玄関を入ると事務所の中に受付がありましたが、キーボードを叩いていた女性がちらっと目線を私に向け、少し間を置いて立ち上がってきました。

 

いらっしゃいませでもないので、名刺を取り出して社長とのお約束がある旨を伝えますと、返事もなく電話を取り上げ、出た相手(社長でしょうね)に「お客様です」とひと言。

 

どうぞ2階へと、横の階段を示されました。ざっと事務所の中を眺めましたが、整理整頓が行き届いていない感じで、どのデスクの上もかなり乱雑に見えました。

 

なるほどなぁと思いながら2階に上がると、立派な社長室がありました。ノックをしますと、野太い声で「どうぞ」と。入ると、すでに社長がソファに座っておられました。

 
もういいですか、これ以上書きたくなくなってきました。

 
参考までに、社長のご希望は「どこか問題があったら指摘をしてほしい」ということでしたが、まさか「全てが問題です」と言うわけにもいかないので困りました。

 
「どこか」ではなく、根本的に間違っていると言えばいいのでしょうか。きっと通じなかったと思います。この若造が何を言いやがる、と言われたかも知れませんね。

 
ちなみに、この会社数年後に廃業という事態になりましたが、やはりあの時率直に申し上げた方が良かったのかなと、忸怩たる思いです。

 
社員の方々がどうなったのか、その後のことを考えると気が重いのです。

2019年2月15日 (金)

MGをやらなくてはいけないな

■連載『MG&脳開企業革命』(27)

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当社(私が出向・赴任した販社)の設立は1965年、かつて長岡市にあった問屋が経営に行き詰まり、そこで働いていた5名(だったと思います)の方が独立し、取引のあった親会社に支援を求めて会社を作ったのです。

 

地盤はその問屋から引き継いだようですが、やむにやまれず立ち上げた会社でした。当初は街中のしもた屋を間借りする形、のちにもう少し大きめの木造借家(長岡市本町)に移って、徐々にですが業容を整えていきました。

 

少しずつメンバーも増え、私が親会社の販促担当者として初めて訪問したのは1980年頃、雪の降り積もった季節でした。大雪が屋根に積もり、ミシミシと音のする古ぼけた社屋でした。Photo_2

 

それから数年、1983年に郊外にできた団地・新産業センターに新社屋を建てて移転、ようやく自社の建物での営業活動が始まりました。資本金も2400万円に増資、売上も4億円を超えました。

 

私が赴任した前年1989年の売上高は5億円を超え、長岡市内でも新潟県内でも専門問屋として、一目置かれる存在になりつつありました。社員数も13名と全国販社の中でも中堅クラスでした。

 

そういう表面的な数字だけを見ていた私にとって、厳しい実情を示す移動平均分析(MAV)データは、大いにショックでした。「話が違うじゃないか」というのが、正直な気持ちでした。

 

データを幹部社員に示しても、そうなんですかとうなずくだけ、厳しい状況だとは直感的に感じていたかも知れませんが、売上も伸びているのだから大丈夫でしょうとでも言いたげでした。

 

確かにその年(1990年)の売上高は、伸び率こそ鈍化したものの前年比1千万円くらいは増える見込みでした。だから良いじゃないか、そう言いたげな表情が見て取れました。

 

しかし、粗利益率は前年よりも3%前後ダウンしており、結果として利益が大きく減少することが見えていました。それを言ってみるのですが、明確に理解しているとは思えない表情でした。

 

これはぜひとも、全員でMGをやらなくてはいけないなと決意を固めました。「売上高は役に立たない」、そのことをしっかりと分かってもらわねばならない。その上で、何をやらねばならないかを自分たちで考えられるように。

 

遙か遠い道のりだという気がしました、重苦しい気持ちになりましたが、そこはぐっと我慢をして「繁忙期が終わったら、MG研修をやって、当社の数字を皆さんに理解してもらうことにします」と宣言しました。

 

その時はまだそれで十分間に合うという感覚でした。夏服シーズンの終わる5月末以降には、学びに時間もかけられるだろうと。

 

だが、もっと待ったなしの現実が私を待ち構えていました。それはGWを過ぎて数日後でしたが、とりあえずそのことは少し先に譲り、マイツールの社内導入についてまず書いていこうと思います。

 

当社の企業革命の順序としては、実はマイツール(MT)が一番で、2番目がMG、そして3番目が脳力開発の学びと実践でした。

2019年2月14日 (木)

