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大口得意先に対する決断(その1)

A社にとって、Z社は大口の得意先で、年間の売上高は1千万円を超える年もあります。それもあって、営業部長が担当していますし、注文出荷対応も最優先のランクです。A社長も毎年新年には表敬訪問を欠かさず、お中元やお歳暮も必ず届けています。

ただいくつかの問題点もあって、第一に売上高は上位ベスト5に入るのですが、その割に粗利益率が低いのです。何とか正規の値段で買っていただこうと交渉するのですが、それであればとすぐにリベートなどを要求されます。売り出し協力と称して値引きを要求されたり、チラシ代を請求されます。

第二に支払いがあまりいいとは言えないのです。平均の回収率は30%前後、常に多額の売掛金が残ってしまいます。しかも支払いは為替手形、もちろん印紙なども貼ってくれませPhoto ん。売り出しの後にもう少し多く集金したい旨を伝えますと、「うちと取引したいという問屋も多いんだよな」と言われてしまう始末。

A社長自身も部長と一緒に訪問し、卸価格の僅かなアップや回収率の改善を申し入れましたが、そのセリフで切り返されてしまい、言い返せる言葉もなくすごすごと戻ってきました。その町を中心とした地域では断トツの一番店ですし、知名度も抜群です。

ある日、経理の担当者からZ社についてこんな話がありました。A社では毎年期末の2か月前に、「売掛残高確認書」を全ての得意先に送って、確認をしてもらって確認書を送り返してもらっています。

ところが経理担当の話では、Z社は返送してくるのは2年か3年に一度で、直近で送られてきたところ、200万円近い不突合があるとのメモ。そこで、営業部長がそれを正しに行ったところ、「その分はオタクで処理してよ」とのこと。つまりはその分値引きをしろということです。

ここに至って、A社長は決断しました、「Z社との取引をやめよう」と。営業部長はそれは困るなぁと言いましたが、社長の決心は変わりません。少し前に信用調査をした資料には、まずまずの点数が表示されていましたが、A社長はZ社が「決算書提出なし」の文字に違和感を感じました。

また、Z社の社長が公職や団体の役職がやたらに多く、借入金も少なくなく、売上高の割に買掛金や支払手形額の多いことが気になっていました。また、訪問した際に見た店頭の在庫が多いなと感じたことや、バックヤードの在庫に古い商品が多いことに気付いていました。

確かに1千万円の売上高がなくなることは、A社にとってはかなりの痛手です。先代の時からの古い取引先でもあります。しかし、Aさんは断を下しました、「現在の売掛金についての支払いが終わるまで出荷停止」と。社長名で、その旨の通告書を送りました。そして、連絡が来たらすべて「私につなぐように」指示しました。
(つづく・写真はイメージです)

脳力開発は人間学であり行動科学です(116)

立場によって希望や利益が異なるということは、求める価値の内容も違ってくるということです。ですから、主張や意見も違ってきますし、評価や基準も異なってきます。より大きな視点でいえば、立場によって戦略が異なるのです。ということは何が起こるのでしょう。戦略は原理原則ですから、そこPhoto が異なれば当然ですが立場どうしの衝突が起こります。衝突というのは、ある立場とそれと異なる立場のぶつかり合いで、主張や意見という形で表れてきます。

 私自身も、お客様という立場でレストランに入り、ホテルに泊まったりします。期待するサービスはもちろんお客の立場ですが、サービス提供側は私と立場が異なります。そこで、時にはこれでいいのかということも目につくわけです。二つの立場のぶつかり合いの中で、最も基本的なのは、「現状を変えようとする立場」と「現状を変えまいとする立場」との間の衝突です。言い換えると、現状打破の姿勢(思考・行動)と、現状維持の姿勢との対立であり衝突です。

 多くのぶつかり合いが、この二つの衝突だといっても過言ではありません。とくに企業内ではこの対立が主流になっているケースが多いようです。笛吹けど踊らずなどと社長が嘆いていることなどは、この典型だとも言えましょう。しかしながら、誰も「会社を潰そう」とは思っていないはずなので、決して戦略的な対立ではなく、戦術的な対立、すなわちやり方(手段や方法)でもめていることが多いようです。戦術的な対立なら、妥協し協調できる余地が十分にありそうです。

今年最後の東京CFMG開催、次は神戸で

昨日と今日は、東京での今年最終キャッシュフロー(CF)MGセミナーです。1月のLR小川会計さん主催のCFMGを皮切りに、東京でも3回の開催ができました。ご協力いただいた皆様、ご参加いただいた皆様に心より感謝を申し上げます。

さて今回は、初めてMGシーガル仲間の矢野さんの会社・スワロースポーツ様の、セミナールームをお借りいたしました。西武線の豊島園駅の真ん前、セミナールームからは豊島園Img_3314 の緑や紅葉が望める、絶好のロケーションです。今回はちょっと見えませんが、空気が澄んでいれば富士山もくっきりと見えます。

今年最終回は、お1人当日のアクシデントによる欠席がありましたが、11名2卓の少数精鋭セミナーとなりました。ほとんどの方がMGはこれまで何度も受講されていますが、CFMGは初めてということで、新鮮な気持ちで臨んでいただけたかと思います。

繰り返し体験していただきたいMGですが、慣れてくるとどうしても、毎回基本的に同じことをやりますので、少しマンネリ的な感覚を感じることもあります。そんな中でCFMGをやりますと、ゲームの内容も要素が増えて最初は戸惑ってしまったり、数字もいつもと違いますから感覚も新鮮に変わるのです。
CFMGは、通常のMG(MQ戦略ゲーム)に売掛と買掛、いわゆる信用取引を加味しただけです。たったそれだけで、意思決定の幅が格段に広がり、その分知恵を余計に使わねばならないことになります。

たとえば、販売に成功して売上が上がっても、売掛金が増えるだけでキャッシュは増えません。意思決定で集金をしなければキャッシュは増えないわけですし、しかも売上から集金までのタイム(行数)ラグも設定されています。例えばキャッシュがない時に、その行数ラグをどう稼ぐか、これも知恵の使いどころです。

今年はあと1回、神戸での開催(12/17-18)があり、こちらがホントの2016年ラストセミナーとなります。まだ定員に空きがありますので、どうぞ奮ってご参加ください。

そして来年は今年同様に、LR小川会計さん主催のCFMG(1/12-13)からスタート、こちらは平日の木金曜日開催です。通常のMGの期数を重ねながら、その何回かに1回はぜひCFMGにもお越しください。

元正天皇と妹婿である長屋王の勢い

元明女帝の710年に平城遷都が行われ、朝堂では藤原不比等が実権を握って律令の運用を推し進めていきます。不比等はただの知識だけではなく、実際知識という部分でも他を圧倒していたようです。持統天皇時代、そして元明天皇も実務は不比等に任せていたようです。

ですが、まだ藤原氏の全盛時代には時間がかかりました。先代の文武天皇の子である首皇子(元明の孫)は、不比等にとっても孫に当たりますが、皇太子とはならぬままで成長します。また不比等の4人の子もまだ若く、朝堂に上がってくるまでには間がありました。

そんな中で、どうもストレスを溜められ体調を崩された元明天皇は、娘(文武天皇の姉)である氷高皇女に譲位します。その年715年には首皇子がまだ14歳と若く、中継ぎにという意味だったと通説は言いますが、少しでも「藤原の子」の即位を遅れさせようとした、母娘の陰謀と見るのはうがちすぎでしょうか。

ところで即位された元正天皇(第44代)は、この年35歳で初めての未婚女帝です。ということは、ここで流れは途絶えるわけですが、「次は首皇子でいい」とアキラメたわけでもなさそPhoto_2 うです。七、八分はそうなると思われていたようですが、他の可能性もないわけではありません。

