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利益感度分析が会社を救う一助に

先週は大阪で戦略経営講座を開催し、MGのゲーム体験を通じて経営あるいは会計について、学習していただきました。先月に続いて2回目の開催で、参加メンバーの大半は連続参加でした。
 

初回の際にほぼ全員がMG初体験で、右も左も分からない状態でした。解説もゲームのルール説明もゆっくりゆっくりやりましたが、今回は少しペースアップしてみました。結論から言えば、それにも気づかないくらい。

 
MG講習は行入研修と言われ、実体験(疑似経営体験)を通じて経営や会計を学ぶものです。余り余計な解説を加えなくても、このゲーム体験を通じて体得していくということが基本です。そして、初心者でも無理なくちゃんとやれるのです。
 

先週の研修では、2回目のMGということもありましたので、基本の戦略MQ会計に加えて利益感度分析(Profit sensitivity analysisについても言及し、実際に手を動かして感度分析計算もやっていただきました。
 

この利益感度というのは、一般的な経営書や会計書等にはほとんど出ておりません。ある意味で、MG独自のアプローチですがベースは損益分岐点の考え方です。201305
 

損益分岐点は、言うまでもなく経常利益ゼロ(黒字でもなく赤字でもない)のポイントをつかむ考え方ですが、一般書では損益分岐点売上高のみが、それもたった一つが示され解決されています。ハッキリ言えば、その数字だけを使って経営すると会社を潰します。
 

私たちのMGでは「損益分岐点は4つある」と言いますし、そこから導き出される利益感度も4つあるということになります。すなわち、P(売価)感度、V(原価=変動単価)感度、Q(数量=販売数あるいは客数等)感度、そしてF(固定費=経費)感度です。
 

この4つを求めることは実にカンタンです。そしてとっても役に立つのです。手前味噌ですが、私が赤字会社の再建に使った手段の一つ、とりわけ大きな役割を果たしたのがこの利益感度(分析)でした。
 

社員全員でMGを繰り返し体験し、その中で必ずこの仕組みを理解するための演習を繰り返したのです。結果、予想を遙かに超える効果・成果をもたらせてくれました。
 

ぜひ、多くの経営者そして社員の皆さんにも、MGを通じて利益感度分析の現場活用をやってほしいと思っています。

脳力開発は人間学であり行動科学です(168)

もちろん、うまくいくはずなどありません。ますます意としない方向にさえいってしまうかも知れません。だからといって、何もかも自分の中に囲い込めといっているのではありません。自分だけでやれる事なんて、知れているからです。

 
 そのことを前提としながら、いかに他人や周囲、時には道具や天候の助けも借りられるか。それはしっかりと自分で努力を積み重ねるか否かにかかっています。努力とは行動です、常に自分に問いかけながら、「まずやってみる」ことです。

 
 もう一つは、原因と条件をしっかり区別することです。原因とは自分の力(あるいは自社の努力)で解決可能なこと、条件とはそれ以外と覚えておくといいでしょう。原因は自分の中にあるから内因で、条件や環境・状況は外因なのです。201302

 
 原因と条件を明確に区別ができれば、一歩も二歩も前進です。会社の会議などにオブザーバーで参加をすると、時にこの二つの混線に出合います。そこでアドバイスするのですが、とにかく条件(外因)に要因を求めていては解決などできないのです。

 
 もう一つは理想と現実、この隔たりの大きさにやる前から気力が萎えてしまう方がおられます。それがトップやリーダーであっては、とうてい現状打破はできません。理想が高くて、現実のギャップが大きく、だから現実を嘆いていても一歩も進みません。

 
 現実は正面から受け止め、ここが出発点であると丹田に力を入れましょう。ここから理想という到達点に近づいていく、具体的な活動を一歩一歩進めていくのです。途中に中間点をいくつか作ってでも、着実に近づいていくことが大切です。

種継暗殺事件で早良親王は怨霊となる

今週のブログは、1週空いてしまった「歴史と人間ひとりごと」からスタートです。

 

桓武天皇は平城京からの遷都を決意されますが、なぜ飛鳥や奈良(平城)を捨てて、それまでほとんどゆかりのない山城国を選ばれたのかは、諸説様々です。詳しいことは書物に当たっていただくこととして、まず選ばれたのは長岡の地でした。

 

長岡京は、現在の地名で言えば長岡京市から向日市、そして京都市西京区に亘る広大な都で、遷都が宣言されたのは784年です。続日本紀によれば、長岡(乙訓)の地が選ばれたのは、水運がキーポイントだったようです。

 
確かに近くで淀川が木津川等を合流して大阪湾に流れていく拠点地勢で、狭隘な谷間を抜けていく平城京の大和川に比べると、物流には非常に便利です。ただ、その分水害の危険性も大きく、結局そのことが平安京への遷都につながります。Photo

 
そしてこの遷都、造営の中心になったのは藤原種継でした。藤原式家の出身、宇合の孫ですから藤原不比等の曾孫に当たります。光仁天皇時代に順調に出世し、桓武即位と共に一気に昇進が加速します。

 
長岡京造営使に任命された種継でしたが、遷都から間もない翌年785年の秋、造営の監督中に日本の矢がその身を貫きます。世に言う「種継射殺事件」です。首謀者として大伴氏や紀氏、佐伯氏などが捕縛されます。

 
すでに死亡していた、歌人としても名高い大伴家持まで生前の官籍を剥奪され、庶人に落とされてしまいます。死者にむち打つという感じですが、これによって古代の名族・大伴氏や紀氏は第一線から退かされてしまいます。

 
この後も、藤原氏による他氏の排斥が続くのですが、それはまた次回以降に。

 
さて種継の暗殺事件は、これにとどまりませんでした。捕縛された中に、皇太子(弟)である早良親王に使える東宮の官吏が多くいたのです。親王は当時35歳、高僧から還俗して皇太子にされたことは、親王の本意ではなかったとも言われています。

 
しかしそうであったことが悲劇を呼んだわけです。ついに、暗殺事件に連座していることを疑われ、皇太子を廃され乙訓寺に幽閉されてしまいます。もちろん、早良は無実を訴えますが、桓武の耳には入りません。

 
早良は抗議の絶食を始め、淡路国に配流される途中で憤死してしまいます。その場所は現在の守口市(高瀬)付近と伝えられています。しかし、亡骸はそのまま淡路に送られてしまいます。

 
そしてついに、早良は怨霊となるのです。

拝啓、ジャーナリストS・Y様(戯言です)

拝啓、ジャーナリストS・Y様。

 

あなたの主張・ご意見については、かねてより私も素晴らしいことと感銘することが多く、その大半について支持しております。現実をしっかり見据えた上で、日本の将来について毅然とした姿勢を貫かれていることには非常に尊敬をしております。

 

何度か講演会にも参加させていただき、あまつさえ20数年過ごした土地にもご縁のある方であり、また多くの知人・先輩人との縁でお目にかかる機会もありました。

 

もちろん、あなたの目には私のことなど多数の中の一人としか映っておいでではないでしょうが、そんな私にも、ホンのちょっぴりではありますが、どうしてもあなたと相容れないところがございます。

 

国際的にも著名なあなたと私とではその言葉の重みも比較にはなりませんし、私はただこのようなブログの中で囁いているに過ぎませんので、あなたにはその言葉も届かぬ事でしょう。それでもどうしても書かざるをえないのです。

 

あなたの主宰されている団体にも、知人たちからお誘いをいただいておりますが、入会に踏み切れないのもこの一点です。

 

すなわち、あれだけ聡明で賢明なあなたが、どうしてこれまでずっと(そしておそらくこれからも)、アベを大いに支持されているのでしょうか。アベの主張とあなたのご意見が一致するところが多いことは、私自身も認識しているところです。Photo

 

またアベであれば、あなたの意見を取り入れ実現の方向に向かっていくことも可能であろうなと、漠然と感じていることも事実です。

 

しかしアベは、根っからの長州人として(そのことはさほど問題にはしていませんが)、吉田松陰という「過激派の元祖」のような煽動者に学んだ数多くの人たちの血を引く一人であります。

 

彼らが150有余年前に、「明治維新」と称する殺戮行動を通して、しかもそれを為政者として正当化し、越後長岡や庄内や会津でやってことを正義とした欺瞞を「良し」としてきた人たちの、末裔ではありませんか。

 

しかも煽動者である吉田松陰を「先生」として崇め奉り、その思想を(オブラートに包みつつも)道徳教育にまで盛り込もうという、とんでもないことを目指しているではありませんか。

 

