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脳力開発は人間学であり行動科学です(151)

変革のための指針、第7条は「与えてもらうのを待っているばかりでは流されるだけである」。サブリードは、「誰がやるのか? 自分は何をするのか?」です。先回りして言うと、人頼りの姿勢ではいけないよと、何も起こらないよということです。

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 私が主宰している脳力開発セミナーでは、いつも次のように言っています。棚からぼた餅は口には入らないし、二階からの目薬は目にちゃんと入ってはこないよと。何かいいことが起こらないかな、誰かがやらないかと待っていてはダメなのです。

 
 企業のトップにも時々こういう方がいらっしゃいます。非常に明快で、しかも素晴らしい経営理念を掲げられるのですが、社員に丸投げされるだけで後はお任せ。そして社員が動かないことを指して、ウチの社員はダメなヤツばかりだと嘆かれる。

 
 もちろん、人頼りの姿勢の対極にある「自分でやる姿勢」というのは、何もかも自分でやるというわけではありません。第一、何でも一人だけでできるものではありませんし、殆どの仕事は周りの人たちの協力なしでは為し得ないモノです。

 
 人に頼んだり人を使ったりすることは、決して人頼りではありません。それどころか、場合によっては人に任せることも必要なのですし、それによって人が育つということにもつながります。言い換えればこれは「条件の活用」であって、必要なことです。

 
 ではどういうのが人頼りなのかというと、「頼んだ人がやってくれない、どうにもならない、お手上げだ」といった心の習性が人頼りなのであり、実現するまで様々な手を打ち続ける心構えをもっていこうということなのです。

私の鉄道趣味のことを少しご紹介

鉄道趣味誌、月刊で発行されているのはかなりありますが、主要な雑誌といえば「鉄道ピクトリアル」、「鉄道ファン」そして「鉄道ジャーナル」の3つです。他にも歴史のあるものでは、「鉄道模型趣味」もあります。

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中でも私と同じ年に誕生したのが「鉄道ピクトリアル」で、私自身小学生の頃から読み始め、大学生の頃からはほとんど毎号買い始めて、この20年以上は年間購読登録しています。

 

昨年長岡市から新潟市に引越をした際には、バックナンバー誌をストックしておくスペースがなく、涙を呑んで他の鉄道関係書の多くとともに売却、あるいは廃棄しました。バックナンバーは古書店で買ったものを含め、550冊くらいはあったでしょうか。

 

最近20年くらいのものは、主要部分のみPDFでスキャニングして、いつでも読める状態にしましたが、古いものは思い切って処分しました。別冊本と特輯本は、希少本である「世界の鉄道」とともに残しましたが。

 

「鉄道ピクトリアル」誌は毎月20日頃に、店頭に並ぶ前に郵送されてきます。今週の特集は郵便・荷物電車。私がカメラ小僧であった時代には、どこでも郵便・荷物客車とともに、ポピュラーな存在でしたが、国鉄のJR化前に列車が廃止されました。

 

当然車両もその多くがお払い箱になりましたが、違う用途で残された車両や、電車の中には旅客用に改造された幸運なヤツもあります。

 

また私鉄でも60~70年代には、大手私鉄でも荷物電車があったりして、古い歴史的車両が生き残っている事例もあったことを思い出します。

 

そんな昔を思い浮かべながら、当時の写真を懐かしく見返し、私のコレクションの中にもいくつか残っているのを確認しました。いつかまた、フェイスブックの中に作っている『鉄道ファンページ』で、紹介していこうと思っています。

通説・官製歴史を否定することから始めるか

今日の歴史コラムは、いつもの古代史(現在は奈良時代の後期)を離れて、最近思っていることや考えていることをちょっとストレートに。

 
普段は古代史と並行して、戦国史の辺りと幕末史の辺りの本を読んでいます。色々な意見や諸説をくまなく読むことは、自分の中で確たる意見・意思を持つためにも必要なことかなと考えていますので。

 

それにしても、様々な説があるものです。たかだか150年ほど前の幕末史ですら、通説と呼ばれているものと、その他の異説とがそれこそ百花繚乱にあるということに気づきます。史料の読み方によっても違うし、どの史料を採用するかで大きく変わります。

 

史料が多く存在している幕末でもそうなのですから、史料が少ない、しかもホンモノなのかどうかも判断しにくい中世から古代となると、正直言ってどの説を信じようかと迷ってしまいます。

 

通常なら通説と言われる、いわゆる「講座派」という学説に準拠して考えていくのでしょうが、マルクス学派的な見方にも一理を感じることもあります。さらには異説の方が、核心を突いていそうな感じがすることも。

 

例えば、井沢(元彦)さんのように、日本の通説には特に「宗教」という視点が欠けているから、そちらの方からもアプローチしなければということにも大いに賛成です。かといって、井沢説を全面支持する気もありません。

 

そんな中で明治維新がもうすぐ150年を迎えます。明治維新というと、維新の三傑と呼ばれている西郷隆盛、大久保利通、そして木戸孝允を中心としたいわゆる「薩長」の志士たちの活躍、あるいは坂本龍馬に注目が集まります。

 

しかしながら、「維新」とは何でしょうか?教科書的にはほぼ無血革命的に明治新政府が打ち立てられて、薩長土肥志士出身の若者たちが、日本の近代化を推進していったと。だが、そこにはなんだかウソがいっぱいあるように思えたのです。

 

映画「鞍馬天狗」の世界のように、勤王の志士たちが「エエもの」で、新撰組や幕府側が悪者といったことはホントだろうか。

 

勤王の志士というけれど、蛤御門の戦いの際に、長州藩は御所に向かって大砲をぶちかましたのではなかったか。あるいは、公家衆であっても自分たちの主義主張と違えば、テロPhoto で抹殺していたのではないか。

 

暗殺・テロなどはとんでもない非道のことだと教科書には書いてあるが、幕末のテロをやってのけたのは、もちろん新撰組や幕府見廻組もやってはいたが、大半は勤王の志士などとうそぶいていた連中の仕業ではないか。

 

その思想的裏付けになっていたのは、全てではないが、吉田松陰の思想ではないのか。松陰の思想が志士たちに引き継がれ、彼らが明治新政府を打ち立て、そして世界に冠たる日本の近代化を推し進めていった。

 

この通説というか、官製歴史ってなんだかおかしくないか。そんな疑問をもって、様々な両側の本を読んでいて、ますます分からなくなってきているというのが、正直なところです。ただ、教科書に載っている官製歴史は間違っている、との結論に近づいています。

 

たとえば幕末の王政復古というのは、どこの時代に復古するという戦略だったのか。第一天皇親政が行われたのは、日本の歴史の中で、天武天皇と後醍醐天皇くらいではないか?しかも後者はたった2年間。

 

明治新政府を立てようとした彼らは、一体何を目指していたのか。もっともっと学び考えることが多そうだなぁ。脳力開発的に、まず通説を否定するところから始めて見るか。これからもよろしく。

脳力開発は人間学であり行動科学です(150)

またちょっと私の現役時代のお話です。企業再建への道筋がようやく見えてきても、どうしても私のやり方、とくに全員受講を決めた研修(MG・脳力開発)や「一人1台」を目指したパソコン活用に、どうしてもなじめない、反発する社員さんがおりました。

 
 ついには「辞めます」と切り出され、その時点では辞められては困るという気持ちが強くて慰留しました。ただし、社員としてやってほしいことについては妥協せず、いくらか本人の自Photo 主性に任せることで少し緩めた対応をしました。

 
 そのまま数年が経過して再建も成果が現れ、大半の社員さんが私の路線にしっかり乗ってきてくれましたが、その方はついに自説を曲げることなく、再び「辞めます」と切り出されました。今度は「そうですか残念ですがやむを得ませんね」と答えました。(イラストはネット掲載のものを拝借しました)

