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初心者の多いMGは楽しみも多い

この土日は、連日のMGセミナーをインストしました。

 

まず土曜日は、長岡商工会議所主催の経営幹部スクールで、コーディネーターの土田さんからの依頼でMGの模擬体験セミナーを行いました。参加者は20名、各企業の管理職の方々で年齢もまちまち、もちろんMGは全員が初の体験でした。

 

時間の制約がありましたので、第1期のシミュレーションと第2期はゲームと記帳の途中までで、残り1時間は戦略会計の講義を行いました。

 

第1期は企業会計に関する基本講義を含みますので、できるだけわかりやすくゆっくりと進めました。前日の専門講義で、BSやPLについては一応学ばれていたはずですが、日頃の業務では縁が少ない部分ですので、少し難しく感じられたことでしょう。

 

ゲームについては、通常よりも時間をかなり延長して行いましたが、それでも意志決定がなかなか決まらず「時間が足りない」感じだったことでしょう。

 

戦略会計講義では、「売上高は役に立たない』というテーマで、MQ(粗利益)の大切さを強調すると共に、値引きの怖さを実際に手を動かして学んでいただきました。

 

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またMQアップの方法は、P・V・Qの3つの要素で考えると25通りあるということを説明し、MGを継続して学び会社の中で実践してほしい旨を伝えました。さて、またやってみたいと感じられた方がいたでしょうかねぇ。

 
次いで、翌日の日曜日は上越市(直江津)でワンデーMGを行いました。上越妙高MGとして今回が4回目の開催、2卓ですがフルメンバーの12名の参加となりました。

 
こちらも初心者が4名おられましたが、他の多くの方はもうベテラン中のベテランで、第1期から早速『教え合い』が展開され、非常に良い雰囲気で行われました。初めての方々も、さほど遅れることもなく、しっかりとついてこられました。

 
こちらは、参加された皆さん、おそらく今後とも継続していかれることでしょう。一人でも多くの方が、MGシーガルの仲間になってくれますよう祈っています。

脳力開発は人間学であり行動科学です(183)

会議について、少し持論を述べることにします。これは実際に私が、自分の会社でやってきたことでもあります。「会議は踊る」というのは、ナポレオン失脚後に開催されたウィーン会議(1814年)をモデルにした映画のタイトルです。
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 数ヶ月を要しても一向に何も決まらず、参加者は夜な夜なの舞踏会にうつつを抜かしているのですが、その時に届けられた「ナポレオン、エルバ島脱出、フランスに上陸」のメモによって、参加者は慌ててそれぞれの国に帰ってしまったのです。

 
 このような「会議は踊る、されど進まず」といった会議を、あなたの会社ではやっていませんか。やっているとしたら、なぜ決まらないのでしょうか、あるいはなぜ長引くのでしょうか。会議自体は利益を生みません、時間の無駄とは思いませんか。

 
 私の会社でも会議は長時間をかけていました。月に数回の会議と称するものがあり、月初めの営業会議などは朝から夕方、時には夜遅くまで長時間を要していました。そんな長い会議、気力も体力も限界に来ているのではないかとさえ思いました。

 
 人間の集中できる時間には限度があります。学校の授業が45分とか50分間というのは、それが集中できる限界だということでもあるのです。そこで中間休み10分を加えて前後55分間、合わせて2時間以内をリミットにしようと提案しました。

 
 やることを決めたら、やり方の工夫です。細かいことは省きますが、やればできました。最終的には会議を90分以内とし、月内で行う数も2回までとしました。それだけ絞っても、以前と変わらない、いやそれ以上の内容のある会議が実現できました。

全部原価があなたの会社をダメにする(その6)

一応、このシリーズの最終回(のつもり)です。

 

これを書こうと思ったら、ある経済記事が目に入りました。その中身は別として、私がかつていた業界が何故ダメになったのかという記事でした。

 

その中にこんな注目の数行があったのです。その業界は約20年で市場規模が約2/3になっているそうです。それでもまだ10兆円市場なのですが。ところが生産数量は、何とほぼ倍増しているというのです。

 

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これは何を意味しているのでしょうか。一つ言えることは、この業界の販売商品の価格がずっと下がってきているのではないかということです。もっとも、半額以下になったのかといえば、全体としてはそこまでいってはいないでしょう。

 

そうなると考えられることは、コストダウンをするために大量生産を目指したということだろうかと、推測されるわけです。1千点作るよりも1万点、10万点を作ると1点あたりのコストは下がるという、全部原価(FC)の考えに基づくものです。(写真はイメージ「大量生産」です)

 

想像してみるに、この業界の売れ筋商品は多くのアイテムが価格ダウン傾向にあったということです。それに企業が対応してきた、しかしその方法は古典的な方法だった。

 

生産性を上げることによってコストダウンを図る、そのためにもっとも最適な方法は大量生産である。しかして、多品種を求められるという消費者の傾向に対しても、それなりの対応をしてきた、そういうことだったのだと思います。

 

結果はどうなったのでしょう。

 

多くの企業が、材料供給側から製品供給側まで、いわゆる川上から川下まで四苦八苦の状況に追い込まれています。そりゃあそうです、需要以上のものを作るわけですから、余ったものは不良在庫にしかなりません。

 

コストダウンをして表面的には儲かるように見えたのですが、実はそうとはならなかったという「見事な」実例です。この業界、その昔からずっとこのやり方でした、半世紀以上も。

 

ものが乏しい、商品があれば売れる時代にはそれで良かったのでしょうが、そんな時代はもうあり得ないのに、意識も昔のままだったというわけです。

 

あなたの会社、あなたの業界はどうなのでしょおう。全部原価で月次の試算表を作り、管理されているとしたら、それは「間違いだ」ということに気付いてほしいのです。素直な気持ちで「改めなければならない」と認めましょう。

 

そして正しい、経営の数字を経営者自らがつかめるようになっていただきたいのです。難しいことでは決してありません。「やる」と決めてやればいいのです。

 

経営者のあなたが手に負えなければ、社内のやれる人間に任せることです。あるいは、今すぐやれる人間を創る(育てる)ことです。

 

しくみとかシステムとかいうほど、難しい問題ではありません。コンピュータでプログラムを組むまでもありません。手計算でもできる「算数」の範疇です。

 

ぜひ、やってみましょう。それで会社は必ずもっと良くなります。

私の「鉄」の原点をつらつら思い出して

「鉄」歴とでも云うのでしょうか、年季は入っています。何しろ物心ついた頃には、近所を走っていた大阪市電を飽きもせず眺めていたそうですから。

 

近くの川(淀川)の河川工事で使われていた、トロッコを見ていたとかも。おそらく工事用のSLもそこにはあったと思うのですが、ハッキリした記憶はありません。

 

両親に連れられて市電に乗って梅田を往復する際には、運転席のすぐ後ろに陣取っていたはずです。車掌の鳴らすチンチンというゴングが気に入っていたようです。阪急の地上ドーム駅も、北野線の古い電車も記憶の片隅にあります。

 

4歳で移り住んだところには、阪急電車が走っていました。まだ梅田-十三間が複々線時代でした、遠くに国鉄の線路(鉄橋)も見えて、SLの姿も眺められました。

 

というわけで鉄歴は60数年になります。小学校の高学年になると、父が趣味にしていたカメラを持ち出してシャッターを切っていました。買ってもらったモノクロフィルムの20枚撮りを、大事に使っていました。カメラは確かペンタックス。

 

身体が弱くて、かかりつけの病院に通うことが月に1、2度ありましたが、阪急と国鉄城東線を乗り継いでいきました。今の大坂城公園駅の辺りには貨物線があり、焼け落ちた砲兵工廠の鉄骨も残っていました。