あなたは、逆に彼らに蹂躙された弱き人々の血を引いておられるのではなかったのですか。それとも、大義のためにはそんな過去のことなどは気にもとめられないのでしょうか。

 

あなた方が尊崇されているヤスクニには、自分たちの国のために血を流した越後長岡の祖先も、会津の祖先も祀られていないではありませんか。辛うじて片隅に言い訳がましく印だけが設けられたのに至っては、明治新政府とやらの流れをくむ欺瞞の表れでしょうね。

 

あなたはそれでも、そんなことは古くさいどうでもいいことで、もはやこだわるべき事ではないとおっしゃるのでしょうか。歴史に学ぶことの大切さをおっしゃるあなたが、明治維新という欺瞞の流れを正当化している歴史を、良しとされるのでしょうか。

 
そして虐げられた歴史の方には、目を瞑られたままなのでしょうか。それは、『偉大な』明治維新の中では些細な出来事に過ぎないと。

 

そこのところが、どうしても私は我慢なりません。

長い遠征もミッションはほぼ完璧に完了

先週の水曜日午後から今回の遠征が始まりました。日数は長かったものの、神戸や大阪での滞在が主流でしたので、移動距離は比較的少なかったです。とはいえ、全体では1400kmくらいでしたでしょうか。

 

今回の遠征ミッションは公私含めて多種多彩、クライアントへのコンサル訪問や社員さんの研修、セミナーも脳力開発とCFMG、そして通常のMG研修と様々。さらに母の三回忌法要とプライベートの旅鉄。

 

充実の11日間も今日が最終日です。全てのミッションもほぼ完璧に完了でき、遠征中に気分安めの時間もとれましたので、疲れは余り感じていません。帰り道は、乗り鉄の旅を楽しみながら田植えの終わった風景、さらには麦の秋と新緑の山々を眺めて行きます。

 

もっとも、失敗もいくつかありました。中でも、iPhoneの充電ケーブルを2日連続でホテルのテーブル上に忘れてくるというミスは、かなりの反省です。幸い、最後のホテルは専用の充電ケーブルが部屋に設置されていましたので、忘れる懸念はありません。00_2017

 

脳力開発では、「失敗しても最初は成功へのチェックポイント、2回目は確認」と言っていますが、さすがに「3回目は馬鹿」とあきれています。3回目をやらなくて幸いです。

 

旅鉄では、久しく念願にしていた「加悦(かや)鉄道跡」を訪ねることができました。大学時代の1971年以来、46年ぶりに当時の車両(保存)とも再会できました。

 

母の三回忌法要も無事に終われました。昨年の一周忌は短時間の墓参りしかできませんでしたので、今年はしっかりとお経をあげていただきました。今回は私と弟の家族だけでしたが、七回忌にはうちの家族も来られたらいいですね。

 

そして本業の方も色んな成果を得ることができ、まさに充実の遠征でした。遠征中に新たなセミナー開催も決まったり、私自身がやることの一つも具体的な形になってきました。

 

何よりも戦略を明確にしているのだから、色んな戦術展開を積極的にやるべしという、普段からセミナーで自ら言っていることを、自らどんどん実践していくことだと改めて気づかされました。

 

その第一歩として、新規クライアントの獲得に動いていきます。気軽に活用していただける企画も用意したことですので、まずはそこから広げていきます。

 

ようし、やるぞ!

脳力開発は人間学であり行動科学です(167)

こんなように社内改革・イノベーションを推進していったわけですが、もちろん順調にいったわけではなく、いくつかの紆余曲折があり、時には失敗もありました。それでも全般的には目指す方向に推移できたのは、まさに社員たちの努力のたまものでした。

 
 現場の実務ではMGによる共通意識と交通言語、そしてマイツール(PC)の活用が効果をもたらしましたが、その推進力になったのは脳力開発の指針でした。指針を意識し、行動を見直し、実践していったからこそ効果を生んでいくことができたのです。

 
 では、その指針を今一度一つずつおさらいしていくことにしましょう。その一は「自分で主体的にやる姿勢をつくろう」です。脳力開発は対比思考ですので、反対側から見れば「人頼りの姿勢をやめよう」となります。201302 (イラストは「人頼りの姿勢」のイメージ)

 
 では「人頼りの姿勢」とはなにか、いうまでもなく結果の原因を自分以外に求める姿勢のことです。他人はもちろんのこと、使っているものや、果ては天気にまで原因を求めます。そして、決して自分のせいではないと思い、主張し続けます。

 
 ではそれらが全部自分の思い通りに整っておれば、何もかにもうまくいくのでしょうか。ハッキリ言って、それは保証の限りではありませんが、当の本人はうまくいけば満足し、いかなければさらに不足不満を言いつのることでしょう。

 
 表面に現れる行動は、相手(自分以外)のせいにして、その相手をバカにするか八つ当たりする。うまくいかないから、思い通りにいかないからため息をついてグチを言う、不平を言う。ではそうしていたら、物事は解決方向に向かうのでしょうか。

母の三回忌法要を済ませました。

大阪は久々の雨だそうです。昨夕の時点ではパラパラ雨でしたが、今朝は本格的に降り続いています。おかげで暑さも一段落、半袖一枚では肌寒いかもです。

 

昨日は母の三回忌法要を、お墓のあるお寺さんで行いました。ホンの身内だけのささやかな法要で、お上人様に経を上げていただきましたが、「親孝行」がテーマのお経だったそうです。T_img_0394

 

母が亡くなったのが2年前の6月2日、仕事で大阪に滞在をしているところでした。当時は近くの特養施設にずっとお世話になっていたのですが、嚥下障害などを起こして数日前から、かかりつけの病院に入院しておりました。

 

病院は大阪の家から歩いてすぐのところで、たまたまの滞在中に毎日見舞いに行っていました。思うように身体を動かせないのを嘆いていましたが、それなりに元気そうでした。

 

ただ、主治医の先生からは重大な病状を知らされていて、つまり静脈瘤ができていて、もしそれが破裂したらその時はもうダメなので覚悟をしていて下さいと。それもいつになるかは分からないのだと。

 

おかげさまで滞在中のミッションも順調に片付けて、翌週の東京での仕事に向けていったん新潟に戻ろうとしているところでした。

 

友人との約束で、カラオケをやろうということになっていましたので、当日朝はモーニングセミナーに出席してから病院を見舞い、夕方出かける前にも再び見舞いに行きました。結果的に最後の言葉を交わしたのですが、「行ってきます」だったでしょうか。

 

友人との愉しい時間を過ごし、大阪の家に戻って寛いでいるところに、病院からの知らせが入りました。静かに眠っていたように見えていたのですが、気になって確かめたら亡くなっていたとのこと。

 

享年94歳、最期は静かに苦しまずに息を引き取ったようです。

 

あれから2年、時が流れていくのは早いものだなぁと実感しました。来年は父の33回忌になりますね。

加悦の里に46年ぶりに訪問しました

17日から出張遠征に出て一週間、セミナーやコンサルティングが一段落した昨日は「休暇」日と決め、兼ねていきたかったところに足を伸ばしてくることにしました。

 

加悦SL広場、1985年に廃止された加悦鉄道のニッケル鉱山駅跡に移転整備された施設で、加悦鉄道で使用されていた車両や、古典車両などを展示(一部動態保存)しております。

 
加悦鉄道は地元の名産「丹後ちりめん」の出荷を意図して敷かれ、その後ニッケル鉱山の産業鉄道が主体となりました。旅客営業は細々、1984年の国鉄宮津線貨物廃止で、稼ぎ頭の貨物営業ができなくなり全線廃止となったローカル鉄道です。

 

実は加悦を訪ねるのは46年ぶり、1971年に大学の鉄道研究会メンバーと丹波・丹後方面への撮影旅行に出かけた時です。しかしその時にはまだSLを追っていて、加悦鉄道を尻目に宮津線をさらに峰山まで進みました。

 

それでも視線に入った小さな気動車、片ボギーのキハ101が目に焼き付き、それから余り時間をおかずに再訪したのでした。

 

当時の宮津線は、ウィラーエクスプレスの傘下に入り京都丹後鉄道(丹鉄)となり、駅名も当時の丹後山田から野田川と改称され、合併による町名変更で現在は与謝野駅になっています。

 

新大阪からは289系特急「こうのとり」で福知山へ、ここでは京都から来た特急「はしだて」に乗り換え、同じホームで数分以内に接続しているので便利です。しかも特急券は通しで販売してくれます。

 
丹鉄の宮福線を快走して宮津着、さらにスイッチバックして宮豊線を一駅、天橋立駅に到着。丹鉄の気動車に乗り換えて与謝野駅に到着。下車したのは私ともう一人だけ。

 
程なくしてバスがやってきて乗車、バスは集落やスーパーなどをこまめに回りますが、料金はゾーン料金らしく、最寄りの「SL広場西」停留所まで30分余でたったの200円でした。

 
停留所からは展示車両も見え、たんぼ道を歩いて10分で到着。入場料は400円、平日の成果貸切状態での訪問となりました。久しぶりにキハ101とも再会。T__20170523_13_44_46

 
食堂では軽食が提供されていて、希望すれば展示車両(キハ08など)内で食べることもできるようです。

 
車両をじっくり堪能し、昼ごはんにカツカレーを食べて、広場を後にしました。帰る頃には、大きなカメラを抱えた「鉄子」さんとおぼしき女性が、訪問しておられました。

 
帰り道は福知山まではのんびり丹鉄の各駅停車で、と思ったら宮福線内はJRの115系2両編成(緑坊主)でした。途中で高校生がどかっと乗ってきて、騒がしいことこの上なし。スマホの音楽は静かに聴けよ!

