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平和な江戸時代を潰したのはだれだ?

明治維新150年のイベントが、本格的に始まろうとしている。たかがお祭りだし、教科書的には確かに150年経つわけなので、それらのイベントに異を唱えようという気はない。

 

ただ、正しい『日本の歴史』を学ぼうといっている知識人たちの欺瞞が腹立たしいだけのことだ。彼らにとっての正しさとは何だろうと、問いただしてやりたくなるわけだ。

 

まさか、まさか、戦前の明治維新とやらから80年足らずの「歴史が正しかった」などと、のたもうているのか?戦前史観が立派で日本的で、心が純粋で素晴らしかったなどとほざいているとすれば、笑止千万なことだ。

 

室町時代後期を戦国時代と呼んでいるが、応仁の乱を契機に長い戦乱の世が続いた。信長、秀吉、そして家康という三人の英傑がその乱れた世を(方法はともかく)ただし、世を平和に導いた。

 

これは歴史の事実である、誰も否定はできまい。そして家康が豊臣氏を大坂の陣で滅ぼして、本当の平和が出現した。「元和偃武」と呼んだが、偃武とは「武器を偃(ふ)せて武器庫に収める」こというそうだ。

 

実際、その後起こった地域紛争である島原の乱を除いては、武器を使う戦いは幕末に至るまでほとんど皆無だったといって間違いない。その間200年以上、世界市場もまれな平和な時代だった。Photo

 

確かに政治は一握りの武士階級が牛耳っていたことは間違いないが、だからといって農工商の人たちがさほど虐げられた生活だったとはいえない。

 

江戸時代は封建制度によりがんじがらめであり、人々は非常に惨めな生活を送っていた、そんな事実はほとんどなかったと言って良い。第一「封建制度」など、日本にあったのか?

 

明治の学者たちが、あるいは階級制度を無理矢理歴史に当てはめていこうとする、マルクス主義的歴史観を持っている一部の人たちが、江戸時代をそのように規定したのだろう。

 

それを論じるのがこのコラムの趣旨ではないので先を急ごう。要するに、江戸時代の200数十年間はおしなべて平和な時代であった。少なくとも、その前の戦国時代に比べるようもないほど人々は平和に暮らしていた。

 

その平和な江戸時代を強引に、武力を持って打ち破ったのが明治維新とやらの主役たちだった。

 

江戸に入った東軍(官軍とは呼ばない)を、江戸市民は蛇蝎のように嫌ったという。実際、東軍兵士たちは乱暴で平気で無法なことを繰り返していた、これは明白な事実だ。

 

江戸市民が東軍を嫌ったのは、それまでの江戸が平和な都市だったからに他ならない。将軍のお膝元だったからだけではない。江戸以外の都市でもローカルでも同様で、江戸はその一つの象徴だった。

 

それを東軍が無理矢理に占領し、破壊し、自分たちの欲求をそこに展開した。その先鋒となったのが、西郷隆盛に他ならない。一体西郷が何をやったのか、いくつもの事実が彼の『破壊者』ぶりを証明している。

 

繰り返す、江戸200有余年の平和を破壊したのは西郷隆盛という男だったという事実を。かれの座右の銘とも言われる「敬天愛人」が聞いてあきれる。

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