 
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年間いた会社で、定年退職や寿(妊娠)退職以外でお辞めになった社員さんは、その方を入れて3名でした。少ないからいいというものではありませんが、私が信じたやり方に対して反発しながら辞められた方は、その方だけだったと考えています。

 

ある意味ではその方に申し訳なかったと思います。しかし、そのままずるずると引きずっていれば、せっかく同じ方向に向かって進んでいる他の社員さんの、気持ちを裏切ることになるという思いが強くありました。何とかできなかったかなぁと、今でも思いますが。

 
 どんなに正しいことでも、強い思いと信念をもってしても、動かしがたい他人は存在するものです。めげていては先に進めません。時には「泣いて馬謖を斬る」ことも必要なのです、リーダーはそういう責任も負っているのですから。

遠征に備え本日は休養日にします

早いもので、3月も残すところ今週だけで週末土曜日はもう4月です。春は足踏みしながら近づいているようで、桜の開花便りがチラホラと聞かれます。

 

ここ新潟ではまだ山に雪が残り、桜の蕾はまだまだ硬い感じで、来週後半くらいからそろっ1551463_668806469843724_1976896139_ と開花の便りが聞かれるかなと、言ったところです。

 

これからしばらくは、あっちへ行ったりこっちへ赴いたりが続きますが、幸い花粉症は昨年よりも軽めで、ティッシュが手放せないということもありません。

 

もっとも油断してしっぺ返しを食らうといけませんので、点鼻薬はカバンに入れて持ち歩いています。頻繁には使わない方がいいそうですので、余程の場合のみにしていますが。

 

元々アレルギー体質がありますので、注意するに越したことはありませんから。

 

とくに遠征が繰り返されると、どうしても疲れが残ってしまうこともありますので、食を含めて気を付けています。とくに暴飲暴食はいけませんね、何しろお酒は嫌いではありませんから。

 

それでも各地に遠征すると、セミナー仲間との交流が楽しみで、その土地の美味しいお酒がついいただきたくなります。しっかり自制の心を失わぬよう、これからも心がけます。

 

そんなわけで、遠征明けの本日は休養日ということにいたします。

謙譲の美徳なんてありえないもの

この土日は福井市で、西研・福井MGに参加しています。来週も、青森県八戸市で開催されるMGセミナー(うみねこMG)に参加の予定です。実は、今年いっぱいのセミナー(MG)参加予定は、ほぼ全てスケジューリング済みです。

 

そんな先の予定まで良く決められますね、と感心される方がいらっしゃいますが、私などは大したことはなく、3年先までのスケジュールをすでに書き込んでいる方も知っています。T__20170325_16_33_38

 

どうなるか分からない先の予定など決められませんよ、とおっしゃる方もおられます。だからこそ決めるんですよと言うと、目を丸くされます。おそらく、そうおっしゃる方は「どうですか、一緒に行きませんか」と誘うと、色んな答え方で言葉を濁されます。

 

私だって、先の予定を決めて手帳やスマホのスケジュールなどに書き込んでいますが、変更されることも多くはありませんが、いくつかはあります。でも書き込んでおくことで、他の予定との調整もできますし、予定実現のために事前にやることが明確になります。

 

セミナーにお誘いすると、そんな先の予定まで決められませんよと言われる方も。でもそういう方って、目前の予定に対しても、なかなか決められないようですよ。むしろ、先々の予定だから決められる、少なくとも入れておくことができるものです。

 

半年先の予定、もうすでに前後左右ともに埋まってしまっていてどうしようもない、まさか売れっ子タレントさんでもなければ、滅多にいらっしゃいませんよね。

 

直前のお誘いであれば、そこはもう別のスケジュールが入っていてなどとお断りされることも、さもありなんだなと思いますが、半年も1年も先の予定に対しても、同じような姿勢。つまりは、(セミナーに)参加したくないんだなと「顔に書いて」ありますよ。

 

もっともそういう人でも、大好きなゴルフに誘われたら、どうにかして出られないかと頭を巡らせ、すでに入っている予定をずらすなどの調整を試みるのでは。

 

スケジュールを決めることが戦略なのだ、と私の師は常におっしゃいます。つまり、自分にとって何(どんな学びと交流)が必要なのか、それが分かっているから先々の予定も次々に決めていける。

 

ですから、行きたくないお誘いはハッキリとその場でお断りします。日本人はYESかNOを明確にしないことが美徳のように思うことが多いようですが、私はそれはむしろ相手に対し非礼であると考えています。

 
まぁ、いずれにしても予定はどんどん決めていきましょう。

経営者には簿記3級が必須条件だ

経営者は経理計数が苦手です、一般的にはですが。中には、数字のことはよく分からなくても経営のことは分かっていると、うそぶく方もいらっしゃいます。経営は好きだけど、経理とか会計は苦手だと。

 

営業活動でモノを売ることが得意だから佳いのだとか、企画開発については右に出るモノはいないのでとか、あるいはまた人脈を作っていくことが経営者の役割だという方も。

 

中には、経営者は経営さえ分ければいいので、最低限の計数知識だけ持っていれば十分だとおっしゃる、コンサルタントの方もおられるようです。

 

結論からと言うか、私が経営者に強く望むことを先に申します。経営者たるもの、簿記3級くらいは取得して下さいと。資格を取らなくても、最低限簿記3級くらいの知識を身につけ、経Photo 理担当者に指示できる実力を付けて下さい。

 

私自身のことを申し上げますと、恥ずかしながら経理計数、会計についての知識は全くなかったと言っていいでしょう。30余年前社員株主として自社の決算書をもらっても、中身はちんぷんかんぷん、辛うじて損益計算書を見て利益が出ていることを知るのみでした。

 

しかしながら、利益と名のつく項目(科目)がいくつも(実際には5つ)あって、一体どの利益がどうなのか、これまたよく分かっていない状態でした。

 

そんな中でMG(西順一郎氏が開発したマネジメントゲーム)に出会い、その体験と学びを通じて、経理計数、会計についての知識を身につけました。

 

しかもMGとの出会いから2年半、販売会社に経営者として出向するという機会をもらい、学んだ知識を実践で使うという幸運に恵まれたのです。資格こそ取りませんでしたが、簿記3級以上の実際知識を身につけられたのでした。

 

ですから、今でも自社(個人事業の小さい会社ですが)の経理は自分で行い、決算も申告も自力で仕上げます。今年の申告(青色と確定申告)も、会計データから自作システムで僅か3日間の作業で仕上げ、2月初めには提出を終えました。

 

そこまでやれとは申しませんが、少なくとも担当税理士さんときちんと話ができるくらいの実力は付けてほしいものです。そのことが、経営への自信につながるのです。だって、経営者は「経営のプロ」なのですから。

 

経営については、税理士さんを上回る経験を持っていますから、そこに経理計数や会計についての実際知識を持てば、鬼に金棒です。

 

あなたがもうかなりの年齢になられているのであれば、後継者の方に「簿記3級」の資格を取るように、命じてみませんか。同時に、MGも学んでいただくことをお勧めしておきます。

脳力開発は人間学であり行動科学です(149)

ではどうしても、他人や周囲は思い通りにならず、言うことを聞いてくれないものでしょうか。原則はそうです、でも世の中を見渡してみて下さい。いや、あなた自身でも、例えばCMや広告に惹かれてモノを買ってしまうことがありませんか。

 
 それは、売り手あるいは広告の発信者の意図に、見事に乗せられているのかも知れません。彼らの思い通りになっていて、言うことを聞いてしまっているのではないですか。誘導セールストークなどというものも、あるようですね。

 
 そして、もし他人や周囲があなたの望むようなカタチで動いてくれたら、感動モノであり感謝感激です。しかし、そのためには脳の力を最大限発揮しなければなりません。小さな感動、感謝感激が積み重ねられるように、あなた自身が動くことに他なりません。

