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持統天皇・鸕野讚良は「鉄の女」だった

今の天皇陛下は125代ですが、ここまでで女性天皇はたったの8人・10代(2人が重祚)です。8人もいらっしゃったのかと思われた方もおられますか? 少し以前に女性天皇の是非が話題になったことがありますが、第117代後桜町天皇以後240年以上、女性は天皇位に就かれておりません。今後も現行法律(皇室典範)上は現れることがないでしょう。

最初の女性天皇は推古天皇でしたが、3人目がこれから話題に取り上げる持統天皇です。歴史上「鉄の女」と呼ばれたのは、イギリスのサッチャー元首相ですが、ある意味ではこの方もそう呼んでいいのではないかと思うのです。

さて、この方は天智天皇の娘としてお生まれになります。そして、天智の同母弟(と日本書紀には書いてあります)の天武天皇(大海人皇子)に嫁ぎます。もっとも、天智の娘は4人とも天武に嫁いでおり、しかも鸕野讚良(幼名)皇女にはお姉さんがいて、この大田皇女もまた天武に嫁いで一女一男(大津皇子)を上げています。

Photo 鸕野讚良にも男の子(草壁皇子)が生まれますが、もし大海人皇子が即位したとしても、順序として大田皇女が皇后になることでしょう。ところが壬申の乱が起こる以前に、大田皇女は亡くなってしまわれましたので、鸕野讚良は、壬申の乱に勝利して即位された天武の皇后になるのです。

ところで鸕野讚良皇女の父は天智ですが、母は遠智娘(とおちのいらつめ)で、その父は蘇我倉山田石川麻呂です。石川麻呂は蘇我馬子の孫にあたり、中大兄皇子(天智)には乙巳の変で協力しますが、後に中大兄の誣告によって自害しています。天智の崩御前には、大海人皇子とともに吉野に隠棲しています。

そういう環境で少女~娘時代を育ちましたから、強い心に育たれたのかもしれません。書記を読む限り、天武の奥さんで吉野に付いて行かれたのは鸕野讚良だけ、その意味では肝の据わった方だったのかも。

さて時代が一気に下り、在位13年余りで夫・天武天皇が崩御されます。この時点での皇太子は草壁皇子、しかしすんなりと引き継がれたわけではありません。その辺りに、何か大きな謎が潜んでいるようです。

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