神様は乗り越えられない試練は与えない

水泳の池江璃花子さんが、白血病であることをツイッターで公表した。突然のことで、また予想もしていないことでびっくりしたが、同時に勇気あるなぁと感嘆した。

 

ニュースはその話題、関連の話題で持ちきりだ。そんな中で昨日も、ツイッターが更新されたが、「神様は乗り越えられない試練は与えない」とあった。

 

そういう心境に18歳で至ったことは驚きでもあり、勇気はホンモノだなと感じた。心からの激励を送りたい。何よりもまず、じっくりと病を克服してほしい。

 

きっと、すごい葛藤があったと推察される。なぜ自分が今、という気持ちだっただろう。私が同じ立場だったら耐えられるだろうか、悶々とした時間を送るだろうな。

 

弱気の気持ちが顔を覗かせたと思う、涙もしただろう、18歳の女の子だから。だが、乗り越えていこうという気持ちに切り換えることができたのだろう。

 

周囲の優しい励ましも力になったはずだ。まずは自分との闘いを制し、そして病との長い闘いに舵を切られたのだと思うのだ。

 

しばらくはこの病と向かい合い、再び健康な体を取り戻すための時間を過ごされることになる。ついこの間までの自分とは違う、いやそれもこれも同じ自分なんだと。

 

彼女を見守る周囲の目は、ずっと優しくあってほしい。2020年に向けての期待の星であることは変わりないとしても、今なすべきことは病を治すことに他ならない。

 

その時間を彼女にあげよう。快復を祈ろう。Photo (写真は報道写真から引用しました)

 

私はもう年齢的に骨髄バンクには登録できないが、これをきっかけとして登録者が、特に若い登録者が増えてくれることを期待している。

 

ドナーを待つ患者はとっても多いのだと聞く、それ以外に生きていく可能性を求められない人も少なくないのだそうだ。

 

おバカな大臣もいるが、みんな彼女の、そしてあなた方の味方だと信じて快復の日までがんばってほしい。再び元気な姿を見せてくれる日を待っている。

2019年2月13日 (水)

障がい者雇用にハートで応える

障害者雇用、そう聞いて私の会社には関係ないなと思われますか?

 

現在の障害者雇用促進法では、対象となるのは50人以上を雇用している企業となっていますから、多くの「小さな会社」が対象からは外れます。

 

だから当社には無関係と切り捨てますか。Photo

 

障害者(最近公文書等には「障がい者」と書くようです)は、身体障害者、知的障害者、精神障害者の3つに区分されていますが、ざっと全人口の6%くらいと言われています。

 

その内どのくらいの人が、正規雇用者として仕事に従事されているでしょうか。障がい者の内の5%くらいだといいます。そういう実態をご存じでしたか。

 

ここのところ有効求人倍率が最高を更新している、中にはそれが1.5を超えるような地域もあるそうです。でも障がい者の有効求人倍率は、僅かに0.2、それ以下なのです。

 

では、あなたの会社は人材が充足されていますか。

 

中にはずっとハローワークなどに求人票を出しているけれど、ちっとも応募がない。たまに応募があっても、結局求人者の方から断られることが多い。

 

そんな状況ではありませんでしょうか。

 

だからといって、障害者を雇用するのはハードルが高すぎる、そうでしょうね。今現在の職場の状況では、特にハード面で受け入れは困難。それが実情だと思います。

 

しかし、ハード面よりもむしろソフト面、いや「ハート面」のハードルの方が高いのではないでしょうか。だからこそ、それはクリア可能なのではないかと、考え始めているのです。

 

何もかも100点満点で受け容れられる企業は、まして小さな会社は皆無に近いでしょう。ですが、少なくとも『なんとかしたい』という気持ちは、持っていてほしいのです。

 

障がい者の多くは(大半は)、働きたいと思っています。そのことが自分自身の存在感につながることを知っておられるからです。認められたいという気持ちは、人一倍なのです。

 

できることを考えてみませんか。少しハード面でも工夫をしたり、相互に助け合うことができたら可能だということはありませんか。ソフト面での工夫はもっと可能でしょう。

 

大事なのはハート面です。人(人材)がいないと嘆く前に、できることはないかと頭を使ってみられませんか。障がい者雇用に、ハートで応えてみませんか。

2019年2月12日 (火)

移動平均グラフに青ざめた

■連載『MG&脳開企業革命』(26)

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会社(当社と表現します)は学校制服を中心としたユニフォーム卸業でしたので、季節変動がとても大きな会社です。年間売上の40%近くが23月に集中します。一方8月などは3月の120程度という商売です。

