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情報の洪水資料など意味も価値もない

前回のコラムでは、とある会社の会議のことを少しだけ書きました。テーブルに積み上げられた膨大な部門別の資料、会議の始まりは社長のコメントの後に各部門長の報告が延々と続くことなど。

 

付け加えておきますと、その報告の中で分厚い資料の何ページを開いて下さいということは、ほとんどなかったように記憶しています。いったい、あの資料って何だったんでしょうか。

 

会議の休憩中に社長に伺いましたら、毎回の会議で同じくらいの資料が出てくるのだそうです。何でも、少し前に投資をしてシステムを外注し、それが稼働してからこれだけの資料が出せるようになったと。

 

どうやら、各担当者が必要なデータをインプットしたりするのではなく、プールされた日々のデータがシステムの中で集計され、分析された後にプリンターから吐き出されるようです。

 

それを担当者や部門長がチェックをして、その中から会議報告用のメモをつくり、それを会議で発表されているようでした。それにしては、どこに裏付けデータや資料があるのかは最後まで不明でした。

 

あの膨大な資料は、その後どうなるのでしょうか、それがまず気になりました。ある部門長の答えでは、専用のファイルに綴じ込んで部門のストッカーに保管されているそうです。

 

直感ですが、きっと綴じて保管されているだけだろうなと思いました。おそらく誰ももう一度見ることはないでしょう。ちなみに私の前の資料は、「お持ちになってもいいですよ」と言われましたが、お返ししました。

 

その例と対比するわけではありませんが、私が社長をしていた小さな会社を事例として紹介します。月例会議は月初めの営業会議だけしかなく、私が出席するのもその会議だけでした。

 

部門別のミーティングは任せていましたが、中間と月末前に短時間だけやっていたようでした。議事録というより会議メモだけが、私の机に置いてありましたが、たいていA41枚だけでした。

 

全社営業会議、と言っても私を含めて参加者は12名か13名でしたが、営業担当者の報告書はA3版の用紙1枚が基本でした。そこに実績報告と報告事項が書かれ、当月の目標と行動予定が記されていました。

 

3つの部門長のレジメはたいていA41枚、ついでにいえば私のレジメも同様でした。また、すべては電子情報でストックされていましたので、手元に紙で持つ期間は23ヶ月でした(過ぎたら廃棄)。

 

それがもう90年代の後半からでしたので、おそらく大会社よりも優れていたでしょう。というよりも、小さな会社だからこそできたのだろうと思います。

 

それとは別に、オフコンデータの帳票はありましたが、それは会議に出されることはほとんどなく、帳票から読み取れる情報は上記の会議資料の中に、確認資料名と共に書かれていました。

 

ですから報告は会議前半の30分余りで終わります。結果は結果でどうしようもないので、読み取れた問題点や今後の課題を抽出して、全員が共有していつまでにプランするかを決めれば終わりです。

 

私は当月の戦略と重要政策を提起するだけ、それに基づいて各務門や営業担当者が自分の目標と行動予定をチェックし、それが戦略上の誤りのない限り即刻承認です。

 

ですから会議の時間は90分以内、それが月次では最も重要な会議ですので、他のミーティングは30分、長くても60分以内だったはずです。

 

データや情報は、部門長や担当者が「インテリジェンス」レベルまで昇華した上で出されていますので、情報の洪水に溺れることもありません。無駄紙もなかったはずです。あなたの会社ではどうですか?

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