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国が自然死しても蠢き回るモノ

春分の日が目前となり、夜明けが早くなってきました。もちろん日の入りも遅くなってきているわけで、春が確実に近づいています。そろそろ桜(ソメイヨシノ)の開花予報が出始め、来週には各地で開花のニュースが発信されそうです。

 

もっとも、古代日本人にとっての「春の花」は梅であったようで、雪月花でいうところの花はもちろん梅の花です。この雪月花の名所が日本三名園、雪の兼六園(金沢)、月の後楽園(岡山)、そして花の偕楽園(水戸)です。

 
とはいえ、日本人にとっての春を感じさせる花は、やはり桜のようです。河津桜など早咲きの桜に始まり、ソメイヨシノからしだれ桜、さらに山桜に終わるまでしばらくは桜の名所がTVのニュースでつづきます。

 
とくにソメイヨシノは葉が開く前から咲き、そのまま散りそめることから「潔さ」とともに、「はかなさ」も想起させるようで、日本人の心に強く響くようです。

 
私個人でいえば、色の鮮やかな八重桜が好きなのですが、これは幼少期を過ごした大阪で名高い、造幣局の通り抜けの桜のイメージが強いせいでしょう。あるいは新緑が始まる寸前に山を染める、山桜の孤高の美しさに惹かれるからでしょう。

 
そんな桜花に比して何とも鮮やかでないというか、ザワザワ感満載なのが国会。もっとやPhoto るべきことがあるだろう!という、原理原則論を語る気はありません。

 
喉元に刺さっているような「骨」を取らずして、何をしようというのでしょうか。というより、表面で波立っていることではなく、その裏に隠された本質を、質していくことこそ本当にやるべきことだと思うのですが。

 
防衛省の「隠蔽体質」にしても、官僚たちや現場の人間たちの国民を欺くような動きこそ、戦後日本の体質を物語っているではありませんか。いや、もしかしたらそれこそ戦前の体質、「お上」意識が尾を引いていると思われませんか。

 
役人体質、自分たちが国を動かしているという間違ったエリート意識、それこそが「豊中」にも「豊洲」のことにも共通した「病巣」であるようです。思い切った外科手術が必要に思えますが、今の政治家たちにはそこを切除する勇気はないようです。

 
国が自然死しても、自分たち(だけ)は生き残れるとでも考えているのでしょうか。どっちが寄生生物なのかは知りませんが。

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