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高齢になってもマイカーの便利さは手放せない

高齢ドライバー、それも80歳代ドライバーによる交通死亡事故が相次いでいます。それぞれに要因は異なるとはいえ、これからどんどん高齢ドライバーの数が増えていくだけに、非常に気懸りなニュースが続きます。

80歳にもなってまだ自分で運転しているのかとか、そんな年になったら運転免許証を返上した方がいいんじゃないかなどという意見も少なくありません。私ももうすぐ統計上の「高齢者」の仲間入りをするのですが、さてこれから15年後はどうなのかな、免許返上も選択の一つなのだろうなと考えてしまいます。

もちろん今はまだ、身体的にも精神的にも運転に支障はないと思っていますし、日常的にPhoto 安全運転に心がけていますから大丈夫でしょう。しかし、気づかないうちに反応が遅くなったり、あるいは目や耳などの機能が低下していくかもしれません。自覚ができればまだしも、ついついそのことに気付かなかった、なんてことがあってはいけません。

もっとも、都会のように鉄道やバス交通が便利で、少し待てば乗れるといった状況にあるところは僅かにすぎません。ローカルな地域ではマイカーは不可欠な手段・道具ですし、しかもマイカーはドアツードアですから、その便利さを捨ててということが果たしてできるでしょうか。

私が住んでいるところは、地方とはいえ政令指定都市の郊外住宅地、鉄道もバスも比較的便利に利用できるところではありますが、それでもやはり行動に制約のないマイカーを使うことが当たり前になっています。

ですから、例えば80歳になったらみんなが免許を返上すればいいといった意見には、与するわけにはいきません。増してや、私などよりもずっとローカルな地域、過疎の地に住んでおられる方はもっと切実です。

今年に入ってからも県内の高速バス路線が赤字のためにいくつか廃止になり、残った区間でも減便が相次いでいます。また近くを通るバスも、本数が減るという張り紙が停留所に出ていました。過疎の村では、もっと状況が悪いでしょうし、ますます高齢化が進む中で死活問題になっていくことでしょう。

少子高齢化などと、全く違った2つの問題が一緒くたに論議されているのも、どうかと思うのですが、どちらも確実に進行していくことには変わりがありません。しかし、少子化によって学齢期年代の子供が減り、通学のための交通機関が減便される。それによって高齢者もよい厳しい状況になっていく、そんな悪循環もあります。

そうなると、結局のところ自分自身が体力・精神力の保つ限り、自らマイカーを運転するなどしなければならないということでもあります。老いると老けるは違います、年齢は老いても、体や心が老けないようにがんばるしかないですね。

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