実際、元正天皇はいとこである長屋王に着目したようです。長屋王は、元正の妹である吉備内親王の夫であり、即位前に吉備と同居していた元正は、長屋王とも当然顔見知りであったはずです。そして718年、長屋王は一気の「飛び級」で大納言となります。

当時不比等は右大臣ですが、一つ上の左大臣は空位でしたので、名実ともに朝堂のトップでしたが、ここに大きなライバルが出現したことになります。その前年に養老律令が完成し、720年には日本書紀の編纂が完了します。しかし、この年不比等は病を得て亡くなります。

そこで元正は長屋王を右大臣に抜擢(721年)、皇親勢力が朝堂の中心になっていき、長屋王の子たちも皇位継承の「資格」を実質的に得たとされています。不比等の4人の子はまだ若く、雌伏の時であったと思われます。しかし、おそらくじっくりとその時を待って、画策を続けていたのではと思われます。

奈良時代は、謀略の満ち満ちた時代であるともいえ、やがて「呪われた都」として聖武天皇は遷都を繰り返し、桓武天皇は平城京を捨てることになるのです。

脳力開発は人間学であり行動科学です(115)

さて、それでは「立場」という言葉をさらに掘り下げてみることにしましょう。まず「立場」は、もともと複数の要素間の相互関係、すなわち絡み合いを問題にしています。これが大きな前提になっています。例えば「社長の立場」といった場合、社長だけを問題にしているのではなく、部下との相互関係なども同時に考えていかなければなりません。お客様の立場を考えるなら、同時に作る側や売る側Photo_2 の立場も考えていくことになるのです。

 一つだけの立場を切り取っても意味がないのです。つまり、立場というのは、複数ある要素の間の相互関係を考えるというところに大切な意義があるのです。要するに一つだけの要素を考えるのではなく、関連する要素全部についても考えようというのです。それでは、よく言われる「お客様の立場に立って」ということを考えてみましょう。大事なことは、お客様がこうしたいという行動の内容が、その人の立場を表しているということです。また、必ず希望を持っているということでもあります。

 ですからお客様の立場で考えるということは、お客様のやる行動を自らもやってみながら、お客様の希望なり、得られる利益などを具体的に考えるということです。実際に行動しないで、頭の中だけで考えても意味がないことは言うまでもありません。あなたがお店の店主であるなら、自らお客としてお店に行ってみれば分かることがたくさんあります。サービス業の方はライバルのお店に行かれることが多いようですが、自店にも行ってみることをぜひお勧めします。

年賀状の準備を始めましょうかね

この冬最大の寒波が南下してきているようで、昨日は早朝の気温よりも夜の方が一段と下がりました。今朝もかなり冷え込んできたようですが、関東方面では一足早く雪が降ったりしているようです。東京の友人も慌てて冬タイヤへの交換をしようと思ったようですが、整備工場もスタンドも数時間待ちとのことで、外出しないことに決めたようです。

こちら新潟県も中越や上越の予報は雪マーク、山や山沿いの里では雪が降るようです。スキー場に降っている雪の様子が映像で流れていましたが、いよいよ本格的な冬、厚いコートやジャンパーの出番ですね。愛車のタイヤの方は、来月初めが6か月点検なので、その時に替えてもらいます。

今年の4月末までの26年間は、豪雪地と言われる長岡市に住んでいましたので、タイヤの交換も11月の半ばまでには終えて備えていましたが、新潟市内は長岡ほどの雪は降らなPhoto いそうです。とはいえ、逆に雪への対応(融雪設備など)は余りないので、少し余計に降ると交通混乱するそうです。遠征では車を使わないので、鉄道や空の情報だけはしっかりとらえておきましょう。

11月も下旬となりますと、そろそろ年賀状の準備です。一昨年は義母を見送り、昨年は母を亡くしましたので2年続きの喪中はがきでしたが、今回は久しぶりに年賀状としてマンダラ近況報告を送る予定です。内容を考え下書きを始める時期ですね。

今回は住所変更のお知らせも兼ねています。引っ越し案内や暑中見舞いを送った先には報せましたが、ここのところ届いている喪中はがきの宛先は、そのほとんどが旧住所になっています。こりゃぁ、たくさん報せるところがあるなぁと思っているところです。

こうやって年賀状の準備を始める頃は、並行して新年の人生計画も確定の季節です。昨年の目標を継続や更新も含め、いよいよ「高齢者」の仲間入りの2017年、いつまでも若くありたいを前面に打ち出して、しかし年齢相応の気遣いも加えて前進をして参ります。

瓜田に履を納(い)れず 李下に冠を正さず

ちょっと話題が下火になっているなと思ったらまた出ましたね、この話題、しかも2つの要素を取り混ぜして。すなわち、セイカツ費(政務活動費)の不正受給と、白紙領収書の問題。宮城県議会の議長でしたっけ? 上がやっていれば下もやっている、そう考えるのが普通Photo の庶民感覚でしょうね。

で、小さな会社に事を置き換えてみましょう。つまりは出張旅費や宿泊費、接待交際の食事代・呑み代などをごまかしてみたり、相手先から白紙領収書をもらって、自分の好きな金額を書いて現金を受け取るってことです。それを社長辺りが「率先して」やっていれば、部下もやっている。部下のやっていることに何も言えませんからね。

李下に冠を正さず、漢の時代の民謡「君子行」の中の一節(全部は結構長い)ですが、この前半部分は要するに周りの人から疑いを受けるようなことはしてはならぬ、ということです。上記のような不正はもってのほかですし、小さなことでも公私混同などは慎まなければなりません。

そういうことがまかり通っていることは、言い換えればそれを許す企業風土があるということであり、防ぐべきシステムもできていないということになります。その昔は、店頭で販売して受け取ったお金を「かご」に入れて、ちょっとした支払いなどもそこから行ったり、昼ご飯に店主がそこから食事代を持っていく、などということもありました。

今は、受け取ったお金はキチンとレジに入れたり会社の小金庫に入れますが、そこから勝手に持ち出してしまえば、昔のいい加減さを責めたり笑うことはできません。社長がやれば、部下はそれを見ていますから、やがて自分たちもやり始めます。

入出金の担当者を決めて、そこを通さなければ、しかも伝票を正しく書いて提出しなければできない。そういうルールと仕組みができていることは、当たり前でなければなりません。できていても、担当者が身内(社長の母や妻など)で、社長の分はズルズルになっているのでは話になりませんが。

むしろ、社長をはじめとして上位者に対しては、より厳しいくらいが丁度いいのです。使途を明らかにしなければ絶対に現金を渡さない、領収書を持ってこなければ全額を返してもらうくらいの厳しさで十分です。領収書も、こちらの宛先(社名)や金額を相手先の人が書いている(印刷してある)、名目も明示してあることが必須です。

また、これも当然のことですが、後処理はすぐに(当日あるいは翌日の内に)済ませることが大切です。社長がそれをいい加減にしていると、部下もまた出張精算などを経理担当者に急かされるまで、なかなかやらなくなるでしょう。一事が万事です。

以上のような当たり前のことが崩れてくると、会社全体の土台が次第に緩んできて、やがてほころびが広がってきて倒れることになりかねません。「このくらいはいいだろう」という感覚が、最もいけないのです。何もかも杓子定規にとは申しませんが、少なくとも小さな会社の社長は心していただきたいものです。

脳力開発は人間学であり行動科学です(114)

城野先生がよく出された事例は「浅草の火事」です。浅草で火事だというと、何だか浅草全体が大火事で燃えている印象を持ってしまうが、実は浅草の一角のホンの一部が燃えているのに過ぎない。浅草のほとんどは火事もなく安全だということだと。日本では殺人事件の記事は社会面で、時にPhoto は一面でも大きく取り上げられる。これは殺人という事件が特殊な事例で、目立っていることを表しています。毎日四六時中、殺人事件が起こっている国では、珍しくもないので新聞沙汰にもならないでしょう。