 
福知山からは「こうのとり」で、ゆっくり大阪まで寝て帰りました。

脳力開発は人間学であり行動科学です(166)

長々と「変革のための指針・真のリーダーの心得」について解説してきましたが、これらは脳力開発の基本(土台)である、『11の指針』に基づいています。すでに何度か書いてきたことですが、改めて1つずつチェックして参りましょう。

 
 その前に、MG(マネジメントゲーム)と脳力開発との関連を、少し書かせていただきます。私が任された赤字の販社を再建することができたのは、社員全員でMGを学び、その考え方を経営のベースとして実践したことにあります。T_img_1303

 
 しかしMGだけでは為し得なかったと思います。道具としてのパソコン(マイツール)活用という戦術選択も、成功への後押しになりました。それ以上に脳力開発を全員が学ぶことで、人間的土台を作り上げることができたことが大きかったと考えています。

 
 企業再建の実現には、既存人材の「人財化」が不可欠だとしましたが、物理的な制約もあって教育の3つの柱、MG・脳力開発・マイツール(PCの活用)を同時にスタートさせることは困難でした。そこでまず結果の出やすいマイツールから始めました。

 
 日々の仕事をパソコンでやるように置き換えていくことですから易しく感じますが、それまで「手書きと電卓」だった社員には、まず意識改革が必要でした。しかも資金不足の中ですので、使えるPCの台数も僅か3台からのスタートでした。

 
 これも3年後までに「一人1台」にするという目標を立て、試行錯誤が始まりました。次はMG研修です。こちらも様々な制約から秋から、しかもゲスト数人を招いての社員ワンデー研修が最初でした。それでも何とかキックオフしたわけです。

MG研修はなぜ2日間がいいのか

昨日と今日の2日間、神戸でキャッシュフローMG(CFMG)を開催しています。CFMGは、通常のMG=MQ戦略ゲーム=に売掛と買掛の2要素を加えたものです。

 

さて、MGが西順一郎さんによって開発され、公開されたのは1976年ですが、それから40年以上経過した今も多くの経営者やビジネスマンのみならず、士業の方や学生の方も、時にはもっと年少の中学生や小学生もセミナーに参加しています。

 

えっ!?小中学生が?と訝しがる方もおられるかも知れませんが、実はゲームのルールはそれほど複雑なものではなく、要は「(材料を)買って作って売る」ゲームです。決算も四則演算(加減乗除)ができればいいので、小学校3、4年生でもできるのです。

 
そんな易しいゲームで経営や会計の要諦が学べるのですから、もっともっとたくさんの経営者や後継者の方に参加して学んでほしいと思い、参加をお誘いするのですが、ちょっとねと後ろに下がってしまう方がいらっしゃいます。

 
それはMG(西研のMG・CFMG)が2日間のセミナーだからです。開催日は土日もあれば、平日開催の場合もありますが、いずれの場合も「いやぁ、2日間はちょっとねぇ」と後ずさりしてしまう方が少なくありません。

 
実はワンデーのMGもあります。しかし、初めてMGを体験する方にはお勧めしていません。何も分からないうちに終わってしまい、あるいは消化不良のままになってしまうからです。

 
2日間のMGプログラムは、実に佳くできています。初日の午前中は第1期(初年度)の経営シミュレーション、全員が同じこと(会社の体制づくり、材料を買い、製品を作り売る)を行って、決算をします。しかも2種類の原価計算を行い、その差を確かめます。T__20170520_14_28_39

 
午後はゲームのルール説明の後、第2期のゲームと決算、続いて第3期のゲームと決算を行います。それが終わるともう夕方です。ここで、MQ会計の基本講義が入り、その知識に基づいて翌日第4期の経営計画を立てます。

 
時間が足りなければ、計画を翌日朝に繰り越すこともあります。そして、西研MGでは初日の夜に参加者の自由参加で情報交流会を行います。合宿研修の場合は全員参加です。ここで、各人の日々の経営体験やMGへの参加体験が語られます。

 
そして2日目、朝の講義(あるいは参加者の経営体験講話)があり、その後から第4期のゲームが始まります。途中で中間決算を行い、計画の進行を確認します。(右の写真は西順一郎さんの著書『人事屋が書いたCFの本』です)

 
午後は第5期のゲームと決算、そしてまとめの講義で締めくくられますが、時間の余裕があれば第5期の前にビジネスパワー分析をやって、自分の強みと弱みを知ります。それを第5期経営に活かすわけです。

 
このように2日間の一連の流れは隙のないプログラムです。一部省略できる部分もありますが、基本は以上のようになっています。決算をパソコンなどで一気にやってしまうことも可能ですが、少なくとも私の主催MG・CFMGではやりません。

 
そうすれば1日で2日分のプログラムを完了することはできます。しかし、それではなぜ利益(損失)が出たのかはおそらく分からないままでしょう。経営数字を理解するという、所期の目的も達成しえないでしょう。

 
そんなわけで、2日間という時間がどうしても必要なのです。本気で会社を佳くしたい方、経営の数字を学びたい方は、「たった」2日間の時間を惜しむものではありませんよ。

 
その2日間、あなたが会社に居て何ができますか? その2日間を学びに使い、得た知識や情報を経営に活かすことができれば、何倍ものリターンがあるのですから。

脳力開発シニア講座を開講しました

昨日、神戸市であたらに企画した脳力開発シニア講座の第1回を開講しました。この講座は隔月開催の3回シリーズで、東京では来月からの開講です。

 

第1回目のテーマは、「自分で主体的に動く姿勢をつくろう」ですが、この3回シリーズでは脳力開発の11指針の中から、精神的姿勢の確立3項目(重要3指針)に絞って開講いたします。

 

午前中はテーマ講義で、昨日は脳力開発についてと、提唱者である城野宏さんについてのお話もさせていただきました。一方的な講義ではなく、できるだけ受講者の皆さんとやりとりをしながら、時にはテキストの読み合わせも行っていきます。

 
昼食をはさんで午後は、FMC(フィンランドメソッドカルタ)を使った自己紹介。このFMCを活用すると、スピーチが苦手だという方も、けっこう伝えたいことを話せるのです。

 
その後はケーススタディのバスセッション、バズとは小鳥のさえずりといった意味で、要するにワイワイガヤガヤの自由ディスカッションです。ブレーンストーミングの少人数版といったところで、今回もかなり盛り上がりました。T__20170519_15_57_54

 
私はごくたまにアドバイスをする程度で、少々方向が違ってこようが、余り口出しはしません。時には実例とは全く違った内容に向かうこともありますが、それもまた良しです。方法(戦術)は一つとは限りませんから。

 
しっかりと現状の事実をつかみ、なぜそうなっているかの要因を表面だけでなく、一歩先までつかんでいただくと、的確な戦術が生み出せるのです。そして今日のテーマである、人任せにしない、自ら動くことをセッションの場で実践していただくのです。

 
最後は私の脳力開発講座オリジナルの、歴史と人間学講座でまとめです。その後、参加いただいた皆さんから今日の感想をスピーチいただき、無事終了しました。

 
今回のシリーズ講座は、11指針の中から最も土台となる3つに絞って、その習慣化を実際に目指していただくのが目的です。つまり行動が基本、学んだことはすぐに使うという実践トレーニングです。

 
また3回シリーズですが、毎回が一つのテーマで完結するようなプログラムですので、2回目、3回目のスポット受講も可能です。東京での開講講座は、まだ全受講のエントリーを受け付けています。

