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ポニー・C56160が本線上から引退

今月末、1台のSL(蒸気機関車)が本線上から引退した。C56 160号機JR西日本の梅小路運転区(京都)に所属する。つい先日までは山口線の「SLやまぐち」号や、関西では「SL北びわこ」号として走っていた。C56160_9522__100501

 

誕生したのは1939年の4月というから80年近く前になる。兵庫県の川崎車両(現在の川崎重工業)で製造され、すぐに北海道に渡り静内機関区配置となって日高本線(苫小牧-様似)を走った。

 

C56形は、線路規格が低いがやや長距離のローカル線でも走れる機関車として造られ、160号機はそのラストナンバーだ。小型機関車のC12形を改良し、テンダ(石炭車)をくっつけた感じだ。

 

軸配置は1C、つまり小さい先輪があり、その後に3つの動輪が結ばれた形で、モーガル形と言われるが、一般的には『ポニー』の愛称が定着した。

 

これは八ヶ岳山麓の小海線でも走り、その姿を「高原のポニー」と鉄道ファンたちが呼んだのが起源らしい。

 

もっともこのC56形機関車は不運の星に生まれてきた。小型で使いやすい、規格の低い線路でも使えるということで、何と半数以上の90両が戦地であるタイ・ビルマ(現ミャンマー)に送られたのだった。

 

これが有名な泰緬鉄道で、C56形も何と約半数が戦災に遭ってしまったのだ。残った46両はタイ国鉄で戦後も使用されたが、現在は全て退役している。

 

このうちの2両が日本に帰還し、泰緬鉄道の開通式に使われたというC56 31号機は靖国神社隣接の遊就館に保存されている。

 

さて160号機だが、新潟とも縁がある。戦前の僅かな期間だが、白山機関区に配置されて越後線を走っているのだ。この時代の越後線はまだ信濃川に貨物線の橋があるだけで、旅客は白山駅が終着駅だった。

 

終戦日前には備後十日市機関区(広島県・現三次)に転属になって、さらに九州そして信州長野県を点々としている。そして動態保存候補対象に選ばれて特別整備を受け、1972年に梅小路区に配置された。

 

言うなれば幸運な機関車で、その後は梅小路蒸気機関車館での小運転や、各地でのSL列車として活躍している。近年は山口線の「SLやまぐち」号で、C57 1号機と共演あるいは交代で使用されていた。C56160_9522__1005012

 

もっとも山口線ではやや非力だったので、ディーゼル機関車(DD51形)を補機として支援してもらっての運行であったが、小型で可愛いと評判だった。

 

それもいよいよ今月で最終運転が終了、「北びわこ」号の最終運転をもって、本線上から引退することになったわけだ。この後は、京都鉄道博物館で小運転に使われるようだ。

 

いうなれば、かなり幸運な機関車だったわけで、これからもしばらくは元気な姿を見せてくれるだろう。

西郷の「敬天愛人」性を否定する

前週は薩長同盟(と呼ばれているもの)について、諸説を引っ張り出してみた。そこに関わったのが、薩摩側が西郷と小松(帯刀)、長州が桂小五郎(木戸寛一)、そして坂本龍馬や中岡慎太郎が絡んでいたようだ。

 

だが実際のところは、つまり「確定的な事実」という部分はやや霞んで見えない。上のような人物が見え隠れしていることは事実のようだが、密約の部分もいささか不透明だということを書いた。

 

何しろ、龍馬が裏書きしたという桂(木戸)の「覚え」(書き取り)しかないわけで、正式に取り交わした書面はない。しかもその内容は、まだ「倒幕」までには及んでいない。

 

しかし、この後西郷は次第に倒幕にシフトしていく。というよりも、周囲の誰よりも倒幕意識を強めると共に、実際行動を重ねていく。

 

私は、決して西郷の功績を否定する気は無いが、さりとて明治維新の最大功労者として手放しで評価することには否定的だ。少なくとも、偉人であるとか英雄であるとか、さらには清廉高潔な人であったとかにはダメ出ししたい。

 

ましてや「敬天愛人」を理念として行動した、などとはとてもとても。

 

西郷の「敬天愛人」性を否定する3つのことを上げていこう。一つは、慶喜が大政奉還した後の小御所会議で、幕府側を「短刀一本でどうにでもなる」と恫喝したこと。あれは本気だったと思う。

 

第二は、幕府側に先に引き金を引かせるために江戸で騒動を起こさせたこと。乱暴狼藉、略奪を命じたのは西郷であることは明白だが、しかもその首謀者を後に「薩摩とは無関係」と処刑したこと。

 

そして第三に、奥羽越列藩同盟に対する東軍の卑劣な軍事行動に対し、全くそれを止める行動をとらなかったということ。西郷自身は庄内藩を攻めたが、恭順を勧めて戦いを収めているのだが。Photo

 

なぜ、それを長岡藩や二本松藩、会津藩に対しても行わなかったのか。方面担当が違っていたといってしまえばそれまでなのだが、つまりは教科書歴史が言うほど、彼には力がなかったのではないか。

 

いずれにしても以上の3つで、私は西郷の評価を下げてしまう。もっと言えば、佐賀の乱でなぜに江藤新平を助けなかったのか。江藤ほど新政府内で清廉潔白な人物はいなかったのにだ。

 

さらには西南戦争、なぜに兵を挙げたのか。しかも、稚拙な戦略と戦術で多くの若者を死地に追いやった。以上を上げてみてなお、西郷を超一級人物として評価しうるのか。龍馬暗殺の黒幕説もあるが、これは疑問だ。

 

返す返すも残念なのは、小松清廉(帯刀)=写真=の若すぎる死だろう、35歳だった。小松であれば、西郷や大久保を十分にコントロールし得たであろうし、島津久光をもっと上手に活用したと思えるのだ。

 

まぁ、死んだ子の年を数えてもしょうが無いし、歴史のイフを繰り言してもしかたがない。

 

では、そろそろ西郷の卑劣な倒幕戦術にメスを入れていくことにしよう。

MGゲームは「確定事実」の宝庫

<連載コラム(60)>

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 確定的な要素についてもう少し。これは客観的に確実であると言える要素のことで、言い換えると万人共通的に、あるいは画一的に確実だと言えるモノです。

 
 逆に評価系の、主観的な情報は確定的でない要素だと言えます。

 
 未確認情報は、もしかしたら事実(確定事実)なのかも知れませんが、そうであるとはまだ確認されていないわけですので、これも確定的でない要素に含めておきましょう。

 
 もちろん、だからといって価値がないというわけではありません。あとで使える要素なのかも知れませんが、とりあえず区別しておくことです。

 
 さてMGについていえば、そこは確定事実の宝庫です。というより、憶測や評価などを差し挟む余地がない事実が、常に展開されていくことになります。むしろ情報が多すぎて、どういう判断を下していくべきかを迷うこともあります。

 
 MGでは、椅子に座ってではなく立っったままゲームを行うことも、事実を見逃さない知恵の一つです。

 
 事実をしっかり見据え、市場や他のメンバーの行動、あるいは資金繰り表の情報を集め、それによって判断して自分の次の一手を決め、実際に行動する。そういう訓練を常に行っているわけです。

 
 研修場の壁に貼っている自己資本の変移グラフ、MQ会計のデータなども、ここでいいう確定事実に他なりません。

 
 そこには、確定的でない要素の入り込む余地はないはずなのですが、実際には思い込みなどで判断を誤っていることも少なくないですね。

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価格競争・売上競争はやめましょう

売上高は役に立たない。

 

これはMGMQ戦略ゲーム)を学ぶ人たちには「常識」ですが、ほとんどの経営者は、いや経営者のみならず企業の社員さんも「まず売上(高)だ」と言われます。

 

確かに売上がなければ、会社は成り立ちません。利益重視といいますが、その利益は売上から生まれてきますから、何が何でも売上(高)を上げていかなければと、誰しも思ってしまいます。Photo

 

そして会社の大小、あるいは良し悪しを売上高で計るということも、おそらく一般的なことだと思われます。

ではこんな数字を使って比べてみることにしましょう。100円で仕入れた商品をいくらで売るかという話ですが、仮に1万円の利益(粗利益=売上総利益)を稼ぐことにしましょう。

 

 10円の利益を乗せて110円で売ると1000個を売る必要があります。この時の売上高は11万円。

 15円の利益を乗せて115円で売ると667個を売る必要があります。この時の売上高は76700円。

 20円の利益を乗せて120円で売ると500個を売る必要があります。この時の売上高は6万円。

 25円の利益を乗せて125円で売ると400個を売る必要があります。この時の売上高は5万円。

 30円の利益を乗せて130円で売ると334個を売る必要があります。この時の売上高は43420円。

 

お分かりになりますでしょうか。①から⑤まで、どれも同じ粗利益額を稼ぐのですが、⑤の売上高が最も少ないということになっているでしょう。

 

それが分かると、例えば経営計画を立てた場合を考えてみましょう。上記の③の事例を使ってみることにします。1万円の粗利益を得るには6万円が売上の目標となります。

 