 

駅名はすぐに覚えました。父が要らなくなった旅行案内をくれましたが、そこには東海道本線の主要列車時刻表が掲載されていました。すぐに時刻表に興味を持ち、ねだって買ってもらったのは小学校5年生頃でした。

 

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残念ながら、その頃の物は写真も含めて残っていません。何しろ引越を何度かしましたので、その都度捨てるかどこかへ紛れ込んだしまったようです。

 

残し始めたのは高校時代からでしょうか。もっともその頃は、陸上競技に全力投球していましたし、大学受験勉強などもあって、物自体が多くはありません。

 

大学時代に入ると、まず写真を残すことを心がけ、次いで切符の収集をやりましたが、後者は長続きしませんでしたので、大したコレクションにはなっていません。

 

大学時代には鉄道研究会にも入りましたが、どちらかというと個人で活動することが多かったようです。最近はOB会にも割に顔を出している方ですが。

 

趣味誌である「鉄道ピクトリアル」を定期購入し始めたのも20歳頃で、これは今でも続いていますが、昨年の転居を機会にそれまで保管していた約40年分のバックナンバーは、全て売却あるいはPDF保存にしました。

 

模型づくり(ほとんど手作り)も手がけましたが、こちらの方は数年しか続かず、作った車両は全て譲渡してしまい、影も形もありません。

 

そんなわけで、今は乗り鉄が主で、その範囲での撮り鉄だけです。Facebookには、撮り鉄の範囲内での写真を紹介するページ「鉄道ファン」を作っていますが、ぬるい趣味の範囲内です。
https://www.facebook.com/railwayfan/

これからも、のんびり列車に揺られる旅を愉しんで参ります。

脳力開発は人間学であり行動科学です(182)

コンサルティングのテーマとしては、昨今増えているのが経営理念(企業理念)についてです。時代の変化に合わせて見直しが必要ではないか、という相談が多いのですが、理念(の言葉)が抽象的で分かりにくい、行動に移しにくいという悩みもあるようです。

 
 そう言えば朝礼などでの各社の訓示・指示を聞いていても、抽象的なものが少なくありません。例えば「お客様への気配りを大切に」と言われても、具体的にどのようにするのが良いのか分かりにくい、あるいは社員によって解釈や行動が異なることがあります。
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 そこで具体的な「行動指針」を作りましょうと提案をしたりしますが、脳力開発8つ目の指針は「行動のつながりで、具体的に考える習慣をつくろう」です。言葉や概念に流されてしまうのではなく、具体的な中身のある行動というカタチにしましょうということです。(写真はスローガンの一例として使わせていただきました)

 
 誤解のないように願いたいのですが、抽象的な言葉や概念が全て悪いとか、意味がないとか、あるいは使うべきではないと言っているわけではありません。言葉がなくては意思を伝えることもできませんし、分かりやすいスローガンも必要です。

 
 要はスローガン的なものだけではいけない、と脳力開発では言っているわけです。具体的な行動にすることによって、誰もが共有できるということなのです。みんなが同じ動きができる、それによって目指すところを実現できるのです。

 
 ですから会社の会議でも、抽象概念や言葉を振り回すだけの会議は意味がありません。目標や目的、方向性すなわち戦略を共有できたら、あとはしっかりと具体的な行動を討論すべきなのです。すぐ実行できる行動例が出てくれば、しめたものです。

全部原価があなたの会社をダメにする(その5)

まずは素直に、そして単純明快に(前編)

 

「全部原価があなたの会社をダメにする」というテーマは、かつて中小企業経営の神様と称された一倉定先生(1999年没)が、セミナーの中で度々言われた言葉です。

 

私ごときがそれについて提言をするのもおこがましいですが、真剣に考えてほしい製造業や工事業などの経営者が、余りに無関心というか無知というか、それではいかんだろうと憤慨しているのです。Photo

 

もしかしてあなたの会社は赤字かも知れませんね、などと申し上げますと、何を言うのかこの若造!とにらみつけられた時期もありました。昨今は私もそれなりの年齢になりましたから、さすがに若造!とはおっしゃらなくなりましたが。

 

特に工事業者や、製造業でも公的機関の入札に参加される方々は、赤字会社では入り口のところで「入場拒否」されることもあるようですから、ゼッタイに赤字は出せないと強い思いをもたれているのでしょう。

 

しかし、そのことと正しい経営をすること、会社をダメにしないこととは少し次元の違う問題です。確かに入札に参加できないことも経営に少なからず影響しますが、会社がダメになっては元も子もありません。また入札は、一つの経営戦術に過ぎませんし。

 

そのことを事例を挙げて繰り返し申し上げたこともありました。全部原価の(黒字)決算事例を持ってきて、これを直接原価でやり直してみるとこうなります(赤字決算)と、目の前でやったこともあります。

 

なのに、なのにです。

 

あとは聞く耳を持たないと席を立たれてしまう方、決算書(全部原価)は黒字だからいいんだとつぶやく方まで。

 

せっかく、経営の改革(革新)をやっていくチャンスが目の前にあるのに、もったいなくも自ら掴まえずに立ち去っていかれるのですか!?今なら引き返せますよ!

 

素直になってみませんか、確かに公開している決算書は黒字ですが、実質(実際の会社の姿)を現している決算は間違いなく赤字なのですから。素直に肯いて、話を聞いていかれませんか。

 

全部原価の決算書、これは法律で定められたものですからそれでいいじゃないですか、ただしあくまで税務署用ですから、経営(管理)には使えません。社長用の数字ではないのです。

 

そのことをまずは素直に認めて、改めて直接原価でやりかえた数字を見てみましょう。それも、専門家さんが作ってくれる変動損益計算書なるまがい物ではなく、本当の「社長用決算書」です。

 

まずは素直に、そして単純明快に。次回はそのことをもう少し詳しく。

嵯峨天皇と檀林皇后はおしどり夫婦?

第52代の嵯峨天皇は桓武天皇の第二皇子であり、平城天皇とは同母の兄弟になります。いったんは、平城上皇の子・高岳親王を皇太子に立てます。

 

しかし、復位を目指した上皇の反乱(薬子の変)を鎮めて後、高岳親王を廃太子します。これは自然の成り行きであったでしょうが、さりとて自分の子を皇太子とするを憚られたのか、異母弟である大伴親王を立てます。

 

この天皇の時代は、薬子の変以降は表面的に大きな事件も起こらず平穏な状況が続きます。しかし、裏側では皇位継承を巡るうごめきがあり、藤原氏とくに北家の台頭が次第に著しくなり、対立構造があらわになっていく時期でもあります。

 

ただ、嵯峨天皇の時代に「死刑廃止」が法(弘仁格)として定められ、この後保元の乱に至る間の300数10年間は、確かに死刑が執行されることはありませんでした。

 

一方では、そういう「穢れ」の仕事は貴族がやるべきことではないという考えが広がり、その裏仕事を支えるべく武士という階級が存在を大きくしていくのです。

 

さて嵯峨天皇にも増して存在感が大きかったのは、檀林皇后と諡された天皇の后、橘嘉智子でした。聖武天皇の時代、政敵であった藤原仲麻呂に敗れ葬られた橘奈良麻呂の孫に当たります。

 

天皇との仲も睦まじく、2男5女をもうけられます。長子である正良親王は後の仁明天皇となりますが、絶世の美女であったとも伝えられています。存命中は大きな権力を持ち、皇位継承にも介入して政争を巻き起こしたと伝えられます。

 

