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梅原猛さんから学んだこと

今日が成人の日と言われても、昭和世代にはちょっと馴染みが薄い。私の時代は1月15日で固定されていた、とはいえ当時の私の感覚では単なる休みの一つだったのだろう。

 

成人式にも出なかった。当時は大阪府高槻市に現住所があり、そこでの式案内をもらった記憶があるが、出席してはいない。神戸の下宿で一人飲みしていたかも知れない。

 

ちょっと世の中に拗ねていた時代だったが、とりわけ反抗的というわけでもなかった。当時流行った「ノンポリ」に近かったのだろうが、日本の歴史(通史)に背を向け始めていた。

 

私が歴史に興味を持ったのは、高校3年生の時の担任が日本史の先生だったからであり、先生が歴史を学ぶ面白さを教えてくれたからだ。

 

歴史とは人間が作ったもの、人間が行動した結果の積み重ねということを教えていただいた。だが、人間が作ったということの、また別の意味をまだ考えてはいなかった。

 

つまり、歴史は確かに人間が行動した結果の積み重ねではあるけれど、為政者や権力者Photo によって脚色、あるいは作り替えがあったものという意識は薄かった。

 

それを覆してくれたきっかけは、梅原猛さんの『隠された十字架』を呼んだからだった。聖徳太子についての通史的な理解をぶち壊された、古代史のイメージが変わった。

 

いや、古代史だけでなくどの時代にも「作られた歴史」があったことを感じた。それまでは、通史の史書ばかりを読んでいた。もちろん講座派とマルクス学派の違いは感じていたが。

 

梅原先生の著書は、その他にも何冊か読んだが、正直私にはかなり難解で理解を超えたものが多かった。それでも古代史を別の視点で見るきっかけになった。

 

どういう意志を持って書かれた歴史なのか、事実を見極めるのは困難ではあるが、事実があること確かなのだ。ベールを外しながら、自分なりに理解することを心がけてきた。

 

昨年は「明治維新150年」だったし、大河ドラマでは西郷隆盛が主人公として描かれたが、私自身は常に維新史に疑問を投げかけて、敗者の目からも見るように心がけた。

 

それによって、今の為政者あるいは権力者が、維新史の中から何をピックアップし、これからどうしていきたいかが私なりに感じられたようだ。

 

その意味で梅原先生には大いに感謝したい。その梅原先生が亡くなられた。合掌。

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