 

月次の数字を眺めるだけでは、一体当社は伸びているのかどうかということが分かりにくいのです。そこでMGとペアで学んでいたマイツール(MT)が役に立ちます。天野先生(故人)から教わったMAV、移動平均分析。

 

さっそく、PQ(売上)とMQ(粗利益)、そしてm率(粗利益率)などいくつかのデータを5年分集めて入力し、それを12ヶ月移動平均(Aデータ)、24ヶ月移動平均(Bデータ)を計算してグラフ化。

 

とたんに、顔色が青ざめるのが分かりました。売上の移動平均データは、それほど問題ではなかったのですが、粗利益のそれは余りにも非常な結果でした。天野先生の声が頭の中に響きました。Mmav

 

Bデータの折れ線をAデータが上向きに追い越していくポイントを、ゴールデンクロスと呼んでいますが、それとは逆に下向きに追い越していくポイントを「デッドクロス」と呼ぶのだそうです。

 

そして、デッドクロス・ポイントから同じ傾向が3ヶ月続くと黄信号が点る、6ヶ月続くと赤信号だと。そして何と当社のそれは7ヶ月目に入っていました。しかもAデータの下降傾向が強い。

 

原因は一体何だろうか、それは次にグラフ化したデータでハッキリと見えてきました。つまり粗利益率が徐々に、しかもずっと落ち続けているという事実。これでは売上が上がっても、利益は上がらないはずです。

 

数年前の赤字決算以降、親会社からの支援を受けていましたので粗利益率は上がっていないとおかしいのです。にもかかわらず、低落傾向が続いている。支援が終了すれば、さらに落ちることは明白でした。

 

何としても歯止めをかけなければならない。しかし、営業マンたちは数字が落ちていることを認識していても、手をこまぬいている。もしかしたらどういう手を打てばいいのか、分からないのではないだろうか。

 

何よりも、危機感がそれほどには感じられない。悲壮感を持てとはいわないけれど、かなり厳しい状態にあることをもっと感じてもらわないと行けない。幹部社員にそのデータを示しましたが、反応はイマイチでした。

 

最繁忙期が終わって、みんな疲れ切っているようでもありました。目先の納品に全力を尽くしたので、ちょっと休ませてくれという感じだったのでしょう。気持ちは分かりますが、ことは急を要します、待ったなしです。

 

そこで、より分かりやすい資料・データを作ってくり返し状況を伝えました。彼らだって分かっているはずです、給料は余り上がらないし、賞与も大して金額をもらえてはいない。もらえるだけマシでいいのか?

 

バックに親会社があるという寄りかかる気持ち、安心感がそうさせるのでしょうが、独立の販社としていつまでも甘えているわけにはいきません。親会社からは、支援の縮小(ほぼゼロ化)が暗に伝えられていました。

 

決算月は6月ですが、残り2ヶ月余りの中で最終予測をしてみると(これも移動平均データを使った移動年計で予測)、再び赤字転落の可能性があるという厳しい状態でした。

 

やるしかない、私の中で「再建」という言葉が明確に見えてきました。

2019年2月10日 (日)

士業の方は経営のアドバイザーか?

昨日から熊本で、キャッシュフロー経営セミナー(キャッシュフローMG)をやっています。主催は地元の税理士法人さん、スタッフの方も含めて各地から16名の参加をいただいています。

 

初めてMGを体験される方も5名いらっしゃいましたので、1日目の決算を心配しましたが、杞憂に終わって交流会も予定通りの時間に開催できました。

 

2日目は基本講義、初心者がいらっしゃる際の講義としては、いつも「給料・手取と生活費」を例に挙げて解説します。手取りの範囲内で生活すれば、貯金ができますねと。000

 

経営も同様で、F(固定費)を上回るMQ(粗利益)を稼げばいいという、真に単純なことなのですが、それを複雑化してこね回すところに誤りが起きてきます。

 

数式で表せば『MQ>F』ということ、この単純なことを経営の中で実現する。それができれば「いい会社」であり、企業の継続と社員の幸せが実現できます(必要条件)。

 

その際には、それぞれの立場で、即ち社長は社長として、幹部社員は幹部として、社員は社員としての役割をどう果たしていくかを考え、実行していくことです。

 

さて、今回のセミナーは税理士法人さんの開催ですが、士業の方が積極的に経営を学んでいただきことは素晴らしいことだと思います。

 

中小企業、なかんずく小さな会社にとっては顧問税理士さんは経営のアドバイザーでもあります。その方々が正しい経営を身につけておられることが大事なポイントです。

 