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仏教にも深く帰依し、日本最初の禅院・檀林寺を創建します。壮大な寺院だったと伝えられていますが、後に廃寺となり、現在はその地(嵯峨野)に天龍寺が建てられています。檀林寺も後に造られますが、直接的なつながりはないそうです。

 

この皇后(皇太后)は死に当たって、自分の遺体を鳥獣へ与えるために路傍に放置するように命じ、その腐敗していく姿を大衆にも見せ、絵にも描かせたそうです。

 

一方、嵯峨天皇はというと多くの妻妾をもたれ、お子様の数は49名とも伝えられています。これが財政を圧迫したために、多くの子女は「源姓」を与えられて臣籍降下しています。嵯峨源氏と伝わる人たちですが、やはり政争に巻き込まれた人物もありました。

 

そして大伴皇子(淳和天皇)に譲位し、正良親王が皇太子となります。これにも、皇后の意志が強く働いたことでしょう。そして、藤原冬嗣をはじめ藤原北家の力が少しずつ大きくなっていくのです。

脳力開発は人間学であり行動科学です(181)

評価が厄介なのは、たいていの場合確定(的)事実に付随しているからです。何か事実があって、それに対して第三者が評価している、その評価を鵜呑みにしないまでも参考にすることがあります。評価を参考にしても振り回されないことです。

 
例えば、ある会社と取引しようとして調査すると、非常に利益率が高いことが分かりました。これは確定事実です。しかし、その会社の取引先などに聞いてみると、利益にシビアだとか、儲けすぎとか、取引条件が厳しいという声が聴かれます。
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 これらが評価です。客観的ではない、主観的な要素がたくさん入っています。こういうものの取り扱いを誤ると、判断を間違ってしまうことにもなりかねません。確定的でない要素を否定はしませんが、それを判断の土台にしてはいけないという意味です。

 
 
さて、判断をする際には事実だけでは材料が少なくて、判断できないということも起こります。そこで、いわゆる「よみ」とか「洞察」といった力が必要なこともあります。これも大事なものですが、前提としてできるだけ事実を集めることです。

 
 しかし、自分自身で集めうる事実には、量的にも質的にも限界があります。現在はネット情報が巷に溢れ、いくらでも集めることができるといいますが、ネット情報の大半は確定事実ではありません。そのことをわきまえておく必要があります。

 
一方では「分からないことはすぐに調べる」ことも必要、というわけで信頼できる人を柱としたネットワークを持つ、ということがこれからのキーポイントにもなるでしょう。知ったかぶりや勝手な決め込みを捨て、素直に耳を傾けることも大切です。

長い遠征旅には宿泊ホテルの選択が不可欠

昨日の夕方、遠征から戻りました。今回は10泊11日の長丁場、新潟をスタートして京都、神戸、そこから九州に新幹線で移動し鹿児島、熊本。さらに東京に空路で移動、青森を回っての日本縦断旅でした。

 

幸い懸念した大雨には遭わずに済みましたが、鹿児島では震度5の地震に遭遇。「あなたが動くと何かあるね」と家族に言われてしまいました。

 

それでも予定したミッションは、地震によって「乗り鉄旅」の1つをキャンセルしただけで、ビジネス予定については無事に完了することができました。キャンセル分も、また近い将来実現できるでしょう、きっと。

 

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で、その間に定宿も含めて7つのホテルに宿泊しました。勝手の分かっている定宿では、スタッフの女性も顔を覚えてくれていますし、こちらも要領が分かっていますので気が楽です。

 

2つのホテルは2回目あるいは3回目の宿泊でしたが、こちらは可もなく不可もなし。そしてあと4つは初めての宿泊、その内の3つは外国人客が目立っていました。彼らの特徴は朝が早いこと、6時前後には早くも動きを始めています。

 

夜もいささか騒がしいのが難で、運悪く隣の部屋だったりすると(ビジネスホテルは)壁が薄いので、遅くまで悩まされることもあります。幸い今回はそうでもありませんでしたが、ロビーで大荷物の整理をしているのに出くわしたりも。

 

大都市のビジネスホテルが外国人客の急増で、予約が取りにくくなったりしていますが、私の場合は比較的先の予定が決まっているので、「とりあえず」予約を先行して押さえています。

 

ただ、ホテルによっては料金が上がったところもあり、特に週末の金曜土曜は平日の5割増しから倍近い宿泊料にしているところも。これは参りますね。

 

できるだけネットを駆使して、都合の良いところを探すのですが、ただ「口コミ」や評価は余り信用しません。評価については、余り低すぎるところはやはり敬遠しますが。

 

昨今ありがたいのはコインランドリーです。ほとんどのホテルが設置されるようになり、長旅の場合には何回か利用します。今回は2回活用しました。

 

料金は乾燥機も含めて300円か400円、ただ洗剤は自動投入期のところ、備え付けてあるところ、別途フロントなどで買うところとまちまちです。事前情報をチェックしておかねばなりません。

 

また、ホテルによっては洗濯機が1つしか置いていないところもあり、どうしても1回90分前後かかりますので、運が悪いと待たされることもありますので要注意。また、洗濯ネットをいくつか持っていると便利です。

 

朝食は料金に含まれているところ、別途申込のところとこちらもまちまち。多くはバイキングですが、定型朝食ありますので、こちらも要チェックです。パンだけのところもあり、和食好みの方は要注意です。

 

宿はやっぱりゆっくり疲れをとるところ、ベッドや枕を含めて、心身共にリラックスできるところを選びたいですね。

路面電車は各地でがんばっています

日本国内の路面電車が見直されていることは、周知の通りです。省エネで二酸化炭素も出さない、安全で人に優しい乗り物であること、さらには事業者の努力で乗りやすく便利で快適にもなっています。

 

車社会の進展で道路の邪魔者扱いされ、大都市でも地方都市でも一時期廃止が相次いだことがありましたが、昨今は廃止されることも殆どなく、帰って駅への乗り入れなどさらに便利になってきました。

 

関ヶ原を境にしてみますと、東に位置する路面電車事業者は札幌市電、函館市電、東京都電(荒川線)、豊橋鉄道(軌道線)、富山地方鉄道(軌道線)、富山ライトレール、万葉線、福井鉄道(軌道線)の8つ。

 

これに対して西には、京福嵐山線、阪堺軌道、岡山電軌、広島電鉄、伊予鉄道(軌道・鉄道線)、とさでん交通、熊本市電、鹿児島市電、長崎電軌の9つ。

 

数の上では拮抗していますし、上にも上げた駅前での至便性向上、全面冷房化や低床車両などの導入、運転本数や運転時間の増加などもあって、利用者数を伸ばしている路線もあります。

 

ICカードの利用もかなり便利になりました。スイカなどは、多くの事業者で使えます。今回は九州で熊本、鹿児島の2つの市電を利用しましたが、熊本ではスイカが使えました。

 

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低床車両は、とくに重い荷物(キャリーバッグ)を抱える身にはありがたいです。また安全地帯を拡大して暮れているところ、あるいは前後に傾斜があることも助かります。

 

まだ古い車両もがんばっていますので、全面的にオーケーとまではいきませんが、以前から比べたら格段の進歩だと言えます。路面電車ファンにとっても、嬉しいことです。

 

大都市の路面電車は4都市(札幌、東京、京都、大阪)だけですが、地方都市では都市規模や人口からいっても地下鉄では荷が重すぎ、路面電車がちょうど手頃です。

 

いわゆるLRT(ライトレール)に準ずるシステムや車両の年も増えました。富山では2つの路線をつなぐ工事も進められています。路線延長の話もチラホラ見られますが、こちらは様々な障害があって進みが遅いようです。

 

何年か先には、関東の一角の宇都宮市にもライトレールが登場する予定です。これからも路面電車にはがんばってほしいですね。(写真は鹿児島市電)