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 「やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ」とは、太平洋戦争時の連合艦隊司令長官・山本五十六の言葉です。あなた自身も体験がありませんか、ちょっとしたことでも褒められると「またやろう」という気になること。

 
 五十六の言葉には、まだ先の先があります。それは「やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず」です。あなた自身が周りの人を信頼していますか、非難などせずにじっと見守って、時に適切なアドバイスをしていますか。

 
 あなたが信頼するから、周りもあなたを信頼してくれるようになるのです。信頼して任せて、もし小さくても成果が出て一歩進めば、心から感謝して褒めるべき時は褒める。そういう感謝と感動が、次のステップにつながるのです。

一昨日の心に残るイベント

一昨日は雨の中を東京へ、法政大学の市ヶ谷キャンパスで開催された、「第7回日本でいちばん大切にしたい会社大賞」アワードに参加してきました。

 

昨年秋に入会させていただいた、人を大切にする経営学会が主催するイベントで、会長でもある坂本光司先生(法政大学大学院教授)の著書でも知られています。この日は全国から、700名を超える方々が参加されたようでした。

 

実は法政大学のキャンパスに来るのは初めてで、外堀に沿った市ヶ谷キャンパスにはそろそろ桜の花もチラホラ見えていましたが、冷たい雨はちょっとザンネン。

 

市ヶ谷と言えば、かつてはMGシーガル立ちが集う「西の会忘年会」が、私学会館を会場に毎年開かれていて、私も何度か参加したことを思い出しました。

 

今回の表彰式では、経産大臣賞、厚労大臣賞ほか17社が表彰され、大賞の4社からはそれぞれの企業紹介もありました。表彰のハードルは非常に高く、日本にある数百万社の中でも大賞となれるのはホントに一握り、だからこそ価値があるのでしょう。

 

人(社員)を大切にする、その一つの表れが人財教育ということもよく分かります。かける費用もさることながら、時間をしっかりかけていることがポイントです。たとえば全労働時間の5%あるいは10%を教育に費やしています。私の仕事に対しても、エールをいただいた感じです。

 

しかしこれまでに80社以上が表彰され、坂本先生の著書でも紹介されていますが、企業として本当にやるべきことを、愚直に、経営者も社員さんも一緒になって地道に取り組んでおられる、そういうことだということが感じられます。

 

それらの企業に共通していることは、当然に業績がよいことはもちろんですが、会社の中にも地域にも笑顔がみなぎっていて、そしてご家族には子供も多いのだそうです。高齢者20170321_5 や障害者の方も、ニコニコ働いている。

 

日本中の企業がそうなってほしいという願いは難しいとしても、1%がそうなってくれるとざっと4万社ですから、世の中が素晴らしく変わってくるでしょうね。夢かも知れませんが、私も夢を心に刻んで、クライアントのサポートをしていこうと思います。

 

当日の記念講演は安倍昭恵さんでした。考え方、やろうとされていること、やっておられること、賛同できることや頷けることも多々ありました。様々な意見や批判も、まっすぐに受けていらっしゃるように感じました。

 

帰りの列車時間の関係で、懇親会の途中で退座したのがとっても残念でした。

藤原仲麻呂と孝謙上皇・道鏡との権力闘争

孝謙天皇が譲位され、後を継がれた淳仁天皇は、皇太子時代は大炊王と称されておりました。舎人親王のお子様ですから、天武天皇の孫になります。

 

問題は大炊王が、ずっと藤原仲麻呂と強く結びついておられたことでした。仲麻呂の長男が病死した後、その未亡人を娶られ、しかも仲麻呂邸にずっと住んでおられました。言い方は悪いですが、仲麻呂の操り人形的な存在でした。

 

とにかく仲麻呂の言いなりであり、例えば官名を唐風に改めたり、新羅遠征(実現しませんでしたが)を認めたり、さらには銅銭鋳造を認め兵の徴集も許しています。仲麻呂の権力はますます大きくなり、同じ藤原氏の中でも他家とは大きな格差がついていきます。

 
ついに仲麻呂は太政大臣(大師)に任じられますが、そんな中で光明皇太后が逝去されます。これがある意味、最大権勢の陰りのきっかけになったのかも知れません。そして次第Photo に孝謙上皇の存在が大きくなっていきます。

 
上皇との間を取り持っていた、正室を失ったことも痛手であったようです。上皇の元で看病禅師となった弓削道鏡が、寵愛を受けて勢力を伸ばし始めました。焦った仲麻呂は、息子たちや娘婿を立て続けに参議に任じますが、これがまた周囲の反感を買います。

 
さらには淳仁天皇にけしかけ、上皇を誹謗するような意見を奏上させますが、これが上皇の怒りを買います。結果、天皇の大権はほとんど取り上げられてしまい、上皇・道鏡側に権力基盤が移動してしまいます。

 
後世に言われるように、上皇と道鏡の間に男女の関係があったかどうかは分かりません。それをいうなら、仲麻呂との間はどうだったかという、低レベルの言い争いになってしまうでしょう。どちらもなかったとは断定できない、というところでしょうか。

 
そして仲麻呂は軍の掌握を意図しますが、これは上皇側に先手を打たれてしまい、ついに平城京から脱出して兵を挙げます。藤原仲麻呂の乱の始まりです。

脳力開発は人間学であり行動科学です(148)

 こちらの言うこと、意見や主張がそのまますぐに通ること、素直に受け容れられることの方が珍しい。これを脳力開発では特異性というのですが、その反対の原理原則が普遍性です。通常であれば普遍性が働いている、この認識を持って下さい。

 
 このことを踏まえた上で、目的に向かって真剣な前進と努力を続けていきましょう。反応が鈍くとも、あきらめずにやるべきことや目的をしっかりと具体的に、伝え続けていくことが大切です。もちろん自ら率先垂範で行動することが第一です。

 
 そうすれば、例え時間がかかっても理解してくれる人が現れるものです。一緒にやろうかと言ってくれるメンバー、不言実行でやってくれる味方が次第に出てきて、確実に増えて、必ずや主流になっていきます。この確信を強く持つことです。

 
 誰も言うことを聞いてくれないと嘆いて、これはもうだめかなと思うこともあるでしょう。しかし嘆いて終わりにしても、ホントにいいのでしょうか。こんな時には、少し角度を変えて現実をPhoto_3 見つめ直すことが必要だと言えます。

 
 つまり、違う角度から観れば、誰も言うことを聞いてくれないということは「悪条件」の一つです。悪条件はいつでも存在します、不可避であると共に不可欠なのだと思いませんか。自分をより高みに導いてくれる「砥石」のようなもの。

 
 すなわち、悪条件は自分を高めるために存在している、もっと高いレベルにいきませんかと手招いてくれているのです。こんなチャンスは二度とないと腹をくくって、さらに行動を積み重ねていく決心を固めることです。

平成の薩長土肥連合なるものにもの申す

ある本を読んで、その冒頭に書かれていた文字にただただ唖然とした。昨年3月頃、もう1年も前から、とんでもないイベント企画が進んでいたと言うことを知って。

 

イベントの名は『平成の薩長土肥連合』、明治維新150年(2018年)の記念イベントとして展開されているのだが、もちろんただの観光キャンペーンだから目くじらを立てることもないと通り過ぎてもいいのだが、なんでこんなタイトルなのだと引っかかってしまった。

 

薩長土肥、歴史に疎い人には分からぬかも知れないが、幕末に「雄藩」と呼ばれた4つの藩、すなわち薩摩藩、長州(正確には周防・長門)藩、土佐藩、肥前藩のことだ。この4藩が結束して「明治維新」を実現したのだと歴史には記してある。

 

歴史を正しく学ばなければならない、日本人として「国」を知るためには歴史を学ぶことだと、私も強く思っている。今の日本(人)に足りないものの一つが、歴史教育であるとも。

 