本を読んで知識を深めること、偉い先生の話をお聞きになることも必要ですが、体験型の経営セミナーで自分磨きをぜひして下さい。

 

これからも士業の方のご参加を心待ちにしています。

2019年2月 8日 (金)

出向販社に出社しました

■連載『MG&脳開企業革命』(25)

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19904月、新築してまだ5年ちょっとの家を後に、引越のトラックを送り出して愛車に妻と娘を乗せて新潟県長岡市に向かいました。この時38歳、前途に不安はあっても、ようしやるぞという意気に燃えていました。

 

小さい頃から何度も引越をしてきて、それが16回目くらいではなかったかと思いますが、3LDKのマンションに荷物は溢れるくらいでした。なかなか片付きませんが、4日(水曜日)には出社しました。

 

会社はまだ新入学のシーズンまっただ中、入学式までの制服完全納入に向けて「戦争状態」でした。倉庫や出荷場、加工場、そして展示場にもたくさんのセットされた商品が積まれていました。Photo_2

 

そういうところでしたので、朝礼で挨拶をした後は部課長たちと簡単なミーティング、その後は前任の専務との引き継ぎに終始しました。取引銀行回り、卸組合や繊維組合の事務所への挨拶などなど。

 

夜もまだ社員の皆さんは納品準備に追われていましたので、前任専務と2人だけの簡単な食事だけで済ませ、歓送迎会は翌週ということを聞きました。9日頃まで高校の入学式があるという話でした。

 

前任者からは簡単な引継書が渡されましたが、営業のことは営業部長以下に任せておけばいい、総務はベテランの女性Kさん(係長)が全て分かっているからと。そんなものかなぁと思いました。

 

翌日は顧問税理士さんの事務所を訪ねてご挨拶、税理士さんは私より1歳年上の若手の方で気が合いそうな方でした。奥様も同業で、しかも何と私の妻の中学の先輩でもありました。

 

そう大して引き継ぐことはないけれどという言葉の後で、前任者は金庫の奥からファイルと書類の束を取り出してこられました。それはこの会社が大赤字を出した時の実際の事柄(事実)と、処理を記したものでした。

 

そこで初めて、私は当時大変なことがこの会社で起こっていたことを知りました。親会社に送られてくる決算書、毎月の試算表や報告書類などからは、これまで見えてこなかった事実を目の当たりにしました。

 

もしかして会社の状況はかなり悪いのではないかと尋ねましたが、その点は心配がないと言われました。今期も売上は伸びているし、財務的な問題はほぼクリアできたからと。

 

そう言われれば、信じる他はありません。色んなデータがありましたので、ゆっくりそれを分析してみればいいだろうという軽い気持ちでした。引き継ぎは実質3日で完了、手形帳・小切手帳や印鑑を渡されました。

 

日曜日に出勤した社員もいたようでしたが、新学期商戦も無事に終わったようでした。納期遅れも幸いになかったようで、月曜日の午後にはホッとした顔ぶれが揃いました。

 

その夜は全員参加の歓送迎会です。新学期商戦の打ち上げ会も兼ねているようでした。「何を呑みますか」と聞かれて、いつものように「とりあえずビールで」と答えたら叱られました。

 

そんな酔わないものを吞んではダメですって。ではお酒をと理解し杯を手に取りましたら、さっとビールグラスを差し出されました。そして大きめの2合徳利から熱燗がなみなみと。

 

前任専務からの挨拶ですぐに乾杯、なるほどこれが「長岡流」なんだと思いました。

乗りはできませんが熊本市電は元気ですね

観測史上最強の寒波だそうですね、北海道は完全に冷凍庫の中という感じです。首都圏にも積雪がありそうで、大学入試などに影響が出なければいいのですが。

 

私は昨日の内に新潟から、福岡を経由して熊本に移動してきました。新潟市内もかなり気温が下がっていましたが、幸い降雪はなく空便もほぼ定刻通りでした。

 

ただ、帰り道が月曜日の朝の東京行き空便ですので、また都心に雪が積もらないかと少し心配です。まぁ、なるようになるだろうということで。

 

さて、熊本と言えば路面電車が元気な町の一つです。路線は2系統に集約されていますが、日中でも余り待たずに乗れるのが嬉しいですね。

 

今回はゆっくり乗り鉄している時間がないのが残念ですが、熊本駅前でのセミナーと泊ですので、ゆっくり眺めることはできるでしょう。

 