変動原価計算書も配賦でダメダメ

全部原価があなたの会社をダメにする(その4)
 

ここまで3回に亘って、「全部原価(FC)の弊害」について述べてきましたが、それは決して全部原価を否定するものではありません。あくまで税務申告、その前提となる企業における経理処理については、このFCに準拠してやらざるを得ないわけですから。
 

しかしながら、その日(の生産活動)が終わってみないと本当の原価が分からないとか、それでは困るので標準原価などの便法を用いるとなると、ちょっと待てよ、そんな会計の数字は経営に使えないではないかと、疑問を感じるのが当たり前です。
 

早い話、同じものを1000個作るのと2000個作るのとでは原価が違う、ことをおかしいと思いませんか?その2つを店頭に並べて、それぞれの原価(計算)に従って売価を付けて売ったら、お客様は首を傾げるのではありませんか。
 

そこで疑問を感じた専門家は、変動原価計算(書)なるものを作り始めました。
 

つまり、原価に含まれる労務費を直接労務費と間接労務費に分け、同様に製造経費も直接製造経費と間接製造経費に分ける。その内に「直接」分だけを原価に組み込むというのです。
 

例えば直接労務費とは、製造に直接携わるワーカーさんの給料などですし、そうでない製造部内の事務屋さんなどの給料は間接労務費にしようというわけです。
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電気代も、工場のライン内の照明費や機械の動力費は直接経費とし、製造部内の事務所や機械にないところの電気代は間接経費にしようと。いかにも合理的に見えますが。(写真資料は「原価計算超入門より引用)
 

で、何をやるかというと、これが悪名高き『配賦(はいふ)』なる処理です。それぞれの科目について、直接・間接に振り分けをしていくのですが、これは大変な作業です。また、そんなに厳密に分けられるものばかりではありません。
 

分電盤が1つである場合、例えば照明費という電気代はどう分けるのでしょう、蛍光灯の数とかで分けるのでしょうか。パソコンの電気代は設置場所で按分する?
 

労務費にしても、工場長がラインのメンバーでもある場合には、仕事をする時間で区分していくのでしょうか。いつも事務をやっている人が、ちょっとだけラインの応援に入った時にはどうする?
 

余りに煩雑でさじを投げたくなるでしょう。そこで、何だか訳の分からない「配賦ルール」を作っておいて、それこそ「適当に」按分していくのです。それは果たして科学的でしょうか。
 

私にいわせればウソのかたまりです。FCがウソの塗り固めなら、変動原価計算なるものもそれに輪を掛けたウソのかたまりです。そんなものは、高いお金を払って作ってもらわなくてもいいです。
 

ではどうしたらいいのでしょう。
 

カンタンです、材料費以外のものは全部「(間接)経費」にしてしまえばいいのです。そんな乱暴な、と言われることが多いです。でもそれが正解です。
 

中には、外注費は原価に入るのではないかという方もいます。はい、完全外注仕入ならそれもありでしょう。しかし一部加工などの外注なら、その外注は経費に入れてしまいましょう。
 

残業代はとか、パートさんの時間給あるいは製造過程の移動運賃などは変動費、つまり原価に入るでしょうと言われますが、そんなものも一切合切原価から外しましょう。
 

そうやって、スッキリした製品個数に比例する原価にしてしまうのです。極めてわかりやすく、科学的で合理的な、誰でも分かる原価になります。その上に正しい「経営の数字」になります。
 

この数字は経営の役に立ちます。やるかやらないかは、経営者たるあなた次第ですが。

脳力開発は人間学であり行動科学です(181)

私の専門は「人材づくり・社員研修」ですが、それも含めて経営の相談やアドバイスを求められます。その際には、必ず現状を詳しく話していただきます。抽象的な表現ではなく、具体的な事実を例示していただくことにしています。

 
 卑近な例ですが、「たくさんクレームがきている」と言われるので「何件くらいですか」と聞くと、2件かな、3件かなと。「この商品はよく売れていて人気も高い」、しかし尋ねてみるとごく最近やっと売れ出して、まだヒットとまではほど遠い。

 
 つまり、話の中に印象や憶測、あるいは自分の希望みたいなものが入ってしまっている。そこで「確定的要素から出発して考える習慣をつくろう」という、7つ目の土台指針が重要になるのです。確定的要素から出発する、それが基本中の基本です。

 
 確定的要素から考えるとなれば、確定的要素とは何かということを分かっていることが重要です。客観的に確実なこと、というのが定義であるとすると、確定(的)事実、確定的法則、確定的可能性の3つがこれに当てはまります。

 
 この中で中心になるものは、言うまでもなく確定事実です。自分だけではなく周りも同じように認める事実だということです。この反対の事実を未確認情報と言いますが、独りよがりで事実だとするもの、あるいは自分はまだ確認していないものも含みます。

 
 では、確定的でない要素にはどのようなものがあるのでしょうか。評価、憶測、印象、仮定、思い込み、空想、そして上に上げた未確認情報などがこれに当たります。特に評価、いわゆる価値判断は意外に厄介なものなのです。

全部原価があなたの会社をダメにする(その3)

かつて私はとある製造メーカーに勤めていました。幸か不幸か、営業部門にも製造部門にも配属されることなく10数年が経過。だから、原価計算のことなど考えたこともありませんでしたし、もちろん全部原価計算(FC)で製品コストが計算されていることも知らなかったのです。
 

時々製造部門、すなわち工場に足を運ぶことがあり、そこでは生産性の向上がスローガンや毎日の目標として掲げられていたのを見て、製造部門も大変なんだと思ったくらいのことでした。
 

生産管理課というところで原価計算をしていたようですが、やたらと数字が並んでいて親しめませんでした。「今日は生産性が上がっているので、目標利益はクリアできそうだ」などと話しているのを、利益というのは営業部だけではないのだと感じたものでした。
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それがMGに出会い、原価計算に2種類あって、製造メーカーはFCなのだということを知るわけですが、まだ原価計算の入り口のところでとどまっていました。ただ、生産利益なるものは一体何だろうと素朴な疑問を抱いたものでした。
 

利益とは、簡単に定義するなら売価から原価を引いたものです。原価は分かった、しかし生産部門の売上って何だろうか。どこへ一体売っているのだ?しかも支店や営業所には「原価移動」で、一般の得意先を相手にしている本社営業部には一定の利益を乗せるのだという。
 

それは標準原価なるもので計算をされた原価を下回ると利益が出て、上回ると利益がマイナスになることがあるというのです。つまり、本社営業部への「移動標準価格」があらかじめ設定されていて、生産効率が上がれば原価が下がるので利益が出るというのです。
 

分かったような分からぬような不思議な感覚に襲われました。一体、生産(部)利益って何だ?さらに分からないのは標準原です、そいつはどうやって決めているんだい?
 

MGでは、お客様に販売する、つまり売上が上がるのは営業部門だけです。当然だ、世の中のお客様が勝ってくれてナンボなのですから、これはよく分かります。材料売却といって、材料を販売して儲けを出すこともできますが、会社のいう生産利益とはそうではないようです。
 

いよいよ頭が混乱、もしかしたら、生産利益とは夢幻なのではないでしょうか?
 

たとえば、製造部門が一所懸命製品を作った。それを営業部門が売ってはじめて売上となり、そこから利益が生まれてくる(正確には計算される)わけです。製品は、営業所あるいは流通部門の倉庫に保管され、そこから社外に出なければ利益にはならない、というのが常識でしょう。
 

ところがそうではないらしい、製造部が作っただけで生産利益なる利益が計上されるのだとさ。もしそれが全く売れなくて、倉庫に滞留したらどうなるんだ?それでも利益が上がるのかな?

