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通説・官製歴史を否定することから始めるか

今日の歴史コラムは、いつもの古代史(現在は奈良時代の後期)を離れて、最近思っていることや考えていることをちょっとストレートに。

 
普段は古代史と並行して、戦国史の辺りと幕末史の辺りの本を読んでいます。色々な意見や諸説をくまなく読むことは、自分の中で確たる意見・意思を持つためにも必要なことかなと考えていますので。

 

それにしても、様々な説があるものです。たかだか150年ほど前の幕末史ですら、通説と呼ばれているものと、その他の異説とがそれこそ百花繚乱にあるということに気づきます。史料の読み方によっても違うし、どの史料を採用するかで大きく変わります。

 

史料が多く存在している幕末でもそうなのですから、史料が少ない、しかもホンモノなのかどうかも判断しにくい中世から古代となると、正直言ってどの説を信じようかと迷ってしまいます。

 

通常なら通説と言われる、いわゆる「講座派」という学説に準拠して考えていくのでしょうが、マルクス学派的な見方にも一理を感じることもあります。さらには異説の方が、核心を突いていそうな感じがすることも。

 

例えば、井沢(元彦)さんのように、日本の通説には特に「宗教」という視点が欠けているから、そちらの方からもアプローチしなければということにも大いに賛成です。かといって、井沢説を全面支持する気もありません。

 

そんな中で明治維新がもうすぐ150年を迎えます。明治維新というと、維新の三傑と呼ばれている西郷隆盛、大久保利通、そして木戸孝允を中心としたいわゆる「薩長」の志士たちの活躍、あるいは坂本龍馬に注目が集まります。

 

しかしながら、「維新」とは何でしょうか?教科書的にはほぼ無血革命的に明治新政府が打ち立てられて、薩長土肥志士出身の若者たちが、日本の近代化を推進していったと。だが、そこにはなんだかウソがいっぱいあるように思えたのです。

 

映画「鞍馬天狗」の世界のように、勤王の志士たちが「エエもの」で、新撰組や幕府側が悪者といったことはホントだろうか。

 

勤王の志士というけれど、蛤御門の戦いの際に、長州藩は御所に向かって大砲をぶちかましたのではなかったか。あるいは、公家衆であっても自分たちの主義主張と違えば、テロPhoto で抹殺していたのではないか。

 

暗殺・テロなどはとんでもない非道のことだと教科書には書いてあるが、幕末のテロをやってのけたのは、もちろん新撰組や幕府見廻組もやってはいたが、大半は勤王の志士などとうそぶいていた連中の仕業ではないか。

 

その思想的裏付けになっていたのは、全てではないが、吉田松陰の思想ではないのか。松陰の思想が志士たちに引き継がれ、彼らが明治新政府を打ち立て、そして世界に冠たる日本の近代化を推し進めていった。

 

この通説というか、官製歴史ってなんだかおかしくないか。そんな疑問をもって、様々な両側の本を読んでいて、ますます分からなくなってきているというのが、正直なところです。ただ、教科書に載っている官製歴史は間違っている、との結論に近づいています。

 

たとえば幕末の王政復古というのは、どこの時代に復古するという戦略だったのか。第一天皇親政が行われたのは、日本の歴史の中で、天武天皇と後醍醐天皇くらいではないか?しかも後者はたった2年間。

 

明治新政府を立てようとした彼らは、一体何を目指していたのか。もっともっと学び考えることが多そうだなぁ。脳力開発的に、まず通説を否定するところから始めて見るか。これからもよろしく。

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