 
自分を変えたい、行動習慣を変えたいと試行錯誤されている方、夢を実現しようとがんばっておられる方も、ぜひこの講座で学び実践していきませんか。

脳力開発は人間学であり行動科学です(165)

長々と「変革のための指針・真のリーダーの心得」について解説してきましたが、これらは脳力開発の基本(土台)である、『11の指針』に基づいています。すでに何度か書いてきたことですが、改めて1つずつチェックして参りましょう。

 
 その前に、MG(マネジメントゲーム)と脳力開発との関連を、少し書かせていただきます。私が任された赤字の販社を再建することができたのは、社員全員でMGを学び、その考え方を経営のベースとして実践したことにあります。T_img_1303

 
 しかしMGだけでは為し得なかったと思います。道具としてのパソコン(マイツール)活用という戦術選択も、成功への後押しになりました。それ以上に脳力開発を全員が学ぶことで、人間的土台を作り上げることができたことが大きかったと考えています。

 
 企業再建の実現には、既存人材の「人財化」が不可欠だとしましたが、物理的な制約もあって教育の3つの柱、MG・脳力開発・マイツール(PCの活用)を同時にスタートさせることは困難でした。そこでまず結果の出やすいマイツールから始めました。

 
 日々の仕事をパソコンでやるように置き換えていくことですから易しく感じますが、それまで「手書きと電卓」だった社員には、まず意識改革が必要でした。しかも資金不足の中ですので、使えるPCの台数も僅か3台からのスタートでした。

 
 これも3年後までに「一人1台」にするという目標を立て、試行錯誤が始まりました。次はMG研修です。こちらも様々な制約から秋から、しかもゲスト数人を招いての社員ワンデー研修が最初でした。それでも何とかキックオフしたわけです。

眞子さまお祝い事に水をさすようですが

明るいと暗い、正反対の言葉ですが、どうも昨今のニュースは明るいものが少なく、暗いニュースが次々に報道されるような印象です。

 

本当は、どちらもほぼ同じ数だけあると思うのですが、心理的に暗い方が目立ってしまうのか、暗いニュースが多いなと感じてしまうのでしょうか。

 

そんな中で「秋篠宮家の(長女)眞子様ご婚約へ」というニュースは、明るいニュースとして受け入れられて、国内のみならず海外からも祝福のメッセージが届けられ、心から『おめでとう』という気持ちになりますね。

 

お相手は大学(ICU)時代の同級生だとか、記者会見の様子を見ても礼儀正しく真面目そうな印象を受けます。もっとも、マスコミ攻勢から守られる眞子様に比して、そうでない彼の場合には遠慮のない質問などに、ややタジタジという感もあります。Photo

 

おそらくこれからも遠慮のないマスコミに追いかけられるのでしょうが、ちょっと可哀想な感じもしますし、仕事場始め周囲に迷惑をかけないことを願いたいものです。(写真はTVニュース映像より)

 

ところで、物事には必ず表と裏があるように、明るい部分があればその反対に陰の部分もあるというのが、脳力開発の基本的な視点です。

 

もちろん、このニュースは心からお祝いしたい明るい面をずっと見ていたいのですが、さりとて次のような部分も無視してはいけないように思うわけです。

 
暗い面ということではありませんが、いわゆる裏の陰の部分です。それは皇室典範の第12条についてですが、そこには「皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」とあります。

 
すなわち、いずれご結婚されると眞子様は、内親王という身分を離れて一般人となられることになります。そうなると、皇族が担われている「公務」から離れることになります。民間人の仕事としてできる部分をやられるにしても、できる「公務」はなくなります。

 
現在、皇族と呼ばれる方が何人いらっしゃるでしょうか。天皇皇后両陛下を含めても19名です。ご高齢の方も多くいらっしゃいますし、眞子様と同じ女性皇族も少なくありません。

 
多くの公務を皇族の皆様が分担しておられるわけですが、人数が少なくなればお一人の負担が増えるか、もしくは公務自体を減らすことになってきます。

 
愛子様ご誕生の前後から、あるいはこの度の天皇陛下ご退位をめぐる議論から、皇室典範の規定を含めた我が国の皇族のあり方が注目されています。しかし、ほとんど何一つ決まったことがありません。

 
大正天皇以降は一夫一妻の原則が守られ、今後とも当然ながらその姿勢が崩れることはないと思いますが、そうなると皇位継承も含めて皇族の皆様の存在や仕事(公務)のあり方について、より真剣に考える必要があるでしょう。

 
いやもう、考える段階は過ぎていて、「手を打つ」段階に来ています。今回のご退位についてはもうすぐ臨時立法がなされるようですが、根本的な規定の改正など、拙速はいけませんが、急ぐ必要を感じています。

 
皆さんはどう感じられますか?

桓武天皇は怨霊はびこる平城京を捨てる

今上陛下が日韓共同開催のサッカーW杯を前に、桓武天皇のご生母のことに触れ、韓国とのゆかりを感じると発言されました。これは六国史の一つである「続日本紀」に、ご生母が百済の武寧王の子孫であると記述されていることによるものです。

 

前回も書きましたが、そのことからみると皇位を継ぐことはほとんど考えられなかった山部王でしたが、聖武天皇のみならず、天武天皇の血を引く王がいなくなってしまったことで、光仁天皇の皇太子に立てられました。

 

そのつながりを、関裕二氏などは中臣鎌足に求め、実は鎌足は百済の王族として倭の国に人質として送られた余豊璋であったとし、不比等によって再興された藤原家が、縁につながる山部王を推戴したと見ています。

 

その真偽を論じることは私にはできませんが、藤原百川(式家)が積極的に擁立を策したことは事実です。

 

また、奈良時代が天武天皇系での皇位継承だったのに対して、光仁天皇そして桓武天皇に至って天智天皇系に戻ったというのは、いささか短絡かなと思います。それを言うなら、持統天皇は天智の娘であり、元明天皇も同じ、元正天皇は孫に当たります。

 

私は持統天皇の時代にすでに天智系の皇統に戻っていて、持統はその血脈をずっと伝えていくことを望み、称徳天皇でそれが途切れたことで、より純粋な天智皇統に戻されたというところではないかと、推察しています。

 

さて、山部王は光仁天皇の譲位を受けて781年に44歳で即位されます。皇太子には同母弟である、早良親王を立てます。親王はこの時出家され(親王禅師)ていて、ご本人は望まないまま還俗されたようです。Photo

 

これは桓武天皇の子である安殿(あて)親王=後の平城天皇=が、まだ幼少であったことによるものでした。すでにこれまでにも幼少の親王を皇太子とする例は、軽皇子=文武天皇や首皇子=聖武天皇でありましたが、慎重を期されたのでしょうか。おそらく、桓武擁立への風当たりもあったのだと思われます。

 

なお、安殿親王のご生母は藤原乙牟漏(おとむろ)で、彼女は藤原百川の兄・良継の娘です。百川の娘(旅子)も山部王時代の桓武に嫁いでいます。

 

平安京遷都に先立つ10年前の784年に、桓武天皇は長岡への遷都を決意されます。平城京からの遷都は、古来仏教勢力(南都大寺)を嫌ったためだとか言われますが、一番の要因は、血塗られた奈良時代の歴史によるものかと思われます。

 

天皇の皇位継承に当たっても、光仁天皇の井上皇后やその息である他戸親王を犠牲にしています。不破内親王=井上内親王の同母妹=事件もありました(淡路に配流された後生死不明)。
★写真は不破内親王ゆかりと言われる千葉県の松虫寺

 

その他諸々の怨霊がはびこっている平城京、一刻も早くそこから遠ざかりたかったというのが真相ではないでしょうか。それを裏付ける史料はありませんが、古代人の深層心理には常に怨霊があることを忘れてはならいないでしょう。

脳力開発は人間学であり行動科学です(164)

周囲の状況が厳しい時、つまり困難な時期であったり混乱の渦中にあたる時ほど、根本の信用を確立する時であるとも言えます。周囲と同じようにもがいて流されていてはいけません。正にこういう時こそチャンスなのですから。

 
 何しろ周囲は色々と焦って無理をしていたり、あるいはぼろを出しかねない状況なのです。ですからこういう時こそ、堅実に丁寧に、お客様(の利益)中心の活動を地道に進めていくのです。その動きは必ず評価され、信用を増していくことでしょう。201308

 
 でも、くれぐれも慌ててバタバタしてはいけません。目前の利益に飛びついたり、ライバルをおとしめてみたり、言うなれば商道にもとるようなことをしてはいけません。リーダーの真価が問われると言っても過言ではないでしょう。