 目立つ方の事実が出されたならば、その反対面が目立たない側、すなわち主流なのですから、その両方をしっかり見るようにいたしましょう。殺人事件が一面を飾るのは、日本の大部分は平和であることを示しているのだ、というふうにです。両面思考と並んで重要なことは多角度思考です。これは文字通り、様々な角度から観ることです。物事を見せられた面だけからしか見ない、あるいは1つの角度からしか考えない習慣を、私たちは無意識の内にしてしまいがちです。

 そこで、一つの対象に対していつでも色んな角度から考えるような思考習慣を確立する、そういう必要があるというわけです。この角度というのは、言い換えると観点でもあり、また立場というとらえ方もあります。よく「お客様の立場に立って考えましょう」ということが、言われると思います。あるいは「相手の立場で考えなさい」と、注意されたこともあるでしょう。しかし余りに耳慣れた言葉なので、普段は忘れてしまっていることが多いのでしょう。

「気がついたらすぐする」を実践しましょう

先週一週間はずっと遠征でした。新潟を出て東京の夜のセミナー参加に始まり、神戸、八戸、仙台と巡って新潟に戻りました。利用したのは新幹線、航空機、電車・気動車、そして新交通システムにバスと多種多彩でした。

仕事なども多種多彩、本業の経営コンサル・サポートも火曜日から4日連続の4社、その内2社については社員研修も行いました。また、主催する脳力開発講座セミナーが東京と神戸の2回、さらに参加したセミナーが2回。いやぁ、充実の週でした。
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そんなわけで、ちょっとゆっくりしたいところですが、夜行バスで戻ってすぐの昨日は、クライアントに毎月お送りしているサポートレポートなどの完成を行い、資料とともに無事に郵送を完了しました。当初予定は今日21日の発送にスケジュールを組んでいましたが、善は急げで昨日の内に済ませました。

今日は今週末のキャッシュフロー(CF)MGに向けての、資料やレジメの準備を進めます。これまで使ってきているもので、訂正の必要はほとんどないはずですが、きちっとチェックしておきましょう。用紙類も届きますので、持参する道具の点検と整備も今日の内に。

これらは、「気がついたらすぐする」の実践です。それもできるだけ先行しておくことを、心掛けるようにしています。というのも、私自身が忘れっぽい性格だということを、よく知っているからです。念入りに準備をして遠征に出たつもりでも、目的地に着いてみると忘れ物がある経験は、ほぼ毎回のようにしています。

やった「つもり」になるからだとも分かっています。そのためにチェックシートを作っているのですが、その後にまた追加をして荷物を入れ替えたりして、最終点検を怠って入れ忘れたことも少なくありません。

幸いに、クライアントやセミナー参加者に迷惑をかけてしまったことはないのですが、ぎりぎりまでフォローに追われたことは一度や二度ではないので、気を付けなければ。今週末も持っていく荷物が多いので、しっかり準備をして点検します。

皆さんも、気がついたらすぐする!ぜひ実践していきましょう。

今時全車両が非冷房だという八戸線

月曜日からスタートした今回の遠征も、1週間目の日曜日に完了しました。移動距離が長く、新幹線や空便を使う中で、僅かな区間ではありますが、ローカル線の気動車に揺られてきました。それはJR八戸線の、八戸から本八戸間、たったの5.5kmです。

八戸線は、八戸駅を起点に三陸海岸を南下して岩手県の久慈駅に至るローカル線で、東北新幹線を除くと起終点とも3セク鉄道に接続しています。つまり、八戸駅では青い森鉄道に、久慈駅では三陸鉄道にという具合です。ある意味、JR在来線としては孤立しているということになります。

なお八戸駅は、元々は尻内駅と呼ばれていて、現在本八戸駅となっている方がかつては八戸駅でした。町の中心は本八戸側にあるわけですが、東北本線が町の中心を避けて尻内T_img_3262 を通ったのは、寄り道による迂回距離を嫌ったものでしょう。

そんなわけで、八戸線の役割は新幹線と町の中心部を結ぶこともあるのですが、本数が多く繁華街を直結するバスが主流になっているようです。それでも八戸と港町である鮫との間は運転本数も比較的多く、鮫以遠は完全なローカル線となっています。

この八戸線で運用されているのは、キハ40型(両運タイプ)とキハ48型(片運タイプ)で、全て非冷房車、車内には扇風機が装備されているのが特徴です。唯一休日に運用される、改造車の「リゾートうみねこ」のみが冷房車となっています。しかも、オリジナルエンジンを積み、峠に差し掛かると時速30㎞で喘ぎつつ走っています。

かつては急行などの優等列車も走っていましたが、現在は普通列車のみです。三陸の景勝地も沿線に多いだけに、少しもったいない気もします。ただ、公募による新鋭車両の開発と導入が決まっており、早ければ来年くらいに姿を現しそうです。

となると、現在のキハ40・キハ48の運命も、残り少ないということになってきます。最後の日まで一所懸命走り続けてくれることを祈っています。



すんなり譲位しなかった元明天皇

前回は元明天皇の即位、異例中の異例であると書きました。もう一度整理しますと、崩御された文武天皇の母親であってことです。夫である草壁皇子は即位せずに亡くなっていますので、皇后でもなかったわけです。

これまでの女性天皇(推古、皇極・斉明、持統)はすべて皇后でしたが、元明天皇以降の女帝はすべてそうではないのです。しかも、元明天皇の後の女性天皇は独身のまま即位されています。そこで、いわゆる「中継ぎ=つなぎ」だというのがこれまでの通説でしたが、そうではないのではないかという考えも書きました。

その理由は、元明天皇が天智天皇の娘であったと同時に、母が蘇我系すなわち蘇我倉山田石川麻呂の娘であったことを述べました。文武天皇の息子である首皇子の母(夫人)は、藤原不比等の娘である宮子です。首皇子がまだ皇太子ではなく、幼少(6歳)であったからという理由もありますが、それならずっとその地位に就いていて、首皇子にストレートにつなぐはずです。

しかし、元明天皇は生前に退位し、首(おびと)皇子ではなく、その姉である氷高皇女を後継天皇に選びます。もちろん元正天皇は独身で子供はいませんでしたから、その次は首皇子ということにはなるのですが。

そして710年に平城遷都が行われ、ここから奈良時代という区切りに入ります。その前の都を藤原京と言いますが、この名称は藤原氏とは無関係です。藤原京が最後の飛鳥の宮子であるわけですが、決して平城京に劣るものではない、唐風の大きな都であったことが近年の調査で分かってきています。

ではなぜに遷都が行われたのか、このあたりのことが通説では明確に言われていないのですが、一部の歴史学者や井沢(元彦)さんなどは、「怨霊」を怖れたからではないかと言わPhoto れています。蘇我本宗家はもちろん、有間皇子や大津皇子、あるいは聖徳太子の怨霊に怯えたからだともいわれます。

歴史学者の主流派はそれを否定されます。日本に怨霊思想が定着するのは、平安時代の初めからだと言われています。文献に明らかに表れるのがその頃だからと言うのですが、果たしてそうなのでしょうか。怨霊思想そのものは、ずっと古代からあったはずだと思うのですが。

いずれにしても平城京に都が移されますが、元明天皇は不満だったそうです。天皇にとっては、母方である蘇我氏につながる飛鳥の都に心が置かれていたのでしょう。当時の高貴なお方は、皆母方の実家で幼少期を送られるわけですから。
さて平城京では、藤原不比等がじわじわと実力を発揮し、実権を把握していきます。この流れを止める術は、元明天皇にもなかったのでしょう。律令を実際に運用するのは官僚たちであり、そのトップが不比等なのですから。

