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忘れてはならないもう一つの地震

あの日がやってきました。もう7年も経つのかと思われる方もいれば、まだ7年しか経っていないのかと感じられる方も少なくないでしょう。

 

大津波に襲われた三陸沿岸の町は、その姿が大きく変わったところがほとんどです。鉄道が不通のままのところもあるほか、駅や線路が高台に移動した町もあります。

 

それによって、駅周辺に広がっていた町の中心街がなくなったり、移ることをやむなしとされた店もあります。廃業された商店や工場もかなりの数に上ります。

 

とくに福島第一原子力発電所の周辺では、まだ帰宅することができない地域が広がっているほか、帰宅が可能なところでも、帰宅者が半数に満たないところも多いのが実情です。

 

今なお同じ福島県内の他の町に、そして県外に居を移した状態の方もあり、その多くが元の町への帰還を諦めたという話もあります。

 

今日311日を間に、テレビなどでも多くの番組が組まれていますが、それを見てやっと「あの日を思い出した」方もいらっしゃるでしょう。普段はもう「忘れてしまった」状態になっています。

 

私は阪神大震災を身近に体験し、その以前にも秋田県で起こった日本海中部地震にも遭遇しました。そして中越ならびに3年後の中越沖地震も体験して、忘れたくても忘れられない気持ちです。Photo

 

そして、東日本大震災の翌日に起こった長野県北部地震についても、記憶から消すことはできません。この地震は東日本の陰に隠れてしまいましたが、地域としては決して消せない記憶です。

 

いずれにしても地震とは縁の切れないのが、日本という国、日本人の宿命です。毎日のようにどこかで揺れが発生し、中には震度5を超えるような揺れも少なくないのです。

 

時には、TV画面や携帯、スマホから緊急地震情報が流れて、一瞬身構えてしまうこともありますね。幸いに大きな揺れではなかったとしても、全く幸いであって、大地震でない保障はどこにもありません。

 

先日も自宅の防災品・グッズを点検しましたら、足らない物がいくつもありました。やはり東日本の大災害からそこそこの年月が経過して、気持ちに油断が生まれていたのだと反省したものです。

 

やはり、それなりの準備をしておくことが肝要だと再認識しました。さらには、7年前を忘れてはいけません。明日は自分の住んでいるところで、起こらないとは限らないのですから。

 

7年前には友人や研修仲間にも、大きな被害がありました。自宅や会社、お店が流されたとか、不幸にも津波に巻き込まれて犠牲になった方もおられました。多くは復興されて新たな生活を始められてはいます。

 

幾多の事実を忘れることなく、犠牲になった方のご冥福を改めてお祈りすると共に、災害への心得をしっかりと持ち続けていきましょう。

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