熊本市でもかつては、路面電車の全面廃止が話題になったことがありましたが、交通渋滞は決して路面電車のせいばかりではない、という判断で残存が決まりました。

 

そして、全国では初の冷房付き電車を走らせたり、交流モータを使った省エネ電車や低床・連接電車の導入も早く、先進的な車両が主力になっています。

 

でも、古い型のいわゆる昔の路面電車も多く残っていて、もちろん全車両が冷房化されていますので、夏でも快適です。

 

いつかゆっくり、全線を乗り鉄できるのを楽しみにしています。

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2019年2月 7日 (木)

天候のせいにしないようにね

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今年の冬は何だか変ですね、という声を聞きますが、確かにあちらこちらで例年とは違う天候状況の話を聞きます。

 

だからといって「本当に変」なのでしょうか。何と比較して変だといっているのか、「平年」あるいは「昨年」、はてまた「ここ数年」の中で変だと言われているのでしょうか。

 

私もおかしな天候だなぁと思うことはありますが、でも「今年はこんなものなんだ」と思ってしまえば、それですんでしまいます。Photo

 

新潟市で言えば、今年は殆ど積雪がありません。数回10cm前後の雪が積もった日もありましたが、昨年の1メートル近い豪雪とは比較になりません。

 

確かに昨年が異常であるなら、今年は正常かというとそうではなくて、今年も逆に異常だということになるでしょう。どちらも「平年」に比較すると大きくぶれています。

 

だから異常なんだと決めつけてしまうのは、いかがなものでしょうか。

 

今年の天気はこれが当たり前、それでいいんじゃないのかな。こんな天気で良かったなと感じていれば、いいだけのことでしょう。つまり、条件の一つに過ぎない。

 

脳力開発では、条件そのものはあるがままに受け容れるものであり、その条件をもとにいかの行動するかがポイントだというわけです。

 

条件は刻一刻と変化します、正常であれ異常であれ、そのまま受け容れながら次にどう行動するかを決めるのは、自分自身に他なりません。

 

うまくいかなかったこと、あるいはまたうまくいきそうにないことを、天候のせいにしても始まりません。行動自体は自分自身が決めるもの、どうにでもなるはずですから。

 

今週後半、明日からは「冬」が戻ってくるようです。インフルエンザも流行っていますので、どう行動するか「腕の見せ所」くらいに思っていきませんか。

 

なるようになる、ではなくて「するようになる」なのですから。

2019年2月 6日 (水)

高齢者という宝の山を大切にしよう

少子高齢化社会と言われ始めて久しくなりました。

 

しかしこの二つは、一緒くたで語れるものではありません。もしナントカできる可能性が高いとしたら、それは後者すなわち少子化の方です。

 

もっとも、人を人とも(女性を女性とも)思わない尊厳知らずの大臣のような人間が、政治の世界に君臨しているような国では、どうにもならないかも知れませんが。

 

一方前者、即ち高齢化については「止めようもない」ことですから、いまさらジタバタしても仕方がありません。そういう「条件」をどう活かすか、まさに脳力開発で解決していくべきですね。Sec01_zu011

 

で、あなたの会社では(経営者を除いて)最高齢は何歳ですか?定年制はありますか、それは何歳なのでしょう。

 

大会社、あるいはそこそこ規模の中企業はともかくとして、小企業なかんずく零細企業に定年制など不要じゃないですか。

 

私自身も准高齢者と言われる年代の67歳ですが、自由業ということもあって毎週のように各地を飛び回っています。いつまでやると問われても困りますが、求められる限りは。

 

小さな会社で、しかも人材の確保が課題となる中で、高齢者を大事にしないということがありますか、と私は言いたいわけです。

 

いや当社は高齢の方も雇用していますと胸を張る社長もいらっしゃいます。確かに、すごいなぁと頷ける会社もありますが、大半は「大切している」とは思えません。

 

例えば60歳が定年で、その後は1年毎の契約にして、いつまで仕事ができるという保証はない。しかも、60歳を過ぎたら役職はともかくとしても給与は大幅減。

 

年金支給年齢もどんどん上がっていく中で、そういう仕組みでもしょうがないという会社で、高齢の方が力を発揮できるとでも思っているのでしょうか。

 

60歳か65歳になったら、役職という役割は若手に譲ればいいと思いますが、「仕事のプロ」としてのリスペクトにふさわしい待遇をすべきではないですか。

 

65歳でも70歳でも、いやそれ以上の年齢の方でも、その永年培った能力を活かせる場があるはずです。

 

