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目標管理制度の陥穽に気をつけよう

最近ある方のコラムを読んで驚いた、私の意図するところと軌を一にしていたのだった。もっとも、向こうは若いが斯界でも一流の先生で、私は年を食っているけれども、しがない市井の徒に過ぎない。

 

ただ意を強くしたのは確かで、長い間主張してきたことを補強していただいた気がした。これまではなかなか耳を傾けてくれなかった経営者も、参考資料としてそのコラムを提示すれば少しは時間をくれるだろう。

 

それは、目標管理制度はダメだ、日本の企業には合わないということだ。むしろ弊害が多く、企業の進歩発展を阻害するという内容だ。

 

そこに私はもう一つ、PDCAのサイクルを回すこともダメだと付け加えたい。PDCAは目標管理制度とも、密接な関連がある、あるいは一体として捉えている会社も少なくない。

 

かつて私がまだ30代にさしかかった頃、会社に「目標管理制度」が導入された。それまではQCとかTQCを全社で取り組んでいたので、新鮮な感じがしたものだった。

 

アメリカで生まれたこの制度、生みの親はドラッカーだと聞いたこともあるが、不勉強であまりよくは知らない。英語ではManagement by Objectivesというのだそうだ。要は組織内での管理手法。(写真は目標管理シートの例)Photo

 

管理手法なので、そこに人間中心とか人間を活かすという発想は根本にない。結果としてそうなる(ことを期待する)といった程度だと気付いたのは、脳力開発やMGに触れたからだろう。

 

それでも導入当初、研修を受けた時には「これは良いかもしれない」と感じたものだった。TQCのように部分最適をめざすものではないと、勘違いしていたらしい。また、係長に昇進するところでもあった。

 

新米中間管理者として、この手法ならうまくマネジメントできると思ったのだろうか。ただ、最初の頃は一所懸命やったのは間違いない。もっとも部下は女性が一人だけ、あとは対象外のスタッフだったが。

 

だから、むしろ私自身がこの制度でがんじがらめに「管理される」立場だったといえる。しかし、私の部門である企画(宣伝販促・マーケティング)開発部門は、こういう制度にはあまりなじまない。

 

第一数字の目標がない、あるとしたらせいぜい予算管理くらいだ。勢い、目標の内容が抽象的になってしまうし、具体化しようとすればするほど訳の分からないものになる。しかも評価しようもない。

 

部長も課長も制度の中身をどこまで理解されていたのか、正直なところ一からともに学びながらであったので、余計に混乱していた。よって目標を作るには作ったが、日々の運用は手探り、というかほとんど忘れていた。

 

中間チェックとやらが通知されてきて、そういえば「あったなあ」。これではうまくいくはずがない。部長から何か言われるかと思ったが、特にサジェスチョンはない。

 

ところがこの制度、それからずっとつづいた(今はどうなのかは知らない)。38歳で販社に出向した後も、私には記入用紙が届いていたので、間違いなくつづいていた。ただし、記入もせず提出もせず、それに対するアクションもなかった。

 

そんなわけで、目標管理制度は「数値目標が明確な会社・部門」以外には適さないと、私はずっと確認してきたわけだ。それが、冒頭のコラム子のおかげで裏付けられたと感じたわけだ。

 

もちろん、これからもクライアント会社等に進めていくつもりはない(今までもそうだが)。もしやっているところや、やろうとしている会社があったら止めようと思っている。

 

PDCFもダメだ、ということについてはまた改めて書くことにしよう。

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