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亀山社中の「社中」ってなんや?

清酒「薩長同盟」という純米吟醸酒が発売されたらしい。まだお目にかかってはいないが、何でも鹿児島産の山田錦を使い、山口市の酒造蔵が仕上げたということだ。

 

明治維新150年を記念してのものだというが、両方の大学農学部もからんでいるそうだ。これから芋焼酎も造るとのことで、こちらは鹿児島のサツマイモに山口の酒米による麹を使う。

 

このニュースを聞いて思い出したのは、薩長両藩が盟約を交わした直後、長州が米を薩摩に送ったということだ。もちろんこれは史実だが、それは長州藩が購入した軍船と新式銃の代金としてだ。

 

これが第二次長州征伐の前夜です。すなわち、もしこの盟約が成立しなかったと仮定すると、長州藩は武器や船を(外国から)購入することができなかったので、勝利はおぼつかなかった可能性が高い。

 

そこで武器や蒸気船(ユニオン号)の購入は薩摩藩が代わりに行い、その代金を薩摩藩で不足がちだった米によって支払うという約束がなされた。その仲介と運搬、業務代行を行ったのが坂本龍馬だ。

 

世に言うところの亀山社中だが、この実態も定かではない。神戸海軍操練所の閉鎖後、仲間と共に薩摩藩の庇護下に入っていた龍馬は、長崎での活動を始めていたがその地が亀山というところだった。

 

社中とは何なのか、お茶の仲間や音楽仲間などの集まりで時々使われるのを見るが、要は仲間内といったところだろう。社中を「会社」とか「商社」などと誤った解釈をし、亀山社中を日本初の商社などいうのは大間違いだ。

 

第一そのようなキチンとした組織ではなかった。とくに規約なども決まっていなかった、緩いつながりの中で各人が動いていたらしい。何より中心となるべき龍馬自身が、長崎に落ち着いてはいなかった。

 

しかしながら事実として、薩摩藩が代わりに手配し仕入れた小銃と軍艦を長州に「納品」したのが龍馬であり、亀山社中のメンバーであった。もっとも、船の所属をどうするかで揉めたらしいが。

 

そこで素朴な疑問だが、そもそも龍馬や亀山社中に「輸入(代行)業務)などができたのか? 裏の薩摩の影があるとは言え、龍馬は一介の浪人・土佐藩脱藩者に過ぎない。

 

考えられるのはもっと大きな力が介在したのだろうということ。これは常識的に考えてもそうだろう。ではそれは誰であり、何であろうか。有力な説ではグラバー(商会)であり、マセソン商会であるということだ。Photo

 

グラバー園は世界文化遺産に登録され、長崎を訪れる観光客のほとんどが足を向ける観光地だが、幕末という時代には、そこは「武器商人・死の商人」のフランチャイズ、あるいはより大きな商社の代理店だった。

 

龍馬にしたところで、グラバーの力なくしては何もできなかったのではないか。そのグラバーのバックグラウンドはジャーディン・マセソン商会、さらにその背景にはイギリスすなわち大英帝国があったはずだ。

 

そしてこの頃から、幕府とくに江戸の政権にはフランスがアプローチをしている。当時のフランスは第二帝政、つまりナポレオン三世の時代だ。英仏の利害が日本でぶつかり合う?

 

そこまでの類推は私のような素人には難しいが、すでに中国(清朝)では列強の利害対立が激しくなっていた。この辺りのアプローチは、薩長史観教育ではさらりと流されている、なぜだろう。

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