若手や中堅への仕事のスキルや技能の継承、あるいは指導とい立場・役割をお願いすれば、十分に力を発揮されるものと私は思うのですがいかがでしょう。

 

人材がいない、そんな嘆きをする前に、今一度周りをしっかり見回してみてはどうですか。宝の山を見つけられずに、ため息ばかりついてはいませんか。

2019年2月 5日 (火)

いよいよ「米百俵」の長岡市へ

■連載『MG&脳開企業革命』(24)

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出向が決まって、そのことを家族に話しましたらそれほどは驚かれませんでした。というのも、入社から15年経って課長職ということになると、「そろそろ」というのが慣例のようになっていましたから。

 

ただ、行き先が新潟(長岡市)だというと、さすがにびっくりしたようでした。というのも、カミさんは新潟(現在は新潟市)の出身、娘も新潟の病院で生まれています。

 

会社がそのことを考慮したとは思えません、というのもそのことを知っていたのは結婚式に出席していただいた専務だけでしたから。たまたま偶然の巡り合わせだったと思います。

 

で、私は単身赴任でもやむを得ないかなと思っていました、娘が小学校残り1年というところでしたので。それでも娘も賛同してくれて家族全員でいくことになりました

 

その時にはまさか、新潟に永住することになろうとは考えてもいませんでした。出向期間は3年から5年、長くても7年くらいというのが通常でしたから。私の前任者は2年半、単身赴任をされていました。Photo

 

そこで2月の末頃に、家探しということで家族と一緒に長岡に出かけました。雪の長岡を予想していましたが、すでにかなり溶けてしまっていて、所々に残るのみでした。それでも郊外はまだけっこう積もったところがありました。

 

家探しは大変でしたが、それでも何とか見つかりました。会社が負担してくれる金額からは、少し持ち出しにはなりますがやむを得ません。雪のこと(除雪など)もあるのでマンション、それも駅に近いところが契約できました。

 

会社にも顔を出して、赴任の日を44日に決めました。引越はその数日前、前任の先輩も早めに戻るということで、引き継ぎ期間は3日間でと慌ただしい日程になりましたが、大したことはないと考えていました。

 

残り1ヶ月は一緒に仕事をしていた副課長に引き継ぐだけ、しかも実務的なことは女性陣がやってくれていましたので、あっという間に引き継ぎ完了。県外のMGにも参加して、赴任前に200期をクリアしました。

 

私がいなくなった後の社内MGがどうなるのか、一抹の不安はありましたが、あと2人インストラクターはいましたし、人事部長から「また呼ぶから」と言ってもらいましたので、安心していました。

 

もっとも結論から言えば、呼んでいただいたのはその年が最後で、翌年からは社内MGは途絶えてしまいました。しかしそのおかげというわけではないですが、手持ちのMG5台を当社(赴任販社)で預かることになりました。

 

本社在任中に赴任する販社(トンボ繊維=以下T社と書くことにします)の、過去の資料を引っ張り出してチェックしたのですが、まだ数字を見る目ができていなかったのでしょう、大変な本質には迫れませんでした。

 

ただ何となく不安を感じたのも事実です。それは色んな数字の乱高下が気になったからです。しかも、私の赴任と同時に、親会社からの特別リベートが契約書から消えることなどが通告されました。

 

どうも最初からそういう予定だったようなのですが、そのことがどう影響してくるのかはまだ分かっていませんでした。ともあれ、引越準備に追われたり、娘の転校手続きなどで新潟を往復している内に、その日が近づきました。

 

歓送会などがいくつか続き、とくに「YAGOの会」という、先輩後輩もない心許せる同志の会では痛飲しました。激励の中には、「大変だぞ」といった声があったことはすっかり記憶から飛んでいましたが。

2019年2月 4日 (月)

教育に関する3つのモノサシ

『日本でいちばん大切にしたい会社』で知られる坂本光司先生、「人を大切にする経営学会」の会長でもありますが、私のその末席に名前を連ねています。

 

その坂本先生のお話の中に、「社員を大切にしているか」を見るモノサシというポイントがあります。一つは社員教育であり、次に休暇と労働時間であり、3つめは離職率です。

 

今日はその内の教育を取り上げてみましょう。企業内の教育にはOJTとOFFJTとがあることはご存じの通りですが、前者が主体になっていることもいうまでもありません。

 

仕事を通して新人を一人前に育てていく、これは如何なる会社でも大きな課題として真剣に取り組まれていることでしょう。

 