でももし利益を1割増し、つまり22円にできたとして同じ数量を売ることができれば、粗利益も1割増しの11千円にすることができます。もちろんこの時の売上高も1割増しの66000円。

 

逆に同じ6万円の売上でいいのであれば、販売個数は492個でもよく、しかも粗利益は10824円に増やせます。つまり、同じ売上高でも利益が増えるということです。

 

こんな風に、皆さんの会社ではキチンとシミュレーションしていますか? ただただ売上を上げることばかりに、目が向いてはいないでしょう。

 

売上高を上げることばかりに目が向き、肝心の「利益確保」ということがおろそかになったり、いちばん最悪なのは価格競争に巻き込まれていくことです。

 

人を大切にする経営学会の坂本光司先生(元法政大学大学院教授)は、中小企業がやってはいけないことの第一にこの価格競争を上げておられます。

 

営業・販売活動にエネルギーを浪費した上に、得られる成果が少なくなってしまう。消耗し疲れ果ててしまうと、社内もギスギスしてしまうかも知れません。価格競争、それに伴う売上競争はいい加減やめませんか。

 

正しい計数知識を持ち、知恵を絞ってみんながニコニコできる会社を目指していきましょう。

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ますます変化への対応が大事になります

滑り出しの新潟は雨雲でしたが、到着した日から3日間神戸・大阪は夏日の好天に恵まれました。クライアント会社の社員研修ミッションを主体に、充実した時間でした。

 

その間にも世の中は目にもとまらぬ速さの動きを続け、昨日は表だったものが今日は裏に変わるといったことも、起きている感じです。

 

そんな環境や条件の変化にいかに対応していくかが、ますます問われる状況になっています。私には、あるいは私の会社には関わりの無いことでございます、では通用しない世の中です。

 

ちょっとした動きが、敏感に反応しやがては我が身に降りかかってくる、そんな時間の流れが続いています。

 

幸いに今のところ、我が身にはさほどの痛痒も感じない状況ではありますが、どこで一転するかは分かりません。オイルショックもバブル崩壊も、そしてリーマンショックもそうでした。

 

ぼんやりしていると、変化していることすら見逃してしまいます。見逃していても大丈夫というなら別ですが、そんなのんびりしたことはいっておられない、それが現実です。

 

3日間の研修の中でも、変化への機敏なそして的確な対応という話を、折にふれてやってきました。個人も企業も、変化の渦の中に否応なく巻き込まれます。

 

5月も残り僅かになり、週末はもう6月です。

 

6月は月初めから遠征が続きます。中には10日以上の遠征も含まれていますので、スケジュール管理はもちろん、体調管理もおろそかにはできません。
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新たな学び、新しい出会いもきっとあるでしょう。その時自分が何をするのか、何ができるのか、そして何を伝えていくことができるのか。

 

試し試される1ヶ月になりそうです。梅雨入りも近いとの予報も、また平年より暑いとの指摘もあり、心と体を素直な状態に維持していくことも肝要です。

 

では今日が佳い日曜日になりますように。大阪空港にて。

社内研修への一考察

昨日と今日は、神戸でクライアント会社のMGセミナーのインストです。

 

社内研修ですが、社外からも6名の方が参加されています。社長を初め社員さんは全員参加、フルプログラムによる2日間のMG研修は久しぶりだそうです。

 

これまでは、全員参加でもワンデーの研修で、比較的体験期数の多いメンバーでしたのでそれでも良かったのですが、昨年今年と新採用の社員も増えていますので、2日間の研修を企画されました。

 

MGの研修プログラムは、2日間の中でステップを踏んで実践体験を通して学ぶ時間、基礎的な知識や理念を学ぶ時間など、行入と理入とが見事に組み合わされています。20180525_133554

 

ワンデーではどうしても行入にウエイトがかかりますので、一度フルプログラムを体験している方は、それでも学びを深めることができますが、初心者にはちょっと荷が重いのです。

 

そんなわけで、私は社内研修でもできるだけ2日間のフルプログラムで行うことを、進めています。でも実際にはなかなか難しいのです。

 

教育は全ての業務に優先する、といいますし頭の中では経営者も分かっているのですが、いろんな問題が横たわります。

 

第一に平日の業務日に2日間がとれるのか、休日を利用した場合にその振替はどうするのか、社員の参加意識はどうだろうか。お客様からのクレームはつかないか。

 

こういう課題をクリアしていくこと、それはある意味経営者自身の学びと実践といってもいいと思います。

 

まず戦略を決める、つまり「やる」こととその目的を明確にする、それをきちんと社員さんたちに伝えること。その上で事前にスケジュールを組み立てる。

 

年間の経営計画や指針を立てる中で、教育研修というテーマについてもプランニングするわけですので、その中で具体的に示していくことが第一です。

 

前提として、やはり社長だけが一人前を歩いていても大変ですので、社員さんの中に推進のリーダー、すなわち理念を共有してくれる「仲間」を育てることが求められます。

 

社員さんが10人いれば10の意見が、50人いれば50の意見や思いがあること。そういうことも理解した上で、社長自身の思いを明確にし、普段から伝えることが重要です。

 

これはMGに限ったことではありません。社員教育については、全てに共通する課題だと言えます。そしていかに社員さんを巻き込んでいけるか、成功のカギです。

 

その研修をやることで、自分がどう成長していくのか、会社の仕事にどう活かしていけるのか、社員さん自身が感じてくれることを信じて取り組むことです。

 

ひいては、社員さんのまたその家族の幸せにつながるのだ、そういう意識を社長自身が持つことを望みます。

確定的要素に基づいて行動する

<連載コラム(59)>

 立場や観点から現象として現れる行動、あるいは言葉をしっかりと把握することが必要ですが、その際に重要なポイントについて述べます。

 
 それは、確定的な要素と確定的でない要素とを、しっかりと区別するということです。

 
 
 もちろん、いつも「確定的な要素」に基づいて考え、行動する習慣が大切です。

 
 そうでないと、確定的でない要素に振り回されてしまい、判断を誤り、行動も損失を招く方向に行ってしまいがちになります。おそらく気分も悪く(マイナス方向に)なるでしょう。

 
 ここでいう「確定的な要素」とは、確定(的)事実、そして確定的法則と確定的可能性の三つです。

 
 常にこの三つからスタートし、そうでないものは極力排除するか、あるいは必要であれば後から活用するくらいにとどめましょう。

 
 では「確定的でない要素」にはどんなものがあるでしょう。

 
 まず憶測です。さらに印象や仮定、思い込み、評価などです。確認できていない情報(未確認情報)も、この中に含まれるでしょう。(写真は「未確認生物」イメージ)

 
 とくに、事実の領域と評価の領域とは別物であるということ、事実系の、いわゆる客観的情報と、評価系の主観系情報とはハッキリ区別すべきだというわけです。

 
 区別するという習慣は、やはり意識していないとできないものだといえます。

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タイムマネジメントこそビジネスの基本

あなたは、ちゃんと約束時間を守っていますか。

手前味噌ですが、私の信条は「約束事を守る」です。中でも時間を守ることには、いちばん気を遣っています。約束した時間に遅れないことが、約束事の中でも最重要だと考えています。

ではもう一つ、あなたは会社などを訪問する場合や人に会う場合、約束時刻のどのくらい前に着かれますか。新入社員研修などでは、会議の集合なども含めて「5分前(到着)」と教えることが多いようです。

いずれにしても約束した時刻に遅れるなどは、とんでもないことで、マナー違反どころか信用を失うことにもつながりかねません。

相手の決めた時刻、指定された時刻はもちろん、こちらから提示した約束時刻などは万難を排してでも守るべきものでしょう。少しくらいは良いだろうは通じることではありません。

地方によっては、「ナントカ時間」あるいは「現地時間」なるものがあるらしく、とくに飲み会などでは20分、30分遅れてくることが当たり前というところもありますが、飲み会ならまだしもビジネスの約束では論外です。

飲み会の席であっても私はゼッタイに遅れないよう心がけますし、まして自分が主催者や幹事だとしたら、5分前どころか10分、いや時には30分くらい前から席について来られる方を待ちます。

一対一でお会いする際には、相手が目上の方とか、そうでなくても初対面の方の場合には、必ず相手の方よりも先に到着して、下座の席あるいは入り口の待合でお待ちするよう心がけています。Photo_4


このように時と場合、相手によってどうするべきか臨機応変にやることを、私は田中角栄さんと親しくされていた方から学びました。とりもなおさず、それは「角栄さん」流ということです。

私自身は角栄さんにお目にかかったのは、その方と一緒に目白の田中邸を訪問した時のたった一度でしたが、初対面のしかも若造の私にも丁寧に対応されました。初対面でファンになったことは言うまでもありません。

なぜなら、この私に対してもキチンと名刺を下さり、必ずこちらの目を見てしゃべられました。何より、私たちの来る前に応接の間におられて待っておられたことが驚きでした。

それはともかくとして、時間の守り方については人間関係を勘案してやるのだということを、教えられました。ですから基本は5分前であっても、約束の相手によってそれより前にということも必要なはずです。

