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2018年11月21日 (水)

靖国大祭の日は会津陥落・降伏の日

小さい頃、「鞍馬天狗」が好きだった。大佛次郎さんの小説そのものは呼んだことはなく、嵐寛寿郎主演の映画や大瀬康一主演のテレビドラマで見ていた。

 

その鞍馬天狗が新撰組と戦い、「キンノウのシシ」を助けるのを痛快だと喝采を送っていた。小学生の頃だ、それもまた当然だったろう。

 

月形半平太も見ていた、テレビでは鶴田浩二が演じていたのだったかな。これにもまたかっこいい!と声援を送った、敵はやはり新撰組だ。

 

後に歴史を勉強していたら、土佐藩の志士・武市半平太の名前が出てきたので、この人がモデルだったのかと勘違いしていたこともあった。もちろん、全く無関係だ。

 

いずれにしても、幼少の私の中では悪者が新撰組であり徳川幕府であって、正義の味方は勤王の志士であり、それを助ける鞍馬天狗や月形半平太だったのだ。

 

まさか薩長新政府の流れをくむ時の政権が、そういう番組を後援していたのではないだろうけど、子供の心を洗脳してしまうのはいとも簡単なことだと嘆息する。

 

何しろ無批判に、上記のように理解していたわけだ。幼少の頃どころか、つい30年くらい前まではまだ本気で徳川幕府が悪で、それを倒した明治新政府が善だと理解していた。

 

Kinenkan
それを覆すきっかけとなったのが、河井継之助という存在だった。新聞連載は1960年代後半だが、私が文庫本で読んだのはそれから20年も後だった。

 

河井継之助という幕末の英傑を、私はその後様々な本を求めて読みあさった。そして、もしかしたら西郷や大久保、あるいは勝海舟や福沢諭吉よりすごいヤツだと感じた。

 

その余波として、幕末の官軍といわれる薩長を中心として討幕軍、その彼らがやったことは一体何だ、と怒りが巻き起こってきた。

 

特に会津、そして長岡に対して。庄内はなぜか崩壊を免れたが。それを思った時、今一度違った角度で幕末史を見直さなければと思ったわけだ。

 

そして何度か書いたが、私は靖国神社には詣らない。そこには会津や長岡など、いわゆる『賊軍』と称される兵士たちの霊は祀られていないからだ。

 

死んだら敵も味方もない、平等だという日本人「本来の心」のない靖国神社には、散歩には歩いても決してお参りはしないだろう。

 

知っていますか?靖国神社の大祭の日(9/22)というのは、会津鶴ヶ城陥落・降伏その日だということを。あるいは鳥羽伏見の戦い当日(1/3)も大祭の日。

 

そして彰義隊に対し、その最初の大砲(アームストロング砲)を撃つよう命じた大村益次郎の像が、歩く人を見下げるようなところには行きたくないと思うのが本音だ。

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