そのOJTにさらに厚みを持たせるために、OFFJT教育が必要になります。双方をバランスよくプログラムして、社員の力を伸ばしたり潜在能力を発掘することが求められます。

 

さて、ではモノサシのお話をいたしましょう。坂本先生がおっしゃる、教育に関する3つのモノサシは次の通りです。Photo_2

 
まず一つ目は教育費です。売上高の「0.3%以上」というのが基準です。先生によれば、これを下回る会社で安定的に業績の良い会社はないそうです。

 
自慢ではありませんが、私のかつての会社では「MQ(粗利益率)の2%を教育費とする」ことを、経営計画書に明記していました。

 
その当時の会社の粗利益率は22ないし23%でしたから、売上高に換算すると基準をかなりオーバーしていたと思います。

 
2つめは総労働時間に占める教育訓練時間の割合が、2%以上だということです。年間の総労働時間はざっと2000時間ちょっとです。ですから教育に40時間をかけろというのです。

 
これも私の会社は軽くクリアしていました。OFFJTとしてのMG研修だけで最低3回受講をしていましたので、それだけで50時間を超えていました。


3つめのモノサシは一人あたり教育訓練費です。これが1万円以下ではダメだというわけです。ちなみに多くの会社のそれは、平均で3000円足らずだそうです。

 
もちろん、この基準も私の会社は楽々とクリアしていました。赤字の年はありませんでしたが、苦しい年はありました。それでも毎年ほぼ同じ額は教育費を確保していました。

 
でもそれ以上の会社は世の中にたくさんあります。毎年「日本でいちばん大切にしたい会社」対象に選ばれている会社は、全てこの条件を毎年クリアされています。

 
ではあなたの会社はいかがでしょうか。ある経営者の方はこのお話をしたら、「業績が良くなったらやってみたい」とおっしゃいました。

 
しかしこれは真逆のことです。業績が良くなってからやるものではなく、今からでもやるからこそ、良い会社に成長していくのです。

 
中には、そんなお金があるなら俺たちの給料を上げてくれと言う社員がおられるかも知れません。次元の違う話だと突っぱねられますか、そんな社員がいるからこそ教育なのだと。

 
社員教育にお金と時間をかける、そんな企業がこれからもしっかりと歴史を刻んでいくことでしょう。それはあなたの会社ですか?

2019年2月 3日 (日)

私の産土神・大宮神社に参拝します

産土神社とは、自分が生まれた土地にあって私を一生見守って下さる、産土神のいらっしゃる神社です。

 

私は正確には大阪市天王寺区の病院で生まれましたが、幼少期を過ごしたのは大阪市旭区ですので、この地に産土神社があるということで調べてもらうと大宮神社でした。

 

確か創建は1185年、源頼朝とも縁がある歴史を持っています。ですので、源氏ゆかりの八幡宮(大宮八幡宮)と呼ばれていたようです。

 

ここが私の産土神社であると調べて教えてくれたのは、高校時代の友人でした。

 

以来、毎年とまではいきませんが、時間を作ってお参りに行くことを心がけています。遠征のすき間の日曜日、今日そのお参りを果たして来ます。

 

小さい頃に育ったこの地のことはあまりよく覚えてはいないのですが、大通りを走る大阪市電=チンチン電車のことはハッキリと記憶に残っています。

 

日がな眺めていたそうで、おそらくそれがきっかけで今に至る「鉄道ファン」の楽しみに、つながっているのでしょう。

 

5歳を迎える頃に引越をしましたので、大宮神社に参る機会は減ってしまったのですが、産土の神はじっと守り続けて下さるそうです。

 

そんなわけで、今日はお礼を兼ねて行って参ります。

 

Photo

2019年2月 2日 (土)

充実の社員研修が展開されています

2月に入り、昨日から企業MG研修を行っています。社長を始め社員の方全員と来春入社予定の学生さん、そして社外からも多くの方が参加されています。

 

色んな会社の研修でMGを取り上げ実施していますが、この会社のMG研修は理想的と言っても言い過ぎではありません。

 

まずは社長自身が一緒に参加をされていることです。私も、MGや脳力開発の社内研修では、できるだけ社長や経営幹部の方が参加されるよう希望を申し上げます。

 

とっても高齢で無理だと思われるケースもありますが、そんな際にも代わりに後継者や幹部社員の方が参加して、一般社員と一緒に受講されることには大きな意味があります。

 

ところが、色々な理由を付けられて一緒に参加しないケースの方が多いのです。せっかく社員たちとのコミュニケーションの機会であり、また本音の姿が見られるのに残念です。

 