しかし繰り返すが、それは本当の正しい歴史すなわち真実でなければならない。正しい歴史とは何だ、我々はハッキリと問い直さねばならないはずだ。少なくとも一方からだけの観点から書かれた歴史は、正しい歴史とはいえまい。それは中韓を見れば明らかだ。

 

戦後教育が間違っていると叫ぶ人たちはたくさんいるが、実は日本の教育の誤りは「明治維新」とやらから始まっていると言っていい。というよりは、明治維新のとらえ方に問題があるのだ。

 

歴史は為政者の都合によっていかようにでも書かれ、書き換えられる。それを地でいってPhoto いるのが明治初年以降の日本の教育だ。それは薩長土肥、とりわけ長州に非常に都合よく作られ、語られ、教えられてきた。

 

しかし長州の「志士」たちは幕末に何をやったか、暗殺というテロ活動、シンパの公家を利用して作らせた偽勅の数々、あろうことか禁門の変では御所に大砲を撃ち込んで、孝明天皇から明確に「朝敵」とされたではないか。

 

やがて朝敵については「公式」には取り消されたが、実権を握って強引に行ったに過ぎない。そして偽の錦旗を作り、「官軍」と自称して、本来なら江戸城開城で戊辰戦争は終わっているのに、東北へ進軍し、そして越後で、会津で、庄内などで何をやったのか。

 

会津攻めなど、朝敵にさせられた過去の恨みを晴らすだけの戦いに過ぎなかった、という思いが東北人には根強い。会津若松市も、長岡市も、よくは知らないが「明治維新150年」を心から祝う気持ちにはなれないのではないか。

 

幕末の歴史を双方の記録から公平に眺め、きちっと追いかけていけば、「維新」などという名前は恥ずかしくて付けられまい。西郷がなにをやったか、大久保は、木戸は、岩倉は、伊藤は? 三井の大番頭とまであだ名(そう呼んだのは西郷だ)された井上(馨)はどうだ。

 
そんな中での『平成の薩長土肥連合』イベントだ。関連4県の知事が連携協定を作って、このイベントを活用した観光推進をやっているという。それに、時の総理大臣殿がしゃしゃり出て活性化を煽っている(未確認情報だが)とも。

 
その総理大臣は長州の出身、長州人としては9人目の総理大臣だ。越後は田中角栄という傑物を総理大臣として出したが、会津は一人も総理を出していない。なぜか、人物がいなかったわけではない。戦前は薩長土肥、とりわけ長州閥が押さえつけてきたからだ。

 
なのに、『平成の薩長土肥連合』なる恥知らずな名称をつけてはしゃいでいる。越後や、会津や、東北人の心を慮ったら、こんな名前は付けられないはずだ。

 
恥知らずめ!

社長の座を誰かに譲られた方が良い

年度末、決算期に向けてラストスパートです。決算を迎えられる会社は、最終結果が気になるところで、「あと少し」という思いでハッパをかけられている経営者もいらっしゃいますね。

 

ところで「あと少し」どうするのでしょう?残り10日あまりでやれそうなことも、極めて限られていると思うのですが。売上上げろ!でしょうか、利益を確保しろというのでしょうか、それとも何をがんばるのでしょう。

 

おそらくハッパをかけられた現場の社員さんにとっては、もうやるべきことは全部やったよ、この上に何をやったらいいのと思っていなければいいのですが。以前にも言いましたが、そのために「やってはいけないこと」をやらないといいのですが。

 

つまり、無理に形だけの「売上を作る」とか、例えば製造会社では材料をたくさん仕入れて、工場に仕掛品を山積みすると「利益が上がる」のですが、まさかそんな手立ては講じていないでしょうね。

 

利益の出ている会社では、税金を払いたくないということで、無理矢理在庫処分をしてみたり、まさかそんなことはないと思いますが機械や車や工具備品を壊してみたり。

 

皆さんの会社ではそんなことはやらないことと信じておりますが。

 

ところで、会社の皆さんは決算末の時点での、やはりPL(損益計算書)を意識されていますか。当然に利益、とくに経常利益や最終(当期)利益を頭に置かれていれば、そういうことでしょうね。

 

でも、それと同じくらいBS(貸借対照表)も意識してほしいものです。一言で言えば、『美しいBS』を目指してほしいのです。それは、流動比率や当座比率と言った諸比率がどうのこうのではなく、まさに「見た目がきれい」だということです。

 

バランスが良い、突出したイレギュラーがない、隠れているものがない。誰が見ても、「良い会社だなぁ」と感じられる数字の並び。並んでいる数字が、自ずと語りかけてくれるような、そんな感覚です。

 

BSが美しければ、PLも必然的に良くなります。どんなに着飾ってみても本質が隠せないように、美しくないBSだと取り繕ったPLにしかなりません。

 

ところが経営者の方は、PLはうっとり眺めても、BSをしっかりと見つめることが余りないようです。というより、BSは苦手だ、わけが分からないと感じてはおられませんか。

 
あ、あわてて「教科書」など買いに行かなくてもいいですよ。買って来て眺めてみても、どうせ分かりっこありませんから。お金を無駄に捨てるだけです。税理士さんに聞かれても、諸比率の説明をしてくれるだけですし。

 
まずは穴の開くほど眺めてください、可能であれば3年分を横並びにして。そこから何も見えてこなかったら、社長の座を誰かに譲られた方が良いでしょう。

 
そして、できればMG(MQ戦略ゲーム)を20~30期、しばらく集中してやってみることです。今からでも遅くありませんよ。

国が自然死しても蠢き回るモノ

春分の日が目前となり、夜明けが早くなってきました。もちろん日の入りも遅くなってきているわけで、春が確実に近づいています。そろそろ桜(ソメイヨシノ)の開花予報が出始め、来週には各地で開花のニュースが発信されそうです。

 

もっとも、古代日本人にとっての「春の花」は梅であったようで、雪月花でいうところの花はもちろん梅の花です。この雪月花の名所が日本三名園、雪の兼六園(金沢)、月の後楽園(岡山)、そして花の偕楽園(水戸)です。

 
とはいえ、日本人にとっての春を感じさせる花は、やはり桜のようです。河津桜など早咲きの桜に始まり、ソメイヨシノからしだれ桜、さらに山桜に終わるまでしばらくは桜の名所がTVのニュースでつづきます。

 
とくにソメイヨシノは葉が開く前から咲き、そのまま散りそめることから「潔さ」とともに、「はかなさ」も想起させるようで、日本人の心に強く響くようです。

 
私個人でいえば、色の鮮やかな八重桜が好きなのですが、これは幼少期を過ごした大阪で名高い、造幣局の通り抜けの桜のイメージが強いせいでしょう。あるいは新緑が始まる寸前に山を染める、山桜の孤高の美しさに惹かれるからでしょう。

 
そんな桜花に比して何とも鮮やかでないというか、ザワザワ感満載なのが国会。もっとやPhoto るべきことがあるだろう!という、原理原則論を語る気はありません。

 
喉元に刺さっているような「骨」を取らずして、何をしようというのでしょうか。というより、表面で波立っていることではなく、その裏に隠された本質を、質していくことこそ本当にやるべきことだと思うのですが。

 
防衛省の「隠蔽体質」にしても、官僚たちや現場の人間たちの国民を欺くような動きこそ、戦後日本の体質を物語っているではありませんか。いや、もしかしたらそれこそ戦前の体質、「お上」意識が尾を引いていると思われませんか。

 
役人体質、自分たちが国を動かしているという間違ったエリート意識、それこそが「豊中」にも「豊洲」のことにも共通した「病巣」であるようです。思い切った外科手術が必要に思えますが、今の政治家たちにはそこを切除する勇気はないようです。

 
国が自然死しても、自分たち(だけ)は生き残れるとでも考えているのでしょうか。どっちが寄生生物なのかは知りませんが。

脳力開発は人間学であり行動科学です(147)