 
 やるべきことはあくまで基盤づくりです。協力者を作り広げる、お客様の欲するところや困っていることをいち早くつかんで、喜ばれることを目指す。こういう確実な前進と蓄積が、やがて状況が好転してくる時に生きてくるのです。

 
 また、外的状況が谷にさしかかった時は、リーダーを中心とする組織集団をより強くしていくチャンスでもあります。以前に2/6/2の原則(法則)についてお話ししましたが、中間の多数勢力を上位勢力に近づけていくチャンスでもあるのです。


 いずれにしても一貫した戦略、すなわち土台づくり・基盤づくりをしていくのだという強い意識を持って臨むことです。リーダーが揺らいではいけません、焦らず押しつけず、多少うまくいかないことがあっても、次はうまくいくという信念を捨てずに。

経営計画書を作成したいのですが(その2)

(前回・その1の続きです)

さて、経営理念案の提示が終り、社長の意思決定待ちの状況になりましたが、それを待たずに経営計画の策定にとりかかることにしました。この時点で遅れが出ていましたので、少し急ぐ必要もありました。

 

ところが完璧を求めておられた社長から、経営計画書の中に経営理念はもちろんですが、それに加えて社是のようなもの(スローガン的なもの)、行動指針(クレド)も盛り込んでほしいという要望が出たのです。

 

こうなると月1回の訪問面談では足りないと判断しましたが、メールやFAXなどでフォローすることにしました。これが第2の失敗です。重要なことは、顔をつきあわせ意見のすり合わせを行いながらやらなければという、鉄則に反することでした。

 

時間的な制約の中で、新米コンサルタントとしては焦りがあったのでしょう。いささか内容に不足を感じながらも、納期優先で仕上げていったのです。Photo_2

 

結果論になりますが、私自身ももっと主体性をもって動くべきでした。ある面では、社長をリードしていくことも必要でしたし、社長だけでなく現場のリーダーであったご子息たちや、工場長などのベテランも交えたミーティングが不可欠でした。

 

何とか経営理念を中心に戦略の骨子はできあがりましたが、それを現場に落とし込む時間もないままに、現場から出てくる数字計画との微妙なずれを感じながら、経営計画書ができあがりました。

 

社長は「いいものができた」と評価されましたが、案の定、現場のリーダーたちは納得できないという表情をしていました。そう、第3の失敗は現場への落とし込みが決定的に足りなかったことです。

 

その結果として、現場がどう動くのかという「戦術」部分の組立てが、いかにも中途半端になってしまいました。経営理念などの根幹すなわち戦略の部分がまずまずでも、実際に動く現場の戦術がしっかりしていないと、戦略の実現はほど遠くなるのです。

 

分かっていたことではありましたが、実際にはできなかったことが多々ありました。足し算で積み上げられるものはいいのですが、掛け算の場合には、ゼロをかければ答は必ずゼロ、マイナスをかければ答はマイナスにしかなりません。

 

あなたの会社はどうですか。仕事柄色んな会社の経営計画発表会にも顔を出しますが、どんなに素晴らしい計画書でも、何かどこかが欠けてしまっていると、単なる夢物語あるいは砂上の楼閣になりうることを、肝に銘じたいものです。

経営計画書を作成したいのですが(その1)

現在のような仕事の最初は、自社の社員研修(MG)のインストラクターでした。もう30年近く前のことになりますが、今でも鮮明に記憶しています、汗だくになったことを(汗)。

 

それからしばらくして販売会社に出向し、親会社も含めてグループ内での研修を中心に講師をやっていましたが、販社の研修を半公開にして外部の方も参加していただくようになりました。

 

そんな内に、参加者の中から自社の数字を見ていただけないかという声をかけていただくようになり、コンサルティングの真似事が始まりました。面談をする中で、社員さんの研修を含めて色々なテーマを提示していただき、それに応える形でスタートしたのが現在の仕事です。

 

財務・経理面のサポートから始まって、業務面でのアドバイスも必要になりましたし、元々マーケティングが専門でしたから、営業や企画でのお手伝いもして参りました。やがて、さらに大きなテーマである「企業戦略」、つまり経営理念づくりまで広がったわけです。

 

今日は一つ、うまくいかなかった事例のお話しです。正直言って、うまくいかない要素が最初からあった会社でしたが、それに気付かないまま1年余りサポートしていたのですが、意図した目標に達しませんでした。Photo

 

その原因あるいは責任は当然ながらコンサルタントである私にありますが、多くの企業が陥りやすい要因がありますので、あえてご紹介します。長文ですので2回に分けて。

 

その会社は歴史も比較的古く、当時の社長が2代目でした。非常に勉強熱心な方で、自ら経営書や事例書を買われて知識も豊富でした。私はその会社の事業内容については専門ではなく、むしろ教えていただえながらのサポートでした。

 

当初ご相談のテーマは、ホームページの有効活用とリニューアルでしたが、面談をしている中で経営理念の見直しが浮上し、さらに事業承継をにらんだ経営計画が必要であることが分かってきました。一度に全てはいきませんので、優先順位として経営理念を中心としてやることにしました。

 
ここで一つ目の失敗です。つまりテーマを深掘りしていくことは良かったのですが、次から次へと枝葉が伸びていき、私自身は経営理念に絞っていたつもりだったのですが、社長との意思疎通が十分でなく、社長は一気に全てを仕上げる心づもりでした。

 
実は、経営理念づくりは最も時間と労力をかけなければならない作業です。何しろ経営や戦略の根幹ですから、経営者の思い、あるいは創業者(先代)の思いなどをキチンと確認して、さらに時代背景や今後の会社の将来像など、詰めておくべきことが多いわけです。

 
そこでチェックリスト化して、1回の訪問ごとに慎重に進めていくのですが、結局時間をかけすぎる結果になって、その間当初のテーマであったホームページの更新は余り進まず仕舞いでした。

 
結果として、新しい経営理念を提示する段階までは達したのですが、今度はそれを元に経営計画を組み立てて行く段階で、また齟齬をきたすことになりました。(つづく)

ネットサポート会員募集・お試しあり

本日のコラムは、ヴァンガード経営研究所からのPRです。

 

この度、コンサルティング&サポート事業の中に、新たなサポート会員制を設けることにいたしました。顧問契約といった堅苦しいものではなく、一応年間契約を結んでいただきますが、メールやネット、SNSあるいはクラウドを活用して気軽にご相談対応や、資料提供を行うものです。

 
年会費は3万円で、次のようなサービスを提供(一部計画)いたします。

 
 1.双方向メールによる経営コンサルティング

   (個別相談、指導・アドバイス、資料提供)
 2.月間サポートレポート送付(月1回)
 3.経営参考資料提供(PDF資料)送付(月2~3回)
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 5.現地訪問サポート/有料・交通費等実費
 6.社員研修企画実施/有料・交通費等実費

 
通常の年間顧問契約と異なるところは、5.と6.の部分だけで、御社にとってもメリットのあるサポート・プログラムかと思います。00_2017

 
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資料ご請求、お試しサービスご希望の方は下記までメールでお知らせ下さい。

脳力開発は人間学であり行動科学です(163)

環境条件が全体的に悪い時には、逆に自分(や自社)にとって有利になる点が意外に多いものです。ただ、悪状況だけに気をとられていると、違うポイントになかなか気付くことができません。リーダーはアンテナを伸ばし、脳力を使って見つけるのです。

 
 こういう混乱期というか、悪条件が渦巻いている中の過ごし方、あるいは乗り切り方で強者と弱者の差がつくといっても過言ではありません。真のリーダーには、こういう混乱期こそ、正に向上していくチャンスに他ならないのです。Photo_2

 
 逆に周り全体が調子の良い時には、特に動かなくても波に乗れてしまうこともあるもので、その勢いに乗ってうまく行ってしまうことがあります。しかし、なぜそうなっているかも分からず、反省もないので波が収まると勢いが一気に下がります。(写真は山あり谷ありのイメージです)

 
 真のリーダーは、こういう順調な時期にもしっかり脳力を発揮して、将来のためにマイナスになる要素や体質の崩れ、根本的なゆがみなどに心を配り、キチッと手を打ちます。それ故に、勢いがなくなっても一気に崩れてしまうことがありません。

 
 ですから、環境条件には山あり谷ありが必要なことなのであり、リーダーは谷にさしかかる前に、一層の体質強化やムダの排除などの内部充実を図り終え、いざ谷底に至る前に焦ることなく、乗りきるための仕事を地道にこなしていくのです。

 
 その準備もなく、谷底に完全に至ってから慌てたのでは、とうてい間に合いません。それどころが体力不足で、むしろ危険状況を招きかねなくなってしまいます。なんとかしようと焦れば焦るほど、余計に悪い状況に足を踏み入れてしまうのです。

