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<連載⑫> 質的にはみな同じことに過ぎない

さて、今回は「難しいと感ずる気持ち」の根本的な再検討をしてみましょう。まずは、具体的な動作(手・足・口の使い方)に分解してみることです。するとどうなるでしょうか。


 
 人間のやること(やれること)にはみな大差がなく、質的には「難しい」とか「易しい」とかいう問題にならないのではないですか。ただ、量的に時間やエネルギーのかけ方が違うというだけに過ぎないのではないでしょうか。

 
 
 脳力開発セミナーで皆さんにお話しする時には、
この部屋から出てジュースを買ってくる場合と、この部屋から出て飛行機で札幌に行ってくる場合。この2つのどちらが難しいと思いますか?という問題を提示します。

 
 
 大半の方がの方(札幌に行く)が難しいと言われます。それではこの2つの行動を、手と足と口を使う行動に、順番に細かく分けてみてください。

 

 たとえば今座っている椅子から立ち上がる、歩いて部屋を出ていく、階段を降りる、歩いて自販機に向かう(または駅に向かう)などなど。そこに何か難しい行動がありましたか?時間とお金がかかる、くらいの差ではないですか。

 
 
 難しいと感じると手を付けない、始めない、そして結局はやらない。逆に易しいと感じるとすぐに始める、結局やってのける。こうして結果として大きな差が付く。難しいと感じない方が、大きな成果につながるというだけではなく、いろんな面で絶対得なのです。

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