変革のための指針もここから後半、第6条は「他人や周囲は、言うことを聞いてくれないものである」。サブリードは、「物事は思い通りにならない方が通常」です。何だか突き放されたような感じがしますが、ここはとっても大事なところです。

 
 大事というよりもむしろ、これが原理だ、真実の姿だというところでしょうか。自分を振り返ってみて下さい、何もかにも自分の思い通りになってきたという方、いらっしゃいますか? 自分のことでも思い通りにならないのに、まして他人のことは。

 
 原理に逆らっても仕方がありません。原理は原理としてしっかりと受け止め、その上でできPhoto_2 ることをやっていけば良いではありませんか。できないことはやらない、そのかわりにできることは必ずやること、やれることをやらないのは論外です。

 
 せっかく変革(とまでは一気にいかないからまず改革・改善)を志し、いざ始めてみたのはいいのだけれど、一向に進んでいかない。笛を吹けども動かない、朝礼やミーティングの場などでハッパをかけるのだけれど、どうも覇気が感じられない。

 
 ついつい「お前たち、やる気やるのか!?」と怒鳴ってしまう、こちらがカッカくればくるほどメンバーたちはしらけてしまう感じです。あ、やってしまったと思うのだけれど、いったん出した言葉は戻ってはきません。

 
 そこで原理原則に立ち返ってみましょう、「他人や周囲は、言うことを聞いてくれないものである」と。正しいことや当然だということを前面に押し出したからといって、これがそのまますぐに通るわけではない、素直に聞いてもらえるとは限らないのです。

「女帝の逆襲」が始まる前夜

藤原仲麻呂、一言で言い表せば「えげつない」男であったようです。それだけの力を備えていたことも事実ですし、光明皇后の甥であり信頼されているという立場を、最大限に利用して大臣(左右大臣)と同等の権力を手に入れます。

 

さらに聖武天皇が譲位し、孝謙天皇が即位すると、女帝は母である光明皇太后に頭が上がらず、皇太后の傘の下で仲麻呂の権勢はさらに強まります。

 

聖武上皇は遺言で、女帝の皇太子に道祖(ふなど)王を立てるよう指示し立太子はしたものの、仲麻呂の策略で廃され、仲麻呂の邸宅に居候していた大炊(おおい)王が皇太子となります。後に淳仁天皇として即位される方です。

 
それに強く反発したのが、橘諸兄の息子であった橘奈良麻呂でした。反対勢力と密議を繰り返しチャンスを待っていましたが、裏切り・密告により一斉に捕縛されてしまいます。このPhoto あたり、奈良麻呂も脇が甘かったと言えます。

 
しかし、当初は皇太后が仲介に入り、孝謙女帝も「死一等を減ず」として流罪にするよう勧告したのですが、仲麻呂はそれを無視してついに謀反に加担した一統を獄死させてしまうのです。一説には杖で打ちのめし、撲死させたと言われています。

 
こうして政敵を一網打尽にした仲麻呂は、名実ともに中央政庁のトップに立ちます。そして女帝に譲位を促し、淳仁天皇が即位します。さらには「恵美押勝」という姓名をいただき、得意は絶頂です。

 
しかし、この状況が仲麻呂のてっぺんであり、ここから一気に滑り落ちることになるとは、彼自身も予期していなかったでしょう。淳仁天皇は傀儡ともいえる存在で、ほぼ全ての実権を仲麻呂は握りました。だがそこに、油断があったのでしょう。

 
その発信源は譲位した女帝でした。まさに「女帝の逆襲」が始まったのです。

桂経営戦略経営実践講座・MGセミナー

いきなりですが、大阪は私の故郷です。1951年の師走に、中心地に近い病院で1か月ほど早産で誕生しました。退院して育った親元は、北西のはずれ旭区の今市町でしたが、近所の大宮神社が私の産土神社でもあります。

 

そんなわけで大阪で仕事をする、とくに公開セミナーを大阪で開催することが、これまでも大きな目標でした。2008年に独立開業して以降、何度か大阪でのセミナー開催を試み、仲間の皆さんの応援を得てきました。

 

しかし、拠点であった実家事務所を母の死去で手放すことになり、神戸に拠点を移したことにより、残念ながら大阪市内での開催をしばらく見合わせていました。

 

大阪のコンサルティング会社、桂経営の桂幹人会長からお声をかけていただいたのは、昨年夏のことでした。それまでにも数年前からご縁ができて、クラブ・セミナーの講師を引201704_mg き受けさせていただきました。

 

今回のお声かけは、MG(MQ戦略ゲーム)を桂経営ソリューションズさんの主催で、会員の方向けのセミナーが企画できないかということでした。いくつかの企画提案をいただき、私のできる範囲での開催を目指すこ とになりました。

 

今回は最初の試みとして、4月より3回シリーズで行うことになりました。桂先生にもご協力をいただき、講話も引き受けていただきました。経営にとって大切な数字への理解、そこから何を読み取り、これからに活かしていくか。その辺りをお話ししていただきます。

 

桂経営クラブのメンバー会社の方への呼びかけが中心ですが、私の方からも仲間の皆様に参加呼びかけをさせていただきます。MGのゲームはもちろんのことですが、桂先生のお話を聴くだけでも大きな価値があります。

 

ご案内ファイルを添付しておりますので、ぜひご覧ください。
「201704.pdf」をダウンロード

脳力開発は人間学であり行動科学です(146)

それとともに大事なことはサブリードの「できるところからすぐにやる」ということです。すぐやる、まず一歩を踏み出すことをためらう人が非常に多いのです。ためらっているという意識はないのですが、様々な理由をつけて踏み出さないのです。

 
 やらない理由、やれない理由はいくらでも出てきます。二言目には「必ずやります」と言うのですが、時には1ヶ月たっても2ヶ月たっても変化がないことも少なくありません。そして「やPhoto_2 れない理由」も自分のせいではなく、他人のせいであることがほとんどです。

 
 先日もそういう方がいらっしゃいましたので、「いつまでにやる」のかを決めて下さいとお願いしました。納期、リミットを決めることが停滞から逃れる方法の一つです。できるところからやりましょう、今からすぐに。

 
 「私にはできない」という意識を持ってしまうと、せっかくのチャンスを取り逃がしてしまうことが多いのです。その意識は最大のカベであり、最大の妨げ要素といえます。それも他でもない、自分自身で作ってしまっていることに気付いて下さい。

 
 さらには、「できる理由(要素)」はなかなか思い浮かびませんが、「できない理由(言い訳)」は山のように出てきます。言い訳なんかを並べ立てる暇があったら、足を一歩前に出してみなさいよというわけです。つまり始めることが大事なのです。

 
 まず立ち上がる、立ち上がったら足を一歩前に出す。右でも左でも良いのです、どちらにしようかなんて考えないことです。あとは着実に一歩ずつ、一口ずつ進めていくだけです。それ以外にやりようがないのだし、やれば確実に成果が出るものです。

教育勅語よりも「挨拶、返事、後始末」だ

昨日は東日本大震災から丸6年だった、故に報道番組もそこに焦点を当てたものが多かったが、ふと感じたのは「風化」というどうしようもない現象だ。

 

科学的根拠も何もないが、出来事から1年たつと記憶が1/2になり、毎年その割合で風化していくとしたら。丸2年で1/4、3年で1/8、、、6年では1/64になってしまう。映像が再現されても、おそらく一過性の甦りで翌朝には忘れてしまう。

 

阪神大震災からは20年、新潟県中越地震からは12年余り、どちらも地元の人以外にはほとんど記憶に残っていないのではなかろうか。東日本の被害は大規模かつ甚大で、しかも原発事故という過去にない出来事があった。

 

その故に風化の速度も遅いかもしれない。だが、一方では心無いいじめや中傷といった、心の痛い出来事もまだ起っている。つらい悲しいことだけが、風化しないとは嘆かわしい。

 