憲法改正・アベの拙速に思う

大型連休明けの今週も後半戦、もはや休みぼけはないと思いますが、仕事のトップギアはちゃんと入っていますでしょうか。

 

その連休のさなかに、アベの憲法改正に対する思いがビデオメッセージで発表され、波紋を広げています。個人的な私感かと思ったら、どうも自民党総裁としての立場で述べたものらしく、しかして一国の総理としての発言ではないなどと、訳の分からぬ言い訳もしています。Photo

 

以前にもいいましたが、私自身の立場というか指向を明らかにしておきますと、改憲には慎重ですが反対はしません。しかし、「平和憲法」の原則は曲げてほしくないし、もう一つ、今の憲法がアメリカ(GHQ)から押しつけられたものという考えには与しません。

 

その立場で考えてみて、今回のアベ発言はやはり首をかしげてしまうものです。政権党の総裁としての発言だとして、確か憲法草案なる党の案が出されていたはずですが、それとの整合性はどうなのでしょう。

 

言いたい論点は3つです。

 

第一に、2020年までに改憲を実現したいと述べたこと。2020年というリミットにどんな意味があるのでしょうか。ご自身の総裁任期の間にというのは分かりますが、そんな「私的」なことで区切ってほしくはないですね。

 

東京オリンピックの前になどという意味合いがあるなら、これはもう笑止千万です。改憲と五輪との間に何のつながりも見いだせませんから。(共謀罪法案についても同様の理由で改正を急ぐ理由が分かりません)

 

第二に、憲法9条です。現行の1項と2項をそのまま残して、自衛隊(国防軍?)合憲化を図る意味で第3項を付け加える(加憲?)のだそうです。しかし、これは全く違う木を接ぎ木する(木に竹を接ぐという類です)かの如くで、何ともいい加減です。

 

「技術」的にも不可能だという声もありますが、私も同感です。1項と2項をそのまま残した場合、付け加わる3項は余りに唐突という感が否めないものになると感じます。護憲派、とくに9条を守りたい人たちに媚びているのでしょうか。

 
第三に、高等教育の無償化を憲法の中に明記するというもの。これまた、何だかいきなり出てきた感じですが、どう見ても維新の会かどこかに媚びたものとしか思えません。敢えて憲法に書く必要があるのかなと、これまた首をかしげます。

 
法律の改正あるいは新たな法律を作るだけでも、十分できることでしょう。その上、アベはと自民党は野党時代に、当時の民主党が作成した同様の法案に真っ向から反対した経緯がありますね。変身したのですか?

 
以上の3つの他にも「?」はいろいろありますが、とにもかくにもアベの「総裁メッセージ」には賛同できません。拙速を絵に描いた感じもあり、焦りがあるのでしょうか。もしかしたら、また体調を狂わせて正常な思考ができない?

 
それとも、「昭恵さん問題」から国民の目をそらせようとする高等戦術ですか?

桓武天皇即位の裏側に何があったか

学校時代の歴史勉強で、おそらく多くの方が年号を覚えることに四苦八苦されたことでしょう。平城京遷都は、「ナント(南都)完成平城京」で710年、そして平安京は「ナクヨ(鳴くよ)ウグイス平安京」で794年と覚えましたね。

 

平安遷都を実行されたのは第50代の桓武天皇、しかし平安遷都は順調に行われたのではありませんし、奈良時代の最後まで「血塗られた時代」でもありました。

 

第一に、桓武天皇即位も決して順調、平穏に行われたわけではありませんでした。前回までに書きましたように、光仁天皇の皇后であり聖武天皇の第一皇女(称徳天皇の異母姉)であった井上内親王、その子で一時皇太子であった他戸親王の怪死事件がありました。

 
他戸親王が廃太子されたことで、山部親王が繰り上がったことになるのですが、ご生母の高野新笠は百済系渡来人の出身(和氏)ということで、出自からいうと皇太子になれる可能性は元来ほぼゼロであったと言われています。(後にご生母のルーツは百済の王族出身とされます)

 
山部親王自身も官僚としての立身を目指しておられたようでありますが、その朝廷の中で実力者であった、藤原百川の目に止まったということなのでしょう。百川は藤原式家、宇合の子ですから藤原不比等の孫となります。Photo_2

 
前述の井上皇后・他戸皇太子の事件にも、裏側にはこの百川が暗躍していたというのが定説になっています。光仁天皇の絶大な信頼の元で台頭していくわけですが、もし光仁の後を他戸親王が継いだ場合はどうなるのかを見通していたのでしょう。

 
そして思惑通りに山部親王が立太子されますが、百川自身は親王の即位を見ることなく亡くなります。その娘二人が親王に嫁ぎ、桓武の後の平城天皇がお生まれになります。

 
70歳を超えられた光仁天皇は、781年に譲位され桓武天皇が即位されますが、実は皇太子であった間に大病をされています。同じ頃天皇もご病気であったり、天変地異が相次いだので、人々は「井上皇后の怨霊」のせいではないかと怖れたそうです。

 
こうして紆余曲折がありましたが、桓武天皇は奈良時代最後の天皇として即位されることになりました。

脳力開発は人間学であり行動科学です(162)

変革のための指針、最後の第10条は「嘆きの人生か、楽しみの人生か、自分の意志でどちらにもできる」。サブリードは、「何が真の損得なのか? かけがいのない人生にとって・・・」です。ここは自ら考え選択せよというのです。

 
 そう、ここは(人生の)戦略決定なのです。そんなこと、言われなくても「楽しみの人生」を選びますよ、とおっしゃるかも知れません。でも軽く考えてはいけません、真剣に方向を定めなければ、なまじの心では行動が伴わないのです。

 
 つもり、ではいけないのです。楽しみの人生を目指すつもりのレベルでは、すぐに底が割れてしまいます。気が付いたら、逆のことをやっていて現実に嘆いてばかりいる、というのではたまりません。戦略を選ぶとは命を賭けることなのです。Photo

 
 そしてリーダーは明るく愉しくなければいけません。リーダーが眉をひそめ、苦虫をかみつぶしたような顔をしていたのでは、その下でついていく人たちの士気は上がりません。たとえ厳しい現実にぶつかっても、空元気ででも笑っていなければなりません。

 
 ピンチの時にこそ最大のチャンスがある、ということを心に刻み込んで下さい。よくピンチはチャンスと言いますが、簡単にそうなるのではありません。ピンチが勝手にチャンスに変わってくれるわけでもありません。

 
 とくに周り全体が悪い時には、逆に大きなチャンスと捉えるべきなのです。自分にとって有利になる点(条件)が意外に多いのですが、意識を持っていないと気が付きません。意識とは脳を使うこと、脳力の活用で大きな差がつくのです。

脳力開発シニア講座に込める思い

今年の大型連休・GWが終わって、世の中は平常通りの業務に戻った。まさか「休み疲れ」などはないと思うが、なかなかスイッチが入らないという方もいるのではないか。

 

長い休みをメリハリつけて過ごした方は、おそらく仕事モードへの切り替えも順調であると思う。体力的な疲れはあるかも知れないが、気力はみなぎっているはずだ。

 

一方、何となくダラダラと流されるままに過ごしてしまった方は、スイッチがなかなか入らずに相変わらず流されているかも。身体はさほど疲れていないが、心理的に疲労感を感じてしまっているので、立ち直りも遅い。

 

実はこういうことも、脳力開発の中で自分チェックをし、どのように切り開いていけばいいのかを学ぶことができる。一見、つながりのないようなキーワードが、実際には見事にあなたをシャキッとさせるだろう。

 

体験者としても私が言うのだから間違いない、もっともあくまで私自身の体験・体感だから、人によってその差が出ることはやむを得まい。

 

とにかく、若い頃の私は何事にも自信家ではあったが、一つの物事に集中したりメリハリをつけてやるということが苦手であった。並行して色んなことをやってしまい、優先順位もつけられず、中途半端なままに終わることも少なくなかった。

 

それもこれも、高校時代に勉学とスポーツをそれなりに両立させ、まずまずの成績や戦績を残したせいであろう。とくに誰よりも遅くまで現役選手を続け、それが終わってから受験勉強を始め、たった一度の受験機会に勝ってしまったのだから。

 

それが妙な自信になっていて、「オレはやれるんだ」などという傲慢な青年だった。要領もよかったらしい、100点は取れないが80点や90点は常にとることができたのだから。逆に言うとそれがいけなかった。0

 