製造部の人たちが努力を重ねてくれるのは分かりますが、生産性が倍になって倍の数を作っても、全部が売れてしまえばいいけれど、もし半分余ったらどうなるの?もうとにもかくにも????の連続でした。
 

以上はFCの弊害ではなく、考え方の問題なのですが、根っこはやはりFCに問題があるのです。生産性が上がればコストは下がり、その分(生産)利益が増えるのだという考え方がおかしいのです。
 

MG200期くらいやって、販売会社に出向した時に、FCとの新たな闘いが始まりました。何より、FCにはお客様という視点が欠落している、そのことに気付かされた時に、「マーケットプライス」すなわちお客様の望む・求める価格という考え方が分かりました。
 

今日も相変わらず、製造メーカーは生産利益を上げるべく、血道を上げているのでしょうか。正しい原価でマネジメントできる体制を、作らないとお客様から見放されますよね。

薬子は本当に悪女だったんだろうか

桓武天皇の後を継いだ平城天皇は、在位わずか3年で退位され、「憧れの都」平城京に移られます。この時、上皇の腹心としてついて行ったのが藤原仲成、薬子の兄妹です。

 

日本三大悪女というと、北条政子、日野富子、淀殿が上げられます(書物によって違いあり)が、この薬子も負けず劣らずの存在だったといわれています。

 

しかし考えてみると、上記の三大悪女といわれている三人ですが、本当に悪女だったんだろうかというとやや疑問が残ります。

 

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北条政子は、夫である頼朝の女好きに辟易していて、例えば愛称の隠れ家を襲わせて壊してしまったとか、有力御家人を滅ぼす裏側で糸を引いていたとか言われますが、少なくとも後者については必要不可欠なことだとも思われます。

 

日野富子は応仁の乱の火付け役であり、乱の起こっている中でも蓄財に精励し、あろうことか東西両軍に戦争資金を貸し付けて利息を取ることまでやっています。しかしこれも、息子可愛さのための資金作りだと言えるわけです。

 

淀殿などは、神君家康を持ち上げるために貶められたとしか思えません。豊臣家(の天下)を必死に守ろうとした女傑であることは疑いのないところです。

 

ということで薬子を見ていきますと、平城天皇の皇太子(安殿親王)時代に不倫の中になり、桓武天皇によっていったん引き裂かれたものの、桓武の死により再び尚侍としてそばに仕えるようになります。(写真はロマンコミックス人物日本の女性史より)

 

平城天皇の寵愛を受けて政治に介入したとありますが、実際の政治を動かしたのは兄である仲成であったでしょう。薬子はそばから口を出し、寝物語に囁いたくらいのことではないかと想像されます。

 

いずれにしても、兄妹が周囲より恨みを買ったことは事実です。旧都に移った上皇は、譲位ししたことを早まったと後悔したのか挽回策に出ますが、弟である嵯峨天皇とその周辺には予想された事態でした。

 

すでに手は打たれており、上皇は薬子とともに逃亡を図りますが阻止され、上皇は剃髪して仏門に入り、薬子は服毒自殺をします。その少し前に仲成は射殺されていました。

 

これが「薬子の変」と言われる事件ですが、これにより藤原式家の凋落が顕著になり、やがて北家の力が伸張していきます。薬子を希代の悪女としたのは、もしかしたら北家・藤原氏の企みだったのかも知れません。

 

真実は闇の中ですが。

脳力開発は人間学であり行動科学です(180)

さて、関連する立場をそれぞれ考えてと書いてきましたが、立場の中身は希望、あるいは利益ということになります。相手の立場に立ってということは、相手の希望していること、あるいは相手が求めている利益について考えなさいとなるのです。

 
 大切なことは、立場によって希望や利益は異なるということです。立場によって主張や意見、あるいは評価や目指す方向が違ってきます。同じであるよりも異なることの方が主流です。そうなると、立場同士のぶつかり合いが起こるのです。
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 企業や店舗ではクレーム処理が重要な課題になることが多いのですが、これも例えば店側の立場とお客様の立場とのぶつかり合いとして、どちらを優先に考えるのか大きなポイントになるでしょう。一方の立場だけ、特に店側の立場だけで主張してしまうのは問題ですね。

 
 最近はステークホルダーという言葉がよく使われますが、企業を取り巻く「立場」はとっても幅広いことが分かります。単に売る側と買う側だけではない、様々な立場に取り囲まれている、言い換えればそれだけ多くの視点・角度が存在するということです。

 
 また、自分自身のことを考えても様々な立場を持っていることが分かるでしょう。会社では社長、家では夫であり親でもある。お店に行けばお客様など、その立場によって同じ問題に対しても意見が異なってくるという、体験をされていませんか。

 
 こういうのは日常の中で大いに訓練になります。報道番組の中で意見が出された時、それはどのような立場に基づいて述べられたものか、考えてみるといいでしょう。そして自分ならどう考えるのか、それは自分の立場の点検にもなるというわけです。

全部原価があなたの会社をダメにする(その2)

全部原価計算(FC)と直接原価計算(DC)とはどう違うのか、MGセミナーでこれを説明する時には、「天丼屋」さんを例に挙げます。

 

ある1軒の天丼屋さんがあります。厨房が一つですが、店の中は左右に分かれていて、左側はFCの店、右側がDCの店です。お客様は、どちら側に座るか自由に選べます。天丼を作るのはパートのおばちゃんです。

 

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このおばちゃんは標準として(平均して)、1日に10杯の天丼を作ります。1日の賃金が3千円ですので、1杯あたり300円の計算になりますね。材料(エビ、小麦粉、野菜等、米、醤油代など)代は、1杯あたり500円となっています。電気・ガス代や製造経費も1杯あたり標準で300円です。

 

これをまずFCで原価計算します。FCにおける原価は、材料代+労務費(つまりおばちゃんの賃金)+製造経費ですので、標準的には500+300+300円で合計1100円です。売価はこれを0.7で割りますので、1570円です。

 

0.7で割るのは、原価の割合が売価の70%に相当していると経験的にわかっているからです。こうして、お店の左側に座ったお客様には1570円の請求書が置かれます。

 

さて、右側に座るとどうなるでしょう。DCにおける原価に含まれるものは、基本的に材料代だけですから500円です。通常食べ物屋さんの材料比率はざっと1/3(33%)ですので、この材料代に3を掛けて、1500円の請求書が置かれます。

 

さて、このお店のしくみを知っているあなたは、どちら側に座りますか?

 

ここで問題は、このおばちゃんが本当に今日は10杯の天丼を作るのかです。ある日、張り切ったおばちゃんは20杯作りました。こうなると1杯あたりの労務費は300円ではなく、150円になりますね。電気代・ガス代なども若干下がります。

 

ですが、またある日は体調不良もあって5杯しか作りませんでした。そうなると1杯あたりの労務費は600円、電気代などは毎日同じ時間店を開けていると、ほぼ同じくらいかかります。

 

お分かりでしょうか。FCでの原価計算はその日に作る量によって、原価がその都度変わってしまうということです。しかも1日が終わってみないと、本当の原価が分からないことになります。

 

製造現場では毎日これが繰り返されています。生産効率が上がった時と、逆に下がった時とでは原価が大きく異なるかも知れません。だとしたら、販売を担当する営業部は、どの原価を元に売価を決めればいいのでしょう。

 

そこで、標準原価だの想定原価や平均原価だの、訳の分からぬ数字を持ってきて原価を決めたりしています。いい加減だなと思われませんか?