相手の方との関係を考えて最良の行動をする、約束時刻を守るとはそういうことだと思うのです。

でも時には不可抗力で遅れてしまうことがあるかも知れません。遅れそうであれば、たとえギリギリ約束時刻前に着けそうであっても、連絡を入れておくことはビジネスマナーとしてやるべきです。

不可抗力を考慮して早めに行動する、ギリギリは避けるのが先決ですが、連絡も入れずに「遅れてしまってすみません」と言うだけではねぇ。ましてや弁解を並べ立てては、さらに信用を落とすだけです。

イギリス・薩摩・長州の三角密貿易

武器(大砲や小銃など)や蒸気軍船の購入を薩摩藩が行い、その代金を長州藩は米によって支払ったということを前週は書いた。ある意味の物々交換に見えるが、しかしこれは正確ではない。

 

それは当然ながら武器や船の代金を受け取ったのは誰かということだ。言うまでもなくそれがグラバー商会であることは間違いない。さらにいうならば、その後ろにいるイギリスという国だった。

 

つまり三角交易だった。この時期、幕府は諸外国つまり英仏米蘭に対して、幕府以外に武器や船を売ることを制限しようとしている。そしてイギリス以外の三国は、この取り決めをほぼ守っていた。

 

だがイギリスは違っていた。薩摩とのパイプを太くしていた上に、下関での交易の重要性を見ていたのだろう。しかし表だっては長州藩には近づけない、そこで薩摩藩だ。Photo_3

 

ちなみに、薩摩藩は生麦事件の報復攻撃でイギリス海軍と戦っている。開戦当初は優勢だったが、イギリス軍艦が備えていたアームストロング砲に砲台は壊滅、鹿児島の町も焼かれた。

 

これによって薩摩藩は「開国」に目覚めた、と通説は言う。それは大いに間違っている、島津斉彬はその生存中ひと言も「攘夷」とは言っていない。むしろ近代化を急いで力をつけた上で開国し、欧米と肩を並べようとした。

 

後を継いで実質的に薩摩の君主となった島津久光も、考え方としては兄である斉彬を引き継いでいる。つまり、薩摩は長州藩とは違い、攘夷の発想でイギリスと戦ったわけではない。

 

だから本来、薩摩と長州は相容れないはずなのだ。しかし、そこにイギリスが介在することで絵に描いたような三角形になってしまう。その三角形が実際の形になったのが、武器・軍船の三角貿易だと言える。

 

長州藩にはカネ(現ナマ)がなかった。四境戦争の賠償金を、攘夷を命じた幕府に押しつけたものの、内部抗争で疲弊していたし、禁門の変や第一次長州征伐での戦費も膨大だったからだ。

 

なお、幕府は確かに朝廷に押し切られて攘夷を命じたが、あくまで「相手から発砲された場合」にだけ、対抗して発砲するようにと命じていた。それを勝手に破ったのは長州藩で、ぼろ負けして、責任を転嫁した。

 

薩摩藩もまた、イギリスから賠償請求されたが、この賠償金は幕府に借りて支払った。ただし、借りた金は結局返さなかったのだから、長州藩と同じ穴のムジナだろう。

 

さて、カネのない長州藩は米で支払おうとしたがイギリスは拒否する。米は貿易禁止品に指定されていたので、日本国内では銀への交換ができない。本国等では米を食さないから、大量にもらっても困る。

 

そこで薩摩藩だ。土地が痩せていて米不足に悩んでいたわけだから、渡りに船だった。琉球での密貿易(すでに公になっていたが)や、奄美等でのサトウキビ砂糖の搾取で稼いだカネを使ったわけだ。

 

こうして手に入れた武器で、長州藩は幕府側と戦うことになる。相手も同じ日本人だ。イギリスは中国(清国)ではアヘンで人民を苦しめたが、日本では密貿易の武器で殺し合いをさせたことになる。

 

その長州藩の軍制の整備と武器近代化を推進したのが大村益次郎だった。日本人同士の殺し合いを主導した人物が、銅像としてそそり立っているところ、それが靖国神社だ。

戦術的レベルの衝突は議論しない

<連載コラム(58)>

 さて、立場や観点が異なりますと、希望や意見が対立してしまうことがあります。

 
 これを「衝突」と呼んでいますが、具体的な希望のぶつかり合いとか食い違いということです。立場同士のぶつかり合いです。
 
 
 衝突の問題では、どの立場とどの立場がぶつかっているのか、そして何と何との衝突なのかが問題です。つまりお互いの希望同士や利害が衝突しているわけですが、その具体的な内容を取り出し明らかにしなければなりません。
 
 
 その上で、この衝突は原則的(戦略的)レベルの衝突なのか、それとも非原則的(戦術的)レベルの衝突なのか、どちらの性質なのかを整理します。

 
 前者は原則のぶつかり合いですから、一方を良しすれば一方が退かざるを得ません。これを「降伏」と言います。
 
 
 一方後者の方は、譲り合ったり調整ができないかを考えていくことができます。こちらは「妥協」と言っています。多くの事柄は後者の方に属しており、譲れるレベルの衝突(対立)です。
 
 
 企業内の会議の中でも注意していないと、戦術的レベルの対立的やりとりで時間を浪費、空費してしまうことになります。戦略面での意見対立は一本化するまで徹底議論することが必要ですが、それは年に数回あるかなしでしょう。


  
 戦術の良し悪しや、やるやらないを延々と議論するのは間違いであることに、早く気づいてほしいものです。

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再び「全員経営」についての私感


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MQ戦略ゲーム)を通してめざす全員経営ということについて再考。

 

前回いつ書いたかは忘れましたが、MGCFMG)セミナーのまとめ講義では、私は全員経営とは「社員全員が同じ経営者意識を持って仕事に臨むことでは決してない」と語っています。

 

もちろんそれは理想であり、そうなってくれると素晴らしいと思います。私のような一人会社は極めて簡単ですが、相棒や社員が別に一人でもいれば、意識や思考が完全一致とはいかないでしょう。

 

社員数が増えれば増えるほどに理想からは離れていきますので、せめて「戦略だけは一致させようよ」というわけで、経営理念とか経営指針を作成して迷走するのを避けるのです。

 

そこで全員経営ですが、「企業内の全員が同じ経営(者)意識を持って仕事に臨む」ことなどと固定的に定義せずに、各人がそれぞれの立場で与えられた役割をキチッと果たしていくこと、くらいで捉えてはいかがですか。

 

つまり前提はベクトルの一致です。企業を船に例えることが多いですが、この船がめざしていく港は全員が一致して知っている、仕事をしている日常において必ず頭の中に入っている。

 

船が目的の港に向かっていくためには様々な仕事があり、仕事ごとに役割が生まれ、その役割を誰かが果たしていくことになります。役割には軽重が無く、一つでも欠けると支障が出ます。Photo

 

組織の中の歯車になどなりたくないなどと粋がる向きもありますが、その歯車一つが無いと困るとことも場合によってはあるわけです。ジグソーパズルを思い浮かべると分かりやすいでしょう。

 

社長には社長の、部長には部長の、社員には社員の、パートさんにはパートさんの、それぞれの立場があり役割があります。そうした役割を確実に果たすことが、自分自身の存在理由であり存在価値です。

 

脳力開発で、立場と役割とは一体不可分だと教えられたのですが、改めて自分を振り返ってみると、確かに大企業の新入社員時代、転職して中企業の途中社員時代、中間管理職時代と異なる立場の自分がいました。

 

そして小さな会社の経営者時代がやってきて、専務、代表取締役社長と立場が変わり、逆に社員さんたちの立場を考えることが必要になりました。その時に、全員経営の意味を考え直したわけです。

 

単純に、同じ経営意識を持つとか、経営者と同じ立場の思考で行動するとか、それには違和感を感じたのです。つまり、自分自身はそんなことはできなかったじゃないかという思いです。

 

自分ができなかったことを他人に強要することはどうなんだと考えた時に、そうだ、それぞれの立場に沿っている役割を果たしていけば良いんじゃないかと気がついたわけです。

 

これについては、小さな会社も大きな会社でも変わりはありません。立場や役割の数が違う、人の数だけあるというだけのことです。

 

しかもまた、人は一人でもいろんな立場をもっていることにも思い至りました。例えば家庭ではどうですか。どこでもその役割をキチンと果たしていく、それこそが人として目指すことなのだと確信するのです。

ホームページでセミナーご案内しています

今日は月一のブログお休み日です。

来月以降、各地でMG/CFMG、そして脳力開発講座を開講します。

参加ご希望の方は、ヴァンガード経営研究所ホームページをご覧下さい。
ホームページからの直接お申し込み、FAXでのお申し込みをお待ちしています。
http://www.vanken.jp/

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10年以内に消え去りたくない士業の方へ

AIが今後どういう展開を見せていくのか、門外漢である私には極めて困難な話題ですが、いくつかの方の本を読む中で「これからものすごいことが、急速な勢いで起こってくる」ことは理解できました。

 