元明天皇は「最後の抵抗」で病を理由に退位され、元正天皇が即位します。715年のことです。元明太上天皇はその6年後に崩御されますが、後事を託したのは不比等ではなく長屋王であったと言われています。ここにまた悲劇の芽ができるのです。

脳力開発は人間学であり行動科学です(113)

マスコミやジャーナリズムは目立つものを扱います、なぜなら目立たない当たり前のことを取り上げても、読者の目を引かないからです。それをケシカランといっても始まりません。読む方がそれを承知して、読んでいけばいいのです。新聞や週刊誌、あるいはテレビでも「これが今一番売れています、人気があります」というような、ニュースがあります。これを信頼できる「確度甲」の情報として受け取るかどうか、その判断は情報を受け取る私たち自身に委ねられています。

 そういった情報を100%鵜呑みにして行動するのか、それともしっかりと自分の目で確かめてから行動するのか。日常の自分の行動指向として、土台を築いておく必要があります。そうしないと、目先のPhoto_2 目立つ情報に振り回されてしまいます。このように見てきますと、主流の要素というのは通常平凡で目立たないので、意識から洩れやすく,見逃しやすいという結果となりがちです。そこで改めて「確認する」という必要が、大いに出てくるというわけです。

 相手がものや人間である場合、まずい方の小部分は目立ちますから,それについとらわれてしまい、このものや人間は欠点だらけでダメだという判断をしがちです。この場合、明らかに目立たない大部分を見逃して、評価を下してしまっています。あるいはまた、通常的には困っていない面の方が大部分であるのに、ホンの一部の困った面が目立つが故に、全面的に困った、困ったとひどく困ったような気に陥ってしまう。これも脳の使い方としては大きな誤りです。

高齢になってもマイカーの便利さは手放せない

高齢ドライバー、それも80歳代ドライバーによる交通死亡事故が相次いでいます。それぞれに要因は異なるとはいえ、これからどんどん高齢ドライバーの数が増えていくだけに、非常に気懸りなニュースが続きます。

80歳にもなってまだ自分で運転しているのかとか、そんな年になったら運転免許証を返上した方がいいんじゃないかなどという意見も少なくありません。私ももうすぐ統計上の「高齢者」の仲間入りをするのですが、さてこれから15年後はどうなのかな、免許返上も選択の一つなのだろうなと考えてしまいます。

もちろん今はまだ、身体的にも精神的にも運転に支障はないと思っていますし、日常的にPhoto 安全運転に心がけていますから大丈夫でしょう。しかし、気づかないうちに反応が遅くなったり、あるいは目や耳などの機能が低下していくかもしれません。自覚ができればまだしも、ついついそのことに気付かなかった、なんてことがあってはいけません。

もっとも、都会のように鉄道やバス交通が便利で、少し待てば乗れるといった状況にあるところは僅かにすぎません。ローカルな地域ではマイカーは不可欠な手段・道具ですし、しかもマイカーはドアツードアですから、その便利さを捨ててということが果たしてできるでしょうか。

私が住んでいるところは、地方とはいえ政令指定都市の郊外住宅地、鉄道もバスも比較的便利に利用できるところではありますが、それでもやはり行動に制約のないマイカーを使うことが当たり前になっています。

ですから、例えば80歳になったらみんなが免許を返上すればいいといった意見には、与するわけにはいきません。増してや、私などよりもずっとローカルな地域、過疎の地に住んでおられる方はもっと切実です。

今年に入ってからも県内の高速バス路線が赤字のためにいくつか廃止になり、残った区間でも減便が相次いでいます。また近くを通るバスも、本数が減るという張り紙が停留所に出ていました。過疎の村では、もっと状況が悪いでしょうし、ますます高齢化が進む中で死活問題になっていくことでしょう。

少子高齢化などと、全く違った2つの問題が一緒くたに論議されているのも、どうかと思うのですが、どちらも確実に進行していくことには変わりがありません。しかし、少子化によって学齢期年代の子供が減り、通学のための交通機関が減便される。それによって高齢者もよい厳しい状況になっていく、そんな悪循環もあります。

そうなると、結局のところ自分自身が体力・精神力の保つ限り、自らマイカーを運転するなどしなければならないということでもあります。老いると老けるは違います、年齢は老いても、体や心が老けないようにがんばるしかないですね。

新しい来年手帳は今週14日に使用開始

今週は月曜日から少し長めの遠征に出ています。期間は1週間以内なのですが、移動距離が長いのです。月曜日と火曜日は東京で、水曜日に神戸に移動、金曜日に再び東京に戻ってそのまま青森・八戸へ。土曜日はもう仙台に移動して、日曜日朝帰宅というけっこうImg_3227 タイトなスケジュールです。

そんな中で、今週から新しい手帳に切り替えました。手帳自体は毎年使っている「マンダラ手帳」ですが、表紙の色は会社のイメージカラーに合わせたダークグリーンとしました。春までのスケジュールは転記を終えましたが、2017年の年間計画はこれから記入です。

また今回からは、これまでの「ハイテックC コレト」ペンに代えて、同じパイロットですが、フリクションゲルペンを使ってみることにしました。0.4㎜(黒のみ)と0.5㎜(4色)の2種類、使ってみて佳ければもちろん継続、使いにくいなと感じたら元に戻します。もし代えられれば、修正テープを持ち歩かなくて済むメリットがあります。

以前のペンも、修正テープも当面は予備として持ち歩きますが、来春をめどに切り替えられたらいいなと思っています。ただ、フリクションペンは公式書類には使ってはいけない、ということなのでボールペンも持ち歩き継続です。なにしろ「摩擦熱で消える」わけですから。

では、どういう結果となるか、また途中経過も含めてブログに書いていきたいと思います。今回も出発地の新潟は晴れ、良い天気に恵まれています。基本的には「晴れ男」ですが、どうも東京は今夜から明日は雨降りになるようです。

移動が東へ西へ、そして北へですから着るものが大変です。暖かめに着込みながら、気温に合わせて脱いだり、あるいは余分に着込む工夫で乗り切ります。風邪が流行っているそうですので、皆さんもご注意。インフルエンザの予防注射はしましたが、まだ効き目が出るのは少し先ですね、私も気を付けます。



脳力開発は人間学であり行動科学です(112)

どんなものにも両面がある、これは当たり前の法則なのですが、日常生活の意識の中ではころっと抜けてしまうことがあります。必ず両方とも見るという習慣を身に付けていると、周りからは天邪鬼だなぁと思われることもありますが、でも大切なことです。ところで物事には必ず両面がありますが、その両面は必ずしも対等ではありません。つまり「どちらが主流なのか」を考える必要があるということです。もっともこれは、両面とも考える習慣があるからできることなのです。

 いずれにしても、どちらが主流かの判定をしないと、物事の把握は不充分です。判定せずに進むと、判断が不適切になったり、そのために不都合な結果を招くことになります。では、どのように判定をすればよいのでしょうか。主流の面とは、全体への影響が大きい方だというように捉えますが、量的Photo に大きく、質的に強い方とも言えます。あるいは本質的であったり、普遍性を持っている方が、主流の面である場合が多いとも考えていいでしょう。

 しかし、反面その主流の面は意外に目立たないことが多いのです。その逆に、主流でない方が目立つ場合があるのです。ごく少数の例外的な部分や面の方が目立ってしまう、例えば白い壁に付けられた小さな赤ペンキのようにです。その赤ペンキは、壁全体のホンの一部にしか過ぎませんが、非常によく目立っています。私たちの視線は、そちらに集中してしまい、釘付けになってしまうことも。マスコミやジャーナリズムの世界では、この目立つ方を前面に取り扱います。

無事にゴールド運転免許更新しました

前回5年前にゴールドカードに復帰できた運転免許証、誕生日が近づいてそろそろ更新の時期かなと思ったら、通知のハガキが届きました。今回も優良運転者講習でOK、これから5年ですから、70歳まではゴールドカードが持てることになりました。
 