風化と言えば、戦後71年を経過しても亡霊のごとく風化しないものが蠢き始めている。教育勅語、森友学園問題で妙な具合にクローズアップされてきている。教育勅語にとってもさぞ不本意なことだろう。

 

私も、実は教育勅語(の中身)については決して否定的ではない。一部を除き、その道徳的ないわゆる徳目については、守ってしかるべしだと思っている。法的にはすでに「存在しPhoto ないものだから」ということだが。

 

しかし、この120年前に登場した教育勅語が戦前に果たした役割や、その歴史的・思想的背景を鑑みれば、このまま塩漬けにすべきものだとも考えている。それは上記のプラス面を考慮したとしても、余りにマイナス面が大きすぎる。

 

また、道徳あるいは倫理というものは強制すべきものではない。頭を押さえつけて、さあやれ、やらなければだめだと強いるものではない。ましてや、守らなければ「非国民だ」などという攻撃はご免被る。

 

ましてや、意味の分からぬ幼児や児童に読ませることは、いくら「素読」が学びになるとはいっても限度があろう。「大学」や「論語」(私は「論語」の素読には反対だが)ならまだしも、教育勅語はなぁ。それは洗脳の類だ。

 

やるのであれば、森信三先生の「あいさつ、返事、あとしまつ」を記した文章を、子供たちに読ませ実行させるのがよい。もし私が子供たちを教育する立場なら、そちらを選ぶだろう。

 

風化に戻るが、今回の(森友学園)事件はこのまま風化していくのかどうか、その辺りも大いに気にかかるところではある。

窮鼠猫をかまして見せたら面白かろうぜ

2つの「豊」によって、世の中が放浪されている。一つは「豊」洲で、もう一つは「豊」中である。前者の方は来週、都議会の100条委員会が開かれるので、少し動きがありそうな感じもするが、くれぐれも選挙前のパフォーマンスにならぬように願いたい。

 

後者の方は、ますます混乱が広がっていくようで、真実が今一つ見えてこない。当事者どもが自己保全に走って、本当のところを胡麻化しているからだろう。昨日、小学校の認可申請を取り下げ、学園理事長も辞任と伝えられたが、、、

 

この当事者たちが本当のことをしゃべっているのかどうか不明の上に、言い逃れ的に、早い話が責任が自分にはなくて他者にあるという話し方なので、歯車が噛み合うわけもないか。

 

国の官僚どもは、いわゆる官僚的発言というのかどうかは知らぬが、のらりくらりと真実のポイントをうまく避けながら、それでいて決して自分の不利にならぬように、肝心なところはボカシてしまっている。

 

そして、最も真実を知っているはずであろう学園の前理事長(夫妻)は、嘘が多くて「オオカミ少年」化しているので、果たして何が真実なのかのつかみようがない。

 

それをまた取材能力に乏しいマスコミどもが、面白おかしいところだけをピックアップして語Photo り合うものだから、さっぱり本質のところに話が届かない。不可思議さが日々倍加していくだけで、全くらちが明かない。

 

こうなれば、前理事長オッサンが国会に参考人で出てきて、たっぷり時間を上げるから何でも言いたいことを言え、とやった方がいいと思えるのだが、政権政党は拒否姿勢だ。なんで逃げるか!?

 

逃げるとは言っていないのだろうが、要するに国会の場で「爆弾」を投げつけられないかとビクビクしているのだろう。どうみてもそうとしか思えない。野党も野党で切り込む情報を持っていないから、それ以上どうしようもない。

 

そこでアベの「切れた(ように見せている)」パフォーマンスに振り回され、せいぜい「なんでむきになっているのか」と切り返しにもならない言葉を吐くだけ。

 

そうだよ、オッサンに「1時間やるから何でもしゃべれよ」と言えばいいのだ。国会の場でなくてもいい、TV局はどうせつまらん番組を並べているのだから、「特別ゲスト」に呼んで独演会をやらせばいい。

 

何が出てくるかワクワクしないか。窮鼠猫を噛むってこともあろよなぁ。まさか、それを恐れているのか? アベや政権与党は。隠すからややこしいんだよ。コウノイケのオッサンも、役者としては大根だったなぁ。

 

もう、ええ加減にせえや。

脳力開発は人間学であり行動科学です(145)

変革のための指針、第5条は「着実にたんねんに、一歩ずつ歩め、一口ずつ食べよ」。サブリードは、「すぐできるところから、すぐにやるべし」です。個人的には、私が最も好きで、色んなところで紹介している条文です。

 
 千里の道も第一歩から始まると言いますが、どんなに長い道のりでも一歩一歩の積み重ねです。階段も一度に34段と飛ばしていけば速く到達することも可能ですが、途中で足を滑らせたり、つま先を引っかける危険性もますことになるでしょう。

 
 美味しい食事もそうですね。山ほどの珍味や豪華な食材を並べられても、一度に口の中にほおばれば、味も何も分からず苦しい思いをするだけでしょう。一口ずつじっくり味わってPhoto 食べれば、つくってくれた人の思いまでも噛みしめられることでしょう。

 
 経営者としては、営業活動でも生産活動でも、新商品や新規お得意先の開発、そして人材の育成についても、一気に「最終回答」あるいは「ゴール」を求めたがります。かけるコストが大きくならない内にと、願っているわけでもないのでしょうけど。

 
 また、勉強熱心な経営者の場合、あちこちのセミナーや講演会に出かけて情報を仕入れ、とくに成功事例やうまくいきそうなノウハウがあると、あれもこれも自社の中でやろうとします。まさに美味しい食事がずらりと並ぶ感じです。

 
 脳力開発の根本は意識づくり、習慣づくりにあると書いてきましたが、習慣が自分の中に定着していくためには時間が必要です。それとともに確認しながら反復することが求められます。だからこそ一歩ずつ、一口ずつしかできないとも言えます。

正しい商道を選ぶのは経営者自身だ

前回は「カラ(空)売上」のことについて書きました。もっとも、実際には物も伝票も動いていますので、外形上は「カラ(空)売上」とは言えないのかもしれません。商習慣上というか、毎年馴れ合いのように繰り返している例もあります。

 

しかし、やり方を間違えば「粉飾」になってしまうこともありえます。粉飾にならなくても、作られた財務諸表、作られたBS/PLであることは言うまでもありません。

 

もしそんなことが常態化していたら、経営管理もへったくれもありません。それは商道徳の問題であり、ガバナンスの次元です。経営者たる者、「それは現場が勝手にやったこと」などと責任逃れはできないのです。

 

物が動いているかどうかは別として、伝票が動いて売上が計上され、売掛金が上乗せされます。それが期末であったり月末であることが一般的ですが、それを翌期あるいは翌月にPhoto_2 返品受け入れする「手口」です。

 

もし相手先が毎月20日締めで請求を起こす先で、しかも先方の締めも同様に20日である場合、こちらからは20日を過ぎてから売上を上げます。そして翌月20日前には返品してもらいます。

 

これによって当期あるいは当月の売上は上がります。しかし翌月にマイナス売上となりますから、売掛金はプラスマイナスゼロ、請求の上乗せもありません。相手先もリベートや販促金をもらう形であれば、そのくらいの手心はしてくれるでしょう。

 

しかし、何度も言いますがこれは正しい取引ではありません。当然、そのような数字を盛り込まれた決算書が正しい会社を表しているはずもありません。

 

会計は英語でアカウンティング、これは「説明」というのが本義です。会社の状態を説明するのですから、正しいものでなければ意味がありません。社員はその数字で会社の現状を知り、良ければ奮い立ち、悪いければ良くしようと燃え立つのです。

 

ステークホルダーたちは、それぞれの立場で次の動きや姿勢を考え、実行することでしょう。上辺を飾ったものなど何の意味もない、やってはいけない「問題の先送り」をやれば、それを繰り返さざるを得なくなってしまうだけです。

 