日本では少子高齢化が他の先進国よりもはるかに深刻な勢いで進展していて、すでに人口の減少が始まっていることで、とくに地方の衰退、と言うよりもさらに急激に「地方がなくなる」事態がやってくるようです。

 

すでに毎年大きな自治体一つ分の人口が減少しているわけで、しかもそんな中で高齢化の勢いが止まらず、中には後期高齢者(75歳以上)が半数に迫るところもあるようです。

 

当然ながら労働力人口の減少は顕著であり。大手企業はまだしも中小企業は、雇用の確保が一層困難になることが必然とされます。Photo

 

だがご心配なく、人口減少に対応するかのように技術革新がどんどん進んでいて、生産性の向上が労働人口減を上回るようになるので、心配はないのだという楽観論も一方にはあります。

 

しかし残念ながら、それは楽観論に過ぎないと私は感じています。確かにAIを含む「第4次産業革命」が、すでに夜明けの時代から進展していく時代に入っていることは確かです。

 

それによって不足する労働力がカバーされて、それ以上に生産性が上がっていく。また、知的労働部分でもAI化の進展と革新で、知識労働者も余ってくる時代がやってくる、かも知れません。

 

AIがどれだけ進歩していっても、アイディアを生み出したりプランニングしたり、あるいは最終的な判断や意思決定をするところはやはり人間の仕事だとおっしゃる方もいます。

 

ですが、それは極めて甘い考え方で、その分野ですらAIがやるようになる、いやすでになってきているのです。単純な仕事だけではなく、より複雑化することの方が「お得意」かもしれないのですよ。

 

そんなわけで、とくに士業の方などはそろそろ将来のことを本気で考えられてはいかがでしょうか。20年後、いやもう10年後には「自分がやることがなくなっている」ことも十二分に、相当の確率でありえます。

 

税理士、公認会計士、社労士、行政書士、司法書士、そして弁理士や弁護士も例外ではありません。たとえば税理士さんなども、今現在の仕事がすでにOA化の範囲内で『誰でもやれる』ことを実感していませんか。

 

それはさらに進んでいくでしょう。ルーチン化できるものとかルールがあるもの、それはAIの最も得意な分野ですし、さらに精度を上げてくるはずです。とすれば、税理士さん、あなたが「生きる道」は何でしょうか。

 

おそらく、顧問先の企業経営者の多くが、税務や決算書・試算表のほかに経営についての様々な相談を、されているのではないでしょうか。その問いかけに的確なアドバイスができていますか、そしてこれからも。

 

どうやったら利益を上げられますか?といった問いかけに、あなたはどう答えられていますか。まさか、「売上をがんばって上げて、コストダウンの努力をして、経費を節減しましょう」なんておっしゃっていませんか。

 

もしそう言われていたら、あなたは十年を待たず「消え去る」運命にあります。そうならない近道は、今からでも決して遅くない、MGMQ戦略ゲーム)セミナーに参加してみることです。

基本からの応用はインストの期数

<連載コラム(57)>

 人は立場によって、意識的、無意識的に一面への隔たりを持つようになってくるものです。

 
 会社の中でも、社長は社長としての立場や観点からものを見るでしょう。部長は部長の、社員は社員の、営業は営業の、総務は総務の立場でというようにです。


 
 その内容は、「立場の点検」によって読み取れますが、とくに、自分自身がどの立場に立っているかという、「自己の立場の点検」をいつも忘れずに行うことが、日々の習慣として必要です。

 
 自分がどれかの立場に偏りを持って流されているのに気づかないでいる場合が、意外と多いのも事実です。そのままでいると、判断の誤りや失敗の元につながります。

 
 MG
を受講する場合にも、「MGを学んで自社に役立てよう」という共通の立場や観点があるはずですが、やはり一人一人企業における位置づけが違います。

 
 経営者の立場での受講と、一人の社員の立場や新入社員の研修としての受講とでは、受け取り方が違います。


 
 インストラクターはそのことを常に頭に置いて、受講者一人一人に向かう必要があります。早い話、期数の多いベテランに対してと、今日初めてMGを体験する人への対応とでは、姿勢も言葉も変えなければならないでしょう。

 
 基本は基本、そこからの応用は「インストの期数」ともいうべきでしょうか。

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再び値付けについて

値付けについて、またちょっと書いてみようと思います。

 

あなたの会社(お店)では、お客様への提供価格(売価)をどうやって付けていますか。小売店などは、一般的に仕入価格に自社の利益を上乗せしているでしょうか。

 

製造業の場合にはややこしい原価計算をやって、材料価格に製造コストを上乗せし、さらにそこに自社の利益分をプラスして売価を決めていることが多いですね。

 

サービス(役務提供)業の場合は一般的に仕入がありませんから、自由に値付けができる訳ですが、だからといってでたらめにやっていることもないはずです。

 

ここではカンタンに小売販売店を例にお話しします。

 

例えば100円で仕入れた商品があります。これに自店の利益を上乗せしますが、30%分(30円)をプラスして売価を設定すると、130円になります。これで値札タグを付け、売り場のPOPを作ります。

 

なぜ30%かというと、店長はオーナーから「この店では粗利益を30%確保して欲しい」と言われているからです。そこで上記のような売価設定をするのですが、これで良いのでしょうか?Photo

 

残念ながら、これでは粗利益率30%が達成できないことはお分かりになりますね。え、どうして?と思われた方は、この店長と同じ間違いを日々しているかも知れませんよ。

 

つまり、[粗利益率=粗利益÷売価×100]ですから、30÷130×10023%にしかならないのです。これではオーナーが掲げる目標値の30%にははるかに届きません。

 

でもこんな風に計算して値付けをしてしまっている事例は、私も数多く目にしました。目標がなぜか達成されないと首をかしげられている経営者からの相談で現場に行きますと、実は担当者がこのようにやっていたとか。

 

では本当の答は? 粗利率が30%だとすれば、その反対に位置する原価率は70%(10030)です。原価が100円ですから、売価の70%が100円ということになります。そこで100÷0770%)=143円と計算されます。

 

原価率のことを販売の現場では値入率とも呼ぶようですが、こうして売価143円が求められ、43円が粗利益額となるわけです。ちなみに43÷143を計算してみて下さい。30%を少し超えるくらいになったはずです。

 

もっともこうして売価を計算するのは良いのですが、問題はこの値段で売れるのか否かです。つまり、お金を払って下さるのはお客様ですから、お客様が「この値段ならOKだ、買っていこう」となることが重要な要件です。

 

あるいは、同じ(ような)商品をあなたの店以外ではいくらで販売しているのでしょうか。いくら143円で売りたいと思っても、他の店が130円で売っているのだとしたら、その価格は適正といえるのでしょうか。

 

いわゆるマーケットプライスと言われるものですが、他にもプライスリーダーがいくらで売っているのかということも、調査・検討していかなければならないでしょう。

 

このように、「たかが売価」とは言えないところに、経営の面白さや難しさがあるわけです。

亀山社中の「社中」ってなんや?

清酒「薩長同盟」という純米吟醸酒が発売されたらしい。まだお目にかかってはいないが、何でも鹿児島産の山田錦を使い、山口市の酒造蔵が仕上げたということだ。

 

明治維新150年を記念してのものだというが、両方の大学農学部もからんでいるそうだ。これから芋焼酎も造るとのことで、こちらは鹿児島のサツマイモに山口の酒米による麹を使う。

 

このニュースを聞いて思い出したのは、薩長両藩が盟約を交わした直後、長州が米を薩摩に送ったということだ。もちろんこれは史実だが、それは長州藩が購入した軍船と新式銃の代金としてだ。

 

これが第二次長州征伐の前夜です。すなわち、もしこの盟約が成立しなかったと仮定すると、長州藩は武器や船を(外国から)購入することができなかったので、勝利はおぼつかなかった可能性が高い。

 

そこで武器や蒸気船(ユニオン号)の購入は薩摩藩が代わりに行い、その代金を薩摩藩で不足がちだった米によって支払うという約束がなされた。その仲介と運搬、業務代行を行ったのが坂本龍馬だ。

 

世に言うところの亀山社中だが、この実態も定かではない。神戸海軍操練所の閉鎖後、仲間と共に薩摩藩の庇護下に入っていた龍馬は、長崎での活動を始めていたがその地が亀山というところだった。

 

社中とは何なのか、お茶の仲間や音楽仲間などの集まりで時々使われるのを見るが、要は仲間内といったところだろう。社中を「会社」とか「商社」などと誤った解釈をし、亀山社中を日本初の商社などいうのは大間違いだ。

 

第一そのようなキチンとした組織ではなかった。とくに規約なども決まっていなかった、緩いつながりの中で各人が動いていたらしい。何より中心となるべき龍馬自身が、長崎に落ち着いてはいなかった。

 

しかしながら事実として、薩摩藩が代わりに手配し仕入れた小銃と軍艦を長州に「納品」したのが龍馬であり、亀山社中のメンバーであった。もっとも、船の所属をどうするかで揉めたらしいが。

 

そこで素朴な疑問だが、そもそも龍馬や亀山社中に「輸入(代行)業務)などができたのか? 裏の薩摩の影があるとは言え、龍馬は一介の浪人・土佐藩脱藩者に過ぎない。

 

考えられるのはもっと大きな力が介在したのだろうということ。これは常識的に考えてもそうだろう。ではそれは誰であり、何であろうか。有力な説ではグラバー(商会)であり、マセソン商会であるということだ。Photo

 

グラバー園は世界文化遺産に登録され、長崎を訪れる観光客のほとんどが足を向ける観光地だが、幕末という時代には、そこは「武器商人・死の商人」のフランチャイズ、あるいはより大きな商社の代理店だった。

 

龍馬にしたところで、グラバーの力なくしては何もできなかったのではないか。そのグラバーのバックグラウンドはジャーディン・マセソン商会、さらにその背景にはイギリスすなわち大英帝国があったはずだ。

 

そしてこの頃から、幕府とくに江戸の政権にはフランスがアプローチをしている。当時のフランスは第二帝政、つまりナポレオン三世の時代だ。英仏の利害が日本でぶつかり合う?