70歳になると高齢者講習なるものがあって、それを一部あるいは全部受けないといけないということに、なっているようですね。何歳まで車に乗るのか、今のところはあまり考えてはいませんが、75歳くらいまで(生きておれば)乗りたいと思っているところです。それ以上になると、その時の体と心に相談となるでしょう。

ここのところ、高齢者による交通死亡事故のニュースが相次いでおり、いずれも80歳代のドライバーによる痛ましい事故です。確かに、高齢化が進んでいるので、高齢者が事故に遭う確率も、事故を起こす確率も高まっているように思われます。そういうことにはなりたくない、しかし自分の足として便利な車には乗り続けたい。

とくに自分の生活を見回してみたら、電車やバスで間に合うことも少なくありませんが、車が Img148_3 なければ不便を感じることも多々あります。電車の駅もバスの停留所も歩いて5分ほど、後者は歩ける範囲に3つくらいあり、電車は1時間に2~3本、バスは全部で10本くらい走っています。

それでも、買い物に出かける時や役所や図書館に行く際には、自分の時間が自由にできる車ははるかに便利です。生活に欠かせないものだけに、そのぶん心して乗らなければとも思うわけです。その心得・氣愛を確認するのが講習かな。

車に乗る際には、必ず愛車に言葉をかけます。「今日もよろしく頼むよ、安全運転でいくからね」とか、「今日は少し遠出だからよろしくな」など。

さて、善は急げというわけではありませんが、更新可能当日の12日は免許センターがお休みでしたので、昨日の午前中に出かけてきました。日曜日だから少し混んではいましたが、手続きはほとんど待たされる時間もなくスムースに進み、講習も30分で完了。

新しい免許証を受け取り気分も一新。次回、と言っても5年後になりますが、またゴールド更新ができることを誓いながら、センターを後にしました。ふと気づいたら、周りの木々がきれいに色付いていました。

情勢判断の「読み間違い」はカバーできるか

アメリカ大統領選挙、日本では「想定外」という声が圧倒的に多かったようです。かくいう私も、トランプは善戦しても、最終的には僅差でクリントンが勝つだろうと思っていました。緒戦でトランプがややリードした後、クリントンが逆転した際には「やっぱりな」と思ったくらい。

その後開票が進んできて、やがてトランプの勝利が濃厚になってようやく、これは読み間違えたなと反省したものでした。やはり、日本国内では目や耳にできる情報がどうしても偏っPhoto てしまうのでしょうか。ごく僅かの方は、トランプ勝利の可能性にも言及していましたが、真剣には聞いていませんでしたね。

脳力開発では、必ず両面を見よということを教えています。クリントンが勝つ場面を想定するのであれば、負ける場面も同等に想定することが大事なのです。そういうことをセミナーなどでも教えている側なのに、まことに申し訳ない仕儀でした。

いや、一介の市井人たる私の思考などは、物の役にもまた物の害にもなりはしません。しかし、政府中枢の情勢判断の「読み間違い」はとてつもなく大きな、影響を与えることは言うまでもありません。首相官邸、そして外務省が今回の情勢判断の拠点ですが、恐らく最後まで読み間違いのままに進んでいたのだと思います。

慌てたことでしょう、トランプ当選が現実のことに迫ってきた時には。何しろ、首相官邸にも外務省にも、トランプとのパイプはほとんどないに等しかったのだと思います。当日の日本時間午後のうろたえぶりが、目に浮かぶようです。官界・政界はもちろん、財界にも極細のパイプがあるかないかという状況だったようです。(写真は外務省)

余りに恥ずかしくて、当事者たちは白状しないかもしれませんが、事実はどう隠してみても必ず伝わっていくものです。ですからその内、白日の下にさらされるでしょう。その間に、実はこうこうこうでしたと明らかにする勇気は、当事者にはないでしょうね。

企業においても、こういった情勢の読み間違い、判断違いは起こりがちなことです。その原因は、一方からの情報だけを集中してして集めてしまい、反対側の情報をないがしろにしてしまうことに因ります。思い込みという類です、こちらの方に行くだろうという勝手な推測を判断に盛り込んでしまうからです。

確定的事実、確定的法則のみを両面で集め、どちらも同等の可能性を持つという視点で情勢を見つめて参りましょう。今回の「大慌てぶり」を他山の石としましょう。

不比等の期待を裏切った?元明天皇

14歳で即位された文武天皇、祖母である持統天皇が太上天皇として政治の実権を握って、さらに藤原不比等がそれを補佐する形となります。その年に、不比等の娘宮子が文武に嫁ぎ、やがて701年に首皇子が誕生します。しかし、後世のように生まれてすぐに皇太子にというわけにはいかないのが、この時代です。

持統太上天皇も、不比等もいずれはという気持ちがあったと思いますが、ここはじっくり構えることになります。持統が守りたかった皇統が天武系の継続だったのか、それとも天智系の継続だったのかは分かりませんが、結果としては後者が今に続くことになります。

大宝律令が編纂整備されたのが701年、不比等はその律令の推進者としての役割を担います。それによって、朝廷内での地位を確固たるものにしていったようです。ところが翌年暮れに持統は病を発し、そのまま崩御されます。文武は引き続き不比等を側近として重用し、政権を維持しますが、その文武も707年に24歳の若さで亡くなります。

さて、問題はその後をだれが継いで皇位に就くのかです。首皇子はまだたったの6歳でしたから、この時代には対象外です。こういう場合は天皇の弟となることがありますが、文武には姉(氷高皇女)しかいません。皇后が皇位を継ぐ例は推古天皇や皇極天皇、そして持統天皇の例がありますが、文武の后は夫人(宮子)で、しかも皇族ではなく藤原氏の出です。

天武の孫、天智の孫のクラスも少なくありませんが、皇位を継ぐにふさわしい方は見当たりません。そこで異例中の異例、崩御された文武の母であった阿部皇女が元明天皇として皇位を継承しました。前代未聞、後にも先にもこれが唯一です。

不比等も本心からいえば首皇子にということだったでしょうが、さすがにまだ不比等にはそれだけの力はなかったということです。隠忍自重、首皇子の成長をひたすら待つことになります。

こういう状況でしたから、元明天皇の即位は首皇子の成長するまでの「つなぎ」というのがPhoto 通説になっています。でも、つなぎであれば天武の子・孫クラスが一時即位してもよいわけで、なぜ母親が?と疑問はいっぱいです。もしかしたら・・・

元明天皇は天智の娘で持統天皇とは異母姉妹、その母はどちらも蘇我系の女です。うがった見方をすれば、藤原系の首皇子をすんなり即位させたくなかったのではないか、とも考えられるわけです。そうなれば、不比等が外祖父になりますます政治の実権を強める、それを嫌ったのではないか。

ただ、元明天皇には文武以外の皇統男子はなく(文武姉が氷高皇女)、自分の系統で後継していくことはありえません。あるとすれば氷高皇女が天武・天智の皇孫と結婚し、その人物が皇位を継ぐことですが、それを狙ったわけでもなさそうです。

不比等はじっくりと時を待ちながら、持ち前の政治力で律令の実施を推進し、さらに平城京への遷都を実現します。この遷都に、元明天皇は最後まで抵抗したようですが、不比等に押し切られ渋々同意します。ずっと育った飛鳥、藤原京を去ることは断腸の思いだったことでしょう。

さらに右大臣だった不比等は、旧都・藤原京に左大臣・石上麻呂を留守居として残し、事実上朝議のトップに立ちます。留守居というと聞こえはいいのですが、つまりは置き去りにしたわけですし、左大臣はやがて憤死します。いずれにしても、ここから「奈良時代」が始まるわけです。

脳力開発は人間学であり行動科学です(111)