 

これに対してDCの場合は、1杯しか作らなくても10杯でも20杯作っても、原価は基本的に材料費だけですので、上の事例の場合には500円で一定です。よって売価も1500円ですから、ちゃんとメニュー表に書くことができます。

 

反論される方もいらっしゃるでしょう。だって、日本の製造会社はちゃんと原価計算してやっているじゃないか、と。

 

そうです、もちろんそうせざるを得ませんから。毎日同じ製品・商品なのに原価が上下してはたまりませんから、適当に納まるところの原価と売価を計算しているのです。でもそれって科学的ですか? 合理的だと言えますか?

 

それだけではありません、もっと大事なことが隠れています。次回はそのことについて、触れていこうと思っています。

超都会の鈍行電車を旅する

阪神電車、1905年に開業した日本最初のインターバーン電車。並行する官鉄(東海道本線)との絡みで軌道法による建設で、各所に路面軌道がありましたが、現在は大半が高架線あるいは地下線で、もちろん路面併用軌道はありません。

 

大阪梅田と神戸元町間の32.1km、路面軌道の名残を残すように駅数が多く両端駅を入れて33駅あります。つまり駅間平均が約1km、この途中31駅を律儀に停車していく各駅停車を今回は乗り鉄に選びました。

 
私が初めて阪神電車に乗ったのは、多分小学校に上がる少し前で、海水浴で香櫨園あたりに父と出かけた時だったと記憶しています。昭和30年代の初め、当時は15m級の茶色の小型車ばかりが走っていました。


 
梅田の地下駅から甲子園までは急行に乗りましたが、先頭車の貫通扉が足元までガラス窓になっていて、もちろんへばりついていましたが、小さい車体を目一杯揺らして疾走する急行電車に感激したものでした。


 
その後大型車が登場、足の速い特急電車に追いつかれないために各駅停車用に開発されたのがジェットカー、オールM編成で抜群の加減速力でした。


 
現在の各停用もオールM編成の伝統は守っていますが、超高加減速とはさすがにいきません。でも、短い駅間の各駅に止まりつつ、追いかけてくる特急や急行から逃げ切る性能は守っています。


 
梅田発11時41分、折り返し電車が遅れて2分ほど延発でした。5000系(5032ほか)の4両編成。初めて乗った時にはすぐに地上に出て福島駅も地上にありましたが、現在は地下駅。新しい商業施設などが人気のスポット最寄り駅です。


 
2つめの野田で早くも後発の急行と緩急接続で2~3分停車。途中31駅の内、6つの駅で通過電車待ち、緩急接続待ち(2つの駅では2本待ち)。最大7分停車(西宮)もあり、退避可能な駅8つの内退避無しは青木と大石だけでした。
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尼崎駅では、両側ホームのドアを開け、急行電車到着時にはなんば線直通電車(快速急行など)との乗換用「通路」としても活用されます。近鉄の中川駅でも見られますが、こちらは都会の中心駅、昼間でも10分おきに繰り返されます。


 
この日の甲子園球場は巨人戦とあって、入場券は早々売り切れ。当日券はありませんので、駅の案内でも「入場券のない方は入れません」と繰り返していました。甲子園駅の臨時電車折り返し(試合終了時)は見事で、芸術的とも言えるものです。


 
御影駅の先の石屋川車庫は、20余年前の阪神淡路大震災で壊滅的打撃を受けた高架線上の車庫。その少し先の岩屋から神戸地下線に入ります。三宮駅は神戸市の中心、なんば線直通、近鉄乗り入れの電車はここが起終点です。


 
次駅元町駅が阪神本線の終点、島式2線ホームですが、大阪方にシーサスクロッシングがあって、かつてはここで全列車が折り返していました。現在も一部あり。線路はこの先神戸高速線として、高速神戸で阪急線と合流して山陽電鉄線につながっていきます。


 
この電車も高速神戸行きですが、私は下車。乗車時間は約80分、表定速度は24kmでしたが、停車時間(合計約40分)を差し引くと約49km/hといったところですから、31もの駅に停車することを考えればなかなかのものです。


 
所要時間の内半分は駅に停車している時間の旅でしたが、移りゆく町並みや工場群、あるいは六甲山系の山並みを楽しめた佳い旅でした。

全部原価があなたの会社をダメにする(その1)

全部原価については、かなり以前にも書いたことがあるのですが、久しぶりにまとめ直してみることにします。

 

そもそも企業の原価計算なるものの問題なのですが、その手法に全部原価計算(FC)と、直接原価計算(DC)なるものがあるというのです。おそらく、多くの企業経営者は知らないか、あるいはちょっと聞いたことがあるとか、本で読んだことがあるという程度でしょう。

 

特に関係があるのは、いわゆる製造メーカーです。流通・サービス業では、このどちらであっても(意識などしていなくても)ほとんど問題はありません。

 

製造メーカーの経営者も、どっちがどうなのかとかは普段考えたことはないでしょうね。原価計算などは、生産管理の担当者あたりがやる仕事で、経営者の自分はその計算結果だけもらえば十分だというところでしょう。

 

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税理士さんからいただく試算表や、もちろん毎年の決算書や申告書もFCで計算されて作られます。なぜなら、法律が「FCでやれ」と言っているのですから。それ以外にはやりようがない、などと思っておられるのでしょう。(写真の図は「原価計算超入門」より引用させていただきました)

 

それでも最近、税理士(事務所)から渡される資料に、「変動原価計算書」なるものがあるなあと気付いておられる方もあるでしょう。通常の試算表とは違う数値になっている、どうして?と思われたりしていませんか。

 

そこで顧問税理士あるいは事務所の担当者に尋ねると、「それはこうこうです」と説明されますが、ふんふんと聞き流しているのでは? どうしてそんなものが必要なのか、それもよく分かりません。

 

まぁ、私に言わせれば、その「変動原価計算書」なるものも中途半端で、あまりものの役には立たないと思っていますが。

 

世の中では、FCが先に誕生しました。というか、最初に原価計算という計算システムが考案されますが、それは全部原価計算(FC)だったわけです。

 

ところがある時アメリカで、とある企業経営者がヘンだと気付くのです。なぜなら、前月は売上高がかなり上がっていたのに、今月は大きく落ち込んだ。それなのに、前月より今月の方が利益が多い、どうして!?

 

頭の良い経理担当者が、それではこのようにしてみましょうと頭をひねって考えたのが、直接原価計算(DC)でした。その方法で原価計算して試算表を作ったところ、売上の多い前月の方が、落ち込んだ今月より利益が多かったという「当たり前」の結果になりました。

 

多くの企業経営者は、もうここで頭の中に???マークが連続していることでしょう。でもこれは本当の話です。

 

そしてこれも本当の話です。かつて私がサポートした製造業の会社ですが、毎年僅かずつですが利益(経常利益)を計上し、きちっと納税もしておられました。優良会社として表彰されたこともあります。

 

ところが、経営者の方が上のアメリカの会社のような状況に気付かれたのです。私に問い合わせがあり、一度原価計算をDCでやり直しましょうかとサポートしたら、なんと3期連続の「赤字決算」という結果が出たのです。

 

実際、その社長は「最近資金繰りがきつくなった」と感じていると言われ、そのあたりも精査したら、当然そうなっているだろうし今後とも大変だという結果が見えたのです。

 

多分、多くの製造会社が似たような状況下にあるのではと推察しています。あなたの会社は大丈夫ですか?<次回に続きます>

脳力開発は人間学であり行動科学です(179)

私は現役時代、とくに親会社で企画開発を担当していた時は、何に対しても必ず反対意見を述べる「あまのじゃく」でした。為にする否定もなかったとは言えませんが、必ず反対側のことを考えてみるという習性ができていたようです。