 

そこまでの類推は私のような素人には難しいが、すでに中国(清朝)では列強の利害対立が激しくなっていた。この辺りのアプローチは、薩長史観教育ではさらりと流されている、なぜだろう。

相手の立場を尊重するという意味

<連載コラム(56)>

 企業の中でも色々な主張や意見、行動が繰り広げられ、様々な状況や問題などが表に出てきます。

 
 それに対して、すぐに自分の評価や好き嫌いを考え、言葉に出したりしがちです。実はその前に是非やっていただきたいことがあるのです。

 
 それは、「立場の整理」とか「立場の点検」です。これらを必ず先にやるという習慣を付けていくことが必要です。

 
 たとえば、この発言はどの立場から発しているのかとか、どの立場から見たらどう考えられるのか。

 
 あるいはその立場は、どういう特性や背景を持っているのか、さらには各立場同士の関係はどうなっているのか、などです。


 
 とにかく材料は目の前にたくさんありますので、少しだけ意識してやってみる訓練を積めば、すぐに習慣化できるものです。

 
 同時に自分の立場を明快に示す工夫も必要です。その方が、意見や行動が受け入れられやすいわけですし、その意味では意志を通していくことも可能性が広がります。

 
 しかし、相手にも自分とお同じように「立場がある」のだということを忘れてはなりません。その立場を尊重することを、心がけていきましょう。

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新潟県倫理法人会の県内レクチャラーとして

セミナーについて少し書くことにしよう。

 

ヴァンガード経営研究所としては、創業(2008年)以来MG=MQ戦略ゲーム=と、脳力開発講座を二つの柱として継続開催している。

 
実はそれ以前からも「二足のわらじ」を履いていて、本業の傍ら土日だけ上記と同じ内容でのセミナー業を、独立前の約10年くらい続けていた。

 
そんなわけだから、年季としては20年くらい続けていることになるし、MGに限って言えばその前から自社の社員教育インストラクターであった。

 
また、独立当初は講演ももう一つの柱としようと試み、早速年間講演回数目標を作ったりしていた。最初は順調に依頼をいただいたのだが、大きな逆風が吹いた。

 
つまり独立した年に巻き起こったリーマンショックで、これにより講演の予定がいくつかキャンセルになり、販促・売り込みも一時中止せざるを得なかった。

 
外部要因に負けてはなるかと、翌年には再び活動を強化してそれなりのオファーをいただくことができ、再び年間目標も復活させた。

 
ところが今度は2011年の東日本大震災だ。これによって、やはりまた予定のキャンセルが相次いでしまった。これも外部要因だからと跳ね返そうと思ったが、あっさりやめた。

 
つまり経営コンサル・サポートも含めると、仕事の柱が4つもあったわけで、集約していくべきだと思ったわけだ。セミナーの延長での講演は受けても、ということにした。

 
実は講演(講話)については、もう一つの分野があった。それは所属していた倫理法人会での講話(モーニングセミナーや経営者の集い)だ。

 
倫理研究所から法人レクチャラーという役割もいただいていたが、これも2012年頃に辞退して、所属単会周辺からの依頼にのみ対応していくことに切り替えた。

 
それはまだ、語るだけの実践体験が乏しいということに気がついたせいだったが、ありがたいことに経営体験を語ることでのリクエストもいただけていた。Img_0059

 
実は今年、改めて新潟県内(限定の)レクチャラーという役割をいただいた。18年も純粋倫理を学んできたので、そのお返しもしなくてはいけないだろう。

 
幸いに、これまで学んできたMGや脳力開発と、純粋倫理の目指す共通部分に気付き始めている。その重なりを自分の言葉でお話しする自信が、少しずつつき始めている。

 
そういう目で『万人幸福の栞』を読み返してみると、これもそうだ、あれも同じことを言っているということに、どんどん気付くことができるようになった。

 
そう思ったら、立て続きにモーニングセミナーでの講話依頼が舞い込んできた。あ、これも私が試されるということだなと、快く引き受けさせていただいた。

 
まだまだ足りないところが多いと思うが、実践してきた体験と気づきを皆さんにお話ししていくことにしよう。何かの役に立ってくれるとありがたいことだと感謝して。

のんびり旅に出たいなぁ

ここのところ我が家の周辺はざわついています。

 

全国ニュースで毎日のように伝えられる、小学2年生の女子児童が絞殺されて深夜線路に遺棄され、電車にはねられた事件。今日で6日目ですが、まだ解決に至っていません。

 

鉄道大好き人間にとっても許せない事件です。線路に遺体を遺棄して電車に撥ねさせるなど、とても許せない腹立たしい事件です。しかも、住んでいるところのそばで。

 

いつもだったら、電車に手を振る子供たちの姿も見られ、運転士や車掌がそれに答える微笑ましい姿も見えるところですが、今は多くの報道陣の姿が目立っているだけです。

 

それはそれとして、ここのところしばらく、のんびり乗り鉄の旅をしていなくて、若干の禁断症状が現れそうになっています。

 

今月も遠方への遠征はあるのですが、どちらも時間の関係もあって往復共に空の旅、晴れておれば上空からの景色も楽しめますが、いずれにしても急ぎの旅。68727851_72

 

乗り鉄旅は来月までお預けです。来月もそれほどゆっくり旅とはいきませんが、少しだけ時間も作れそうです。それを楽しみにしておくことにします。

 

のんびり旅は時間にも余裕があって、鈍行列車に揺られて、乗換駅などでしばし町歩きをしたり、時には思いついた駅に途中下車してみたり。

 

まぁ、時間に拘束されずに心のままにが理想ですが、来月も半日を捻出するのがやっとというところです。

 
仙台まで足を伸ばしますので、新しくなった女川駅まで行ってみましょうか。仙石東北ラインの快速にも初乗りしたいし、仙石線の線路移設部分も通りましょう。(写真は46年前の松島海岸付近)

 
7月も九州に出かけますので、昨年地震のために乗り損ねた肥薩おれんじ鉄道に。それにもう1日空き時間が作れたらと狙っているところです。

 
それまでは、時刻表を眺めながら紙上の旅を楽しみますか。

教育はすべての業務に優先するということ

あなたの会社は、社員教育のどれだけの費用とどれだけの時間をかけておられますか。

 

平均的なことは分かりませんが、「人を大切にする経営学会」の坂本光司先生は、年間一人10万円の教育費、そして労働時間の5%(約100時間)をかけるべきと言われています。

 

20余年前のことになりますが、私の会社では教育費は「粗利益(MQ)の2%」と経営計画にうたっていました。当時のMQがざっと15千万円くらいでしたから、ほぼ300万円で社員15名、一人当たり20万円でした。

 

時間は一般社員と幹部社員では少し差がありましたが、平均するとOFFJTだけで70時間、OJTや自己啓発、およびリーダーシップまで含めると100時間は超えていたはずです。

 

また朝礼を毎朝10分くらいやっていましたから、これも社員教育の一環だとす考えれば、朝礼だけで40時間余の教育時間になるでしょう。

 

それを在任中の16年間はほぼコンスタントにやり抜きました。正直に言えば最終利益が厳しくて、どうしようかと悩ましい時期もありましたが、そこは結果を信じて続けました。

 

コンサルティングでいろんな会社を訪問していますと、中には「儲かったから教育費に充てたい」という話を聞くこともあります。これは行き当たりばったり思考の経営者、と言うより意識は節税指向なのでしょう。

 

あるいは、「利益が出たら教育費もかけていきます」という声も。これなどは、利益が出たら給料や賞与を上げてやるという風な、「にんじんぶら下げ」指向なのでしょう。Photo

 

卵が先か、鶏が先かという議論がありますが、教育はもちろん先行です。先行投資、人への投資ですから何事にも優先していると考えています。

 

私の師であるMGの開発者西順一郎さんや、MGの大先輩でもある滋賀ダイハツの後藤昌幸さんは、『教育はすべての業務に優先する』と喝破されました。

 

セミナーを申し込まれていて、時に仕事が急に入ったとか忙しさが増してきたのでキャンセルします、と連絡をいただくことは少なくありません。

 