そんな私をギャフンと言わせてくれたのが、(故)城野宏であり脳力開発の学びだった。ただ、城野さんと出会った頃の私はまだ傲慢さのただ中にあり、師のすごさを感じられなかった。いや、僅かに感じていたが、素直には受け入れられなかったのだろう。

 

数年経ってMG(MQ戦略ゲーム)と出会い、もう一人の師・西先生に会うことで、再度脳力開発の学びに至ることができた。ただ、その時もう城野さんはこの世の人ではなかった。

 

幸い、城野さんに直接教えを受けた多くの方との縁ができた。書かれたほとんど全ての書や論文とも出会えた。講演やセミナーの講義テープも、かなり多くを聞くことができた。

 

しかももっと素晴らしいことに、特に経営という場で学んだことを実践する機会を得ることができた。その中で、MGと脳力開発という両輪を活用できたことは、何にも勝ることであった。

 

その学びと体験を伝えていくこと、それは私の使命だと感じている。天命だといっていいだろう。これまでも、MGや脳力開発のセミナーを通じてそれらを伝えてきた。そして新たなセミナーをプログラムした。(写真は脳力開発のテキスト=脳力開発センター刊)

 

それが今月下旬から神戸と東京で開催する、脳力開発シニア講座である。全身全霊を込めたプログラムである。レジメもできあがった。セミナー開催までに、もう一度師の講演テープを聴いてみよう。

 

師が何を伝えたかったのか、それを再確認するために。

GW明けたら来なくなっちゃった

今年の大型連休も今日が最終日です。長い方は9連休を過ごされたようですし、細切れの連休だった方もいらっしゃるでしょう。自由業(不自由業?)の私も、できるだけ暦通りに合わせてメリハリをつけて過ごしました。

 

そんな休日も終わって、明日からはしばらくは長い休みもない日常が続きます。さっと仕事モードにスイッチを切り替えて、リズム佳くスタートできますように。

 

心配なのは、この春入社した新人社員諸君です。経営者の方も、部門の幹部の方も、そして人事労務担当の方も、程度の差こそあれ戦々恐々とされていませんでしょうか。

 

新入社した新人君たち、中にはまだ研修期間中という会社もあるかも知れませんが、多くは導入研修も終わって配属先も決まって、それぞれの部署でのOJT期間に入っているのではないでしょうか。

 

それぞれの部署の空気に触れて、先輩社員たちから仕事を指導してもらいながら、社会人生活のリズムを感じ始めていたはずです。気持ちが張り詰めていた新人君が、ほとんどだったと思います。

 

それがこの大型連休で、良い意味でのリラックスタイムになっていれば幸いなのですが。

 

中には、ピンと張ったゴムが一気に緩んで、元に戻らないという事態になった新人君もいないとは限りません。膨らんでいた風船がしぼんでしまい、自力で膨らませることができないとうろたえているナンテことには、、、

 

あるいはまた、自分の望んでいた配属先ではなかったとか、仕事がどうも合わないのではないかとか、あげくには「この会社に入ったのは間違いだった」などと休み中に考え出したりして。372751600x451

 
GW明けの明日、もし出社してこない新人君がいたらどうしたら佳いでしょう。一人住まいなどであれば、もしかしたら病気で寝込んでいるかも知れません。昨今は携帯電話で連絡が取れるのに、その連絡もない。

 
冗談ではなく、連絡も寄越さず辞めてしまう新人君が少なくないそうです。時にはメールで「辞めます」とだけという事例も。新人君には限りません、勤続年数の浅い社員さんでもそういうことがあるそうですから。

 
会社に出てきたからといって、新人君の場合は手放しで安心はできません。心の中にぽっかり穴が開いているかも知れません。あるいは、休み前のモヤモヤがさらに大きくなって、引きずったままかも知れません。ストレスが沈殿していたら大変です。

 
休み前と休み明けの変化を、見つけることがポイントです。もし見つけたら、短い時間で良いから面談して話を聞いてあげることです。話すことで、かなり緩和されますから、ここは大いに聞き上手で接することが肝心です。

 
もし休み明けの明日、普段と変わらぬ元気な声で「おはようございます!」だったら、心配はいりません。笑顔が休み前と変わらなかったら大丈夫です。

 
五月病にかからぬよう、新人君のやりがい・働きがいにつながる仕事を、じっくり見守りながら与えていきましょう。

ネット詐欺・ウィルス詐欺にはくれぐれもご用心

大型連休も、最後半の3日間になりました。昨夜とか今日の午後からは、帰り道の大渋滞が予想されていますが、くれぐれもイライラ運転などされませんように。いくらイライラしても、渋滞は解消されませんから。

 

そんなわけで、とにかく渋滞嫌いの私はといえば家でのんびり休暇を楽しみつつ、時おり近場の花の名所を眺めに行ったり、買い物に出かけたり、「積ん読」状態の本を読み進めたりして時間を有効に使っております。

 

ところで、休日ともなるとどこか行きたいところの情報や、美味しいレストラン情報などを手に入れようと、パソコンやタブレット、スマホでのネット検索が普段より増えるようです。それに伴って、ネット詐欺・ウィルス詐欺なるものが横行しているようです。

 

よほど使いこなしている「デジタル人間」ならともかく、たまにしか使わない、普段はせいぜPhoto いメールやSNSしか使わない人たちが、どうも引っかかってしまうようです。

 

普段からPCを仕事やプライベートでパソコンとスマホを使っている私でも、もしかして突然画面に写真のようなメッセージが出たら、瞬間は焦ってうろたえるかも知れません。実際にいきなりそういうメッセージが現れて、思わず指示されたクリックをやりそうになったこともあります。

 

ついうっかりと、より面白い情報が得られるのかと、検索した画面に現れた「誘い」のボタンを押してしまうこともあるのではないでしょうか。

 

写真のようなメッセージで、電話をかけろと指示された場合、あるいは指示通りにたどっていくと費用金額を提示され、次にクレジットカードなどを尋ねられたら要注意。「これは怪しい」と、まず思って下さい。

 

専門家のアドバイスによると、電話番号が表示されたらまずその番号を検索すると佳いそうです。すでに誰かが引っかかったとか、具体的に詐欺だという情報が出てくることが多いのです。

 

あるいはもう思い切って、パソコンなどの電源を落としてしまうことです。パソコンにはバッテリーがついてますから、電源コードを抜いただけではダメで、スイッチを長押しして切ってしまうことです。

 

電源をいきなり落としても、以前に蓄積したデータなどが消えてしまう心配はありませんから。電源を切ったあとに、再起動(再立ち上げ)すれば、別に支障なく使え、ウィルスなどに感染していないことも分かります。

 

ウィルス駆除などで料金を請求されても、意外と少額(1万円~数万円)なのでつい払ってしまってけりを付けようとしてはいけません。かえってクレジット情報・個人情報を取られてしまい、後日に憂いを残す羽目に陥ります。

 

もしそうなったら、クレジットを解約するとかパソコンを買い換えるとか、より一層面倒な事態になってしまいますから。

 

くれぐれもご用心下さい。

脳力開発は人間学であり行動科学です(161)

「上が変われば下も変わる」と言います。リーダー自身が常に自己を変革する意識を持って、自己啓発や自己訓練に励むことが大切です。そのような努力や姿勢がなければ、とても下はついてきませんし、本当のリーダーとは言えません。

 
 リーダーが率先して行動しなければ、部下を鍛えようとしても、また広く人材を求めようとしても実現はしないでしょう。MG研修でも「上からやる、下からもやる、一気にやる」という、成功の法則があります。まず上からなのです。

 
 経営者自身がリーダーではなく、現場のリーダーに変革を委ねるのであれば、経営者はPhoto どこまでもリーダーを支持し後押ししなければなりません。時にはブレーキを踏む場面もあるでしょうが、決してリーダーの推進姿勢を妨げてはいけません。

 
 経営者がイコール組織の変革リーダーではない場合、リーダーは変革の成功を求めて必死になると同時に、経営者にも認めてもらいたい意識が働きます。人間としては当然のことですが、さらに目的意識に燃えるように励まし、時には叱咤して下さい。

 
 そしてくれぐれも、途中ではしごを外したりすることにないように気を付けてほしいものです。例が多いわけではありませんが、いくつかそういう事態を目の当たりにして心を痛めたこともあります。余りにリーダーが可哀想です。(写真はイメージ)

 
 もちろん、任せられたリーダーは常に自己変革を心掛け、自分から変化していくことを忘れず、本気で変革に取り組んでいくことです。それがリーダーとしての役割であり、自らをさらに高めていく道であることは言うまでもありません。