 
 ですから販売会社に出向して販売会社の経営を任された時には、まずそれまでやっていたことを否定してみることから始めました。もちろん以前の通りにやった方が良いと判断すれば、反対意見はすぐに取り下げました。しかし反対から見ることで微修正もできました。
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 要は一方からではなく、必ず全体・全面を見よということになります。しかし両面のどちら側かが主流であって、他方は主流でない、支流あるいは枝葉ということです。主流でないものに振り回されてはいけません、まず両面とも見ることです。

 
 両面思考と並び、重要な思考姿勢は多角度思考です。「立場・観点を整理し、多角度から考える習慣をつくろう」という指針です。企業や店舗などでよく言われるのは、自社の立場や都合ではなく、「お客様(あるいは消費者)の立場で考えては」という表現です。

 
 企業で考えますと、社長の立場と社員の立場などというのもありますし、あるいは営業の立場と工場の立場、開発の立場などというのもあるでしょう。家庭の中では親の立場と子供の立場、あるいは例によく挙がるのが嫁と姑の対立関係などがあります。

 
 大事なことは、社長の立場を取り上げる際には、必ず社員の立場も合わせて取り上げるということです。同様に、嫁の立場を取り上げる際には姑の立場や夫の立場なども、同時に取り上げて考えることが必要なのだとなります。

平城天皇を牛耳ったのは悪女だった

桓武天皇崩御のあと、第一皇子である安殿皇太子が天皇として即位されました、第51代の平城天皇です。母は藤原乙牟漏、祖父は藤原良継(式家)です。

 

ちなみに、第一皇子が阿保親王ですから、天皇は伊勢物語の主人公とされる在原業平の祖父ということになります。

 

父の桓武天皇とは余りそりが合わなかったと伝えられ、またその素行にも問題があったと言われています。皇太子時代に藤原百川の娘・帯子を娶りますが、宮女(高級女官)の母であった藤原薬子と懇ろになってしまいます。

 

まさに皇室醜聞(スキャンダル)とも言える事件で、桓武天皇は薬子を宮中から追放してしまいます。なおこの薬子は藤原種継の娘であり、すでに5人の子を持つ人妻でした。他にも不倫があったと伝えられる「悪女」と称されています。

 

ところが桓武が崩御すると、平城天皇は薬子を元の宮中女官に戻し、あろうことか公然と寵愛することになります。薬子の夫(藤原縄主)は太宰府へ左遷されてしまいます。

 

そこに食い込んできたのが薬子の兄、藤原仲成(種継の長男)でした。つまり兄妹して、平城朝に政治介入してくることになったわけです。

 

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この仲成、よほど悪名高き人物であったらしく、朝廷内での評判は散々でしたが、兄妹揃って平城天皇の覚え良き時代には誰も反抗することができなかったようです。どちらも相当な傍若無人ぶりだったと推測されるところです。

 

ところが権勢も長くは続きません。平城天皇は即位当初は意欲に燃えていたようですが、兄妹に政治を任せてしまうとやる気を失い、元々病弱であったこともあって早々と弟・神野親王に譲位してしまいます。809年、第52代の嵯峨天皇です。

 

その冬には平城上皇は旧都・平城京に移り住みます。形成を失いかけた仲成・薬子兄妹もこれについて旧都に移り、二重政治の様相を現し始めます。皮肉なことに、譲位後の上皇は体調が回復し、ますますお元気になられたようです。

 

翌年挽回を図った上皇側は、平城旧都への遷都の詔を出しますが、嵯峨天皇は機先を制して上皇側への制圧を強めていきます。これが世に言う薬子の変、まさに事件の後ろに悪女ありを絵に描いたような事件でした。

週末から週初めに嵐が吹き荒れました

台風3号、昨日朝長崎市に上陸してそのまま九州を横断、四国から太平洋岸をかすめながら東へ抜けていきました。この時間はもう関東のはるか沖合ですね。

 

新潟県は台風とは直接関係はなかったものの、梅雨前線が刺激されて各地で大雨、避難勧告やら避難準備の呼びかけが多くの地域に出されて大変だったようです。

 

新潟市も警報がずっと出ていて、水はけの悪い低地では道路が浸水したりしていたようです。私の自宅から遠くないところでも、土砂崩れの危険があるとかで、突然警戒情報アラームが鳴り出しました。

 

皆さんのところでは大丈夫でしたか? 何事もなければ幸いでした。

 

ホンモノの台風の来る前には、「小池の嵐」が東京方面に吹き荒れたようです。それにしても専門家とやらの予測ほど当てにならぬものはない、って感じでした。

 

直前に自民党の自滅を促すような出来事が続いたとは言え、ここまでの敗北を誰も予想していませんでしたね。さすがに当初の接戦から、小池新党の勝利予想には変わってきていましたが、自民党議席半減以下とは誰も言っていませんでした。

 

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全てが終わってから、「場合によってはこうなることも考えていた」などという、トンデモ野郎もいたようですが、後出しじゃんけんは不細工極まりないことです。


 
もっとひどいのはアベスガです。国民の批判を真摯に受け止めると口では言っていますが、その後の発言ややろうとしていることは何ですか。猿でもできるハンセイすらしていない、そんな感じですよね。


 
都議選最後の応援演説で圧倒的に「アベやめろ!」とやじられ、その大衆に向かって「こんな人たちに負けない」とやり返したのは、とんでもないですよ。とても一国の首相とは思えない。


 
それをまたスガが「あの発言は問題ない」と記者会見で弁解、いや弁解になどなりようもないですね。おそらく社会部の記者でしょうけど、それをにらみつけるスガの目が印象的。


 
まぁ、かつても都議選惨敗があって、その直後の総選挙でも惨敗して野党に転落という歴史があります。歴史と言っても、まだ8年前ですが。


 
今回は、とても解散総選挙に打って出る勇気はなさそうですが、内閣支持率はどんどん落ち込んでいきそうです。 もっとも国政レベルでは、自民党に変わる受け皿がないのが悲しいですが。


 
応援演説の言い返しを見ると、アベはもしかしたら統合失調症なのかも。昔は精神分裂病とか言っていましたが、そんな感じを受けるのは私だけ?


 
国会答弁でも、時間をオーバーして言いたいことだけを繰り返す。それでもって、質問にはまともに答えていない。どう見てもおかしい。


 
さらには、閉会中審議を外遊中ということで出席しないとか。審議内容によっては、改めて機会を作る、しかしその日程や期限は明示されていない。馬鹿にするのもほどほどにしろよ!