それはともかく、今回の企業研修の良さは外部参加の多いことです。社内だけでクローズして行うことも、もちろん悪くはありませんが、違った刺激を受けることも大切です。

 

私も可能であれば、またその必要性を感じた場合には、外部参加者を加えてもらうことを提案します。その方が「教育効果が上がる」という事実があります。

 

20190201_145033 社内のメンバーだけで続けた場合、どうしても成績の良かった人のやり方をみんなが真似をして、学びの幅が狭くなる傾向にあります。勝ち負けにこだわることも見られます。

 

あるいは馴れ合いになってしまったり、緊張感に欠けたりします。その意味でも、外部参加の方が一人でもいれば違ってくるのです。

 

もちろん社内メンバーだけでやれば、社内だけで使えるデータ・情報などを加えた研修を行うことができます。

 

またトップの方の考えや体験を講話していただくことも、社内メンバーだけならかなり突っ込んだ内容でやってもらうことができます。

 

様々なプラスマイナスを考えながら、何と言っても効果のある研修を盛り上げること、そして続けることが何よりも大事です。

 

今日は研修の2日目、どういうまとめの講義をしようかと思いを巡らせています。社内のメンバーに焦点を当てながら、みんなに分かってほしいポイントを話して参ります。

2019年2月 1日 (金)

本当の状況を知らないままに

■連載『MG&脳開企業革命』(23)

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1989年の話を一気に飛ばしてしまいましたが、その間にも実は様々なことが起こりました。

 

社内の部門別MG研修(ワンデー)は一巡し、2巡目を実施する部門もありました。支店や営業所といった出先部門、あるいは一部の販社でも実施し、私自身もかなりインストに慣れてきました。

 

また、幹部社員対象のMG研修は前年と同じく2日間研修として開催され、しかもインストに西先生、そしてゲスト講話に三福水産(下関市)の河村社長=故人=をお招きすることができました。

 

河村社長の実践講話、自社で行われているSTRACの現場応用、マトリックス会計による管理などは参加者に大きな刺激になったと思うのですが、実務に取り入れる動きは出てきませんでした。

 

また、そんなようにMG研修が定着してきたように思われましたので、MGの体験期数などを人事評価の対象にすることや、受講の義務付けなどを提案したのですが、これは人事部などから反発を受けました。

 

やはり、調子に乗ってはいけないということだったのでしょう。当時の取締役(営業部長)の一人からも、厳しい言葉を浴びせられたこともありました。出る杭は打たれる、いや、出すぎた杭は抜かれるのでしたでしょうか。

 

自分自身の学びはさらに深まりました。MGの期数も89年末には174期に、スーパーシニアにも初参加したり、天野榮夫さん=故人=に出合ってMTによるMAV(移動平均)分析も学びました。

 

MGフェスティバルでは「愛環三人衆」との出会いがあり、90年に入って愛環MGにも初参加しました。また、脳力開発セミナーにも積極的に参加、高松・瀬戸塾での定期勉強会については前回も触れたとおりです。

 

そして1月の末に、社長から販社出向の内示。まさに青天の霹靂でした、私はもちろん周りの人たちにも。何しろずっとスタッフ部門(開発部、経営管理室)の所属でしたので、営業経験はゼロです。

 

それが販売会社に出向ですから、「まさか」という声もあったようです。通常なら支店・営業所の総務や企画部門ということになるのでしょうが、一体何が決め手になったのでしょうか、まさかMGですか?

 

出向先は候補がいくつかあったようですが、新潟県長岡市のトンボ繊維を指定されました。1965年の創業、社員が15名足らずの中堅問屋です。小売店会議や応援販売などで、年に23度は出張で訪問していました。Photo

 

数年前に産業団地に建てた新社屋に移りましたが、その頃から業績が芳しくなく88年の決算で大きな赤字を出していました。しかし私は上辺の数字しか知らず、その赤字の原因を知らないままでした。

 

87年秋から私の前任者が専務として出向し、翌年の赤字決算後の財務立て直しを担当されました。その結果、決算書上は回復したように見えていましたが、途中の経過などは全く分かっていませんでした。

 

ただ、社長からは財務状態は良くなってきている、販売経験の長い社員も多く若手も入社して人材は揃っている。だから「君が行って、新しい切り口で営業拡大をどんどんやってくれ。MGの現場実践にもなるだろう」と。

 

そうか、そういうことかと納得しました。未知の仕事ではあるがやってやるか、と次第に気分も高まってきました。

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