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坂本龍馬と司馬さんの「竜馬」とは違う存在だ

土佐の高知に来ている。前回来たのが5年前の2013年2月だったから、5年ぶりの訪問ということになる。一昨夜は夜遅くに着いたので、そのままホテルに直行した。

 

高知と言えば坂本龍馬である。いや、歴史的には山内容堂や後藤象二郎、乾(板垣)退助の方が重要な役割をしたと思うのだが、やはり龍馬に注目が集まる。

 

今年は明治維新150年ということで、高知もまた龍馬を中心としたイベントが始まっているようだ。今回は時間がなくて記念館などにも行けないが、町の雰囲気は感じられる。

 

龍馬に注目が集まるのは、司馬遼太郎さんの影響が大きいのだろう。経営者のみならず、若い人にも司馬遼太郎さんの『竜馬が行く』を愛読書とする人が少なくない。

 

だがしかし、ホンモノは龍馬であり「竜馬」ではない。竜馬はあくまで、司馬さんが小説の中で作り出した主人公である。Photo

 

しかし、小説の中の竜馬のようにホンモノの龍馬も同様のことをやったのだと、思っている人も少なくないはずだ。

 

竜馬は英雄であり、歴史の中の傑物である。歴史を動かしたと言ってもいい、明治維新は竜馬が企画し多くの人たちが実行した、というようにもとられている。

 

完全に否定しようとは思わないけれど、とくに土佐の高知ではそういう話をしてはいけないのかも知れないけれど、フィクションはあくまでフィクションだ。

 

確かに、坂本龍馬は当時としてはかなり先進的な意識や世界観を持つに至ったが、現実にそれほど大きな役割を果たしたとは思えない。

 

薩長同盟(とやら)の立会人ではあったが、それ以上でも以下でもない。ましてや、日本最初の商社を経営して世界に乗り出そうとしていた、などというのは司馬さんの創作である。

 

もちろん若くして暗殺されてしまったので、天寿を全うしていたらもしかして小説に描かれたような夢を、実現していったのかも知れない。

 

だがそれはあくまで歴史のイフであって、事実ではない。さりとて、維新史に全く影響を与えていないとも言えないはずだ。龍馬は間違いなくコーディネーターであった。

 

いや、コーディネーターを目指していたのではないか。あらゆる考え方を取り入れて、そこから新たな組み合わせを創案し、提示していく能力はあったのだと思う。

 

だが、明治の初めしばらくは坂本龍馬は全く無名の存在だった。明治の中頃になって、ようやく「姿を現した」のだ。それは、時の政府にとって必要だったからではないか。

 

そういう背景を理解した上で、龍馬が生きた時代を振り返ってみることが必要だと思う。

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