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明治維新は角度を変えて見た方がいい

歴史に学ぶということから書き始めた「VANちゃんの歴史ブログ」、古代から年代順に、どちらかというと歴代天皇に寄り添って書いてきました。

 

このままずっとそのままで進めてもいいのですが、少し書きたいこともあって、中世史・平安時代の藤原氏による摂関政治に入ったところで一時中断、一気に明治維新前後に飛んでみることにします。

 

元々脳力開発講座の「歴史講話・歴史に学ぶ人間学」では、戦国時代や中国の三国志時代と共に明治維新を取り上げることが多かったのですが、最近になって明治維新は角度を変えて見た方がいいのではと気付いたのです。

 

脳力開発では常に、両面からモノを見ること(両面思考)や、色んな角度から眺めること(多角度思考)を推奨していますから、歴史もまた例外ではありません。

 

それに歴史ほど、為政者によって一方的角度から書かれることが多いことも事実です。となれば、違った角度から眺め分析を試みることも無駄ではないと思うのです。

 

例えば戦国時代でいえば石田三成という存在、秀吉亡き後の天下を得んとして、関ヶ原の戦いで「無謀にも」徳川家康に挑み敗れ去った武将であり、傲慢で不公平な政治を行ったとされていますが、それは本当か?といったこと。

 

同様に明治維新では、古くさい体質・旧弊を引きずっていた無能な幕府を、開明的な維新の担い手たちが打ち倒して近代国家を築いたとする、教科書的味方は果たして真実なのか。

 

そういったことを、私なりの観点で見直してみようというわけです。これまでにも、このブログの中で一部触れてきたことがありますが、じっくり落ち着いて時代背景も再考しながら見つめ直します。

 

というのも、この明治維新という歴史の転換点が現代の日本あるいは日本人の、ある意味で原点になっているからです。

 

もっともその割には、学校における歴史教育においてこれほど「いい加減に」扱われている時代も少ないでしょう。というよりも、最も重要な時代であるのにも関わらず通り一遍の、それも駆け足授業で済ませているという感が否めません。

 

折りしも来年は「明治」と改元されて150年の節目を迎えます。

Photo

私は歴史家とか歴史学者といった者でもなく、ただ単に一介の市井人に過ぎません。ただ、モノの見方について先述のように少しばかり脳力開発的に、両面思考や多角度思考を怠らないというだけに過ぎません。

 

ですから、当然のように誤った見方をすることもあるでしょうし、史料に基づいた(とされている)定説・通説を無視した記述もすることでしょう。

 

まぁそれも一つの見方かなと寛容の心でお許しをいただき、さらりと読み流していただければとお願いするところです。

 

いったい何回くらい続くのか、それも分かっていません。何しろ思いつくままに書くのですから。ただ一つ、人間にフォーカスして書くということは私自身の信念です。

 

週に1回くらいの頻度ですが、この歴史ブログに引き続きお付き合いをいただければ幸いです。

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