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西郷は僧月照を心中に見せかけて・・・

いよいよ西郷(隆盛)である。今回の大河ドラマの評判(視聴率)のことは知らないが、今はまだ激動前のことであるので静観といった感じである。

 

昔から人気は高い、知名度も幕末では坂本龍馬と双璧だろう。江戸城を無血開城したとか、新政府においてもカネや栄誉に執着しなかったとか、西南戦争での潔い自決だとかが決め手になっているらしい。

 

同じ郷中(ごじゅう)出身の大久保利通と比べれば、その差はダントツであるが、では西郷が「新政府で何をやったか」となると、こちらは大久保にくべて極めて分が悪い。

 

しかも西南戦争(西南の役)では「朝敵」となったために官位を剥奪され、当初は靖国神社には祀られなかった。明治22年の憲法発布に伴う御社で赦され、追贈(正三位)されるとともに、改めて靖国の英霊となった。

 

過去にも触れたことがあるが、写真は遺されていないらしい(残っている説もあるが西郷とは確認されていない)。上野や鹿児島の西郷像は、実際のイメージとはどうも違うらしい。

 

有名な肖像画も本人とは違う。ただ、錦絵にはいくつか描かれていて、それが本当に西郷の姿ではないかと言われ始めている。

 

だいいち、隆盛という名(諱)も本当ではない。これは父親の諱で、西郷は「隆永」だったらしいが、届け出の際に隆盛と誤って届けられ、それで通したのだという。細かいことにはこだわらなかったのだろうか。

 

さて私の隆盛観であるが、幕末の史実を知るにつれて大きく変わってきている。

 

坂本龍馬が西郷を評して、「なるほど西郷というやつは、わからぬやつだ。少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だろう」と言ったとか。

 

この話に頷いている頃は、やはり西郷は偉大な人物で「維新の英傑」であると思っていた。ただ、政治的には大久保よりは少し落ちるかなぁ、それがまた西郷の魅力だというくらいに評価していた。Photo

 

しかしだ、幕末に西郷が実際にやったことをつぶさに見つめてみると、果たして英傑と呼んでいいのかどうか疑問を感じだした。そのいくつかを、私なりに述べていくことにしよう。

 

その第一は僧月照との「心中未遂」事件。詳しくは省くが、月照は溺れ死にしたが西郷は蘇生した。ちっともおかしくないではないか、と反論されるだろう。記録にそうあるじゃないかと。

 

ではその記録はいつ誰が書いたのか?少なくとも、当時の薩摩では月照は邪魔者であった、疫病神と言っても良い存在だった。ならば、、、うがちすぎだろうか。

 

西郷は最初の流刑に遭う、しかしそれは「身を隠す」程度のものだったのではないか。実は西郷自身が月照を殺害したのではないか。殺害を指示した側の遺した資料でしか判断できないのでは、真実は闇の中だろう。

 

ここで今回の紙数がいっぱいになったので、後は次回に。

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