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超都会の鈍行電車を旅する

阪神電車、1905年に開業した日本最初のインターバーン電車。並行する官鉄(東海道本線)との絡みで軌道法による建設で、各所に路面軌道がありましたが、現在は大半が高架線あるいは地下線で、もちろん路面併用軌道はありません。

 

大阪梅田と神戸元町間の32.1km、路面軌道の名残を残すように駅数が多く両端駅を入れて33駅あります。つまり駅間平均が約1km、この途中31駅を律儀に停車していく各駅停車を今回は乗り鉄に選びました。

 
私が初めて阪神電車に乗ったのは、多分小学校に上がる少し前で、海水浴で香櫨園あたりに父と出かけた時だったと記憶しています。昭和30年代の初め、当時は15m級の茶色の小型車ばかりが走っていました。


 
梅田の地下駅から甲子園までは急行に乗りましたが、先頭車の貫通扉が足元までガラス窓になっていて、もちろんへばりついていましたが、小さい車体を目一杯揺らして疾走する急行電車に感激したものでした。


 
その後大型車が登場、足の速い特急電車に追いつかれないために各駅停車用に開発されたのがジェットカー、オールM編成で抜群の加減速力でした。


 
現在の各停用もオールM編成の伝統は守っていますが、超高加減速とはさすがにいきません。でも、短い駅間の各駅に止まりつつ、追いかけてくる特急や急行から逃げ切る性能は守っています。


 
梅田発11時41分、折り返し電車が遅れて2分ほど延発でした。5000系(5032ほか)の4両編成。初めて乗った時にはすぐに地上に出て福島駅も地上にありましたが、現在は地下駅。新しい商業施設などが人気のスポット最寄り駅です。


 
2つめの野田で早くも後発の急行と緩急接続で2~3分停車。途中31駅の内、6つの駅で通過電車待ち、緩急接続待ち(2つの駅では2本待ち)。最大7分停車(西宮)もあり、退避可能な駅8つの内退避無しは青木と大石だけでした。
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尼崎駅では、両側ホームのドアを開け、急行電車到着時にはなんば線直通電車(快速急行など)との乗換用「通路」としても活用されます。近鉄の中川駅でも見られますが、こちらは都会の中心駅、昼間でも10分おきに繰り返されます。


 
この日の甲子園球場は巨人戦とあって、入場券は早々売り切れ。当日券はありませんので、駅の案内でも「入場券のない方は入れません」と繰り返していました。甲子園駅の臨時電車折り返し(試合終了時)は見事で、芸術的とも言えるものです。


 
御影駅の先の石屋川車庫は、20余年前の阪神淡路大震災で壊滅的打撃を受けた高架線上の車庫。その少し先の岩屋から神戸地下線に入ります。三宮駅は神戸市の中心、なんば線直通、近鉄乗り入れの電車はここが起終点です。


 
次駅元町駅が阪神本線の終点、島式2線ホームですが、大阪方にシーサスクロッシングがあって、かつてはここで全列車が折り返していました。現在も一部あり。線路はこの先神戸高速線として、高速神戸で阪急線と合流して山陽電鉄線につながっていきます。


 
この電車も高速神戸行きですが、私は下車。乗車時間は約80分、表定速度は24kmでしたが、停車時間(合計約40分)を差し引くと約49km/hといったところですから、31もの駅に停車することを考えればなかなかのものです。


 
所要時間の内半分は駅に停車している時間の旅でしたが、移りゆく町並みや工場群、あるいは六甲山系の山並みを楽しめた佳い旅でした。

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