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40数年前の思い出が懐かしい筑豊を行く

10月初めからの九州遠征、台風18号の動きを気に懸けながらではありましたが、学びに交流にとっても充実した4泊5日でした。そして、最初の日には空いた時間を活用して乗り鉄旅を楽しみ、その内の筑豊電鉄についてはすでに書かせていただきました。

筑鉄に乗る前には、博多から直方まで「福北ゆたか線」に揺られました。ここを初めて乗り鉄したのは45年前、1971年でしたから大学生の頃です。当時の篠栗線(吉塚-桂川)はまだ非電化で、キハ17系や20系の混在する編成だったように記憶しています。本数も今のようには多くなく、長者原(1988年開業)などの駅もまだできていませんでした。

勾配にさしかかると非力な気動車では速度も上がらず、喘ぎながら分水嶺を越える感じでD6032_1793_71 したが、今では快速電車は快調に飛ばしていきます。桂川からは筑豊本線に入り、両側に炭鉱のボタ山を眺めながらののんびり旅でした。

また、この時代はまだ貨物列車が多く走っており、とくに石炭車をつないだ蒸気機関車が筑豊の主役でもありました。また、筑豊線の各駅からは支線や炭鉱への専用線がいくつも出ていて、そこにもたくさんのSLたちが活躍していました。旅客列車も、SL牽引の客車列車が何本もあって、飯塚以北の複線線路をすれ違っていました。

いくつかの駅で降りて、SL列車を追いかけ、直方駅でもSLの一大基地だった直方機関区を見学させていただきました。何台ものSLが駐機し、もうもうと煙を上げる姿が今でも脳裏に焼き付いています。

そんな筑豊でしたが、現在は炭鉱はすべてなくなり、数多くの支線や専用線もほとんどレールがはがされてしまい、またシンボルとも言えたボタ山も緑の山に変わっています。高性能の電車が行きかい、40年以上の時間の流れを強く感じました。

写真は、その当時SL撮影のメッカであった「冷水峠」での客1793列車、牽引機は直方機関区のD6032です。今回は冷水峠は通過しませんでしたが、暑い夏の日だった思い出がよみがえりました。

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