私もセミナー参加をキャンセルしたことはありますが、仕事のせいにしたことは一度もありません。体調や家族のことでやむなくということだけです。

 

仕事にはどうしても相手がありますから、どうしようもないことはあるでしょう。でも例えそうであっても、なんとか調整ができないかと最後まで努力を惜しまなかったのでしょうか。

 

なぜなら、私にとってとても大切な学びのチャンスなのですから、できる限り万難を排してそこに足を運びたいのですから。

 

経営者自身の教育、社員さんの教育について、もっともっと真剣に考えてみませんか。当社には人材がいなくてなんて嘆いておらずに、人材は育てていくものとしっかり心に刻んで。

立場が変われば希望、利益や価値が変わる

<連載コラム(55)>

 「立場」の話が続きます。具体的な立場は、具体的な希望(利害や価値)を持っています。言い換えますと、ある希望、利害や価値は、ある立場を表していることになります。

  

 この希望は、まず「主張や意見」という形で表されますが、これは口先=言葉=の段階の表現です。

 
 さらに進んで、行動という身体の動きによって、時間をかけて表現されます。つまり行動方向が、目に見える形で示されるのです。

 
 その主張や意見の行動方向は、「何を叩き、何を守ろう(擁護しよう)としているか」という内容を具現化しています。Photo

 
 同時にまた、必ず「評価」を含んでいます。評価は良し悪し、あるいは快か不快かといった表現・感じ方ということです。

 
 特に「誰が利益するか」という角度から、具体的な利益(希望や価値)を取り出してみると、最も立場が浮き彫りになるでしょう。

 
 総じて、立場が変われば希望、利益や価値が変わります。よって、主張や意見、具体的な行動、基準やルールなどが変わってきます。

 
 戦略という面からとらえると、立場が変われば当然に戦略が異なる事になります。ということは、立場を定めなければ戦略が決まらないことになります。

 
 MG
でも、自分がこの期(あるいは今日)はどういう立場で戦うかを決めないと、戦略が決まらず、戦略が決まらないと戦術も曖昧なものになるわけです。

女子児童殺人・死体遺棄事件に怒る

嫌な事件が起こった。まさかそんな事件が、自分の(家の)すぐそばで起ころうなどとは想像もしていなかった。腹立たしくも悲しいし、何より痛ましいとしか言いようがない。

 

事件の概要は、ニュースや報道番組で何度も何度も繰り返されている。「女子児童殺人・死体遺棄事件」という、捜査本部名(警察用語では「オフダ」というらしい)もつけられた。

 

始まりは5月7日の夜、10時半頃だった。普段私もよく利用しているJR越後線、そこで人身事故が起こったのだが、それは我が家からホンの100mちょっとのところだった。20180508_220014

 

もっとも、その時間私は風呂から上がってくつろぎながら本を読んでいた。電車は急ブレーキをかけたそうだが、その音は家の中では聞こえなかった。

 

しばらくしてからパトカーの音が何台か聞こえ、それでも「何かあったのかな」というくらいで、11時には寝床に入った。

 

翌朝起きてテレビをつけて、小学生の女の子が電車にはねられたことと知った。しかも、線路に横たわっていたという、そんなことってあるのかという思いだった。

 

痛ましい事故だなぁと思いつつ、まさかそんな小さい子が「自殺」はあり得まいという認識だった。ランドセルもそばにあったというから、遅くまで何をしていたのかと思っただけ。

 

そうしたら、その内に電車にはねられた時点ですでに死んでいたらしいということが伝わり、しかも司法解剖で絞殺だと分かったことで大騒ぎになったわけだ。

 

要するに、下校の途中で誰かに「拉致」され、そして間もなく絞殺された上で夜中の線路に放置され、電車事故に見せかけられたということなのか!?

 

電車がはねた地点は、西側が住宅地(小学生の自宅もある)で、反対側は私の家のある方だが、その辺りは浄水場・水道公園があり、両側とも線路沿いの道はない。

 

浄水場には夜間は入れないし、高いフェンスと一部は鉄条網に囲まれているので、そりらから線路に入ることはほとんど不可能なはずだ。

 

電車は下りの新潟行きが通過したがこの時には何位毎もなく、その8分後くらいに上りの内野行きが遺体をはねたことになる。この電車には私も時々乗っている。

 

犯人には土地勘がありそうだ、しかも8分という短い時間に線路に遺体を放置し逃走している。夜は人気のあまりない薄暗いところだが、見とがめられないこともない。

 

また車で現場近くに運び、短時間車を停めておいたはずだ。様々な要素をつないでいくと、犯人は近くに住んでいるのではないかと思えてくる。

 

これは極めて不気味で物騒なことだ。早く真犯人にたどり着いて欲しい。そして心から小さな子の冥福を祈りたい。

薩長同盟の中身を検分してみると

<薩長史観へのアンチテーゼ>

薩長同盟とやらについて。前回も書いたように、正式な文書が取り交わされたのかどうかも不明だし、薩長同盟という名称も、後から名付けられたものに過ぎない。しかし、学校の歴史教育ではそのように教えている。

 

内容から言えば、同盟と言うよりは「盟約」、あるいはせいぜい約束事くらいの感じではなかっただろうか。それでも朝敵とされ、追い詰められていた当時の長州藩にとっては、何よりも心強かったに違いない。

 

正式な交換文書は(現在)存在していないわけで、木戸寛治(桂小五郎、後の木戸孝允)が記憶のままに筆記したものに、坂本龍馬が保証する旨の裏書きサイン(写真)をしたものが、伝わってきている。

 

それを引用してみよう。

一、戦いと相成り候時は直様二千余の兵を急速差登し只今在京の兵と合し、浪華へも千程は差置き、京坂両処を相固め候事

一、戦自然も我勝利と相成り候気鋒これ有り候とき、其節朝廷へ申上屹度尽力の次第これ有り候との事

一、万一負色にこれ有り候とも一年や半年に決て壊滅致し候と申事はこれ無き事に付、其間には必尽力の次第屹度これ有り候との事

一、是なりにて幕兵東帰せしときは屹度朝廷へ申上、直様冤罪は朝廷より御免に相成候都合に屹度尽力の事

一、兵士をも上国の上、橋会桑等も今の如き次第にて勿体なくも朝廷を擁し奉り、正義を抗み周旋尽力の道を相遮り候ときは、終に決戦に及び候外これ無きとの事

一、冤罪も御免の上は双方誠心を以て相合し皇国の御為皇威相暉き御回復に立至り候を目途に誠心を尽し屹度尽力仕まつる可しとの事


上の文書のどこに「倒幕」、あるいは「討幕」ということが書かれているのか。京都へ(薩摩藩の)兵を2千人送るとは書いてあるが、それをもって幕府軍、会津藩や新撰組と一戦交えるとは書いていない。Photo

 

戦いと相成り候時」とはあるが、幕府と名指しをしていない。話し合いの中でそういう想定もでたかも知れないが、軍事同盟だというなら相手を明示しておかねばならないだろう。

 

要するに、第二次長州征伐が始まれば薩摩が京都(と大坂)に兵を出して、その動きを牽制する。その上で、幕府軍が撤退したら朝廷に対し、長州に対する冤罪や朝敵認定の取消について尽力する、といった内容だ。

 

結果として薩摩藩は第二次長州征伐には出兵せず、長州藩が勝利を得るのだが、勝因は幕府軍が各藩の寄せ集めで士気も低く、自滅自壊したといったところ。

 

この中に「橋会桑」とあるのは、一橋慶喜、会津藩と桑名藩のことである。禁門の変では薩摩藩と連携していたのだが、ここに至って離れ始めたというわけだ。

 

史料によれば、薩摩藩も藩全体の意思(島津久光の意思)はこの時点ではまだ「佐幕」であり、討幕の意思を鮮明に持ち始めていたのは西郷くらいではなかったかと、推察されるのだ。

関連する各々の立場に立ってみること

<連載コラム(54)>

 立場をベースに考える際には、一つの立場ではなく関連する各々の立場に立って(なって)みて考える、ということが大切です。

 
 その中身の検討の中心になるのは、希望と利害、そして価値です。

 
 前回も触れましたが、例えば「お客様の立場に立って」という言葉は、お客様のやる行動をやってみながら、お客様の希望・価値を具体的に考えて見よ、という内容を持っているのです。

 
 さらには、そのお客様に接する自分たちの立場など、関連する立場についても具体的に、その中身を検討していくことが求められているわけです。

 
 これを実践した時に、最も実際的で有益な結果が生まれることになるわけです。ただし、事によっては直接的に自ら行動して見れない場合もあるでしょう。

 
 その場合には、その立場になった「つもり」で、行動のつながりを具体的に頭の中で追跡してみることになります。

 
 MG
でも、自分一人だけの立場だけでなく、同じ卓の他のメンバーの気持ちになってみることです。

 
 自分はこうしようと思っているのだが、相手はどう対応してくるだろうかとか、頭を巡らせてみることも価値があります。やっていますか?