どの道を選ぶのか、経営者は選び決定しなければなりません。節税(が悪いとは申しません)のための無理な処理なども含め、ぜひ正しい商道を進んでいかれますように。

お飾り天皇と『光明=仲麻呂』体制

藤原不比等の孫、藤原鎌足の曾孫である藤原仲麻呂は、奈良時代に入る少し前に生まれ、時代の後半に歴史から消えているので、まさに「奈良時代のど真ん中」を生きたと言えます。

 

叔母である光明皇后に可愛がられ、聖武天皇と皇后の間に生まれた阿倍内親王(皇太子)が孝謙天皇として即位する(749年)と、参議であった仲麻呂は一気に大納言に昇進しPhoto ます。

 

その以前の参議・式部卿時代、政敵であった橘諸兄の側近たちを次々に配置転換あるいは免職し、諸兄の力を削いでいきます。式部卿はそういう人事権を握れる役職でしたが、その力の裏にとくに皇后の後押しがあったと考えざるを得ません。

 

諸兄は光明皇后とは異父兄妹ではありましたし、皇后は「県犬養(橘)」意識も持っていましたが、それ以上に「藤原」意識を持たれていたようです。また、諸兄はやり手であり、ある意味やりすぎたのかもしれません。

 

また、聖武天皇の第二皇子であった安積親王が恭仁京で急死していますが、これも仲麻呂の指金ではないかと疑われています。安積親王は皇后の実子ではありませんが、皇位継承候補でした。

 

そして大納言として朝堂中枢に座ると同時に、皇后の「役所」である紫微中台の令(長官)を兼務することになります。これをもって『光明=仲麻呂』体制が確立し、孝謙天皇が全面的にそれを後押しします。ある意味天皇はお飾り的存在だったかも。

 

そしてついに左大臣諸兄が「舌禍」事件で失脚し、右大臣藤原豊成(仲麻呂の兄)に対しては、紫微内相に就いて実質的には上位に立ちました。

 

その仲麻呂の前に立ちふさがったのが、諸兄の子である橘奈良麻呂でした。次回コラムはその二人の全面対決のところからです。

脳力開発は人間学であり行動科学です(144)

最も多いパターンは、MGを継続して全社で取り組んでも、なかなか期待した効果が出てこないことです。全体的にやる気が感じられず、しかもMG反対派も存在する。そしてやがて、トップが「やめる」意思決定を下すという流れです。

 
 こういうパターン、およびホンのちょっとかじっただけで継続しないという例が多いのですが、そばで見ていて「あともう少し我慢して続ければ良いのに」と思うのです。まぁよその会社のことですから、むやみに口出すこともできませんが。

 
 そう、停滞が続いている時にもう少し我慢して、そこでもう一度トップが「続ける」と宣言してカツを入れると、そこから急上昇していくことが十分に期待できます。少数ですが、そうやっPhoto て今でも定着し、安定した経営を続けている会社もあります。

 
 長々と研修・セミナーの効果が表れる事例をお話ししましたが、本質的な変化には時間がかかるということをお分かりいただきたいのです。現状維持の考え方や行動を変える、好きでないものでも、自分から進んで取り組む姿勢にまで高めるのです。

 
 リーダーはその効果、結果が出るまで投げてはいけないのです。自滅したら、それまでやっていきたことが一気にムダになってしまい、自分もメンバーも、そして会社にもプラス効果を生みません。推進役として、決して諦めてはいけません。

 
 問題はリーダーが一所懸命なのに、トップがいきなりはしごを外してしまうことです。実はこの事例も少なからず見てきました。可哀想なのは当のリーダーです、組織の中で孤立し、辞めてしまった例もいくつか見てしまいました。

架空の空売上で作られた利益には意味がない

3月が始まってそろそろ1週間近い、今月が年度末という会社も多いと思うから、営業サイドはもちろん財務・総務サイドも決算を意識しながらの最終盤戦といったところだろう。

 

営業の立場から言えば、年度末に向けて今年度の当初目標を達成できるかできないか、それはまた部門や自身の評価にも直結する。余裕をもって最終月に突入できていればいいが、もう少し頑張らねばというなら気が気ではない。

 

そんな中で、良からぬ策略を考え実施しようとしてはいないだろうか。それは「空売り」という類の策略だ。大企業でも中小企業でも、多かれ少なかれやっているだろう。

 

親会社と子会社や関連会社間でも、少なからず見られる。メーカーなどでは、系列問屋への押しつけ売りなどもあるようだし、中には「商社売り」などという訳の分からぬものもある。

 

実は私も現役時代に悩まされたことだった。私の会社の場合には、親会社の部門からの押し付けだった。計画上はまだ数か月先の引き取り物件なのだが、期末に売り上げが足りPhoto ないからと、早めに伝票を切らしてくれというわけだ。

 

実際に物が動かないとまずいから、実際に陸送してくる。受け入れ側のこちらは、予期せぬことだから、倉庫のスペースを空けたりして大変だ。当然だがこちらの期末在庫は、計画より膨らむわけで、資金繰りにも少なからず影響がある。

 

もちろん、親会社としてはメリットも用意してくる。少し値引きをしてくれたり、支払いの手形サイトを当社の引き取り計画に合わせた日数で良いからと、甘い言葉を囁いてくる。

 

こちらは、販売子会社だから無下に断ることはできない。当然それを見越して、無理を言ってくるわけだ。

 

ところが、単独決算をしているから有効なだけで、グループで連結決算を採用していたら、子会社への売り買いは相殺されてしまうから意味がない。しかし、現場の担当者はそれを知らないこともある。

 

中には、「伝票だけ」を処理するといったとんでもないケースもある。物が動かないのは具合が悪いので、「預け」といった覚書まで交わして実行する。いずれにしても、作られた売り上げ、空売り上げであることには変わりがない。

 

そんな架空の数字を上乗せして、損益計算書が作られているとしたら、そんなものは経営管理や次への意思決定のベースとしては使えないだろうに。つまり、利益なんてものも作られた数字ってわけだ。

 

いったい、どれだけそういう数字が乗っかっているのか、外部のステークホルダーにはわかりようがない。そこで、キャッシュフロー計算書に意味が出てくる。「PLは意見、キャッシュは現実」の意味をしっかりかみしめたい。

 

さて、あなたの会社にはそんな訳の分からぬ架空の数字はないだろうね。

町屋の人形さま巡り・村上

昨日の土曜日は孫ちゃんも遊びに来ないので、カミさんとドライブがてら県北・村上で開催されている「町屋の人形さま巡り」に出かけてきました。

 

新潟を出発するときには春の日差しで、車の中では防寒コートは暑いだろうと少し薄めのジャンパーを羽織って出たのですが、これが見事に失敗。

 

村上市は我が家からざっと65㎞、北上していくとだんだん曇ってくるではありませんか。しかもどうも雪雲が広がってきているようでした。

 

土日は一般に解放されている市役所の駐車場に車を止め、歩き出すと風が冷たい。しまったと感じましたが、こうなったらやせ我慢です。何しろ自分の読みが甘かったせいですから。

 

この人形さまめぐり、中心市街地の町屋の皆さんの好意で、ご自分の家のお雛様を初めとするお人形さまを展示し、開放して見せていただけるいうもの。市内のお店が多いのですT_20170304_4 が、食堂もあったり銀行や一般のおうちもあります。

 

人形さまは季節柄お雛様が多いのですが、五月人形や武者人形、あるいは土人形やフランス人形も見せていただけます。古いものは江戸時代のものもあり、代々受け継がれてきた大切なものです。

 

大町の中心から歩き始め、主だったところを選んで見せてもらいました。何しろ全部で80軒くらいありますので、とても全部は見られません。

 

中にはお茶までふるまって下さるところがあったり、謂れなどを語って下さる方もいらっしゃいました。このイベントは1か月余り続きますから、大変だろうなと感じました。

 

また、村上は城下町ですが、昔ながらの「黒塀」の復活事業、あるいは町屋そのものを復活させることにも町ぐるみで取り組んでいて、ゆっくり歩いて回るといろんな発見ができる街です。