 
まだ逃げ切るつもりなんだ、そんな男にこれからも日本を任せますか。

脳力開発は人間学であり行動科学です(178)

指針のその5は両面思考です。すなわち、「常に両面とも考え、どちらが主流かも考える習慣をつくろう」という指針です。両面思考の反対は片面思考ですから、対比的に言うと「片面からだけ考える習慣はやめましょう」となります。

 
 ではその片面思考とはどういうことなのでしょう。文字通り物事の一面、片面だけを見ておしまいという思考習慣です。人の顔だって目鼻口のある方が表側だとして、後ろからだけ見える面も、あるいは横顔だってあるわけで、全部揃って人の顔です。(写真は阿修羅像)
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 片面思考の人は何かの情報に接すると、その情報があたかも全てのように感じてしまい、それがごく一部や局部だけを指していることであっても、さも全体や全面を示しているような気になってしまう。あるいはそのことで一喜一憂してしまいます。

 
 最も大事なポイントは、両面とも事実だということです。これはあらゆる物事には両面があると言い換えてもよいと思います。すなわち、表があれば裏がある、上があれば下がある、右があれば左もある、勝つ方があれば負ける方があるのです。

 
 ところがこんな当たり前のことが、日常生活の中で抜け落ちてしまっていることが少なくありません。自分の主張している事実に固執してしまったり、逆に相手のいっている主張事実を否定したりして、聴く耳を持たないといった態度に出てしまいます。

 
 そういったことを避けること、つまり両面思考を土台習慣としてしっかりと築いていただきたいのです。何に対しても、必ず両面を見ること、両方を必ずセットで見たり考えたりすることを心掛け、例えムリをしても実行することなのです。

結果が残せるミッションを目指して

伊勢市でのMGセミナーを終えて、東京経由で新潟に戻っています。東京は薄曇りながら夏の太陽も覗いて暑くなりそうですが、新潟は各地で大雨とのこと。鉄道の不通や遅れもあるようで、さて無事に帰り着けますか。
 

今年の梅雨もどうも自然の気紛れに振り回されているようで、伊勢に向かう前日の629日までは新潟ではほとんど雨らしい雨もなく、降り出したと思ったら災害をも伴うような大雨です。
 

一般の人たちも困るでしょうが、何より自然が相手の農家の人たちが大変です。それもこれも、地球温暖化に直接間接の要因があるのだとしたら、もしかしたら「人災」ではないかと思う次第です。トランプなぞのワガママを許すようでは前途が心配です。
 

いや、決してトランプだけではありません。私たち日本人もホントに地球温暖化を懸念し、少しでも防げるような知恵を実行しているかというと、甚だ心許ない状況です。伊勢神宮のおごそかな自然の中で、ふとそんなことも感じました。
 

さてMGセミナーですが、今回の「お伊勢さんMG」でも良い成績を収めることが出来、年初に立てた目標=戦略を達成して終えることができました。
 

1月スタートで半年間に5回のMGに参加し、その全てで表彰状対象の成績を残す。できれば半数以上の「最優秀経営者賞」を獲得する、これが当初の目標でした。その後盛岡でのMG開催が決まり、これにも参加して都合6回になりました。
 

目標(戦略達成)のための戦術は、徹底的に「青チップ(研究開発)にこだわってやる」ことでした。
 

結果としては6回全てで表彰状対象、内5回は最優秀賞をいただきました。十分すぎる結果でした。
 

でもいくつかの反省点もありました。その第一は、徹底的にこだわることに躊躇した場面が少なくとも3回あったことです。幸い安易に自分に妥協することなく、戦略を思い返して進めましたので良しとしましょう。
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第二には、市場の流れを自分から作ることができず、流れのままに任せてしまったことがいくつかあったことです。これも、うまく流れに乗れたことで結果オーライではありましたが、自らマーケットリーダーになるという派生目標に目をつぶった結果になったわけです。
 

そういった反省点、細かく戦術部分ではもっともっとあったのですが、いずれも今後に活かしていけることができるでしょう。
 

ここから先はしばらく自ら参加するセミナーはお休み、主催するあるいは共催していただくセミナーの講師(あるいは伝道師)としての、役割を果たしていくことになります。
 

特にこれからのセミナーでは、初めてMGを体験される方も少なくありません。その人たちにMGの良さ、素晴らしさを知っていただくことに力を入れて参ります。もちろん、経験者の方に伝えるべきことも多々あります。
 

心身共に万全で、与えられたミッションについて結果を残して参りましょう。各地の皆さんにお会いできるのを楽しみにしております。

いつまで学び続けるのですか?

1年の半分が終わって後半に突入した。空梅雨だと思っていたら、いきなり雨が降り出して大変な地域もあるらしい。

 

今日は三重県にいる、こちらは梅雨が明けたかのような夏空が朝から拡がり、天気予報では真夏日になるらしい。とはいえ、梅雨明けはまだのようだ。201707_cfmg

 

地震も相次いでいる。1週間前には長野県の木曽地方が揺れたし、昨日は北海道と熊本県の奥で震度5弱の揺れだった。10日後には熊本へ遠征だが、無事を祈りたいもの。

 

とはいえ、自然のことは人知の及ぶところではない。危機管理は必要だとしても、それを怖れて行動しないということはどうなのだろうか。

 

むやみやたらと動くこともどうかとは思うが、起きるかどうかも分からぬことに怯えていても埒があかない。というわけで、行動第一をこれからも貫く。

 

昨日今日は、MGセミナーに2週連続で参加している。先週は今年前半の締めくくり、今回は後半戦のスタートといったところかな。

 

しばらくは本業が続くので、自らセミナーに参加する機会は余りない。伝えながら学びを深めることに専念していくことになる。これまで集中して学び得たことを、自ら消化して伝えていくという仕事だ。

 

その締めくくりの今日、もちろん終わりではなく始まりだ。常に挑戦する、自分の可能性を広げていくこと、それを忘れずに臨みたい。

 

いつまで学び続けるのですか?と聞かれるようになった。65歳、確かに早ければリタイアの年齢になっている。でも学びにはゴールがないと思っている。確かに、学ぶたびに新しい気付きを感じる。

 

戦略と戦術、まだ極めていないこの命題に今日もチャレンジする。

伊勢神宮・御垣内参拝をしました

昨日は早朝に自宅を出て、上越新幹線で東京へ、さらに東海道新幹線に乗り継いで名古屋に着きました。ここまでは乗り鉄旅とは言っても「移動」という感じですね。読書時間には十二分でしたが。

 

いわゆる『ジパング』割引ですので、運賃・特急券とも30%割引です。しかし、ネックは「のぞみ」は割引対象外ということです。今や「のぞみ」は、東海道山陽新幹線で最も本数の多い電車ですから。「のぞみ」の特急券は割引になりません。

 

「フルムーンパス」でも同様とか。聞くところによりますと、外国の方が利用されている「ジャパン・レールパス」も同じように、「のぞみ」には乗れない(のぞみの特急券を買えば乗れますが)そうですね。
 

 
先発する3本の「のぞみ」を見送って、「ひかり」に乗車。同じN700系車両ですが、自由席が5両(のぞみは3両)ですし、実は名古屋までの所要時間は3分ほど遅いだけです。これは、停車駅が品川、新横浜、小田原と1つ多いだけだからでしょう。
 

 
通常料金でも僅は210円差ですが、ジパング割引の場合には2000円近い差になりますから、ここはやっぱり「ひかりでしょう」となりますね。
 

 
名古屋から伊勢市へは、関西本線の快速「みえ」に乗り継ぎました。本数では近鉄特急が便利ですが、新幹線から地下の近鉄駅までより、関西線ホームはずうっと近いですから。
 
 
 
所要時間は近鉄の約80分に対して90分、7~8割が単線区間(近鉄は複線)ですから10分差は大健闘でしょう。車両は転換クロスシートのキハ75系、2両中指定席は0.5両、割引指定料金は360円です。
 

 
四日市の南の河原田から、津までは三セクの伊勢鉄道を通ります。単線区間でも100kmを超える快速で走りますし、一線スルーの通過駅もけっこうあります。
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今回の伊勢行き、目的はMGセミナー参加ですが、その前日である昨日は伊勢神宮の参拝も予定していました。しかも、いつもの一般参拝所からではなく、御垣内(みかきうち)参拝です。本当は「正式参拝」というようです。

 
外宮からスタートして別宮も周り、内宮に参拝して終了しました。お願い事は外宮で、お礼事は内宮でお祈りしました。お守りも「家内安全」を、我が家と娘夫婦の家と二つ求めてきました。

 
お参りのあとは、白鷹の純米吟醸酒を軽くいただいて〆といたしました。河西先生、ありがとうございます。

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