●両面とも事実なのです
戦略と戦術については、これからも折に触れてお話しすることがあるかと思いますので、次に移りましょう。「思考方法の整備」の第二面は、両面思考ということです。その反対を片面思考と呼びますが、こちらは最も頻繁にある欠陥習慣です。要するに物事の片面や一面だけを見たり、考えたりするPhoto ことですが、一般的に自分に都合の良い方にばかり目がいくということが多いようです。人に対しても、自分にとって必要な、また都合の良い人だと、その良い面だけを見て評価を下す。

 逆に嫌いな相手だと、悪い点だけをピックアップして捉えてしまい、「あいつは悪い人間だから付き合わない方がいい」などと、周りの人にまで言ってしまう。家庭内の嫁姑の争いなども、こういう物の見方が根底にあることが多いようです。大事なことは、ものには全て両面があるのだということです。この根本を忘れてしまうから(意識していないから)、見えるところだけ、見せられたところだけを見て、あたかもそれが全体や全面を示していると思い込んでしまいます。


 表があれば裏がある、上があれば下もある、右があるからこその左であるし、ある人にはメリットであっても、違う人にはデメリットであったりします。これら両面を、常にセットして見る習慣をつけることが、両面思考の基本です。よく白熱の論戦などといいますが、双方がつばを飛ばしながら議論しているのに、いっこうに結論に至らない。それどころかますます対立するばかりだ。これは両方が違う片面の事実を言い張って、対立しているいうことが多いようです。
(写真は本文と無関係です)

オタオタするなよ、日本!自立のチャンスだぜ。

クリントンが負けてトランプが勝った。かなりギリギリまで競っていたように見えたが、結果としては圧勝に近い勝利だった。事前の予想からいうとここまで差がつくかという感じだが、イギリスのEC離脱国民投票と同じ根を感じる。

素人考えに過ぎないが、いわゆる「声なき声」の力ってやつだろう。どちらへ転ぶか分からない、その意味で予想がつかない部分で、しかも予想を覆す力がある。その力が、クリントPhoto ン優勢の情報を受けて、「そうはさせじ」と動いてしまったようだ。しかし、イギリスと違うのは、恐らく結果を見て「思いとは違う!」と言わないことだろう。

ある意味では、アメリカの「本音」が建て前を上回ったのだろう。そんな本音を重要視していなかったのが、日本政府あるいは日本国民ではないだろうか。

トランプ優勢の状況が現実化してから、円が対ドルで一気に上昇し、一方で東京市場の株式が急落した。一時は1千円以上下がったらしい、最終的には900円余り下降だった。1日でどのくらいの時価総額が失われたのだろう。今年はこれで2回目くらいかな。

なぁんだ、もう今からオタオタしているのかっていうのが、素人たる私の感想。もちろん、私自身もクリントンの勝利(辛勝)を予測していたわけで、その意味では大外れだが、だからと言ってオタオタしたところで始まるまい。

日本政府はどうなのだろう。おそらくトランプとの縁(パイプ)を作るべく、事前に水面下で行動はしているのだと思うが、その「つながり」の細さは、クリントンに対するそれに比べてもかなり極細ではないかと思われる。すなわち、情報収集は格段に低レベルだと思われる。

まさか政府レベルまでオタオタしてはいないだろうな。ピンチだピンチだなどと大騒ぎをしていては、やるべきことを見失ってしまうだろう。こうなったんだから仕方がない、どっしり腰を据えてやるべきことを確実にやり抜いていくことだ。

変化への対応能力が試される、素晴らしいチャンスではないか。ダーウィンの進化論を例に出すまでもなく、いま問われているのは変化への対応能力だ。強い者が生き残るわけでもなければ、賢い者が勝ち続けるわけでもない。アメリカは、いずれにしても変化していくだろう。日本がいかに、その変化に対応できるか。

受け身ではいけない、常に主体性をもって自らも変化していくべきだ。何をどう変えていくべきなのか、しっかりとした国家戦略をもって、外交も内政もしっかりと変化させていってもらいたいし、我々有権者はそれができる人材を政治家として国の中枢に送り出すべきだ。これぞ千載一遇のチャンスと口先ではなく、具体的に動ける人材だ。

もっともそうなると、今の国会議員の大半は「資格なし」と言えるかもしれないが。笑い事ではないのだけれどね。

ねぇ、私は間違っていますか?

この国は何かが狂ってきている、どこかがおかしくなってきているようだ。以前からいろんな人がそのように言っているのだが、最近も私の頭では理解不能な事件が起こっていた。伝聞情報なので詳しいことは分からないが、どうも次のようなことらしい。

とある都会のマンションでのことだが、年配の人(つまり大人)はエレベータかに乗り合わせた子供に、挨拶の言葉を投げたところ、返事がなくて気分が悪かったというのだ。ここまではどこでもありうる光景なのだが、マンション住民の会議で、そういうことなら「挨拶をしなCwawtflucaenua0 い」ことにしようと決めたらしい。

その引き金になったのが、小学生の親からの提案だという。子供に、知らない人から声をかけられたら逃げるように教えているので、「マンション内では挨拶をしないように」取り決めてほしいというのだ。

そこへ、上記のような年配者からのアクションがあったので、満場一致で「挨拶をしない」ことが決まったのだという。いったいなんだよ!?って感じた私は異常ですか?

教育者である森信三先生は、子供たちに教えるべきは、そして小さな子供の時から励行すべきことは「あいさつ・返事・後始末」と言われた。この3つに、もう一つ「立腰」ができれば申し分がないと。私自身も、自分の親からは口酸っぱく言われて育ったし、子供にもとくに挨拶だけはやらせたし、今は孫にも実行させている。

会社でも、上から下から皆でということで、上司も部下もない、先に声をかけるのが挨拶の基本だということを実践してきた。この春まで住んでいたマンションでも、積極的にこちらから挨拶していた。子供たちにももちろんだし、小さな子供たちも元気よく、挨拶を返してくれた。これが自然の姿だと思うのだけど、間違ってる?

朝起きたら、家族に「おはようございます」から1日が始まる。近所の人にも、もちろんのことだし、玄関やトイレの履物はどこでもいつでもそろえておく。我が家の孫などは、保育園から戻ると(一緒に戻ってきても)ちゃんと「ただいま」と言って玄関を入るし、靴をそろえないと上には上がらない。

家庭教育は3歳までがキーポイントだと言われたのは、ソニーの創業者・井深大さんだったかな。そういう3歳までの教育ができていない親が、そういう親を育ててしまった大人が、この国をどんどんダメにしているのか? そうでないと信じたいがなぁ。




脳力開発は人間学であり行動科学です(110)

戦略だけは立派なものがありながら、一向に実現されてこないなぁと思ったら、何と戦術が組み立てられていなかった。まさかそんなことはと言われますが、時にはあるのです。夢やロマンだけを語り、実際行動に移らない、それでは砂上の楼閣です。一方、戦術だけはたくさん立てているのですPhoto が、目標や目的がハッキリしないという例も見られます。飛行機で行こうと決めて空港にやって来たのはいいけれど、どこへ行くのかを決めていなくてウロウロ。冗談ではなく、そういうこともあるのです。

 あるいは戦略(目標)を決めていないから、営業部と開発部とで全く議論がかみ合わないとか、隣り合った支店同士で目指す方向が全く違っていたりします。ウソではないですよ、そういう企業の実例も私はいくつか見てきておりますから。戦略と戦術の実例と言えば、こんなこともあります。戦略を確立し、戦術を考えてもいつも行き詰まる。どうしてだろうとチェックしてみると、一つの目的・目標に対し、一つの手段や方法しか考えていない。つまり代案がないという戦術の組み立て方です。

