« 文徳天皇から清和天皇へ | トップページ | それはワンデーMGから始まった »

脳力開発は人間学であり行動科学です(192)

織田信長と聞くと、まず思い浮かべるのは「桶狭間の戦い」でしょうか。三河・尾張国境に攻め上がってきた、約3万の今川義元率いる駿遠三軍を、1/10の兵力で打ち破ったと言われる戦いです。

 
 生前の城野先生も、セミナー・講演でこの戦いを語られることが多かったようです。大河ドラマを始め、多くのテレビドラマでも桶狭間のシーンは何度も取り上げられています。その多くは、織田軍は折からの雨に紛れて迂回路を進軍し、行軍を休んで谷間にくつろいでいる今川軍を、坂落としのように攻め込んで打ち破ったというもの。
Photo_2
 
 これはかつて日本陸軍が編纂した合戦分析資料に書かれていたのですが、事実はどうだったでしょう。脳力開発(情勢判断学)では、常に事実を見つめて判断することを求めます。そこで、私もかつて桶狭間の地に実際に足を運んでこの目で確かめてみました。

 
 桶狭間(あるいは田楽狭間)と聞くと、険しい谷間の地形を連想しますが、実際に行ってみるとそこはなだらかな丘陵地(現在は住宅地)です。しかも今川軍はその低地にではなく、丘陵の上方斜面に本陣を構えていたようです。つまり坂落としはありえません。

 
 つまり、信長軍は丘陵地の下の方から攻め上がってきたということになります。しかも、桶狭間まで隠れて迂回してきたのではなく、当時の主要道(鎌倉街道)をほぼ真っ直ぐに行軍してきたようです。その行軍はきっと今川軍からも見えていたはずです。

 
 梅雨時で雨が降ってはいましたが、行軍を隠すほどの大雨(ゲリラ雨)とは思えません。第一そんなに降っていたのでは、街道はぬかるみか、あるいは川になってしまうでしょう。これらのことは信長の側近だった太田牛一による、「信長公記」にちゃんと書かれています。

« 文徳天皇から清和天皇へ | トップページ | それはワンデーMGから始まった »

VANちゃんの脳力開発ミニ講座」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107188/65696283

この記事へのトラックバック一覧です: 脳力開発は人間学であり行動科学です(192):

« 文徳天皇から清和天皇へ | トップページ | それはワンデーMGから始まった »