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経営者よ、財務知識の『無さ』を解消しよう

経営者や幹部社員の方に、出会うごとにMG(MQ戦略ゲーム)をお勧めしている。それは私自身の体験に基づくお勧めだ。

 

企業会計のイロハも知らなかった、財務諸表のBS/PLを見ても何も分からなかった私が、小さいながらも会社経営を16年余りも続けられたのは、ひとえにMGのおかげだ。

 

ささやかながらも個人事務所を立ち上げて、「よろず経営サポート」を仕事にして300社以上の企業経営者を手助けしてこられたのも、MGを実践に活用したからに他ならない。

 

もっとも、こんな小さな無名のコンサルタントの話にはなかなか耳を傾けてはいただけないので、桂経営ソリューションズの桂幹人先生の書かれたものを引用させてもらおう。

 

桂さんは「ナニワのすご腕再建屋」の異名を持つコンサルタントで、私自身も何度か講話を聞いて学んでいる方だ。以下に引用する。

 

(ここから引用)--------------------
これまでに数え切れないほどのセミナー講演をしてきたが、最近びっくりさせられることがある。それは、経営者の財務知識の『無さ』だ。

 

最近の経営者は勉強熱心な方が多い。それは大変いいことだと思う。ただ「自社の財務状態がどうなのか?」、「黄色信号なら、どのような対策を打たなければならないのか?」という基本的なことはもちろん、財務諸表を読み取ることも、ファイナンスのことも知らないというのは、私からすれば『経営者失格』と言わざるを得ない。

 

経営者の多くが「資金繰りは嫌だ」という。それならば、自社の状態をいち早く読み取り、余裕をもって経営に当たればいいのだ。でも、それすらしない。

 

ここではっきり申し上げると、経営戦略は営業戦略と財務戦略の両輪だということだ。どちらかが欠けても経営は成り立たない。「攻め」だけの武将も、いつかは滅びるのだ。

 

先ずは財務戦略の第一歩として、早急に経理業務を「自計化」してほしい。話を聞くと、全てを税理士の先生にお任せしている、という経営者があまりにも多い。しかも、試算表を目にするのは2ヶ月後、あり得ない話だ。

 

自社の健康状態を即座に判断できる材料を持つこと、これを早急に社内につくり上げてほしい。これが会社経営の基本中の基本だ。

--------------------(以上引用終わり)

 
しかし、残念なことに「経営を体験して(知って)、経理・会計を語れる」人が少ない。有り体に言えば、世の中の多くの会計セミナーで学んでも、実際経営にはさほど役に立たない。

 
だからMG(西研MG=MQ戦略ゲーム)をお勧めしている。なぜなら、体験的実践的で、しかも易しく学べるからに他ならないからだ。20170819_mg5

 
ただそれも1回だけではダメだ。人によりけりだが、最低でもダマサレタと思って3~4回は受講してみることだ。

 
手前味噌だが、ヴァンガード経営研究所でもMGセミナーと、資金繰り・キャッシュフローにさらに深くアプローチするCFMGを開催している。

 
私のMGの師である西順一郎先生(MGの開発者)をはじめ、信頼できる仲間が全国各地でMGセミナーを主催している。ぜひ、そこで学んでみてほしい。

 
自社の経営数字くらいは読めて、問題点をつかみ出すくらいはやっていただきたい。近道はないが、必ず学びの効果はあるはずだ、それがMGだ。

越後線が新潟駅起点でないのはなぜ?

今日は「旅日記」ではなく、ローカル線物語です。

 

我家の最寄り駅・小針駅は、JR東日本のローカル線である越後線の小駅です。新潟から数えて4駅目、所要時間は10数分です。越後線は単線ですが、小針は相対式2面2線の交換駅で日中も20分毎に運転されています。

 

業務委託駅でみどりの窓口もあり、朝の7時から19時半までは駅員が出札を行っています。南北両方に自動改札機(Suica対応)があり跨線橋連絡ですが、新潟側に新跨線橋とエレベータ設置工事が進んでいます。

 

越後線は海岸段丘砂丘の斜面を走っていて、小針駅もその南斜面に位置していて駅舎までは急な階段になっており、バリアフリー化を目指しているわけです。

 

さてその越後線は、新潟が起点駅ではなく柏崎駅が起点になっていて、新潟駅は終点になります。ですから時刻表でも、柏崎発(下り電車)が先のページに掲載されています。

 

越後線は最初は私鉄でした、1912年つまり大正元年の開業ですが、その時は白山駅と吉田駅間でした。白山駅も現在の駅とは異なる位置(現在駅の北側・鏡淵小学校の辺り)にありました。

 

その後柏崎駅側から建設が進み、翌年春に柏崎-白山間が全通しました。しかし、その先は信濃川に架橋しなければならず、資金不足で赤字が続く越後鉄道には実現は困難でした。

 

結局1927年に国有化され、戦前の1943年に信越本線の支線として貨物線が新潟から関屋まで建設され、この時に信濃川橋梁もできましたが、レールはつながったものの旅客営業は先送りされました。

 

ようやく戦後の1951年に、白山駅と関屋-白山間の線路が移設されて、新潟からの直通運転が開始されました。そんな経緯があったので柏崎が起点、新潟が終点になったわけです。

 

電化されたのは1984年、それまでは気動車列車(キハ17系、キハ20系、キハ30系)や通勤時には客車列車も運転されていました。

 

70年代に新潟大学の移転(五十嵐キャンパス)が始まり、また沿線の新潟寄りの住宅地化が進み、乗客が増えたこともあって電化が行われました。

 

ただ新潟から大学のある内野までと比べ、とくに中間の吉田より柏崎方面は過疎地を走りますので、その区間は簡易電化(低コストの直接吊架式)となり、最高時速も抑えられています。1151050_1702

 

実際、新潟から内野までは日中20分毎に比較的頻繁運転されていますが、内野から吉田までは1時間毎、吉田以遠は2~3時間運転されない時間帯もあります。

 

気動車時代は準急・急行列車が運転されたこともありましたが、現在は全て普通電車、2両でのワンマン運転も日中や夜間にありますが、通常は4両ないし6両運転で、朝のラッシュ時はけっこう混んでいます。

 

車両はE129系が増備されて主力になっていて、古参の115系は残り僅かになっています。湘南色や旧新潟色などが見られるのも、そう長くはないでしょう。E127系も数本運転されています。

 

なお、地図で見ると日本海沿いを走っているように見えますが、実際には海岸寄りの山の南側を走っていますので、海の見えるところはほとんどありません。

互いの努力で幸せになろうという企業文化を

「働き方改革」、別名「働かせ方改革」について書いていこうと思う。といっても、隅から隅までこの法案を熟知しているわけでもないので、小さな会社に必要な部分をピックアップしていく予定。

 

大きな柱の一つは、長時間労働の是正ということだそうだが、世の中にはこれを残業時間の抑制ととらえている向きもあるようだ。本質は違うのだが、そんなふうにとらえられても無理のないところもある。Photo

 

そしてまた、裁量労働の範囲を広げていくという話も出ているが、これもまた残業代(正確には時間外割増賃金)を抑えようという施策なのだととらえる向きもあるようだ。

 

法案に直接関わってくるのは大企業なのだが、中小企業も影響を受けないはずがないし、うちの会社は小規模なので関係ないと頬被りを決め込むわけにもいかないはずだ。

 

実際に、残業時間の上限規制は大企業については2019年度から、中小企業は2020年度からになる予定である。残業時間が減れば賃金も目減りするということで、3%以上の賃上げを求めているわけだ。

 

それは大企業のことだからなどと、のんびり構えているわけにはいかない。ただでさえ、コスト抑制を余儀なくされている、大多数の中小企業においては死活問題だとも言える。

 

とくに下請仕事が中心になっている会社は、より一層のコストダウンを要請される恐れが強い。しかも原材料などは価格上昇が顕著になってきているはずだ。

 

それらをどこにも持っていきようがないとなると、一部の経営者は従業員へのしわ寄せを考えるかも知れない。例えば、非正規社員を増やすことで乗り切ろうと考えたり、サービス残業を従業員に求めることなどだ。

 

「働き方改革」が本来的に求めているのは、すなわち本来の目的は『企業収益力の強化』ということのはず。それを実践し達成していくのは、経営者を含めた自社の人(材)たちの力だと再確認したい。

 

その人たちの生活水準や力を削ぐようなことをしていては、会社の未来はない。行き着くところは「廃業」の二文字であって、もしそうなれば社員とその家族が不幸のどん底に突き落とされてしまうだろう。

 

では収益力をつけるためにやらねばならないことはなんだろうか。戦術すなわち手段や方法は、知恵を絞ればたくさんあるに違いない。小さなことを積み重ねて、成果に結びつけていくことはできるはず。

 

ただその前に、何のために収益力をつけるのかということを、もう一度明確にハッキリとさせて、経営者と従業員とが共有することが前提。収益力向上の先に何があるのか、そこには夢がなければならない。

 

経営者のあなたは、「社員とその家族の幸せを実現する」ことを明言すべきだ。幸せとは物理的なこと、すなわち給与を主とした待遇面もあるが、仕事のやりがいや適正なる評価、思いやりある企業風土などが外せない。