 これでは、立てた一つの戦術がうまくいかなかったり、外部条件に阻害されてしまったら、そこで立ち往生してしまいます。代案すなわち、二の矢とか三の矢をキチンと準備しておかないと、いざという場合にちっとも役に立たないのです。戦略を立てても、お飾りのように額に入れて飾っているだけでは何にもなりません。戦略を決め、やり抜く決心を固めたら、すぐに実行の行動に移ることです。実行の積み重ねだけが、戦略の達成につながるのだということを、胸に刻み込んで下さい。
(写真は「砂の芸術」より)

上越の地から再びMGの火を灯す夢

昨日の日曜日は、上越市の高田でMGのワンデーセミナーを開催しました。7月の第1回に続いて今回が2回目、前回は1卓でしたが、今回は前回の参加者に加えて初参加や数年ぶりの参加という方もあって、2卓10名でした。
上越市周辺では、かつてはMGをやっていた企業も少なくなく、一時期は毎年開発者の西純一郎先生をお招きして、定期開催をしていたこともありました。それが途切れて久しくなる中で、ネット販売の若い人たちから声が挙がり、長岡や柏崎でのMGセミナーのほかに、やはり地元で開催したいとの思いでスタートしています。

この流れを切らすことなく、今後とも継続していきたいという願いを込めて、「上越妙高MG会」を立ち上げていただきます。当面はワンデーのMGセミナーですそ野を広げながら、長T_img_3214 岡や柏崎の西先生のMGに参加いただけるメンバーをつくり、増やしていきたいものです。そして近い将来、地元でのツーデーセミナーを実現したと考えています。

まだまだ小さな輪ではありますが、MGの用語を共通用語として経営を語れる仲間が、1人また一人と増えていけば、さらに周囲にも影響を与えていけるだろうと思います。一人でも多くの仲間がいることは、大きな励みになります。ひいては、自社の経営に必ずやプラスになっていくはずです。

かつて新潟県は、「MGの聖地」とまで言われていました。新潟県内の企業にMGを広めた、故佐々木隆さんが亡くなってもうすぐ29年、再び盛り上がってくることが、私の強い願いでもあります。もう一度聖地にとは申しませんが、全国から多くの仲間が訪ねていただける、そしてそれを迎える地元の仲間がたくさんいる、そんな夢を描いています。

ちなみに、来年の柏崎MGは1月の28~29日、長岡・米百俵MGは8月の26~27日、いずれも土日の開催です。

脳力開発3回シリーズの社員研修2回目

祝日明けの4日は、ある会社の社員研修でした。9月から3回シリーズで脳力開発を取り上げていただき、今回が2回目(最終回は来月)です。メンバーもさまざまな階層の方で、第1回目の研修には社長も顔を見せておられました。

私の脳力開発セミナーは主として3つのパターンがあり、1つは本来の「脳力開発講座」に準じた研修プログラムで、これは5回から12回のシリーズで行います。時間と費用は掛かりますが、最も身に付く研修です。このプログラムからピックアップした内容で、5回シリーズの公開コース「未来に舵切る脳力開発講座」を、現在東京と神戸で開催しています。

2つ目は2日間の凝縮セミナーで、土台習慣作りの中の「11の指針」からピックアップしたテーマを、講義と演習そしてケーススタディのミニセッションで学ぶプログラムです。主な公開セミナーは、この形でやることが多く、さらにワンデープログラムも用意していて、社員研T_img_3195 修でも取り上げていただきます。

もう一つは今回行っている3回シリーズコースで、「11の指針」から最も重要な3つの「精神的姿勢」をピックアップして、1つのテーマを1日かけて学ぶ研修です。こちらも、ケーススタディのセッションを通じて、学んだことをすぐに使うという学びを体験していただきます。

今日2回目の研修では、現状維持と現状打破の対比を取り上げました。もちろん、目指すべきは「現状打破・進歩発展の姿勢」を目指そうということですが、そのためには表裏の裏側、すなわち現状維持の姿勢とはどんなものかも知らなければなりません。

なぜなら、意外に気が付かないうちに無意識の内に、そういった現状に甘んずる姿勢が習い性になっているのです。そのことに気が付いて、意識して修正していこうとしなければ、いつまでも現状打破には至りません。

どっちの土台習慣が良い?と尋ねると、10人中10人が現状打破だと言いますが、現実に日々やっていることはどうなのでしょう。そういう自分を知るところから始めて、そんな自分をいかに変えていくのか、行動に踏み切るかが「新たに生きる」ということなのです。

さて、今日はどんな学びをしていただけたでしょうか。最後の時間にスピーチをいただき、伝えたいことがきちんと伝わったことも感じさせていただきました。次回は12月、締めくくりをどのようにしようかなと楽しみにしています。

必ずやり抜くという気概をもって取り組む

世界一の広告会社・電通の問題が、クローズアップされています。過重労働だけでなく、様々な要因が引き金になって「2年目女性社員の自殺」となったのでしょうが、残業問題が独り歩きをしているように見えています。

残業が「月に100時間」は確かに大きな問題ですが、それは多くの会社の現実でしょう、と感じられた方も少なくないと思うのです。もちろん、いいことでは決してありません。大変なことになる前に、手を打たねばならかった問題であることも言うまでもありません。

Photo だからこそ、そこだけがピックアップされてしまうのには、私などはどうしても違和感を感じてしまいます。怠け者の私でも、現役時代は毎日毎日残業をしておりました。残業した分は給料も増えますから、妻もあまり文句を言わなかったようです。

それがある時役職者(管理職)に昇格したら、残業手当がつかなくなって、役職手当分だけでは逆に給料が減るという事態となり、「なぜだ!」と叫んだかもしれません。仕事が減ったわけでもなく、逆に増えてもいたわけで、後から考えればこれがサービス残業かと気づかされました。

それでも、管理者としては残業をしないでも仕事をこなせるようにならないかとか、無駄な仕事をやってはいないかとか、前向きに考え手を打っていたようです。小さな会社の小さな組織だからできたことかも知れませんが。

そして自分が経営者という立場になった時には、季節変動の幅の極めて大きな会社でしたので、どうしても繁忙期の残業時間は半端ではなく、経営者も管理職も社員さんたちも、一緒になってがんばっていたようです。

言いたいことはお互いにあったかも知れませんが、「お客様のために」という共通の目標に向かって全力投球していましたし、時に愚痴をこぼすことがあっても、とにかく仕事をやり遂げようと一所懸命でした。

繰り返しますが、過重な残業は絶対にいけませんし、サービス残業もNGです。しかし、現実にはそれに支えられている会社も少なくありません。ダメだからと言って、人を増やせばいいとか、管理職にもすべて時間外手当を申告のままに支払っていては、成り立たない企業も出てくるでしょう。それが現実です。

企業も精いっぱい知恵を絞りましょう。無駄な仕事はないか、もっと効率的にやることはできないか、ワークバランスはどうなのか、やるべきことをやった上で、ルールに沿った待遇についてもきちんとやる。その前提となる企業利益は、キチンと確保する。それを社会に、世の中に認めてもらうような商品やサービスのレベルを上げていく。

あくまで自分の、自社の努力が第一です。甘えてはいけません。ですが、自分たちだけではどうにもならないことがないとは言えません。それをいかに突破していくのか、「社員を大切にする」心を保ちながら、さらに知恵を巡らし実行してまいりましょう。

脳力開発は人間学であり行動科学です(109)

会社の経営計画をまとめる際にも、まず骨格である戦略、すなわち目的・目標・方針といった方向付けを決めていきます。それを中軸として、重点政策や行動指針などを肉付けしていきます。まずは大枠となる骨格が必要なわけです。また、先に言いましたように、目的・目標の確立と持続というのPhoto は、脳の統一指令の根源になる働きをするものです。会社にも戦略が確立していないと、全社員が同じ方向に進んでくれないように、個人もまた脳が本格的に強力には働かないのです。