連休が明けたら一歩を踏み出しませんか

世の中は大型連休・GWの後半戦ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 

せっかく遠出をしようと思ってくるまで出かけたら、いきなり渋滞に巻き込まれてしまったなんてことはありませんか。渋滞をようやく抜けて目的地についても、そこでまた駐車場探し、余りの混雑で食事もままならない。

 

しからば列車で出かけようと駅に行っても、家族連れやグループ旅行で駅の中も人で溢れ、列車も指定券はとっくに売り切れ、自由席は満席でいつもの通勤ラッシュのみ。

 

しからば家に居てじっとしているか、となると家族からのブーイング。やっぱり周りと同じことをしていないと、ムズムズするのが日本人の性質なのでしょうかねぇ。なにしろGW後半だけでも5連休なのですから、暇を持て余すのにもエネルギーが必要です。

 

しからばちょっといつもできない勉強をしようかと、新しい本を買ってきたり、本棚の片隅にほこりを被っていた専門書を取り出してページを開いている方も、いらっしゃるのではないでしょうか。

 

経営者や経営幹部の方が、普段必要を感じていてもなかなか勉強に踏み切れない、その代表が例えば企業経営あるいは企業会計なのではないでしょうか。あるいはベンチャーの夢を持っている若い方も、経営の数字が分からないようではとページを開きます。

 

私もそうでしたが、最初の20~30ページくらいで「こりゃぁダメだ」となってはしまいませんか。経営者たる者、決算書すなわちBS(貸借対照表)とPL(損益計算書)くらいは読めなければと思いつつも、行き詰まってくるのですよねぇ。

 

とにかくわけの分からない専門用語が次々に出てくる、借方貸方?損益分岐点?流動比率?自己資本比率?なんだこりゃ、って感じに。

 

だいたい、殆どの経営者は「金儲け」には興味がありますが、会計のことなどは経理課長や税理士に任せておけば良いと思っています。経営にしても、自分には長年の経験があると自負していますから、理屈など必要はないと。

 

そうです、それでいいのです。KKD、つまり経験と勘と度胸があれば経営はできますから。

 

だけど、実はそのKKDにもちゃんと理屈や理論が裏にあって、それを知っているとさらにうまくいくことに気付いてほしいのです。KKDにプラス、科学性や合理性が加わっていくと、鬼に金棒に近づけるのですよ。

 

というわけで、専門書やハウツウ書もいいですが、だまされたと思ってMG(MQ戦略ゲーム)を体験してみませんか。ザンネンながら一度や二度では、入り口のところが少し分かるくらいですが、ちょっと踏ん張って数回続ければ、難しいとアキラメかけていた本の中身も徐々に分かってくるから不思議です。

 

幸い、最近はMGブーム(と呼んでいいのかな)で、各地でセミナーが開催されています。あとはあなた自身が「決心をして」一歩を踏み出すだけです。

 

手前味噌ですが、初めてやってみようという方にお勧めするのが、大阪で4月から開催されている桂経営さんの戦略経営実践講座です。これはMGを中心として、カリスマ・コンサルタント桂幹人先生の講話も聞けるというセミナーです。

 

平日の2日間ですが、中身の濃い学びができます。興味のある方、ぜひ桂経営さんにお問い合わせを。5月6月講座とも、まだまだ残席があるようですよ。
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再び藤原氏が台頭を始める奈良末期

さて、古代最後の女帝・称徳天皇亡き後、光仁天皇が62歳で即位されたことは前回のブログに書きましたが、そこには藤原氏の「陰謀」が隠されていたようです。

 

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この時代の藤原氏は仲麻呂の乱で南家が衰えましたが、他の家は挽回を策しており、中でも北家の藤原永手が次第に台頭してきました。称徳・道鏡政権時代も公卿の筆頭として、じっとチャンスをうかがっていたようです。(写真は光仁天皇陵)

 
しかもバランス感覚に優れた政治家だったようで、北家の繁栄のみならず他の藤原家の主要メンバーも起用するなど、敵を作らないことにも努めていました。これが、いざという時の中央突破に力を発揮します。

 
すなわち、称徳天皇が崩御された際に遺言あるいは類する書面は残されませんでしたので、長老たる吉備真備を中心に合議の上で道鏡を排除し、後継天皇を「遺勅」の形をとって決めることになります。

 
その際に、真備たちは別の後継者を考え、それで合議がまとまったとして話を進めていきますが、肝心の書面を永手らが書き換えたというのです。真偽のほどは分かりませんが、それによって白壁王が即位し、真備らもとくに反論をしていません。

 

いずれにしても光仁天皇はすでに高齢でしたから、次の天皇への中継ぎと誰もが考えていたということで、強いて争うことはなかったものと思われます。

 
しかしその後の裏側では、血なまぐさい動きや事件があったことは、前回も書いたとおりです。その犠牲になったのが、井上皇后でありその子の他戸(おさべ)親王でした。ただ、親王が廃太子後も母皇后と共に平常の都にいたというのは、まだ後継争いに決着がついていなかったことを想像させます。

 
その後の陰謀で母子が都外に遷され、さらに同日に死亡するという事態に至りましたが、この他にも陰惨な事件がいくつか起こりました。後ろで糸を操っていたのは藤原氏であることは定説化されていますが、その中心は式家の藤原百川だと言われています。

 
次回はいよいよ後の桓武天皇、山部王とこの百川とを取り上げてみましょう。

脳力開発は人間学であり行動科学です(160)

さて、変革・革新の成功のキーポイントとなる中間グループ、この多数派の人たちは日和見であり、風見鶏的な思考や行動をします。だからといって、その人たちをバカにしたり、嘆いたりしているだけは前進どころか、かえって後退してしまいます。

 
 このグループを強力に味方側に作用させられるかどうか、そこが勘所です。そのためにはきちんと戦略を明らかにし、方向を明示し、その行動についてできるだけ具体的に易しく説Photo 明、指示していくことが求められます。

 
 抽象的なスローガンや、フィーリング的な概念だけでは、人は動いてはくれません。時には意識を高めるために、「やる気」を鼓舞することもあるでしょう。また、強制力や義務づけをチラつかせるような姿勢も、リーダーの心得でしょう。

 
 さて、リーダーに力がありますと、次第に同志や協力が現れて上位人材が育ってきます。上位人材(人財)はリーダーが方向だけを示せば、きちんと自ら考え行動し結果を出してくれます。もっとも、それだけを見ていて満足してはいけません。

 
 目先の成果に満足し氣を緩めていると、つい自己満足に陥ってしまったりして、全体を見通すことができなくなり、偏った情報だけで判断をしてしまうことになる可能性があります。脳力開発では「情勢判断を誤る」と、これを戒めています。

 
 中間の大多数から目を離してはいけません、そこが上位グループと歩調を合わせてくれれば、変革は間違いなく成功に向かいます。油断をしていると、下位グループに引きずられて元の木阿弥になってしまうことに注意が必要なのです。

連休はくうねるウィークです

今日から5月、世の中はゴールデンウィーク(GW)ですが、いかがお過ごしでしょうか。NHKのニュースなどではGWとは言わず、大型連休と呼んでいるそうですね。もちろん和製英語ですから、外国の方に言っても通じません。

 

今年は暦の並びが佳いそうで、中には9連休という方もいらっしゃるようですし、今日明日が仕事だという方でも、明後日からは5連休を楽しみにされていることでしょう。

 

とはいえ、このGWを支えている人たちもたくさんいらっしゃるわけで、ちゃんと感謝しながら過ごしたいモノです。(写真はネットページより拝借させていただきました)Mainvis

 

翻って私はと言えば、個人事業主という「不自由業」ですので、このGW=黄金週間は日々の延長にしか過ぎません。しかも多くの企業が長い休み、あるいは逆に書き入れ時というわけですから、お仕事の依頼も殆どありません。

 

そんなわけで、今年も例年通りぐうたらとしているわけでございます。何しろ「人に酔う」体質ですので、たくさんの人が押しかける観光地などに行く気は起こらず、もちろん道路の渋滞などは願い下げです。

 

わざわざ混雑している時に出かけなくても、空いている平日を利用すれば良いのですから。大きなイベントなどには出会えませんが、それはまたそれで良しですし。

 

というわけで、今年もGWのカレンダーは真っ白です。連休が明けて11日からは、けっこう一部強行なスケジュールの遠征が待っていますので、体力温存・体調維持というところです。

 

特に今日は大気の状態が不安定で、突然の風や強風に注意ということですので、おとなしくしていることにしましょう。皆さんも、うまくバランスを取りながら愉しくお過ごし下さい。

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