 

また近くの三面川や日本海でとれるサケを利用した料理、美味しい地酒、さらには北限のお茶などもあります。海岸の瀬波温泉で、日本海に沈む夕日を見ながらゆっくり湯につかるのもいいでしょう。

 

途中からは冷たい小雨が降り始めましたが、心温かい街の人たちと触れ合い、いろんな人形さまにも出会えてとってもいい休日でした。

似非教育者は教育を語るなかれ

ムッシュ(・かまやつ)が亡くなった。小さい頃に音楽に興味を持った初め、聞いていたのはムッシュのお父さん(ディープ)のジャズソングだった。

 

そのあとGS時代に入って、スパイダーズ時代のムッシュに魅かれた。楽器を持ちだした頃だったので、歌い方などを真似てみたものだった。

 

ソロ時代の歌「我が良き友よ」は、風呂場での愛唱歌だった。バンカラに憧れたが、学生を卒業して社会人になってそうもいかなくなった頃だ。何となくシャイで、照れ笑いのような顔が思い出される。ご冥福を祈る。

 

大阪・豊中市の国有地払い下げ問題が、連日国会でもTV報道でも続いている。くだんの土地には記憶がある。大阪に亡母の家があったが、車ですぐ近くを走っていた。

 

いやもっと以前に関りがあったかも知れなかった。幼稚園に入った5歳の頃だから、もう60年も前の話だ。親の転勤で引っ越して間もなく幼稚園に通うことになったが、近所に3つのPhoto 幼稚園があった(子供の記憶なので)。

 

その一つが今話題の塚本幼稚園だった。戦後にできたそうだが、昭和30年頃にはもう存在していた。もしかしたらそこに通うことになっていたかもしれないが、家から少し遠かったので、より近い幼稚園(ひかり幼稚園)に入園した。

 

そこはお寺さんの幼稚園で、訳の分からぬまま「のんののののさま」ナンて歌っていた。でも、「教育勅語」を読まされるよりは良かったかも。

 

素読を否定するものではないし、むしろ小さいころから素読を通じて古典に親しむのはいいことだと考えている一人なのだが、「過ぎたるは」はいけないよなぁ。

 

「論語」や「大学」、あるいは「言志四録」(佐藤一斎)くらいまでだろうなぁ。この事件で、素読にまで白い眼が向けられるのは困ったものだ。

 

断言できることは、かのカゴイケとかいう輩は教育者とは言えないということだな。

脳力開発は人間学であり行動科学です(143)

MGも脳力開発でもそうなのですが、多くの研修・セミナーは効果がじわじわと出てくるものです。即効性のある勉強会、とくに実務(技術)的内容を含むもの(実務研修)は、翌日からでも現場で活用できて効果を生むものがあります。

 
 しかし、人間の本質にアプローチする研修、例えば人間性や行動力、思考力を向上させることが目的である場合は、その学びや気付きが自分のものとなって実際の効果を現すまT_img_1456 でには、時間がかかります。何しろ本質が変化するわけですから。

 
 そこのところが十分に理解できていないと、効果を急ぎすぎるがために、なかなか効果が出ないことに嫌気を感じてしまいます。もう少し続けていけばというところで、やめてしまう、本当にもったいないなと感じるところです。

 
 MG
研修を例にとりましょう。29年余この研修に直接関わってきて、様々な企業の実例を見て参りました。MGが良いと聞いて、企業ぐるみでセミナーに参加されるところも少なくありません。中には最初から、順調に効果が出ることもあります。

 
 例えばMG用語がすぐに社内の共通語になるとか、戦略会計の社内活用が始まり、実際に利益数字も上がり始める。このように右上がりの効果が出て、しばらくは上り調子。しかし、いつまでもとはいかず、停滞の時期(プラトー)が表れます。

 
 ここで、もう一度エンジンの再起動を行えば、再び右上がりに好転する可能性もありますが、多くの場合はプラトー状態が続くか、右下がりの状況が始まります。ことに下がり始めると、これを止めるのには相当なエネルギーを要します。

とてつもなく「頭の悪い」連中が決めた!?

先月の24日、最初のプレミアムフライデーが実施されましたが、皆さんの会社ではどうされたでしょうか。テレビ報道などでは、ちょっとはしゃいでいたようですが。

 

実際に個人消費が伸びたのかどうかはわかりませんが、いくらか恩恵を受けたお店などもあったようですね。とはいえ、それは『純増』だったんでしょうかねぇ。

 

遠征中の私は、その日だけ朝から休暇日にしていましたが、例えば15時過ぎのローカル電車に勤め帰りの人たちが多かったという感じはしませんでした。

 

夕方乗り込んだフェリーには、ゴルフや観光帰りと思われる人たちが乗り込んできましたが、この人たちは明らかに私と同様、朝からお休みだったのでしょう。

 

サービス業の会社では、お店もそうですが、全員が15時で退社というわけにはもちろんいPhoto かなかったでしょう。普通の会社でも、全員は無理、ということが多かったのでは。

 

では、15時で退社できた人と、提示まで仕事をしていた人との給料は違いが出るのでしょうか。15時退社の人は2時間分給与カット、、、なんてことはなかったでしょうね。

 

でも「不公平だ!」ってことにはならないのでしょうか。15時以降働くと割増賃金とすると、企業負担が増えますからとんでもないってことになりますかね。

 

いずれにしても、経営者トップ連中と国とが結託して「いい加減に」決めたもので、別に守る必要もないわけですが。それでも、「できる」会社がいい会社で、「できない」会社は悪い会社だなんて評価が生まれるのはどうかな。

 

ところで、次回の実施日は3月31日です。多くの会社が年度末でしょう、金融機関のみならず、実施できる会社や店がどれだけあるのでしょう。

 

ちなみにその次が4月の28日、ゴールデンウィーク突入の前日です。プレミアムフライデーを決めた連中は、それも分かっていてきめたのでしょうか?

 

となると、とてつもなく「頭の悪い」連中だなと思いませんか。

稀代の怪物・藤原仲麻呂の登場

奈良時代は「血塗られた時代」とも言われています。直前の天武・持統時代にも、有間皇子や大津皇子らの事件があり、聖武時代には長屋王が葬られました。

 

他にも天皇に即位できる資格を有する皇子や王が、何人か不審な死を遂げています。あるいは重臣の中にも、対立する重臣(ズバリ藤原氏)によって抹殺された例があります。

 

そしてまた、ここに一人の権力者が登場します。その名は藤原仲麻呂、藤原南家の武智麻呂の次男として誕生します。

 

武智麻呂たち四兄弟が相次いで天然痘で病死した際には、まだ30歳ちょっとで、聡明鋭敏Photo さは評価されていたものの、官位はまだ従五位下であり、政権を担う橘諸兄とは大きな差がありました。

 

しかし順調に階位を上げていき、743年に37歳で参議に昇任、つまり公卿の一員になりました。この頃から諸兄との対立を深めていったようですが、叔母である光明皇后の信任を得たことが大きな要素でした。

 

もっとも諸兄も皇后とは異父兄妹であり、どちらが「皇后を得る」かという権力闘争が強まったともいえます。そして結局、軍配は年若い仲麻呂に上がります。

 

749年に孝謙天皇が即位すると、仲麻呂は一気に大納言に上り、次いで、皇后のために設けられた紫微中台の長官に抜擢されます。

 

この役職はいわゆる令外官であり、中央朝廷である太政官とは別組織ながら、同じあるいはそれ以上の権力を持っていました。

 

755年に諸兄が左大臣を辞任し、ついに朝堂を追われてしまいます。右大臣は仲麻呂の兄である藤原豊成ですが、仲麻呂はこの兄の追い落としを謀ります。

 
そして756年に聖武太政天皇が崩御されると、政局は大きく動いていきます。

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