 目的・目標(戦略)が不明確な土台のままで、手段・方法(戦術)だけを一所懸命考え、行うという状態に陥っている場合もよく見かけます。これは、大きな損失や誤りを招くもとになり、当然ながら全体的な効率も悪くさせる結果となります。目的・目標(あるいは方針)のことを戦略といい、手段・方法のことを戦術といいます。企業ではこちらの戦略、戦術という言葉をよく使います。本題からは逸れますが、少しこの戦略と戦術について述べることにします。

 今一度整理しますと、体系立てた計画や組み立てにおいて、最も中心的な位置にくる目的・目標・方針の根本の方向付けのことを戦略といいます。脳力開発でも、これが重要な位置を占めており、一連の判断や思考の流れの中心になります。それに対して、手段や方法あるいは使う道具などのレベルのものを戦術といいます。この戦略と戦術は、明確に区別しなければなりません。しかし、一般的には非常に混同されています。本屋に並んでいる戦略の本の、大変は戦術の本といったようにです。

不比等はなぜ一気に朝堂のトップに立てたか

持統天皇の孫にあたる軽皇子が、文武天皇として即位するのが697年で御年14歳でした。第42代の天皇で、父が草壁皇子、そして母は阿倍皇女のちの元明天皇です。この方は、持統天皇には異母妹にあたり、母親がともに蘇我氏の娘という共通点も持っていました。

これがのちに、文武天皇死後にすんなり首皇子(聖武天皇)には引き継がれず、自らが即位し、さらには娘である元正天皇を経てようやく聖武即位となりますが、その理由は「(蘇我氏を滅ぼした)藤原の血を引く」聖武に皇位を継がせたくなかったといった説を生みます。

確かに蘇我本宗家を滅ぼした黒幕が藤原鎌足であったことは確かですが、実際に手を下したのは持統・元明の父である天智天皇(中大兄皇子)ですから、これは異説に過ぎないなぁというのが私の感想です。また蘇我本宗家は滅びたものの、蘇我氏一族は天智・天武時代を通じてなお、朝堂のトップにいたわけですから。

さて、鎌足の次男であった不比等に戻りますが、文武即位とともにその秘書官的な地位にPhoto 就きました。これには妻の一人であった県犬養三千代が、文武の乳母であったことも影響しているのではと思われます。すなわち太上天皇となった持統の信頼が厚く、まだ若い文武の片腕として三千代が推薦したのかも知れません。

ところで、不比等と三千代は再婚です。というよりも、どうも不比等が略奪したのではないかとさえ思えるのです。三千代の最初の夫は、敏達天皇の三世王(曽孫)と言われる美努王(みぬおう)でしたが、九州(大宰府)赴任中に不比等が寝取ったとも。この時代はもちろん通い婚でしたから、それもまた考えられることです。

なお、美努王との長子がのちの橘諸兄であり、藤原氏と対立することになりますが、三千代も橘の姓をなのります。そして、聖武天皇の后になるのが、不比等と三千代の間に生まれる安宿媛(のちの光明皇后)です。この辺りの人間関係は複雑ですが、やがて来る奈良時代の中核をなす縁関係です。

文武天皇即位の直後に、不比等は娘である宮子を夫人(ぶにん)として後宮に入れます。それができる立場になっていたというべきであり、下級官吏から出発して10年足らずでその地位を得たことになります。しかも、その宮子が首皇子を生むわけです。

また大宝律令の編纂に強く関わり、また日本書紀の編纂にも影響を与えていたとも言われています。日本書紀が天武天皇の正当性よりも、女性天皇たる持統天皇寄りの神話、例えば天照大神の話に力点を置いた点など、不比等の意思を感じるところです。
(写真は藤原氏の氏寺・興福寺)

ビジネスでホテルを利用する客の嘆き

日本を訪れた海外旅行者が、今年はすでに2千万人を超えたとのこと、喜ばしいことなのかどうなのか。いわゆる爆買いは減少していて、購買金額はやや下がっているそうだが、業者のほくほく顔は続いているのだろう。

観光目的地が、相変わらず東京周辺や京阪神に集中しているようではあるが、それも少しずつ様変わりして、頑張っている地方都市もあるというのは嬉しいことだ。これからも古い日本らしさを求める海外客、そして海外にない日本を求めてくる旅行者が増えていくのは、望ましいことだと思う。

しかし、しかしだ、上記のような大都市圏に観光客が集中することによって、ビジネスで都市ホテルを利用する身にはいささか望ましくない状況が、ここ数年で起こってきている。これからそれが地方都市などにも増えていくとすると、ちょっと困りものだ。

私が毎月のように利用するのは、東京都内や大阪、そして神戸市内のシティホテルやビジPhoto ネスホテルだが、かなり先行して予定が決まっているところは何とか予約も確保できるのだが、ギリギリにならないと予定が決まらない場合はかなり苦労しているのが実情だ。

とにかく仮の予定を入れておいて、後からキャンセル可能な範囲で調整することにしているが、とにかく面倒であるし、ホテル側にもいささか迷惑をかける感じで心苦しい。そうはいっても、泊るところを確保しておかないと動けないし、大事な予定を変更するわけにもいかない。

その上に季節や曜日によって、宿泊料が高騰する状況が起こってきているのは、何とも腹立たしい。背に腹は代えられないから、予約が確保できればしょうがないと思うが、常と同じサービスのままで宿泊料が1.5倍や2倍以上になるのは許しがたい。

もっとも、ホテル側の言い分は経営コンサルタントとしてよくわかるのだ。実は、予約を断ることによる利益ロスの大きさを考えると、料金を上げざるを得ないというのは、計算上その通りなのだ。しかし、それはあくまでサービス提供側の論理であって、お客側の立場にはない。

そして此の後、政府はもっと海外客を招き入れたい方針らしい。なんでも2倍の4千万人くらいは受け入れたいそうだが、まさか現状のままということはあり得ないが、ますます予約確保が難しくなり、料金高騰の動きも加速しそうに思える。東京五輪まで4年、今以上の危機が訪れないことを願いたいのだが。

とりあえずは、明日の内に来年2月までの宿泊は確保しておこう。予定が入りそうなものはとりあえず入れておいて、きちっと管理しておけば大丈夫だろう。



脳力開発は人間学であり行動科学です(108)

つかむ方法はいくつかありますし、自分で工夫をされるといいのですが、何よりまず「つかむ」意識をハッキリ持つことです。これがなければ、中心点を見出すことなく通り過ぎてしまい、いわゆる焦点ぼけになって行動を誤ります。中心点をつかむには、全体をいくつかのブロックに分けて、それぞれの中心部分を取り出してみます。細かく分けると取り出しやすいのです。各部分の中心点の相互関係をチェックし、それらのつながりの中での最も中心となる部分を明らかにします。

 これで、全体の中心点がつかめ、骨格も大ざっぱに把握できたことになります。全体が大きな場合には、分けるブロックを増やしたり、またさらに小さく分けてみる(分割レベルを下げる)ことなども、繰T_img_1874 り返しやってみるとよいでしょう。「つかむ」作業が前半段階だとすると、後半は「計画する」段階です。もちろんこれは、前半を踏まえてということになります。前半がいま「在る」ところからつかむ作業なのに対して、後半はまだ「ない」ところに中心・骨組みを決めることなのです。

 何だか難しいなと思われる方も多いでしょう。決してそんなことはありません、いつもやっておられることばかりです。簡単に言いますと、目的や目標、方針といった方向付けをしっかりと決めていくことなのですから。目的や目標を決め、方針を明確にすることは、無意識の中でもいつもやっていることですが、それをもっと明確な意識を持ってやりましょうということです。それらを決めると、脳から統一指令が出てまとまった行動につながるのです。

(写真は今秋の脳力開発セミナーからです)

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