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「日本ファースト」には違和感いっぱい

お盆休みはいかがお過ごしでしょうか。今年は暦の並びがよくて、「山の日」の11日から休みに入られた方も多いことでしょう。

 

お盆と言えばお墓参り、遠方に住んでいますと年に1回の墓参というケースもありますね。私も実父母のお墓は大阪の郊外にありますので、関西方面へのセミナー遠征時に時間を見つけて出かけます。

 

そんなわけで年に数回の墓参ですが、近くには弟たちも住んでいるので時々墓掃除もしてくれています。でも最近は、放置されているお墓も増えてきているとか。

 

正直言いますと、私のところでもこの先いつまで現在のお墓を維持していけるかどうか、おぼつかないところです。私や弟が健在のうちはいいとして、その後ということになりますと墓を守っていくことも大変なことだと感じます。

 

そこでいくつかの方法を考えているのですが、自分たちが今のように動けなくなるまでに手を打つというのも、法律のことなどを含めなかなか面倒です。

 

いずれにしても、これからの日本はいうまでもなく高齢化社会です。団塊の世代が60代の後半から70代に突入、団塊ジュニアたちも確実に年齢を重ねていくわけで、20年先には彼らの多くも高齢者の仲間入りです。

 

そんな時代が来ることは分かりきった「確定的可能性」であり、脳力開発的にいえば、すでにそれに対する戦略・戦術ができていなければなりません。

 

しかし、どうみても戦略・戦術が着実に実を上げてきているとは、とても思えません。口先だけの議論が繰り返されているだけで、あるいは目先に場当たり的政策が細切れに実施されているだけに思えます。

 

政権政党は自民党、しかしながら果たして期待に応えてくれるでしょうか。どうも心許ないというか、ハッキリ言ってできそうもありません。

 

実際に動くのは官僚と言われる人たちですが、それをマネジメントしコントロールすべき役割があるはずなのに、それができそうには見えません。Photo

 

では自民党に変わるポジションを担える政党があるかといえば、これまた絶望的です。民進党の前身たる民主党は、その力のないことを見事に証明してしまいました。民進党はなおさら頼りにならないでしょう。

 

その他の政党も、これといって任せていい条件を満たしてはいません。そこで新党という選択肢が出てくるわけで、東京都では小池新党・都民ファーストの会がその役割を担い始めています。

 

その延長(でもないのでしょうけど)で、「日本ファースト」を構築していこうという動きが始まっています。期待感も少しずつ出てきているようですが、、、

 

これは私の主観ですが、名前がいけません。これでは失敗するでしょう。

 

まだ正式名称ではないし、これから決めていこうというのでしょうが、出発点でダメ出ししたい気持ちになります。都民ファーストはいいのです、都民という主体が見えたから。

 

それならば、先ずは「国民ファースト」と呼ぶべきでしたね。人間が主体でないものは、未来に生き残れません。日本ファーストでは、人が主体という感じを受けませんから。トランプのアメリカファーストさえ連想してしまいます。

 

そんな違和感、あなたは感じられませんか?

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