 

それらを総合的にバランスした「良い会社」を、従業員の皆さんと共に目指していくのだと宣言しよう。そしてその言葉にウソがないことをしっかりと示せるよう、労使共に努力を惜しまぬことだ。

 

本当の「働き方改革」は、経営者と従業員は共に知恵と汗で実現していくものであることは言うまでもない。少なくともまず、そういう企業風土・企業文化を創り上げていかねばならないだろう。

経営も多角度から考えることが大切


<連載コラム(53)>

「立場」ということについてもう少し。MGをやる目的の一つに、全員経営というものがありますが、それはみんなが経営者意識をもって考え実行していこうということと言われます。

 
 
 つまり、社員も経営者の立場に立ってということだろうと思いますが、実際にそれは可能なのでしょうか。実は脳力開発では、このように言っています。

 

 一つのある立場に立つという際には、その立場に関連している複数の立場にも立ってみて考えよということですよと。

 

 すなわち、販売やサービスを考える時にはいわゆる売り手だけでなく、買い手の立場も考えるのが良いといいますが、経営者の立場で考える時にも、それと同様に関連する色んな立場を考えるのが良いというのです。

 

 要は、1つの角度からだけ(例えば経営者の視点だけ)ではなく、色んな複数の角度や視点・観点から考える、具体的に意識するということです。

 

 一方向からだけ考えて、それだけで終ってしまうと間違いや誤りをしてしまうこともある、ぜひ多角度から考えることを身につけたいものです。

 

また、「具体的な」ということも非常に大切な視点です。中身が抽象的では、実際行動に結びついていきません。次回はこのことについて今少し深くアプローチして参ります。

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林大臣の日中ヨガ通いは完全にアウト

悪しき経営者の行動性向の一つとして、公私混同が上げられます。とくにオーナー経営者によく見られるものですが、時には雇われ経営者でも誘惑に負けてしまうようです。

 

私も小さな会社ですが、16年半専務そして社長として経営者という仕事をさせていただきました。この際に気をつけたのは、なんと言っても公私混同をしないということでした。

 

しかしながら、私自身も一介の社員として上司や経営者を間近に見てきましたから、社員の立場と経営者の立場とでは「受け止め方が違う」ということにも気がついていました。

 

ということは、経営者として気をつけるべき何倍も気をつけ、気を配らないといけないなということです。これくらいは公私混同には当たらないはずだと思っていても、社員さんは別の見方をしているかも知れません。

 

仕事上のお付き合いから、終業後の飲み会に出て行くことも少なくありませんでしたし、時には日中からランチ会や、例えばロータリークラブの例会などにも参加することがありました。

 

あるいは銀行や所属団体のイベント、例えば研修・親睦旅行やゴルフコンペなどへのお誘いもありました。お得意先などからゴルフに誘われることも少なくありません。

 

それぞれの場合において、もしプライベートあるいはプライベート色が強いと判断した場合には休暇を取り、もちろん費用は自腹で参加です。

 

セミナーですら、年間予算が限られた額でしたから、できるだけ社員さんの研修を優先するために自己負担で参加することも度々でした。

 

そういうことは経理や総務の担当者はよく分かっていますし、隠しておくことでもありませんので、小さな会社であれば社員さん全員の周知のことになっていたはずです。

 

たとえ自腹を切っての行動であっても、気を遣うことは山のようにあります。一例を挙げれば、社内の重要行事とぶつかればもちろんそちらが優先です。会議で私が出なくても良いケースでも、吟味して決めていました。

 

あるいは繁忙期、それは年間の繁忙シーズンはもちろん、それぞれの月でも波がありますから状況をしっかり確認してから意思決定しなければなりません。

 

予想外のハプニングが起こったために、先約をキャンセルしたことも一度や二度ではありません。そこに私がいる必要がほとんどない場合でも、現場の責任者や担当者に何度もよく確認をして決めることにしていました。Photo_2

 

こんな当たり前のことをなぜ書き連ねているか、それは先日の林文科大臣の「日中(個室)ヨガに通った」ことについてもの申したかったからです。国会の委員会開催中、しかも文科省にも課題が出されていました。

 

心身共にリラックスし、健全な業務遂行をしていくために必要だったから、とはなんともお粗末な弁明ですね。これが教育行政のヘッドたる大臣の言葉なのでしょうか。それを聞いた現場の職員はどう感じたでしょうか。

 

他山の石にしましょう。社員さんの意識を低下させ、行動意欲を削ぐような言動はゼッタイにしてはなりません。その意味では今回の林大臣は、完全にアウトでしょう。そう思われませんか?

薩長同盟とやらは倒幕軍事同盟ではない


薩長同盟とやら
について書こうと思う。

 

その前に前回書いた高杉晋作と、薩摩の西郷隆盛とは出会ったことがあるだろうか。残された史料や評論などを読む限りにおいては否であるようだ。

 

薩長同盟とやらが締結されたと言われるのが慶応2年の1月(旧暦)で、その年6月の第二次長州征伐(四境戦争)では、高杉は海軍総督として指揮を執っている。ただし西郷の薩摩藩はこの戦いに出兵していない。

 

薩長同盟とやらの締結前に西郷は下関に立ち寄り桂と会うことになっていたが、西郷は素通りして京都に直行してしまっている。よって、西郷は高杉と会うことがなかったはずだ(と思っていた)。

 

ところが、最近発見された資料によると、どうも第一次長州征伐の後で二人は対談?しているらしい、場所は下関の対帆楼という料亭だという。ここで、長州藩の「降伏」条件を確認したようだ。

 

その際に、今後のことを高杉と西郷が話し合った可能性がなかったとは言えない。もしかしたら、後の薩長同盟とやらにつながるようなことが、話題に上ったとしても不思議ではないわけだ。

 

だが高杉は慶応2年の夏頃には労咳の症状が重くなり、下関にて療養生活に入ったようで翌年春に死去している。高杉が薩摩とのつながりを重視したことは確かだが、結局その中に参加することはなかったようだ。

 

さて、ここまで何度も薩長同盟「とやら」と書いてきた。イメージ的には軍事同盟なので、条文を書いた書面を取り交わしたように思えるが、いわゆる書類はなかったようだ。

 

双方の主役すなわち交渉役は、長州が木戸寛治(桂小五郎)そして薩摩は西郷吉之助(隆盛)だった。桂は拗ねていたらしい、西郷が下関を素通りして面会をすっぽかしたせいでもあり、弱みを見せたくなったのだろう。Photo

 

しかし薩摩にも薩摩のメンツがある。それを周旋したのが坂本龍馬だと言われる。だが、その裏にはイギリスの影がチラチラしている。

 

その表の主役は駐日英国公使のパークスであるはずだ。パークスは何度か高杉と会い、薩摩との盟約をそそのかしたはずで、その話は高杉から桂に伝えられていることは間違いない。

 

さらに裏の主役は政商(死の商人ともいう)であるグラバーで、そのグラバーを出先に据えるマゼソン商会と言えるだろう。後のグラバーの手先として動いたのが龍馬だ。本人にその感覚があったかどうかは別だが。

 

そして正式に交わされた、互いに署名をした書類などはなかったが、桂が覚え書きとして口頭で交わした約定を書面にし、それに裏書きで署名したのが龍馬だ。つまりこれで間違いないと、龍馬が保証したのだ。

 

これをもって「倒幕」に向けて、長州と薩摩がタッグを組んで動き始めたと正史=薩長史観は主張するが、そんな簡単なものではなかった。第一、この盟約が「薩長同盟」などと呼ばれることは少なくとも当時はなかった。

 

その上に条文をどう読んでも、幕府を討伐するための軍事同盟だなどとはとても読めないのだ。ウソだと思う方は、龍馬が保証署名した条文を読んでみるがいい、どこに「幕府を討つ」と書いてあるのか。ではまた次に。

立場によって観点は変わる

<連載コラム(52)>

思考方法の整備という大きなテーマで、両面思考の話を進めてきましたが、次に多角度思考について話を進めていくことにします。

 

物事を一つの角度からしか考えないという思考習慣をやめて、いつも多角度から考えようというものです。

 

 
 この「角度」を「観点」と言い換えてみると、もっと明確になると思います。一つの観点、見方だけでなく様々な視点から物事を見てみようということです。

 

モノを売るということでも、売り手の観点だけでなく、買い手の観点でも考える、といったことです。

 

 
 人にはそれぞれの立場があることは、誰もが知っています。会社の中においても社長の立場、部長の立場、課長の立場、社員の立場、新入社員の立場など、それだけたくさんの見方ができると考えると、せっかくの「立場」を活用した方が良いということになります。}

 

 
 これらの「立場」は相互に関連し、絡み合っています。複数の要素間の相互関係といいますが、一つの要素だけでなく関連する多くの要素を考えていこうというわけです。

 

社長の立場を考えたら、一緒に社長でない立場も考えようというのです。

 

 
 MGでも「攻める」立場もあれば「守る」立場もあります。一方からだけではなく、他方からも現状をしっかり見つめてみることも必要だということが、お分かりいただけると思います。

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