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脳力開発は人間学であり行動科学です(203)

家康は名将と言うより、謀将と呼ぶ方がいいというと、家康ファンには総スカンでしょうね。とくに日本の経営者は、とくに大手企業の経営者には家康ファンが多いそうですから。しかし「狸親父」と呼ばれることもまた、脳力開発的には上々です。

 
 謀将と言えば、前に書いた真田安房守昌幸などはその代表です。中国には紀元前の昔から謀将が輩出していますが、例えばよく知られているのは越王勾践に使えた范蠡(はんれい)。呉王夫差を滅ぼすため、美女西施を贈ったのは有名です。

 
 西施は色事で呉王夫差を骨抜きにするのではなく、「男らしくあれ」とか「覇王らしくあれ」と励まし、夫差はそれに応えようとして戦に明け暮れ、あるいは豪華荘厳な王宮や庭園を築Photo_2 きます。そのために重税や労役を課したために、怨嗟の的になります。

 
 それは范蠡の謀略だったと言われています。
越王勾践と呉王夫差の争いは、日本でも(勾践の)臥薪嘗胆の事例として有名ですから、聞かれたこともあるでしょう。勾践の軍師が范蠡だとすると、家康にとっての「范蠡」は、本多正信(弥八郎)ということになるでしょうか。

 
 本多佐渡守正信は途中一度家康に叛旗を翻し(三河一向一揆)、一揆終息後三河を出て10数年間諸国を回ってから、再び舞い戻り家康に仕えます。秀吉の死の前後から側近となり、いわゆる参謀として家康になくてはならない存在となります。正に君臣一体です。

 
 正信は家康の行った謀の企画・実行者です。家康が謀将と呼ばれることがないのは、そういう陰の仕事を正信が担っていたからでしょう。京都の本願寺が西と東に分かれているのも、実は正信の献策であったと言われていますが、どうなのでしょう。

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